カテゴリー「NHK龍馬伝」の47件の記事

2010年11月28日 (日)

NHK龍馬伝(48)龍の魂:坂本龍馬の死

承前:NHK龍馬伝(47)大政奉還:タイムマシンに乗った龍馬

近江屋暗殺
 感無量のうちに日頃の2倍90分があっという間にすぎてしまいました。ドラマとして、暗殺場面が長かったわけでもないし、大政奉還のような重い仕事や事件があったわけでもないのに、すっと終わりました。

 まず言い忘れないうちに、暗殺場面はすっきりしていました。おそらく検死記録や伝聞をもとに構成したと思いますが、暗殺者たちが去った後、しばらく龍馬と慎太郎は話し、そのうち血まみれの中で龍馬はこと切れました。いろいろ書物では、中岡慎太郎はその後いくつか話終えて死んだとのこと。真っ暗な中で不意に襲われて、龍馬も慎太郎も致命傷をおびたのですから、だれに襲撃されたかも判然としないのでしょう。

 ドラマでは幕府見回組の今井信郎(市川亀治郎)らが襲撃者になっていました。市亀さんの暗殺役は似合っていました。本当にわずかな時間のことでしたが、死闘というまえに終わっていました。だから市亀さんが龍馬を付け狙った時の雰囲気が徐々に雨の中で高まっていき、最後の一瞬で引き金が引かれたという名シーンになりました。

 幕府見回組(新選組とペアで京都の治安維持についていた、幕臣を中心とした組織)がどういう理由で龍馬を暗殺したのか、あるいは別に犯人がいるのか、などこの龍馬暗殺については諸説あり、よくわかりません。ドラマとしては今井信郎が暗殺の中心に描かれています。

ドラマの総括
 さて坂本龍馬の歴史的事跡、世紀の奇跡や、暗殺の謎は諸本に詳しいのでそちらに任せましょう。私はここで平成22年の龍馬伝について総括しておきます。
 で、評価は。

 秀でした。
 つまり90点以上~100点の上等な仕上がりでした。福山さんや香川さん、それに近藤正臣さんや青木崇高さんや、真木よう子さん、……。出演の男優、女優、ほとんどの場合よい出来だと思っています。しかしNHK大河ドラマの配役は特に枠役選定に優れているので、驚く程ではないでしょう。

 一番びっくりしたのは。
 映像の美しさ、奥行き、迫真。これにつきると思いました。毎週毎週、他のドラマでは経験しない奥深い場面に何度も出くわし、感心した48週間でした。
 もちろん、単純に金持ちNHKがよい機材を使ったからこうなった、とは言いません。なにかしら、迫力があった場面が多く、それはつまり高額機材だけではなく、その使いこなしに渾身の力を注いだということでしょう。

 また龍馬が人の意表をついて斬新な工夫をし、困難な状況を切り開いていく姿にも感動しました。こういう展開は優れた脚本があったからだと想像しています。

追伸
 章変更のたびに岩崎弥太郎が若い新聞記者に回想を話していく仕組みがよかったです。
 テーマ曲は最初から最後まで気に入りました。
 で、機材の上等さと、そして時々の週にものすごく密度の高い場面もあって、これからのTVドラマは2時間に圧縮した「映画」と変わらないアート志向が普通のことになっていって、それを視聴者も味わえるようになるぞ、という楽しみを発見しました。映画やTVドラマはたしかに配役や脚本や演出で左右されますが、目と耳でみるかぎり、あたらしい映像美を生み出していく努力は必要だと思いました。龍馬伝には、そういう工夫と努力がありました。

 ではまた来年「江」で再見しましょう(笑)。

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2010年11月21日 (日)

NHK龍馬伝(47)大政奉還:タイムマシンに乗った龍馬

承前:NHK龍馬伝(46)土佐の大勝負:象二郎・容堂・龍馬

 坂本龍馬が薩長同盟の周旋に成功し(1866.1)、後藤象二郎を通して山内容堂が建白書を徳川慶喜にわたし大政奉還が成り(1867.10)、龍馬と中岡慎太郎が暗殺され(1867.11)、戊辰戦争が始まり(1868.1)、江戸城が無血開城し(1868.4)、明治維新政府が成立しました(1868.9)。こうして、あまりに事態の動きが速く、たとえ幕末明治初期に生きていても、当時の多くの人たちはなにがなにやら分からない状態だったと思います。

