カテゴリー「小説木幡記」の541件の記事

2009.07.11

小説木幡記:2009/07/11(土)今朝の芭蕉で、余も考えた

 例年になく定例の「夏期論文」を早めてきた。昨日も『芭蕉/保田與重郎』に現れた用語の分析と、その荒い分類を考えていた。
 その結論はおくとしても、速度を上げてきた事情がいろいろある。それをメモして後の世に、今の姿を思い出す手引きとしよう。

夏期論文ができるまで
 基本的に、夏期論文は年度末のうちに方針を定め、必要な準備はしておく。新年度が始まった春先から連休明けには対象テキストを熟読してしまう。これは年次によって負荷がことなる。たとえば2006年の場合、『萬葉集の精神』は原稿用紙1000枚の長編評論だったので相当に難渋した。現代人の余には、サンスクリット語で記された経典を読むような趣だった。

 そのあと例年、6~7月の間はメモを造る程度で、8~9月の二ヶ月かけて一挙に本文の詳細な分析、解釈、意味づけを考え、同時に可視化するための(プログラミングを伴う)操作をし、草稿80枚程度をかき上げて約一週間放置する(寝かせる)。そして9月末の最後の一週間で一気呵成に論文の体裁に仕上げる。
 論文書きに夏の二ヶ月が長いのか短いのかは、他と比較したことがないので良く分からぬ。ただし、この二ヶ月は週に4~5日間、閑散とした葛野にでかけ、日々実質8時間を費やしている。その間キャンパスは無人に近いから、ほとんど人とは話しせず、夕方になると大抵ひとりごとを言っている。(もちろん、電話など鳴ったためしがない)

 「なんか、おかしい」
 「ほぉ、そうなんかぁ」
 「わかった!」
 「いや、やはりこれじゃ駄目だ」
 「しまった。やり直しだ」
 「しかたない」
 ~
 テキストを分析し、可視化し、解釈するのは「小説」のように空想ではできないから、一つの問題が発生するとその意味を考え、再試行に時間がかかる。
 夏期論文は、この十五年程度そうやって仕上げてきた。夏の間だけでも、こういう時間が取れてきたのは、終日論文書きの生活をしていても咎められないという、職業上の性格がある。

 ただし、文学とはもともと夏炉冬扇(かろとうせん:夏の暖房、冬の冷房)と言って、世間一般の用不用、儲かる儲からない、社会に寄与するのか、という直接的利害関係を持ち込むと、立場が非常に弱くなる。だから二ヶ月の間、間歇的に強鬱に落ち込むことがある。
 「論文書いていて、世間から咎められないとは言っても、余は一体何をしておるのじゃろう。一体、何の益を余や大学や世間にもたらすのだろうか?」という、深い深い内省に襲われてきて青ざめるわけだ。

なぜ、速度をあげたのか。
 今年は、表だって咎められなくとも、これまでのような夏の桃源郷は望めないと、カン働きがあった。世間の風潮としては「船が沈みかけ、家が燃えているのに、論文書きでもないだろう!」という、古来からの言い伝えが一段と激しさをましてきておる。その中で例年のように豊かな学究生活をするのは無理というものだ。

 しかし、夏炉冬扇とはもうしても、それが生きる支えになってしまっておるので、早々に退却しては、今度は生きる屍になってしまうのは、論理的帰結としてまざまざとイメージできる。おそらく生きる支えを無くすと、別の支えを求めるものじゃ。それは負に傾く。ひたすら攻撃し、人の粗を見付け論破し、建設の装いもって破壊の快感に走ってしまう。すなわち精神的荒廃をもたらす。もちろん今の日本、世間一般がそうなのだから、それに身をそわせることで収支決算、帳尻を合わせる衝動なんじゃろう。長いものに巻かれる、付和雷同、バスに乗り遅れるな、とまるで時代が遡る。

 それではならじ! と余のかすかな理性がつぶやいた。
 不易流行。この不易をみつけなくては。
 そして。
 工夫しなくては。
 ~

もう一つの道
 と考える間に、別の思惑がもたげてきた。
 夏期論文を早めに仕上げて、「二階建て鉄道図書館列車」世界をもっと充実させよう。特に「邪馬台国周遊図書館列車ジオラマ」は、一年たってもまだ発泡スチロールのままである。しかし、これを完成させるには夏期しかない。広い部屋(屯所capricornus)に持ち込んで、水性アクリルの華やかな色を飛び散らかして、石膏液やボンドをそこらじゅうにぽたぽたふりまいて、ついには、色粉が空気中にとびかい、発泡スチロールを焼き切る異臭がする、そんな重度の開発は、無人の夏しかできない脳。
 ~
 そうそう。
 新しい委員会仕事も、世間が海外旅行や温泉や、昼寝で休んでいる暇に、しっかりこつこつ整理しておこう。怠け者の節句働きなり也。

 夏の工夫なのか、別の地獄招来なのか、よくわからぬが、今朝芭蕉の生涯を考えていて、そんな風に思った。
 今年ほど、芭蕉の偉さやすごさが余の内奥まで降りてきたことは、かつてなかった。

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2009.07.09

小説木幡記:2009/07/09(木)ソニック・イエローと瞑想

 昨日は水曜日だった。
 一時間目には、メディアとしての図書館史を講義した。授業の中でも好みの科目なので、そろそろ半期終わりに近づくと「無事終わりそうだな」と一安心する。
 部屋に戻ると、すでに、締切には遠い、事前の課題草稿が届いていた。しっかりしていたので安心した。返事をすぐに出しておいた。

 上階の資料室にいくと、秘書さんが「お荷物、届いていました」と知らせてくれた。
 部屋に戻り開封した。

 KATO社製のNゲージモデル、JR九州の特急、883系ソニック・黄色、五両編成だった。
 空腹だったので、ソニック・イエローをそのまま机上において、極早朝に買っておいた冷麺を、まず食した。

 旅行する習慣がないので、実車は見たことも乗ったこともないが、見ているだけで吸い込まれそうな、この世のものとは思えない斬新なデザインだった。幾つかの受賞をしたらしい。

 邪馬台国周遊図書館ジオラマにのせて、スイッチを入れた。何度か周遊させてモータを慣らし、やがて最高速度にした。
 そして、気がついた。
 ソニックは何のためらいもなく、急カーブをこともなく通過した。
 本当は、必ず脱線するはずなのに、そのままなんの苦労もなくカーブを通り過ぎていった。
 急カーブでの車体の姿が、いつもと違って見えた。
 !!
 思い出した、振り子機能内蔵のNゲージ。
 あわてて説明書を開いて読んだ。
 「 車体を傾斜し実車に迫る迫力感あふれる曲線通過シーンをリアルに再現する“振り子機構”を採用」
 これだったのだ。
 現代のモデルは、実車の機構を小さなNゲージ車両に組み込むほどに、精密なのだ。

 時計を見ると12時半前になっていた。肩に力をいれて振り子機能のソニック・イエローをながめていたからか、急に眠気を催したのでソファに横になった。

 遠くで電話が鳴っていた。
 自分の部屋の電話だった。
 「先生、会議が始まりました」と、秘書さんの声だった。30分間、知らぬ間に眠ったようだ。寝たりなかった。この一ヶ月のことが、わずか30分の熟睡で取れるはずがなかった。

 それから、夕方6時過ぎまで、延々と三つの会議があった。休憩時間は10分ほどだった。
 再び部屋に戻ると、目も肩も腫れていた。
 ソニック・イエローを再び走らせた。えも言えぬ走り姿だった。すぐに瞑想に入り込み、やがて腫れが融けていった。

 殆ど入手不可能だった883系ソニック・イエローをなんとか手にしたのは、偶然にすぎなかった。模型としても名機だけあって、春先以来のきなみ「入手不可」「在庫ゼロ」だった。梅雨も終わりの頃に、なんとか祈るような気持で在庫問い合わせをし、「有り」が返ってきたのは執念のたまものなのだろう。

 途中のネット記事で、この秋にはブルーメタリックの7両編成がリニューアルされるとも気付いたが、余はこの「イエロー」が必要だったのだ。

 さて。
 883系のデザインは、ドーンデザイン研究所(水戸岡 鋭治)と知ったのは最近のことだった。昨年図書館の司書さんから薦められた一冊の図書が始まりだった。その時は、そのデザイン本の中身が実は実車としてJR九州で走っているとは知らなかった。狭い車両にみたことも経験したこともない別の異空間が演出されていた。外も中も空想的に見えるほど、目新しかった。
 余はそこに、未来の図書館列車の原型を見た。

 それがJR九州の特急として存在していると分かったのは、このKATO製Nゲージ:883系ソニック・イエローの写真をネットで見かけたからである。どうやら、余はモデルから実世界を眺めるようになっていたのだ。 

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2009.07.07

小説木幡記:2009/07/07(火)四方山話:Jたちの異世界

 最近、ご隠居さんが葛野に来てくれた。
 なんの用かはたずねもしなかったが、それは後で分かった(taurus)。小一時間にも満たないわずかな間に、余はそばにいるJたちの異世界ぶりをまざまざと知らされた。人間、いくつになっても未知の世界はあるものだ。

 そうそう、みやげに「麦代餅(むぎてもち)」とかいう京都の伝統和菓子をいただいた。三つあったので、それぞれで二つ。生ものなので、屯所の連中に下賜せんと思って廊下に出たら、電灯が消えていた。三人もいたから、一つをどうやって分けるのか、分数を知らない世界もあるから、心配したが杞憂じゃった。
 ご隠居が帰ったあとで、残りをまたいただいた(笑)。

1.結婚よりも結婚式がしたかった
 男達の中で、和風の紋付き・はおり袴か、あるいは燕尾服(古語じゃね)となにかしらヨーロッパ調の衣裳をきて、「結婚式」に出たいと思っている者がおるのだろうか? 居るとしても、数パーセントと思う。花嫁にあわせてお色直しに付き合うのが、たまらないほどしたかった、と思う男がいたら、余はいささか目点。まず、余の知り合いで、そんな男はいなかった。

 ところが。
 ところがである。相当に知的で世間流行にむざむざと乗る様には見えない倶楽部秀才、某御隠居の中には、好みの男性と結婚するのは二の次、三の次、……。実は「結婚式」をあげたかった、華麗な花嫁姿をしてみたかった、という方がいるという噂を耳にして、「うっそー!」と、余は悲鳴を上げた。

 そうなのだ。
 やはり男とJとは違った感性でこの世を生きておる。この違いは異文化どころのさわぎじゃない。まず、別世界だねぇ。そういえば。だからこそブライダル産業はかくも華々しくJ達の心をとらえ、にぎわっておるのじゃろう。

 あっ!
 また別件を思い出した。世の中の奥さん達の中には、ひそかに、「喪服を着て、未亡人姿を若い内にしたかった」、という願望があるともどこかで聞いた。
 これもねぇ。男達の中で、喪服着て、喪主になりたいと願望を持つ者はおらぬ蛇老。いるのかなぁ~。

2.腐Jの研究
 じつは。腐Jとか腐男子とかの用語の定義がよくわからなかった。
 餅を食べながら、

 余 「その、腐Jとかちゅうのは、どういう連中なんじゃ?」
 御隠居「ええ、それは、まあ、……」と、もじもじ。
 余 「恥ずかしがらずともよい。余も知っておきたい、言うてみい!」
 御 「先生の年代ならオタクと言えばわかりますよね?」
 余 「うむ。なんとなく、くら~い連中のことだね。暗いのは陰影があって好ましいが、不気味なのは困るなぁ」
 御 「オタクに近いわけですが、腐Jは単に暗いわけじゃないです」
 余 「だから、真っ昼間みたいに明るいのは、興味がわかないよ。腐Jの定義を聞かせてくれ」
 御 「定義と言われると、頭がまわりませんが、実例には事欠きませんよ」
 余 「ほぉ。サンプルがあるのか?」
 御 「ええ、……」
 余 「何をためらっておる。言うてみいや」
 御 「実は~、今は存じませぬが、この名ある葛野図書倶楽部2001のそうそうたるメンバーの、約30%は強度の腐Jですね。そのうちの数パーセントは真性です」
 余 「ぎょえ。し、しかしなあ、腐Jって最近の用語じゃないのか?」
 御 「世間が遅れていただけで、そもそも、この倶楽部は腐Jがコアになっておりますねぇ、歴代」
 余 「う~っつ。も、もしかしたらその3割に、君も含まれておるのか?」
 御 「ええ、世間一般の話としては、私めもかすっていますね。でも真性腐Jとまでは、……」
 余 「その3割の中の、さらに中核と言える御隠居とは、一体誰なんじゃ」
 御 「ナイショですよ、先生。私めの口から漏れたとなると、お付き合いを破棄されますからね」
 余 「おおよ。言わない言わない。聞かせてくれぇ」
 御 「ほら、同期のあの子とか、先輩の~、あるいは後輩のあの子とか、最近では、……。まさしく真性ですね」
 余 「う~む。う~む。そうだったのかぁ。しかし、30%も居たとはしらんかった。そうか、あの者らが現代腐Jの代表格やったのか。ああ、知らなんだ。気付かなかった。怖いねぇ~君ぃ」
 御 「そりゃ、気付かれないようしている子が殆どですから。世間には、腐Jを極端に嫌う人も大勢おりますし。魔女狩りにあいそうなことも、あるわけですよ」
 余 「うん?」
 御 「腐Jたることを隠すのが、最低限のマナー、慎みですよ。生きる道。就活とか婚渇ではタブーですね」
 余 「おお、連中苦労しておるんやなぁ」
 御 「……」と、下を向く。「だから倶楽部に居着くのです。御隠居になっても、ここの空気を時々吸わないと窒息しそうになります」
 余 「そうか。そういえば、今年はその兆候が見えぬが、昨年などは、その事例にあわせると、60%がそうだったなぁ」 
 御 「そうでしょうね。葛野blogやTruthを読んでいると、そういう雰囲気でしたよ。年次で濃淡もありますし」
 余 「わかるのか?」
 御 「ええ。血は血を呼ぶものです。もちろん隠しおおせた年次もありますし」
 余 「そうか。心しよう。しかし、顧問の余は極端な偏向偏執もないから、倶楽部も安泰じゃ」
 御 「ほほほ」
 余 「なぜ笑う」
 御 「腐男も腐Jも、人と話すときは、大抵、そうおっしゃるものです」
 余 「なんだとぉ?」
 御 「この倶楽部はもともと、そういう先生と一緒にあれこれやってきたのですから、それこそ血は血を呼ぶのたとえそのもの。先生、逃げられませんよぉ」

 そんな葛野劇場の一幕があった。
 しかしながら余はいまだに、腐Jのことが良く分からぬ。少なく見積もっても、御隠居達の半数はなんらかの感染をしておるようじゃが、それが現代Jの確率的属性なのか、倶楽部の属性なのかは、まだ分析がたりぬ。また、暇になったら、考えてみよう。ともあれ、今期はこれまでになくまともな倶楽部じゃ。安心aries

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2009.07.04

小説木幡記:2009/07/04(土)鉄道図書館列車・ジオラマの後始末

 今日は7時過ぎに葛野着、じっくり珈琲。
 そのあとたまりにたまった授業関係仕事を、息詰めて午後までやった。
 昨日までは委員会仕事が複雑で、日常の準備が出来なかったが、約一週間の息抜き時期にやっと入った。

 午後しばらくして、たまりにたまった教材研究「鉄道図書館ジオラマ」の後始末をいくつか手がけた。

1.高台の図書館
 3月の年度末には完成間際だったが、どうにも「地面」の色合いがうまくいかず、手をこまねいていた。午後になって、諦めて、砂をまいて明るい色をまぶして、第一期完成とした。
 たったの、小一時間ですむ仕事をなぜ数ヶ月もおいておいたのか。~それが、人間というものやろうのう。
 これは後日に、記事を公開予定。

2.嵯峨野鉄道図書館ジオラマ(レイアウトとも、世間では言うらしい(笑))
 本日から第二期に入った。8月にオープンキャンパスで展覧するので、少しは調整しておかないと、と思ってこれも小一時間。昨年夏以来、見た目にはあまり変化がない。

*自動往復運転を、ワイヤー埋め込みを含めてジオラマにセットした。これは、モード1の単純往復なのだが、……。実は、外周と内周とをダブルスリップポイントで結び、それぞれの終端を延長し駅図書館を設定しておるから、実に奇妙な動きを見せてくれる。慣れた人でないと、その自動往復運転のパターンを理解するのに、約10分はかかる(笑)。

*学生たちから「カビのはえたような川」と言われた保津峡を少し修正。青と緑と黒と白とを混ぜずにぺたぺたと川面にぬりたくり、乾くいとまもなく、常温流し込みタイプの水表現どろり液体を上から注いだ。
 月曜になって、保津峡がどないなことになっておるのか、お楽しみ。(乾燥しないと分からない)

*半径14㎝のミニカーブレールでS字パターンを造っていたが(やむにやまれぬ仕様。そうしないとレールの終わりを接続できなかったから)、それをあっさり壊して、半径24cmの単純カーブレールに変えた。試験走行では安定感がまして、DD51なども上手に走るようになった。
 しかし、レールを引きはがしたあとが醜くくなったので、紙粘土で補修して、翠と黒とをぺたぺた塗って、砂をまぶしてボンド液をかけた。

3.山裾の図書館
 屯所の天井にかたづけていたのを、夕方におろしてきて、携帯用動力源を用いて、走行を確かめたみた。充電タイプの電池を8本も使うので、AC100V電源と変わりはないが、なんとなく弱々しい走りじゃった。

 なかなか、少し時間があっても、つまりは積み残したことを整理整頓補修するだけに終わり、人生とはこういうものかと、ため息ついた。
 また来週からはキツイキツイ会議日がはじまるのう。

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2009.07.02

小説木幡記:2009/07/02(木)早朝の備忘録:俳諧と列車群

1.俳諧と俳諧
 保田與重郎『芭蕉』を読み終えて半月以上一ヶ月ほど経った。その間、テキストを並行して触っているがなかなか進まない。事情は、過酷校務で心身が怒りと疲労とで参っておるからだ。などと、~柄にもない。

 考えあぐねているのも事実だ。
 無視する方向で行こうとも、なかば思っておる。
 つまりは、こうだ。
 テキスト中に「俳諧」という用語が頻出する。同一文に複数回出現することもある。以前は、特に20代に読んだ頃はまったく気がつかなかったし、そのご数度読んだときも覚えていない。今回、気になってきた。

 俳諧には、おもろい、滑稽、洒落の意味がある。そして同時に、芭蕉などの造った短詩そのものも指す。もともと俳諧・連歌という諧謔味あふれる短詩として生まれたのだから、滑稽さがあって当然。その俳諧を残したまま、如何にして芭蕉が蕉風・正風ともいえる俳諧を確立したのかという、歴史的認識を論じた文章なのだから、俳諧が俳諧となる不思議な文が成立する。

 これは、自然言語処理をするには手に余るのう。余の場合はその処理の入り口で、手技が主になる分析手法だからまだ楽だ。とは言っても、難しい。これは言葉の多義性と呼ぶのか。あるいは曖昧なのか、はたまた余情なのか。一口では言い切れない。

 文章は、読む年令、受容度、心性傾向によって解釈が異なってくる。それを文章の骨組み段階で解析するのが余のとった方法論である。しかるに、文章の基底で俳諧が俳諧となる用例に直面すると、顔色が変わる。今年の夏は少し気楽と思っておったが、これでは近来にない「重い夏期論文」になりそうだ。

 一難去ってまた一難。ふぅ~。

2.気鬱と疲労と、余の「一人怒り」
 葛野では前期2科目の演習が終盤にさしかかり、受講生達がなんとはなしに気鬱あるいは殺気だっておる。助勤たちも、顔色にはださないが、いろいろあろう(笑)。初夏の助勤会は日程調整をすませたが、そんな「ご慰労」で終わりとは思っていないtaurus。まだ、オープンキャンパスや、お楽しみとは言いながら幹事には気苦労の多い長浜研修旅行、納涼会と行事がある。

 そして、肝心の余は。
 日々研究室で一人怒りちらしておる。「一人怒り」と名付けておる。なぜ一人で怒り狂うかというと、やはり加齢なのじゃろう。怒りを世間や他人や自分に向けないようにする作法を、少しは心得てきた数十年の流れがある。部屋の空気に向かって怒気を発する。まさしく、怒髪冠を刺し、天井を突き抜けて上階の研究者を刺し貫くほどの一人怒りである。うむうむ。

3.島図書館の3重自動往復運転
 さて。
 木幡に帰ると真っ先に島図書館を眺める。島図書館全景構造も、機能としての3重自動往復運転も今や完璧な状態である。しかるにモデル(ジオラマ)としては何ヶ月も発泡スチロールが粉を吹いた状態で、海も山も鍾乳洞もただの発泡スチロールに過ぎない。

 3重自動往復運転とは、例のTOMIXのユニットをつかったもので、モード番号は5番。一口で言うと、三本フォークのそれぞれの足に図書館列車がおって、柄の先端まで走りまた逆送して元の足に戻る。一見単純じゃが、これを3層構造を持つ島図書館全景にレールをぐるぐる巻き(ループ)しておるから、とても複雑な情景になる。それぞれに図書館駅や本館がある。

 さて列車走行動画や写真や、自動運転のウンチクは止しておこう。今夜は、どんな列車編成が60x66センチの小さなモデル(ジオラマ)を走っておるか、メモしておく。
 以下Nゲージで、断りがないかぎりTOMIX製車両。
 またディーゼル、電気と混在しているが、想念上ではすべてリチウムイオン電池による電池機関車。

3.1 最短の経路:本州連絡用
 DD51ディーゼル機関車と「おおぼけトロッコ号(マイクロエース社)」の<キクハ32-501>。

3.2 中距離:(山腹の)駅図書館行き
 DD51ディーゼル機関車(☆印のある、JR北海道色)と「瀬戸大橋トロッコ号(マイクロエース社)」の<キクハ32-502>

3.3 長距離:(山頂の)島中央図書館行き
 DH500電気機関車と「371系特急あさぎり(マイクロエース社)」の先頭車両「クモハ371-101」

3.4 予備編成
 ED79-0電気機関車と、カシオペア車両+サロ124+カシオペア車両(展望車)
 国鉄キハ02形レールバス二両連結

3.5 解説
 キクハ32形のトロッコ列車を2台も投入しているのは、遊覧目的の為である。誰も彼もが移動形・図書館列車で読書や研究をするとは思えない。鍾乳洞や瀬戸内海を身体全体で味わってもらうためにトロッコ客車を複数用意した。
 機関車DD51が公称2000馬力、EH500は3000馬力前後なのに編成が客車1両なのは、試験走行とそして想像以上の急坂急曲なので、安全性を考慮した。
 レールバスは、先頃HOタイプの南部縦貫鉄道キハ10形も入手した。小型であること、ローカル色が色濃い車両は、余の鉄道図書館列車によく似合う。

 線路幅が9mmのNゲージと、16.5mmのHOゲージの棲み分けについてはようやく気持が定まってきた。前者は景観全体モデル(ジオラマ)を表現するに適し、後者は図書館列車の細部を表現するに適しておる。ただしHOスケールは日本では1/80縮尺だが、最近は16.5mmのレールを走るOn30(1/45縮尺)タイプを何かと集め造りだした。圧倒的に大きなものなので、扱いやすく、しかも廉価なものが多い。

 宇治川「おとぎ電車」については文献も読み、いろいろ想を練りだした。宇治には図書館、歴史資料館、植物園、源氏物語ミュージアム、歴史的発電所遺構、宇治天皇陵墓などがあって、これらを周遊するモデルを作っておきたい。ただし葛野研の<邪馬台国周遊図書館列車ジオラマ>も休眠中なので、時間を調整する必要がある。

 さても島図書館、機は熟しているのに一向にプラスタークロス(石膏状布)で形を整えず、アクリル絵の具で色つけもせず、樹脂で海を造らず、樹木もパウダーもまかないのは、~。つまり、絶対的時間不足と、木幡に帰還すると眠るだけの日々蛇から。これも一過性。やがて、島図書館は仕上げにはいるじゃろう。

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2009.07.01

小説木幡記:2009/07/01(水)七月夏だな

七月だな
 しらぬまに、夏~はぁ~来ぬ。小学校唱歌が頭を過ぎったが、うまく思い出せぬ。
 田舎の小学校、京都市立嵯峨小学校、そこに6年間もいた。ひとつひとつが得難い体験。それ以外の人生はなかったのだから、この一筋をおもいだしては、走り来た軌跡を味わう。

 小学校の先生は大切だと思う。一番に何を求めるかと考えてみた。人徳だろうな。
 余はそのころ先生に対して、知識はそれほど求めなかった。「模型とラジオ」とか「子供の科学」を読みふけり、「少年」のファンだった余は、科学苦手の女性教諭からはいつも目を丸くされていた。男性教諭も、余の「鉄腕アトムの機能性能評価」には、驚いてくれていた。さらに、ビーカーや試験管、三角フラスコの洗浄と乾燥、あるいはアルコールランプで細いガラス管を曲げる技術は、科学系の先生よりも上手だった(笑)。
 
 先生達が、余よりも手技や些末な知識に劣っていても、それは余が自宅で「毎日科学雑誌に読みふけり、毎日フラスコを振っていた」のだから仕方ないと思っておった。だから、そんなことで先生が駄目だとか役に立たないとは、一度も思ったことはなかった。

 小学校4年の担任は若い女性だった。ベッティさんと先輩達はあだ名で呼んでいたが(発音がローカルだねぇ)、理由は分からなかった。中学校になってから、ジャック&ベティの、目がくりくりしたベティさんに似ていたことを思い出して理解した。
 なにかしら温かい先生だった。4年生くらいから小学校がものすごく面白かった。実験や社会見学で、ベッティさんが余を誉めてくれたのが、嬉しかったのだろう。

 5年と6年生の時の担任は、亀岡に住んでいた男性教諭だった。一番記憶に残っている。6年かあるいは中一になってからか、亀岡の新婚家庭に大挙して招かれた。カレーライスを昼食にいただき、付近の野山を散歩に案内していただいと。そんなちょっとしたことを今でも大切に覚えている。
 授業中に白衣を着た先生が(当時の先生達は白衣を着ていたなぁ)黒板の前で話している映像が時々甦る。なんの授業かとは関係なく、1時間目から6時間目まで毎日顔を合わせていた。
 クーラーも室内プールも、なにもない学校だったが、退屈はしなかった。
 休み時間に木から落ちて怪我しても、赤チンかメンタム塗っただけで、授業には出ていた(2m位は落下したのだから、驚き)。
 
 小学校の先生は、知識そのものの分析解説よりも、知識をガイドする人がよいと思った。
 小学校の先生は、温かくても怖くても、人徳・包容力のある人がよいと思った。

 初等教育は難しいし、重要きわまりない時期の教育だと思う。これを間違うと亡国を招く。
 現代の親も先生も世間も、それを本気に考えてはいないようだな。
 それに比べて、大学生相手の教育なんてぇ。(笑)(笑)(笑)
 ともかく、数学者岡潔(おか・きよし)先生は、素晴らしい考えを残された。

 ところで。
 良い幼少期の想い出があれば、十年間、貧しくても生きる力が湧く。
 それに良い青年期の想い出があれば、さらに二十年間生き抜く力が湧く。
 余は、二つの生きる力の源泉を、大体使い果たしたようなので、あとは慣性でゆるゆると走っておる。これがまた、無音で、それなりのブレーキさえあれば、グライダーのような良き滑空を期待できる脳。
 (急坂下り坂があまりなく、平坦路が続くことを密かにねがっておるがcancer

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2009.06.26

小説木幡記:2009/06/26(金)空気

 今日もたっぷり闇と脳とが融け合った。そうなるには、それだけの事情があるが、くだくだしいので止めておこう。そうだな、仕事で数ヶ月かけてきた方法を棄てた。かえってすっきりしはしたが。

 それよりも、世の中の中高年諸氏の日々を思い浮かべて「大変だろうな」と想像した。おそらく毎日、ここ数週間の余のような状態、つまりはストレスに置かれて数十年。余の場合は、職種柄一度仕込みをしっかりしておけば、数年は保つから、いまだけ息をつめておれば、やがて酸素を吸える。知り合いがblogで「人の不幸はヨモギ味」とか書いておったが、その意味は判然とせぬまま、ただ雰囲気として、今の余の気持を表しているな、と思った。

 またつまり、加齢とともに自らの楽や苦もなんとなく、ひとごとに見えてきて、1セッションおわるたびに「あはは」と笑える様になってきた。若い頃は笑えないから鬱々しくなる。全部自分で引き受けてしまうから余計に辛くなる。加齢は鈍くなるのじゃなくて、「あはは」と笑えるから鈍感に見られるのじゃ老。余はそういえば昔から大抵機嫌が良かった。苛立ったり機嫌が悪いときは、体調が崩れているにすぎない。

 そろそろ眠くなってきた。
 筆を置こう。

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2009.06.25

小説木幡記:2009/06/25(木)瞑想と回復

 MuBlog読者の一部はすでにご承知のように、著者Muは相当に、名うての引き籠もり症で、会議や講義や講演など、人前に長時間滞在すると、神経がぼろぼろになって、俳人じゃなかった廃人同様になってしまう。これはもう幼児期いらいの筋金入りの質(たち)で治る見込みもないし、十代末からは「治してなんかやるものか」とうそぶくほどの神経過敏症であった。

 だから通常は、葛野に居るときは何か終わった後は必ずソファに倒れ込み、瞑想にふける。ただし電気を消すこともいとわしくそのまま目を閉じて(そうすると相対的に暗くなる、笑)30分ほど横臥して、元に戻る。で、一日終わった後(平均して12時間+2時間通勤時間)木幡にもどると、まずクーラーを付けて(初夏だから)、電気を消して(長い紐がつけてあるので寝たまま消灯できる)、約1時間真っ暗な部屋の中で眠るともなく半睡状態にまどろむ。それで外界の夕闇と脳内とが均質になったとき、やっと立ち上がる。

 さて、暗所横臥外界内界均質化以外に、ここ数ヶ月無意識に使ってきた回復療法を、今日は意識したので記しておく。
 葛野でも木幡でも最良の走行性能を見せる列車を単行ないしせいぜい二両編成で、ゆるゆると走らせる。最初は図書館列車や宇治川周遊図書館ジオラマや、あるいは模型の精密さに気が向いているが、20分ほど経過すると、ただただ見つめたままになる。いつのまにか脳内のスパークが衰えて、そのゆるゆると走る列車と同期を保っている。つまり、ここでもまた外界と内界とが相互に歩み寄り、外界内界の区別を消してくれる。

 余にとっては、図書館列車の走行を見つめるのは、実は、暗室安静状態と同じ作用をもたらしてくれるものと、意識して理解した。この理由は、実は良く分からない。しかし下手な信心や薬物療法やリクレーションや気晴らしや酩酊に比べると、実に効果が大きい。皆の衆もためしてみてはどうじゃろう(aries)。

注記
 暗所安静については、温度調整の出来る部屋が効果は大きい。
 最良の走行性能とは、高速を意味しない。圧倒的なトルクで低速静音走行を確実に果たす車両で、Nゲージの場合なら、TOMIXのED79-100ないし同系列のED79-0が、そのフライホイール機能といい、静音高トルクといい、出色の電気機関車である。同社他社の幾つかの牽引車と比較しても、比較にならない。芸術的走行である。

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2009.06.23

小説木幡記:2009/06/23(火)炭素年代法や芭蕉に諸君!

 ときどきまめに新聞の切り抜きをするが、スクラックブックがないのでいつのまにか消えてしまう。消える前にメモしておけば、少しは脳が活性化し、読み直そうとするだろう。

1.「炭素年代法」めぐり学会騒然
 これは実際に学会発表に参加した早稲田の老学生JO翁に聞けば様子が再現されるだろうが、つまり、炭素年代法という科学によって箸墓周辺の遺物の年代をおおよそ3世紀半ばと測定し、これをもって「卑弥呼の墓」と断定するような雰囲気だったらしい。会場は怒号にみちたかどうかはJo翁に聞かないとわからぬ。切り抜きには、一部の参加者が発表後に発表者に詰め寄った、と書いてあるのでなかなかにぃ~。いまだに熱い脳、邪馬台国は。

2.蘇我入鹿邸「城柵」か:奈良県・明日香 7世紀前半の石垣出土
 これはMuBlogでも数年前に「要塞飛鳥と蘇我入鹿:甘樫丘東麓遺跡」他いくつか記事を書いたが、それに関係することなのだろう。
 昨年の夏に、葛野図書倶楽部2001メンバーと、飛鳥寺から甘樫丘を見上げたのがまるで昨日のことのようじゃ。時は矢だね。
 気楽になったら、もう一度調べ直しておこう。

3.雑誌「諸君!」の最終号(2009年6月号)
 保守系と言われる「諸君!」が40年前後の歴史を終えて終刊になった。気になって買っておいた。もちろん、こういう難しい雑誌を読んだことはなく、諸君!にしろ、始めて手にしたように思っている。
 ただ、座談会を読んでいるとさすがに賢い人達だから、いろいろ余の知らない知識や「考え方」があった。自衛隊を「令外官」(りょうげのかん)とみるとか、「ほお、そうか」と感心した。いろいろながめていて、「保守もよいものだ」とおもったが、「革新」も「保守」も消えていくこの十年は、「言論」が消えた時代だと、著者達の言葉からうかがえた。
 う~む。
 ちゃんとした脳のないアメーバーが地球上を、お互いに引っ付いたり、固まったりして、移動したり気ままに過ごしているイメージがわいてきた。まともな言論が無い世界とは、要するに、脳がない世界なのじゃろう。
 流行だけの世界。
 個を埋没できて、それなりの快適さもあるのかな?

