カテゴリー「TVの余香」の10件の記事

2011年9月13日 (火)

砂の器/松本清張原作、竹山洋脚本:TVで見た新・砂の器

はじめに
 数日前の土曜と日曜の夜に、ドラマ「砂の器」があって、録画しながら二夜とも堪能した。これは3月11日に放映されるはずだったが、大震災で延びてしまった。ともあれ、無事放映されてよかった。
 原作は、大昔読んだが2月か3月に大きい活字の文庫本を買って、8月に読み終わっていた。原作のよさ、TVの佳さ、それぞれ十分に味わった。

TVドラマの佳さ
 実は、原作への私の評価は超絶ではなくて、だいたいぎりぎりの80点である。カメダ話や方言話、差別のことなど、小説として他に比較しようがないほど良くできているが、ヌーボー・グループとか錯綜する女性関係とか、殺人の音響トリックとか、代議士と一人娘とか、それぞれがクサイ話だと思った。「点と線」とが原作150点ならば、意外にも、「砂の器」は80点。悪くは無いが、うむむ。長く無駄なところが多々あった。
 それに比べて、ドラマの出来は85~点。部分的に原作よりも優れたところがあった。

 優れた点。
 仕方ないが、映像メディアの凄さがある。だから遍路の親子を望遠で撮ったところなど、私は何度も落涙した。これは人間が文章から再現喚起する脳内映像を、越えていた。すばらしい美しさだった。
 原作で「いらない!」と思ったところが綺麗さっぱり消えていた。たとえば、ヌーボー・グループのややこしさ。音響トリックの不自然さ。全体にスリムになって、見通しが良くなった。
 和賀(佐々木さん)という人の目玉の異様さが、映像故に、めりはりきいて心理の綾をうまく表現していた。

TVドラマの至らなさ
 困った点。
 女優(中谷)さんは好感度の高いひとだったが、原作にはない魅力的な女流新聞記者というのが、どうにもその狂言舞わしというか、役割がすっきりしなかった。別にこの役は無くても良かったのでは。
 主演になる吉村(玉木さん)刑事が長髪なので、最後まで落ち着かなかった。また、吉村刑事がかつて浮浪者で、母や妹の死を眼前にして逃げたという設定から、犯人の気持ちがよくわかるという物語構造が、どうにも変だったな。要するに、吉村刑事には鬱鬱とした陰影がなくて、突拍子もなく突っかかったり、表情が現代的すぎて、なじめなかった。

原作から棄てて欲しくなかった点
 ベテランの今西刑事(小林さん)に家庭が見えなかった点。昭和初期のちゃぶ台のある家庭で、お茶漬けを食べながら沈思黙考する刑事の姿が清張さんの佳さだが、それがドラマではきれいさっぱり消えている点。

まとめ
 どの俳優、女優も好感をもてた。特に若手の吉村刑事と、ベテランの今西刑事が時に二手に分かれて別々の捜査をする様子が、うまく出来ていた。そういう意味では繊細なドラマだと思った。
 原作の最大の鍵「差別」が、TVドラマでは「殺人」になっていた。以前のドラマでもそうだったらしい(覚えていない)。こういう点は、極端に庶民やスポンサーの気持ちを重く受けざるを得ないTVドラマの弱点だと思った。遍路親子の本当の、深い深い悲しみや絶望は、今の視聴者には伝わらなかったかもしれない。現状では仕方ないだろう。
 ただ、最後の、絵の裏に書かれた、父親の息子に向けての言葉が胸を突いた。「秀夫、秀夫、秀夫、……。永遠に忘れられぬ旅でした」。これだけでも、このドラマは成功した。
 冥土の清張さんも喜んで居られるだろう。

参考
 点と線/松本清張:TVで観た「新・点と線」
 小説木幡記:2010/11/28(日)TVドラマ「球形の荒野」の感想

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2010年11月28日 (日)

