カテゴリー「小説木幡記」の455件の記事

2008.11.18

小説木幡記:2008/11/18(火)もう一つの世界を創る

 何故なのだろうと、自分のことを考えた。

 たとえば小説を書いている。半歳の休憩を経て、大体週に数回定期的に書いている。一番書きにくいのは毎回のスタート時。一番快感があるのは、たとえば原稿800枚分ほどを書き終えて、それを500~600枚に圧縮するとき。時々前後を入れ替えたり、登場人物3人分を一人にまとめたり、逆に一人分を二人に振り分けたり。あるいは結末を変えたり、自由にできる快感が忘れられない。しかし根っからの長編志向なのか、800枚ほどを書き上げないと、その快感が得られない。なのに、遅筆。
 なにか、もう一つの世界を文字を使って文章構造を使って作り上げる欲求が無くならない。多分、もう一つの世界を我が手にしたいのだ。

 たとえば、図書館列車を頭の中で考えている。ずっと考え込んでいる。しかし時々爆発的に、それを眼前に見てみたいという欲求がわきあがる。小さなボードに線路を敷いて、何度も何度もなめらかに走るように調整する。図書館と見立てた建物を、あっちやこっちや、いろんな所に置いてみる。どんな機関車に図書館列車をひかせるのか、時間をかけてモデルを捜し、ときどき改造する。図書館列車は市販モデルを大抵改造してつくる。
 ようやく線路や他のものがイメージとしてまとまったとき、発泡スチロールを貼り込み切り刻み石膏を溶かして塗りたくり、乾いたら色をぬって、色粉をまぶす。
 なにか、頭の中のイメージを、眼前に見てみたいという欲求が無くならない。もう一つの世界を我が手にしたいのだ。

 たとえば、この8年間ほど学生達と演習授業をやっている。特に支援してくれる学生達には「葛野図書倶楽部2001」という環境を提供し、助勤と名付け、授業構成自体も任せている。序盤では受講生も助勤たちもぎくしゃくする。中盤になって受講生達は「よい作品を作りたい」という欲求が表れてくる。そして助勤たちは、過去の経験を思い出し、新しい作品が円滑に生まれることを願い、そして同時に「うまく行かない」ことを味わう。「なぜ、こうすれば、こうなると分かっているの、こうしないのだろう」と、過去と眼前の現実とを比較する。やがて、受講生達の目が血走り、助勤たちは錯綜する思いの中で、客観的に評価する責務に立つ。
 なにか、私自身が青年時からやってきたことを、助勤達に再現してもらうことを、願っている。助勤達が触媒になって、受講生達が全く新しい作品世界を創る、そのプロセスを眺めている私を発見する。
 私は、私以外の青年が、それぞれの役割の中で、もう一つの世界を生み出す場面を、見つめていたいのだろう。それは、実は私にとって、もう一つの世界を我が手にすることになる。

 現実に倦んでいるのではない。現実は現実として日々創造する過程を見ることや、自分自身が絶え間なく創造する現実の中で、気持ちが温かくなってくる。もう一つの世界を得たいと思うのは、もう一つの世界に立った自分が、現実を検証しているのだと考えた。

 さて。
 その「検証」が、MuBlogの構築だったのだと、今夕、理解した。

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2008.11.09

小説木幡記:2008/11/09(日)死について考えた

 しかし直截、死を考えているわけではない。とどのつまりが、遠近いつの頃になるか分からぬが、考えが死に収束したというお話。
 若い頃なら危ないことだが、今は、死をどれだけ回避して、生を楽しむかという一点につきる。

 何度もつぶやいている。
 夕食後、しばらくすると眠くなる。ほんのちょっとだけ、と思って横になり、明るいなぁと思って電気を消す。次は朝になっている。死とは、この「次」が無いのだろう。確かに夢をみることは多い。しかし確実に余は数時間、心理的には「死」の状態にある。
 何度もつぶやいている。
 死とは、朝が来ないことなのだ。

 木幡でわしも考えた。

★電子図書館とインターネット
 紙に印刷された文字と、ネットにただようディジタル情報と、あたかも図書館のように見えるインターネット世界のことだ。
 まず、インターネットを(電子)図書館とは言えない。これはこの二十年間言い続けてきたが、野原に本や雑誌を山積みして、「これが図書館です」と言うようなものだ。
 インターネット情報が図書館情報に匹敵するには、各記録のデータ構造が分かる状態になること。これは手動でも自動でも、そうする価値はある。
 次に、情報・記録の粒度を自由に再編できるブラウザが必要だ。図書館単位でみるのか、コレクション単位でみるのか、図書単位でか、雑誌単位なのか、各章節項単位なのか。そして単語単位なのか。情報はその粒度によって、記録の持つ意味が変化する。
 今のインターネットは、段落レベルでしか情報を(即座に)得られない。
 
★移動型図書館:鉄道図書館列車
 これは生涯学習に密接に関係する話なのだ。
 人は高級な脳を持っている。この脳が獣の側面でだけ使われるのがもったいない。人類全部が仏陀やキリストになる必要はないが、せめて、可能な限り神仏に近づく方がよい。
 かといって、執着を断つ、欲望を断つだけでは、衆生は生きている値うちを味わえない。
 そのあたりの折り合いを生涯考えることが、余の生涯学習である。
 しからば、そこに鉄道図書館列車はどのように関わってくるのか。
 謎じゃ。
 謎の解明は楽しみにとっておこう。

★島図書館
 今日の午後、夕風呂に入る前に、ようようNゲージの島図書館、レール・レイアウトが定着した。60センチ正方形の中に海と図書館と崖をセットして、眺望よくするにはレール・レイアウトに多少の困難があった。
 コントローラ一台で、6つのレール・ポイントを使い、ショートさせず、しかもリバース運転まで可能にするには骨が折れた。
 肝心の海底展望図書館を島にどう配置するかは、今後の課題。すばらしい生涯学習対応・島図書館が出来るであろう。

★文学映画芸術
 手が付かぬ。
 余はしかし、なにくれとなく断片的に読んでおる。このごろ他人の小説を読むのがうとましいので、自分で短編小説を作ってMuBlogに載せておる。これこそ特注小説。世界に一つしかない物なり。

★そろそろ
 すき焼きをたべて、熱燗で脳をやわらげて、篤姫を見よう。
 人生は、麗しい。
 死は身近で、しかも遠い。

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2008.11.07

小説木幡記:2008/11/07(金)自動車免許証と運転者識別

 このごろ世間情勢について語りたいことはいくつかあるが、どれも爺爺放談になるので止めておこう。言うてもセンナイことが多い。

 さてしかし、自動車は現代日本にとって最強の殺傷兵器だと常々おもってきた。一馬力が馬一頭分の力に相当するという古典的な考えは科学的ではないが、しかしなお、現代の自動車は軒並み100頭分、200頭分の力を出す危険きわまりない潜在兵器に変わりはない。進歩主義的平和論者も、論文に書かれるまでは、こういうことには気がつかないようじゃ(笑)。

 そういう殺傷力を持った兵器を現代社会にすっと溶け込ませるために、運転免許証が必要とされてきた。しかし、運転免許証をチェックされるのは、滅多にない検問とか、数年に一度の更新時期か、別のことで身分証明を果たすとき以外はない。

 自動車にはナビとか高速有料道路通過用にETC装置とかがあるのだから、免許証をセットしないと動かない装置は無いのだろうか、出来ないのだろうか、と思った。ICチップで様々な個人ドライバー特性なども入れておけば、事故や無謀運転も減少するかもしれない。ついでに、赤信号なら自動減速程度は自動車に任せられる。

