カテゴリー「イメージの素」の75件の記事

2011年2月 7日 (月)

大神神社(おおみわじんじゃ)と森正のそうめん

Miwasomen

 先年の初詣は、お伊勢さんだった。
 二月に入って初詣とはなかなか言葉遣いが難しいが、今年はともかく予定通り、大神神社(三輪さん)だった。
 浄瑠璃寺から小一時間で旧三輪町に着いた。

 三輪さんもお伊勢さんも長年崇敬の念より先に、親しみ深い神社であった。
 特に三輪さんは近いこともあり、本当にストレスなく親しくお参り、ご挨拶できる。
 写真にじっくり気持ちを込めたので、ながながしく文章は書かずにおこう。
 ~
 お参りの前に、三輪に着く頃は大体お昼時なので、そうめんをまずいただくことにしている。
 そうめん処・森正さんは、たき火もあって雰囲気がよかった。
 これからも、そうめんをたべて三輪詣で。
 赤福餅を食べて伊勢詣で。
 なかなかに豊かな日々である。
 ~
 そうそう、帰路は奈良ホテルで一休みして、珈琲をいただいた。

参考
  大和国一之宮三輪明神 大神神社(おおみわじんじゃ)
  そうめん処・森正(もりしょう)


大きな地図で見る

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年2月 6日 (日)

浄瑠璃寺の立春:浄土式庭園

Jyoruri

 「この春、僕はまえから一種の憧れをもっていた馬酔木(あしび)の花を大和路のいたるところで見ることができた。
 そのなかでも一番印象ぶかかったのは、奈良へ著(つ)いたすぐそのあくる朝、~(略)~二時間あまりも歩きつづけたのち、漸(や)っとたどりついた浄瑠璃寺の小さな門のかたわらに、丁度いまをさかりと咲いていた一本の馬酔木をふと見いだしたときだった。」(浄瑠璃寺の春/堀辰雄)
 過日訪れた浄瑠璃寺は、たたきかはんちくのように見える細い道の向こうに今でも小さな門があって、道の傍らには馬酔木や山茱萸(さんしゅゆ)の黄花が咲いていた。新暦節分や立春の季節はまだまだ寒いはずだが、その日にかぎって「春」が山道に訪れていた。

 浄瑠璃寺は小さな結構の山寺なのに、庭園が国指定名勝で、国宝と重要文化財が山のようにあって、しかも庭園拝観だけなら自由にお参りできる奇特なお寺だ。私は仏像よりも庭が好きなので、すっと入れたので極楽浄土の想いがした。西方極楽浄土に阿弥陀堂があってその中に九体の阿弥陀さまがおられる。そして池を挟んで東方浄瑠璃浄土の三重塔には薬師如来さまがおられる。これは東西に浄土のあるお寺さんだから、身近な宇治平等院よりも贅沢な造りと言える。

 紅葉も桜もない季節だが、阿弥陀堂の前にたって猫を撮し、池を挟んで東方の三重塔を眺めたとき、一瞬「浄土」とつぶやいた。平安時代の人々の浄土信仰は、机上の理屈とか宗教教義を飛び抜けて、実感として肌で感じた世界なのだろう。

 青年期は、この浄瑠璃寺は奈良県のお寺と思ってきた。事実、近くの「柳生の里」は奈良県で、浄瑠璃寺も柳生新影流も、奈良市の近鉄駅前からバスで行くのが通常ルートである。ところが実は、浄瑠璃寺は京都府木津川市加茂町となっていて、JR加茂駅(大和路線)からバスに乗る方法もある。私の場合は宇治木幡から自動車を使い丁度70分で着いた。

 自宅にもどって翌朝iPadで小説集(i文庫HD)を眺めたら、堀辰雄『大和路・信濃路』があって、そこに「浄瑠璃寺の春」が収められていた。少し時が経ったこの時代の文学は文庫も少なく、iPadがとても便利に思えたが、今後も旅先に持っていくことはないだろう。せめて旅先くらいは頭をぼんやりさせて青空や古社の千木や寺の甍を眺めていたい。

参考
 浄瑠璃寺(木津川市)