小説木幡記:2010/11/28(日)TVドラマ「球形の荒野」の感想

承前(ドラマ)点と線/松本清張:TVで観た「新・点と線」
承前(原作)小説木幡記:2010/11/12(金)球形の荒野/松本清張.を読んだような

Mudsc00023 この金土の夜に合計4時間のドラマをみた。いくつかメモを残しておく。
 TVドラマは脚本(原作)、演出、配役などが関係してくると想定して、脚本は前後編4時間枠に収めるための工夫がある。しかし「脚本+演出」は、主役の田村正和さんを扱いかねている感がした。野上顕一郎(田村)はもう少し背景に隠した方がよかった。その分、謎が深まる。
 配役は、悪くはなかった。だれが気に入ったかというと筒井源三郎(旅館の主人)役の小日向文世さんと、村尾芳生(外交官)役の佐野史郎だろうな。

 一番残念だったのは、ミステリを意識しすぎたのか話の筋を追うことに時間をとりすぎて、肝心の奈良や京都の寺社仏閣を丁寧に画面に収めなかったことかもしれない。原作では、京都での南禅寺と都ホテルと苔寺が「日本」の昭和30年代をよく描いていたが、ドラマでは省略が多く付け足しのような感があった。そして、いろいろ各地を出歩くわけだが、それなりに理屈が分かるような流れにしてもらいたかった。どこへ行くにも、唐突だな。

 特に、参考に上げたblog作者も記していたが、奈良の薬師寺と新薬師寺、唐招提寺と元興寺の選択と、飛鳥の省略は致命的に思えた。要するに、主人公の元一等書記官野上の、日本に対する愛情は飛鳥の古寺や、薬師寺・唐招提寺の空間にあったと思う。ドラマではそれを省略した! 単にセリフで「日本の寺社が好きだ」では、ドラマになりがたい。映像で表現しないと。

 というわけだ。
 ただし原作とドラマとを比較して感想をもらすのは、ドラマ制作者にたいして申し訳ないことだとも思った。それに清張の諸作品のなかで『球形の荒野』が最良とも思ってはいない。多少、荒さや強引さがあって、小説としては引っかかりがあった。たとえば、野上を裏切り者として付け狙う集団の描き方が弱い。戦後20年後の個人の怨念は描けても、グループとして野上一等書記官らの生命を狙う存在は、わかりにくい。野上ら、終戦工作に関係した者達が、戦後20年後の国粋主義者達の具体的な弱みを握っていたのなら、もうすこしわかりやすいが。陸軍関係者や戦後の国粋主義者の考えがわかりにくいから、「悪」が平面的になってしまっていた。
 ただ。
 ドラマで鈴木次郎警部補(江口洋介)が、最初は自らの従軍体験をもとに、野上らの終戦工作を売国奴扱いしたのはリアルだった。その上で、最後に野上らの真意を心中で丁寧に昇華した。その対立葛藤が、じつは(笑)原作を凌駕したところに、余が前後編4時間も観た所以(ゆえん)があった。

参考
 Muと似かよった感想を記した記事を上げておく。
 「テレビドラマ『球形の荒野』は「後編」に期待」

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2009年10月26日 (月)

小説木幡記:2009/10/26(月):仁Jin的点滴作法

 日曜の夜9時、宇治では4ch(毎日TV)で江戸の脳外科医をまた見た。面白かった。
 ただ、しょっちゅう泣き顔を見せるのが嫌だった。特に男子の泣き顔は全編全シリーズとおして最後に一回か最初に一回でよいだろう。
 なぜ泣き顔になるのは分かるようだ分からない(笑)。あっさりと、江戸に飛ばされた事実を把握して、その時代に住み着けばよいことだ。たとえ助けられなかった恋人を思い出しても、泣くことはない。

 もう一つ唐突だったのは、一度は馬に頭を蹴られて死にかけた女を治療し、治したわけだが、その息子のコレラを治療してほっとしたとたんに、女が「辻切り」にあって死亡したという唐突さだ。死んだはずの女を助けたが、その穴埋めを歴史はした。つまり、歴史は改変を正常に戻すために、また女を殺したと。

 外科医は「歴史を変えること」を最初極端に恐れていた。だから自分の持っている医学技術を素直に使おうともしなかった。死ぬべきものを助けると未来に影響を与え、まわりまわって自分すら存在しなくなる、そういう恐怖、あるいは未来への責任感からの態度だ。まして歴史をうごかした坂本龍馬とも知り合いになってしまった。大坂に洪庵塾をひらいた医師・緒方洪庵とも懇意になってしまった、……。