 せっかく運転免許証に写真がはってあるのに、誰にも見せる機会がない。せめて毎日愛車にだけは「わしが運転するんやで」と、見せてやりたい脳。

 現代技術なら相応の価格で出来そうなシステムだと思うが。しかも、法的にこれからの生産車全車両に搭載するとなれば、ナビ以上に安くなる。自動タバコ売り機が免許証で弁別できるくらいなのだから、免許証と本人顔写真との認証なんかすぐに出来るじゃろう。写真認別がむつかしいのなら、免許証に静脈なんとかとかいう銀行カードみたいな、実用化された方式もあるのう。
 いまどきのレンタカーには、ナビやETCが常備されておる。

 免許停止中とか無免許とか、酔っぱらって運転して人を引きずって走る「獣:けだもの」の話を聞くと、やはり人間の脳はアトムと異なり、良心回路・制御回路が壊れている、要するに脳の一部に欠損のある人間とも獣とも区別がつかぬ輩が、教育か食事のせいなのか、ちかごろ多い脳。

 さて。なぜそんな、自動車に運転者を認識させるシステムが、生まれていないのか。不思議だ。
 多分、ICチップカード免許証がネットに接続して、全国民がいつどこを走っているかを警察庁が把握するのを嫌がる人達がいるのだろう。
 余もそれは厭だけどね。
 ただ、愛車に余を識別させるのは、非常に好ましい。

追伸
 ただし、非常用に約1km程度は、認証不一致でも走らせる機能をもたせておく必要がある。
 高速道路走行中に突然認証システムがミスマッチして、真ん中で急停車されると困る。

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2008.11.04

小説木幡記:2008/11/04(火)PC黎明期と生きた真実

 今朝、心身50%稼働の状態で、うすらぼんやりと考え込んでいた。
「ぼく」の一生のことだ。

 10代末から小説を読んでいた。そして書いていた。小説はすでに「ぼく」の時代に存在していた。
 20代の末頃から、PC(パーソナルコンピュータ)にさわりだし熱中し、DBMSやゲームを作っていた。
 それが30代末まで続いた。
 そのころだったか、源氏物語のデータベース化プロジェクトに参加していた。
 40代になって電子図書館に熱中し、勉強し、研究し、創成のメンバーとして頑張った。
 再度、小説を読み書くことに熱中しだした。
 今になって、鉄道図書館列車構想に熱中し、作り、それとなくMuBlogに発表しだした。これが余生の研究テーマなんだろうと、思った。

 いま、今朝おもったのは、PascalもCもない、ただのスッピンの極小BASICで真珠のようなプログラムを作ってみたいという、痛烈な、胸を突き上げる欲望だった。化粧っけもない、本当のスッピンのゲームを、最小ステップ、最高アルゴリズムを駆使し、作ってみたい。もちろんRPGに決まっている!
 結局、MSやAppleの創始者達も、いずれそんな思いにとらわれるのじゃなかろうか。

 だから、「ぼく」らの時代は、きっとタイニイBASIC時代だったんだ。
 今どき、そんな楽しみは得られないのだろう、きっと。
 ファットな世界になってしまったなぁ。

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2008.11.03

小説木幡記:2008/11/03(月)文化の日の文化的日常

 今日は文化の日で、世間の多くの勤め人はお休みしていることだろう。
 かく申す余といえば、早朝から授業をしておった。さまざまな事情により、大学全体が今日の祝日を授業日にせざるを得なかったわけである。と、そればかりではない。実は、昨日日曜日も余は葛野に出勤しておった。入学試験はどうしても土日に集中し、教員も役割を果たさねばならない。

 余などは、さしずめ、「怠け者の節句働き」にうつるであろう。人が汗水たらしているとき、余はのんびりと鉄道図書館列車の天井をカッターナイフで切り刻み、出来具合にニヤリとしているから、こうなる。人生はプラスマイナスがゼロとなって、平衡を保っておる、脳。

 とこうなると、ずっと連続勤務が続き、普通ならば「Muさん、過労死しますよ。いいかげんに休みなさい」とひと言もかけられて、人のいたわりにほっとするところだが。生憎、そうは問屋が卸さない。「日頃ぼんやりしすぎているから、よい薬です」とか、「せいぜい、おきばりやっしゃ」と、皮肉を言われるくらいじゃ。

 さて。
 しかし授業は、いつになく顔ぶれが少なかった。現代の学生は余の授業の場合、実質受講生(いろいろあってな)の大体9割以上が定常的に出席しておるが、それが7割くらいになっておった。最近の学生は遠隔地が多いが(北のはてから、南の果てまで)、居なくなっていたのは関西に隣接する県出身者だった。丁度、二泊三日の連休に都合良く帰省しておるのじゃろう。無理もない脳。

 そう言うわけで、毎週の月曜と、余の日常は変わりなかった。ただ、身体的疲労というよりも、精神的疲労が積み重なってきた。今日は杖もついておった。軽く頭痛もし、お腹もごろごろ鳴っておる。怠け者がひさしぶりに節句働きをすると、速効で不調になる。今週は、前代未聞(笑)の会議日行事日が続くので、いささか不安になるが、まあよかろう。そういうことがあってもよい。目をつむってオマジナイでも唱えておれば、あっというまに週末になる。それに、もしもの時は歩けなくなり、万事休す。安全弁が働くから、長生きするじゃ老。都合のよいことに、財布も軽い。

 と書き記しておると、自慢の瞑想黙想考究の片鱗もみえぬ小説日記となってしもうた。いかぬのう。これではMuBlog の名が廃る。
 まま、そういうこともあるとして、筆を置くなり。
 (まだ夜の8時というのに、もう、ねむくなってきおった。あはは)

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2008.11.01

小説木幡記:2008/11/01(土)父親たちの星条旗(映画)

不安神経症におののく週末
 土曜日、週末は心身疲れがでて、早朝からぼんやりしていた。昼食は木幡漫画博士に寿司を買ってきてもらい、9つを余が食し、3つを彼に譲った。余の木幡研は、年中虎馬状態なので、貧苦が身にしみておる。宝くじなんぞあたったら、身を滅ぼす予感もするので、当たらぬ事を幸いとしておる。
 
 友達も気付いておるが、余は終生軽鬱なのだ。それが疲労と重なると足が痛くなり、若年より杖突状態であった。その軽鬱の中身となると、むつかしいが、一つは貧苦、一つは未来予知、一つは脆弱蒲柳の質故となろうか。
 要するに、貧乏生活で未来の餓死とはいわぬが、RSも維持できなくなり、PCの通信回線も止められ、電気水道とまではいわぬが、なにかしら爪に火をともす生活の到来、そういう予感におののいておる。

 一種の神経症。不安神経症が余を追い詰め、軽鬱が深くなる。となると、人に会うのが億劫になり、町にもでない。今日は終日木幡研で黙想しておった。
 いやはや、嘘もあってな、午後は実は映画を見ておった。

父親たちの星条旗
 噂で、クリント・イーストウッドはハリウッドというか、米国映画の良心と言われている人らしい。彼の出演作は若年時によく見た。ダーティー・ハリーとか、マカロニ・ウェスタンでは棺桶を引きずりながら歩くガンマン(笑)だったなぁ(荒野の棺桶)。もちろん棺桶には機関銃が入れてあった。ゾンビー映画ではないぞ。
 
 いつから監督を始めたかは、以前に木幡研の映画博士から半日講義を受けたが、忘れた。ともかく根性の座った才能のあるアメリカ人のようだ。

 彼が監督した『父親たちの星条旗』の内容とかスタッフとかの情報はgoo映画によい記事があったのでリンクしておく。
父親たちの星条旗 - goo 映画
父親たちの星条旗 - goo 映画

