カテゴリー「落ち穂拾い」の23件の記事

2005年10月19日 (水)

過去写真 4:夏の大学教室、1967年のMu

Mr. SHINOHARA YukioによるMu肖像スケッチ

Mu:1967
 なにか画用紙の切れ端にMuのスケッチがあった。鉛筆で、Yukio Shinohara 1967.7.20 と書いてあった。Muはこのシノハラ君と深い付き合いではなかったから、記憶はほとんどない。ただ、大教室でぶらぶらしていたら、横に座っていた彼がまたたくまに描いてくれたのは、奇妙に覚えている。痩せてひょろりとした、好青年だった。美術系のコースにいたのじゃなかろうか。将来、漫画家になりたいと彼が言っていた、そのセリフの断片だけが耳朶に残っている。なぜか。当時、漫画家というのは今に比べても極めて特殊な職業だったからだ。

 1967年というと、今年2005年だから、40年に近い大昔のことだ。
 人は生涯、どれほどの人に出会うのだろうか。せいぜい数百名だと思っている。その中で、こんな記憶が残る者は100名に満たないと思っている。世間は狭い(笑)
 彼シノハラ君の場合、授業のたんびに、なんとなく席が近くなって知り合いになり、かといって授業が終わると右と左、その人生も過去もなにもしらないけれど、なにかしら時間になると自然にそばに座って、あれこれ話してしまう。
 大学のMuにとっての良い面だった。

 このスケッチが当時のMuをどれだけ反映しているかは、Muにはわからない。こんな様子だったんだろうな、と想像するだけである。他人のMuがここに若々しく居た。

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2005年8月16日 (火)

過去写真 3:披露宴手伝いのMu

25歳のMu

Mu25
 過去写真を掲載するなんて、ちっと恥ずかしいと思いながら、未整理写真を片付け終わろうとしたら、比較的大きな写真があって、Muが見あたらなかった。知人の結婚披露宴写真だった。整理整頓によそ様の写真を保管するほどの大きな心もないので、すてようとしたら、あっ、なんだか写真の片隅にけったいな「物」が写っていた。

 その気になってよくみたら、まさしくMuの面影があった。
 しかし、数えてみると25歳ころの写真である。そのころのMuの体細胞も脳細胞も、いまはまったく影形も残ってはいないはず。これは別人なのだ。

 考えてみると、Muの時系列的自我統一、そんなものがあるのだろうか。この25歳のMuと今のMuとは、全く別人なのだろう。そうすると、わけがわからなくなった。Muは突然最近この世に姿をあらわしたわけでもないし。
 書いていると、記憶はよみがえってきた。
 Muは職場の先輩にあたる人の結婚披露宴に、その下働きに出かけたのである。そうしてよく見ると、大きく写っている来賓の方々は、知った人だった(まあ、状況からしておどろくほどのことでもない)。今までは、眼がそこに行って、Muが写っていた記憶はまったくなかった。

 訳が分からないままに記事を終えるのは気持ちが悪い。ここで一言、つまり「Muは写真の中にMuを再発見した。しかし、そのMuと今のMuとの関係が、よくわからない」と、そういうことである。

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2005年8月13日 (土)

過去写真 2:修学旅行・高2・桜島

高校二年生・桜島

高校二年生・修学旅行・桜島
 先回、急に思い立って過去写真を掲載するにいたった原因は、この写真にあった。結論を先に言うと、つまり、この写真の下部にある写真説明を読むまでは、おそらく40年以上の長きにわたり、「Muは鹿児島、桜島を見たことも無い」と信じ切って、昨日まで生きたきたのである。

 『修学旅行記念 於 鹿児島 桜島 38.11.4』

 先年、北九州の卒業生が、「小学校の時、はじめて桜島を汽車の窓から見て、感動したのを覚えている」と語った折にも、あるいは鹿児島の卒業生がそのあたりの話題を口にした折にも、あるいは、……。そこここの九州関係者と話した折にも、Muは「いやぁ、僕は桜島だけは行っていないし、見てもいない。阿蘇や宮崎は修学旅行で行ったんだけどね」と、押し通してきた。
 いま、思い出してきた。百万遍にいたころ、図書館のアルバイト学生が典型的な薩摩っぽで、「自動車の屋根やボンネットに火山灰が」と聞いた時にも、「鹿児島って、行ったこともないけど、ものすごいんやねぇ」と、彼に眼を丸くして言ったことも、昨日のことのようだ。

 ただ、それだけの過去写真だった。
 しかし、高校二年生は、Muには青春まっただ中だったのだろう。殆どの生徒たちの行状をありありと思い出した(笑)。特に、数名の男子生徒のばかっぷりは、今思い出しても、わらけてくる。現在は女子学生達の抱腹絶倒な毎日の行状にはらはらしているが、当時は「おもろいやっちゃ」と思ったのは、男子生徒だけだった。女子生徒は、なんかわからない、つかみどころのない宇宙人だった。
 左の先生が、たしか、音楽担当で「宝光井」とおっしゃったような。(別の愛称で呼んでいたので、調べないと、漢字がわからない。すみません、先生)。右の先生は、教頭先生か校長先生だったようなぁ。