 このタイムパラドックス。
 自分の親を、昔にもどって殺したなら、自分は生まれないというパラドックスに脳外科医・仁は恐怖した。しかし心配しなくても、余程酷い歴史改変にはちゃんとタイムパトロールが巡回していて、止めたり、改変しようとする者を末梢したりしてくれるから、仁は心配しなくてもよいのにな(笑)。それと、仁が思ったように、歴史の強烈な自己補修機能によって、少々のことを過去でしでかしても、ちゃんと補正されるものだ。

 いや、こうして書いているとドラマの悪口じみてきたが、事実は全く異なる。一時間があっという間に過ぎてしまった。画面に食い付いていた。その前にNHK天地人をみているのに、ドラマの二本立てをあっさり見てしまうほど、今秋の余は強靱になっている。
 いやはや、Jin仁がおもしろいからだ。

 みどころは。
 蘭学によって長崎にもたらされたゴム管と、飾り職人の手になる注射針(中が空洞になった針)、適当な硝子容器を用意することで、江戸時代に点滴をもたらしたのは圧巻だった。まるでカラクリ世界だった。点滴の挿絵を描いただけで洪庵は原理を理解し、職人はそれを造ってくれた。江戸は文明国だったのだ。
 明日から余も点滴を使えるようになった気分。点滴の神様だなぁ。

 この夜も内野さんの龍馬には本当に感心した。まるで小汚い土佐っぽ脱藩浪人。肥桶を両天秤で肩にしたスタイルは圧倒的にお似合いだった。
 それから、手伝ってくれる綺麗な娘さんの母上が面白かった。武家の面目を一身に表した母親(義母・後妻の継母?風)の姿がよく現れていた。

 そうそう、仁さんは頭の後ろで髷を結ったが、なんとなく散切り頭にみえて、明治の壮志風になってきた。このまま幕末にいたり、明治に入って森鴎外や漱石と出くわしたら、おもしろいだろうに。ただ、原作マンガがあるので、その枠を越えることはないだろう。もちろん原作を読む気はしない。そりゃドラマのネタバレになってしまうから、興を削がれる脳。

 また来週も観てみよう。

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2009年10月16日 (金)

小説木幡記:2009/10/16(金)ドラマ「不毛地帯」と対話した

 実は。
 と告白しよう。10月に入ってからTV三昧にふけりだした。そうではなかった幾年月を考えると、明らかに人生観の変更か、宗旨替えしたのか、……。2009年今秋が、たまたま面白い番組と思う季節だったのだろう。

 日曜の夜はNHK天地人のあと、しらぬまに「江戸の外科医:『JIN仁』」をみていて、どこかで見たような坂本龍馬が実は俳優内野聖陽だと知ってあっけにとられた。内野と言えば思い詰めて年間過ごした「風林火山」の山本勘助軍師だったのに、まるで気付かなかったくらいに、丁寧に徹底的に汚れきった龍馬がTVに写っていた。

 次は一昨日だったか『相棒』。これものめり込んで見ていた。
 そして昨夜は『不毛地帯』。
 『不毛地帯』も『JIN仁』も『相棒』も初めだったせいかどれも2時間~3時間ドラマで堪能した。

 さて、今日のMuBlog話題は『不毛地帯』だ。唐沢さんが演じる主人公壹岐正(いき・ただし)のモデルが故・瀬島龍三だとは知っていた。その瀬島氏がどんな人だったかは知らない。ネットで調べたら自分の記事(瀬島龍三の死)やいろいろな参考図書、そして原作・山崎豊子さんの関係記事など、一杯あった。

不毛地帯・壹岐正のモデル
 まずモデルについて、気持を整理しておく。
 ドラマ不毛地帯の主人公は陸軍大学校五十一期首席で、(ドラマでは壹岐が就職した商社に、五十七期生も出ていた)中佐。大本営作戦参謀。終戦の詔後、満州新京にわたり関東軍の停戦を確認する。ソ連軍に連行され、途中東京裁判にソ連側証人を他の上官とともに求められるが拒否する。ソ連軍により戦犯として25年の重労働刑を受け、流刑地シベリアに送られ、そこで11年間囚人として扱われ、日ソ国交回復で帰国。帰国時推定年齢は45歳前後。2年間静養し47前後で商社に入社する。