大きな地図で見る

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2009年11月 1日 (日)

若冲の秋:ミホミュージアム200910

承前:小説木幡記:2008/05/06(火)与謝蕪村展:MIHO MUSEUM(ミホ・ミュージアム)

Bigimg_3293
↑MIHO MUSEUM前ののぼり

 秋になったので、恒例の滋賀県山中「MIHO MUSEUM」に出掛けた。今秋は、「若冲:ワンダーランド」だった。途中の山道で不思議な祠にも出くわしたが、それは後日に記事を載せる。今日は、若冲の新しい屏風「象と鯨」の感動をまとめておく。

 平成18年の昔、京都国立近代美術館で「若冲(じゃくちゅう)と江戸絵画展」があって、行けなかった替わりに後日<若冲の象>が綺麗に印刷されたカード大の飾り磁石板(紙留め?)を知人からもらった。今も葛野で使っている。
 その後のことだったか、「花はさくら木/辻原登」を読んで、18世紀の江戸中期の関西、京都にはそろいもそろってぶっ飛んだ芸術家が沢山いて、その中に伊藤若冲も生きていたという情景を味わった。「与謝野蕪村とか、上田秋成とか、円山主水(もんど)とか、大雅とか、伊藤若冲、不夜庵(炭太祇)、売茶翁(まいさおう)、ともかくそうそうたるメンバーがおもしろおかしく登場する。」小説だとMuBlogに録していた。

 そのころから伊藤若冲、京都錦の八百屋の息子、象が大好きというイメージだけが頭に残った。だから、遡って「江戸絵画展」って、江戸とあっても、京都の話なんだなぁとぼんやり思い返していた。そういえば、この夏芭蕉のことをいろいろ読んでみて、長い間芭蕉を江戸で活躍した人と、誤認していたことにも気付いた。芭蕉は関西、近江や京都が好きだったのだ。それから百年、蕪村も若冲も上方で活躍した人と、今になって思う。当時の京都や大阪は、現代の東京とは比較できないほど活き活きとした文化的な地域だったと、はっきり言える。

Jyakue
↑若冲ワンダーランド・展示会図版目録の表紙

 この図版には「「象と鯨図屏風」各159.4x354.0、 六曲一双」とあり、向かって左隻に鯨、右隻に象が描かれていた。実は、私が葛野で使っている飾り磁石板はモザイク画「鳥獣花木図屏風」の右隻だったと気がついた(笑)。だから、現実の屏風に立つまでは、今回の第一の展示作品「象」を誤認していたことになる。

 二次元表現、絵画にまったくうとい没美意識の私だが、このたびは度肝を抜かれた。巨大な屏風を前にして、まるで目が点になった。しばらくの間動かなかった、動けなくなった。こんな屏風にかこまれて生活したら、楽しいだろうなぁと、本気で思った。威圧感がまったくない、ただおっとりしていた。「おーい、クジラ君、僕もおよげるかなぁ~」と耳に聞こえてきた。
 そして象をみているのに、木幡に置いて出掛けた、猫ハルキ君を思い出してしまった。

二つの衝撃を味わった。
 第一に、巨大な象がしっぽをまいて足を折って、猫が香箱を造っているような雰囲気に陶然とした。愛猫ハルキそっくりの雰囲気だった。それと象の目。この目は若冲目と言ってもよいが、鳥や竜やカエルや猫や猿で、同質のものをいくつも見かけた。この目があるから私は左隻の、目のない鯨よりも象に気持が移った。
 第二に、ようやく落ち着いて「これは何? 飾り磁石板象とは違う」と思い、そばの案内表示を見た。私はそれを見て愕然とした。「2008年、北陸の某家で発見」という趣旨があった。何度も見直した。たしかに2008年とあった。昨年のことなのだ。こんな素晴らしい屏風が、1年前までは世間に無かった! 本当に驚いた。美術の世界の奥深さに気持がシーンとなった。(そういえば、源氏物語の解釈を変えるような大沢本も、昨年世にでた)

