もののふの八十氏河(やそうじがわ)
  の網代木(あじろき)にいざよふ
  波の行く方(え)
  しらずも

 この歌は、柿本人麿が近江国(滋賀県)より奈良へ帰る途中に、宇治川付近で作った歌で、「宇治川の網代木で一時停滞しやがて行方知らずとなる波のように、滅び去った近江の都に仕えていた人々はいったいどうなったのであろうか」という意味である。
 網代は秋から冬にかけて魚をとる仕掛けのことで、杭(くい)を川の中に上流に向かってV字型に打ち、杭の間に竹等で編んだ簀(す)を張り、氷魚(ひうお)(鮎の稚魚)をとるもので、この網代に用いる杭を網代木という。
  平成四年十月 宇治市
」と、
 案内板がありました。