4.それで、芭蕉さん
 テキストをKT2で荒く分析しだしたが、今度の問題は、多数の句があって、ひらがなが多くて区切りがないから、当たり前だが、キーになる用語をうまく抽出出来ないなぁ。句を全部別扱いして、精査して手技で事前に調整する方法しか、この6月だとない。いまさら、俳句自動分析システム・モジュールを造って新KT3を造るなんて軽業は、止めておこう。そんなことをしたら、9月末の論文締切をまたず、ぶっ倒れて寝込んでしまう。

5.鉄道図書館列車
 六月中頃に後悔(じゃなかって、公開)講演をすませたせいか、気持にゆとりが生まれてきた。論文を書いたり、講演をしたりすると、それは自分の考えを客観視するためにも大切な役(えき)だが、どうしても自由な発想、想念が「世間や世界」を前にしてしぼんでしまう。講演や論文という世界の中で、小綺麗にまとまる範囲に縮小してしまうきらいがある。

 しかし一旦おわると、今度は朝に夕に、列車の走る様をじっくり眺めるゆとりがでてくる。今は「高台の図書館ジオラマ」を葛野で眺め、「島図書館」を木幡で眺めている。
 最近の解は、あらゆる図書館列車の「現実の」電気機関車はすべて仮想的に「リチウムイオン電池走行」とすること。だからパンタグラフなどが不要になる。そして、長編成の列車をやめて、たとえば、(リチウムイオン電池の想定で)ED76とかDE10 という比較的小型の牽引車を使って、せいぜい20m級の図書館列車を一両ひっぱり、快走させる。そういう流儀になってきた。つまり、レール自動車化した簡便な図書館列車だな。
 うむ。ポストの数ほど図書館列車! うふふ。

 なお、「嵯峨野鉄道図書館ジオラマ」と「島図書館ジオラマ」での、自動運転はわれながら出色の出来(笑)となった。これは、まさしく瓢箪から駒の技術革新じゃな。
 ただ、今のところの弱点は、電源をもう少し大容量にしないと(今は1A程度。3~5A必要だな)、TOMIXの自動運転ユニットを経由させることで電圧が降下する。つまり、列車の牽引力や速度が落ちる。(←このあたりは、固有の世界問題・おたく)

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2009.06.21

小説木幡記:2009/06/21(日)朝から煩悶、そして希望

ロートル(高齢者)には無理なお仕事
 最近の話題はこの四月から受けざるを得なかった委員会の仕事。一般に他の大学では過酷すぎてロートルに任せる仕事じゃないようだが、種々事情が重なって余が一部引き受けざるを得なくなった、<授業時間割りふり整理担当>、……。人工知能を使わないと整合性が保てないほどの複雑さで、毎日吐息ばかりをもらしてきた。未だに前任の若い先生の助力を得ておる。

 それがどんな内容か、現状下にあるのかは、遠い将来に分析してみる。
 しかしシステムは毎年ゼロから始めるのじゃないから、大抵は前年の積み上げ変更だから、そして大改正をしても人の思惑は何年も変わらないから(失笑)、行き着くところは前年実績教師・教導タイプのシステムを作れば済む話とは、思っておる。これがゼロ発進ならば、将棋かチェスのプログラムみたいになって、余にはお手上げ。何百の科目名とそれに近い教員名を、文科省などのルールに従って、週22枠への時間割りコマに充当。変更が生じたときも、受講学生が入学した年度の構成を維持するお約束。表が何枚にもなる。

 余はこれまで、大抵の小難しい仕事はシステムの極小モデルを自分で作ったときに、始めて全貌を理解してきた経緯があるので、当初はカリキュラムや時間割システムモデルを造ろうと思っていた。解の目途は前述のように過去実績積み上げタイプの一家言教員達(注1)の時間(曜日)と教員毎の性向をそのまま使えば、基本は動く。したが、五月頃に関節の痛みで寝込んで以来、馬鹿馬鹿しくなって造るのを止めた。とすると、新しい仕事をこれまで理解した経験がないから、お手上げ。
 だから、苦しんでおる(失笑)。

難しいシステムと再生
 多分。
 若い人がせっかく仕事に就いても、早くて研修期間中、1年目、3年目に離職するのは、人間関係を理由に持ち出すのは実情50%で、実は仕事が良く分からないからなのだろう。今の余のようだ。辛くって辛くって、頭に霧がかかって、毎朝憂鬱になる。だから、MuBlog 記事投稿が遅れだしたのは体調じゃなくて、自分が理解できないことに腹をたてているのにすぎない。
 もともと余が苛立つシステムは、殆どの場合、システム自体に致命的な瑕疵(かし)があって、それを庄屋方式で貼り合わせてきた事例が多い。

 とはいうものの、現実世界はそれで動かさざるを得ないのが実情だから、なんかかんかとテクニックが必要になって、テクニック同士で相互矛盾をきたしたら、それを解消する上部テクニックを使うという軽業、アクロバットの集積がこの世を動かしておる。

 失敗小説なら原稿を燃やすとかメモリーを消去するとかで、綺麗さっぱりやり直せる。ジオラマならハンマーで打ち砕いて燃やして、またあらたに基盤を造ってレールを敷けばよくなる。しかし、人間が絡むシステムは、そうはならぬ脳。つぎあて方式の洗煉されたテクニックをあみ出すか、あるいはモジュールとして見直し、外科治療のように、患部を切り離して再生医療に任せるか。……、困ったことよのう。

 しかし、どんな難事でもやがていつかは解ける。大抵は、余自身が新システムを造ったとき、余が納得したとき、世の中がうまく動くようになる。あるいは崩壊したとき、新生の日が昇る。そういうものだ。だから、今の辛さにも希望がある。

 さて今日は日曜日。これから日曜作家に励みましょう。 

(注1)やれ「朝は起きられない」、かれ「朝一番じゃないと授業できない(爆)」、「夕方になると眠くなるのでその時間は嫌じゃ(aries)」。
 あるいは「一日で担当授業を全部こなすのじゃ~」とか、「○曜日と△曜日は、よその大学で仕事しているので駄目や」とか、……。
 まあ、そういう事情もあるし、余なんかは朝一番授業じゃないと脳が動かない。仕方ないなぁ~。
 特例で午前7時開始のゼロ講時を打ち出そうとも考えておるが、だれも認めない(学生が誰も来ない時間帯!)。
 一番難しいのは、科目というのは連続性があって、まずAを受講してからB、その時は同時にXとYを受講するのが必要。そういう精緻な時間割を、何千名もの学生に当てはまるように造るという、根本的な複雑さがあるのう。

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2009.06.19

小説木幡記:2009/06/19(金)休眠していました

 MuBlogがまた何回か空きましたなぁ。
 心身爽快元気なのだが、葛野仕事が複雑でくどくって、気力が湧かなかったのは事実だね。

 眉村卓さんの司政官短編全集とか、ジェフリー・ディーヴァーのエンプティー・チェア(上下:タイトル直訳は空席相手のしゃべくり精神分析かな?)とか、コフィン・ダンサー(上下:タイトル直訳は棺桶踊りかな? 日本の落語にもあろう、フグ中毒で死んだ人を背負って踊る話(笑))を読破しておりました。

 この間、鉄道図書館列車では、動かなくなったNゲージのDE10を、過去経験にしたがって集電シュー部分にハンダ付けして集電板との圧着接触を高めたら、見事OK。しかし他方、余の経験した最良の動力機構、TOMIXのED76タイプは相次ぐ墜落(半年で6回程度墜落・分解惨状)で遂にフライホイールが駄目になってモータは廻れど、動かず状態。数度、ワセリン(メンタムじゃね)を入れたり、石鹸を削って入れたりして、回転を保とうとしたが、駄目。仕方ないので同形の代替機と交換した。

 そうそう真鍮板(エッチングとかいう技法)によるOn30の古式機関車や車両は少し手を付けてローカルな図書館列車を作ろうと思ったが、例によって雑務に忙殺されて、皿においたまま(組立途上作品は大皿にまとめて置いておく)。HOやOn30タイプの路線固定は相変わらず放置で、机上にレールをのせたまま。明治時代の市電を自動往復運転させて想を練っておった。

 倶楽部では、中間発表のレジュメ(情報サービス、資料組織Ⅰ)が各班から提出されてきたので、助勤たちが考査に入った。数日かかる大仕事。あまりに助勤たちが精勤なので、おもいあまって激安の粗飯を提供したら、みんな喜んでくれた。お互い、気は心じゃね。

 以上、一週間をまとめると暇そうに見えるじゃ老。うむ。
 その間余は、午前3時頃に起床して日曜作家も兼業したが、一週間でわずかに4時間程度しか使えなかった。
 MuBlogは空き空きになった。だから、昼は会議や打合せや下準備に追い回されていたのじゃ老。

 忙しいというのは無能の証。
 プライドが少しあるから、公器MuBlogでは「忙しい」などとは言わないが、知恵熱だしていたのは事実。余は、研究と教育以外の雑務には人の100倍疲れる質のようだ。ともかく酷い毎日じゃわいcat

 特筆ものは、ハルキ君が雷を窓からじっと見ておった。桃山御陵あたりの稲妻と轟音に魅入る聞き入る猫君は、ちょっと珍しい脳。故・兄のまたりん翁は、家中家捜しするほどに、どっかに遁走して姿をかくしていたものじゃが。猫君もいろいろおる。人間がいろいろ変人や嫌み人や畸人がいるのと同じや。




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2009.06.16

小説木幡記:2009/06/16(火)言葉の好み、真逆にマルムシ

参照:小説木幡記:20070301(木)敬語と学生語と朕

 なんでも鈍感に味わう男にみえて、実は余にも好みがあって、特に言葉の好みは強い方だ。好ましくない言葉を他人が使っていたら苦虫つぶして、だんだんその者の人格まで否定しだす。もし相手が知り合いの、年若い人だと、お節介にもそれを注意して、時にはやりこめられる。

 一般に嫌いになりがちなのはカタカナ言葉と若者言葉だろうか。なぜなのか分析は終わっていないが、後日のために少し列挙しておく。ただし好んで使う用語も多いから、なにかしら分裂しているようだ。

好ましくない言葉
 マスコミ(古語:大衆広域宣伝集団)や、政府や官僚や政党が使うカタカナ言葉。日本および日本国政府なのだから、和語そのものに限定せよとは言わないが、適切な漢字かな混じり文を書いていただきたい。
 特に欧米の新しい概念をそのままカタカナにした用語を公的文書に使うは劣悪。その者の日本国籍を剥奪すべきだ、とまで余は苦しむ。ただしもとの用語をそのまま欧米用語で表記し、そこにカタカナを振り語釈をそえるのは見逃すが、基本的に見苦しい脳。

 いつの時代にも流行語を安易に使うのは見苦しい。余ですら数ある新語のうち限定して、JKとかJDくらいしか使っては居ない。この自己規制、努力を見よ! 人々はすかすかな心性で劣悪な用語を安易に使いすぎる。この風潮はよくない。

否定的事例
 「いまいち」→「いまひとつ」と元にもどすのがよい。
 「イケメン」→「馬鹿男」と原義にもどすのがよい。
 「ナウイ」←→これはすでに古語死語なので、使うと風情が出る。
 「ぶっちゃけ」→「本心を申しますと」と原義にもどし、もともと他人に本心を開示するのはぶしつけなことだから、使う場を充分に選ぶこと。
 「真逆(まぎゃく)」→「対称反義」と事の本質を正確に示すこと。真っ逆さまでもないし、逆立ちしているわけでもない。

好ましい言葉
 「まるむし」→まるで無視(された、する)、完全無視(された、する)という意味で使われるようだが、無視するしないのと難しい場を婉曲に表現する言葉として気に入った。つまり、大抵は丸虫を想像するので、文脈が乱れ、場を朧にする効果があり、険悪な状況を回避するによい。

 「JK、JD、J~」→現代は「女」の一文字は蔑視ないし「公序良俗違反」の意を含むようだ。しかし余の感性では「男」は男であり、「女」は女なのだ。しかるに立場上、不穏当と見なされる用語を使えないので、以後一切の「女」は「J」に置き換えようと決心したら、楽になった。そして、Jってジーザス(キリスト様のこと)をイメージするので、上品だね。どうだい、JD諸君。
 となると連想でBは、こりゃ仏陀さまをイメージするから、あらゆる仏や佛の付く用語はBに置き換えようとしたが、……。仏教用語の多い環境なので、やってみたら、当人自身、わけが分からなくなった。やめた。

 ということで、最近のヒットは「マルムシ」、こんご折に触れて論文レベルでも使ってみよう。一般に学者は自らの無知を恥じるから、読んだ当初は意味がつかめずに困る事じゃ老、けけけ。そういう人は、これこそマルムシいたしましょう。

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2009.06.13

小説木幡記:2009/06/13(土)茶臼山古墳や鉄道図書館列車にGoogleと、頭がパンク

 朝からJOメルが入って、「読みましたか?」と一行あった。「おーさ、茶臼山古墳、ガッテン承知」と、答えはしたが相手は早稲田の老学生。余の現世(うつしよ)での辛さもしらぬが仏。「今夜は遅くまで学生してるし、明日は早くから北海道へ遊びに行くし~」とまたしてもメル。どうも、早朝の早稲田大学からケータイメルしちょるようだ。あはは、と笑った。

 しかし。
 どうにも現世のことは次から次へといっぱいあって困り果てる。四の五の言いもせず、書きもせぬが、辛い脳。
 なにしろ、講演の間の休憩時間に難しい業務メルがはいっておって、う~む。

 おお、講演は無事に終わった。相棒の先生も別途インターネット巨大電子図書館について一時間講演し、余はそこからGoogle電子図書館と、Wikipediaの問題をいろいろ理解できた。
 知り合いが数名きていただけで、会場はがらんとしていたが(爆)、余も小一時間「未来の図書館:鉄道図書館列車」について思うところをのべて、それで良かった。終わった後、ご隠居たちが屯所に来てくれて、番茶と上等なプリンをいただいた。至福。

 帰宅してさて「桜井茶臼山のことを~」と、新聞やネットを見だしたが、どうにも今回は記事量や内容を、即座に把握することが出来ぬ。また明日にしよう。

 つまり、今日は早朝からしかしかと小働きしすぎて、脳がパンク。いや、パンクファッションのような脳内になっておったのじゃ老。

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2009.06.12

小説木幡記:2009/06/12(金)意気低調なれど充実

 MuBlogの左上にカレンダーがあって、記事を投稿するとその日の色が変わる。今朝それに気がついた。このごろ記事投稿がまばらになっている。先月、五月はそれが激しくて、すかすかだった。しかしそれは体調を壊したのだから、年並み行事として不思議ではない。

 しかるに今月に入って、比較的楽になってきて、心身ともに気楽な状態であるはずなのに、記事投稿が一日おきとまばらになっておる。

 こういうことは過去にも、つまり毎年いろいろあった。記事を書いたり人と会ったりするのは極めて低調になるが、それでも本を読んだり天井を眺めたりと、充実度はあまり変わりない。

 入力と出力とのバランスを自然に、無意識にとっているのだと、気付いてきた。本を読んでも感想文一つ書かない。しっかり物事をぼんやりした目で考えているのに、言及すらしない。ひたすら入力しておる。

 これは、きっと充電というのだろう。
 それと、大学での仕事が純粋の書類書きがおおくなって、めげているせいかも知れない。くだくだしい駄文ならなんぼでも書けるが(笑:過去の累々たる記事!)、決まり巾着(この用法は、おもろいな)の公用文を毎日書いていると、ときどき全部投げ捨てて山に籠もりたくなる。余は、フォーマルな世界になじめないのじゃろう。

 ああ。公式的な世界がきらいじゃない。原因はたったひとつ。他人が創った世界やルールをはなからうけつけない質の人間としてうまれてしもうた。それだけのこと。自分がジオラマみたいに自由自在にゼロから作り上げた世界なら、ありとあらゆる公式行事、儀式典礼、祭礼、すべて創ってにんまり笑う。

 組織の伝統や国の慣例の多くは、余のあずかり知らない世界で作られておる。それに従うのが、ものすごくストレスになって、血圧上がって、~生ける屍状態にまで追い込まれてしまうのじゃ郎。

 人間とは、なかなかに難しい脳。
 そうそう、読書だけは、かつかつ自分で選んで、自分の感性で、自分の器で感じ考えることができるから、一番楽なことだし、気持を楽にする良薬となっておる。

 と、一人でこっそり珈琲飲んで天井眺めている時間が多ければ多いほど至福。機嫌がよくなる。
 ほんまに、余はこれまで長きにわたって、つくづくようまあ生きてこれたことよのう。感心。

余録
 明日は何年かぶりに、葛野某所で講演をする。好きな世界のお披露目だから、結構、おもしろがっておる。聞きつけた御隠居さん達も顔を出してくれるとの噂。もう、卒業してしまうと、見分けがつかないじゃろうのう、あはは。なにもかも記憶から消え去り、ただ直流12vでしかしかと動く鉄道図書館列車だけがリアルなものになってくる。うむ、理想的な桃源郷じゃわい。終わったら、駄菓子でも御馳走しようぞ。あはは。

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2009.06.10

小説木幡記:2009/06/10(水)気になること:電気自動車や電子図書館

1.電気自動車のこと
 リチウムイオン電池の開発が進み、ガソリン車もハイブリッド車(ガソリン+電池)も押しのけて、家電のように電池モーター自動車が普及していく時代。(数日前のNHKクローズアップ現代)

 すると、わが「二階建てトロッコ鉄道図書館列車システム」も、DD51ディーゼル機関車とか、EH500交直両用モンスター電気機関車を、全部改造して、模型と同じく直流電池機関車にする必要がでてきた。
 DD51は2000馬力程度で大衆車20台分、EH500はモンスターだけあって交流で4000kw出力、換算するとえっと、(0.736X4000=約3000馬力)ものすごい力持ちで、大衆車30台分になるか。

 これだけの力をリチウムイオン電池で出すとなると、なかなかだな。
 ああ、そうだ潜水艦! スターリングエンジンだと、もっと気軽にエコかもしれない。
 しかし、たとえば、風力や太陽電池も有効利用できるだろう。すべての車両から電気を電池に溜め込んでいく。うむ。屋根に風力羽根や太陽電池のついた列車、……。工作、改造にますます手間取るなぁ。

2.Google電子図書館のこと
 6月はじめの「出版ニュース」を読んでいると、電子図書館(全文格納方式)と著作権のことでアメリカも日本も、執筆者や出版社が論争しているようだ。その後のことは、調べればわかるだろうが、どうなったのやら。

 インターネット上の記事の扱いについては。
 余は十年以上前から、基本的にインターネット資源は人類共有資産であって、創成者の人格権とか名誉は保護されても、それを自由に使えなくするのは、よくないことだと、と考えてきた。
 (もともとコンピュータ世界は複製が基本で、移動は複製して削除するから二度手間となる。一旦公開したなら、縦横無尽に複製される遺伝子(笑)がくみこまれておる。生まれつきの質(たち)じゃね。)

 ただし。
 情報に課金する自由もある。そのためには、たとえば出版社やエージェントが課金システムを考案して、運用すればよかろう。
 で、今回のGoogle問題は、どうしたわけか著作権の切れていない図書も電子図書館化することを模索しているようだ。詳細は出版ニュースを再読して、いろいろ調べねばなるまい。

 さて、Googleと図書館と著作者とエージェントの関係は、余には無縁なので(笑)、皆々悩んでいただこう。
 ただ、十年後の今日、再度所信を記録する。

 *インターネット上での情報・創成者の人格や名誉は未来永劫保護すべきである。だから作品に対する勝手な改竄や、あたかも自分の物のように扱うのは、重度の犯罪である。かならず現状を保持し、出所由来典拠を明示すべき。

 *しかし人類共通の資産であるネット上で、「リンクを張るな」とか「引用するな」というのは、おかしい。リンクされたり、引用されるのが嫌ならネットへの公開をしなければよい。リンク機能なくして、なんのハイパーメディアの、インターネットのよ。
 (トラックバックやコメントなどの連射による意図的破壊行為は別の問題である。これは当然犯罪である)
 (どこまでを引用とするのかは、……ザナドウ・システムを読めばわかるじゃろう)

 *旧来の印刷物やパッケージを販売している機関や著者の情報群については、従来の印刷物やパッケージに関係する権利をそのまま当てはめておく。これは数十年、100年以内に激減すると予測する。

 *Googleはおそらくアメリカと日本(そして世界)とで電子図書館化の方式を共通のものとしたいのだろう。しかし各国の実情が異なるので難しい。

 *このようなシステムは民間Googleだけでなく、多数の企業が参入する。もちろん各国自身やユネスコも。
 しかしGoogleだから悪い、ユネスコだから良い、という論法は通らない。
 図書や雑誌を大量に集積(つまり、図書館だな)する機関は、しばらく悩むだろうが、原則公平に対応すべきだと考える。図書館の多くは公的機関だからなおさら特定機関と排他的契約を結ぶのは問題を残す。
 私立の図書館はこの限りではないが、ただし著作権の有効な図書は選別してディジタル化しないのが妥当であろう。

 *フルテキスト(全文)の扱い事例は「青空文庫」で昔から行われてきた。

 *Google電子図書館のどこに問題があるのかを、余は整理していない。暇になったら、真剣に考えてみよう。今週末に知人がそのことで講演するので、楽しみにしておる。

 *なお図書館にある図書の著者や出版社と、利用者の無料利用との関係は、公貸権(公共貸与権)として課題がある。

 と、考え出すと本職に関わるので止めておこう。余は昔から現行著作権について考えるのは避けてきた。理由は単純で、ネット上のディジタル情報の取り扱いに関する将来が見えないからである。
 君子危うきに近寄らず、知らぬが仏(笑)。

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2009.06.06

小説木幡記:2009/06/06(土)俳句と料理のミステリ、山辺の道など

1.花の下にて春死なむ/北森鴻(きたもり・こう)、講談社文庫

 数日前の早朝、一気に読んだ。けれど西行を思い出したから手にしたのではなくて、以前北森鴻『狐闇』を随分気に入ったから、書店でこの文庫を見て自然に手が出てしまった。
 連作の短編集で表題作を含めて6編で組まれ、最初と最後の短編で綺麗に整っていた。短編を繋ぐ仕組みは居酒屋「香菜里屋(かなりや)」でビアバーとも書いている。アルコール濃度が異なる4種類のビールがビアサーバーにあって、客の様子でマスターの工藤が、今夜はアルコール度数5%とか、12%とか適当に選んで出すことがある。

 工藤が出す料理はどれもこれも工夫があって、もし香菜里屋が側にあれば駆け込みたくなる。
 洋風だから一種の創作料理とおもうかもしれないが、ニュアンスが異なる。器も日本の有名な陶器を使って小皿に盛るのが多いから、全体の雰囲気は和風に感じられた。客の好みや様子にあわせて、すすすーと、小皿をカウンターに出すのが眼前にイメージできる。メニューが定まっている様子もなく、一人一人の客にその場でネタを選んで調理している。

 この店は路地の片隅にひっそりとあるから、一見さんが紛れ込んでくることは少ない。ただ閉鎖的ではなくて、ときどき「ギャル」達も入ってくる。常連はそれぞれの短編に出てくる客達だが、30歳前後のフリーライターOL(雑誌編集)や、中年の占い師、医師、新聞記者、警察官、カメラマン……。
 マスターの工藤は、常に客に立ち入らない節度をもって、客の悩みや疑問、謎をカウンターの奥から小声で答えている。常連の客達は、工藤のその言葉を聞きたくて来ることが多い。

 巻頭と巻末の作品には「俳句」が基調となっている。急死した60代の俳人「草魚(そうぎょ)」の本当の姿を求めてフリーライター飯島七緒(いいじま・ななお)が一種の心の旅路にでる。歳の離れた俳句仲間のことが何故それほど気になるのかは、謎のひとつでもあるし、過去を持たない男にこそ人生そのものが透けて見える事例ともいえる。

 一気に読める。ただし短編によっては、ミステリを好む人だと「?」と思う展開もある。それが作品全体にとってどうなのかは判断を保留する。居酒屋・香菜里屋とマスターの工藤が出てくるだけで、そんな「?」はどうでも良くなる。それと、七緒の心の動きと、忙しい中、山口まで一週間も旅行する活動性が気に入った。

2.北辺の「山辺の道」
 昨日の産経新聞夕刊をみていたら、第一面に「山辺の道」の奈良市ルートについて地図や解説があった。現在著名な「山辺の道」のルートは桜井市の三輪山あたりから、天理市の石上(いそのかみ)神宮を歩く山裾の道で、何度か歩いたが人気があって、沢山の人が訪れていた。しかし、その天理市から奈良市までの北上ルートがこれまで埋もれていたようだ。

 そういえば、天理市から北を想像したことはなくて、三輪山から物部の石上神宮までは明確な古代史、それから北の奈良市はまったく世界の異なる新世代(平城京)という気持が強くあった。
 興味を持ったのはニュース記事に添付の地図で、高畑町とか、円照寺という所だったが、これは人によって様々なのだろう。

 MSN産経ニュース:山辺の道「奈良道」ルートを選定 地元団体、奈良市と県に提出
 参考(MuBlog)三輪山遊行(2)箸墓から檜原神社

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2009.05.28

小説木幡記:2009/05/28(木)ぼんやりと五月の終わり

 木幡静養と決めたのに、相も変わらず起床は午前五時前だった。
 朝食のあと、薬を飲んだ。
 薬の事だが、医師は「キツイ鎮痛剤ですから、痛みが無くなったら止めるか、日に一回ほどでよいですよ」と言った。実は案の定、昼食後に飲んで午後すぐに胃がもたれてきた。夕食時には軽くなったが、鎮痛剤は飲まぬ事にした。また明日に飲めばよかろう。

 今日も終日床でぼんやりしていた。金曜以来一歩も外に出ず、昨日にやっと合計40分間ほど医院と家とを往復しただけだ。しかし同じ在宅でも、じっとぼんやりしている限りは無痛というのが極楽に思えた。部屋の中は歩けるようになったから、明日は少時杖突散歩もできそうだ。

 などと客観的に書いていると、闘病記そのものになってきた。気持は二十代のままなのに(aries)、身体は年相応とは気色悪いような、当たり前のような、しかたのないことやな。有史以来全国民は平等に、今現在の余の気持を味わっておったのだ。ただし夭折したひとは、知らないままに消えた。老醜を極端に嫌った三島由紀夫さんは冥途でどう思っておるか? たしか45歳で逝かれた。一度は、定家卿のごとく長生きすると気持を漏らした文章もあったが、……cat

 では今日の日記メモ。

1.夕食の白身魚の天ぷらが佳かった。醤油をつけて食べただけだが、サクリと歯ごたえがあって後はとろけた。不思議。そういえば、余は本式の天ぷら屋へ行った経験がないと、思い出した。「天ぷら」は随分値の張る店らしいが、今夕ほどに美味い物かどうかは、知らず。

2.ぼんやりしながらも、保田與重郎『芭蕉』の下読みを高速で始めた。「やはり」「そうなんだ」「すごい」の連続で半分以上読み切った。が、止めた。多分、今の状態で最後まで読み切ると体調を壊す。すでに数度は読んでおるのだから、慌てる必要はない。
 メモとして、今日のところは芭蕉を西行、後鳥羽院のあたりから連続した文藝としてとらえていた。これはしかし何度読んでも凄まじいとらえ方だと思っている。余は、それがさらに万葉集、家持卿まで連なると知っている。数日後には、そのあたりを最後まで読もう。楽しみだ。
 予断は許さぬところもあるのだが、今夏の論文は久しぶりのヒットになりそうだ。萬葉集の精神を分析したのは、たしか2006年夏だったはず。これもヒットだった。しかし現代畸人傳、日本の美術史と、凡打に終わった。畸人傳は保田の連想の随想形式に難渋し、美術史はおびただしい作品用語の整理に精根果てた。芭蕉は、これはなにかしらうまく行きそうだ。

3.疲れたので夕食前に小一時間、十年ほど昔の海外ミステリを読み出した。「フリッカー、あるいは映画の魔/セオドア・ローザック」文藝春秋社文庫で上下。最初の数十頁は「映画マニアの本かいな」と思って、読み止めるか棄てるかと迷っておったが、気がついたら100頁を越えていて、食卓に付く寸前までむさぼり読んでいた。これ、ものすごい図書かもしれぬ。映画技術はエジソンなんかとは関係なく、遠い昔のマルタ騎士団、あるいはエジプト、……。いやはや、Mu好みの本だ、ふむふむ。イリュージョンというカタカナがえらく気に入った(日頃カタカナ嫌いを標榜しておるがのうpenguin)。

4.そうだ。午前中に気がかりが生じて、古いアプリケーションをネットで探して注文した。UMLとは関係はないのだが、概念間の関係を図化するよさそうなソフトだった。今入手しても、使えるのは初夏になってからだが。

 今日はそんなところだ。ぼんやり天井をながめながら、時々せかせかとページを繰り、しばらくすると目をとじて仮眠して、また起きてぼんやりして、今度はデコにハッカ油をぬって、また続きを読んで、昼食とって夕食とって、一日が過ぎてしまった。

 当たり前の様に外を歩き走り、人と打ち合わせして、会議にでて、教壇でえんえんと演説して、屯所で油をうって、実験して、……。そんな当たり前の様に思っている日常が、歩けなくなるだけで消えてしまう。なんとも、現実とは儚いものよのう。

 さて。ミステリの続きを読んで、快眠しよう。
 明日は、鎮痛剤は一回か、二回までにしておこう。散歩リハビリもそろそろと、30分が限度じゃね。
 そうだ、調子にのって図書精読モードにはいるのは止めないと。

追伸
 余は木幡研にいると、すこぶるハルキ君を大切に可愛がっておるらしい。と、指摘を受けた。茶や水を飲みに居間にでるたびに「春ちゃん、どこや?」と声をかけておるようだcat

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2009.05.27

小説木幡記:2009/05/27(水)春の嵐夢

 困った十日間が過ぎた。大学の「先生」してメシを喰っているのに、物を考えたり判断したり読書したり文章を書いたりすると、脳内が真っ白になる激痛に襲われ、そのうち3日間は部屋からも出られず24時間半睡状態で「ぐるしい、いたい」と言い続けたのだから、今こうしてMuBlogを記すのが奇跡に思える。

 一昨日の夕方に、所員の奔走でなんとか小康を得、昨日火曜日は久しぶりに平静な熟睡を得、今朝は午前中に近所の病院に行って、明日は会議と授業を休講し~、来週からは素知らぬ顔して葛野の教室に立つことだろう。この間、インフルエンザ騒動もあって、公式の休校措置と余の別件事情が重なったので、こんな悪夢はだれにも想像付かぬだろう。それでよい。余は原始的な、本能に近い、恐怖と激痛に近代医学無しで戦わざるをえなかった。

 考えてはならない脳内で、断片的に思ったのは、「これほどひ弱で、神経質で、よく今まで生きてこられたなぁ。」だった。おそらく余は今後も数十年は生きるじゃろう。多分、青年期から幾度も原始的な「恐怖と激痛」を味わってきたから、いろいろ用心深くなっておる為、そして知らぬ間に耐性(つまり免疫じゃな)がついてきて、長生きするに違いない。今朝は一週間ぶりに、病院へ行く道すがら、空を見そして外気に触れる。「生」の実感を味わうことになる脳。

 昨日は小康の中でひさしぶりに「芭蕉」を考えていた。今日のお題を「春の嵐夢」としたが、余は新暦で3~5月を春とし、6~8月が夏、9~11月を秋ならば、12~2月を冬と思っておるはずだ。五月の下旬を春と言うのはなにか身にそぐわないが、これが芭蕉の旧暦季節感となると、頭でわかっておっても今だに混乱する。と、考え込むとまた頭の中に白い閃光が走るので、止めておこう。

 そうそう嵐山さんの『悪党芭蕉』は二週間ほど前に読了しておった。芭蕉の晩年は様子がおかしくなって一ヶ月間で亡くなったわけだが、同著にはこの間の伊賀から大坂行きの事情がきっちり記してあった。喧嘩の仲裁と体調不全中での連日の句会。それでも、心中では長崎紀行を望んでいたらしい。

 余はなによりも、なぜ芭蕉が義仲寺に墓をたてるを遺言したかに一番興味があったが、さすがに鋭い嵐山さんの筆もそれには触れていなかった。近江衆と芭蕉の強い関係は、『悪党芭蕉』にきっちり記してあったが。夏の保田『芭蕉』分析にむけて、この点は、専門一般とりまぜて密かにいくつか読んでおいた方が、佳かろう脳。いや、その各論を夏の論文に盛り込む予定はない。それは、保田がどのような結構でどのように芭蕉を表現したか、その彼の思考の流れをきっちり可視化するのが目的じゃから。(あれ? ここまで書いてきてまた痛みが走った! これだから困る脳(aries))

 夜もふけた。眠りましょう、今夜は二度目の快眠。よきかな、人生。生きることは快楽愉悦じゃ~。

夢追伸
 余は眠れぬ三日三晩、夢は枯れ野をかけめぐる、それを実感あらわに体得した。嵐山さんは、その辞世を、芭蕉が直情を吐露した故に採らぬ、と結んでおられたが、余はそうは思わなかった。余は文学とは、死を鎮めるもの、死を言祝ぐものと思ってきた。よって、芭蕉は自らの死を言祝いだと考えておる。

 そうそう。夢の中身にはもちろん、すでに330枚を越えた「湖底宮」のシーンも一杯あったが、なんと、その他は葛野研に置いてあるOn30タイプの市電とか、同じスケールの真鍮模型や、あるいは久しくさわっていなかった「プチロボX」とか、あるいは、完成直前の「前方後円墳が見える高台の図書館ジオラマ」じゃった。なんとも、艶も幽婉もない、テクノ世界でおじゃった。これで来年は「後鳥羽院の歌心」を分析するつもりなんじゃから、~今から新古今和歌集もちゃんと勉強しょう。水無瀬神宮に巨大プチロボXが突然現れて、真鍮製の新幹線や阪急電車を踏みしだき、たからかに「みわたせば、やまもとかすむ水無瀬川ぁ」と叫んで暴れ回った。夢とはそういうとりとめもなさが一杯つまっておるのう。

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2009.05.21

小説木幡記:2009/05/21(木)ずっと木幡記、葛野記

 深夜にまた目覚めた。理由は書くほどのことでもない。
 ソーダー水を飲んで、保冷剤を膝にあてて、「島図書館」でモード5、列車3編成の三重ループ往復を眺めていたら、すーっと楽になってきた。が、目がさえてきた(笑)。

 このごろずっと科学工作少年になったままだ。いかぬなぁ。手技を高める気持もなく、漫然とロボットや機関車のメカニズムをながめ、毎日感心しておる。PCとロボットと機関車と、この3つのどれがどうだかは曰く言い難い。ただ、疲れが少ないのは事実だ。昨日は授業と会議とあったが、とても疲れた。異様な疲れようで「もう、飽きたんじゃろうか」と分析しておいた。

 夕方、必要なのか不要なのか、締切がいつなのか、なにもかも分かりにくい書類に手を付けだして、約15分間PCを触っていたら、身体が熱を帯びてきた。「困ったなぁ、脳が空転しだした」と、自笑しながら五時にはPCの電源を切った。長く生きていると自分のことは分かる部分が多い。余が「おかしい」「無駄だ」「意味なし」と思ったことは殆ど、後で無駄無駄しさの典型と分かってくる。これは学問そのものもそういう部分があると、自信をもって判別できるようになった。

 今となっては、もちろん好みや相性もあろうが、余がわからない、出来ない、と思ったことは、大抵あとでものすごい間違いの上に組み立てられたものだと、透けて見えてくる。概して、流行、世相に間違いが多い。だから余は古典的な手法を最後は選んできた。たとえば涼夏2007PCで、RAIDを選択したとき、最初はRAID0やRAID3にするつもりだったが、直前になってもっとも安定したRAID1を選択した。このことで2007年夏以来、ものすごい安定感を得てきた。数度ディスククラッシュじみた事故もあったが、すべて直ちに自動回復をしてくれた。あの時、とれとれ試供品みたいなマザーボードを使ったので不安はあったが、ことRAIDの選択には間違いなかった。今の技術はわからぬが、RAID0と、それを補完したRAID3は悪手だったと判定している。いや、RAID0とRAID1の複合RAID10は、おそらくRAIDにした快感というか、意味がもっとたかまるだろうと、想像しておるが。

 かくのごとく技術には使ってよい技術と悪い技術とがあると思う。
 社会システムには、それが典型的にあらわれてくる。
 そして、おそろしいことに、人生もそうなんだと、今さらながら日々味わっておる。余のごとき田舎宗匠なれば多少の間違いがあっても(笑)たかが知れておるが、大企業とかマスメディアとか中央官庁とか、そして政府などはできるだけ間違いを少なくすることを考えねばならぬ。最大の間違いは、不要なことを、業績や自己保身のために、人の善意や、税金や人々の浄財をつかって行い、それをもって進歩とか改革・改善とか高らかに歌うことであろう。

 今ふと一々昨今流行の考え方ややり口を列挙して、いちいち論難罵倒しようとしたが、ブレーキがかかった。そういう無駄無駄しいことをすると、今朝の予定授業2科目に隙が生じる。そしてまた膝が発熱して歩けなくなる。もう、ねよう。

 そうそう芭蕉翁さんのことだ。やはり翁は物事が見えた人だし、迅速の人じゃった。「軽み」も句作や芸術行為に活かすのは難しいが、人生を軽みとすることは大切だと、痛切に感じ思っておる。今、もっているものを棄てて山奥に籠もる必要はないが、人は現世利益を重視するほど苦しむのは事実だ。好きこそものの上手なれ、あるいは、下手の横好きが、人生の「カナメ」であり、それは「軽み」に通じる、脳。

 やむにやまれず勉強したい人、どうしても学問し授業を受けたいひと、そういう人達が大学に入って、たとえば余の授業を受講してこそ、余も学生達も幸をうる。あははははは~。そういう単純なことに、どうして気がつかぬ!

