【Mu注記】
 写真上は、「現在地」が展望台になっていて、西(図の下方)に視界が開け、木津川の堤防が見える。そこまでは地図で約1キロ。木津川と展望台(墳丘の後円頂)の高低差は約25m程度ある。その彼方には山々が連なるが、地図では磐船神社が十数キロ西にある。
 図から、後円部をJR奈良線が横断していのが分かる。また、その下の前方部は、すべて民家が上に建っている。

【案内板:山城町教育委員会】


史跡 椿井大塚山古墳 (平成12年9月6日 国史跡指定)
 椿井大塚山古墳は、木津川を望む段丘上に立地する古墳時代前期初頭の前方後円墳です。墳丘の規模は、全長175m、後円部直径110m、前方部長約80m、前方部墳端幅約76mを測り、高さは後円部約20m、前方部約10m程度であったと考えられます。築造時期は、奈良県桜井市の箸墓古墳を頂点とする定型化した前方後円墳の出現時期(3世紀後半)にあたり、いわゆる邪馬台国の時代の古墳です。
 昭和28年(1953)、古墳後円部を横断する鉄道の改良工事が実施され、偶然に発見された竪穴式石室から、三角縁神獣鏡三十数面を含む四十面近くの銅鏡や、おびただしい量の副葬品が出土しました。三角縁神獣鏡については、邪馬台国の女王卑弥呼が中国の魏の皇帝から賜った鏡とする有力な説があります。
 椿井大塚山古墳は、邪馬台国の所在地論争ともからんで、古墳時代成立の鍵を握る記念碑的遺跡です。
    平成13年3月 山城町教育委員会