図版を買ってよかった。
 重い図版だった。午後早くに木幡にもどり、ひとしきり眺めた。そして巻頭の論文「伊藤若冲のワンダーランド/辻惟雄(MIHO MUSEUM館長)」で、この「ミホ本」と名付けられた「象と鯨」の数奇な運命を知ってしばし時を忘れた。このミホ本は若冲82歳画らしい。となると別に異本があったのか? (このあたりは源氏物語の異本発見と似ている)。あったらしい、昭和3年(1928)に神戸の川崎男爵家からオークションに出された「売立目録」に載った写真だけの幻の川崎本「象と鯨」。そこには写真を拡大したとき、若冲80歳画と読めた。川崎本の行方は未だに分からない、……。
 それにしてもこんなでっかい屏風を数年ごとに、80にもなって描いた伊藤若冲。東の北斎もすごいが、西の若冲もぶっとんだ存在だと、心から味わった。

象印だけじゃない。
 「鳥獣花木図屏風」の左右、鳥やけものが色鮮やかで、古代エジプトの壁画を思い出していた。若冲は鶏で有名らしいが、私は竜とか猿とか、犬の様な顔をした寒山拾得、頭頂がカソリック司祭のように○ハゲの寒山拾得が気に入った。総じて現代のマンガに通じる、心の中がほんわりとする優しい楽しさに満ちあふれていた。
 売茶翁図(Baisaoと読みがあった)は本当に気に入った。いかにも一癖ありそうな爺さんが、水桶(壷)と煎茶道具を両天秤で肩に掛けていた。若冲の友達だったのか? 今で言う歩くカフェ坊主(禅僧)らしいcat
 あと、伏見人形の布袋さん図がよかった。
 どれもこれも、見ていて楽しくなった。
 京都伏見・深草の石峰寺図、五百羅漢図などはご近所だから現地を確かめてみたくなった。若冲は晩年、妹とこの門前に住み、自らのデザインで石像羅漢像による仏国世界を創ろうとしたらしい。その図のいくつかは、ジオラマに見えた(笑)


↑京都府京都市伏見区深草石峰寺山町

Miho200910
↑紅葉や博物館や天ぷら蕎麦やモンブラン

 今回の博物館紀行(ミホミュージアム)は盛りだくさんの感慨を残した。紅葉も観た、天ぷら蕎麦もモンブランも、毎年食べているのに、今秋も本当に美味しかった。平日なのに混んでいた。しかし博物館自体や敷地が巨大なこともあり、町中の博物館や、正倉院展のように長い行列を待つことはなかった。
 空いてはいたが、美味しい昼食はそれを目当ての人が多かった。レストランには11時に着いたが開店11:30まで20人ほどが待合い席に並んでいたから、食事と重なって若冲人気や紅葉の影響はあったのだろう。団体で中国語や韓流語も飛び交っていた。こんな山の中にツアーを組んで訪ねてくるのが不思議だった。

 うむ。
 今回の博物館紀行は、美術絵画部門で年次最高の収穫だった。
 
参考:
1.若冲ワンダーランド=JAKUCHU Wonderland/MIHO MUSEUM、2009.09 [展示会図版・目録 3000円]
2.MIHO MUSEUM
3.MuBlog 小説木幡記:2009/08/07(金)仏さんと、今日の葛野
4.MuBlog ミホミュージアムの秋
5.石峰寺(せきほうじ)京都市観光文化情報システム

地図とアクセス:ミホミュージアム

☆自動車だと新名神高速道路の「信楽IC」から30分程度
☆バスだと、JR石山駅から50分程度(1時間に1本)

| | コメント (2) | トラックバック (1)

2008年5月28日 (水)

五月の木幡花2008

承前:四月の木幡花2008

 先だっての日曜日、また花を撮りました。野菜の花が多いですね。トマトの実も花、キュウリのツルまで花。この世は華々しいものですなぁ。

木幡春花1577
木幡春花1576
木幡春花1575
木幡春花1574
木幡春花1573
木幡春花1572
木幡春花1571
木幡春花1570
木幡春花1569
木幡春花1568
木幡春花1567
木幡春花1566
木幡春花1565
木幡春花1564
木幡春花1560
木幡春花1559
木幡春花1558
木幡春花1557
木幡春花1556
木幡春花1555
木幡春花1554