 ……。もう眠ろう。
 マスメディアも、大企業も、世間も間違いがおおいのう。

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2009.05.19

小説木幡記:2009/05/19(火)一日の会話量

 夕食後右膝が疼いたので鎮痛剤を飲んで横臥していた。2時間ほど経ったとき、痛みが取れていたのを忘れていた。
 そういえば昨日木幡記を休んだので、睡眠儀式として今日の日々を記しておこう。
 日記などだれも読む者はおらぬだろうから、赤裸々な真実を記しておこう。

 ところで高校の国語の時間に、「平野」をまずタイラノと読み、くすくす笑いに焦って次に「ヒラノ」と読んでさらに哄笑がたかまり、ついにやっとヘイヤと読み切った話は以前、したかなぁ? 実は、赤裸々も、最初はずっとアカハダカ・ハダカと読んでおった。だから余はマスコミや世間の人のようには、今の宰相をおかしいとは思わぬ。そしてまた人名は100%に近く別名で呼んでおった。たとえば吉本隆明は、未来永劫リュウメイだな。川端康成はどうしてもコウゼイとなる。友達に正史(まさし)がいたが、常に「セイシ」としか呼ばなかった。そうだ、城とかいて「せい」と呼ぶようだが、余はいまだに「ジョー」としか読まない。

 長い挿話となった。
 今朝は四時に起きて、3時間日曜作家になった。先回は、百万遍中央図書館のレファレンスルームで、長田(おさだ)君と小泉佐保と小沢トモコがやっきになって琵琶湖の怪異をしらべておった。今朝は、佐保君が上司の柿元係長から無理難題、課題をいくつもふっかけられて青息吐息になっておった。その前は、Mofu君が決死の逃避行をしておった。まことに、物語世界はお金もかからず楽しいものだ。本代、映画代、交通費一切かからぬ。

 と、ここらで日記のネタは終わってしまう。少し短い。
 次に、

1.往き帰り警備のオジサンに挨拶した。「おはよう」「さようなら」あわせて3秒程度だな。
2.朝、秘書室で2名の秘書さんに挨拶した。「インフルエンザがいよいよですねぇ」
  「お元気そうでなにより」
  「……」あわせて1分か。
3.昼に屯所によって局長と副長の顔をみた。
  「局長、おったのかぁ」「副長、またあったなぁ。毎日だぁ~」「屯所に客が少ないな」
  「さっきまでおりましたよ」
  あわせて5分か。
4.「局長、Lostの話でも聞かせてくれ」
  「はい」
  「男性では誰が好きだ?」「ええ、最近はソーヤー」「ほぉ、あの嘘つきイケメンがすきなんか」
  「女性では?」「ジュリエット」「ああ、不妊研究者じゃな。余も好きじゃ」
  「センセの好きな男性は?」「ベン、ベンジャミン、大嘘つきのベンじゃね」
  「……、嫌いな女性は?」「ケイト」「同じです」
  「……」Lostのネタバレなしで、あわせて10分。
5.秘書室は早く閉まるので、夕方郵便を見に行った。三人おった。
  「大阪は蔓延。君は、高槻か? 茨木か?」「はあ」
  「君は、安全、滋賀県かな?」「わかりませんよぉ、滋賀県も」
  「君こそ、京都市内。まだ、大丈夫」「はい」
  などとインフルエンザでもちきり。
  あわせて4分か。
6.エレベータで女性教授。
  「センセ、まだ痛いのですか?」「ぼちぼちです」
  「授業もないのでしょう? お休みになったらよかったのに」「はあ。お互い死なぬ程度に働かないと」
  「ええ? 長生きされたいのですか?」「はい、百まで」
  これで、10秒。
7.エレベータで男性教授。
  「お互いに」と、余は先輩教授に挨拶。
  「いやぁ~、そのうちお話しましょう」「そうですね。パッと明るくなるような」
  これも、10秒。
8.帰路バス停で女性教授。
  「Mu先生は電車でお帰りですか?」
  「いや。でも、はい、歩く練習、リハビリです」
  「はやく、元気になってくださいな」
  「いや、それほどでも(?)」
  これも、20秒
9.帰路、後ろから自転車の学生。
  「センセィ、お体!」
  「君こそ、就活どうじゃね」
  「三次面接で、落ちました」
  「ほうかい。今年は倍して難しいよな。ま、よかろう」
  「ええ、婚渇(活のまちがいか?)に走る手も残しておきまする」
  これで2分かな。
10.この時、うしろに気配。
  一人は教え子、ひとりは回り回って知らぬでもない学生。
  「よお。よお。なにより」(会話って、ものすごい文脈場依存ですなぁ)
  「はい」「ええ」と、同時発声を聞く。
  これで10秒かな。
11.木幡研
  「うまいなぁ、このトマト豚肉いため」
  「……」「……」
  これで30分か。

 と、本日の発話というか会話は、合計で3173秒→53分。
 一日を53分で過ごす低燃費男、だなんて。  

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2009.05.16

小説木幡記(追伸):2009/05/16(土)五月の猫ハルキ

 ハルキ君も随分大きくなった。最近は、来たときに比べてよく眠るようになった。おそらく木幡研の居心地のよさを味わい、所員達の人柄にもふれて、警戒感が薄れてきたのだろうtaurus

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 そういえば、兄の故・またりん翁も十数年の間、ずっと寝てばかりおった。しかも、写真のソファと人形と熊と羊が彼の晩年の友だった。春ちゃんはそれをしってか知らずか、「羊」を特に愛好しておるようだ。猫族の継承は、あるのだろう。

 メモとして。
 彼がときどき押し込まれる、お仕置き部屋とか、拷問部屋とか、座敷牢という名称はこのごろ極力春ちゃんの前では使わないようにしておる。彼は、確実に人間語を理解している兆候がある。単に「お部屋」と、言い換えだした。
 その座敷牢じゃが、春ちゃんは100%確実に電灯の消灯を自分で任意に操作しておる。恐るべきかな。気分によって、点いたり消えたりしておる。
 で、余はこのごろ言葉を教え込むようにしておる。国語教育こそ知能ある万物の根源と考えておるのでな。これも「またりん翁」に似て、ときどき池をながめておるので、「鳥」とか「虫」とか、「池」と指さして教えだした。すべてにたいして、「にゃお」としか答えぬが、分かった目をしだした。

 余は嫌われておるのか好かれておるのか、春ちゃんが気まぐれなのか、この頃分からぬ。所員達が部屋にいるときは、手をかざしただけで身をすくませる。抱き上げると、まるで拷問されているような深刻な目をし、身体を硬直させる。しかるに、だれもいないときは余の膝にぽんと載って、濡れた鼻先を余の手足や顔や鼻に押しつけてくる。

 猫の気持は分からぬことも多い、のう。

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小説木幡記:2009/05/16(土)トポロジーと内田康夫でまったりと

 ほんわかとした土曜日だった。さっき夕風呂じゃなかった、夕べのシャワーを使って、4711ポーチュガルのアフターシェーブローションで眠気をとって、ついでにデコにハッカ油を刷り込んで、ソーダー水を飲んで一息ついた。猫春ちゃんは昨日、今日と随分おとなしい。相手するのが余では、彼もなんとなく面白くないのじゃろう。ボール投げをしても追いかけるのは1/3で、咥えたのはたった一回。それも途中でぽろりと落として、別の部屋に行ってしまった。なんたる人間差別!(つまり他の所員の時には、まるでわんちゃんみたいに喜々としてボール運びをしちょる)

 内田康夫さんの『砂冥宮』を午後から読み出して半分まで進んだ。泉鏡花や三浦半島や、金沢や小松市や内灘や、……。寝ころんで読んでいるだけで、旅や文学の香りが漂ってくる。これも最後まで急いで読み進むのがもったいない。

 今日は朝方は相変わらず膝が疼くので、いらいらして日曜作家は小一時間で切り上げて、「島図書館」の自動化を進めておった。三つの支線から一つの終点に向けて、3台の機関車が次々と往復するモード(モードNo5)を実験した。TOMIXの5563(自動運転)は本当に優れた製品だと思ったぞ(笑)。しかしあまり普及していないようなので、実験中はずっと、ものすごく簡単な製品販売の工夫を考えておった。

1.製品にはセンサーを4つ同梱すべきだな。ついでにフィーダーも2つ。
 余がこの製品を知ってから入手するまで1年かけた。最大の理由は「センサー」の入手難と、初めてのことは一式セットでないと不安がつのったからだ。2005年に発売されて、今(2009年5月)は店頭在庫しかないようだ。おそらく長期間売れ残りなんだろう。事情の一端は、「わかりにくさ」「不安」だと思った。安いといっても1万円前後だから多少は躊躇する(笑)。もっと安心させないと。センサー、フィーダー一式セットで9998円。これなら馬鹿売れする。

2.トポロジー(位相幾何学)を利用して、分かりやすい用例記事をサイトに載せるべきだな。
 数少ないこの「自動運転システム」をネットで探すと、一般の使用例は少なく、「動いた」くらいしか分からない。ベテランマニアの解説だと逆に「10もモードがあっても、使えた代物ではない」とまで酷評じみた記事もあった。
 しかし、余はじっくり見れば見るほど、複雑怪奇な自動運転を、プログラマブル世界に落ち込まず、一種のパラメタ方式で、10のパターンに分けて製品化したのは、ものすごい凄腕の技術者魂だと、判定した。

 ただ、小さなマニュアルには基本事例だけがあり、実際にジオラマ(レール・レイアウト)を敷設してしまった人には、それ(自動運転)をどう組み込むのかが、分かりにくいのだと思った。抽象化した要素項目だけから、それらを現実に動くシステムに組み込むのは、極めて難しい。
 プログラム教本の基本アルゴリズムを使って、大きな実質的なシステムを作るのが難しいのと、同じレベルだと思った。

 位相幾何学(トポロジー)なんて、余が理解出来るわけがない。しかし理系の人は得意だろう。レールレイアウトをその事例で見ると、10の基本パターンのどれかが物の見事に、自分のレイアウトに相似だと分かってくる。折り曲げられた複雑怪奇なレールを、ほどいて、解きほぐして眺めてみると、10のパーターン(のどれかが)がぴたりと当てはまってくる。ふむふむ。

 ドーナツとコーヒーカップが位相幾何学の見方では同じだという良い事例があった。フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』の「位相幾何学」にちゃんと動く絵が載っている。

3.センサーは多少難ありじゃね。
Muimg_2908
 物理的にNゲージの小さい車輪通過でセンスするというのは、ちょっと無理がある。余は爪楊枝一本で接触面をレール面に合わせて解消したが、製品としては、……。だね。
 (ただし、別記事に載せたが、HOゲージだと、車体も重いから相当にラフな方式でも100%確実にセンスする)
 かといって「レール組み込み済み」製品は高額だし、すでにレールレイアウトを固定している場合挿入が難しい。余の「島図書館」は全域急カーブ急坂の3重ループだから、直線レールの入る余地がない! で、爪楊枝一本で総てのセンサーを半径140mmカーブレールにセットしておるが、困ったことじゃ(爆)。

*.ポイントを自動制御させて自動往復するなんて、素晴らしい。
 このシステムはポイントを2つまで自動制御できる。分岐コードを使えば、あれこれ珍妙な方法も想像できるが、汗をかくので2つで我慢しておるが、……。まるで、「島図書館」ジオラマがロボット化したような快感がある。正確にカチリカチリと間違いもせず、路線が変更されていく。素晴らしい!

↓さて、そろそろ夕暮れも深まった。夕食にしよう。久しぶりの内田ワールドもじわじわと快感が深まり、午前の「島図書館」ロボット化もうまくいったので、今夜はよく眠れそうだ。
 

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2009.05.15

小説木幡記:2009/05/15(金)「どうする? 鉄道の未来」

 今年は良書に出会うことが多くなっている。最近入手した<増補改訂版>『どうする? 鉄道の未来/鉄道まちづくり会議・編』緑風出版、2009.4 増補改訂1刷、これは余のここ数年の思いをきっちりまとめている。幾つかの解もあった。余自身の切実な疑問にこたえてくれていた。

 カバーに記してある内容紹介をいくつか選び記録し、要約としておく。

1.鉄道にはどんな価値があるのですか?
 鉄道というイギリスに始まった交通体系、日本は明治時代に取り入れた。現代、そして未来の「鉄道」に価値はあるのだろうか? という問いかけに、答えられる人が何割いるのか、余も考えてみた。

2.鉄道を選択するための財政的方策はありますか?
 「採算」という視点からは、儲かっているのは新幹線と首都圏交通と、他の大都市圏だけに思える。ならば、残余は赤字で、赤字が続く企業や組織は消えるのが妥当なのだろうか? 「採算」だけが人間・社会システムを判定する物差しなのだろうか?

3.世界の流れは鉄道よりもクルマではありませんか?
 そう余も思っていた。20代のころ自動車通勤していた時、京都市電の軌道が邪魔で、クルマの側を市電がとろとろ走るのが嫌でしかたなかった。京都市電が廃止されてほっとした。しかし。これは痛恨の、余の誤算だった。余はいまだに当時の余を「考えの足りない、馬鹿者」と罵倒している。 今となっては、京都市の市電撤廃は、稀にみる悪手だったと判断している。さて? この本を読めばわかる。

鉄道中心の街づくりが都市を再生させる! どうすれば鉄道を存続できるのか?

 ↑帯にはこう書いてあった。そして余は思った。<鉄道は田舎と田舎、田舎と都市、都市と都市を結びつける、もっとも安全、安定したクリーンな動脈。これが消えたとき、日本は標準時計の無い世界に戻る。>

 日本の鉄道時間の正確性は世界の中でもトップクラスと聞く。沿線の人は時計代わりにしていることもある。余は青年期まで京福電車(嵐山線)の側で寝起きしていたので、始発と終電が生活のリズムだった。
 そして、都市部や新幹線はその正確性の故に、時には事故を起こすギリギリのダイヤ編成となってしまっている。

 で、なぜ正確なのか。一つは日本人の几帳面さ。いや、几帳面であっても出来ないことは出来ぬ。なぜ出来るかは、「安定」している故に、というものすごく単純な事実に支えられているからである。こういう「安定性」というまれに見る上等な鉄道システムを棄ててまで、地方が疲弊し、道路が渋滞し、ガソリン垂れ流しのような事態を良しとする、そういう常識は一体どこから出てきたのだろう? ……。

 鉄道を廃止し、バス路線にし、そのバスが鉄道時代の利用率をさらに半減にし(鉄道を復帰したとたん、利用が戻った事例も書いてあった)、ついには全国路線バスの廃止。残るは自家用車、トラックに頼る未来の日本!
 自動車運転。
 これが問題だな。ハンディのある人。子供。高齢者。運転免許の無い人。自動車を飼うほどの余力のない人、……。隣町に行くにも自転車か、徒歩か、籠か馬しか方法が無くなる。
 今のままでも大都市周辺の鉄道や新幹線は残るだろう。しかし狭い日本、大都市だけで出来ているわけではない。無数の村や町があって、我が祖国。
 うむ。
 そもそも、鉄道を廃止するときの錦旗「採算がとれない。赤字」これが日本の未来を暗くした元凶だった。

 「採算」は、トータルな視点「費用便益分析」の一つの要素に過ぎない。と、この図書にはその解の一つがあった。
 そこで、余は思った。
 採算が取れないから小中高校を維持できなくなるのか? 喰うて寝るだけの人達は採算が取れないから、年金も出せなくなるのか? 現代でも数割の人は「自衛隊なんて、無駄弾撃って税金使うだけの、赤字組織」と思っておるだろう。だから国防をやめるのか? となると、犯罪者が少なくなったり、防火建築が普及すると、警察も消防もそのうち赤字団体として解散するかもしれぬのう(笑)。 いやいや、クルマの交通事故がある限り、警察も消防救急車も安泰、だなんてブラックな。

 鉄道を帳簿上「採算」レベルで考えた秀才達は未来を見る力がなかったようだ。当時の余と同じ、机上や流行で物事を決したツケが、そろそろ顕在化してきた。高速道路を千円で走らせて、めくらましをかけても、もう駄目だ。底がわれておる。あはは。

 この図書は、明確に以下のような内容(要旨)を示していた。
 つまり<鉄道の採算が取れるかどうかは単に事業者の問題。サービスを受ける人や地域全体の視点で見ると、おつりが出る場合が多い>、<世界には無料の鉄道もある。そう言う場合、事業者の採算という考えは意味をなさない。全体の便益を考えないと間違う>

余の感想
 この図書は、今後余の「鉄道図書館列車」システムを考究するさい、座右の書としよう。
 図書館や博物館は、世界中採算どころか、赤字組織だから、効率・採算が跋扈する世界では、うかうかしていると「廃止」になる?
 赤字路線に「二階建てトロッコ図書館列車」を走らせることの意味をますます確信できた。いや、新幹線に走らせるのは附録とも思った。
 だからこそ、この図書を瞥見し、胸のつかえがおりた。

追伸
 余は生来クルマ好きである。若年時よりハンドルを握っておると精神的に安定するくらい、心身にぴったりあっておる。鉄道がどれほど良くても、逆にクルマ廃止、高速道路閉鎖だなんて、またぞろ馬鹿げたことになったら、鉄道の良さは良さ、クルマの良さもあると、断言する。

 日本の鉄道も賢い人達がいて、線路を走っている電車バスが急に一般道を走り出すシステムとか、非電化線路になると電池で走り停車場で充電しながら走るものも実用研究されているようだ。
 どんなことも、資産と資産とをつなぎ合わせる工夫が必要だと思った。

 たとえば余の試案:鉄道フェリー列車(笑)。
 無敵のEH500電気機関車・三重連の後ろに百台の車載用特殊コンテナがあって、余はまず京都駅まで自動車で行って、適当なコンテナにするりと乗って、そのまま居眠りしたり、列車編成内の図書館・書庫コンテナで読書したり、ディナー取ったりして、気がついたら「札幌、札幌」となる。こういうハイブリッドな世界が早くこんかのう。

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2009.05.14

小説木幡記:2009/05/14(木)様々な一日

 起床4:50、気分爽快、床から立ち上がりは杖無しで30秒に改善。日曜日あたりには1秒速攻立ち上がりとなろう。
 午前に二つ授業。

 情報サービス、先回提出された小レポートを返却しながら、罵倒。「君ら、こんなたらたらで期末レポだせるとおもうのかぁ~。是非もなし、来年再見」 巡回したらそこここで「来年はお会いしたくありませぬ」と、怨嗟。「ならば、今日の分は根性いれよ!」と、罵詈雑言。それで、ようやく「心」が復調してきた。
 余生来、一日一回、世界に向かって罵倒しないと、どうにも調子が出ぬ。近頃は、それを忘れて日々猫なで声で過ごしてきたので、今日にいたってようやく本来の余に戻った気分也。
 資料組織(主題分析)の二限目は、無線マウスの電池切れに気を取られて罵詈雑言吐くのをわすれてしまった。本日は、件名標目表とシソーラスの異同につき、演説。声がかれてきて、残りの20分で先回の小レポを返却、新課題を説明している間も、好々爺の振り。まあ、この科目は下級生も多いので、それくらいでよかろう。

 昼頃に屯所で、共同演習・着手発表2科目分のレジメを各班が提出したよし。午後すぐに助勤と「着手発表」時の打合せ。すぐに終わって、それから助勤達は屯所に鍵をかけて延々と夕方6時まで内容の考査に精勤していた。
 余、その間ED79-100の台車に挟まった細い糸くずを爪楊枝とピンセットで掃除。春ちゃんの猫糸玉くらい取り去って「これじゃ、フライホイールがあっても時々即時プッツンするはずだ」と独り言。しかるに、再セットするも動かず、ショート。ダイキャストボディにホイールが接触の模様、あれこれ30分かけたが、遂に放棄。モーターの中心位置を保てない。

 これではならじと、懸案の発表原稿の附録部分に手を入れだした。延々と五時までかけて、予備稿完成、さっそくメールで知人に送り評価を頼もうとしたが、メールは16MBもあるパワポ・ファイルを拒否しよった。しかなく、最新バージョン形式の圧縮モードで格納するも、8MB.。さらに仕方なく、これをPDFに変換してようやく3MB。もう一度メル添付したところ、うまく送信した。それにしても、MSのアプリケーションはどれもこれも、いまだにファットなファイルを作りよる。よくない。もっともっと開発をとぎすませないと、袋小路に入ってしまうなぁ。思うに、大昔のTINY BASICなんてROMで3KB程度じゃなかったかな。主メモリー8KBで豊かに動いたような記憶がある。

 さて6時前に屯所を覗くと、まだ論議しておった。
 「もう、暗いよ」「まだ、半分です」「来週質問する分だけにしたら?」「はい、……」
 「みんな、駅まで送るよ」
 と、駅前で別れたが、助勤達は風の噂では、それからチャーシューメン・ライスにゆで卵で空腹を補い、またしても近所のファミレスで延々と論議を重ねたよし。今は22時だから、もういまごろは家で本式夕食「丼メシ」を食べておることじゃろう。(注記:助勤たちは全員花も恥じらう20数歳の乙女たちだが、上記は事実のはずだ) 

 帰還後余は木幡研でメザシと卵焼きと茄子田楽と奈良漬けと豆腐の味噌汁で空腹を満たした。うむ。これぞ、純正日本食なり。

 さて、夜も更けた。今夜も穏やかな就寝となろう。

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2009.05.13

小説木幡記:2009/05/13(水)良書に恵まれたなぁ

 また突拍子もなく深夜に目覚めた。こうなると深夜と言わず、極早朝と思えば異変なく心身良好となろうか。痛みや涙まみれや悪夢汗で起きたのではない。すがすがしく目覚めた。さもあらん。眠り猫のように24時間半睡状態が続いたのだから、「もう、よろし」と余の生体システムが何かの決着を付けたのだろう。

 五月の黄金週間の中日に「嵐山光三郎『悪党芭蕉』」を読むべしと託宣がおりて、翌日は知らぬ間にアマゾンから新潮文庫が届いておった。木幡研のこういう自動システムには、ものすごい所がある。
 余は食わず嫌いのところがあって、読む前に「嵐山」って、あの嵯峨の嵐山出身の作家かなぁとか、らちもなきことに頭をめぐらせて、その上『悪党芭蕉』が世評で、芭蕉が犯罪者と付き合っていたとか、同行二人は美少年世界と聞いても、興味がわかなかった。「読むべし」託宣が降りたときも、「トンデモ本を読む気力も時間もない」と、思ったくらいだ。

 ところが。
 黄金週間の終わりまでに半分読んで、この数日間は半睡状態の中で3割読んで、今朝は余すところ2割となった。その2割を読み切るのがもったいない、と思うまでになった。要するに舐めるように読み出したということだ。350ページ程度の文庫評論だから本来なら一晩で読み飛ばすところだが、それだけの時間をかけているのは、体調のせいではなくて「こりゃ、流し読みする図書じゃない」と気付いたからだ。

 これまでのところ、猿蓑の中にある「夏の月」連句が出来るまでの翻訳解説が圧巻だった。36句をどんな風によんでならべて連句にまとめ上げたかの詳細が記してあった。芭蕉と凡兆(ぼんちょう)と去来(きょらい)の三人が元禄三年(1680)に京都の医師凡兆の家に集まった。
 (三十六歌仙の方式は、別の箇所では、おおよそ夕方5時過ぎから9時過ぎまでかけて36句を次々と並べていくと、あった)

 この36句はグループに分けてあって懐紙の裏表二枚に丁度おさまるようになっている。さて問題は、個々の句の出来具合も大切だが、句から次の句への連なり、グループからグループへの転移の妙、そういうところに元禄蕉風の独自性があったよし。嵐山の解説・翻訳を読むたびに余は歓声を上げていた。たとえば、ある句と次の句とは、そのまま引き継いでは下の下、良しとするは移り香程度の関連をもって、次に行く。時に移り香、時に反歌のように、時に前句の打ち壊し、……。その精妙なルールを確固と守り、しかもなお意表を突くような遷移・転移を見せる。

 これは。
 コンピュータで自動解析させようとすると、芭蕉ほどの能力を持たせないと、無理だなぁと思った。要するに「映像」を媒介にして句と句の連鎖を分析すると芭蕉の意図が分かると考えた。コンピュータに句の五七の用語によってある映像を作らせて、次の句にも作らせて、その二つの映像の関連を厖大な江戸風俗や古典データベース(情景だな)で辞書引きさせて、そこで芭蕉の俳文から俳論をこき混ぜて、やっと連句全体の雰囲気や情景を分析し終える、となる。む、難しすぎる。

 今読んでいるところの嵐山の分析では、「軽み」にいたっては、芭蕉の死後「蕉門」が分裂する程の最大の「難問」だったよし。余流に解説すると、芭蕉は弟子達にあらゆる古典を含めた教養と人生経験と句作を積んだ上で、それを全部すてて、さらりと軽く句を作ることを要請した。スポーツで類推するなら、流すノリで最高記録を達成するようなものだ。それについてこられない弟子達を、あっさり切り捨てた、となる。芭蕉は、無理無理のおっ師匠さまだったわけだ。もちろん切り捨てられた弟子達は、叛旗あげて、自らの離反を正当化したわけだが。

 ……。

 他には、黄金週間中に、鉄道模型関係で良書三冊にめぐり逢った。余の備忘録として記すなり。
1.Oナローゲージ・トロッコモデリング/小泉宣夫 機芸出版社、2000年
2.HOゲージ・小型レイアウトの作り方/池田邦彦 誠文堂新光社、2006年
3.原信太郎鉄道模型のすべて・技術の極み、躍動美/原信太郎 誠文堂新光社、2008

 以上三冊は、偶然に入手したものだが、その貫道するは一なりと、思える内容だった。文芸も技術も不易流行が、あるものだ。
 なお不易流行については、嵐山は随分難しいことだから弟子達が離反した原因と記していたが、余の考えでは保田の『芭蕉』にはその解があった。この夏期に解読予定だが、万葉集以来の古典文芸は芭蕉にとっても誰にとってもファッションでもないし、意匠の一つでもないということ、そのことの覚悟性の確認があれば、不易流行は真っ当に生きることの表れだと思った。
 鉄道模型という技術世界にあっても、この三著をみるかぎり、たしかに「不易流行」の結実であると味わえた。

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2009.05.12

小説木幡記:2009/05/12(火)物語で括ることも、痛みよけ

 深夜、零時すぎに突然目覚めてしまった。激痛からだった。月曜は這々の体で葛野に行き、早朝授業を二つこなし、同僚に鉄道図書館の一般論を相談し、局長には「明治村図書館列車」の相談をし、別の係にはカリキュラムの相談をし、別の同僚には詳細を相談し、学内メールで要請のあった仕事をいくつかこなし、そして途方にくれていた。「痛い」と。
 そうだ、昼食時にも助勤たちと授業の打合せをしていた。この時も内心痛みで顔がゆがんでおった(笑)。

 夕食時に痛み止めを飲んで、しばらくしてそのまま就寝した。十時すぎだったろうか。眠りにつく前に随分「気弱」になっている己に気がついた。気弱の内容は単純で、「何をやっても痛いのだから、もう、全部放り投げたい」と。いやそれほどデスパレート(英語:絶望的な)な気分でもなくて、ひょいと「棄てたら気楽になるだろうな。日々仕事、研究や教育や話が多いなぁ」と軽いノリに過ぎない。

 膝を120度以上に曲げると激痛がくるようだ。寝ている最中に寝相が悪くて直角にでも曲げてしまったのだろう。だから、深夜に目覚めた。杖を使って数分かけて床から起き上がり、暗い部屋に出た。常夜灯の影に春ちゃんがソファの上で眠っていた。仰向けになったままぱちりと余をみて、ニタリと笑った気がした。冷蔵庫から冷えたソーダー水をだして、コップにいれて春ちゃんを見ながらゴクリゴクリと呑んだ。喉越しがよいなぁ。その時出した保冷剤を二つ膝にあててネットでくるんだ。ひゃぁ~んとして、痛みが速攻で薄らいでいった。5分ほどして嘘珈琲を作って飲み出した。わざわざ漫画博士を呼んで真珈琲を淹れるまでもない。

 痛みは知らぬ間に薄らいでいた。
 物語を考えていた。研究も教育もその他の仕事も付き合いも、一切合切物語と思えば随分気持が楽になる。そう、痛みすらも物語なのだ。昨日昼に発注しておいたポプラ社の『百年小説』が届いていた。森鴎外から太宰治まで、50人以上の作家の短編を編んだものだった。とりあえず富嶽百景と山月記を読んでみた。前者は太宰の活きの良さを味わい、後者は痺れた。余は漢文調の小説を目にすると、全身が粟立つ質でな。

 新漢字、新仮名遣いという点に、いろいろ思う人もおるだろうが(余もそうだ)、しかし木幡研で話した結果、現代人には旧字旧かな遣いは外国語並だから「しかたない」「是非に及ばず」という結論を出した。でっかい活字で目に優しくて、そのうえ総ルビというのもよい工夫だった。今はしらないが、岩波書店の良さをたった一つあげるなら、漱石全集なんかでも極大文字を使っておる。あれはよいなぁ。今回のポプラ社のやりようは、それなりに読みやすくてよい気分になった。