 源頼朝によって鎌倉に幕府が開設されたのは1192年のことでした。鎌倉幕府が滅びて後醍醐天皇を中心に建武の中興があり、すみやかに足利尊氏によって室町幕府がなったのは1336年。そのあと、複雑ですが、戦国時代をへて織田信長や豊臣秀吉が政権を握り、徳川家康が征夷大将軍となったのは1603年。この間平氏の時代もありましたが、1192~1868まで武家(幕府)政権が700年あまり続いたわけです。最後の将軍徳川慶喜はそのことに終止符を打ちました。
 そして。ドラマ龍馬伝では、時代をそのように動かした中心人物こそ、龍馬だったのです。

 ~
 実は、見ていて言葉もなかったです。
 坂本龍馬は恐ろしいほどに激しい改革の仕掛け人だったわけです。ドラマが上手に描かれたせいもありましょうが、信じられない思いがします。

 龍馬は、不倶戴天の仲だった薩摩と長州とを結び付けることで、徳川幕府軍による長州破壊を食い止めました。このときの交渉材料は、幕府の攻撃を前にして武器弾薬を切実に求めた長州に、龍馬がそれを提供します。資金提供したのは薩摩でした。薩摩に対して龍馬の話は、幕府が長州を滅ぼせば幕府の威力は増し、自由な貿易はできなくなり、今度は薩摩が幕府に狙われる、という趣旨でした。

 一旦薩長が結べば、この力は強力となり、両藩はなにがなんでも徳川を武力攻撃することに専念しだしました。これを放置すれば、内戦状態となり諸外国の付け入る隙を作ってしまいます。その上、薩長が勝利すれば単純に徳川から薩長に政権が移るだけで、おそらく土佐の上士、下士に象徴される世の中の仕組みは、なにも変わらないでしょう。

 そこで龍馬は、徳川が政権を朝廷に返上する道を見つけ、後藤象二郎を説得し土佐藩にその役割を振ります~。徳川が朝廷に政権を返せば、薩長は徳川攻撃の大義名分を喪うわけです。
 と、龍馬物語を書けば書くほど、龍馬の優れた、時代を超越した先進性がよく分かります。

 そして今夜。
 大政奉還はなりました。しかしあらゆる方面から、龍馬憎しの声が上がりました。龍馬は進み過ぎたのでしょう。突出しすぎたわけです。まるで昭和戦後の世界を見た人間がタイムマシンにのって幕末に飛んだような状態でした(笑)。
 本当は、おのおのの思惑が大政奉還によって、壊されてしまい、その後どうすればよいのか分からなくなったのでしょう。慶喜は徳川を壊したことに呆然自失。薩摩も長州も敵を見失い、……。その元凶が、坂本龍馬だ! という大合唱になってしまいました。
 この上もない悲劇です。来週は、そのとどめです。

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2010年11月14日 (日)

NHK龍馬伝(46)土佐の大勝負:象二郎・容堂・龍馬

承前:NHK龍馬伝(45)龍馬の休日:現実の紆余曲折

 ここずっと、とくに最終章に入ってからは毎週こみ上げる涙が多くなりましたtaurus
 一つは、明治維新に直接関わった人たちは坂本龍馬に義理があったのではなかろうか、と思ったときでした。本当に、龍馬の暗殺は明治維新のための生け贄のように思えてくるのです。関係者の無策や嫉みや無理解や悪心や党利党略が、龍馬の死によって浄化されたり、闇に埋もれたり、死人に口なしになったりして、生者達の利となった気がするのです。
 もう一つは、龍馬がいろいろ難しい課題に直面して、関係者達を説得する場面で涙もろくなっていました。少なくとも脚本レベルでは、人を説得する龍馬に二心とか私欲があったようには思えませんでした。いつも必ず、常識を突き抜けた根源的な理由で、相手にとって役に立つ、相手の利になるという点で、敵であれ味方であれ、龍馬は相手を説得していました。