回想方式
 回想方式タイプの作り方は好きだ。現在から過去を眺め、そして現在にもどる。「男たちの大和(MuBlog)」もそうだった。「プライベート・ライアン」も。そうそう、「スタンド・バイ・ミー」もそうだった。スタンドバイミーでは、スティーブン・キングらしい作家(映画ではゴーディ)が、書斎でIBM-PCを使って、幼馴染みが酔っぱらいの喧嘩の仲裁に入って刺殺されたのを、入力していた。そのキーの音が未だに忘れられない。カチャカチャカチャ、と~。
スタンド・バイ・ミー(1986) - goo 映画
スタンド・バイ・ミー(1986) - goo 映画

 回想を単純に郷愁だけとは思っていない。
 今はないものは、未来も過去も同じなのだから。
 ただ、余の資質から説明すると、余は幼少期から現在にいたるまで、昼の覚醒中の様々な外界情報が脳を刺激しすぎるようで、それが急速な睡眠に入ってもなかなか中和しない。早い話が、若い頃はよくよく夜中にがばっと起きて寝汗をかいてわけの分からない不安におののくことがよくあった。

 そのことが回想と結びつくのか? それは分からない。回想は過去の脳の刺激が緩和されないまま、サスペンド状態、保留されたまま記憶として残っている。それが一挙に吹き出す様態をさすのだと思うが。物語と現実との境界が曖昧になってくると、その回想の迫真さは、日々あきないものである(笑)。だから酒を必要としなくても、酔っぱらった日々なんじゃろう。

帰還兵
 回想と結びつくのは「帰還兵」物に多い。これはSFにもあって、余は愛惜してきた。
 アメリカの話として、以前はベトナム帰還兵、最近はイラク戦争帰還兵の精神病理学的知見が話題になることが多い。兵士達の相当数が帰国・除隊しても、まともな生活をできなくなるようだ。
 分かりやすい事例では、アルコール中毒、麻薬中毒、精神異常、犯罪となってあらわれる。つまり、戦場の恐怖から脱して日常に戻るのは、難しいわけだ。

 「父親達の星条旗」では、戦場体験をした兵士達の、戦争終了後のその後の人生について洞察があった。
 三人の男達は硫黄島の旗立て「英雄興業」に全米を行脚させられるという、通常帰還兵のさらに数倍のストレスに晒された者達だった。国債を米国民に買わせ戦費を補うことに狂奔した米国政府のサーカス芸だった。戦意昂揚の古来からある手法だが、この映画では、なんのてらいも現代反戦思想もなく、当たり前のこととして現実の裏と表を描いていた。

 船団が硫黄島に向かうとき、だれかが船から落ちた。兵士達は、後続の船が停まって助けるだろうと、皆で落ちた兵士をはやし立てていたが、不意に「船団を止めるわけにはいかないから、あのままだ」という古参の声がした。そこで、兵士・海兵隊員達は愕然とする。映画では、そこが戦場の入り口だった。
 実際の戦場は割り切れるものではない。敵も味方もない。善悪もない。
 映画を見ている間に、ただ、戦友達を死なせたくないという思いだけがこみあげてきた。

 現代の戦争は調査不足で分からぬが、第二次大戦のころは、兵士に昔風の盾も鎧もなかった。つまり、わかりやすくいうと、ロボット的な装甲兵装がなかった。だから小さな弾が一発当たると手足や首が飛び散って、ただの肉塊になる。考えてみればものすごい人間消耗品扱いが、戦場の真実なのだろう。失血死とか、刺された程度の穏やかな死はまれで、大抵はばらばら死体になり、原型をとどめない。それが毎日毎日眼前で繰り広げられる。まともな神経を保つのは至難だろうし、帰還してもその記憶は絶対に脳裏から離れない。

 かくして帰還兵の多くは、肉体の損傷が見えなくとも、心はずたずたに引き裂かれている事例が多い。主人公の衛生兵「ドク」は、葬儀社の社長として成功をおさめたが、息子にすら「硫黄島の星条旗」について、語ることはなかった。心に重い蓋をしたまま、戦後の人生を歩いた典型だった。

フラッシュバックの集積
 映画手法としてのフラッシュバックは、その文字の通り、閃光や爆音がしただけで、一瞬にして過去体験の時空間へ心を運んでしまう。兵士・ドクは、終生「衛生兵!」と、自分を呼ぶ声が耳の中に残り、幻聴から逃れられない。この映画は、フラッシュバックの集積だった。

 クリント・イーストウッドは、この映画で、フラッシュバックを多用したが、そのありふれた手法が、実は人間の過去・現在・未来をとらえる最も有効な手法と知った上でのことだと想像した。戦場と現在は常に直結している。戦場の苦しみと現在とが貫通している。人は動物として、時間軸の中でのろのろと生から死に向かっていくが、人は人として、時間の動かない体験をかかえたままに生涯を過ごすものなのだろう。
 よい作品だと思った。

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2008.10.30

小説木幡記:2008/10/30(木)朝からMuBlog

 今朝は3:30に目覚めた。よく寝たなぁと背伸びした。そう言えば、昨夜はドラマ「相棒」の後編が午後9時からあったはずだが、9時前に床に入り、ついちょっと数分休もうと思って電気を消したら、朝だった。つまり、見過ごした。まあ、よいか。そのうち、まとめてDVDを江戸のエドルン君が買うだろう。

 エドルン君のことだが、どうにも「映画鑑賞」はエドルン依存症のようで、帰京しない限り映画を見ないことに気がついた。夏は「二十世紀少年」だったが、帰京を待っている間に「スカイクロラ」は見逃してしまった。今度、11月から「まぼろしの邪馬台国」が吉永小百合さんらによって、映画になったが、年末まで上映しているだろうか。むりだなぁ。ただ、なんとなく「感動を期待して入館」しないといかんようなプレッシャがあって、ふむふむ。まあ、行くとしたら、今度こそ自立して、余ひとりで暗い映画館におそるおそる入らざるをえないような、気がした。

 自立といえば。ますます依存症が強い。
 ひとりでできることといえば、読書と研究と鉄道図書館列車を作ることくらいだな。長い間組織(木幡研も葛野研も組織)に生きてきたから、そこここで依存症が身に染みついてしまった。たとえば授業。今では助勤(上級生による授業支援)なしではやっていけない状態だし、会議も心やすい同僚たちの支援、事務手続きも司書や秘書さん達、漫画道も葛野や木幡の専門家支援、映画はエドルン支援、……。そうそう、MuBlogはなんとか一人でやってこられたが、これも数年後には身代わりをやとって、一見MuBlog らしい記事が書かれているかもしれない。

 ブッダは30前に王宮をすて、地位をすて、家族をすてて、出家なすったらしい。はげしい独立じゃ。
 しかし、現在の余がそんなことをすると、三日で餓死してしまいそうだ。
 もっと、長生きしたい(笑)

ところで閑談余事
 毎日一週間分のMuBlog記事アクセスが右サイドバーに表示される。一週間分なので、日々のアクセスが速効反映されるものではないが、なんとなく毎朝見ては楽しんでいる。

解析対象期間: 2008年10月23日(木) ~ 2008年10月29日(水)
人気記事ランキング
1位:NHK篤姫(40)篤姫と和宮、家茂を挟んで写真を撮る
2位:NHK篤姫(42)徳川家茂・なにわの死
3位:NHK篤姫(17)小松帯刀前夜
4位:NHK篤姫(43)女達の徳川・男達の薩摩
5位:丕緒の鳥(ひしょのとり)十二国記/小野不由美:雪のような音
6位:NHK篤姫(41)小松帯刀の薩長同盟
7位:涼夏2007PCの自作(1)アクリルケースとファン、電源
8位:涼夏2007PCの自作(8)RAID設定(WindowsXP)とグラフィックスボード
9位:NHK篤姫(39)薩英戦争と徳川家茂(いえもち)
10位:NHK篤姫(38)嫁姑よりも勝海舟と坂本龍馬

 上位の七割がNHK篤姫でふさがれているから、これはもうMuBlogがNHK御用達のまぎれもない大河ドラマ専属blogになったようなもんだ。その中で、5位の不由美さんや、7、8位のPC自作を見ると、涙ぐむ脳。余はいつから、「日曜NHKドラマ批評家」になったんじゃろう。しかし、読者が求めるものを書くというのも、日曜作家の役目の一つ。このまま、師走まで突っ走るほかない。もし、大河ドラマがなくなったら、どうなる?