 そこで。
 生きていることは物語を編んでいること。
 そこで。
 疾風怒濤、ジェットコースター的急転直下、謎が謎を呼ぶ猟奇殺人、……。だけが物語ではない。近代小説を物語と定義するなら、穏やかな小春日和のぽわんとした物語もあってよい。伊勢物語風の歌物語で人生を歩むのもよかろうな。しかし、中島敦の格調は、たまらぬのう。彼のは木幡研に別本もあるはずだから、名人伝や李陵なんかも読みたくなった。

 とここにいたって気がついた。余は温度差に弱かっただけなのだ。近頃は一睡の間に十度前後高低する。これが体内のホメオスタシス(恒常性維持機能)を破綻させ、あっさり横臥に誘い込むようだ。してみると昨日は7月並の高温、この週末は3月はじめの低温と聞いておるから、こりゃ週末はたっぷり読書しなくっちゃ。保冷剤もたっぷり冷やしておこう。良き日々なり。

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2009.05.07

小説木幡記:2009/05/07(木)横臥読書記

 今朝の起床は午前3時半すぎだった。昨夜就寝が午後9時半すぎだから、睡眠時間6時間で体内というか脳内時計は正確を保っておる。一週間ほど前に、午後の12時半から夕方の5時半まで爆睡したとき、その夜は案の定目がさえわたっておった。

 昨日は小説木幡記の筆すらとるあたはず。横臥しておった。いや、この一週間ずっと横臥していたと言って良かろう。蒲柳の質とはかねがね喧伝してきたが、これほどまでとは余も思わなかった。その間、えどるん、春ちゃんをまじえて木幡研総出で毎日うまいものを食しておった。山海の珍味のいいではない。丁寧に食材をあつめ丁寧に調理すれば、米もふくめて、すべて甘露の味となる。それにデザートというかおやつは大抵和菓子(宇治橋あたりの柏餅を二度ばかり記憶あり。近所にもよいのがある)で、これもよいよい。京都や宇治に住んでいてありがたいのは、比較的手頃な価格で、優れた和菓子を味わえることだろう。

 横臥しておる間、合計十冊ほどの読書があったが、唾棄したものや業務上極秘図書や、忘れた図書は木幡記にすら記さぬ。

1.家守綺譚(いえもり・きたん)/梨木香歩(新潮文庫)
 Mu絶賛。この三月に京都駅の書店でえどるん君から薦められた一本。
 絶賛、また絶賛。明治以降日本近代(純粋)文学の華と言えよう。

 場所は大津市と京都市の端境あたりか。いや哲学の道とおぼしきところや、疎水の水が庭にひかれていることや、琵琶湖が見えることや、京大ちかくの吉田山があることや、三井寺や石山寺がでてくるので、おぼろ。綿貫征四郎といううだつの上がらぬ作家が、琵琶湖で死んだ友人の家に住んでおる。しかし友人はちょくちょく現れて、征四郎にアドバイスしていく。犬のゴローは主人の守り犬のような働きをする日々。ゴローはカッパとサギの諍いを仲裁したことで、仲裁犬として琵琶湖の姫や春の龍田姫にも頼られる始末。
 そばの征四郎といえば、庭のサルスベリにぞっこん惚れられて、お返しに時々小説を読み聞かせてやる。

 作家の名はまるで板垣征四郎将軍を思い出させるような厳めしさだが、こういう人物が友人ならおもしろかろうな、と一読して思った。
 木幡研の小説談議で話しておったら、「それでは、これを」と梨木さんの別の図書が歌人の手からテーブルに乗った。<からくりからくさ>、先にえどるんが読むことになり、余は後日のこととした。この世に楽しみは尽きぬのう。

2.歳三の首/藤井邦夫(学習研究社、2008)
 ミステリーのジャンルに入るといえば入るのだが。むしろ新選組副長助勤二番隊組長・永倉新八の、土方らとたもとを分かった後の、後日談となろうか。
 扉裏に当時の蝦夷地「渡島半島」の地図があって、これと見比べて読むと感興が深くなった。函館の御殿山と五稜郭との間に一本関門という地があって、そこで新選組副長土方歳三は銃弾に倒れ、これで五稜郭戦争は終わったようなものだった。これは史実。榎本武揚(えのもとたけあき)や大鳥圭介(おおとりけいすけ)は後日に明治政府で活躍したが、ともに戦った土方は遺体の行方も分からず、消えた。

 ところで元新選組の生き残りは幾人かいたが、著名なところでは二番隊組長の永倉新八と、三番隊組長の斎藤一(さいとうはじめ)だろう。永倉新八の人物性格は数年前の大河ドラマ「新選組!!」で印象深く残った。その影響のもとで読んだせいか、ときどきドラマ俳優の顔がちらついた。しかしそれは余の事情である。

 この小説の見どころは、上にあげた函館界隈と西の「松前」を足繁く行き来する永倉や関係者の行動にあると思った。新政府からは追われる身だから、「逃亡者」の危うさがひしひしと文中から味わえた。政府密偵につきまとわれる中、それでも<土方歳三の首>を新政府に渡さないという気力だった。ここで「新政府」と書いたが、実は新政府の意向というよりも私怨があった。それが昔の京都、新選組初期の池田屋事件にからまり歴史小説の醍醐味となった。

 居酒屋や寺でときどきまともな食事にありつけるのだが、新鮮な焼き魚、味噌汁、米飯。漬け物もあったかな? そういう実に質素だが豪華な食卓が目に焼き付いた。追われて追われてやっとご飯を食べる。味噌汁の味、魚を箸で取り分けて、酒でぐっと胃の腑を温める。こういうのは、時代小説でないと味わえない。
 なおミステリー部分の結末は、歴史的にも「さもありなん」と、納得した。歳(とし)さんの最期は、一体どうだったんでしょう。タイムマシンがあったなら、その時その場へ駆け付けたいところです。「新選組!!」の一年後に「土方歳三の最期」が放映されて記録したが、もう一度見たくなりましたなぁ(笑)。

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2009.05.04

小説木幡記:2009/05/04(月)松尾芭蕉、読書記

 GWの中日、土曜日と日曜日と今日を読書日にした。幾つも読んだが、そのうちblogに公開できるものをメモしておく。

芭蕉:その人生と芸術/井本農一(いもと のういち).講談社現代新書、1968

 新書としては随分昔の図書だ。余が入手したのは、1983年(15刷り)で、長く積ん読したものだ。いや、このころNDK(日本文学データベース研究会)関係でプログラミング教本を書き、その際余は「奥の細道」を題材にして、<古典とプログラミング>をまとめた。その関係で手にしたものだろう。

 この夏期には『芭蕉/保田與重郎』を考究予定なので、新春から芭蕉関係の図書をいくつか眺めてきた。眺めて~という意味は、手にとってぱらぱらページをくると、それだけで善し悪しが分かるから、不要なものは全ページ舐めるように読まなくてもすむ。しかし読んで置くべき物は読む、もちろん読書メモに残すかどうかは別のこと。

 井本先生のこの本は、舐めるように読んでおいて良かった。芭蕉を芸術至上主義者の視点で描いていて、それが「なるほど」と、納得できる筆力でデビューから大阪終焉まで、一読了解できる。

 芭蕉は実事(世間で無事いきぬくこと)と虚事(芸術至上)とのバランスをとらず、晩年においても家なく、財産なく、家庭がなかった。虚事、虚構世界構築者として死んだ芭蕉は、実世間からみれば人生敗残者である。短詩系芸術の世界からみれば、芭蕉はその道の始祖であり、輝かしい変革者である。

 いや、こういう対比はこれまでも芸術全般の世界で語られてきたことだから、とりわけ芭蕉が、とか井本先生が、と記しても意味が薄い。なによりも、井本先生の筆力に感動を覚えた。特に、芭蕉晩年の「秋深き隣は何をする人ぞ」を先生は<芭蕉の最後の光芒>と見なしておられた。それはつまり、他の秀作に比べても至高の境地の句であるとの、断定である。それが、余の肺腑をついた。

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2009.05.01

小説木幡記:2009/05/01(金)もう五月、清々しい夜

 季節は巡る、もう五月。やがて梅雨がきて、初夏がすぎて、晩秋になる~。
 と先読みしてはいけません。永遠の繰り返しであっても、その時その時をじっくり味わうことが大切です。
 と、自戒。

読書:技術系
 概念を明確にするためにモデルを作る。そのモデルはこの場合、二階建てトロッコ図書館列車に代表される「未来の列車図書館」。しかしモデルをきっちり動かすには基本的な技術、手技が必要となる。そこで、最近も数冊関係技術図書を入手した。

 そこで思った。世の中には当たり前のようにまともな図書と、どうにも嘘嘘しい図書があるということ。あまりに両者の違いが大きかったので今夜メモ。

 一つは嘘嘘しい図書。
 ある特殊技術について、紹介記事にも、図書そのものの帯にも、さらに前書きにも、「如何にその特殊技術について深く考察したか」と、麗々しく書いてある。余がその図書を発注したのは紹介記事にもそうあったからだ。手に取って前書きを一読したときも「ああ、これを読めば一歩前に進める」とおもった。

 しかるに、その特殊技術に言及があるのは、全300頁の図書の内、前書きを含めてわずかに20頁分。そして、その内容はメーカーサイトの「宣伝記事」を一歩も出ない。つまり「こういう製品がありますよ」にすぎない。
 余は、驚愕した。こういう遣り方でこの業界(関係図書出版社、著者達)が成り立っている不思議さ。2500円もした。

 一つは、思った以上の良書。
 もしかしたら十年以上座右に置くような図書に出会った。90センチX60センチ(つまり、我が「嵯峨野鉄道図書館ジオラマ」と同じ大きさ)の小さなレイアウトでHOゲージという大きな列車を走らせる「レイアウト製作」図書だった。詳細は省くが、百戦錬磨の書き手が丁寧に本を作った、とそういう雰囲気だった。出版社は「誠文堂新光社」とあって、もしかしたら余が小学生の頃に読んでいた模型関係雑誌図書の発行所と同じかもしれない。

 で、今サイト検索したところ「明治45年創業」そして、……。なんのことはない「子供の科学」を出しているところだった。そりゃ、出版社のメンツにかけて嘘嘘しい図書はだせないだろう。ともかく、このたび手にしたのはたった2000円(TCSセンサー二つ分!)の図書だったが、読み応えがあり、良書だと思った。

 世の中、違いが大きすぎるのう。

短詩系のこと
 現代短歌や俳句を作ったこともないので(つくると、すぐに狂歌とか、川柳じみてくるので)良くはしらないが、それにしても圧倒的な力量に愕然とすることがある。朝食をとっていたとき、木幡研究所所員がある短歌雑誌をひろげて、「読んでみな」というので、目を向けた。十首あったが、箸(スプーンじゃ)が止まった。

 短歌は小説とは違って、瞬時に目から脳、というか心に突き刺さる。その十首がものすごい勢いで余の目から肺腑を突いてきた。衝撃的だった。
 もちろん使われている日本語が、とりわけどろどろしたものでもないし、刺激的な単語など一切なかった。なのに胸を突いた。ジーンとしてきた。<日本語の力はものすごい><こういう短歌を作る人は、やはり天才なんだろう>と独り言をぶつぶつ言って、朝の珈琲を飲み終えた。

 その歌人は現代女流で著名な人らしい。余と年代が同じだから、余は同世代の優れた歌人と同じ世間に住んでいるわけだ。なにも、勅撰和歌集に名を残した古の人ではない、現代人なのだ。

 素晴らしきかな、この平成の御代なり。

というわけで芭蕉
 芭蕉さんより長生きしている余、とは以前にも記した。
 あの方の俳句(正確には俳諧と言った方がよかろう)も、目から鱗が落ちるような印象を与える。
 芸術を芸術として、詮索せずに味わえるのが一般読書人の特権なのだろう。評論家とか、まして現代日本文学研究者は、その意味では芸術を芸術として味わうことが出来ぬ人が多いと昨今思った。
 いや。今読んでいる現代人の芭蕉評論は面白いがな。

 そうなると。
 歴史を歴史と味わえずに、プロパガンダに走ってしまう国々があって、それに呼応した日本のジャーナリズムとか、愚かしい秀才達がいつの世にも、「世の中を動かしている」と傲岸不遜に振る舞うものが多いことだよ。歌一首詠う気持があれば、その馬鹿馬鹿しさに愕然とすることだろうに。いや、秀才故にそれを知っているからこそ、自らを見つめることを退職するまでしないのだと、思った。

 と、愚痴に傾いてきたので、今夜はこれで筆置き。

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2009.04.30

小説木幡記:2009/04/30(木)お勤めはたして、GWを考える

 今朝は壱時間目に情報サービス。いつものビデオ鑑賞、最後の三本目。いつもアンケートを採るが、内容が古いと言う学生がいる。しかし~、基本は何も変わってはいないぞ(笑)。AND、OR、NOT……論理積、論理和、論理差、まだまだ変わりはしない。本質を見極める訓練をしないと、やれ液晶じゃなくてCRTのPCだとか、インターネットは出てくるがCD検索が多いとか、あるいは未だに紙図書の「参考図書」を使っているとか~。あのなぁ、君。何もかわってはいない。ファッションの変化にすぎない。早い話が、OSが昔のモノクロ・キャラクターベースであろうが、カラフル・ゲームみたいな昨今OSであろうが、な~んにも本質的な変化はないのだぞ。

 江戸時代が古いのか? 壬申の乱が古いのか? ああ、そうか古いと思うから「図書館の姿」が古いと感じるのかぁ! 生憎余は紀元前7世紀の粘土板一杯・アッシュルバニパール王宮図書館こそが最新のものと思っておる。ギルガメシュ叙事詩の原版だぞ! 火事になっても燃えないぞ。うあはは。

 そうだ。一つ教えておこう、秘儀を。
 論文の話だが、最先端の研究を手っ取り早く理解するには、その関係の初期論文を読むのが一番分かりやすい。初期は一般に化粧気なしのスッピンで、構造がシンプルだ。時を経るにしたがって、厚化粧と着飾りで徐々に本質を無くしていく。分かったか、うん? 人間もそうなんだよ。いや、それが分かれば君達はもうプロだ。うむ。

 弐時間目は資料組織の主題編。相変わらず、列挙形とか分析合成形とか、NDCとかUDCとか十年変わらぬ講義を熱心(笑)に演説した。結局若い学生達66名の50人以上が「せんせ、プリント欲しい~」という声に負けて、A4判・合計10頁ものプリントを配布した。例年配布してきたが、今年こそ止めようと思っておった。なぜなら、教科書の要旨をまとめただけなんだから、そんなもん、教科書読めばもっと詳しく分かる! ああ、現代教師は結局学生に負ける。悲しい職業じゃ~。

 午後は食後に小一時間沈思黙考して、このGWを如何に過ごすかを徹底的に思案した。限られた休暇なのだから、有効に使わないと。
 しかしあまりに考えすぎて、頭が白熱してきた。凸に何回かハッカ油をぬって沈静化を図ったが、どうにもならず、そのままさらに小一時間横臥した。事情は、このインフルエンザ騒ぎの最中、街に出るとひ弱な余はきっと悪いバイ菌に感染して身動きできなくなる。
 それで。結論がでた。「そうだ、家で寝ていよう」とな。実にシンプルな解を、余は合計弐時間でだした。

 夜になって。
 読書しようと思ったが、なんとなく眠たくなったので、今日はこれで筆をおく也。

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2009.04.29

小説木幡記:2009/04/29(水)昭和の日の夕空晴れてぇ~

 くどいようだが。
 今日は昭和の日。つまりは昭和天皇を偲ぶ日。余はマスコミ全般と異なり偏向しておらぬから、素直に激動の昭和と、その象徴だった昭和天皇を偲んでおる。日本にとっても、天智天皇~天武天皇時代に似て、艱難辛苦の時代だった。

 我が国はよくぞ、生き抜いたと、余は心から思っておる。

 さて、昭和の日だが、さまざまな事情で授業日だった。半期15回の授業をこなすのが現代の風潮なので、どこの大学も苦労しておる。一つは、授業は科目が同一曜日なので、曜日によっては(特に月曜日)半期全部の数が15回に及ばず、現代大学としての責務を果たし得ぬことから、祝日までもが授業に当てられる。うむ。いろいろ考えはあるが~、余は最近、世間の風潮には異を挟まぬようにしておる。
 (注:濃密な授業がたった一回でも、生涯心に焼き付く事例を経験しておるから、15回だろうが10回だろうが、人間教育は工場生産物検品とは異なるよ~と、言いたくなるが黙っていようtaurus

 それで午前は「メディア論」。今朝はメディアの歴史をまとめて電気紙芝居で演説した。余はよほどに粘土板とかパピルスとかパーチメントとか、あるいは木簡、竹簡、甲骨文字に絹布が好きな質で、結構以上に熱中して話した。紙が中国で官製になって、ヨーロッパに伝わるに千年かかったという史実に、うっとりしていた。が、さて若者達は電気紙芝居上映の暗い教室で~あはは。

 午後はたっぷりひつこく仕事をした。
 今日は、「二階建てトロッコ図書館列車」の意義をまとめる日とした。錯綜した脳の内容を、誰が聞いても分かるようにするには、一度ではまとめられない。なんどもなんども少しずつ考えを練っていく。帰る頃にはだいぶ進んですっきりした。

 一節書くたびにHOタイプの自動往復運転を確かめておった。センサーのセッティングがなれるまでやや難しいシステムでな。スピードを調整しないと、センサーの数が少ないから、減速するはずが壁にぶち当たって、こっちへ戻ってこなくなる。うむうむ。マニュアルには、減速センサーともう一つ完全停止センサーのペアでセットしろと書いてあったが、なにしろTOMIXのNゲージ用センサーを、KATOのHO用レールにセットするのだから、工作がしんどくて左右二つでやっておる。
 (一つ千円もする高価なセンサーを、これ以上お釈迦にしたくはない。二つで往復運転をこなす!)

 で、夕方になって木幡についた(省略がはげしくて、まるでタイムマシン)。
 西の高い空に上弦の月が輝いていた。月の空はまだ濃い青空だった。それが山際に近づくにつれて、濃青から青、そして明るい青のあたりから紅がまざり、「ああ、これが茜色というのだろうか」と思った。それまで杖をついて重い荷物をもって歩いていたが、その夕空をみたとたんに、「余は、まだしっかりとこの世に生きておる」と、生の充実が身内からわきあがってきた。不意に杖が軽くなった。

 人は、夕空を見るだけで心身がしゃきっとするものだ。夕食が実に美味しかった。
 皆の衆、天然自然に時には目を向けて、小さな生をじっくり味わいましょうぞ。

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2009.04.27

北九州・門司港を走るトロッコ列車「潮風号」

青いトロッコ列車・潮風号
 2009年4月26(日)に北九州市門司港レトロ地区で、青いトロッコ列車が開業しました。
 (門司港レトロ観光列車「潮風号」とは

 全長2キロの行程を片道10分ほどかけて、時速20キロ程度で走るようです。なによりも青い車体色とその小さな機関車の姿に驚きました。
 (観光列車「潮風号」搬入 門司港レトロ地区:産経ニュース)

 門司港レトロ地区は2006年の夏に、葛野図書倶楽部2001の人達と行ったことがあります。その後の倶楽部で2008年に行った愛知県の博物館明治村が明治ロマンなら、門司港地区は大正ロマンと言えます。大正ロマンの街並みにトロッコ列車が走る姿を想像し陶然としました。

 あまりに機関車が可愛らしくみえたので、遠い将来わが「嵯峨野鉄道図書館列車ジオラマ」で走ることを願い、インターネットを少しさがしてみました。

DB10形ディーゼル機関車
 それで分かったのですが、機関車はDB10形といって、車軸が2本しかない(だからB)ディーゼル(だからD)機関車だったわけです。しかも、それは平成18年までは「南阿蘇鉄道」で「ゆうすげ1号」トロッコ列車として活躍していました。
 (南阿蘇鉄道DB10形

 そのDB10形2両を門司港レトロ観光列車が譲り受けたわけです。トラ70000という貨車をトロッコに変えた客車2両の前後にDB10を置き、非力さを補い、単線往復を簡単にできるように工夫しています(行きと帰りで、機関車が方向を変えなくてすみます)

 さて、虎の子の小型ディーゼル機関車2両とトロッコを譲った南阿蘇鉄道はどうなったのでしょう? 実は一瞬心配になりました。ところが、なんと同社は「日本宝くじ協会」の助成を受けて、もう少し大きい新型のDB16を購入したらしいのです(笑)。安心しました!
 (新型トロッコ登場

予習復習
 【門司港レトロ観光列車の諸元】を読んでいて気になる一節がありました。「普通鉄道としては全国初の観光に目的を特化した鉄道として申請しま した。 」
 嵯峨野観光鉄道や南阿蘇鉄道の観光トロッコ列車がすでにあるのでは? と思ったわけです。実は、そこに私は意外な事実を知ったのです。「普通鉄道としては」というのが、門司港レトロさんの伝えたかったことなんでしょう。つまり、門司港レトロは<特定目的鉄道事業>として法律上からも「観光目的」を専門にする鉄道のようです。私の身近な「嵯峨野観光鉄道」は<第二種鉄道事業>になり、これは路線だけを借りて自前の施設や車両で、旅客や貨物の運送を行う事業者で、逆に観光特化鉄道ではないわけです。
 (鉄道事業者:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

 ただ、門司港レトロと嵯峨野観光のトロッコの違いを見るよりも(相互に離れているから、事業者区分を意識せずとも良いでしょう:taurus)、門司港レトロ観光線が、小さな規模の車両と使われていなかった線路を再利用し、そしてそれを国土交通大臣ではなくて、地方運輸局長の権限によって裁可された事実に驚いたわけです。

 「二階建てトロッコ図書館列車」は現在の法律<特定目的鉄道事業>の下で、観光と合わせることで、実現可能性が従来よりも高まったと思ったわけです。車両もJRサロ-124とか京阪ダブルデッカーなんかを譲ってもらって、見識のある銀行 (注:門司港レトロ観光線の場合は、山口銀行が支援したようです)の応援があれば、走りますなぁ~aries
 (DB10+トロッコでの採算は、年間10万人らしいです。)

参考
 二階建て図書館列車 あたご2号(HO)
 編集長敬白:DB10の制動装置
 「門司港レトロ観光トロッコ列車」中で、以下の引用から示唆を得ました。

5.現在の成果・実績、今後の展開など
 「観光に特化した鉄道」の開業は国内初のケースとなり、地元はもちろん全国的な注目を集めている。
 九州の鉄道の拠点として栄えた門司の歴史を大切にしながら、多くの観光客や市民に愛される鉄道を、一日も早く開業させたいと考えている。
 

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2009.04.24

小説木幡記:2009/04/24(金)なにとはなく、上向き

 この間、それほど深く鬱していたわけではないが、今日は終日機嫌がよくなってきた。
 さっきシャワーで洗髪したらすっきりした。
 いろいろな締切も列をなしているが、時期がくると自然に手が動いてなんとかこなしている。
 もっとも、余は何事も一度で完成させることは少なく、3枚の書類なら、最初に3枚目、次に2枚目、最後に1枚目をさばくので、だんだん苦痛は減っていく。

 夢はいくつもあって、夢をおって、邁進、数十年生きてきたと言える。しかし夢を達成するためにすこしづつ手をつけてきたので、結果もバーンとでるわけでなく、その時、その場で少しづつの達成感があった。そんなことの繰り返しだな。

 そうそう。図書館列車の自動往復運転や駅停止発進の自動化がなんとか出来るようになった。これまでのように長大なジオラマが無くても、いろいろな実験ができるようになったので、喜ばしい。

 また。芭蕉を例にするなら、余よりずっと若くしてこの世をさった。芭蕉であれ、仏陀であれ、その人に一旦内在的に沈み込むと視界が広がるようだ。どんな思いで、何を考え、生きたのか。それは外からは30%程度しか分からぬ。芭蕉や仏陀になったつもりで、その目で現世を眺めたら、別の世界があった。

 日々、おもしろい。
 今夜はこのくらいにしておこう。

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2009.04.23

小説木幡記:2009/04/23(木)朝から木幡記

 まだ5時前だが起きてきた。一時間目から授業がある日は大抵午前四時過ぎに自然起床してくる。脳は眠っているときも密かに時間を監視しているのだろう。どんな風にかは知らないが、カウンターがあって睡眠に入る段階でたとえば300分とかの値を、okiro=300; とかにして、それから一分毎に、--okiro; (つまり、okiro=okiro-1;)と減らしているのか? 問題は、その一分をどうやって監視するかだが、心臓の鼓動とかに同期させているのか、どうか? あるいは致死細胞の壊れる時間にあわせているのか、……。科学って、考えると面白いが、きりがなくなる。

 目が冴えてきた(笑)。朝から深淵なことを考えると、すぐに心身が「生活態勢」に順応してくれる。便利だな。

 最近のMuBlog記事動向は、ひとつは「桜2009」だったがこれは終了した。また来年というところだ。賀茂川の北とか、大原とかも写すつもりだったが、時間切れというところだ。来年は諸事忙しくなりそうなので、桜2010は限られた地域になるだろう。あるいは逆に奮発して早朝一番の嵯峨野トロッコにのって、保津峡の風景を撮るのも悪くないな。予約が大変だと思うが。

 もうひとつは「鉄道図書館列車」。これは数日前に「HOスケール」という大きめの模型で、あたご2号(HO)を作って掲載したので一休みできる。実は内部では来週くらいから、これまでのコンセプトをまとめて行く仕事が残っている。MuBlog中に書き散らした余の「図書館列車コンセプト」を一旦客観視してまとめる時期がきた。

 読書だが文芸作品二つがストックされておる。一つはエドルン君に勧められた現代女流の短編集。数編読んだがイメージがすいっと入ってきて気持がよい。<河童の抜け殻?>という奇妙な話が奇妙に思えないのが不思議だ。も一つは現代男性作家のもので、図書館が廃墟とかそういう内容で、タイトルをみただけで欲しくなって買って、枕返に積んである。いつか読むだろう。

 夏期論文「芭蕉」用には葛野や木幡に数冊関連文献がおいてある。余のメソッドは、テキスト関係内容を細かく文芸評論的あるいは専門的に精査する必要はなくて、つまり書かれている内容の真偽判定ではなくて、テキストがどのような構造を持っているかに主眼がある。だから、いちいち関係文献をケミする要はないのだが、それでも「言葉」の意味には言及せざるをえず、テーマ毎にいくつもの関係図書を読んできた。それで、今年は「芭蕉」。これが、おもしろい。昨日葛野で会議の終わったあとに目にした啓蒙書では、伊賀上野の風景が最初にあって、「こりゃ、近いところだから、行ってみないと」と、痛い足をさすりながら痛感した(笑)。いやもちろん伊賀上野は諸事情でなんども訪れたが、大抵は「忍者」が目的だったので、芭蕉が伊賀から京都へ出て行ったそういう経緯から見た覚えはなかったからなぁ。

 最近の木幡研話題は、研究所員二人が兵庫の県立美術館へでむいて、ピカソとかクレーの展覧会をみてきたことだ。所員ふたりとも絵心は余の数百倍、数千倍深いので、話を聞いていて興味がわいた。なれど、どう逆立ちしても余の絵心は花鳥風月、大覚寺桜塔におさまってしまっておるので、異国の巨匠たちとの距離は縮まらない。年齢的に余の趣向は変化しないのだろう。多分小説鑑賞もそうなのだろう。

 出不精故に、余は京都に住んでいても葛野と木幡とを往復する日々に追われておる。そこここの博物館、美術館で日長ぼんやり絵画を見る練習もしておこう。美術史は絵画にあると、昨夏わかったところだ。しかし特別展で、なにか目的があって人混みにまみれるのは疲れる。
 仏像なんかだと、興福寺のアシュラ像だが、興福寺にいけばゆったり見られる機会もある。そういう機会をおろそかにしないでおこうと、思った。

 突然だが。
 スペインのアランフェスとかいうところへ行ってみたいと、思った(話が飛ぶ)。やはり余は建築に傾く性向のようだ。

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2009.04.11

小説木幡記:2009/04/11(土)春のハルキ君

 昨日、眠気を誘うようなハルキの姿をみた。面白かったので写真を数葉とって眺めてみた。ともかく大きくなった。まだ生後4ヶ月というのに、木幡に来て3ヶ月というのに、ものすごく貫禄がついてきた。膝にのっても身体がはみ出すくらいだから、子猫とは到底言えない。これではもう猫カフェ・デビューは無理だなぁ。

 しかし根は子供子供している。無鉄砲、考え無しで「見るよりも飛べ」の毎日だ。
 金魚鉢には金網が張られ、電気製品の後ろの幅数センチの隙間にも重い本を山積みしている。家中の広辞苑や漢和字典や高額美術集は全部それに使われている。家中バリケードだらけなのに、それでも跳躍力は日に日に優り、1メートルほどの高さだと気楽に「ホイ」と飛び上がる。四畳半を「お仕置き部屋」にしているが、これも数分間でテコテコと引き戸をうごかし、にょろりと長い身体が押し出されてくる。今朝など、真夜中に手洗いに立ったとき部屋に灯りがついていた。寝ぼけた頭で「だれが付けっぱなし?」と思って覗くと、春樹じゃなかったハルちゃんがちらりと余を見た。ところが手洗いから出ると、部屋が暗くなっていた。ハルちゃんは数週間前から、電灯を自由にオンオフする技を身につけているようだ。

 そんなハルキも春なのか、昨日はソファでのたりのたりとしていた。羊さんを枕にして眠っている姿をみかけてカメラを出した途端に、目を開けて、絶妙の猫枕寝から起き上がった。残念。いつかまた、羊を枕にしているハルキを撮っておこう。
 余も、近頃ますます~猫馬鹿になったのう。

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2009.04.07

小説木幡記:2009/04/07(火)図書館の中に街を/伊東豊雄(建築家)の場合

 先程NHKで「プロフェッショナル」を見ていた。今夜は建築家の伊東豊雄さんだった。気になった言葉があったのでメモしておく。
 <図書館の中に街を>という意味の言葉だった。オスロの図書館建築コンペに出された作品を構想している場面だった。多面体ユニットを使った、いろいろな空間を内部に持った図書館だった。その作業中に、伊東さんが漏らしたように記憶している。

 昔、余はキャンパスの中の大学図書館ではなく、大学図書館の中のキャンパスという言葉を好んで使っていた。最近は地域・全域としての鉄道図書館列車構想を寝ても覚めても考えている。つまり街全体が図書館という考えだ。街や村や地域全体を図書館として成り立たせるシステムを「基地図書館&二階建てトロッコ鉄道図書館列車」と構想した。だから、伊東さんの言葉を聞いた時、ショックを受けた。どういうことかというと、現実にそれに似た(相似かどうかは問題ではなく、発想としてのアナロジー)考えがあって、さらに斬新な図書館や博物館が現実化し「もう、始まっている」という衝撃に打たれたわけだ。

 伊東豊雄さんの設計で、国内の図書館や博物館関係で著名なものをリストしておく。
 せんだいメディテーク(仙台市)
 八代市立博物館「未来の森ミュージアム」(熊本県八代市)
 多摩美術大学図書館(東京都八王子市)

 <図書館の中に街を>は模型によって余も一目で理解できた。しかし地域全域図書館の中に街を、その媒介が二階建てトロッコ鉄道図書館と言っても、なかなか理解を得られない。今夜の「プロフェッショナル」では伊東建築設計事務所のメンバーの人達が、熱心に構造物の模型を自作していた。

 しばらく余は考え込んだ。
 コンセプトをモデルで表現するには、慣れないと相当な時間がかかること。
 しかし専門家達だとどんどん出来上がっていく。
 建築に素人の余でも、オスロのコンペに提出した模型を一目みて、伊東さん達の考えが理解できた。

 余は、また考え込んだ。
 なぜ大学図書館の中の大学なのか。なぜ図書館の中の街なのか。さらに、なぜ面としての地域・全域図書館の中の街や村なのか。そこをもうすこしもみほぐしてまとめていかないと、余の「嵯峨野鉄道図書館ジオラマ」や「邪馬台国周遊図書館列車ジオラマ」だけでは、意義を説明したことにはならない。

 ともかく、もっと大きく分かりやすい特急タイプの二階建て図書館列車を今月中に作ってしまおう。
 なかなかに、先の道のりは長い。

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2009.04.06

小説木幡記:2009/04/06(月)少壮研究者とのディスカッション:鉄道図書館列車運用

 昼頃に関東と関西の研究者が葛野研を訪ねてくれた。先回会ったのが昨年夏だったから、久しぶりと言える。さっそく我が嵯峨野鉄道図書館ジオラマや、改造中の二階建てトロッコ鉄道図書館について忌憚ない意見を承け、論議に心が躍った。
 余にくらべ20年は若いだけあって、二人とも着眼点が鋭かった。ヒヤリングというか査問を受けている気分になってきて、長らく覚えていない緊張感が走った。
 今日の結論は総論賛成、しかし収支経済的に運用が難しいとの意見が出た。それに尽きたと言ってもよかろう。

問題点
1.新たに鉄道図書館列車を運行した場合、その初期経費はどのくらいかかるのか。
 たとえば近鉄電車が新しい特急電車を建造した際、10両編成で19億円かかったと公表している。詳細は不明だが、仮に牽引車相当の電車と鉄道図書館列車との2両編成にしても、新造すると4億円はかかる。(http://www.kintetsu.jp/news/files/shingatatokkyuace20081211.pdf)

 図書館初期経費としてすぐに分かるデータでも、島根県の斐川町立図書館は総工費約16億円。延べ床面積が3千㎡で、蔵書冊数は開閉架あわせて30万冊は可能だろう。(http://lib.town.hikawa.shimane.jp/statistics/pdf-statistics/2008_06.pdf)

