生石神社発行のパンフレット、その第一面である。
 B5判で4頁、カラー。

 石乃宝殿は、石宝殿とも表記される。いわゆるご神体とは異なる。社伝では出雲の大穴牟遅(おおあなむち)神と、少毘古那(すくなひこな)神とが、「石の宮殿」を作ろうとなさったが、問題が生じて、未完成のままとなった。パンフレット写真でいうと、完成時は起こして、左側の荒削りの部分を下にする予定だったようだ。
 石宝殿の前に位置する社殿には、上述の大穴牟遅(おおあなむち)神が向かって左、少毘古那(すくなひこな)神が向かって右にお祭りしてあった。これも社伝によれば、崇神天皇の夢枕に立った二神のお告げで、神社ができたというのだから、三輪山伝承に話が直結してくる。

 当日、この立派なパンフレットと、生石神社略記の一葉を頂いた。