 ずっと、記憶について考えている。現在は、『脳のなかの幽霊/ラマチャンドラン』と言うのを、少しづつ、笑い転げながら読んでいる(一応、科学啓蒙図書で、決してトンデモ本ではありません)。なんとなく、Muはある小さな一定領域「桜島」と、かたどられた神経細胞のネットの一部分を、消してしまったのかも知れない。いわゆる、精神分析的な、外傷というか、なんというかトラウマがあったわけではない。それどころか、修学旅行はすべてにおいて、たのしいことばかりだった。阿蘇の雄大さに心底仰天したし、瀬戸内海航路の夕日に陶然としたし、宮崎の日南海岸の青さが今も記憶にある。帰りは生まれて初めて汽車で海底(関門トンネル)をくぐった感動が、昨日のことのようだ。

 なのに、桜島。完璧に記憶にない。
 この写真は。
 もしかしたら、ねつ造されたものかもしれない。「Muよ、君は高校二年生の時に、桜島をみているんだよ」と、耳元で、なにかがささやく。
 人は、記憶で自我を保っている。その記憶が、無くなったり、改変されていたならば、なんとも悲しいことであるなぁ。「僕は本当に、桜島を観たのだろうか」。

ついでに、桜島地図

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2005年8月12日 (金)

過去写真 1:登山・高校2年生 

高校二年生・剣岳?

高校二年生剣岳
 夏の葛野の夕暮れに、ふと昔の写真を眺めていた。こういうことは、無意識に、無目的にすることで、めったに過去の写真をみることはない。
 懐かしさはあるのだが、それ以上に、失われた時を深く味わう。二度と、天地が裂ける異変があろうとも、取り戻しはできない。「時」の絶対性を、ただ、胸におさめるばかりである。
 
 Muが京都府立嵯峨野高校二年生のころだったはず。山岳部があって、そこにいた。いつもは近所のblogで畏友が「山、山、信州」と吼えているので控えていたが、実はMuも高校生の頃、短期間だったが山岳部に所属していた。顧問のお名前は、金加先生と言って、英語の教師だった。
 たとえようもなく優れた師であった。

 いろいろな記憶は、この記事を操作する間に次々とよみがえってきたが、それはよしておこう。また、写真のどれがMu本人で、残り4名がだれで、どんな友人だったかも止めておこう。ただ、そこに残った写真を眺めるために、MuBlog に掲載した。
 私的な話である。まあ、blogは日記が主流だから、プライベートなものなのだろう(笑)。

 剱岳の地図

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2005年4月19日 (火)

四月のある晴れた日でした

 四月のある晴れた日、授業がなくて、来客の合間をぬって準備や片付けをしていました。夕方も、久方ぶりに旧友に会いに京都駅へ出向きました。それぞれ、エアポケットのような時間がふわっとうかんできたので、ぼんやりするつもりが、携帯電話のカメラ練習になってしまいました。
 携帯電話のカメラはちっこいレンズなので、今春、お隣さん学生たちと祇園に出た際、使ったのですが、光量が問題だったのか、色のにじみがはげしくて、まるでシュールな写真ばかりになってしまったのです。そう言えば倶楽部の送別会の写真も、ぶれとにじみとで、どうにもならないものでした。

 ところが、今日のふと撮った写真は、それとなく写っておりました。100万画素で、640x480の大きさ、fineモードでした。光があって、適切な画素数で写すと、結構役に立つようです。

四月の葛野机上

四月の葛野机上
 昨年はiMacの前に大きなカレンダーを置いて、予定をメモしていたのですが、今年はカレンダーを入手する暇も気力もないまま四月になってしまいました。研究室を探すと、古い授業計画週カレンダーがありました。無印良品ものでした。中を見ると、10ヶ月程度の空白があったので、空いた部分を今年の分にしました。
 プルートとだけ読めます。これは昨日某卒業生が20世紀少年全18冊を引き取りに来たとき、「センセ、26日にプルートが出ますよ」「それはよかった」「……」てなわけだったのです。義理にも、買わざるをえませんなぁ。いや、いや義理だなんて、作者に悪い。プルート2巻目は楽しみです。

京都駅のガラス拭きマシン

京都駅のガラス拭きマシン
 で、夕方は6時前に京都駅を見上げていたら、このマシンが初めて目に入りました。精華町の国立国会図書館関西館は、これが地下大閲覧室の天井に走っていたように記憶しています。天井だから横置きです。
 で、京都駅は縦にありました。これが左右にスライドして、ガラスを拭いていくのでしょう。まさか、人が何人も乗って、タオルでせっせと乾拭きするわけはない、のはずです。想像では掃除ロボットでしょうね。

 というわけで、一日、数名の旧知にあって、無事を言祝いだり、愚痴を聞いたり相談したり、まったく、人生ですなぁ。その間、ほろほろとシャッターを押していた、そんな春の一日でした、とさ。