 余の考える書庫車は一万冊のコンテナ蔵書を可能とする。一万冊を運用するのにハードウェアだけで3~4億円かかるのは、その30倍の斐川図書館が16億円とするなら、計算が合わない。

 →新造車を一両2億円と推定することの妥当性は未だ不明だが、しかし図書館列車として無蓋車などを改良しトロッコ形式にする当初案は余の中で潰えた。理由は単純で、騒音の激しさで静止利用しか無理と分かったからである。どうしても、走行読書を可能とする列車は現代的な特急車両並の構造を持たないと役に立たない。

2.運用経費の目途は立つのか。
 詳細は未調査だが、電気機関車、電車等の電力維持は相当に経費がかかるようだ。
 いまだに各地でディーゼルタイプの車両が運用されているのは、初期投資だけでなく電力経費から残っているのだろうと推測する。

 →しかしディーゼル機関はCO2も含めて環境保全には未来的ではない。「未来の図書館」としての「鉄道図書館列車」ならばこの点を解決する必要がある。
 →余はリチウムイオン電池に期待をかけている。車両編成を小規模にするので電池駆動の可能性は確かめる必要がある。すでに実用化は図られてきている。
 →海上自衛隊の新潜水艦「そうりゅう」がスターリングエンジンを使っている情報を報道で知った。(http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/090330/plc0903301336007-n1.htm)
 種々探索したところ、蓄電池を充電するために使うらしい。ちなみに潜水艦の建造費は600億円と、桁が違う。

3.運用管理と収支
 余は機関車、電車の運転を司書が行うことを前提に考えてきた。自動車を使う現実の移動図書館からの発想である。しかし三人で話したが、鉄道の運転は自動車よりも飛行機に近い熟練度を必要とする。たとえば制動ひとつとってみても、列車が乗客に事故を起こさず静止するには600m~1km程度の距離を必要とする。路線毎にカーブごとに速度、制動を熟知して運転する世界のようだ。

 →JRや私鉄の運転士を雇いあげる。ないしは、路線および列車編成の一部を国や地方自治体が借りる。
 →たとえば、嵯峨野トロッコ鉄道の一部車両に特急静音タイプの図書館列車を編成に加え、その経費を図書館母体が負担する。
 →図書館母体は引き込み線、静止型図書館としての機能を果たす諸条件を負担する。引き込み線で一時的に切り離し本体列車は通常運用を行う。など。

 近代図書館は利用に関して原則無料を貫いてきた。図書館列車の利用は無料としても、列車編成自体に乗車することについては、上記の場合通常乗車料金を運用会社に支払う必要がある。

まとめ
 問題点を列挙した。ダイヤと自由運行の問題など他にも課題は山積する。
 しかし総論にかんしては、二人の研究者の同意を得た。
 要するに、100歳まで生きる時代にあって、余生の生涯学習を充実させるには、地域全体を覆う鉄道図書館列車は意味を持つという本質に関しての同意である。
 別途、心理学の分野から、拘束性を持つ列車における読書の心理的な影響についての分析は後日に考えてみる。

 二人が帰ってから国土交通省の資料をネットで読んでみた。LRT(新型路面電車)に関する補助金の資料である。
 LRT(http://www.mlit.go.jp/road/sisaku/lrt/lrt_index.html)
 国の支援制度(http://www.mlit.go.jp/tetudo/tetudo_tk5_000001.html)

 こういう項目の中に、鉄道図書館列車を組み込むだけの詳細な調査考察論議が必要なのだと、二人の鋭い質問の後で反省した。しかしなお新しいコンセプトは、まず思考を飛ばさねばならない。客観的な批判に耐えうる図書館環境ジオラマや鉄道図書館列車モデルを作っていく必要に駆られた。

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2009.03.18

小説木幡記:2009/03/18(水)気持の晴れやかな初春

整理整頓
 昨日遅くに葛野研の整理整頓、その第1期が終わり気持が楽になった。だから今日は朝から夜間まで快適に研究室に座っていた。もっとも、その間に会議が三つもあって、午後から夕刻までは会議室に座っておった。
 第1期は、目立つゴミをすてたこと。机上や床をふいたこと、小さなカーペットを敷いたこと、本棚の3割程度を整頓したこと、マシンを3台廃棄したこと、ついでにプリンターも一台、VTRも一台廃棄した。これで楽になった。

 第2期予定は、目立つところでは残りの本棚7割から不要本を抽出し整理すること。本棚に本以外のものが多数載せてあるが、これを処理すること。たとえばティッシュ箱、スプーン、割り箸、置物などなど、意外なものが棚と本の間に挟まっておる。これだけで2週間はかかる。4月上旬をめどとする。

 第3期予定は、机の引き出しをすべてぶちまけて不要品を棄て、重要書類をきっちり整理すること。特に過去の未開封の給与明細書などは扱いに困る。
 第4期予定は、ここから別種になるので別項目を立てる。

PCの整理整頓
 主力マシンには、MuBlogでもっともアクセスランキングの高い「涼夏2007PC」がある。また補助マシンにMacG3、G5、iMac、MacNote, SONY古代ノート、DELL古代ノート、……。
 レアものに、FM-TOWNS、SONY-SMC70。
 屯所貸与に古いWindowsマシン2台。

 これらを整理統合するわけだが、レア物は話が複雑になるので止めておこう。
 主にMac系の整理統合を図る。動画や静止画の整理。
 涼夏2007PCはいまや開発マシンの栄光を忘れ、メルマシンに堕しておる。これの改善。

 分かりやすく言うと、部屋を整理整頓したと同じく、何十もの階層下にあるデータをまとめたり、テラバイトのディスクアレイを造ってそこに一括管理したり、……。これは仕事になってしまう。

鉄道図書館列車の整理整頓
 Nゲージ(9ミリ線路)としての公開ジオラマに嵯峨野鉄道図書館(60X90センチ)。完成直前の「高台の図書館」(30X60センチ)と、講談社の「昭和の鉄道」。製作途上の「邪馬台国周遊図書館ジオラマ」(60X120センチ)、木幡研の「島図書館」(60X60センチ)。まだまだ先の見えないのが、「山裾の図書館」(60X60センチ)。

 現在手を付けだしたのがHOゲージ(16ミリ線路)で、これは60X180X1センチ板を二枚連結して折りたたみ、60X360センチ・レールレイアウトの予定だが、風景よりも純粋の図書館列車モデル走行用で名前はまだない。つまり直線のレールだけにして、そこに大型(と言ってもHOゲージ)のサロ124・二階建て客車を改造して図書館列車モデルをつくり、展示する。

 これらは物理的には今回の研究室整理整頓で、なんとなく部屋の一隅に場所を得た。HOゲージは、円を描いてエンドレスレールにしようとしたが、半径が49センチもあるので、横幅を90センチ以上とることになり、あきらめて直線にした。

少年司書ロボ初号~X号
 このプロジェクトは一年間休止している。事情は単純で、鉄道図書館列車・ジオラマに手がかかりすぎて、動作を組み込むソフトを使いこなせていない。またタンサーボーグという、センサーが幾つもあって無線LANで動かせる2号は今日にでも触りたいが、気力がいまだにわかぬ。これはビデオの目を持つから、楽しみなシステムとなる。

 これら少年司書ロボ初号以下を、二階建て鉄道図書館列車世界に組み込むことで、余の研究は完全になる。
 学生達の「未来の図書館」課題では、定番のように数年ごとに鉄道図書館やロボット図書館が現れる。若者の無意識の未来デルファイ託宣は、動く鉄道図書館と、ロボット司書の介護にあると余は見た!

というわけで
 夜の8時頃に研究室をでて京都駅に向かい、一時駐車場でしばらく待つ間、まだまだ残る整理整頓に思いを巡らしておった。

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2009.03.14

小説木幡記:2009/03/14(土)復讐の春ちゃん:小猫の知能

 今朝朝食中のことだった。ハルキ(通称・春ちゃん)が余の足に飛びかかって噛みつき両手をふって叩いてきた。一度なら甘えているのだろうと、忘れるところだが、攻撃は執拗だった。払いのけても五度ばかり同じ事を繰り返した。思いあまってお仕置き部屋に入れたが珈琲を飲みかけだったので、戸を閉めずそのままテーブルに戻った。すると、だだだっーと脱兎のごとき走行音をたてて、またしても猛然とジャンプして余の同じ右足を攻撃してきた。

 生後三ヶ月だというのに、これは一体何なのだ、と考え込んでしまった。
 前提として、春ちゃんと余とは仲が悪いわけではない。余が出掛けるときは玄関まで見送りにくる。洗面台に立つと追いかけてくる。まるっきり姿がなくても、「春ちゃーん」と呼べば必ずでてくる。最近は、朝はかならず足にすり寄ってくるので、ご飯のカリカリ(栄養満点の乾燥宇宙食だな)を袋からとりだして皿にのせると、感謝のゴロゴロ音を発し、食べている。

 相変わらず猫じゃらし遊びをすると、延々と余と遊んでおる。しかるに何故? 恐怖を感じるくらいの執拗な攻撃だった。たとえ甘噛みで、手の爪は丸まっていても、力があった。これが来年10キロくらいになって、本気で襲ってきたら、逃げられないなぁ~という怖さだった。

 思い当たる節もある。これは復讐なのだ、と解ってきた。
 高いところが好きなのだが、テーブルに乗るのを厳禁してきた。強い口調で「駄目!」を連発し、降りないときは右手で掴んで(まだ、片手で持てる)、お仕置き部屋に閉じこめる「躾」をしてきた。しかし、最近は知能が発達したのか、一度二度で一旦引き下がり、隙をみてまた登るようになってきた。今朝はそれが朝食前に繰り返された。

 そして。
 余にジャンプして攻撃を繰り返したのは、春ちゃんの「復讐」だと、ようやく解った。
 驚いた。
 単純攻撃ではない。駄目と言ってしばらく余は朝食をとっていたのだから、その間に時間がある。万全の攻撃態勢に入るまで、春ちゃんの脳は何を考えていたのだろう。そこに明確な知能を余は察知した。殴られたら速攻で殴り返すの、昨今キレる少年少女とは違って、江戸のカタキを長崎で返す時間差があった。まず攻撃対象を余と認知した。そして余の朝食の様子を観察していた。余が完全に春ちゃんを忘れて「うまい、うまい」と食事に没頭した頃を見計らって、足を攻撃してきた。この一連の攻撃には本能を越えた「知能」がある。

 余は今朝、生命の神秘、知能の発達という現象に直面し、この世の不思議を再確認した。

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2009.03.06

小説木幡記:2009/03/06(金)人生時間の変更→ 新世紀人生時間

 以前の結婚式やなにかのことで、若い人達へのオジサン連の言葉として「人生時間」がよく話題になった。この頃は耳にしなくなったので、古びたのか。
 つまり年令を3で割って、今の自分が一日のどのあたりにいるのかを分かりやすく知る方法である。

 たとえば、24歳ころの人は3で割って午前8時ごろに相当するから、会社に向かって家を出た直後。30歳の人ならようやく午前10時、昼食にはまだ早い。36歳でやっと正午、午前の仕事が終わって休憩。
 一般的な定年60歳なら20時だから午後8時、夕食の前後でほっと落ち着く頃だろう。となると人にもよるが、そろそろ寝ようかいとなる24時だと逆算して、72歳になる。

 72歳でサヨナラは早すぎるわけでもないが、どうにも落ち着かない(笑)。夜更かしする人なら調整はつくが、余のように22時には闇の中にいる者は、なんと66歳でサイナラとなる、……。これは実情とずれてきた。
 そりゃそうだ。人生50年の時代に当てはめると、殆どの人が17時、午後の5時にはサイナラしていたことになる。もっとも奈良時代というか古代の朝廷は日の出ともに仕事して、昼には終わりだったらしいから、午後の5時がホントのサイナラでもおかしくはない。

 と言うわけで、余は割る数を3から4に変更した、「新世紀人生時間」をここに提唱する。
 ほっと一息つける20時、つまり夜の8時は逆算すると80歳。まだまだだねぇ。
 ほんとにサイナラしてもよい90歳だと、4で割って10時半ころか。まだ起きていたいのか? なら96歳でちょうど日付の変わる24時。よろしいなぁ。

 となると、大学卒業してしばらくの24歳だなんて、まだまだ午前6時、寝ぼけ眼の人生じゃないか。悩みに悩む20歳って午前5時、まだみんな寝ているのと同じ。悩みがあるならそれは悪夢に過ぎない。幸せすぎてもただの夢にすぎない。これから、これから日が昇る。

 年令÷4→ 新世紀人生時間
 君は、あんたは、翁達は、今何時? そうね、だいたいねぇ~。

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2009.03.03

小説木幡記:2009/03/03(火)部品が飛んで珍鳥が飛ぶ

飛んでいった部品
 帰宅して書斎工作瞑想室に入ったら、なにやら様子がおかしい。島図書館が少しゆがんでいた。列車も海面に転落しているではないか。そして、……。カプラーという列車の連結メカニズムの片割れが机上にぽんと乗っていた。おかしい。さっそく転覆(金太郎、EH500!)電気機関車の先頭部分をみると、片方のカプラーが無い! そして、そして片割れが見つかっても、肝心の押さえパーツがない。30分さがしたが見つからなかった。今頃は掃除機の中に塵芥と同居しておるのだろう。

 実はここ数週間ずっと葛野研を掃除整理整頓しているので、さすがに木幡に帰ってまで、掃除機の中をピンセットでより分ける気力はなかった。……。かくして、EH500は片方しか客車や貨物車を牽引できなくなった。部品をネットで買えばよいのだが、なんとなく部品代(300円)よりも送料が高くなりそうなので、結局、余は他の形式のカプラーを接着剤で付けることになろう。精密モデルはやっかいで、微妙繊細だな。あるいはボール紙で作ってみてもよいな。

 部品が飛び散るとき、どの方向に行ったか、落下したかを予測するソフトはないじゃろうか。それがあれば30分も一時間も探したり、掃除機の中まで見ることもなかろう。これからますます老眼が強くなる。うむ、ふむ。

珍鳥が飛んだ
 知り合いのblogを眺めていたら(あえて引用はしない。神経質なくらいに自己隠蔽工作をしておるので、余がネタバレすると怨まれる)、一生に一度みられるかどうかの珍鳥が、余の近辺に現れたようじゃ。ただ鳥の名前は、その者がぼかしておるので詳細は分からない。そこに上がっていた他の鳥名は、平等院で緋連雀(ひれんじゃく)とか黄連雀(きれんじゃく)を見たとか、サンコウチョウとかだったが、余は生憎どれも区別がつかぬ。

 それよりも幻の珍鳥が余の近辺にいるとは、~、なんとなく感じていた。というのも、むかしから近辺は野鳥観察で有名なところらしいが、ここ二週間ほど連日オジキ連が望遠カメラや双眼鏡を使って余を眺めているような、終日うろうろしているのを見て、なんとなく気味がわるかった(笑)。
 そうだったのかぁ。
 まるで、大・役満貫、九連宝燈(ちゅーれんぽーと)みたいじゃないか。ホールインワン、と言った方が現代人は理解しやすいかな。
 余の父は幼き余にいつも語っておった。「Muよ、父ちゃんの友達がな、チューレンポートであがった途端に、心臓発作で死んだ。あれは怖い役萬じゃ。あがるなよ!」と、小学校低学年(2年生くらいかな)の余に戒めておった(笑)。

 ようするにその珍鳥は、一目見ると心臓発作を起こすくらいに、怖い役鳥かもしれぬのぉ。

さて
 今夜は、どの本を読もうかい。木幡研は文学書と歴史書ばかりじゃから、なあ。たまには自然科学本でも読んでみよう。どれどれ、「ロボットを作る」おお、また同じ悪夢にもどる。部品を無くして、あしかけ2年間も、ロボットを触れなくなった。余は、いささか神経質というか、気の弱いところがあるというか、この世のことがすべて心的外傷の要因になるようじゃ。どうりで、花粉症にならない。(?) そういえば、アトムが死んだPluto巻は未だに読めない。困った人生じゃ。

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2009.02.28

小説木幡記:2009/02/28(土)沈みこみつつ仕事はかどる

 先週は心身不調だった。今週は心が沈みこんで鬱じゃった。なんの、それが定常の人生よ。
 今朝はその理由を問い返してみた。要するにこの二週間ほど研究室が工事で使えなかったことと、それに便乗して研究室を整理整頓大掃除し始めたからだ。なぜ心が沈んだかというと、整理しても整理しても棄てても棄てても部屋が綺麗にならなかったから。
 それが。
 ようやく今朝も七時すぎから始めて、正午ごろに「おや?」と思い、午後三時には「おお、やっと目途が見えてきた。来週には、あと数日で完璧になる」と、分かってきた。
 それで。
 木幡に帰ってきて、MuBlogを見ると、なんと数日間も記事がない。長い長い暗い重いトンネルからようやく、余ははい出せる気分になってきたのだ。うむ。

 実は昼食後に小一時間、読書した。整理整頓を怠けての読書ではない。何日も長時間掃除をしていると、頭の芯がジーンとなって、身体もぎくしゃくしてくることに気付いたからだ。横臥して本を読めば楽になることを昔から知っていたので、怠けじゃなくて休養だな。

 しかし読んでいる内に、少し腹立たしくなってきた。このMuBlogでは余程のことが無い限り、批判的言辞はさけておるので、穏やかに抽象化してメモしておこう。

1.図書は純粋学術図書
 テーマは狭く限定されておる。同一分野の研究者が数名近所におるので、まず、その人達の研究内容ではないと、断っておく。

2.著者をα(研究者)とする
 αの対象はXという文学者・思想家の過去の業績に関する分析と批判(論難と言った方がよいな)。

3.αのメソッド(方法論)
 は、こうだ。
 Xのテキストを細かく読み、他にA、B、Cと数名の著名な学者の著名な著作をのべつまくなしに引用し、比較検討する。
 そして、そのA,B,Cのフレーズが少しでもそれより後のXの作品に現れると、αは「Xが模倣した」と断じる。
 そしてまた、Xがそれに類することを後年(十年後くらいに)、再考し深めると、「模倣を隠し、そのまま模倣内容を自分の考えとして書き連ねていく」「独自性が全くない」と、こういう論法だ。

4.問題と思った点
 αはついに「模倣」を突き詰めた果てに、XをA,B,Cのエピゴーネン(亜流、祖述者)と断じ終わった。Xの業績は無意味だと言い終わった。

 ところが対象としたXの年令は高校生、大学生から30前後の作品であった。若書きといってよい作品を、亜流と断じ、もっとも成熟した後年の作品を「過去に埋没したものなので、批判に値しない」と終えた。

5.青春と熟成
 どんな場合でも、もし対象が同じテーマならば、青春、夏、秋、冬とみるだけの余裕なく、断じるのはおかしい。まるで、余の20代を根掘り葉掘り掘り起こして、これは誰の考え、これも誰の考え、Muに独自性は全くない。その人生は模倣にすぎぬ無意味、と言いつのるようなものだ。まあ、それでもよいが。

 そしてαは、突然Yを引っ張り出してきて、Yの成熟に比べれば、Xは二流であると断じるにいたって、余は「こいつ、アホか」と密かに罵詈雑言をなげつけた。あはは。というのも、若い頃のYが某国の某思想家達の、横文字を縦にしただけとは、よく言われた事実だからだ。だが、余はYを駄目とは思っていない。後のYこそ、それらが一身に消化され血肉となって、YをYたらしめているのも真実なのだ。

6.嘆きと、安堵感
 まず嘆いた。現代日本の研究者がこの程度の方法で一家をなしていることに唖然とした。
 つぎに安堵感を持った。
 この程度の方法論で一家をなせるなら、余はすでに豪邸を成しておる脳。

7.歴史の話
 突然テーマを変えよう。
 学問を否定、疑似客観性、懐疑の目で眺め、それだけで進むことの危険性だ。
 まず己を疑うこと、これは正しい。ただし疑った上で、検証し実験するのは、対象よりも自らの論に向けるべきだな。自然科学だと分かりやすい。自分のだしたデータをありとあらゆる面から眺めて、検証を重ねる。そこからぽたりと落ちた一滴が大切だ。

 しかし、歴史や文学だと、難しさが二乗する。歴史や人の心は、「分からない」との諦念から出発するのがよろしかろう。わからないものを否定するのは安易にすぎる。αは、自分でわからぬことを、むりやりひとつの「否定物語」にしてしまった。A,B,CもXも多少のズレはあるが同時代人である。似通ってくるのは、当たり前ではないか。片言隻語を如何に大量に引用し比較しても、「どうせ、都合のよいところだけ引用したんでしょう」と、なってしまう。
 若い頃のXは、AやBやCの模倣に過ぎないのだから、意味がない。老成した頃のXは「現代を語らぬ」から無意味、とαは論じ終わった。

 昔(戦後かな)の邪馬台国問題では、というよりも昔から、αのような方法論を使う研究者が多かった。一番分かりやすい事例は、古事記も日本書紀も全部嘘だ、という方法論。まるで、昔の編纂者達は全員作家みたいに思えてくる。邪馬台国も卑弥呼も嘘で、存在していなかったなら、この世はたしかにあっさりする。

 今、奈良県桜井市纒向遺跡が、大規模な調査の対象となっておる。記紀は古代の国家御用達作家達の小説だから、きっと纒向からは何も出ず、無意味でしょう、と昔の歴史家(や考古学者達)は黄泉の国で顔をしかめておるのかな?

8.まとめ
 西郷信綱さんの図書を若い頃に読んで、対象に肉薄することを学んだ。ミイラ取りがミイラになる直前まで対象に耽溺する必要がある、内在的に評価するのが大切だという論だった。現在に生きる余は若い頃のそういう方法論をあらゆる局面で使っておる。となると、余のやることなすこと西郷さんの模倣、エピゴーネンになってしまう脳。
 二階建てトロッコ鉄道図書館も、対象に肉薄するには、自らカッターナイフを持ってスチレンボードを切り刻まねばなかなかモノにはなりませぬ(笑)。

追補
 αもXもYもABCもテーマも、極端に抽象化したので、もはや「モデル」であって、実在の人物や団体とはまったく関係、ありません。小説、木幡記だからなぁ。

 そうそう、小一時間かけてα氏の論をながめて、腹をたてて整理整頓に戻ったら、それから夕方まで研究室がどんどん綺麗になっていったと、さ。

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2009.02.24

小説木幡記:2009/02/24(火)古代の話

古代からの伝言
 記憶ではMuBlogに八木荘司さんの「古代からの伝言」シリーズに言及したのは一度しかなかった。
 実は最近2冊(上下)読んで、宣伝をみると文庫で全7巻完結と記してあったので、どうもシリーズが完了したようだ。全部読んだ今となってはさびしいものだ。いやよく眺めてみるとハードカバーとの関係が不明瞭なので、まだ終わったわけではないのかもしれない。わからぬ。

 以前読んだハードカバーは『遙かなる大和』上下だった。今回は『青雲の大和』上下(角川書店)で、主な登場人物は中臣鎌足(なかとみのかまたり:後の藤原鎌足)、中大兄皇子(なかのおおえのおうじ:後の天智天皇)、蘇我入鹿(そがのいるか)、そして高向玄理(たかむこのくろまる)、南淵請安(みなみぶちのしょうあん)。
 上巻は鎌足と中大兄による入鹿打倒、大化改新の詳細。下巻は改新なってから国博士に取り立てられた玄理が唐にわたって、日中の平和協定を結ばんとする詳細が描かれていた。なお、『遙かなる大和』は隋から唐に移る時代に、遣隋使として渡航した若者達、青春をすごした玄理や請安の物語であった。隋から唐への革命の実態が詳細に描かれていた。

 遙かなる大和から青雲の大和は、高向玄理によって結ばれていた。玄理たちは唐の二代目皇帝や大将軍とは、青年時疾風怒濤の付き合いをしたことになっている。だから、玄理が病んだ身体に鞭打って晩年唐に渡って交渉した現実性が高まる。残念ながら旧知の皇帝は亡くなって代替わりし、大将軍は政争に巻き込まれていた。

 まだ終わりではないかも知れないが(笑)、建国から壬申の乱までの長い道のりがあった。その解釈は、人様々だろうが、余には一本の道が見えた。「長く、辛く、危うい時代を、なんとかくぐり抜けて、天平時代、平安時代に続いたのだ。本当に大変な時代だったのだ。中国の革命は過去を一掃し、隣接した朝鮮半島は百済も高句麗も、そして新羅もみんな滅亡した。そういう激しい時代に、我が国は現代まで続く道を残した」という大きな感慨だった。

三輪山と邪馬台国・卑弥呼
 さて別件。
 最近面白い図書を入手した。『三輪山と卑弥呼・神武天皇』(学生社、2008.8)。まるで余のために書かれたような良書と思ったぞ。よくみると、Joさんが聴講した「三輪山セミナー」の講義録をまとめた図書のようだ。出版された昨年夏は、夏期論文や倶楽部の飛鳥研修旅行や諸行事で、書店を見る間もなかったんだなぁ、と長嘆息した。この三月にでも居眠りしながら完読しようと思ったが、せめて目次だけでも記して、読み忘れないようにしておこう。

  1.鬼道を事とする卑弥呼/金関恕
  2.三輪山と卑弥呼/笠井敏光
  3.卑弥呼の鬼道と大三輪の祭祀/前田晴人
  4.卑弥呼に見立てられた女性たち/千田稔
  5.卑弥呼の宮殿を探る/千田稔
  6.「神武伝説と日向」の再検討/塚口義信
  7.「神武伝説の熊野」の再検討/塚口義信
  8.倭成す大物主神/和田萃(あつむ)

 それぞれの詳細目次を眺めていると、たっぷりてんこ盛りの内容なので胸が震える脳。このタイトルだけからは、<2.三輪山と卑弥呼/笠井敏光>が気になる。実は卑弥呼に三輪山がどう関係するのかが分かりにくいからだ。ヤマトトトビモモソ姫を媒介にして崇神記の話(蛇さんとの婚姻)で三輪山が明確にでてくるが、そこのところが「こうだ」と、分かればよいのじゃが。そうなると次の<3.卑弥呼の鬼道と大三輪の祭祀/前田晴人>はさらにわくわくする。鬼道は白川静さんの「孔子伝」では、原始儒教のようだな。それを小説にした「陋巷に在り/酒見賢一」を読むと孔子さんはまるで怪力乱心の権化に見えてくる(笑)。となると、飛躍が大きいが、鬼道と古神道がどんな関係を持つのか、持つかも知れないのかが気になる。
 現実的な遺跡話をからめると今話題の<5.卑弥呼の宮殿を探る/千田稔>もよろしいなぁ。三月に纒向あたりに畏友Joさんと行ってくるから、「ここじゃ~」と余が立て看板を立ててこようか。ふむふむ。ついでに親魏倭王の金印レプリカでも密かに作ってな、埋め戻すとか。(嘘です)

 以上は、目次タイトルからみただけの下馬評。読んでみないと分からぬ。トリの和田先生の章の最終項目名は「大神神社(おおみわじんじゃ)の真実」となっていた。たぶんこっそり最初に読むのは、ここになりそうじゃ。ふむふむ。

 と、わずか2000円の書籍代で余は数年間楽しむようだ。読書の快楽極まれり!

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2009.02.23

小説木幡記:2009/02/23(月)雑記帳

 鯛の塩焼き、ワサビ醤油でいただいた。うむ。シジミの赤だし。コンニャク刺身甘味噌かけ。キュウリの漬け物自家製。煮物(小芋、カブラ、いろいろ数種類判別つかず)。仕上げは練乳イチゴ(好きなんだ)。煎茶。

 今日、隣の棟の図書館長室を感慨深く眺めた。無くなるわけではないが、エレベータの一般利用者・利用促進のために事務室全体がシフトし、どん詰まりにあった館長室が縮小されるわけだ。夕方訪ねると工事前のビニールが貼られて入れなかった。ところで、余はここしばらく研究室を図書館の或る部屋に移しておる。研究棟がそれぞれの階にしたがって10日間使用不能になるからだ。棟全体の冷暖房工事は相当に大がかりだと知った。工事は先週中頃から始まっているが、別の部屋だとなにかと用品や図書が無く不自由もある。図書館に住まいして、図書がないとはこれ如何に? いやそれがな、文系図書館としては結構いろいろあるのだが、Nゲージのモータを分解するとか、HOゲージ電車の重さとか、GeForceタイプのグラボの起源とか、猫ちゃんの笑い声と猫の気持とか、……。調べようとすると無くてなぁ(笑)。なにしろ研究室には「戦艦大和100の謎」まである。しかし不自由しないのは珈琲に茶、時間になるとメールが来て、ルームサービスはないがそれなりに快適。(艦内飲食禁止)。持つべきものは教え子達なり。

 しかし遂に夕方ひと気が無くなった頃、研究室に戻った。一番の大工事は完了したのか、室内ビニールが外されていた。もちろん天井板は外されて、冷暖房機がムキだしじゃったが。たまらず涼夏マシンに手をのばし、そのまま2時間仕事した。これからも、夕方にこっそり戻れば、ピンバイス、ヤスリ技も雑誌の横臥読みも思いのまま出来る脳。

 ところで、保田與重郎『芭蕉』を読み出した。薄いものだからすぐに読めるが味わって読むことにした。『萬葉集の精神』に比べると30%ほどの分量じゃ。しかし重みは同じ。さすがに芭蕉は近世文の引用が多いから、家持卿の返り点無し訓みなしの論に比較すると、ほんの少し気がらくになる。

 余は日頃、理屈世界に生きておるから時々息が詰まる。意識していないが、マシン系は理屈で成り立っているから無意識に神の手(笑)が動いて作業が進んでも、やはり理屈や経験を総動員しているところがある。そして授業や倶楽部や会議やカリキュラムも、やはり理屈世界なのだ。四六時中その世界にいると失神しそうになる。よってな、芭蕉の句やその解釈を読んでいると、理屈よりさきに、四季とか自然とか心情とかが先にイメージされるから、今読んでいる内は楽なんだ。事前に通読する分にはイメージ先行、屁理屈は夏期まで待ってくれる。猫の春ちゃんを相手にしているときも、理屈はないなぁ。保田先生の文章は、あまり構えずに読むと楽に消化できる。もちろん、論立てするときは四苦八苦、絶息寸前まで行ってしまう。

 今が一番よい時期じゃ。桜もあとひと月。春早朝の嵐山、夕暮れの嵯峨野、よろしいなぁ。思い出した。二週間ほど前に、なんのきなしに嵯峨野鳥居元の平野屋の提灯を写真にとって、あたりをRSで走って落柿舎(らくししゃ)の横で停まってペットボトルの茶を飲んだ。暗くて人の姿もなくて、シーンとしてなんとも物寂しい夕暮れだったが。育った地域だから、ものすごく気持が落ち着いてきた。理屈で考えると、寒いし、ガソリンは使うし、お茶を飲むくらい研究室でも飲めるし、何も見えない観光地に行ってなにが嬉しいのか、となる。ただ、そうしたかったからそうした。イメージ先行だな。で、楽になった。

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2009.02.22

小説木幡記:2009/02/22(日)春ちゃんの成長

承前:小説木幡記:2009/02/11(水)我が名はハルキ:通称・春ちゃん

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(猫じゃらしハルキ 2009/02/20)

 子猫の成長は速いと思った。木幡研に降臨して十日を過ぎると日々動きが激しく、身長も伸びてきた。2008年12月上旬生まれだから、二ヶ月と十日余り。写真は、かつてまたりん翁の居室だったソファの上。またりんのお友達はまだ元気にしている。猫、熊、少女、羊さん、……。ハルキ君もすぐに仲良くなった。

 さて、別記事で詳細を記す予定だが、二月半ばに御隠居さん五名が葛野研におとずれ、そこで結局旧交をあたためるよりも、延々数時間に及ぶ猫談議があった。要点は「小さい可愛い子猫をあげるよ、と言われてなかなか持ってこない。やがて受け取った時は半年ほど後で、ずっしりした成猫だったぁ! 詐欺」
 この話は、春ちゃんの成長をみていると確かにうなずける。生家では可愛い子猫をなかなか養子にだせず、慈しみ。もう、大人になったと思った時点で新親に出す。ふむふむ。

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(身長は?)