検索フレーズランキング
1位:丕緒の鳥
2位:うぶめのなつ
3位:小松帯刀
4位:長尾真
5位:落飾
6位:篤姫 小松帯刀
7位:アクリル PCケース 自作
8位:英姫
9位:椿井大塚山古墳
10位:甘樫丘

 読者が直に検索エンジンからくる場合、その言葉内容は「篤姫」ばかりじゃないと分かる。「2位:うぶめのなつ」は、京極の夏ちゃん原作の映画記事が相当する。ふむふむ。これは「平仮名表記」が原因じゃろう。あの書名の漢字は、難しい脳。
 「4位:長尾真」は、国立国会図書館長で、なんでヤクザなMuBlogと縁があるかというと、それは余にも分からぬ。余がどこかの図書館長でもしているから、という噂もあるが、それはないでしょう(笑)。ただ、最近文化功労賞を受賞されたので、こういう結果とあいなった。祝。
「9位:椿井大塚山古墳」「10位:甘樫丘」これこそ、MuBlog遺跡なのじゃろう。そういえば、昔のMuBlogは古代史専用blogとおもわれていたことも、あったなぁ。いまじゃNHK篤姫の用心棒、……。(ここで、三波春夫さんの「大利根無情」が流れてくると、さまになるのじゃが)

 というわけだ。明日も明後日もこのランキングは変わらないだろう。しかし来月来年になると変わっているはずだ。
 このように、統計というものは、時間の中で刻々と対象が変化し、そしてまた、こうして観察するだけで変化する。つまり各記事へのアクセスが変動するというわけ。観察しただけで、対象が変化するなんて、まさしく現代物理学の深奥にいたる気がするのう。かくして未来は予測できない。不確定。

さて、そろそろ葛野へでかけてみるか。

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2008.10.25

小説木幡記:2008/10/25(土)土曜の日曜作家

 午前4時起床、5時頃から正午前まで、土曜の日曜作家をしていた。長編「湖底宮」の不特定章のある部分を原稿用紙で8枚程度書いた。約7時間で原稿8枚というのは、非常に遅いペースである。本来は一時間に4~5枚書くのが余の体質にあっている。

 呻吟して書いていたわけではなく、楽しみながら、遊びながら過ごしたから、時間の割りに効率がよくなかった。それで良いだろう。なぜ半年もの間、一行たりとも書けなかったのか不思議に思い出される。遊びながら書けばよいのだ。今朝はそういう、ツボを掴んだと、思った。

 窓の外を眺めたり、珈琲を飲んだり、MuBlogを書いたり、図書館列車を走らせたり、石膏でぬりかためた「高台の図書館」ボードに、ツヤ消し透明アクリル塗料を吹き付けたり、途中の方が忙しい。

 午後は、例の500円Nゲージモデル(TMYTECの鉄道コレクション)の蓋を開けたら、中身は「三岐鉄道クモハ601」という電車だった。さっそくプラスチックの車輪を金属製に換え、重りをのせて、別の動力車に引っ張らせた。20m級の長い電車だが、半径14センチのミニカーブレールをすいすい走った。

 夜になったので、読書した。
 「聖(セイント)☆おにいさん No2/中村光」だった。
 そんなに長くないのに小一時間かかった。これで二度目だが、不思議な漫画である。ゆるいような、おもしろいような、静かに笑えるような、今回は複雑さが増した。ブッダとキリストが東京・立川で二人住まいしているお話だが、今のところ目だった宗教対立はない。お互いに相手を思いやり、騒がしく危険な日本でバカンスしているという、真面目なお話だ(笑)。

 目に見えないようなひねりが随所にあって、見過ごして後戻りしたり、もしかしたら気付かないまま通り過ぎたり、あるいはそんなこと一切おかまいなく、二人が現代の若者の生活を真似ているのを楽しめばよいのかもしれない。しかし、全編二人がお姉ぇ言葉なのは、どうにも現代っぽくて似合っているが、もしそんな男が二人そばにいたら、余は逃げる。~、回りの女子学生達のセリフ廻しをときどき観察するが、お姉ぇ言葉ほどには、男女差はないな。

 で、日曜作家のことで〆としよう。
 余は、設計図なしで作るのが身にあっていると痛感した。半年書けなかったのは、ましな設計図を作ってから書こうとしたからだと、わかった。それは過去の失敗を思い出して、今度はシリーズ四作目だから、張り切って正確なものを事前に用意しようとしたわけだ。が、設計できなかった。それが半年の結果だった。

 仕方ないので、10月に入ってから、なにかしら書き始めた。すると、どんどん想念が、妄想が、世界が広がってきて、先行きが明るくなった。

 人それぞれ。自分の方法を見付けるのが大事なのだろう。
 余の場合、それで日曜作家になれたということ。
 この半年間、書きもしないのに、わずかながら毎日毎日過去作にアクセスがあったことを知り、感動した。つまり、その間、まるっきりそのblogを、開けることもしなかった。パスワードやIDは、棄てかけの手帳を引っ張り出して、やっと見付けた。あはは。

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小説木幡記:2008/10/25(土)爺爺放談(じじほうだん)

★老けはりましたなぁ
 家路につくとき近所の親父と数分一緒になった。親しくはないが30年来の近所の人だ。開口一番「Mu先生も、老けはりましたなぁ」。内心、ガックリした。生物学的年令は意識しておるが、気持の上では十代と変わらないというのに、なんたること、サンタルチア。

 しかたなかろう、髪も真っ白、しわだらけ、背中丸めてとぼとぼ歩いている姿はただの爺にすぎない。「先生」と呼ばれたのは意外だが、昔なにかの都合で新聞に顔がでたこともあったから、余が先生してると知れたようだ。なんの先生かは、知られていないじゃろう。N屋大人(うし)と、そのうち呼ばれてみたいもんや。

 しかし余よりずっと年長の麻生太郎総理は、わかわかしいというか、貧乏くさくない。一国の代表として、世間を歩いても恥ずかしくない。ほっと一安心しておる。資産公開があったが、課税標準額で4億5千万円の資産というから、時価だと10億円はくだらない。たいしたものだ、これこそ我が祖国日本の代表として、内閣総理大臣の資格が十分ある。やはり、末は博士か大臣か、の値うちがある。

★ミステリー作家麻生太郎の日常
 ニュースや新聞写真でみたが、東京のお屋敷など、「館モノ」密室ミステリーが何作でも出来るような風情ではないか。総理は密かに書いているかもしれない。深夜になると、廊下を真っ暗にして、メジャーやストップウオッチや懐中電灯を手に、地下から三階まで、20秒で走り抜けてスーツからパジャマに着替えられるか、などなどリアルな考証をされているかも知れない。あるいは窓からロープを下ろして68歳の体力でスムーズに降りて、別棟の茶室(あるだろう~)に1分以内に駆けつけて、警視庁警部が来たら悠然と茶を点てているなんて、できるかどうか、総理は絶対にやっておられる。