 今夜、後藤象二郎。
 後藤さんは相当に肝を据えて容堂公に龍馬の大政奉還論を進言しました。龍馬が大殿容堂に会えたかどうかは知りませんが、象二郎さんと龍馬さんとがお互いに深く信頼していなければ、容堂公はそういう考えを受け容れなかったと思います。
 おそらく薩長の武力侵攻と、山内家の徳川への忠義立てを足して割ってみると、龍馬の大政奉還論は容堂の気持ちにすっと入ったのだと思います。
 しかしそのまっとうな現実認識の次には、武士が無くなり藩が無くなり上士や下士がなくなるという、いわゆる「革命」があるわけですから、建白書を書いた容堂公も相当に腹をくくったのだと思います。
 と、ここで。
 勤王思想には、ある種の平等性も強くあります。すなわち、朝廷、すめらみことの前では、すべての民は平等で、そしてまた最下層の人たちとさえ、すめらみことは直結しているという不思議な祭政が伝統としてあって、徳川は唯一朝廷には頭を下げても面子は保たれる確信もあったわけです。大政奉還とはそこを指しているのでしょう。

 歴史か人か。
 歴史は必然と偶然の川の激流で、流れにのった人のちょっとした動きで変化するのだと、今夜確信できました。歴史とは人が作るものです。人がいなければ歴史はあり得ないわけです。
 ただし。
 流れの力を上手に使えた人が歴史を動かすのだと思います。柔道のようなものでしょうか。相手の力の方向を変えることで、自分ではなく、相手が動くという理屈です。必然と偶然とが折り重なって巨大な圧力を生じさせる歴史は、その必然と偶然の間に立って圧力の方向を、ひょいと変えるだけで動く物かもしれません。それを知っていた人が、坂本龍馬なのでしょう。

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2010年11月 7日 (日)

NHK龍馬伝(45)龍馬の休日:現実の紆余曲折

承前:NHK龍馬伝(44)雨の逃亡者:本日休講

 現実の世界は偶然と必然とミスと確信とがおり混ざって、絵に描いたような直線や曲線を描かないことが多いです。それを後から眺めて後知恵で良いの悪いのとあげつらうのも益になることや胸のすくよな快感もありますが、龍馬伝では前半に武市半平太・土佐勤王党の詳細を描き、そして暗殺前の後半は、薩長同盟なったあとの土佐や幕府や朝廷や薩長の複雑怪奇な政治闘争を描こうとしています。いずれも直線ではなく行きつ戻りつ描かれていました。
 後半で出会ったお龍は、その間、なかなか龍馬の世界にじっくりぴったりと入り込めず、ともに過ごしともに話すことも、最小限の時間しかなかったようです。

 今夜の見どころは、お龍が長州の三吉慎蔵の世話で一軒家に住んでいましたが、龍馬は長崎から土佐に行く途中で、桂に挨拶するために寄ります。当然、お龍のもとに泊まるわけです。
 翌朝、龍馬はお龍を残して土佐に旅立ちます。そして、この時、龍馬を見送ったのがお龍と龍馬との最後の別れ、語らいだったわけです。二人はそれを知りません。

 どんなことでも、始まりがあり終わりが来ます。
 大河ドラマは始まりと中と終わりとを時間にそって丁寧に描きます。時間芸術であると、ひしひしと味わうところです。今夜のお龍はよかったです。本当に、よい女優さんを選んだものよと、別れを見ながら感心しました。真木よう子さんは声が少し低いというのでしょうか、気に入っています(笑)。
 ともかく、出会った限りは、いつかこうして別れがくるわけです。合掌。

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2010年10月31日 (日)

NHK龍馬伝(44)雨の逃亡者:本日休講

承前:NHK龍馬伝(43)船中八策:タイムマシンに乗った龍馬

 事情により本日は休講といたします。
 また来週にお会いいたしましょう。

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2010年10月24日 (日)

NHK龍馬伝(43)船中八策:タイムマシンに乗った龍馬

承前:NHK龍馬伝(42)いろは丸事件:万国公法

 今夜のドラマ「船中八策」を気に入ったのは、龍馬がそれまでつきあって教えられてきた多数の人たちの考えをまとめて、大政奉還の後の世の中の仕組みとした、という描き方に感心しました。