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008年4月 9日 (水)

四月の木幡花2008

承前:六月の木幡ガーデン:紫陽花

 久々に、木幡の春の花々を御覧いただきます。桜も咲いて、鳥も木幡に飛んできています。せんだっての日曜(2008/04/06)のことでした。終日木幡で花を撮っていたのです。

Muimg_1414
Muimg_14171
Muimg_14172
Muimg_1418
Muimg_1419
Muimg_1420
Muimg_14221
Muimg_14222
Muimg_1423
Muimg_1425
Muimg_1426
Muimg_14271
Muimg_14272
Muimg_1429
Muimg_14301
Muimg_14302
Muimg_14303
Muimg_1432
Muimg_1433
Muimg_1434
Muimg_1436
Muimg_1437
Muimg_1439
Muimg_1440
Muimg_1443
Muimg_1444
Muimg_1445
Muimg_14471
Muimg_14472
Muimg_1450
Muimg_1458
Muimg_1462

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2007年4月27日 (金)

Berry Cafeのフルーツタルト(レプリカ)

京都駅のBerry Cafe製フルーツタルト

フルーツタルトA レプリカ
フルーツタルトB レプリカ
フルーツタルトC レプリカ

フルーツタルト・ショーケース レプリカ

フルーツタルト・ショーケース レプリカ

 このお菓子たちに、通りすがりの老若男女、何人もが携帯電話カメラや一眼レフカメラを向けていた。外国のペアも撮りあいしていた。何度か躊躇していたが、結局Muも携帯電話を取り出して、写しだした。場所は、京都駅・新幹線八条口の一階、改札の真っ正面だった。
 あとでネットで見てみるとリニューアルというか、開店してからもう一ヶ月は経つのに、まだ道行く人にはめずらしいのだろう。それにしても日本のお家芸というか、蝋細工だったことに気付いたのは、しばらくしてからだった。ショーケースに手を触れて、冷えていないことに気がついたからだ。

フルーツタルト・冷蔵ショーケース

フルーツタルト・冷蔵ショーケース

 店内を覗いてみたら、ショーケースがあって、メイドが奥で切り分けているのが目に入った。そうだろう。こんなでっかいのを、うまうまと食べる人がいるとは思わない。エドルン君をさそって入ろうとしたが、今度にすることにした。つまり、エドルン君のおみやげが、東京は谷中某所のアップルパイだったからだ。
 後刻木幡に帰って、この谷中のアップルパイをデザートにした。超絶ものだった。話では、ごく普通の店に見えるらしいが、林檎は信州の農家と契約し、ひっきりなしに新鮮なモノが届くそうだ。たっぷりした、甘みあっさりのアップルに、カスタードが入っているのが目点だった。
 というわけで。
 甘党とはまったく思っていないが、京都駅のBerry Cafeのフルーツを思い出しながら、木幡で分厚いアップルパイを頂いた。

 話をもとにもどすと、京都駅前にRSを停めて、久しぶりに町の空気を吸った。桜杖なので、改札口付近をそろそろ歩いただけだが、新幹線側の1Fは相当に改修されていた。滅多に新幹線にも乗らないから、待っている間、人混みの中で痛切な旅愁をイメージしていた。私の京都なのに、いつのまにか旅人の気持ちで歩いていた。
 定刻通りのぞみが着いて、エドルン君が降りてきた。

 日頃はなんとも思わない雑踏だが、妙に異国に行った気分になった。違った京都が見えてきた。お店は、たしか昨年猫町に行った途中、北白川にもあったような記憶がある。

京都駅八条口1F

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年4月18日 (水)