 あるいは窓から、隣の敷地に移ってきた某野党代表をサイレンサー付きライフル、しかも氷で作った弾丸で、見事打ち倒せるかどうか、クレー射撃とは異なるが、素人から見れば区別のつかない同じ鉄砲技。これは麻生君の腕前がオリンピック級だから、十分ありそうだ(笑)。しかし氷の弾丸は、考えないと、実現不可能かな。いや、国際法違反ではあるがこの際クラスター方式をとって、何層にも零下100度C程の氷玉を組み合わせたら、的に届いたとき中核氷玉だけが氷弾になるかもしれない。

★麻生太郎君の豪遊
 ああ、前置きが長すぎた。じじい放談じゃった。
 その麻生総理が高級ホテルで千円のビールを飲んだり、数千円のチーズやキャビアを食べながら、秘密会議したり談笑したりするのが、著しく庶民感覚からずれているから、身を慎めと、野党あたりから非難がでたらしい。政治家は焼き鳥屋で砂肝たべて安い冷や酒をのむくらいの、清貧が必要だという、なんちゅうか大昔の節約令を聞かされたようで、何とも言えない気持になったのう。

 と、それを見聞きした余の内心、飾らぬ言葉をメモしておこう。
 その野党の人達への偽らざる感覚とは。
 「やっぱり、この豊かな資本主義を潰して、原始共産制にするつもりやな!」 
 そのうちMuにも、「貧乏教授は、高級湯豆腐なんか行かずに、伏見の鳥せいで松の雫でも飲んでおれ、ちゅうつもりやな!」
 「東京行っても、高層ホテルなんか登ったらあかん言うのやろぉ。入り口にバリケード貼る気やな。親友隊にそうさせるつもりやな!」(と、ここは「20世紀少年」やMuBlogの過去記事を知らないと意味が通じない)

★遙かなり、小学校のクラス会
 一国の宰相が、ガード下の焼き鳥屋で、毎日ホームレスのおっさんに混じって、安酒飲んだら、わが日本はうまく行くと、言いたいのか?
 いつも思う。もう、そんな貧乏くさいことで人の揚げ足をとるなよ。
 いまどき、ジョッキ飲んだら伏見の黄桜でも千円前後する。発泡酒のんでたら、庶民感覚ちゅうのか?
 ガキと変わらない論法やで。
 昔の、小学校のクラス会をすぐ思い出す。「○◎ちゃんは、御手洗いの後、手を洗いませんでした。悪いひとです」「○◎君は、修学旅行のお小遣いが30円と決まったのに、こっそり100円持っていました」……。

★贅沢は年金支給停止か
 内閣総理大臣麻生太郎君、毎夜一杯5000円の珈琲を飲んで、都内と石原君を眼下に睥睨し、総理大臣の威厳をわれら庶民に見せなされ。そうして下されば、将来、「RSみたいな、リッターで10キロしか走らない贅沢な自動車に乗る高齢者には、年金を支給しない! とか、一台1万円もするNゲージ機関車を年に3本も買う高齢者には、支給停止する」なんて、悪法をだれも通さなくなることでしょう。
 でないと将来は、産経新聞みたいな高いものを毎日購読するのは贅沢じゃ、となりそうな予感。朝日なら許すとかな(笑)

◎余は善人であった
 本当は、一本千円のビールが高いというのが庶民感覚からずれているのかも知れない。京都の庶民の小料理屋「めなみ」でも、松茸土瓶蒸しをいただくと、2千円はするなぁ。毎夜とは言わないが毎週は行ってみたい身分になりたいのう。だから、毎日仕事ができる。
 総理大臣になったら、貧乏のふりしないといけないなら、そんな仕事は厭だね。
 そうか、我が国では貧乏人が善人で、高位高官政治家閣僚達はみんな悪人という式が、昔も今も野党の正論なんじゃ。余は、ここにいたって、善人だと判明したtaurus
 やっと、分かった。

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2008.10.24

小説木幡記:2008/10/24(金)君は小林秀雄を知っているか

 今日、葛野で密かに「本居宣長 補記/小林秀雄」を読み切ろうと思って、いさんで登校したが駄目だった。あと小一時間あれば読了できたのに。
 週末の疲れもあったが、本を手にするたびに、授業の準備を思い出したり、Nゲージ図書館列車が変な脱線をしたり、急に寒くなったり、あれこれと邪魔が入ったりで、来週に回すことにした。薄い本だから、木幡に持ち帰ればよいものを、木幡には木幡研の事情があって、そこには「本居宣長(本編)」が昨夜から眼前に立っている。そこで今、本編の(一)を読んだところだ。十分間の短時間読書だが、昔のことが脳全体にぱっと花咲いた。

 松坂の本居宣長記念館には昔行ったことがあって、その頃は本居春庭の使っていた単語帳(春庭さんは宣長の長男で、全盲だったが、著名な国語文法学者だった)に目を丸くした記憶だけが残っていたし、なぜ鈴屋大人(すずのや・うし)と、鈴が好きだったのか、すきなものはしょうがないと、ひとりで納得していた、余であった。

 余ならN屋とでも自称するのか。気恥ずかしくてN屋大人(うし)とは言えぬ。大人とは人様によばれるものよ。(注:N屋とはNゲージ鉄道図書館列車で頭も部屋も一杯になっている状態をさす)

 さて、肝心の小林秀雄。今は書くこともないが、ふと気になって。
 余の年代の者達なら、少しでも日本文学に興味を持ったひとならば、小林秀雄と言っても「ええ、知っていますよ」と自然な会話が成り立つが、どうなんだろう。一体、いつ頃までの人が、小林秀雄という名前を身近に知っているのだろうか。今どきそんな名前をつぶやいても、「ひとりごと」にしかならないでのう。

 そんなことが気になった。もっと若い人なら、吉本隆明という名前の方が身近なんだろうか。いや、この御仁もすでに古典。
 思想家はある時代にぱっと花開き、多くの人を魅了するが、余の場合、小林秀雄とか吉本隆明とか松本健一とかいう名前は、余の青春の「絵」だった気がするなぁ。

 で、昨日疲れ切って横臥している中、不意に小林秀雄を、手で無意識に探って読んでみたら、ものすごく脳というか心、そして身体全体がきりっとした。
 しめしめ、これなら吉本隆明や、松本健一を読んだら、さらに快適になるかな、と思ったが、そのまま眠ってしまった。

 もう一度言うが、余のように、ひさしぶりに小林秀雄を読んで、カンフル(注:つまり、強心剤のようなもので、へなへなほけほけとした状態を、瞬時に立ち直らせる強烈な薬のような効能をもつものの、総称)注射を打たれたようになる、そういう年齢層はどこまでなのか、それが疑問として強くわきあがってきた。

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2008.10.22

小説木幡記:2008/10/22(水)秋夜雨と小林秀雄

 今日は早朝に「生涯学習概論」、電気紙芝居を使っているが、比較的長く話して疲れがでた。生涯、自らの意志で学習するのは大切だが、難しいことでもあると、話ながら内奥の心が語りかけてきた。なにか指針を見せないと初心者はとりつくところがなくて、途方にくれてしまう、……。

 そのあと、会議にでかけた。懸案のいくつかが、いろいろ機運もあったのか、うまく行きそうだ。
 学生の中には、外からは見えにくいハンディを持っている人もいて、急な階段を登り降りするのに苦労している事例があって、それを改良するのにエレベータを有効利用する案がでていた。しかし、なにかをするには資金が必要で、個人宅じゃないから、余が叩き大工になって金槌やノコギリで解消するわけにもいかない。壁をこわしたり、事務机を動かしたり、塗装したり、カウンターを設置したりすれば、うん百万円かかってしまう。「無理かなぁ~」とベテラン達と話したのが先週だったが、とんとんと運びそうだった。
 会議の値うちもあるもんだ(笑)。