 横井小楠、高杉晋作、勝海舟(海軍)、桂小五郎(大政奉還)、武市半平太(近衛兵)、河田小龍、久坂玄瑞、吉田東洋。

 どなたが八策のどれを龍馬と語り合ったかは覚えていませんが、幕末のそうそうたる人物とつきあった龍馬はそれぞれ得難い影響を受けたのだと思います。そして龍馬はそれを単純に人との交際での、人脈造りや、世間話や話題にとどめず、自分の頭で考え考え溶かしあって、船中八策という「大政奉還後の始末書」をあらかじめ作ったわけです。その内容は、今夜聞いていても現代と違いはあまりないです。龍馬はタイムマシンに乗って平成現代に住んで居たのかもしれません。

 この龍馬伝での龍馬の描き方は成功したと思います。
 ずば抜けて秀才でも天才でもなく、カミソリのように切れるでもなく、用意周到策士でもなく、ただ志の命ずるままに人生を熱心に、投げずに棄てずに工夫を重ね、人の気持ちに信を置き、利を求めず名誉を求めず奸計めぐらすことなく、ひたすら国事に誠意を持って尽くした男の姿が、上手に描かれていると思うわけです。だからこそ、それを感得できるだけの中岡慎太郎は酢屋の二階で龍馬の船中八策を知り感極まったのだと思います。そして、同時に中岡慎太郎が言ったように、そういう考えを世間にだすことで旧世界に依存する人たちからは、龍馬の命が奪われる可能性もあったわけです。

 ということで今夜も多くを語らずとも、心に深い感銘を受けたわけですが。
 ここで一つ。
 京都での海援隊のアジト・酢屋ですが、実はというより私は町に出るたびに、何故か知らねどこの前を通り過ぎるのです。ジュンク堂(書店)とか大黒屋(蕎麦)とか吉田屋珈琲とかラーメン屋とかがこの近辺300mくらいに集まっているせいもあるのですが、~要するに河原町通りという華やかな表道よりも、木屋町通りが好みで、この河原町通りと木屋町通りを往還するたびに、酢屋に出くわすわけです(笑)。

参考
 酢屋(サイト)

大きな地図で見る
 ↑酢屋近辺地図

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2010年10月17日 (日)

NHK龍馬伝(42)いろは丸事件:万国公法

承前:NHK龍馬伝(41)さらば高杉晋作:人生と志、その死と生

 今夜も息を詰めてドラマに埋没しました。ここ数年間、「新選組!!」以来、私はどうにもNHK大河ドラマに肩入れしすぎて、半ば依存性になって、毎週一回は脳を真っ白にしてその描かれた時代や場面に心身を飛ばしてしまいます。TVのよさというか、時間が経つと現代現実に戻れるのですが、このまま行ったきりになってもおかしくないくらいに、今夜も堪能しました。

 さて、いろは丸事件。ドラマでは、紀州藩の蒸気船・明光丸が800トン、見張り士官なしで夜間航行をしていたようです。一方海援隊のいろは丸は160トンで、見張りはいたようです。船のことを調べずに言うのもなんですが、見張りはいなくても操舵室には人がいたんでしょうね(笑)。船は大きいから、障害物を見つけてもあらあらあれーという間に突き進んでしまう厄介な性質があります。自動車だとブレーキとか切れのよいハンドルがあるわけですが、~。

 紀州藩は海援隊との談判で、ことあるごとに御三家の御威光をちらつかせます。追い詰められると幕府の裁定を仰ぐと言い、これは長崎奉行ですから、海援隊には分が悪くなります。土佐の後藤象二郎は、当初は御三家相手なら泣き寝入りしかないと思いますが、龍馬に「紀州一国に勝てずに、どうして幕府に勝てる?」という論法に心を動かし、龍馬や岩崎と一緒に談判の席に着きます。

 そのころ長崎ではやった俚謡は本当なんでしょうかね。船を沈めて逃げた紀州に、よさこい節の国は、「金を取らずに国を取り、ミカンを山盛り食べた~」という、なんとも珍妙な土佐の高知のヨサコイ節ですね。
 ここで若い人向けに翻訳すると、よさこい節は私が若い頃の一般歌謡曲としてペギー葉山という人の歌がものすごくはやりました。江戸時初期から土佐の民謡です。ドラマではそのいわゆる替え歌を長崎ではやらせて、紀州の面子をつぶしたことになっています。
 もうひとつのミカンですが、これは三波春夫さんの歌謡浪曲にもありますが、紀伊国屋文左衛門とかいうミカン商人が嵐をついて江戸へミカンを運んだ、……。要するにミカンは紀州和歌山の象徴です。