小説木幡記:20070418(水)フラワーアレンジメント

フラワーアレンジメント
 大きな花だなと瞬間にでも感じたのだから、花オンチ。よく見ると花々だった。しかし、どれだけ物知らず、世間知らずでも、綺麗とか佳いとかは、自分の中で決められる。この花々は、「落ち着いている」と思った。数秒後に、「そうだ、こういう落ち着きのある花の人生」が、好ましいとしたのか、そうしようとしたのか、もう数日前なので忘れた。
 生きた花々を組み合わせるのだから、技量もいるだろうし、センスも必要だ。
 こういう花を作ってみたいとは、思わない。それが野蛮な男の証なのだろう。それでも、こういう花が部屋にあると豊かになる。何故なんだろう。そういえば。またりん翁は花が好きだった。男猫なのに不思議なネコだった。いや、それは偏見なのか。
 と、あれこれ夢想して時間がたって、また目の前の花をみた。色調とか全体の形が「落ち着いている」。気持が楽になるフラワーアレンジメントだった。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2006年7月29日 (土)

 今日は葛野も、そろそろ終わりにして引き上げる。
 朝からどこか異国の地での課題「目録作成」を100点以上見続けて、ほとほと、~。いやいや抱腹絶倒。もともとテーマ性重視、つまり目録技術よりも、どういう図書とか情報を集めてきて、それをどんな風に小綺麗に正確に、気持ちよくまとめ上げたか、そういう視点で採点していた。もう、ものすごいテーマが一杯あったぞ。

 いまのところ、100点満点花丸を3冊にだした。なるほど精妙というか花がある。まるで、世阿弥や元雅の申楽レベルであるぞ(みたことない、中世の能舞台なんて)。これは昨日のメディア論でもそうだった。

 私のだす90以上は、みなみな優れている。とりわけ、100点をだすのは「花」があるかどうかである。
 さて、「花」のあるなしをいうと、みんなして、そんな主観的なとか、恣意的な、とか申す。
 だがな。まちなさい。
 客観的評価なんかあると思うのが唐変木のコンチキチン(ものすご、古語ですなぁ)。
 そんなふうにしたいなら、コンピュータでやればよかろう(と、ものすごコンピュータ音痴のフリ)。

 まあよろし、花を見きわめるのが、熟達、手練れの者の誇りなり。花もクズも自信もってみきわめられないなら、人間やめなさいや。……。おかしいな、えらいテンションが上がってくる。

 さて、絵画の評価、それが本論。
 わが木幡研のメンバーはいずれも絵画性志向が高い。口ずさむように、息をするように、絵を描く人ばかり。唯一、私だけが絵画性は、ほとんど10点程度(100点満点で)。私は、なんとなく、文章性志向が高く、考えるのも、話すのも、イメージするのも、文章で済ませている。

 で、白テンを抱く貴婦人問題というのがあって、いつぞや畏友の梅安さんと京都の美術館へ観に行った。さっぱりわからない。梅安さんは感激の極みというのに。そこで、私は弁解した。「どうも、僕は、構造体というか、なんらかの立体性がないと、二次元上の情報は、把握できないようですぅ」。いうにことかいて、へりくつをならべたものよと、当時の自分に赤面している。
 (文章なんて、これは、読む状態からいうと、二次元どころか一次元情報じゃないか。)
 
 そこで、私は乏しい経験の中から、絵について、いま、思いをめぐらし始めた。

 モジリアニ、アンリー・ルソ。
 一部の、ゴッホ。
 和風の山水画。
 純粋のマンガ(内容とかストーリー抜き)だと、浦沢さんのアトム。

 事例が乏しい。実に乏しいな。世界中の絵画性世界から、数え上げるとたったこれだけ。
 他方、小説類なら死ぬほどある。
 私はやっぱり、文章志向のようだ。
 と・こ・ろ・が
 課題を出すときの注意事項には、いつもくどいほど「絵とか写真とか、設計図とか、イメージとか、俯瞰図とか地図とか。概念図とか。アイコンとかぁ。ともかく、絵、必ず絵をそえなさい」と、言っている。この落差は、いったい何なんだろう。

 けだし。
 人間とは、いくつになっても、訳の分からないところがあるものだ。今夕、私は自らを試験台にして、そのことが分かった。また、賢くなったなぁ。(失笑) 

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2006年6月29日 (木)

