この石垣(Mu:別掲屋内写真)は平成4年に発見された。調査の結果、この丘(Mu:酒船石のある丘)は版築状に3Mほど盛土された人工の丘陵で、石垣は明日香産の花崗岩を地覆石状に並べて基礎とし、その上に天理市から奈良市にかけて分布する擬灰岩質細流砂岩の切石を積み上げて築かれていた。現在、倒壊していた石垣の一部を復元して公開している。
 酒船石遺跡は、『日本書紀』斉明天皇条の「宮の東の山に石を累ねて垣とす」「石の山丘を作る」という記事に該当する遺跡である可能性が強く、その解明は、後飛鳥岡本宮など飛鳥の諸宮跡の所在地を確定する上からもきわめて重要である。
 明日香村教育委員会が平成5年度からこの丘陵周辺で範囲確認調査を継続的に実施して酒船石を含めた全容の解明につとめており、石垣が数段にわたって丘陵を取り巻く状況を確認するなどの成果を上げてきている。
 ここは、明日香村大字岡です。