 もし、はやり歌を長崎にひろめて紀州藩を狼狽させたのが事実なら、坂本龍馬という人は、本当に現代的な方だったんですね。紀州藩の勘定奉行が最後に、才谷梅太郎と名乗る龍馬に「お前は一体何者なのだ!」という驚愕をともなった詰問の意味がよく分かります。こういう宣伝、煽動を自在に操る龍馬は現代人でもあるし、意外や意外、上忍:忍びの者かもしれませぬtaurus。予断ですが、忍者集団も上級の忍者になると、こういう人心攪乱を得意としたようです。

 万国公法を持ち出して、幕府介入を押し切り、紀州藩に岩崎弥太郎発案のぼったくりというか8万3千両を弁済させたのは、龍馬の知恵と勇気だったと思いますが、こういう国際法を守らないと、「紀州は諸国から野蛮人の集まりといわれ、それはひいては朝廷(日本)の恥になる」と言ったのは、現代でも通用する論法だと思います。
 
 現代も大国などでは、野蛮人の集まりと言われても威力で押し切る考えもありますが、当時の紀州藩の勘定奉行とか御三家紀州は、理が分かる人だったのではないでしょうか(と、想像)。世界から野蛮人と思われることが恥であり、国益を損なうという考えは、幕末の一部の識者達には共通の認識だったのでしょう。なんとなく、後日の大政奉還が通ったのは、そういう理の通る余地があったからだと想像しています。

余談:エピソードの列挙展開
 ……、薩長同盟、寺田屋事件や、霧島旅行や、いろは丸事件、次週の船中八策、英国水夫殺害、大政奉還、龍馬暗殺、……。NHKの竜馬がゆく、を見たり最初に司馬さんの小説を読んだのはもう40年を超えた昔のことです。10年前にも司馬竜馬を再読しました。そして今回の龍馬伝。
 絵に描いたように小説よりも奇なエピソードが連続します。もちろんドラマとして描かれているわけですが、まるっきりの嘘でもなく、坂本龍馬という人がいて、今夜の「いろは丸」海難談判を海援隊隊長としてまとめたわけです。不思議を通りこすようなエピソードの連続です。

 今夜、広島県福山市の鞆の浦が紹介されていました。遭難した時に救助されて泊まった旅籠や、談判した料亭が写っていました。福山市は綺麗な町だと思いましたし、そういう龍馬の遺品を丁寧に保管し、遺蹟も大切にしているようですね。感動しました。

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2010年10月10日 (日)

NHK龍馬伝(41)さらば高杉晋作:人生と志、その死と生

承前:NHK龍馬伝(40)清風亭の対決:緊張感があった

俳優達
 見慣れた独特の画面描写ですが、龍馬も岩崎も高杉も木戸も三吉も中岡も海援隊も後藤象二郎も長崎奉行も、……。お龍も、おうのも、大浦慶も、……。みんな実写的にそして綺麗に撮れています。カメラや方式もあると思いますが、それ以上に男優、女優たちの溶け込みように、物語・一体感を味わいました。
 今夜の龍馬や晋作の表情は特に佳かったです。俳優らしくなく、現実の龍馬や高杉が眼前にあるような気にさせてくれました。

現代
 なにかをどうかすれば、どうなるという未来が見えにくい現代です。
 たとえば、東西ドイツの壁が崩れることでドイツは統一されたのですが、その後どうなのかはわかりにくいです。ソ連が解体し、現代はプーチン首相やその弟分の大統領がロシアを動かしています。巨大な中国は、国内ではパルタイ批判に容赦なく対処し、国外では周辺諸国にに威圧的です。なのに、北朝鮮との関係は煮え切らないです。アメリカはご存じのように、方向が見えにくいです。世界は相変わらず混沌としています。
 そして、祖国、日本。