ニンニクと、シャンサイ

 数日前に、TVで料理番組をちらっとみた。とても料理の上手なお笑いタレントが、どはでな服をきて調理していた。M1君の話では毎回、衣装が派手になるらしい。

 ニンニクを丸ごと1分間電子レンジでふかして、それを丁度4分間180度の油で揚げる。香ばしくて美味しそうだった。

 案の定、昨夜はにんにく焼きそばだった。かりっとしたニンニクが一杯はいっていて、オリーブオイルかな? だけで作ってあった。早朝の話では、スパゲッティだったが、夕べには変わっていた。これはよくある(笑)。

 ところが添えた野菜スープが、ちっとだけ顔をしかめた。もちろん、Drは異能だから一瞬の表情を読み込まれた。
「シャンサイはお口にあわぬかえ」
「いえ、そんなわけでは~」
 自家製のハーブがいろいろあって、どれも好きなんだが、どうにもこの丸虫の匂いのするシャンサイというか、コリアンダーちゅうか、は苦手だった。
 以後、シャンサイは別置きにするとのことで、内心ほっとした。

 ニンニク。これは非常に好物だ。しかし、一般に女性はニンニクを嫌い、シャンサイを好むらしい。男性の多くは、シャンサイが苦手のようだ。一種の文化現象として、小説とかエッセーにも出てくるらしい。
 
 また、物知りになった(笑)。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年6月14日 (水)

六月の木幡ガーデン:紫陽花

承前[MuBlog:木幡花々平成十七年夏8月

 木幡ガーデンに、花火を見ました。

紫陽花火

紫陽花火

紫陽花火二景

紫陽花火二景

紫陽花

紫陽花

 木幡ガーデンに深海とジャングルと、里を見つけました。

珊瑚礁

珊瑚礁

水中花

水中花

熱帯のオブジェ

熱帯のオブジェ

ジャングル

ジャングル

夕暮れの薔薇

夕暮れの薔薇

里の初夏

里の初夏

里のプチトマト

里のプチトマト

| | コメント (4) | トラックバック (2)

より以前の記事一覧

その他のカテゴリー

001犬王舞う | 002蛇神祭祀 | 2012夏・伊勢路 | 2012夏・横浜鎌倉 | Blogメモ | Blog統計 | DCC | DeepG紀行 | JR九州便 | Jython・Python | KGR | Luna企画 | Mu現代古典 | N2高台の図書館 | N4島図書館トロッコ列車 | NDK:日本文学データベース研究会 | NHK八重桜 | NHK功名が辻 | NHK坂上雲 | NHK天地人 | NHK平清盛 | NHK江 | NHK篤姫 | NHK風林火山 | NHK龍馬伝 | RoboXero | Zゲージ | イメージの素 | カナーン96 | ビデオ | メモメモ | 万葉集 | 三角縁神獣鏡 | 三輪 | 九州2011 | 伯耆出雲石見2011秋 | 出雲研究会2004 | 北国紀行DeepG2005 | 博物館 | 原田勝 | 原田遺贈文献 | 四国路 | 図書館 | 図書館列車編成 | 地図の蠱惑:未踏地 | 地図の風景 | 大津京 | 小説 | 小説木幡記 | 小説葛野記 | 嵯峨野鉄道図書館 | 巻頭記事 | 平城京 | 平安時代 | 建画廊 | 情報図書館学 | 映画の余香 | 映画の素 | 春霞2010 | 桜2006 | 桜2007 | 桜2008 | 桜2009 | 桜2011 | 桜2012 | 桜2013 | 森博嗣 | 浅茅原建作品 | 猫ハルキ | 現代四物語 | 私の京都 | 継体天皇 | 美しいサイト | 美味しいところ | 自作ロボット | 自作鉄道模型 | 自作PC | 茶母 | 落ち穂拾い | 葛野 | 葛野図書倶楽部2001 | 読書の祖先 | 読書の素 | 読書余香 | 賢者板 | 近江 | 遺跡 | 邪馬台国 | 邪馬台国周遊図書館 | 長岡京 | 隠岐 | 風雪梅安一家 | 飛鳥 | MuBlog目次 | NHK義経 | SDI | TVの余香 | UML