 屯所にもどると、倶楽部隊員が三名も加わっている「情報サービス」のある演習班が、明日の着手発表の話し合いや練習をしていた。なにかしら、胸がつまった。そこかしこで、いろいろな学生たちが、準備しているようだ。発表に投票制をとっていることもあって、多くの班が熱心にプレゼンテーションのリハーサルをしている。もちろん、各一票を持つ助勤たちも先々週にはまるまる一日かけて、発表全班の事前レジュメを精読し、助勤同士で相談しながら、質問を考えていた。これも、胸がキュンとなる風景だった。

 部屋で昼食をとってその後すぐに午後会議1が始まった。
 議題は難しい内容もあったので、途中でトップの部屋に行って現状や実情を相談した。また帰ってきて、残りの議題をかたづけていった。余はこのころからだるくなって、同僚や主任に「だるい」と言ったら、みなも「同じ」と頷いていた。気温や湿度の変化が激しいのと、同僚たちも余も、それなりに宿題や締切を抱え込んでいて、いわゆるプレッシャが強いので、外界の天候変化だけで、体調が低下するようだ。

 その後、別の午後会議2に入った。珍しく1時間を切った。
 しかし、またそのあと、同じ場で、多少メンバーが替わって、午後会議3に入った。
 このころは、余も椅子からずりおちそうになるくらい、だるくなっていた。稀に発言している余の声が、内奥で、「なんか、ろれつの回らぬことを言うなよ! もう黙っておれ」と聞こえてきたので、マイクを切った(笑)。

 ようやく研究室に戻り、屯所を見たら、まだ一人、しこしこと明日の発表の準備をしておった。頑張り屋が、まだまだ葛野にもおるんやなぁ。
 余は自分の宿題を思い出して、部屋でかたづけだした。なんだか、意識朦朧としていたが、午後会議1で「今夜中」と言われたので、しかたない。

 全部終わったあと、ソファに横臥した。
 だるさが全身をのたうっていた。
 手を書架にのばすと、何年来、そこにあるだけで再読することもなかった図書があった。

 読み出した。
 す~っと、頭に入ってきた。やはり、文学はすごいと思った。
 小林秀雄の『本居宣長 補記』、だった。最初に読んだのはいつだったか。本編がでて数年後だったはずだ。本編は数十年前に買って読んだが、補記は借りて読んで返したまま、手元にはなかった。数年前に友人が補記を一冊送ってくれた。そのままにしていた。
 今夕、補記の半分を読み切れた。大きな活字で、独特の小林秀雄の文章に、知らぬ間に脳だけが楽になっていた。

 早めに木幡に帰ってきて、PCの前にすわったら、眼前に『本居宣長/小林秀雄』の本編があった。気付かなかった。またいつか読みだそう。小林にとって、本居宣長は古典化したと余は悟った。

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2008.10.21

小説木幡記:2008/10/21(火)木幡でわしも考えた/Mu

★ 『木幡でわしも考えた/Mu』
 というような本をかいてみたいと思った。
 内容はまったく想像もできないが、この「わしも」という、「わて」でもない「余」でもない、「おいどん」でもない、独特のニュアンスが気持よいのだ。そのあとに、「考えた」とくるのだから、この「わし」さんは考える人だとわかる。
 「木幡で考える人」、とかけば哲学書じみておもしろくないが、「木幡でわしも考えた」というのは類例がすくなく目を惹くではないか。

 ところが、類例がないどころではなく、立派な集英社の文庫本で『インドでわしも考えた/椎名誠』があった。
 最近、この椎名氏の図書内容を毎朝毎夕耳にしてきた。余が読んだわけでも見たわけでもない。余が読書好き故か、余の周辺には読書人が多い。その中でも鉄人クラス、最強と言ってもよい読書人が、しきりに「インドでわしも~」の内容を話してくれる。

 余は幼少期以来、回りの影響を強くうける質(たち)で、数度同じことを耳にするとすぐにその世界に染まってしまう。この場合、普通なら『インドでわしも考えた』を読むのだろうが、余はもう読んだ気になってしまって、あわてものというか、書いてもいない『木幡でわしも考えた』のことまで、考え出している。

 それほどに椎名氏の図書内容は強烈だった。この世の中には、身体張って、命がけで、他の人の真似が出来ない決死の世界に飛び込んで、考えや思想をまとめる人がいるようだ。作家の筆力、行動力とは、ここまで伝染力が強いのかと、毎朝あっけにとられるこの頃だった。
 いや、未読でも、耳にするだけでよくわかる。耳学問とは、言い得て妙なり。

★感染したのか体質なのか
 余、自らを知るためにここで思い出しておこう。感染したのか、自らの体質によって病気になったのか。病気ではないのか、診断のよすがに記しておこう。

 ミステリー病。
 森博嗣、京極夏彦、島田荘司 、……。このあたりの感染ルートは、はっきりしておる。あっというまだった。
 松本清張、内田康夫。ここは、自然に発症した。
 綾辻行人。意外にも、この症例は体質による、自然発症だった。
 小野不由美。この病に罹患した時の情景を今でも覚えておる。場所は葛野の屯所だった。不由美菌の入った玉手箱を、言葉巧みにそそのかされて開けてしまったような思いがする。
 ……。

 鉄道図書館列車病。
 大局的にみるなら、森博嗣HPからなのだが、実は少年期への挽歌であり、そして引き金は講談社の「昭和の鉄道模型」だった。少年期への挽歌とは、そのころOゲージという三本レールの電車を一台だけ走らせていたことがあったのだが、資金難でそれ以上に発展しなかったうっ積が半世紀つもりつもっていたわけだ。引き金になった講談社のシリーズは、手にするまで数度迷いがあった。衝動買いでは決してなかった。一ヶ月以上悩んだ末に、感染覚悟で手にとった。
 もちろん、ここ何年もの授業の間、数年ごとに「鉄道図書館列車」に感染しかかったことが何度もあって、心身抵抗力がなくなっていたのも原因だろう。もう、治らないだろう、不治の病。

 漫画世界病。
 これは幼児期はほぼ体質から、自然に病になっていた。病弱だったのだろう、日々雑誌「少年」や「冒険王」のことしか頭になく、身体中漫画発疹がでておった脳。もちろん後発の少年サンデーやマガジンが症状を悪化させた。
 ここ二十年ほどは、感染源が二つあって、毎日毎晩漫画菌に汚染され続けてきた。最近はまた別種多種の菌にも感染し、まるでバイ菌世界に住んでいるようなものだから、これも生涯治らないだろう。

★病原菌あるいは情報の伝搬
 余も、外界から選択的に情報を受容してきたようだ。いや、選択的にウィルスや細菌汚染に身をさらしてきたといってもよい。ある一定の閾値をこえた場合、それが強烈な菌だからなのか、病膏肓(やまいこうこう)にはいってしまった。実に、免疫の少ない、要するに素直な性格のようだ(笑)。

 そうそう、ロボット少年司書の場合、これは明確な感染源をおもいだせないので、多分少年期以来のうっ積への復讐劇の一種なのだろう。
 勉強好き、研究好き。これは、青少年期に学校で勉強の成績がはかばかしくなかった事へのリベンジに過ぎず、病気とは言えない。まともな世界じゃ。 

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2008.10.20

小説木幡記:2008/10/20(月)インターネットが消えた日:タイムマシンに乗って

 『2ちゃんねるはなぜ潰れないのか? 巨大掲示板管理人のインターネット裏入門/ひろゆき(西村博之).扶桑社新書014、2007.7』
 という新書を日曜日に読んだ。とてもおもしろくてためになり、そして刺激を受けた。しかし余は文系女子大学のヘボ教授なので、この図書のそこかしこを引用し、評価し、感想をMuBlogに書くのを止めた。