 身長をどこで測るかは知らない。ただ横に寝そべっている写真を記録しておけば、後日役にたつだろう。手の先からしっぽまでを計るのか、あるいは頭蓋骨のデコからしっぽの根本までを身長とするのか、猫世界にはまだまだ分からないところがある。

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(春ちゃんの全景)

 猫君の姿勢には独特のものがあるが、数日前に小箱を抱え込んだ絵に描いたような猫姿があったが、写真を写せなかった。↑これは蛇のように全身を丸めた姿勢だが、このフォーメーションをなんと言うのだろう。ときどき見かける姿勢であった。

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(熱中、猫じゃらし)

 マタタビは言うに及ばす、猫は春ちゃんも含めて、何故このような猫じゃらしに狂気するのだろうか。怖くなるほど熱中し、カメラを持つ手が震えた。猫一般の習性として、ともかくエサでも小動物でも、じゃれることが生き甲斐ないし本能のようだ。別記事で詳細を記すが、またりん翁の時も、生きているバッタを口にいれては吐き出して、またじゃれるという怖いようなおもろいような習性があった。そして、ハルキもその点では似ておる。

ハルキ(春ちゃん)記録
 木幡研では、春ちゃんの前世は「犬君」ではなかったかと、噂されている。先代兄のまたりん翁が超絶の無口、冷淡なそぶり、終日のうたた寝、究極の高Pだったことの裏返しに、春ちゃんは終日走り回りジャンプしすりより、抱かれ、後を追いかけてくる。一度の呼び声で、どこにいてもとたとたと走ってくるのだから、これは犬に違いない。そして飛びついてくる。ノルべージャンフォレストキャットは後日大型になるようだが、後ろから飛びかかられると危ないのう。

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2009.02.14

小説木幡記:2009/02/14(土)研究計画

 今日はというよりも、ここずっといろいろあった。心身に多少の疲労を味わっている。夜間睡眠が自動分割睡眠になっていて、夜間9時~10時に熟睡し、午前2時ころ目覚め、それから約2時間仕事をして、午前4時頃から6時ころまでまた熟睡する。そして葛野に向かう。このリズムはいささか疲労を残すようだ。事の原因は単純であって、要するに例年無いことがいくつも発生しているからに過ぎぬ。

 今日も朝からいろいろあった。そのことは後日に落ち着いてからメモを残しておく。
 それよりも。
 研究計画がおぼろになりかけていたので、しばし考えてみた。MuBlogを公開する以前、もっと昔からのことなので記憶にたよるしかないが。KT2システムによる日本語文章の可視化についてだ。

 まず、三島由紀夫『豊饒の海』春の雪、奔馬、暁の寺、天人五衰。この四作を21世紀初頭に分析し終えた。しかしなお深く余が到達していぬ所も澱になって残っておるので、再考してみたい。物語の重層性をありのままに可視化する方法を考えてみたい。登場人物の動きに象徴的な用語がどのようにまとわりついていくのか、それが巻毎にどのような位相を見せていくのか、そういうパターンを表現してみたい。

 保田與重郎については、なしたことをまとめきっていない感が残る。たとえば『日本の文学史』と『日本の美術史』とがあって、それぞれを固有に分析したが、なお統合について力も意も注いでいない。それぞれに疲労困憊した記憶が残る。これをまとめ上げる必要がある。

 『日本の文学史』 20世紀終盤
 ・『豊饒の海』 2001~2004年
 『日本浪曼派の時代』 2005年
 『萬葉集の精神』 2006年
 『現代畸人傳』 2007年
 『日本の美術史』 2008年
 {芭蕉} 平成21年夏
 {後鳥羽院} 平成22年夏
 {戴冠詩人の御一人者} 平成23年夏
 {日本の橋} 平成24年夏
 <まとめ> 平成25年

 余は最終に「日本の橋」を置くのがよいと思った。これはスタイルであって、永劫回帰を心中希求しておると、我が身を眺めることができる。

課題1:『現代畸人傳』で顕著となったが、随想風の文体における著者の連想を追尾するシステムが未完。これなくして再考しても、この著作は余に新たな成果をもたらさぬ。
課題2:長編評論は平成21年夏の『芭蕉』で終える。問題は、その後の最も著名な評論集三作の扱いである。時系列にたよった分析ではうまく行かぬだろう。これは難問といえる。

 ということでメモは残した。数年後の、今の余とは別人である未来の余がこのメモをどう解釈し研究に活かすのか、先のことは分からぬ。

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2009.02.11

小説木幡記:2009/02/11(水)我が名はハルキ:通称・春ちゃん

承前:小説木幡記:2009/02/09(月)またりんの弟:我が名はまだない

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春ちゃんの挨拶(20090209)

 またりん翁の弟に名前がついた。その名もハルキ、通称は「春ちゃん」と呼ぶことにした。名付け親はエドルン君らしい。
 ハルキと申しても、角川ハルキさんや、伊井ハルキさん、あるいは永田ハルキさんのことではないし、もちろん村上ハルキさんとは関係がない、ようなぁ~。

 一説に「ノルウェーの森猫:Norwegian Forest Cat 」と呼ばれていて、深いノルウェーの森からはるばる日本の木幡に来てくれたのだから、春がきたような気分でハルキとした、ようだ。委細は余にも分からぬ。

 で、春君は実に遊び好きなので「遊(ゆう)」君とする案もあったようだが、由来を大切にして春君になった。余なら春太郎とか春之助とか、春雪と危うく名付けるところだが、江戸のコントロールが強力なのでからくも「ハルキ」と相成った。

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後ろ足の蹴り(20090209)

 余は春君とまだ三日目だが、実によく遊ぶ猫だと観察した。さっきも深夜一人居間のホットカーペットに座っていると、膝によってきて前足でよじ登りだした。手を差し出すとなめ回すではないか。さらに不思議な低音がするので耳をすますと、「ゴォー」と聞こえた。さらに聞き耳をたてると、身体全体から「ゴロゴロゴロー」とサウンドが聞こえた。明らかに全身で共鳴していたなぁ。
 17~8年もまたりん翁と過ごした感覚からすると、まことにお茶目で遊び好きで人懐っこい。いや、それでまたりん君のイメージが変わるわけではなく、猫の多様性を今夜知ったということだ。それにまたりん君も幼い頃はふらふらと余にぶつかってきた。春君も成猫するにつれて生来のプライドが強くなると分かってはいるが、夏頃までは、余もじゃらじゃらと遊ぶ相手ができてうれしい。

 ところでこの写真は猫背というよりも、春君の後脚の丈夫さに気がついたからだ。肉球は毛に隠れて見えないが、小さなぶにょぶにょが確かにある。先夜握手した左手は、毛に覆われて太く見えたが握ってみるとまだ肉も付いていなくて、やはり赤ちゃん手だった(笑)。

 というわけで、ハルキ君と遊ぶ楽しみを見付けたが、それにしても小さいくせに家中を走り周り、踏み潰しそうになるので困った。知らぬ間に、今夜は首に鈴が付いていた。かすかに「りん」となると、後ろに隠れていた。そうそう、隠れ場所は亡き兄を思い出させるが如く、同じ場所に潜むのが面白い。猫の習性なのか、またりん君の匂いでものこっているのか、不思議な現象だった。そのうち、余の椅子に座って昼寝するのだろう。余が座ろうとすると、どこかに隠れていた春君が突然現れて席を占拠するような、そんな既視感がすでに表れだした。ふむ。

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2009.02.09

小説木幡記:2009/02/09(月)またりんの弟:我が名はまだない

承前:わが名は、またりん

 またりん君が木幡で永眠したのは「2005/06/27 夕方6時ころ」だった。それから3年半もたつのについ昨日のことに思えて、時々胸が締め付けられる思いをしてきた。いまだに木幡研では毎朝遺影に新しい水が供えられる。

 今日帰還すると、猫が飛び出してきた。驚愕した。またりんの弟が木幡研の新たな住人になったのだ。名前はまだない。先年12月上旬に誕生したから、今日2月9日には、まだ2ヶ月弱の幼児である。3年半ぶりに肉球をさわり左手握手(彼は左手で床を叩くのでギッチョのようだ)をし、デコの毛をなで、抱き上げて猫君を全身で味わった。

 ねこじゃらしをすると、まだ幼児期野生がのこっているのか、飛び跳ねて右に左に回転した。まさしく猫君である。またりん君も幼児期はそうだった。

 木幡研になついてきたら、写真を写そうと思った。
 今はちっこい子猫だが、最大6Kgにはなるらしい。長毛のマタリンほどではないが、短毛とは言えない長い毛が柔らかかった。どんな風に成人するのか、これから毎日が楽しみになる。

追伸
 3年半の長きにわたり猫不在家だったのは、毎朝供養している漫画博士と余自身はともにマタリンを失った時の喪失感を、フラッシュバックのように再現し、二度と苦しみ悲しみを味わいたくないと思ってきたから、なのだろう。つまり、またりん君の兄弟姉妹に難色を示してきた。しかし今夕、子猫を見て新たな猫君との人生に喜びをおぼえた。

再伸
 おでん(大量の輪切りイカ、大根、イモ、コンニャク、竹輪、卵)、輪切りイカをたっぷりいただいた。大根がことのほか味わえた。漬け物。デザートはイチゴミルク。

20090209の幼猫
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2009.02.05

小説木幡記:2009/02/05(木)Google Earthで火星を見たり、最中を食べたり、忙しい

 厚切り焼きラム数片。芥子醤油でもぐもぐ。味噌汁。漬け物。そして白菜とフレークの炒め物。お茶。うむ

火星に水があったらしい?:Google Earthのv5.0
 (Google Earth画面の上覧に土星マークがあって、そこをクリックして「火星」を指示する)
 (Potenntial Landing Site Near Mawrth Vallis)
Marwater
Google Earthのダウンロード

「Google Earth」の機能がアップしたとTVニュースで見たので、さっそく仕様を更新してたしかめてみた。一番気になったのは火星の詳細な地形や特にクレーターの形状を木幡机上で眺めたかった。全域はそれなりに起伏が見られ、部分的には高解像度の画像が表示され、現代科学の成果に感心した。昨年に火星の水がニュースになったので、今度の写真では火星人とは言わぬが、宇宙古代遺跡がないだろうかとじっくり見たが、無かった。そのうち数十万年前の遺跡が見つかるだろう、おそらく黒いモノリスが。
 もう一つは「歴史」(時計マーク)的な写真を連続して見られることだった。大阪府堺市の仁徳天皇陵(大仙陵古墳)は2003年と2009年とでは少し違いがあった。2009年の後円部墳頂あたりに、過去には見えなかった空き地のような所があって、円形がぼんやりと見えていた。
 もう一つは海洋探検らしいが、これは後日に確かめてみる。

つくりたての最中(もなか):黄金逢(こがねあわせ)
 ぱりぱりしっとりした最中を食べた。つまり、最中の皮とあんこが別々になっていて、いただく直前に餡をぱりぱりさくさくした皮でくるんで口に入れるわけである。意外なおいしさだった。「清閑院」の京風菓子なり。

メルクリン社の鉄道模型
 30数年前に、東京銀座の店で高額きわまるドイツ・メルクリン製の機関車だけを買った。高額の中で一番安価なものだった(笑)。制御装置もレールセットも買えなかった。将来だれかが趣味にして成長していくことを念じたものだったが、数日後に墜落していて部品が外れ(余ではない)、何年か後には消えていた。残念なことをした。
 その懐かしいメルクリン社が、世界筆頭の鉄道模型会社が破産しかかっているというか、日本で言う会社更生を申請したようだ。なんとか製品は持続するようだが、記事を読んでみると難しい。製品の品質は最高級らしいが、ネットでいくつかみたところ日本製の数倍の価格だった。今の目で模型を手にして眺めてみたいと思いもしたが、やはり高嶺の花というものだろう。余には千円の鉄道コレクションを眺めているのが似合っていると思った。しかし、メルクリンという名称は余でも知っているのだから、ブランドがこの世界からもし消えたなら、それは寂しい。

 今日はそんなところだ。

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2009.02.02

小説木幡記:2009/02/02(月)DE10やDD51の修理に明け暮れる

 鴨ロースの鉄板焼き。なすび、しいたけ、おくら(?)など、じゅうじゅう。豆腐の味噌汁。ホタルイカ、うどの酢味噌和えを添えて。キャベツの漬け物。デザートは林檎。

正常業務
 極早朝から葛野に出向き、早朝勤行、採点事務開始。八時半に卒業生来室面談30分。採点事務継続。昼食と休憩30分。以後、五時半まで継続。さすがに脳がきりきりしてきた。

五時半から男
 夕方からTOMIXのディーゼルタイプ動力車を修理しだした。二台が要修理でDE10とDD51である。両者ともに台車の集電部分がおかしくて、完全に停止したり、つっかえたりしてきたが、DD51は動かなくなった。で、DE10は走行停止と脱線が重なったので、3軸台車のダミー車軸をカットすることにした。
 初夏の講演会(未来の鉄道図書館列車)では、このDE10を主力車種(MuBlogでは愛宕DE10ディーゼル機関車として、愛宕号を牽引している)にするつもりだから、躊躇はならぬ。スタティックな精密モデル志向ではなくて、なにがなんでも急坂急カーブの嵯峨野鉄道図書館ジオラマを走りきらないと、話にならん。台車の一つや二つ、走らせるためには躊躇なくカットする。(設計・製作者には申し訳ない)

DE10の3軸台車カット
 DE10は小柄なわりに片側の台車が3軸(6輪)のせいかよく脱線する(半径14センチカーブ)。せいぜい90分の作業と見て、始めた。極早朝から夕方までの9時間採点に比べると脳の血流が変わったせいか、最初は快調だった(笑)。しかし30分経過したときに、案の定ギヤ(直径2mm程度)を飛ばしてしまった。捜索に10分(実は手元の紙の下に埋もれていた)。さて、セットしょうと思ったら、カット位置がずれたせいかギヤのカバーが止まらない。仕方なくハンダごてで溶接した(注:通常使用ではない。単にプラスチックを溶かして固まらせただけ)。以前、そこに瞬間接着剤をちょっとだけよの気分で流したら、車軸が固まってしまったので、今回はハンダごてを使った。
 快調。いざ試運転。

轟音を立てるDE10
 集電部分も磨いたせいか走り出した。ところが。壮絶な騒音。ギヤのかみ合わせが悪いのだろう。タブーを破って油を流し込んだ(グリスとか油は後日にレールや車輪が真っ黒けになって、集電不可となり、磨かない限りまた停止する)。しばらくして落ち着いた音になったが、リバースに入れると、また止まった(悲)。しかたなく、部屋を出て帰還した。どっかで手打ちしないと深夜になる。また今度物語なのだ。DE10が正常走行しなくても、まだ時間はある。今夕は当然だが、DD51の方は触ることもなかった。またまた今度物語。

木幡客車の停電
 木幡帰還後、今度はKATOの客車ナロネ21タイプの室内灯が消えていた。KATOの室内灯は以前6燈セットを1600円程度で入手していたので、余っていたランプを取り替えた。これが麦球? かなと考えながら完全に再セットしたつもりだったが、点灯しない。客車のボディーを外して触っているうちに内部の長い集電板がずり落ちてきた。完全に分解してよく見ると、要するに台車集電シューと集電板とが接続できない状態になっていた。長い集電板に少し曲げをいれて再セットした。以前のランプを付けたら、点灯した!

電装男
 ということで、本日の修理要点は電装部分につきた。よく考えてみるとNゲージは12Vの直流で走っておるわけだ。余の20代は自動車(パブリカSRと、シビックRS)の電装をこてこてにさわりまくっていた。だから、Nゲージもジオラマ照明もその当時の気分を思い出せば、今後も無料修理出来る事じゃ老(笑)。苦労は若い頃にしとくもんじゃ。

 さて、明日からまた終日校務が連続する。夕方になっても心身回復せぬ予感。
 DD51はしばらく運行停止。ふむ。

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2009.02.01

小説木幡記:2009/02/01(日)Lost、Lost、Lost

シーズン3を見終わった
 週末に米流ドラマ「Lost」のシーズン3、DVD第11巻を見た。すでにシーズン4もレンタル・ビデオ店頭に並んでおるが、余はここで一旦休憩に入ることとした。まず年末から年始にかけてLost三昧が続き、脳内が「島」のミステリに浸食されてまともじゃなくなった。授業や会議や採点中も、ジャック(外科医)やロック(啓示をうけた元・気弱な、現在・サバイバル指南者)やソーヤ(詐欺師、元・悪人)が島のそこここを走り回り「これは、まずいな。Lost世界に入り浸っておる」と、第二の余が黄色警告を発し出したからだ。それにシーズン4は新作DVDなので賃料が高い。よって、初夏までお預けにすることにした。年の功というか、ここ十年はやっと物事に「我慢」することが出来るようになったわい(笑)。

ネタバレ御法度
 さてしばらく休憩にはいるので、このシーズン3までについてメモを残しておく。ネタバレは将来の自分自身にとっても不利なので(余は数年間の間隔をおいて再読再鑑賞をすることが多い。その時は記憶真っ白がGoodだ)避けておく。さらにあらすじはネット情報に任せておく。実は、思い出せないからでもあるが。あらすじはどうでもよい作品だとも言えるが。
 参考にしたサイトはウィキペディアだが、ドラマ未読の人は読まぬ方がよい。全貌がわかってしまう。で、その記事にジャンルとして「スリラー、サイエンス・フィクション(SF)、アドベンチャー、ミステリー、ドラマ」とあった。本日木幡記はこれについて所信を表明しておく。

ジャンルを見る
 このジャンル群のそれぞれを再定義して説明することはできぬ。余自身がジャンル境界の区別を出来ないからである。ただ、このジャンル要素に「宗教・オカルト」を追加してもよいだろう。雰囲気としてひっきりなしに旧約聖書やキリスト教神話が出てくるのと、それが幻視として表現される。となると、サイコミステリーの要素もある。何人かが心の病を持っていて、彼らの深層に入り込んでいき、それが神秘的でスリリングになっているからだ。オカルトとサイコミステリーとなると、Lostのシーズン6(2010年終了予定とのこと)の結末も、なんとなく見えてきた。「総ては、主人公の白昼夢でした」となったなら、怒りもせぬが拍子抜けするだろうな。そうならないことを祈る。

 まずスリラー要素。最初は島の「他のもの(others)」や不思議な生命体の正体が不明で、これらに襲撃されてそこから逃げ出したり、危機一髪の場面が毎回あって、スリラーなのだろう。

 SF要素。島のそこここに地下施設があって、古いApplePCが勝手に動いていて、また潜水艦が使われ、シリーズ3では海底基地もあるから、海底二万マイルを思わすSFと言って良いだろう。なによりも、島から発せられるオーラというのか電磁波というのか、背景に科学的知識がちりばめられている。

 アドベンチャー要素。ゲームとしては常に10人前後の老若男女、それぞれが特技を持ったキャラが島を探検するのだから、RPG(ロールプレイングゲーム)アドベンチャーと言って良い。地下基地巡りをするたびに謎が解けていくところは、アドベンチャーゲームで対話したり発見することで、シーンやセッションが変化するのと同形である。ラストモンスターが出るのかどうかは不明だが、これは登場キャラの怪物的過去や未来が分かる点で、まだ予断を許さない。

 ミステリー要素。全編総てが謎と伏線とに絡まれているからミステリーであると言い切れば上記要素は説明不要かも知れない。登場キャラの殆どが過去になんらかの繋がりがあり、それが未来にも影響していく点で、現代風の総合小説・ミステリー色が強い。ただし明示はせぬが、そこここでボロがあったり、開かぬままの伏線があったり、不意の死亡があったり(主にハワイでの長期撮影中の、俳優達の現実生活上でのトラブルによって、脚本が壊れた結果)で、ご愛敬とも言える。それを扮飾するためか、死んだと思わせて、生き返らせる方法もとりだした。これは狡いが、まあよかろう。

 宗教・オカルト要素。最初に断っておくと余はヒューゴ君という壮絶な肥満キャラを目にしたとき、その形相が某サリン事件を起こした教団教祖そっくりに見えて、最初からのネタワレかと、がっくりした。しかし、彼は別の個性を付与されていて、シーズン3までくると、忘れられないというか無くてはならない家族の一員とまで思っておる。
 宗教要素は徹底的に旧約聖書にしたがってモーゼや絶対神が見え隠れし、ときどき「愛」に関しては新約聖書が使われておる。ベンという「他の者達」の指導者は預言者風に色づけられていて、やることなすこと神話をなぞっておる。それに気がつくまではすべてオカルトに見えた。と、言ってみれば宗教の要素にはオカルトがあって当然なのだから、他教の余が神話のなぞりを知らない限り、すべて怪しいものに感じられる。
 余にとっては新約・旧訳聖書の世界はオカルトであり啓示に満ちたSFなのだろう。ただし、ユダヤ教やキリスト教だけではなく、原始仏教系の考えもちりばめられている。たとえばダーマという不思議な団体はダルマ(法理、真理)からの借用で、ナマステという挨拶は当然現代でも使われている深淵な言葉である。

登場人物・キャラ
 その他。登場人物が多いので好きな人物と好ましくない人物は、シリーズ3を完鑑賞したいまメモを残す程度に。
 最も好きな男性はベン(ベンジャミン)という「他の者達」の指導者。ネズミの様な顔つきに圧倒されるが、徹底的に周りの敵味方総てを、そして自分自身をも偽っている。なにが本当か分からないところが、ロシア人形マトリョーシカのようで面白い。予見だが、総てが解き明かされたなら彼は空虚なのだろう。実体が消えるかも知れない(笑)。
 他には、元は気弱は箱製造会社営業マンで、今は孤島サバイバル指南師のロックと、元・イラク拷問官のサイード

 最も好きな女性は変化した。その理由はドラマを観ればわかるだろう。
 最初は、アナ・ルシアという元警察官。肌浅黒くやることなすこと激しい女性である。粗暴で凶悪な雰囲気が良く出ていたが、銃器依存症でもある。この系列は昔、エイリアン2に出ていたマッチョな宇宙海兵隊員バスケスを演じた女優と同根であろうか。好みは変わらぬものよ脳(笑)。
 次に好ましく思えてきたのは島の不妊治療医師ジュリエットとなった。心変わりかな? 理由を今考えてみたが、これはベンを好きなのと同じ事情だと気付いた。要するに二重、三重スパイを演じ、徹底的な嘘つき女なのだ。それが「まさか」と思うほど迫真の嘘なので、思わずつり込まれてしまう。ただし、別途の主役級男性詐欺師ソーヤとは嘘の種類が異なる。

好ましくないキャラ
 で、嫌いなキャラは、それを好むファンも多いだろうから簡単にメモしておく。実は主役級のジャックという外科医。なぜ嫌いかというと常に作戦を誤る正義感。リーダーとしては最悪だと思って見ている。次に主役級の美しいケイト(元・犯罪逃亡者)。美人だから△関係を招いてしまうのだが、やることなすこと鼻についてうざったい。特にジャックとケイトの関係は、好かぬ脳。大抵はケイトやジャックはお互いに助け救出するために、全体を危機に陥れる。こういうキャラを世間は好むようだが、現実にいたなら即絶交人種だな。勝手に滅びよ! と言いたくなるaries

生活を破壊するLost
 さて次にシーズン4を見るのは初夏になるだろう。出来れば再見を忘れたい。のめり込むと生活が壊れ、余の人生を狂わす。余も瀬戸内海にあるという△地点の孤島に墜落したくなるではないか。困ったことだ。

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2009.01.30

小説木幡記:2009/01/30(金)久しぶりの雨

雨の卒業夕食会
 夕食は、2008年助勤4名と伏見鳥せいに行った。宴は一時間で終わり、現地でサイナラした。余の鳥せいでの好物は、鳥刺身の梅肉添えである。ふむふむ。

 行きも帰りも雨だった。久しぶりの雨、というかこれまでずっと雨がふっても雪が降っても、雑務をこなすのに気を取られて気がつかなかったわけだ。今日は、鳥せいを出てすぐに雨中を足早に歩きながら、頭のなかに「長い、長い雨だったんだ」と自分の声がこだましていた。

 明日と言うより、来週からは二月。2003年の2月1(土)に名古屋の森博嗣先生を呼んで講演会を開き、盛況だった。その時一切合切を仕切ってくれたのが倶楽部初代と二代目達だった。あっという間に時が過ぎた。明日からは2009年次の倶楽部に生まれ変わって、また1年を豊かに過ごせる。なんとなく、毎回の卒業式を余が学生になって卒業し、新しい世界に毎年入学してきた気分だ。

江ノ島電鉄1000形の故障と修理
 今この現在は、「二階建てトロッコ図書館列車」を深山幽谷あるいは絶海の孤島に走らせて、点としての移動図書館から、地域という面を覆った領域図書館にするコンセプトで気持が深まっている。
 読書の快楽は深い。しかし一定の環境と訓練がないと読書は難しいスキルである。密室読書室が走る、開放軽読書室が走る、二階建て列車の一階部分には数万の蔵書があり、走りながら使える。
 難しいスキルを習得するには、それなりの環境が必要なのだ。だからこそ図書館列車に乗って読書という異次元を味わう。

 しかし。
 重装備の(二階建てトロッコ・温泉付き)図書館列車だけでなく、近未来には町の中を走る本当に気楽な図書館電車も必要になる。問題は騒音と振動にある、……。と詰めるべき細部は山ほどあるが、一方で僻地に近い深山幽谷を走らせ、他方気軽に市内を走る図書館列車が求められる。
 そこで。
 余は昨年夏にモデルとして静粛きわまりないMODEMOの江ノ電を入手した。まだこの電車に似合ったジオラマを考えてはいない。いずれ、身近な図書館電車ジオラマにも手を染めることだろう。

 さて、ここから小見出しの本論に入る(笑)。
 MODEMOについては、以前に箱根登山鉄道電車の記事を記した。江ノ電1000形も同じ系列の電車である。ところがある日突然、モーターが動かなくなった。2008年の11月だった。それまでに、何台かの別系列の車両を修理改造してきたので、心配はしなかった。ところが数日間にわたって秘術をつくしたが、うんともすんとも言わなかった。モーターが焼き切れた可能性があった。
 近所の模型店に持ち込み、「修理見積もり」を依頼した。11月11日だった。
 経緯は抜きにして結果を言うと、先週やっと模型屋から電話があって「直りました」とのことだった。「えっ? 昨年11月は見積もりを頼んだだけですが」「ええ。鉄道模型の修理に良くあることですが、無料です」と。

 鉄道模型の業界は全く知らない世界だ。2ヶ月かけて無料で直るという現実は、「難しさ」を感じた。つまり、余はまだ数台の動力車を走らせる程度の初心者だが、実に精密で同時に故障も多く、30センチ下への脱線転覆でも大抵パーツがトンでしまう、要するに、大変難しい世界だと理解してきた。直線や緩やかなカーブを短時間走らせているうちは問題に気がつかない。

 二ヶ月かかるというのは、最初は怠けているのかと思った。しかし実情は、故障修理の依頼が多くて、仲介修理業者がパンクしかかっているのじゃないかと想像した。購入者の多くは青少年と高齢者だろう。あまり裕福ではない。お小遣いか年金の一部を使うことになる。走らなくなったからと修理に出すまでは普通の話だ。しかしもしそこで修理部品代1万円とかになると、だんだん客離れが起きると思った。それが分かっているから、模型屋のお兄さんがちょっと含みのあるトーンで「時間かかりますよ。でも、大抵は無料に近いですね」と言った意味が、あとで別の話に見えてきた。無料、とは言えない。しかし、1万円の江ノ電が3ヶ月後に修理したら5000円とか1万円なんて、業者も言えないだろう(笑)。ちなみに、模型屋のお兄さんは「一ヶ月以内なら、現物交換します、……」と、ぼそりとつぶやいた。

 補注:自動車の修理、PCの修理。この二件はもう何十年も自分が技師になったつもりでこなしてきた。しかし、鉄道模型の修理(主に動力車)はその何十倍の難しさがあると思った。パーツの揃わない時計修理と考えれば想像がつくだろう。手技と入手しにくいパーツの二重苦がある。

 鉄道模型で保証制度はまだ経験していない。
 鉄道模型業界は濃い趣味から発生した世界だから、コンシューマ向けのサービスは遅れているのだろう。今のままでもユーザーが離れなければそれでもよいだろう。「オタク」の世界に保証もないよ! と余が店主ならずけずけ言うところだ。しかし、PCの世界は、パーツの一つ一つに店舗が保証する場合が多い。メモリやCPUも、もちろんメーカーとの相談はあるだろうが、メモリの相性なんかまで保証するのだから、これはまた別世界だな。他方、車両を連結するカプラーの相性までは保証なんか出来ない。ところが、余が今一番悩んでいるのは、このカプラー問題なのだ。今までの経験では、KATOのカシオペアを連結するパーツは最良だと思った(一般社会人には、意味不明の寝言です)。

追伸
 帰ってきた江ノ電1000標準色は、生き返ったように木幡の深山幽谷じみてきた「島図書館」を周遊しておる。音が聞こえないのが魔法のようだ。超微速走行もやはりMODEMOの特徴なんだろう。素晴らしい。

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2009.01.29

小説木幡記:2009/01/29(木)Truth編集会議

 赤ワインをなめた。酒はおいしい。パリッと芳ばしく焼けた餃子、久しぶりだ。鉢たっぷりのカニ玉野菜スープ。肉じゃが。デザートは林檎。スープの中心野菜は多分レタスなんだろう、熱でふにゃりとしていてもキャベツとは別の味だ(当たり前)。

 今朝は極早朝の勤行のあと(つまり水を換えたり、珈琲を飲んだり、メールをみたりするのが勤行)、倶楽部機関誌「Truth27号」の編集会議を持った。新メンバーだった。{顧問、新2009{局長、副長、経理局長、書記局長}}。編集長は新副長で、27号の目次と内容と執筆予定者を皆に配布し、時間をかけて記事内容と執筆者の取り合わせを検討した。期末試験期間中というのに、充実した編集会議だった。

 昼は皆でメシヤに行ったが、今期は小食の隊員が多くて、拍子抜けした。とは言っても多様で、大食豪華版が新経理局長、次が新副長、次が顧問、次が新局長、最後はケツネうどんだけの新書記局長だった。2008年第八代助勤たちとは正反対に思えて、内心笑った。
 余はそのあと会議が一つ、講演会参加聴衆が一つ。

 夕方は、「邪馬台国周遊図書館ジオラマ」の、大神(みわ)神社相当の精密模型「神社」を、90X120センチのジオラマにどう収めるかで悩んだ。神社模型(トミーテック)は25x30センチほどの大型なので、結局、三輪山相当発泡スチロールに穴をうがって山中に半分を収めることにした。なかなかのアイデアだと、自画自賛の嵐に全身がつつまれて快感じゃった脳。

 ところで会議の後で屯所を見てみると、新・書記局長と新・経理局長とが図書の整理に大机を使っていた。2/3を占めるジオラマを、わきにどけて1/2を占拠し、ジオラマは落ちかけじゃった。しかし倶楽部業務が優先する慣行なので、「ジオラマは丁寧にそっと、大事に触ってください」と言い残して講演会に出掛けた。
 終わって屯所を見ると仕事が片づき無人だった。

 しかし、おお。
 ジオラマの角の発泡スチロールが2センチほど欠けていた(泣)。悲痛!
 さりながら、強訴追訴叱責の強迫メールをおくることも躊躇して、結局幅広ビニールテープでガードした。葛野図書倶楽部2001では、倶楽部員業務が最優先される。時に困った慣行であると、しばし天井を眺めていた。しかしここで文句を付けると、残りの図書の整理は一年後になるとふんで、余はこの件、一切語らぬと心に誓った。決意は瞬時に定まる。

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2009.01.28

小説木幡記:2009/01/28(水)会議のあとの木幡夕食

夕食ですか風呂ですか
 好きなものが沢山食卓に並んでいた。タコの刺身。ゆでだこと生タコの味の差は天地ある。タコは生タコお造りがよい。赤タマネギの酢漬けが刺身のツマ。モヤシとあぶらげの味噌汁。ホウレンソウの胡麻あえおしたし。漬け物。骨付きチキンの甘あげ。デザート。うむ、明日も頑張ろう。

 NHKためしてガッテンを耳だけで見ていた。風呂の温度は42度くらいが気持良いのだが、実は年間1万人が風呂で溺れて死ぬようだ。42度Cで心筋梗塞、脳梗塞はわずかに一割。残りは溺死。この理由は、若干高めの湯温で心身が驚愕し血圧が上がる。上がったから死ぬわけではなくて、そのあと驚きが収まると今度はどんどん血圧が低下し、100くらいで意識障害が始まり、ついには気付かぬままに溺れるらしい。何故か分からぬが、この42度Cが危ないようだ。10分間くらい血圧低下が持続するというのだから、まるで冷凍睡眠みたいに思えた。湯温そのままでの対処法は、熱いシャワーで浴室を暖めることらしい。そう言えば夏場の42度Cには、余は入れない。水で充分に温度を下げる。冬場は、適温に思える。それが曲者じゃった。

 だから、風呂で眠くなると言うのは、睡眠の方ではなくて血圧低下による意識障害と、今夜知った。逆に高温(47度C)になると、これは危険だしせいぜい数分間しか入っていられないようだが、この熱湯風呂が病みつきになるのは、脳内麻薬、つまりランナーズハイと同じになるから、クセになるようだ。

会議なのか採点なのか
 今日は採点事務(システムへ打ち込み)の合間に会議に出て、会議の合間わずかな隙間時間にキーボードを叩いていた。各科目、決まって数名が合格しない。もっとも、最後のレポートを出す前に沢山の棄権者がおるで脳。レポートを書く気力もなくなるのか、時間を惜しんでバイトや趣味に生きているのか、若者の気持ちはわからない。

 ところで、不合格にするときは、若干躊躇する。しかし躊躇すると余計に相手を苦しませる可能性もあるので、瞬時に決定する。どういうことかというと、不合格も明確なメッセージだということだ。良いとか悪いの問題ではない。かくすれば、かくなる、ということを確実に告知することに尽きる。教師は体温計のようなものだ。熱があるとか無いとか、伝えるだけだ。それをどう解釈し判断するのかは、告知されたがわの問題である。小中高までは教員が医師も兼ねる。大学の場合、教員は引導を渡す役割がもっとも大切なことだと、思っておる。

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2009.01.27

小説木幡記:2009/01/27(火)カーブレールのつぎはぎ

 煮込み鍋だった。鍋は寒い冬の夜長を冷えから遠ざけてくれる。白菜やトマトで山盛り一杯の中に他の野菜と、タラと豚を包み込むように入れて、煮詰める。ダシは野菜から自然ににじみ出てくる。トマトのちょっとサワーな味わいが喉越しをよくした。
 芥子菜の漬け物はおいしい脳。
 デザートは昨夜と同じだが、よくみるとむき身のグレープフルーツがタッパウェアにつまっていて、それを蜂蜜でつけ込み冷蔵庫で冷やしたものだった。あと、一両日はありつける。