落ち穂拾い
  京都駅の写真(MuBlog)
  ある日の葛野研机上(MuBlog)

後知恵
  京都駅ロボット掃除機の写真をよく見たら、どうもこれは人力ガラス拭きに見えてしょうがない。どうなんだろう、ああ今夜は眠れなくなる。まあ。おそらく、モップを持ったロボット兵が何人か乗るのでしょう。そうしておきましょう、漫画の読み過ぎ。

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2004年11月25日 (木)

日本・文学・小説:京は人を賤うす/中谷孝雄

京は人を賤うす:中谷孝雄作品集/中谷孝雄著

京は人を賤うす/中谷孝雄
  東京 : 皆美社、1969.7
  239p ; 20cm
内容著作注記:京は人を賎うす / 敗者の歌 / 才女の運命 / 妄執 / 若き日の詩人
注記:著者の肖像あり
著者標目:中谷、孝雄(1901-1995;明治34年-平成7年) 〔ナカタニ、タカオ〕
分類:NDC6:913.6、NDLC:KH418

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2004年10月21日 (木)

お茶の化学実験

 名も知らぬ和風喫茶店(京都市中京区中島町)マピオンBB地図

お茶の化学実験
 忘れられない情景がある。
 化学実験のようなお茶のいれかた。
 場所は、もう何十回行ったか分からないほどなのに、店名をいまだに覚えていない。
 三条大橋の西すこし、南側にビルがあって、その上の方だ(多分、6階か7階)。
 見晴らしのよいところだ。道をはさんだ北は、おそらく「がんこ」のビルだろう。

 写真は、お湯を入れて暫くすると、紫がピンクか、はたまたピンクが紫か、変色するというお茶。ハーブティーかもしれない。
 この硝子製の、まるで特別にあつらえたビーカーかフラスコのような器具が、たまらない。

 お湯を注いでいる人は、UCLA関係の人(いまどこにおられるか知らない)。その左はDJと言われた人のはず。この方もどこにおられるか知らない。

 要するに私の記憶は、関係する地名、人名、対象名をすべて忘れて、ただ、イメージだけがある。
 イメージを言葉にメディア変換するなら「お湯を入れると色が変わる、化学実験」

 昔、私とお茶をつきあった方達に申し訳ない思いがする。なぜなら、私の脳には、ハーブティー一つ入れて見て飲むときも、それは「狂気の科学者の化学実験」になってしまっているからだ。浪漫の薫りもありゃしない(笑)

 私は、いま確認した。私は、正真正銘の「男族」なんだ、と。
 これは、実に大切な自覚だ。

 この何十年来、かつての職場の女性司書の方達、そして10年以上、学生達(女子大)の言葉がほとんど翻訳理解できず、困り果ててきた経緯は、当たり前なのだ。種も文化文明も、概念構成、言葉さえ異なる世界だったのだ。
 それに気付いて、今朝は非常に機嫌がよくなった。

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2004年9月24日 (金)

情報図書館学・電子図書館:研究情報ネットワーク論/長尾真、原田勝[他著]

研究情報ネットワーク論/長尾真、原田勝、石川徹也、谷口敏夫、久保正敏、澤田芳郎
By WebcatPlus

研究情報ネットワーク論/長尾真、原田勝他
  東京 : 勁草書房、1994.3
   xii、186p ; 22cm
  ISBN:4326000112

注記: 付: 参考文献
著者標目:長尾, 真(1936-) 〔ナガオ、マコト〕
分類: NDC8:007.5、NDC8:007.3、NDC7:014.9、NDLC:UL31
件名: BSH:情報管理(L)、BSH:研究管理(L)、NDLSH:情報サービス(K)、NDLSH:データ伝送(K)、NDLSH:通信網(K)

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2004年9月13日 (月)

2004年9月13(月):秋の夜長

 秋の夜長を感じられる季節になってきた。
 なんということもないが、過去多くの年月、秋は充実してきた。
 もちろんそうでない年もある。

 今秋は読書にはげもう。
 目処ははっきりついているわけではない。

 この年齢になっても、宇宙のことや、人類のことや、そして真理について考えたくなる。
 読書で、そういう世界の一端を味わえれば、今年の秋は万歳だ。
 しばらくしたら、図書館や書店をあるいてみよう。

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2004年8月25日 (水)

情報図書館学・プログラミング言語:情報処理++/原田勝、谷口敏夫

By WebcatPlus
情報処理++:パソコンによるデータベースの構築と利用/原田勝、谷口敏夫 共著

情報処理++/原田勝、谷口敏夫

  東京 : コロナ社、1991.6
   v、225p ; 26cm
  ISBN: 4339022926
  著者標目:原田、勝(1944-2004) 〔ハラダ、マサル〕 ; 谷口、敏夫(1946-) 〔タニグチ、トシオ〕
  分類:NDC8:007.64, NDC7:418.6, NDLC:M159
  件名:BSH:電子計算機 -- プログラミング(L)

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