 ひろゆき君の破壊的言辞や、世間体とはちょっとずれた物言い、すべておもしろおかしくふんふんと頷いてよんでおったが、やはりこれは悪書なのだと思った次第。
 どう悪書かは、それも言いたくない。言えば、ひろゆき君の信奉者が読んで喜ぶだけだから、けったくそわるい。もちろん、ひろゆき君は市井にうもれたblogなんか知るよしもないだろうから、書く必要もない。

 余には世間体とか立場がある(と空耳、「Mu先生に、世間体なんてあったんですかぁ~」)、だからいかんものはいかん、こんな悪書に染まって、2ちゃんねるなんぞの悪所通いを省令じゃなかった、奨励するようなことは断じて、職業倫理としてできない。「できない」というのは、余はロボット人間だから、自動的に12Vのブレーカーが落ちるくらいにできないことなのだ。自動シャットダウンしてしまう。

 悪書の所以は、「ちょっとだけ」言及するならば、いたずらにウィニーの良さと将来性をかたり、恣意的に悪所2チャンネルへ若者を誘い込み、意図的に著作権無視をあおり、ホリエモンを偶像視し、とどまることがない。その一々を引用して論破せんとしたが、この新書は1年前の作品、いわば業界では犬年令で7年前の古書故に、過去をあれこれ言うてもしかたないと思った。
 一刀両断「悪書」と言えばすむ。

 さて。
 世の中にはいろいろな読者がおる。特に余が日頃接する年端もいかぬ学生達に、こういう悪所通いの図書を見せるのは、乳幼児に18禁映画を見せるような衝撃を与える。まあ、乳児なら何を見ても分からぬと思うなかれ。抱いて観ている母親を通して世間の悪に染まるものじゃ。
 余は、教え子達には、2チャンネル通いや、ウィキペディア通いのコピペ課題提出を、口元ゆがめて否定し、そしてまた年に数回は、「お前達、ウィニーを自宅PCに入れていないじゃろうな。もし、あれば早速HDDごと破壊せよ」という回状をまわしておる。「YouTubeで、著作権違反の馬鹿なTV番組を観るひまあれば、勉強せー」と、吠えておる。それが、余の立場、余のロール、役割分担ちゅうもんや。
 (余は、RPGの世界に住んでいるのか?)

 余は思った。タイムマシンにのって学生時代に遡れば、インターネットも、ケータイもない、TVと新聞と図書と映画しかなかった、穏やかな時代だった。マスメディアは「公器」と呼ばれておったなぁ。
 うるわしい時代であった。
 公器であるかぎり、お上と同等、間違いは極めて少ないはずと、安心してTVや新聞をみておった。しかるにいまや、ケータイやメールには、馬鹿メルは入るし、せっかく検索してぴったりの情報を得たと思っても、まるっきり新聞や図書のデッドコピー(まあ、コピペじゃね)だったり、トンデモだったり、嘘が多い世界になってしもうた。

 なにを信じればよいのか、分からない時代やのう。
 やはり、ひろゆき君やホリエモンは、きっと~嘘世界に生きるひとやったんやな。
 信じるに値するは、MuBlogと、そのリストに載ったサイトしかない!

追伸
 「小飼弾xひろゆき」、末尾のこの対談は悪書の中の聖書であった。ここだけ80ページほどOCR入力・コピペして、MuBlogで宣伝しようと思ったが、それでは余も悪に染まったことになるので、やめた。
 波及効果というか、余は大昔に書いた、Basic,C,Pascal,Modula-2,そしてDelphi 記述の図書やプログラム紙リストを引っ張り出して、ひととき眺めておった。
 余にも、宇宙人じみた会話を交わしていた時代があったんだ。

 記念に、新しくGoogle・Blogを作って、そこに全リストを掲載し、古い時代のLuna企画ゲームや、初期DBMSの「中枢アルゴリズム」を痕跡として残そうとおもったが、なにやら無駄無駄しく思えて、やめた。
 つまり、プログラマー魂ちゅうか、生粋の技術者の面を二人は臨場感あふれる対話として残した。それが余を異様に刺激した。
 その分は良書なのだ。
 なれど、悪貨は良貨を駆逐する(笑)。やはり感想は書かないことにしよう。

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2008.10.19

小説木幡記:2008/10/19(日)blog、ネットの利用異変

 近頃めったにコメントやトラックバックのない寂れた(cancer)MuBlogなのに、数年前の古代史記事に以下のようなコメントがあって、喜んだ。で、コメント返しをする前に、その文中の紹介図書がどんなものかをGoogleしてみた。

 すると、結果は出ない。
 その代わり、文章が全く同一の記事が一ダース出てきた? 驚いた。おもに2チャンネル投稿だったが、それ以外の記事へも、同一文章がコメント投稿されていた。ただし、コメント著者名は全部異なっていた。

「いま、◎◎○○著「△△△王権のZZ」が密かなブームになっていますが、それによると○○に▲▲■王権が出来た当初は□□をもった■■により興されたとの説になっています。  そうすると、がぜんあの有名な■の×××時代がおわり・・・・・・・が作られ▲の製造が行われたあたりに感心が行きます。当時は、++++++++++++大勢力が形成され、そのどちらかがVVVVVVとなったと考えられるのですがどちらなんだろうと思ったりもし」
(特徴的名詞をすべて消しました)

 まったく同じコメントを機械的に方々に投稿するって、どんな気持なのだろう。プログラマブルかな? とも思ったが、最近のココログは滅多に変なコメントを受け付けないし(来ないだけかな?)、頑強な門がしつらえてある。だから、アルバイトの人か、同一人が如何にもそれらしい対象記事を発見すると、手技投稿しているのだろうか。
 今回の場合、余の記した記事本文と、おなじみJo庵主のコメントが功を奏して、まさに投稿コメントはツボをついておった。

 考えられる意図は、その図書を発行前に「密かなブーム」とたきつけておく、著者や出版社の仕掛け。
 あるいは、無意味な、投稿趣味。
 ……。
 あるいは自説瀕死の考古学者のダイイング・メッセージ(爆)。

 効果は。
 MuBlogがαブロガーなら、いろんな検索エンジンによって、コメントまで含めて洗いざらい採取されていくだろうから、そのコメント中の図書名や著者名のランキングが上がる可能性もあるがのう。残念ながら、誰もこない(わけではないが、古代史関係は無理。篤姫さんなら、多少は影響あるかも(笑))

 なんにしても、てをかえしなかえ、いろいろな工夫があるもんだ。
 わからぬ。暇があるのじゃろうか。
 あるいは余が無知なだけで、ネットではこういう流儀が流行りなのかもしれない。

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2008.10.18

小説木幡記:2008/10/18(土)死と詩と文学

 分かりやすい文章や言葉、そして明晰な表現は、扇情的な流行にのった風潮の中では、より高い位置に置かれている。人の行動、言動も公の中では、理がととのってかつ受け入れやすいものが評価をうけて、信頼感を生み出している。
 そして人と人との間柄も、流行や「ノリ」を半分まぜて、それでも理解しやすい、そして結論の出やすい関係が長続きするものだ。

 他方、分かりにくいこと、難解なこと、理不尽なことは大抵の人が目や耳や身をそむける。なにかを理解するには、体を動かして歩いたり走ったりすること以上に脳を働かせないと、受け入れる前に、じゃまくさくなる。未知の外国語を前にして、分からないと途方にくれて、その場を退出するに似ている。

 ことは「脳」の出来不出来、「脳」の訓練具合によるとは限らない。人の知識や情念の体系は体型とおなじくどこかで固まってしまい、それとは異種の体系には関与する余力がなくなるものだ。