 日本は、何かをどうかすれば、輝かしい未来を招来させることができるのでしょうか。
 心も金も住み心地も、日々も最良とは言えない状況です。
 変な事件や問題で満ちあふれています。
 新聞やTVを見ると腹立たしくなるので、薄目で眺めています。
 そこで、
 龍馬さんの時代と現代日本とを比べてみました。
 ~
 饑餓は少なくなったと思います。生活もまずまずです。医療も充実しています。国際的にも露骨な不平等条約はありません(なんとなく、一部あるわけですが(笑))。生命の危険性も少ないです。だから、日常レベルでは、現代は龍馬さんの時代よりもずっと佳くなっているはずなのです。
 それなのに、あれから140年たったいま、龍馬の願った笑顔で日本が覆い尽くされているでしょうか?
 暗いですねぇ。
 先が見えないです。

幕末
 長崎からお龍をともなって下関に逃避した龍馬とお龍は「人生」について語り合います。永遠に解のない、「何故死ぬのか、人生とは何なのか」という話が二人の間に立ち上ります。

 29歳の高杉晋作が死の床にある現実は、龍馬に重くのしかかってきたでしょう。龍馬の大政奉還を支持してくれているのは高杉晋作だけです。友人の中岡慎太郎は、海援隊に入らずに陸援隊をつくり幕府を武力崩壊させる道を選んでいます。勿論桂小五郎(木戸さん)は、高杉の遺言(龍馬の大政奉還に力をかしてやってくれ)にも耳をかしません。武力で徳川を滅ぼそうとしています。画面には出ませんでしたが、薩摩も大政奉還には懐疑的です。

 ヨーロッパでは、戦争は最終的な外交の一つと言った人もいます。中国の孫子兵法によれば、戦わずして敵の自壊をもたらすのが最高の勝利とのこと。

 龍馬の考えでは、薩長の徳川への武力討伐によって国内に隙が生じ、そこを諸外国に付け込まれるという危機感があったのではないでしょうか。武力攻撃をすれば、徳川はフランスと手を結び応じるでしょう。そうすると、薩長も英国や米国と手を結ぶ必要が出てきます。当時は国内戦争だけでは収まらない国際的なきな臭さが常にあったのだと思います。

 それと。
 後藤象二郎との関係はよく分かりませんが、龍馬の郷土愛と薩長二国に国の命運を預けることへの危機感もあったのではないでしょうか。土佐が大政奉還というカードを切ることで、新しい世界は薩長だけではない土佐という別の種族(部族かな(笑))も加わり、日本中を巻き込めるからでしょう~

 その中心に朝廷を置いたことは、……。
 龍馬と北一輝の違いは、坂本龍馬は尊皇思想だったのだと思います。朝廷という媒介をおかずに権力の交替があるならば、これは単純な覇道に過ぎません。世界は今も覇道に満ちておりますtaurus

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2010年10月 3日 (日)

NHK龍馬伝(40)清風亭の対決:緊張感があった

承前:NHK龍馬伝(39)馬関の奇跡:大政奉還の夢

 大政奉還の主役に土佐藩・後藤象二郎を抜擢するかどうかで、人事考査したのが龍馬でした。
 後藤は大殿の山内容堂から、薩長との接触を命じられています。どの程度の接触を求められたのかは、ドラマでは見過ごしたのか、表現されなかったのか、分かりません。ただ、龍馬は後藤象二郎に向かって、土佐藩が薩長と接触したいのなら、しっかり仲間になることが条件だと言います。つまり、大殿容堂の意向にかかわらず、後藤がパイプを通すだけのことや、外交辞令レベルで話を付けることを、龍馬は拒否したわけです。

 大政奉還と引き替えでなくては、死んだ武市半平太や岡田以蔵の魂が浮かばれません。
 土佐藩が、武力倒幕に傾いている薩長と手を合わせることで、武力倒幕への歯止めになるという考えでした。土佐は関ヶ原の山内一豊以来、徳川に弓を引く気持ちは無い(少ない)わけです。そして15代将軍となった慶喜と山内容堂は気心の知れた仲です。だからこそ、あり得ない「大政奉還」が土佐の裏切りによって可能となるかもしれないのです。

