頌徳(しょうとく)

今 こここの処の岩窟に 伴林光平先生の二
首の和歌を録し奉る これ等は ○永の年並
びに 文久の年の御歌であつた 殊にも文久
三年十月十一日の日付をもつてせられた 南
山踏雲録中の御歌
   梶(かじ)を無み乗りて遁れん世なら○○
     岩船山も甲斐なかりけり 伴林六郎
とあるは 深くこの処の神域に関はるもので
あつた その日 その折の先生の悲○を○
  誰か万斛(ばんこく)の涙なきを得ん さり乍ら明治
二十四年十二月十七日君恩四方○○○ 先
生に対し 従四位をもつて叙任せらる ああ
早や 先生の御霊は 神ながらも 神代なか?
らも 幽明を天がけり 國がけり給う ??
 かかる御歌に接し 皇神の道義は
風雅に現はるるとの信実をこそ知れ?

  昭和六十二年十二月十七日
    文 大阪市     木村芳明
    書 住吉大社宮司 西本  泰
    建之者 伴林光平先生崇敬会