 私は以前から、文学とは死を鎮めるためのもの、と思ってきた。
 これは効果があって、死は確かに文学によって癒される。もちろん「死」とは言っても、文章中に「死」や「自殺」や「死への恐怖」を語ったものが文学とは少しも思っていない。文学が死を鎮めるとは、死が分かりにくく難解な事象であることに起因する。そして、優れた文学は「死」に匹敵するくらいに難しく、難解で、分かりにくい相を往々にして見せるものである。

 何故、人は生まれ生きそして死するのか。
 与えられた生と人生と、与えられた死を楽々とこなす人は少ないはずだ。苦がいつも伴う。おそらく、人生の九割は「苦」に満ちている。そして残りの一割が、脳内麻薬によって苦を緩和され、きらきらしい瞬間を味わい、次の苦に備えることができるようだ。この「苦」には倦怠も含まれる。

 優れた文学には、この苦に満ちた人生を見通すだけの展開がある。もちろん、苦じゃ苦じゃとわめき立てる文学が、優れた文学とは思っていない。苦も楽も一言もなくても、苦にみちた人生を透観している文学が、確実にある。そしてそれに触れたとき、「死」に対峙するだけの見通しと、勇気がうまれ、さらに人の死も、我が身の予測される死も、そっと鎮めてくれる力がにじみ出てくる。

 文学とは、そう言うものだと思っている。そして、軽佻浮薄、流行の中に、虚実皮膜の透明な一皮が極上の癒やしをもたらす好機を、つかみ取るだけの力をやしなうのが、優れた読書・文学教育であり、そして人生教育だと考えている。

 文学の形態の中でも、詩は古来、もっとも難解であるにもかかわらず軽やかに、文学の本質を重く抱え込んでいる。だから、詩を味わうことは、生きる上で人とけだものとの違い、人の脳とアメーバーとの違いを知るに大切である。それを知ったなら、人として生きる多重苦を背負えるだけの勇気がでてくる。

  おなじ世にまたすみのえの月や見む今日こそよそに隠岐の島守/後鳥羽院御製
  剣刀(つるぎたち)いよよとぐべし古(いにしへ)ゆさやけく負ひて来にしその名ぞ/大伴家持卿

 日本古来の歌は、難しいところもあるが、母語に直結しているせいか、意味がぼんやりしていても、それを歌うことが生の苦に立ち向かう力をうみだしてくれる。だから、詩は文学は、死を鎮めてくれる。

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2008.10.15

小説木幡記:2008/10/15(水)クラウド:雲中のスーパーコンピュータ

 今夜NHKのクローズアップ現代で、「クラウド」雲、つまり巨大なスパコン(スーパーコンピュータ)が目に見えないインターネット上で稼働し、それを有効利用する者達には、「コンピュータが目に見えない=雲の上」、と言われ出したことの解説があった。

 多くの企業が採用しだしたようだ。
 発端は例によってアメリカのヴェンチャー企業らしい。余には耳新しいので正式名称は覚えられなかった。ただ、後発の(笑)マイクロソフト社のCEOもさかんに「クラウド」を連発していた。そしておなじみのGoogleもクラウド会社と提携したようだ。クラウド会社はビジネス、Googleは消費(一般利用者)という構図らしい。

 そういえば、Googleのサービスの中に、ネット上に文章や数値を蓄え、自由に使えるサービスが昨年?くらいから日本でも使えるようになっていた。(Googleドキュメント
 それのビジネス判だとあたりを付けて、30分鑑賞しておった(まるで大河ドラマのように)。普通の大企業で、開発経費は1/6、運用も1/6の投資でできて、データ管理はクラウドの会社に任せ、インターネットが使えればどこからでも、企業で必要な仕事は全部やってくれるのだから、便利なものだ。もちろん各PCには、高額ソフトウェアを入れる必要はない。多分、ブラウザを少し改良した専用入出力ソフトか、ないし別の中小企業事例では、ブラウザで直接扱っていた。

 もちろん、ビジネスだから、これまで高額すぎて、とても使えなかったようなソフトアプリケーションが、小さなお店や工場でも安価に使えるのがクラウドの目玉だと、紹介されていた。たとえば、高度(すぎる!)人事管理、予測推測、そういう難しいことが、すいすい出来る場面がたくさんあった。店売の商品予測なんて、全国・世界あらゆるところから、たちどころに消費傾向がグラフ化される(だろう)。

 これが可能なのは、雲中にあるスパコン(Sunのマークが目だった(笑))というのか、高速ワークステーションの集合体なのかが、強力だから、PCでは出来ないことを、関係者全員がそれぞれに使える。そして、入出力ポイントの自由度が高いから(多分、新幹線からでも、喫茶店からでも)、あらゆる関係者が断片的情報を随時入力し、データベースの密度が高くなる。

 人工知能の古典的用語で言えば、教師付(統合ソフト、ないし会社幹部)黒板(関係者の数だけ書き込み、読み込み、自由)システム、と言って良いだろう。

……

 と、話が小難しくなってきたので、要点をまとめると。
 業務システムが、現代blog並に扱いやすくなった。それは個人にとってもそうだ。高級PCに山のようなシステムを積まなくても、ネットにアクセスするだけでよい。つまりはケータイでも。iPhoneなんて似合っているね(笑)。
 そしてそこから得られるデータは、全社一丸の共通データベースを強力なソフトウェアで処理加工したものだから、精度や扱いやすさが格段に良くなっている。

 恐ろしい話だが、各営業の個人的精密な働きぶりや、近未来の成果予測まで、あっという間に表示される。
 メリットは以上のようにいろいろある。
 (メリット・デメリットはコインの表裏、じゃがね)
 まるで、MSーOfficeさようなら、クラウド・システム今日わ! のように見える。

 ただね。好事魔多しとか、古典にもいわれておって。
 注意事項もいっぱいある。しかしそれは専門家のお仕事。
 余が言えることは、今から40年も昔、余は300ボーの通信速度で、小難しい業務を一括管理してくれるIBMのサービスに惚れ込んだ。IBMにある当時360システムだっけ、が全部まとめて処理してくれて、各顧客は安価にサービスを使えるという優れものじゃった。同時期に当時の電電公社(NTTの昔の名前)も、似たサービスをやっていた~。この頃は、集中管理が時代の先端だった。

 そしてPC時代が到来した。しかしまだ非力だった。
 インターネットが出た時代、1990~、それは「分散方式」が時代の先端だった。
 そして今、クラウド雲中スパコン。これはね、集中管理方式の世界規模のものだ。
 さて、その先は。
 みてみたい。

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2008.10.11

小説木幡記:2008/10/11(土)祇園快走夜行バス

Gionyako047

 ただのバスなんだが、写真を眺めていておやっと思った。掲載するにしくはない。
 そうだった。このバスは日頃走りそうにもない所を走っていた。乗り合いバスではなかろう、観光バスだと思う。

 いま、書きながら気付いたが、もしかしたら京都の夜を走ろう、という観光バスではなかろうか。
 時間は、20時前後だったはずだ。
 場所は、タイトル通り京都の祇園町南側、花見小路、京料理・美登幸の前あたり。


大きな地図で見る

 そうなんだ。余はこのあたりは完全に歩道なのだと思っていた。いや、タクシーはよく見かけた。それにしても自動車の少ない道だったはずだが、夜行観光バスが走っていたのだ。

 ところで相変わらずGoogleのストリートビューはおもしろい。夜間オプションとかないのだろうか。画面の一部をマウスで押したまま左右に動かすだけで(ドラッグ)360度全景が見られるなんて、SFじみた世界になってきたもんだ。と、驚いているのは葛野老人だけかも知れないが脳。

(ああ、そうだ、今直感があった(笑)。暇なときにためしてみよう)

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