カーブ・レール、レール、レール、レール
 極早朝に葛野にでかけ9時過ぎまで「邪馬台国周遊図書館ジオラマ」を調整した。目的は山頂中央図書館へ、KATOの近鉄ビスタカーや、お召し列車機関車(予備、という名称)を無事横付けさせるためだ。もともとKATOにとっては不利な話で、レールはすべてTOMIXなのに、そこをKATOの列車が上手に走らないというのはハンディが強すぎる。これにはいろいろ事情があった。

 余は、すでに昨年「嵯峨野鉄道図書館ジオラマ」を作り、中央図書館としてKATOの建物(ストラクチャ)警察署を置いた。警察マークさえ外せば古風な図書館として様になっており、実に気に入っている。しかしながら、この嵯峨野ジオラマは、徹底的にTOMIXのミニカーブレールを使っており、一番小さいのは半径14センチのものが主流になっておる。ここを全部走るのは、TOMIX動力車の特定機関車だけである。たとえばEH500金太郎とか、ED790タイプ、DE10(樽見鉄道)、中間代車を外したDFタイプとか、あるいはマイクロエース社の大歩危(おおぼけ)トロッコ号とか、自製の16m級電車とか。他はマイクロエース社の蒸気機関車やKATO製のものは、カシオペアも含めてすべて退屈な外周(半径28センチから35センチ程度)を延々と走るだけである。

 そこで、「邪馬台国周遊図書館ジオラマ」は、畳2/3で緩やかなカーブを形成出来るのだが、もし特殊なレイアウト部分(山頂周遊)が必要になったとしても、半径14センチは絶対に使わないと心に誓ったわけだ。ちなみに、すでに公開し始めている「高台の図書館」は半径14センチだし、さらに未公開の「山裾の図書館」は半径10センチの二重ループを使っている。よって邪馬台国では一番小さな半径は18センチ弱のものとして、ほぼ一通り昨年初秋にテストは終わっていたはずだった。ただし、KATOのお召し列車予備は、車輪がムカデのように沢山あったので初めからあきらめていた。そして、KATOのビスタカーは「邪馬台国の頂上図書館付近を近鉄電車が走るわけがない」と無意識に思ったのか、テストしなかった。

 ところが先週あたりから屯所が漸く静かになり、3月末までの限られた期間でもせめて石膏塗りまでは果たそうと、天井から作りかけのジオラマをおろしてきたわけだ。そしてなんの心変わりか、この邪馬台国ジオラマにこそ近鉄電車が走って当然であるといつのまにか宗旨替えしていて、走らせた。意識には半径18センチあれば、ムカデ機関車以外は走る! と思いこんでいたわけである。ちなみに3両編成のビスタカーは台車が四つで、車輪は8軸である。つまり車両間に台車が跨っている省力設計。→台車[車体]台車[車体]台車[車体]台車。普通は一両に台車は前後二つつくものだ。

 しかし脱線につぐ脱線。漸く場所は山頂付近の急カーブ、半径18センチ・レールの部分と気がついた。そこで急遽今朝極早朝に木幡からレールセット(つまり余った半端なレール)を持ち込んで、暖房も効かない屯所で黙々と再編成をしだした。

カーブ・レールの結末
 結論を記す。
 半端レールは半端であって完全無欠のレールレイアウトは無理だった。半径25とか29センチ程度が各一本、あとは数本の半径35センチの物ばかりだった(要するに、島図書館も最低カーブが18センチだから、35センチもある半径は使わなかった証)。しかしこれを書いているのは成功の印。簡単過ぎる秘術を見付けた。互い違いに半径を変えるとうまく行った。

 脱線の連続: 半径(18+18+18+18)センチ
 正常な走行: 半径(18+25+18+28)センチ、……

 もちろん、このことで少し輪が大きくなって、山頂をはみ出しかけたが、全体を前後左右に動かして、さらに言葉にならない秘術をつくしてようやく正常なレイアウトに変わった。成功の要因は、機関車一両につき前後二つの台車(動輪)が、片方は必ず緩やかなカーブに在るから、脱線しない。(使ったカーブレールはいずれも円弧の角度が15度程度で長さが短い)

 そして。
 ビスタカーも、ムカデのような長尺お召し列車も、さらに新幹線Max(TOMIX)も、頂上の邪馬台国中央図書館まで一息でたどり着いた。この間、修正に約1時間、午前九時に珈琲を飲んでほっとした。窓の下を見ると、遅刻しかけの学生達が小走りに、教室に向かっていた。

情報図書館学的メモ
 夢は大切だ。近未来の、地域全体を図書館化した領域図書館を、今までにないスマートな図書館列車が走るのはよいことだ。しかし、二階建て図書館列車のコンセプトが明確になってくると、現実的な経済性を考えるようになった。まだ早いと思いながらも、近未来に予算や維持費で動かない図書館列車は悲しい。

 以前にTVで眺めた東南アジアの鉄道状況を思い出した。
 なにか凸凹していた。うすら覚えだが主に日本から安く払い下げられたありとあらゆる客車や機関車を、つなげるだけつなげて、運行しているようだ。極端に言うなら、ブルートレインの後ろにカシオペアが繋がり、それを引くのは蒸気機関車、あるいは新幹線が大歩危トロッコ号を引っ張っている(それはあり得ないが)。要するに、スマートにこなす前に、豊かな特徴のある古式列車がそれなりに走行すればよい。
 スピードは問わない。

 となると、わが「二階建てトロッコ図書館列車も」ビスタカーやEH500や、サロ124二階建てグリーン車が混在していても、払い下げならそれで経費が浮くと考えてみた。たとえば現実の嵯峨野トロッコ鉄道は、貨物の無蓋車に屋根と木の椅子を造り込んで人気を博している(笑)。機関車は小型のディーゼルDE10である。
 ただ、いくらスロースピードと言っても騒音だけはなんとかしたい。だからこそ、ビスタカーや京阪特急ダブルデッカーが余の過去事例研究に頻出するわけだ。

 とは言っても、山頂の中央図書館に、近鉄ビスタカーや京阪ダブルデッカーや、国鉄お召し列車が到着し、食堂車改良閲覧室列車とか、カシオペア号改良雑誌ブラウジング展望車と説明するのは、なにかしら面はゆい。温泉列車などは相当に根気強く説明しないと、冗談に取られてしまう脳。困ったことだ。頭が痛くなる。

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2009.01.26

小説木幡記:2009/01/26(月)新ジャムと未来の図書館

 木幡研ではときどき自家製ジャムが朝の食卓に置いてある。今朝は、ショウガと林檎とをすりおろしたジャムだった。ショウガがツンときて、パンの味が引き立った。また林檎は普通、大きな切片がとろりとしているが、すり下ろした林檎もおつな味だ。気に入った。珈琲と煎茶とソーダーを飲んで、雪中の朝まだき、いさんで葛野へ向かった。
~この間いろいろ~
 さて夕食は巨大な鉄鍋でうどんだった。鍋焼きうどんと言ってもよかろう。鶏肉や卵や蒲鉾や野菜がいっぱいあって、ふーふーふきながらいただいた。ダシがよかった。何杯もおかわりしたが、麺類はすぐに消化される。明朝のショウガ林檎ジャムが楽しみだ。デザートはグレープフルーツに蜂蜜かけて、冷たくて歯が浮いた(笑)。

葛野
 本当に、毎日毎日飽きずに繰り返して仕事がある(当たり前だな)。朝から採点に励んでいたが、面会もある。倶楽部の用事もある。眠気がくることもある。
 眠気は対処法が二つあって、一つは瞬間睡眠5分。これはドライブ中に格別に有効だが、研究室でも変わらない。横になる。うとっとする。目を開けて時計を見ると5分間経過。脳からはきれさっぱり眠気が去る。もう一つは強制法で、自慢のハッカ油(親指大の小瓶で、千数百円もする豪華品)をデコとこめかみに塗りつける。量を間違えると大変なことになる。つまり目の周りに塗らなくても、涙がぽろぽろ出る。普通は二滴程度をデコにこすりつける。これで一応、頭が冴えてくる。
 以上の方法はよく効く、嘘ではないぞ。

メルにまみれて
 一日にいわゆる校務メールは山のように来る。以前は馬鹿メルも100通程度飽きずに毎日来ていたが、先年から葛野のサーバーには馬鹿メル撃退システムが導入されたのか、せいぜい日に数通におさまった。「メル、スパムと思って誤って消しました」だなんて言い訳は誰も言えないだろうね。そうだ、余の一斉メルについて若い隊員から「せんせ、返事遅れてすみません。迷惑メールにはいっていたんです!」と聞いたときは愕然としたなぁ。あれは一体なんだったんだろう。
 そうだ、校務メール。
 なかなかに一通一通が味わい深くて楽しんでおる。大抵は難問だな。書類のチェックもある。会議招集もある。広報もある。訂正メルもある。ときどき人事部から、人事裁定の怖いメルも来る。システムダウンとか停電とか、いちいちおろそかに扱えない。メール地獄なのか、極楽なのか。誰にも分からない。後者の「極楽」とは? 紙が少なくなって整理が楽になった。それに、学生からのあれこれもメールが多い。「休みます!」(勝手にせい)、「あれは、こうなんでしょうか?」(分かっているならメルするな!)、「某月某日は学生カード忘れて、欠席になっていますが~授業出ていました」(そういうのを、古証文、と言うんだよ)、……<後日談:すみません、他の先生の授業でした>。
 大事なメルも稀に来る。賓客からの問い合わせもある。大体はディジタル・カレンダーを見ながら返事する。ときどきカレンダーに記入するのを忘れていて、約束がわからなくなったり、ポカもする。
 そしてこんなことも、あんなことも、将来はパタリと無音になる日がくるのだろう。寂しいような、楽しみのような、メール狂想曲だわい。

邪馬台国周遊図書館ジオラマ
 昼前後と、無人になった夕方の屯所で、ひとしきりテスト走行を重ねていた。畳2/3の大きさなので、30X60のミニジオラマ「高台の図書館」と比べると巨大である。今日分かったことは、半径18センチ弱のカーブだと、新幹線以外はすべて走行すると思っていたが、意外にもTOMIXの二階建てMax新幹線は通過したのに、KATOの二階建てビスタカーが脱線を繰り返した。化粧箱を見てみると、半径23センチ以上でないと駄目なようだ。ビスタカーを三輪山に連なる山頂中央図書館まで横付けしたかったので、これは思案することにした。今、木幡でレールセットをみると、半径32センチのが数本残っていた。直すならいまのうちだ。石膏固めをした後で、カーブレールを入れ替えるのは大仕事になる。

 屯所の大机の3/4を占拠しているので、邪馬台国ジオラマは3月までしか整備できない。4月からは受講生であふれる。途中に2週間も冷暖房入れ替えでフロア全体が立ち入り禁止になる。今春中に石膏固めまで行かないと、次に触れるのは夏期まで待たねばならない。その間にコンセプトを固めるという考えもあろうが、モデルをさわり続けないと、机上で考えた理想の図書館が徐々にぼやけていく。そう言うわけで焦り。しかし、実は二月も会議山盛り~。困った脳。

情報図書館学的メモ
 これまでのブックモービル(自動車などを使った移動図書館)は、駐留地を定め点から点に移動して、その地域の人達にサービスするのが主流だった。点点の世界である。
 我が二階建てトロッコ鉄道図書館列車は、停車するのは木漏れ日の中、清流のせせらぎを聞きながら、半睡状態の読書を想定している。主目的は別にあって、点と点を結ぶラインの上で移動しながら読書、研究、会議をすることに重きをおく。
 そして次の「面」とは、各駅と中央にベースとなる図書館を置くことで、環境全体の図書館化を目指している。これは以前に語った「キャンパスの中に図書館があるのではなく、大学図書館の中にキャンパスがある」という考え方に従ったことだ。地域の中に公共図書館があるのではなく、図書館という未来の生涯学習館の中に、地域があるという思想である。
 ……。

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2009.01.24

小説木幡記:2009/01/24(土)倶楽部の初代・ご隠居たち

 昨日金曜は、木幡記を休載した。
 葛野に朝から出向いて書類作り他に専念し、午後遅くには疲労が極まった。余が木幡に帰還したとたんに江戸から荷物が届いたので回復した。夕食は極上質の肉ですき焼きをいただき、シャンペンを空けたのは覚えておるが、あとは朧ぉ。

 今朝土曜はまだ覚えておる。
 早朝から覚悟してLostシーズンⅢ、DVD7~8巻を観た。ますます謎が謎を呼び、もう手に負えない謎謎世界である。最初は気にくわなかった島の女(不妊症研究者)が、最近その佳さがわかってきた。島のベン(ベンジャミン)の人心操作、力の源は一体何なのだろう。
 そのあと、島図書館を改修し、眠り、午後からは「チーム・バチスタの栄光」下を2/3まで読んだ。時間が来たので、京阪に乗って祇園四条下車、高島屋の真向かいの書店に入って、近頃の出版状況を眺めた。

 時刻になったので、心霊ゾーン「世界地図前」に行くと、二人がいた。3人目はタクシーに乗って会社を出たところだった。寒いので幹事について懇親会場に向かった。先斗町四条上がる西側に店があった。
 「京町屋豆富料理 先斗町 平林」

 席について余は、以前酒に懲りたので(笑)、梅酒のソーダで茶を濁した(こういう日本語はよいのじゃろうか?)。閑談するまもなく、リエリエ副長2002が到着し、コースが始まった。カホル局長2002がてきぱきと料理を指示し座をまとめていった。ミッカー二番隊長2002と余とは、借りてきた猫のように静かにしていた。なんだか5年たっても当時と雰囲気が少しも違わないことに気付き、しかし居心地が当時の何倍もよくなっていることにも愕然となった。心理的に余が面倒をみる立場ではなく、逆転しておったぁ。

Sopenallsekaisi たとえば携帯カメラ。うろうろしていると副長がさっと余の携帯をとって、しゃかしゃかと調整しだした。余は携帯カメラがいまだにうまく使えない。梅酒が減ってくると、局長がさささっと水や茶を注文してくれた。話が途切れて「ところで~」と言ったとたんに、超絶無口で通っていた二番隊長が、
 「せんせ、また新しい試みをしました」
 「うん?」
 「なんだと思いますか」
 「さて~ぇ」
 「保育士の資格をとったんですよ」
 余も皆もこれには驚いた。もともと情報処理関係の資格を1ダースほど取っている人だったが、「ほ、保育士!」と目点になってしまった。将来が楽しみだ。倶楽部ご隠居・御用達保育所とかな。

 口当たりの良い料理だった。土曜の夜の先斗町は華やいでいた。焼肉や洋風もよいが、時々はこういう華やかな街で、あっさりすっきりした豆腐料理を口にするのもよいものだ。副長は「豆乳」フェッチというかフリークというかマニアらしい。会社の冷蔵庫には山のような豆乳とケーキを保管していると聞いて、皆で爆笑した。

 席を変えて、南にさがってフランソワに行くか、北に上がって「林や」に行くかをきいてみると、みんなぜんざいや抹茶好きなのか、和風「林や」に決まった。席を立つ間もなく局長が支払いを済ませてくれた。
 途中、皆で二番隊長に「今度は、鍼灸師はどうでしょう」と、言った。余もご隠居たちも社会では細かい作業や思案が多いから、肩に来るようだ。局長の話では、時に鎮痛剤をのまないと、腫れ上がって動けなくなることもあるようだ。ミッカー君が鍼灸師チャングムになって、倶楽部ご隠居達や余の肩をほぐしてくれたなら、葛野に銅像が建つかも知れない。

 穏やかな時間が流れた。いまでもしっかり、送付された機関誌「Truth」を隅々まで読んでいると聞いて感動した。
 仕事のこと、将来のこと、まだまだ若いご隠居たちには停止がない。ぽつぽつと語る話に相づちを打ちながら、余も青年時の「不透明な将来」を思い出していた。今度出会う頃には、何人かが一つの選択をしていることだろう。楽しみじゃが、それからの人生がまたまた長い脳ぉ~。

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2009.01.22

小説木幡記:2009/01/22(木)

 今夜の絶品は、麹漬けのシャケ焼き。他には卵焼き、かす汁、クワイ二本(ジャミロ・クワイの親戚ではない)、その他。食後急速に睡魔に襲われた。このまま眠りたいが、食後3時間は起きていないと、消化が悪くなるようだ。

最近の検索ワード考察(2)
 データ出典はMuBlog記事「74万アクセス」

集計対象アクセス数:10,044
検索ワード 割合
11 鉄道模型 146 1.5%
 単語「鉄道模型」ではGoogle検索にMuBlogの影もなかった。フレーズ検索扱いの「昭和の鉄道模型」と推定し試すと、18/382000位でヒットした。この場合、フレーズ「昭和の鉄道模型」は、単語「昭和」と「鉄道模型」に分割されて、統計がとられている。
 
12 xp 138 1.4%
 これはWindows XPの片割れだと推測する。涼夏2007PCでのraid設定は、Windows XPなので、その関係だろう。

13 風林火山 129 1.3%
 言うまでもなく2007年に、MuBlogをもっとも賑わしたNHK大河ドラマである。本日付けでは、240前後/1,620,000 というランキングで、単語「風林火山」はMuBlogの特色を出せなかったようだ。

14 二十世紀少年 128 1.3%
 浦澤直樹「二十世紀少年」とか、昨年の映画にリンクしているのだと思う。これは下記の(17 ネタバレ)で考えてみよう。

15 PCケース 125 1.2%
 涼夏2007PCがアクリル製のPCケースを使っているので、それへのリンク。

16 地図 116 1.2%
 単に地図では、Google中ながめてもMuBlogは影もないが、「地図の風景」とフレーズで検索したとき、なんとぉ、3/3,880,000 という高位に在った。不思議な気持ちになった。なお、MuBlogでは「地図の風景」はカテゴリーとして扱っている。

17 ネタバレ 113 1.1%
 これは「14 二十世紀少年」とのペアで完了するものだ。ネタバレだけではGoogleで10,100,000(一千万件)も出力されて、MuBlogは影も無かった。しかし二語を組み合わせると、ふむふむ、「二十世紀少年 ネタバレ」は堂々の1位(34,800)だった。しかし忸怩たるものあり。つまり、余はネタバレというような下品なことをするつもりは全くなかったのに、公共の場では「ネタバレ記事」と、とらえられた。これこそ現実世界の姿なのだろう。脳。

18 勝海舟 109 1.1%
 ここに至って、余は目が点になった。人名「勝海舟」はぶっちぎりの1位(395,000)、なにかしら一桁間違っているような話である。昨年の篤姫人気に便乗したとはいえ、驚きは去らなかった。

19 ジオラマ 107 1.1%
 Googleでは1,690,000(169万件)あって、MuBlogは影もなかった。MuBlogでの「ジオラマ」は、世間ではレイアウトと呼ばれている。余は独自に、線路の配置をレイアウトないしレール・レイアウトと呼び、レールを含む情景全体をジオラマと定義して使っている。MuBlogでは嵯峨野鉄道図書館列車ジオラマなどとリンクしている。

20 感想  90 0.9%
 この言葉は一般用語なので、Googleでは96,000,000(9600万件)もあった。MuBlogは影も無かったが、「読書感想文」という用語はよく使っているので、その関係でリンクしているようだ。

というわけで、
 江戸のエドルン君から、秘密親書あり。木幡研究所・所員の慶事には、くれぐれも「祝辞をわすれぬように」とか、供物の分担についての調整とか、~。用意万端おこたりなき仕様なり。余はいまだに江戸からのコントロール配下にある事実を確認せり。

 今日も葛野で大仕事をすませた。ほっとしたのか、まだ緩めてはならない気がゆるみ、気がついたら30分もうたた寝していた。夕刻、闇も迫るころ、屯所を覗くと新誠会(総会、送別会)幹事が二人おったので、手を借りて、天井にぶら下げたような状態の「邪馬台国周遊図書館ジオラマ」を屯所大机におろした。

 配線はこれまでの中で最大級の複雑さだったので、半年前に天井近くに収めたとき、すぐに再現できるようにしておいた。約15分で準備が整ったので、ED790(TOMIX)を走らせた。無音高速で、総てが大丈夫だった。そう言えば、すでに基盤は発泡スチロールで覆われているのに、邪馬台国周遊の写真は極めて少ない。箸墓と三輪山が出来てからと思っていたが、来週あたりに途中経過を写し、MuBlogに掲載しよう、と思った。

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2009.01.21

小説木幡記:2009/01/21(水)盛りだくさんな会議でした

 日々すぎてゆく、さて夕食。焼き鳥四本、スパゲッティサラダ(うむ、なかなか)、焼きたらこ(この芳ばしさ)、太昆布巻き煮、……。デザートはぜんざい。

 葛野で早朝から書類をまとめておった。神経を使う。これ一枚が4~5年の効力を持つ。余計に緊張する。
 会議は11時から始まった。次に13時、次に14:30、次に16:00~18:00頃まで。終わるとぼんやり。なにかしら余自身が会議依存症になってきたようで、恐怖。つまり、会議がなくなるとぼんやりしてしまうのは、これは明かな依存症じゃ(笑)。夕方、暖房の壊れた研究室で嵯峨野鉄道図書館列車・ジオラマに色粉をまぶしていると、年長の同僚が訪ねてきた。


 話が終わって、帰還前に倶楽部の手当もしておいた。今週でほぼ、葛野図書倶楽部2001の2009年次・新幹部たちと面談が終わる。大体一人30分。みんな授業とかテストとか課題とかで、余よりも忙しい。日程調整が大変じゃ。来月から新局長がそういう調整をすることになっておる。八代局長が新人事を発表して以来、旧幹部達にあれこれ言うのを差し控えておる。レーム・ダックの謂いでは全くない。過酷な1年間の終わりは、休息が必要なのだ。よく助勤を勤めてくれたという万感の思いあり。


 木幡帰還は少し遅くなった。
 夕食のあと、島図書館の勾配をなおし、EH500でテスト走行させた。単行だと無音で坂をじっくり登った。改造図書館列車を二両付けてスイッチをいれた。リバースだった。見事に脱線し、1m下に落ちた。EH500はばらばらになり、部品が飛び散った。カプラ(連結器)も3つに分解し方々に隠れたがすぐに見つかった。EH500固有の前後を結ぶシャフトが消えた。太さ1mm弱、ながさ15mm程度の棒だ。これがモータ一つで8軸を動かすキーのパーツだ。探すのに1時間かかった。おお。
 組立直した。すでに5回目くらいだ。EH500の弱点はあまりに動力伝達機構が複雑だということだ。調整に、30分かかった。つまり、動輪の集電スプリングも、いつの間にか飛んでいたので、列車室内灯の付随スプリングをニッパーで長さを合わせて切断し、セットするなど、いやはやいつのまにか鉄道模型修理改造師になっておった。

 気がついたら11時を過ぎていた。もう眠る。
 明日は午前中から、二人の幹部とそれぞれ面談する。

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2009.01.19

小説木幡記:2009/01/19(月)快心の手技

 ふう、と疲れの吐息。
 本日夕食、ハンバーグ(明治屋製は美味い)、おでん、コンニャク刺身甘酢味噌、イチゴミルク、煎茶。

嵯峨野鉄道図書館ジオラマ:保津峡
Bigtunagi0
 だまっておったが自慢のEH500金太郎君は、実は、わが「嵯峨野鉄道図書館列車ジオラマ」に限って、内回り線をずっと通過できなかった。写真鉄橋の左側で必ず車両連接部中央動輪が脱線しておった。これは相当にストレスだった。理由はすぐに分かっていた。つまり昨春その部分のレール固定を失敗して、継ぎ目で高低約1mmほどのV字型陥没を起こしていたわけだ。しかし粘土や塗料や石膏で完全にギブス固定した状態で、線路はどうにもならなかった。
 他の、半径14センチ・カーブレールを走る動力車や客車、つまりは改造図書館列車群は総て走行可能なのに、EH500に限って幾度速度や進行方向を変えても無駄だった。
 改造図書館列車はアクリル天板その他で重くなり、三両四両連結になると、普通の動力車では無理がでた。電圧を上げないと坂道を登らなくなるわけだ。騒音も酷くなる。その点EH500は急坂・重量牽引でも静静易々と走った。そのEH500が脱輪するとは、まことに気分の悪い日々が続いた。
 今日は、仕事も一段落したので、気分を変えて、夕方になって急遽手を尽くした。
 そして、成功した。

レールの陥没修正
Bigtunagi1
 処置は爪楊枝二本ですんだ。出来るだけ陥没近辺を破壊しない方法をとった。つまり考えた末に、岩盤(発泡スチロール!)とレール路床の間に爪楊枝を金槌で打ち込んだわけだ。一本で少しレールが持ち上がり、二本目で完璧になめらかなレール接合になった。一本目の時は、レールの継ぎ目に直接0.5mm程度の段差が現れ、ヤスリで磨ぐことも考えたが、試しに二本目を打ち込んだら、修正できた。
 後は路床部分にセメダインを流し込み、目立つようなら色塗りと思ったが、老眼には単なる色あせに見えたので、セメダインだけで完了とした。

日曜の昨夜
 昨夜は「チーム・バチスタの栄光」下を読むつもりだったが、数ページで眠ってしまった。また、夜間9時から一時間、NHKスペシャル「女と男(3)」ではY染色体の悲劇を放映すると知っていたが、そのころは大河ドラマ日曜評論家だったので、PC録画したまま眠ってしまった。なんのことはない、JoBlogに先に記事が出たので、今夕に長いコメントをしておいた。

今夕の日程調整
 夕食前に、倶楽部関係者の数名にメールした。機関誌の編集会議と、新誠会(総会、卒業生懇親会)の準備会日程調整についてだった。一回目は大抵余も出席することになる。昨今は、教員よりも倶楽部隊員の方が、やれ試験(笑)のレポートの、バイトのデートの買い物のと、繁忙きわまりないので、日程調整は大変である。

日曜作家健在
 さて、日曜作家。そろそろ始めよう。
 葛野日常にも飽きた。きりがない。いくらやっても、机上の書類山(抽象的表現)は低くならぬ!
 そういえばLostもそうだ。すでにシーズン3の7~9巻が手元にある。見ても見ても謎は深まるばかり。一体、どうなるんだぁ~。シーズン4になると、新作だからレンタル料金が高くなる。困った、困った脳。レンタルビデオ債務で喰うや喰わずになっても、米流ドラマに嵌りこむ余生って、悲劇的だなぁ。

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2009.01.17

小説木幡記:2009/01/17(土)たまに休養

 今日はやりたいことだけをして、夜になって、またやりたいことだけをして、MuBlogを書いておる。
 起床7時。昭和の鉄道模型記事を半分仕上げた。
 10時過ぎにRSに乗り、行きつけの鉄道模型店に出向いた。「寺」の構造物が発売されたとネットで観たからだ。本堂と鐘楼と五重塔。箱を開けただけだが、精密であるぞ。
 ネット情報では、「墓」まで発売されるようだ。なにかしら、この世界もぶっとんでおるなぁ。
 トミーテック:情景小物「墓」

 11時過ぎに伏見の行きつけの蕎麦屋で、上天ぷら蕎麦+おにぎり一個で1110円。駐車代200円。外へ出ると、お金がかかるな。
 午後に木幡でLostのシーズン3の6巻を観た。事態はますます深刻になってきた。ロックというつるっぱげのオジサンがこのごろ怪しく見える。最近では、余はベンジャミン(ベン)の役柄を演じている俳優が気に入ってきた。ネズミみたいな目の動きが気になる。

 夕風呂に入って冷酒を舐めて夕食をとったら、この世が極楽に思えてきた。
 猛烈なスピードで「チーム・バチスタの栄光」上を読み終えた。余が知らない、ものすごおもしろい小説があったんだぁ。
 今夜は下を読み終えてしまいそうだ。

 ところで。
 「島図書館」はなかなかにシュールな趣となってきた。ここずっと、濃緑のトワイライトエクスプレスが島を周遊しておる。
 卒業生からメルがあって、とんでもなく風変わりなメンバーで新年会をすることになった。当日を想像するだけでにやりと笑えた。時が世界を変えていくと、実感した。

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2009.01.16

小説木幡記:2009/01/16(金)復古と変革

 本日夕食:豚肉とたっぷりのホウレンソウ、隠し味のニンニク、水炊き。富山の冷酒。自家製塩昆布。練乳プルーン&イチゴ。煎茶。ソーダー水。満足なり。

 週末に大学センター試験の監督。これは気が重い。居眠りしたり、携帯が振動したり、独り言を言ったり、暖房温度を間違えたりすると大変なことになる。受験生は神経過敏になるからなぁ。なんとなくマスメディアは、試験会場や監督が事件にならない事件を起こすのを、鵜の目鷹の目で、全国津々浦々まで見張っているようじゃ(笑)。大昔の、別の大学では、今で言う瞬間居眠り症(病名を忘れた)の人が、ちょっと椅子から身体を落としただけで、大学中蜂の巣をつついたような問題となった。

 入学大学で、将来定年まで決まるような世情や、一点差で天国地獄が別れるようなシステムは、惨いのう。歳を取ると、多くのことが馬鹿馬鹿しく思えてしまう。そう言うシステムを作る人はどんな人種なんじゃろう。きっと、高齢になって「なんて、馬鹿馬鹿しいことをくそまじめにやってきた人生なんだ!」と、悔やんで居るに違いない。余は悔やまなくてもよい人生を、今からでも遅くはない、お前達の父母は泣いておるぞ。すぐに原隊にもどれ。いや、死ぬまで気がつかない人達が社会の中枢にいるような、悪い予感がした。なんて惨い。いや、あほくさい。

 進歩、発展、改良、……。
 なんて馬鹿馬鹿しい。飽き飽きした。
 停滞、保守、復古、アンニュイ、月並み。普通、……。
 なんて素晴らしい。輝いて見える。

 本日も葛野で早朝から、しこしこまめまめと校務した。
 ついでに、今春おそくに、講演会に出るお勤めが回ってきた。瞬間なやんだが、つまりは、二階建てトロッコ図書館列車ジオラマの意義と考究を話すことにした。なかなか、うきうきしてきた。一方、1/150縮尺の「警察署(KATO製)」を、何が何でもそれまでに「図書館」に改造しなくてはならない。細かい作業なので、いささか気が重い。屋根がすぽんと抜けるから、これを外して、書庫や閲覧机やOPAC用PCを、それらしくセットする必要がある。米粒みたいなシールに「PC」とか「机」と書いて、ぺたぺた貼ることも考えたが、それじゃ、ものすごく馬鹿っぽいことになるなぁ。

 夕方、副長補佐と個人課題の話をし、ついでに教材機関誌「Truth」の編集方針を若干相談した。卒業生特集や顧問巻頭言は大体毎年のことだが、新機軸をだすのか出さないのか、まだまだ考慮中のようだ。変わらぬことに佳さがあり、かつまた変化の中に美が生まれる。編集長は毎年変わり年間4冊を手がけるが、その門出が4月号。これもまた、どんなものが出来るのか、うきうきしてきた。
 

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2009.01.15

小説木幡記:2009/01/15(木)せかせかと皆が仕事

 本日夕食は、鯛の焼き物、アサリ汁、中国野菜と卵炒め、韓国ビビンバ(市販品)、カボチャとレーズン煮、漬け物、煎茶など。食が進みご飯二膳。

 早朝は7時過ぎに葛野到着、朝のお勤め、もろもろ。午前中は二科目の共同演習作品講評、および各人事前評価スリット手渡し。助勤4名はそれぞれの科目で、一年間最後の務めを果たしてくれた。感謝。2008年次幹部達、全員がほっとしたことだろう。

 本日は月例会なので欠席一名を除く9人参加。新人1名。10人の気の良い倶楽部隊員たちと昼食にケンタ各2ピース。2月施行の新人事を八代局長から口頭告示した。新人は三番隊に即日編入した。いくつもの報告審議があったが、1時前に完了。

 1時~2時まで、総会兼卒業記念懇親会・新誠会の幹事二人と基本枠を相談。幹事長は授業で欠席。新三番隊長が記録をとった。

 研究室に戻り温度確認、相変わらず極寒の16度C。会議直前に温かい屯所を覗くと、上級生4名と下級生数名が大掃除をしていた。午後一番の重要会議に出席、4時終了。会議内容は極秘(笑)

 また屯所を覗くと、寝そべって漫画を読む者(誰じゃ!)、せかせかと倶楽部仕事をしている者、引き継ぎをしている者、シュレッダーで書類を粉砕している者、……。多様なり。余は極寒の研究室にこもり、校務の続きをせっせとやった。尽きない。

 さて木幡の夜。
 さすがに、疲れ申した。今夜はLostのシーズン3の4巻を観ようと思っていたが、もう、目がふらふら。寒いからねむるとするかぁ。

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2009.01.14

小説木幡記:2009/01/14(水)古墳、教授の死、会議、倶楽部

 夕食は焼きそばだった。太めの中華麺に野菜たっぷり、極上の牛肉がほんの少し(笑)、そして刻みニンニクを油で充分に炒めたものが味の秘訣、のようだ。デザートは「イチゴに練乳」。余は煎茶と、ソーダー水を仕上げにした。

 最近古墳の話があった。NHKニュースだったが、奈良県桜井市の茶臼山古墳を、橿原考古学研究所が戦後60年ぶりに再調査するとのこと。全長200m以上の前方後円墳。おそらく西暦300年前後のものと推測されている。つまり、大和王権発祥の古墳の一つなんだろう。すでに、緑色玉杖が発見されていて、以前に写真を見たが、素晴らしい色合いと杖のカーブのなめらかさに驚いた記憶がある。調査代表に「寺澤薫部長」という名前が耳をかすめたが、例の(笑)邪馬台国纒向遺跡で著名な研究者だったはず。おもしろくなりそうだなぁ。