 源頼朝(鎌倉)も、足利尊氏(室町)も、徳川家康(江戸)も、朝廷から征夷大将軍(付帯的に、淳和奨学両院別当(じゅんなしょうがく・りょういんのべっとう)という名誉職)を任命され、源頼朝は鎌倉に幕府を開設し、日本全国の実効支配を行いました。征夷大将軍という官名には、日本を支配する意味はなく、形式的に天皇から大将軍職を任命されたわけです。

 江戸幕府も17世紀初頭の家康が初代将軍に任ぜられてから、徳川家が日本を支配していました。大政奉還というのは、形式的には征夷大将軍職を返すことで、実質的には政権を手放すことです。天皇によって授けられた職ですから、天皇に返すわけです。

 龍馬の大政奉還は彼らしい尊皇思想だと思います。ドラマの中では「お元」の幼児期の身売り話など、世の中が悪いのは幕府のせいにしていましたが、徳川家であれ足利家であれ、……。自民党であれ、民主党であれ、民人(たみびと)を幸せにできる時期は限られています。徳川幕府は260年間も統治してきて、ついに経年変化・老朽化に耐えられなくなったわけです。しかし政権の禅譲、無血革命は一般に無理ですから、無理を承知で土佐藩という龍馬自身の育った、かつ徳川にとって特殊な藩の性質や、朝廷の不思議な力を利用して、一段上位の「大政奉還」を計ったのでしょう。

 今夜の感想文は、すこし理屈がすぎました。
 しかし緊張してドラマに没入していたのは、先回と変わりはありません。
 ドラマとして尊皇思想を色濃くだしていないのは、NHKの立場と、現代日本人がそういう教育を受けていないこととから、表現しても現実感が無くなると考えたのでしょう。その是非は問いません。
 ただし、緊張感がみなぎっていましたから、いろいろな感想が生まれると想像しています。

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2010年9月26日 (日)

NHK龍馬伝(39)馬関の奇跡:大政奉還の夢

承前:NHK龍馬伝(38)霧島の誓い:降臨神話

 今夜は第四章、つまり最終章の始まりでした。全部で10回分あるようです。大邸宅に住まいする岩崎弥太郎が新聞記者に「龍馬を格好良く描きすぎだ!」と罵声を浴びせています。落ちぶれたグラバーも書生のような雰囲気でそばに立っていました。三菱財閥の創世時代だったのでしょう。

 さて。
 ところが、私は岩崎が過去を語る場面になると、どうしてなのか涙腺が緩くなるのです。今夜も、龍馬をなじってやまない弥太郎を老いた母親がしかりつけます。「あなたは、昔の龍馬に義理がある。あなたは、なぜ龍馬が殺されていったかを、きちんと伝える義務がある」と、そういう内容でした。それを聞いた弥太郎は我をわすれて咆哮します。心の底からわき上がる叫び声でした。

 ドラマだから、全てをセリフで説明してはいません。なぜ弥太郎が長く長く叫び続けたのか、理由はセリフではわかりません。またそんなことをしたら底の薄いドラマになってしまうでしょう。私が不覚にも落涙したのは、弥太郎の母親の言葉でした。そう、岩崎弥太郎だけじゃなくて、薩摩も長州も土佐も、そう日本も、龍馬に義理があります。その義理は深く、明治維新を成し遂げるために多くの関係者達が龍馬を生け贄にした可能性すらあります。維新政府樹立が確認されたとき、よってたかって龍馬を捧げ物にしたような幕末史でした。

 龍馬伝の関係者(総合、演出、脚本……)達も、近世と近現代との狭間に坂本龍馬という男が生け贄として捧げられた、というような感覚でドラマを作っている気になってきました。
 そしてそういう絵柄が、現在の私にはものすごくわかりやすく、悲しく、切々と胸に迫る模様にみえるから、だから涙してしまうのでしょう。

 というわけで。
 あっという間に終了しました。
 幕府軍が門司で破れたのは、平氏が義経に敗れたのとは少し違いがあります。ふうてんさんが先週あたりコメントくれたのですが、ようするに長州は背水の陣、幕府軍は烏合の衆、そういうことだったのでしょう。小倉の小笠原家の名前はでなかったようですが、この敗戦、小倉城炎上はいささか評判をおとしたようです。

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