茶臼山古墳(すぐ北に三輪山があります)

 もう一つ話は、~。忘れた。確か、関西。仁徳天皇陵か応神天皇陵の近所の220m級の古墳話があったのだが。

 NHKニュースで、中央大学の電子工学教授(45歳)が今朝10時半ころに研究棟のトイレで刺殺されたようだ。未知の方だが、哀悼の意を表したい。40代前後に教授就任と言っていたから、若くて優秀な方だと想像した。余はねっからの文系軟弱の徒と自称してきたが、実は理工系の方達の方が知り合いが多く、なんとなく話しやすい。亡くなった先生も、同じ大学なら話しかけていただろうと、思った。

 多くの大学キャンパス、研究棟や教室は、ホテルと同じく公道のようなところがある。中央大学のような大規模大学だと人の出入りも激しい事だろう。余の通う葛野のキャンパスは真珠のように可憐な大学だし、警備室も365日、24時間機能しているので、安全とは言えるが、ニュースを聞いて、震え上がった。やはり、大学は公道なのだろう。気をつけよう。それにしても、大学に刃物を持ち込んで、人を殺めるとは、世も末だと思う。

 今日は、午前中からずっと会議だった。3つあった。最後の会議が3時間半あったので、疲れた。途中忘れ物に気がついて研究室にもどると、屯所に灯がついていた。覗くと、副長と書記局長とが倶楽部の仕事を大机の上でしていた。教材・機関誌を各地に発送する準備のようだった。それから2時間後、暗くなってやっと会議室から戻ると、まだ灯が付いていた。覗くと、同じ二人がPCの前に座って、倶楽部の別の仕事をしていた。葛野図書倶楽部2001は伝統的に最上級生になると、ものすごく働き者が多くなる(複雑なニュアンスじゃ)。ありがたい。合掌。

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2009.01.13

小説木幡記:2009/01/13(火)

☆ カニやだし巻きや
 今夜の夕食はカニ雑炊だった。熱燗をオチョコ二杯いただきながら、むき身のカニをつるんと喉に滑らせた。日本の食事はうまい脳。余は外で酒を飲むと、緊張や喧噪故か悪酔いするが、木幡だとそうでもない。人間は、不思議な生物なり。

 昼食は、珍しくローソンに寄って(いつもは、ファミマとかセブンイレブンとかサークルK)「だし巻き弁当」にした。380円くらいだったが、ふむふむの味なり。

☆ 石油ストーブと電気温風器
 そうそう、早朝から葛野仕事をしていた。間が悪く先週くらいから研究室の暖房が壊れていて、電気ストーブを借りている。半日つけても室温16度だから、なかなかにふむふむ。しかし途中で係のオジサンが、「せんせ、ファンヒータタイプの石油ストーブをお持ちしました」と、ドアを叩いてくれたが、相談して「結構です」となった。余は20年来木幡も葛野も、石油系暖房を使用していない。神経質な割りには熱中すると周りのことをすべて失念するので、止めておいた。そうだった、来月に棟全体・全部屋の冷暖房を新品にするようなので、今の故障はなにかと不便邪脳。

☆ ハサミでちょきちょき2時間
 ところで、木幡仕事の一つを披露しておく。以前に、随分複雑怪奇な多視点評価をしているとどこかに書いたが、余はその結果を正式な教務システムにぶち込む前に、学生に項目の沢山印字されたスリットを渡している。不服申し立てがあれば、聞き置くため。
 一人あたり、A4判横幅全体を使い、12項目程度の内容だが、印刷したA4判用紙が自動切断されるわけじゃない。
 それをいちいち60名とか80名分、ハサミで切っておったわけ。高級取りの余がハサミを使って2時間近くも遊ぶなんて、なんたるこっちゃ! と、批判されるのを覚悟して、心をこめてハサミを入れていた。

 教育とは、無駄、無駄、無駄、無駄の積み重ねなんじゃと、わかったのがこの十年。いちいちスリットを手渡しても、受け取る方は点数を一目みて、ビリリと破り捨てるだけのものじゃ。
 だが、……。まあ、言わぬが花なり。

 ところで、業務改善としては、一人あたりA4判一枚を使って、克明な考査を書いて渡せば、ハサミが不要になるな。ただし、紙代がアップする。プリンタートナー代も高く付く。費用対効果。心・費用・労力対効果。まるで、米流マーケッティング思想になってしまう、ふん馬鹿馬鹿しい。と、言ってしまちゃ、おしめぇーよ。
 教育とは、穴の空いたバケツで、プールの水を汲み出すようなもの、とはエライ校長先生が昔、言っておられた。

☆ 帽子が好きな八代局長
 人の気配がしたので屯所を見ると灯りがついていた。のぞくと、第八代局長殿が電気を半分だけつけて、締切作業を黙々とやっておった。若々しい帽子をかぶっておった。昨年末に見て以来だからひさしぶりだった。
 局長の顔見せもあったので、午後に、助勤4名と余とで、最後の助勤打合せを行った。いろいろ課題はあったが、重要課題について、余の考えにほぼ一致したのが経理局長、80%一致が局長、60%一致が副長、40%一致が書記局長とあいなった。論が割れたことになる。4人とも同年齢同性、同一環境であっても、気質や物の考え方が異なるという、当たり前のことにあらためて気付いた。

 余は、判断分岐においては、持論は確固としてあるが、どんな方法をとっても行き着くところに行き着くという諦念というか「定め論者」なので、今回は局長の論に多少色合いをつけた程度にした。色合いとは、副長よりの「心」を深く刻みつけた上で、……。という塩梅なり。
 なにやら分かりにくい話に思えようが、つまり、人は多様である、という単純なことを書いたつもりだ。多様に対するには、多様であればよかろう。ヴァリアブル。可変に進むのが、今の余の趣向かな。

☆ 金太郎とか展望読書列車とか、話題
 夕方になったので、研究室にある「嵯峨野鉄道図書館ジオラマ」を走る列車編成について種々考え実験した。温泉列車だけでは単純遊興にすぎるので「展望読書列車」をつくり、「温泉ボイラー・岩風呂温泉・展望読書列車」の編成に落ち着いたが、牽引車について悩み出した。このジオラマは、急坂急カーブの程度が甚だしく、「金太郎」でさえ走らない。小型ディーゼル車を重連にすると、押し出す時に脱線する。結論は、大歩危トロッコの牽引ディーゼルとか、なんと、京阪ダブルデッカーの動力車を重連にした。
 ……。と、るる記すと、何を言っているのか分からない文章になるので、止めておく。いずれ写真入りできっちり説明する。

◎そろそろ木幡の夜も更けてきた。Lostのシーズン3、4~6巻があるが、見るのは週末の楽しみにしよう。寝不足になるでのう。

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2009.01.12

小説木幡記:2009/01/12(月)葛野も木幡も超過勤務なしの日々です

 今日は祝日だったようだが、朝からいそいそと葛野に出向いた。部屋の灯りからして、二三の先生も登校していた。ある程度の範囲で教員は時間配分を自由裁量できるが、企業幹部と同じで、逆に勤務時間外というものが存在しない。盆暮れ日曜休日深夜早朝、必要に応じて身体と脳を動かすが、超過勤務手当なるものは存在しない。一番近い仕事として、中小企業の親父さん、社長! に似ていると故師匠が話していた。なるほど、そういうところもある。

 で、わざわざ出向いてやったことをは何(笑)。

1.お金勘定
 研究教育用の予算があって、図書雑誌その他消耗品を自分で管理している。ちょっと置いておくと領収書や請求書が散逸して、わけがわからなくなるので、今日は新年最初の経理仕事。脳はほとんど使わず、表計算ソフトウェアに立ち向かって数値を入れていた。たいした量でもないし、これまで少しずつやってきたので、大丈夫なんだが、なんとなく記憶と領収書とが合わず、悩みながらこなした。

2.研究報告書
 一年間のまとめのうち、研究内容の実績を報告しなければならない。まだ通知もないし、締切も3月上旬のはずだが、毎年のことだから、今日は最初の筆入れをしておいた。ところで若い人や才人に多いが、比較的困難な仕事でも、ギリギリになって一挙に仕上げようとする人が多い。優れた人はそれでつじつまを合わせられるようだが、余は幼児期以来手がおそいので、少しずつ進める事にしている。今日第一稿をすませファイル保管しておき、一週間後にまた追加し、さらに一週間後に修正し、そして締切が通知されてきたなら、締切の3~5日前に、それこそ一気呵成に仕上げて送ってしまう。あとは、完全無欠に忘れる。
 しかし、研究はいつも普請中なので、「昨年は、こういうことを研究し、こういう成果が一年後に見事でました!」なんて、絵に描いたような作文を書ける分けがない。嘘嘘しい世の中じゃ。余は、誠の心で真しか書かない。だから初稿を読み返すと、「ところで、一年間で、どうなりましたの?」と、自問自答してしまっておる。ふむふむ。

3.委員会仕事
 これは締切が週末なので、そろそろ第三稿に入った。テーマは「学生と教員と授業」という、今そこら中で流行りのことだ。というか、こういうことを大々的にやらざるを得ぬほどに、大学は昔と異なってきた、ということなの邪ろう。いろいろな大学で、いろいろな工夫をして、授業改善(教員改造とか学生改造?)をやっているようだが、~。

 お馬さんを水辺に連れてきて、水を飲まそうとしても、お馬さんに水を飲む気持がなければ、水を飲めば体力が回復し身体や脳によいことが分かっていても、水を飲まない。水辺まで連れてきた甲斐がまったく無くなる。
 「こっちのみ~ずが、甘いよぉ」とでも、連呼してみるか(苦笑)。

 余は、このテーマに付いて論議することを、ここ数年間はなから反対だった。
 どんなに手を尽くしても、駄目な教員や駄目な学生や駄目な大学は、存在する。つまり水を飲みたくない学生や、甘露水なんか目じゃない大型大学もあるし、なんとぉ酒しか知らぬ教員も、ある割合で必ずおる。
 その割合の多寡の問題なんじゃ郎。

 しかし、今日は時間のゆとりがあったので、約30分間ひさしぶりに脳を使った、絞り出した。
 結論は出た。
 しかし「謎」はそのままにしておこう(笑)

4.教材製作
 以上の1~3を完了し、約30分休憩したころには日が落ちていた。
 余はいそいそと『昭和の「鉄道模型」をつくる(講談社)』26号を引っ張り出して、Nゲージのレールを固定化する箇所を読み直した。現在35巻目までの解説を終えているので、次号以降はレールを固定化した方が良いと思ったからだ。つまり、建物工作はすべて完了し、あとはジオラマに道路を付けたり、植樹をしたりと仕上げに入ることになる。もっとも、50巻で完成だから先は長いが。
 レールを何カ所か両面テープで留めて、クリアセメダインを線路の両脇に塗っていった。すぐに終了したので、約20軒の民家や劇場も、ついでに基盤に貼り付けた。
 接着は神経を使うので、終わった頃には外が真っ暗になっていた。

*.夕食
 タラの水炊きだった。たっぷりと大根おろしを使い、柚の千切りをまぶし、ポン酢をどぼどぼと使って、白いタラを沢山食べた。うむ、まだまだ食欲がある。生きている証であるぞ。

追伸
 手は動かしたが、相変わらず脳の動きはとろりとしていた。約30分間、CPU稼働率を上げたが、それでもせいぜい60%程度だったなぁ。日頃は稼働率3%で、ほとんどのことは我が身を自動化しているのだが、研究内容については、本気で90%まで連日稼働させないと、脳が腐る脳。

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2009.01.09

小説木幡記:2009/01/09(金)悪酔い日記

 正確に2004年3月5日(金)京都伏見の「黄桜」事件で、2003年次「葛野図書倶楽部2001」を送別して以来、余は外での酒量を極端に抑えてきた。要するに、乾杯に飲むビール、コップ一杯としてきた。
 なぜそうなったかは、今を去る五年前、2004年当夜の余は手洗いでぶっ倒れて、一番隊長2004が男子手洗いまで捜査し中に入り声を掛けるほどの失態だった。当然そのまま、2003年次ご隠居たちと親しく語らう間もなく、呼んでくれたタクシーに押し込められて、木幡に早々と帰還した。昨夜の事のように鮮烈に思い出される経験だった。早い話が、隣に座った「底なしザル」のご隠居に、ついほだされて原酒を「うまい、うまい」と飲んだあげくの生涯痛恨の失敗だった。

 さて今夜。伏見桃山「和こう」で復興カナーン96の新年会があった。過去の隆盛いまやなく、顔ぶれは橋本船長とツオイエ君だけとなってしまった。彼らもはや40代、出会った頃が20代だったから、牛タンをつつきながら、光陰切々と味わった。「時」は平等とはいいながら、早い、速すぎるなぁ。

 で、余はきっちり小ジョッキ一杯のビールに限定した。両名はそれぞれ大ジョッキ4杯を飲んでいるそばでのことだから、修行僧じみてくる。何を食し話したかは、もうよかろう(笑)。陰謀うずまく濁世を三人で悲憤慷慨していたと言えば、それにつきる。

 そうそうメモリーが馬鹿安になったとか、SSD(つまりシリコンディスク)が流行りになって、それでRAIDするのがかっこよいとか、~。いよよ、涼夏2009PCの出番じゃねぇ、とか。も、話したな。

 結論をのべよう。
 7時から始まって、丁度8時半ころに余は異変を感じだした。たった一杯の小ジョッキは既に8時頃(笑)空になっていた。動悸が高まり、座っているのが億劫になってきた。胸苦しさを味わいだした。昔の酒酔い、黄桜の夜を思い出し始めた。いろいろ手当てした。しかし結局9時に外に出て、ベンチに座った。ツオイエが茶を買ってくれた。船長が背中をさすってくれた。顔色が白くなったきた。冷や汗がでてきた。ツオイエがセータの上から「汗が滲んでいます」と話す声を聞いた~。

 9時10分に橋本船長の肩をかりてタクシーに乗った。9時20分に木幡に戻り、服を脱ぎ、そのまま床に入った。
 そこで、今夜の一番のトピックスがあった。
 余は、はっと気がついて背中のペッタン懐炉をはずした。すーっと、汗が引いていった。楽になった。10時にはごそごそ起きだして、茶を飲んだ。そして今、MuBlogを書いている。

 1.当夜の和こうは暖房が効いていた。満席で喧噪はなはだしかった。余は、喧噪に弱い蒲柳の質なり。
 2.寒さに対応してペッタン懐炉やセータや、ダウンジャケットやオーバーや、一杯着込んでいた。
 3.要するに、体温調整に余のホメオスタシス・システム(自動体調完備システム)が失敗したようだ。

 アルコールと喧噪と高温の部屋を出、余は大量の発汗をしたことで、わずか30分ほどで元に戻った。まだホメオスタシスが機能していることを実感した。しかし、悪環境要素が重なってくると、余は単純に変調をきたすことが、まざまざと分かった。いわゆる失神状態になるわけ(爆)。

 今後も宴会では、ビールコップ一杯を原酒じゃなかった、厳守しよう。小ジョッキも余の適量を超えていることが明確になった。人は幾つになっても、学習するものじゃ脳。長生きしよう、皆の衆。

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2009.01.08

小説木幡記:2009/01/08(木)右か左か

 今日も葛野では、会議や会談や、面談その他、いろいろな人の話を聞いた。余も話した。そして気がついた。
 余は人の話をよく聞いて、その上で自由自在に右、左と分けている。間に残る灰色空間(グレーゾーン)が極めて少ないことに気がついた。判断が速いとも正確とも思っていない。根底に、右にしても左にしても、いつかこの世とおさらばさ、という諦念が深くなってきていることに、気がついたのだ。

 判断の成否を問わなければ、人生は楽になると、思った。もちろん、結果が重いことについては、相手がいる場合は結論を濁したり、逃げたりしているが、それは生活の知恵であって、内心は決定的に決定している。実に簡単明瞭、単純なことだ。しかるに、年令が若くなる人に限り、年令に応じて灰色ゾーンが多くなる。右せんか、左せんかで、充分に悩む姿が悩ましい。

 どの道をたどっても行き着くところは終着点。ならば、どちらでもよい。ただし生きてきたスタイルがあるから、そのガイドには従う。自分自身が自分のガイドという、これも気楽な方法だ。

 物事の成否、善し悪しを考えすぎると、うまく行かない。いや、うまく行くということも、多くのうまく行く方法の一つに過ぎない。そして、うまく行ったかどうかを他人の判断にゆだねず、自ら判定すれば、それで済むことだ。殆どの人生不全症は、判断を権威や親や友人や、他人(両親も)にゆだねるから不全になる。

 我、生を了解した。
 ところで。
 「島図書館」の海は海らしくなるかな? 樹脂を流すか、クリアボンド数本で工作するか、どちらがよいか悩ましい(笑)。
 結論。両手法を、海ごとに試せば良かろう。
 それだけのことだ。

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2009.01.06

小説木幡記:2009/01/06(火)年頭の失念事項

1.Webページ(ホームページ)考
 関与する葛野図書倶楽部2001でもホームページ(HP)を一番隊が管理しているのだが、実は余も葛野から長年重々しいWebを公開している。しかしこの数年はMuBlogに気持が移って、それこそ閑古鳥、手を付けていない。
 2009年のこの1月、なにかしらそれが思い出されてならぬ。

 昨年木幡では、紺屋の白袴というか、十数年来のISDNという、つまり昔の通信回線64Kbpsをやめて、念願の光ファイバー仕様にした。一戸建て用の公称100Mbpsだから動画も見られる(笑)。しかしそれにした最大の理由は、そろそろ木幡直接Web発信にしようと思ってのことだったと、いまさら思い出した。

 blogであれwebであれ、自家直接発信のメリットはあまりない。設定、メンテナンスからトータルに考えると、クラウドコンピュータではないが、たとえばこうしてniftyに毎月支払いをしながら、MuBlogを発信する方が、コンテンツ重視でよい結果がでる。

 しかし、問題はデータを人質に取られていることだな。昨年も、いろいろな事情はあるだろうが、突然ファイル転送容量を一度あたり1MBに制限された。これで、動画計画は破綻した。まして多量の写真を送るとなると、手間が何倍にもなる、……。なによりも、解約と同時に人質データは雲散霧消する。これは怖いことだ。以前の余ならば、バックアップを取って、~、いろいろ実験もし実際にバックアップも取っているが。とったバックアップファイルから、今のMuBlogを再現するのは、なかなか困難なことだと、弱気になった。要するに他人の家で、土俵で、勝負するのが難しく、結局肩身の狭い思いをしだした。

 とは言いながらもniftyから離れないのは、実はblogシステム(ココログ)がだいぶ成熟している事情にある。慣れもあるが、これだけのシステムを自家製で動かすのは、余の隠居仕事としても手に余る。使える物は使えばよい、という最近の余の哲学からは、MuBlogはこのままでよいのだろう(笑)

 しかしWebページは別に考える余地もある。
 巻頭に記した、1996年に発信しだした「テキストと情報学」というWebがある。荒野になっておる。これを光ファイバーの威力でもって、木幡発信するのも悪くないと、この新年に思い出した。
 いつ、どこまで出来るかは分からないが、niftyココログを上回る上等なblog様式を得られない、作る気力がないなら、別の自家製Webという原点復帰が残された道だな。

2.もっと楽しいRPG-MuBlog考
 そうだったんだ。MuBlogはもっと楽しい物にするつもりだったのだ。RPG(ロールプレイングゲーム)世界のような。
 いや、誤解を招いてはならない、世情のゲーム紹介をしたり、キャラに振り回されるゲームblogのことじゃない。記事内容は相変わらず暗くて重くて辛気くさい、それでよい。
 ただ。
 ~
 要するに、迷路や罠があって、使って達成感や冒険を味わえるような、RPG世界構造をblogで作りたかったのだ、と思い出したのだ。
 さて~、どうするのか? わからない。いや、ぼんやりと考えはある。

 手始めは、MuBlogの概念図を一つ作ろう。別の言葉で言うと、Mapが最初に示されるRPGーMuBlogだな。
 ……。
 と、思って実行されるのは、本当の隠居仕事。
 こんどまた物語世界。

*.年頭のまとめ
 こうしていろいろ楽しみはあるのだが、今夕も葛野から帰って、ぐったり疲れている我が身に気付いた。
 ……。
 冴えも切れもなく、鈍重な重い剣になった気分だ。重い剣を振り上げる力もなく、ドスンと岩を叩いた。そんな気分だ。他方、食事も風呂も気持ちよい。相変わらず「消灯即起床睡眠」の世界におるのだから、良しとしましょう。

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2009.01.02

小説木幡記:レッドクリフや相棒や:正月から遊興三昧

 正月松の内に額に縦皺もなかろうと思って、昨日一日は遊んで暮らした。
 今日もそうなるだろう。
 今日の予定は、Lost シーズン2 vol.10~12、いやおめでたい正月だ。

昨日元旦
 午前10時ころにお餅を3個、自家製の棒鱈、黒豆が美味しかった。両方とも絶妙の味と知ったが、手間暇はかかっておる。黒豆は本来は、4時間ころころと煮、さらに一晩置いて、また4時間らしい。そこまでは無理なので、圧力鍋の助けを得た。デザートは宇治橋東北端の和菓子、甘味噌したてでゴボウが挟んであった。
 余にもわずかながら年賀状が届いていた。家族写真が多く、一家の安泰が一目でわかった。よい正月ぶりだった。

レッドクリフ:赤壁
 午後すぐにRSに乗って京都御池の駐車場に停めた。丁度寺町通の地下にした。駐車場はたっぷり空いていた。あとは随行のエドルン君にすべてまかせた。三時半からの上映だというのに、2時前のチケットは満席で、席は前から二列目Bの端だった。元日は一人千円だった。そうそう、新京極の三条よりのMOVIXで、劇場番号は紀伊國屋の上階11シアターとなっていた。

 駐車場から映画館へ行く途中に、寺町通の御池よりに「上島コーヒー」が開いていることを、めざといエドルン君が覚えていたので、チケットを買ってまた戻った。余はケッタイな珈琲を選んだ。柑橘類が入った珈琲で、余には前代未聞のものだった(笑)。その後、紀伊國屋に戻って、しばらく時を過ごしたが、余は何も買わなかった。エドルン君は、なにかしら入手したが、プライベートな事なので聞かなかった。新作コミックスかなぁ~。

 肝心の映画だが、二人で爆笑寸前がずっと続いた。いわゆる昔風の豪傑がこれでもかこれでもかと格闘技を見せてくれて、スカッとした。なぜ爆笑かというと、強豪たちが次々とマントつけて現れて、敵を「これでもか」というほどにたたきのめす、その漫画的リズムが快感だった。「幽遊白書」の魔界を統一する一大トーナメントを思い出したり、ドラゴンボールのように敵実力度を数値で表したら、関羽はどうだ、張飛はどうだと、心中笑いこけながら眼前のスクリーンに埋没してしまった。三国志の豪傑たちを映像化すると、どれもこれもが、ラストモンスターじみて見えて、槍の穂先に突き刺さった兵士が宙を舞うのだから、でっかい長刀がまるで小型ナイフのように見えるのだから、現実感が融けて、新しい漫画的現実世界にはまってしまった。

 しかし気に入ったのは諸葛亮・孔明の金城武君だった。なにかユーモアと皮肉があって、ひと味ちがった孔明が描かれていた。孔明だけ、今で言う着流し姿で敵情を視察するところとか、呉の孫権に拝謁したときの立ち居振る舞いが中性的で、いささかニヤリとしてしまった。

 圧巻は、孔明がしかけた、亀の甲羅模様に合わせた八卦陣だった。こういうのを大画面でみると「映画」というもののすばらしさが実感できる。パンフレットにはそのスジの専門家が、丁寧に八卦陣の由来を解説していた。木幡に帰って読んでみたが、これが1800年前、西暦208年、邪馬台国が生まれる直前の話なのだから、中国って国は、どうにも凄まじいものだと思った。

 そうそう、魏の曹操の悪人ぶり、いかにもヤーらしい描き方が良かった。ヤーらしい悪人が80万の軍を率いて長江を下る全体イメージは、恐怖が川をおりてくる、そんな感じだった。だからこそ、孔明の軍略、策が迫力をましたのだろう。悪武と英知。この分かりやすい対決がよかったなぁ。パート2がいつ上映されるのか、ともかく楽しみな「赤壁」パート1だった。

相棒
 夕食をいただいてうつらうつらしていたら自然に午後の9時になり、「相棒」を見た。結局夜中の11時半まで席を立てなかったのだから、日本のドラマもなかなか良い物だ。相棒のカオル君が出ないと知っていたので、どうなるかと心配したが、違和感はなかった。
 まだ木幡には、未見の「相棒」劇場版DVDがあるので、正月中に見てみよう。

というわけで本日はLost三昧
 今日は終日LOST世界に埋没することになる。
 まことに、目出度い正月だ。

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2009.01.01

小説木幡記:2009/01/01(木)元旦朝から初心

JR EH500形電気機関車(TOMIX)
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元旦朝から金太郎(EH500)
 起き抜けに手に触れたのが電気機関車EH500通称「金太郎」だった。余が余程に執心しているのも事実だが、それだけではなくて現代の鉄道模型水準に、あらためて感嘆したわけだ。

 このEH500のEは電気機関車、Hは車軸が8本(動輪が16個になる)あるという意味で、500はシリーズ連番だと思っている。

 写真は葛野にある「高台の図書館」を試験走行する金太郎で、後日説明に使う予定のものだ。元日に、はやばやと予告解説をすると、金太郎が段差の激しいY字ポイント部分を、青く塗られた重い改造図書館列車をやすやすと牽引しているところだ。写真では7軸の車輪しか見えないが、その総てが9ミリ幅のNゲージ・レールをきっちり追従している様子が良く分かる。右側の客車は、大歩危トロッコ号が待避線に入っている様子だ。

 元旦の朝、真っ先にイメージしたのは金太郎が強力な牽引力をみせて、段差の多い急坂急カーブを、脱線もなく実にスムーズ、無音で走る姿だった。そして、こういう走りを見せるEH500金太郎が眼前にあり、それを作る技術が日本のメーカーにあることに、喜びを味わった。

平成21(2009)年のご挨拶
 昨日にながながと2008年の締めくくりを木幡記に書いたとおもったら、もう新年になってしまった。
 本年もMuBlogは日々しかしかと暗くて重い記事を載せていくつもりだ。暗くて重い記事になるのは、これは主筆Muの特性だから、変えようがない。

 と、新年早々開き直った書きようだが、機嫌が悪いわけでもないし心身不調でもない。心は読者の多幸を常に念じている。袖擦れ合うも多生の縁、いつかどこかで別の次元世界で、過去か未来かすっとすれ違った見知らぬ人達や、そしてまた既知の人達の、誰一人としてその生を無駄無意味と思うことはなく、ひたすら幸を願い祈念するのがMuBlogの視点と、気がついている。たまたまMuBlogは世間とは異なる資質で動いている。それが多生の縁の中で同類を見付けやすくするシグナルなのだろう。

 というわけで今年も、余の存命の間にblogというシステムを人類が手にしたことを、心から、祝うものなり。
 多くの人達が、これまでの人類史になかったblogの意味を味わってほしいと、よそ事ながら今朝思った。

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2008.12.31

小説木幡記:2008/12/31(水)大晦日平成20年(2008)

 こうして2008年の12月31日が、ゆるゆると過ぎていきます。木幡研にはマタリン翁の遺影と金魚君がいるだけで、無人です。ぼんやりしています。至福の時間です。

 電話もない、手紙もない、メールも来ない。来客など十年来ない、この静謐な木幡研にも、大晦日は訪れるわけです。年越しの神に「ありがとう」と、語りかけながら、今年最後の「小説木幡記」を記しておきましょう。

1.日曜作家 浅茅原竹毘古はいずこに~
 今年(2008)の三月に、定稿『化石の村』を発表して以来、不調でした。筆がすすみませんでした。この十ヶ月かけて新作未公開の『湖底宮』を、原稿用紙でやっと150枚書いた程度でした。別サイトの「小説工房」は閑古鳥が鳴いておりました。平日作家なら、おそらく首をくくる羽目になっていたことでしょう。まだ、毎日美味しい物をたべて、よく眠られるのは、日曜作家だからこその幸せと、痛感しました。

 まだまだ気力はあるので、書けない理由は文学的には明確ではないのですが、他の要素が入り込んできて、そちらに全身全霊が向いてしまったと、言えるでしょう(笑)。人は、文学・小説だけで生きているわけではないと、この年令になって気がついたわけです。物分かりの悪い相当なオクテだったと、自覚しました。
 しかし、第四作『湖底宮』はやがて書き起こされるでしょうし、探偵司書小泉佐保シリーズ最終巻「嵯峨野篇」や、別系列の「三輪山幻視」が待っていますので、読者の皆様、ゆるゆるとお待ち下さい。

2.二階建て図書館列車考:鉄道図書館ジオラマ
 こちらはものすごく充実した1年を過ごせました。みずからを「叩きモデラー」と定めたとたんに、解放感につつまれて、日々どんどん作品がしあがって行ったのです。ただし、ジオラマ(レイアウト)の本質的な特性によりすべて普請中なので、読者に「どうだい、すごい完成度だろう。うふふ」と、言えないのも事実ですが。

 いま問題を味わっているのは、「未来の図書館」として、Nゲージ・ジオラマの中で、作成した世界がその対象(オブジェクト)自身のこととして、「わたしは、書庫のある二階建て図書館列車です」とか、「わたしは、図書館列車の中央基地としての、図書館本館です」と、語りかけてこないことです。
 レール幅9mmの極小精密モデルを、技術なく根気ない状態で創作・改造するのは無理だとあきらめています。これを解消する一つの方法は、厖大なMuBlog記事を書き、教室にモデルを運び込み、授業で「未来の図書館列車なのだ!」と話し込むか、大学オープンキャンパスで、もっと充実した「図書館列車運行」を計るしかないようです。

  嵯峨野鉄道図書館ジオラマ
  ○邪馬台国周遊図書館(カテゴリー) 
    最近影も形も見えませんが、すでに邪馬台国三輪山基盤上で列車は走っています。
  ○N2高台の図書館(カテゴリー)
  ○N4島図書館トロッコ列車(カテゴリー)

3.風雪梅安一家
 今年は、Joさんと随分あちこち出掛けた記憶があります。蚕ノ社とか蛇塚。恭仁宮と紫香楽宮。高島市の継体天皇故地とか。肝心のふうてんさんこと「梅安」さんが、いっかな関西に出向いてきません。来年こそは、三人そろい組で、吉野や和歌山に出歩きたいです。

  木嶋神社の三柱鳥居:魔界巡礼秦氏の謎
  私の京都:蛇塚古墳:魔界巡礼秦氏の謎
  恭仁京と紫香楽宮 (0)はじめに
  白髭神社と鴨稲荷山古墳:近江の継体天皇 (0)はじめに  

4.葛野図書倶楽部2001
 今年も充実した一年間でした。
 1月には第八代局長2008が生まれ、同下旬には新任幹部4名と終日の会議を持ち、2007年度の「共同演習」の栄光と悲惨さを、徹底的に語ってもらいました。演習は3~4ヶ月かかる長丁場で、見知らぬ学生5~6名のプロジェクトとして、そりゃ、端からみている顧問でさえ、涙無しにはかたれないほどの苦痛の日々なのです。それを乗り切った幹部達は、よい記録を残してくれました。結果は経理局長2008が鋭い筆のノリでまとめあげ、無事機関誌Truth23号に掲載され、好評をえました。
 ひと言で言うと、主に局長の意見から抽出した「可変・スケジュール管理」でしょうか。徹底的に可変的な予定を組み、それを毎週定時にメンバー全員でチェックする方法でした。フィードバック、フィードフォワードが有効だった事例です。
 
 機関誌Truthについては、今年は編集長・副長2008を中心に、局長2008と私とで息の切れるような編集会議を繰り返しました。このことで、メンバー全員の筆力も強くなり、また機関誌の毎号の特性も顕著になったと、安心できました。それにつけても、これまでも、これからも副長職は本当に縁の下の力持ちだと、涙無しでは語れません。この年末ギリギリまで、卒論締切を抱え込んだ副長と、若い副長補佐は原稿の整理に没頭したようです。昨夜届いた年内最後の原稿チェックを私が送り返したのは今日の昼のことでした。

 3月には「明治村紀行」、8月にはオープンキャンパス(経理局長の仕切)、そして「Asuka2008 (飛鳥)」、11月には授業支援「生涯学習」(一番隊長がまとめ役)と、例年になく充実しかつ忙しい一年間でした。夏期には3人の新人もむかえ、いろいろな役割を果たしてもらいました。彼女らを含めた今の三年生や二年生が、2009年の主役になっていくわけですaries

 年末に私と、副長、書記局長、経理局長の四人で昼食に「牛タン塩焼き」を食べに行きました。その時、書記局長がいつになく食事速度が遅く「嫌いなのかな?」と一瞬思ったのですが、あとで皆や本人に聞くと「とんでもない!」、牛タンの味わいを、まるで京都の4年間や倶楽部の総決算のように、じっくりじっくり心の底まで噛みしめ味わっていたようでした。その話に、顧問は深く感動したわけです。

  博物館・明治村研修旅行HMK2008
  OC2008:葛野のオープンキャンパス
  飛鳥は石舞台が一番人気でした:Asuka2008研修旅行
  ○葛野図書倶楽部2001(カテゴリー)

5.葛野のこと
 2008年も一年間、無事過ごせました。夏期には「日本の美術史/保