 これはほぼ瀬島龍三の人生に近いもので、陸軍大学校を首席で卒業し、大本営参謀を勤め、シベリアに11年間流刑・重労働を科せられて、商社に再就職したというような人物は、そうあるものではない。モデルは瀬島龍三と考えて良かろう。ただし、ドラマでは関東軍の参謀として赴任したとは描かれておらず、また東京裁判には出席した様子もなく、虚構と実在の間には微妙な、虚実皮膜の差があらわれて、さらにドラマの最初に「あらゆる実在の人物や機関とは無関係な虚構である」という断り書きがあった(笑)。

TVドラマ「不毛地帯」
 いくつかひっかかりはあったが、よく出来たドラマだと思った。
 ひっかかりの一番は壹岐のセリフに「あやまちを繰り返さないために、生きて帰国した」というセリフがしきりにでてきた事である。
 先の、70年近く昔の大東亜戦争の開戦と敗戦については、教科書的にも道徳的にも近隣諸国に対しても、まず一声「あやまち」と言わないと、政治も宗教も日常生活も、スムーズに動かないのが21世紀の日本らしい。

 余はこう思っている。
 歴史に対して「過ちを繰り返さない」というような、軟弱な自己弁護はしない方がよい。そんなことをし出したら、世界中は少なくとも明確な有史3000年間くらいの間、お互いに過ちばかりやってきたことに慄然とし、人類が生きることはすなわち過ちを犯すことであるという、至極当たり前の帰結をえて、ついには各民族自滅しなければ世界の平和を保てない、というようになってしまう。

 壹岐「再び過ちを繰り返さぬ為に、故国で頑張りたい」
 Mu「自分のやったことを過ちだなんて言う根性無しだったんか、おい壹岐中佐」
 壹岐「俺のたてた作戦で、数千数万の将兵が死んでいった」
 Mu「軍人は自分の階級に応じて応分の責任を負えばよい。中佐の分際で分不相応のことを言うなよ」
 壹岐「しかし、状況判断を誤った作戦も多々ある。明らかに希望的期待値を作戦にちりばめた場面が多すぎた」
 Mu「まあな。コンピュータが一式揃った現代でも、期待値は往々にして誤差を超える。ソロバンと紙と鉛筆じゃ、手に負えない」
 壹岐「俺の甘さが日本を敗戦に導いた」
 Mu「また言う。日本は貴様の作戦のさじ加減一つで負けたわけではない。正面切っては勝てない戦争に巻き込まれるべく身をさらし、戦い、あっさり負けた。それを貴様のせいだというほど、貴様は一人で祖国を背負っていたのか?」
 壹岐「大東亜戦争は日本が身を潜めるべき戦いだった、……というのか? もしそれなら、参謀部は派手な戦争遂行に加担した失策を免れない」
 Mu「ああ、そうだ。そのことで、根性があって職責を重く思った将が幾人か腹を切った」
 壹岐「だから、俺もそうすべきだった」
 Mu「どんなことでも付和雷同、腹を切るのも一斉にでは、自律心があるとは言えない。一人が自決したなら、その自決の後を背負うのが、貴様の思う日本男児、いやさ帝國陸軍将官のつとめじゃないか。恥かいて生きて生き抜け。それぐらいの後始末をする要員として、11年間シベリアで根性入れ替えたんだろう? え? 壹岐中佐殿」
 壹岐「……」
 Mu「貴様は死に際を逃した、それにすぎない」
 壹岐「俺が、逃げたという奴もいる」
 Mu「そう言えるのは、貴様と同じ立場で戦い、あげくに腹切った者だけだよ。しかし、死んでしまえば何も言えない(笑う)。少なくとも、極寒のシベリアで11年間重労働、囚人として生きたことで、付帯する余罪はすべて禊がれたことになる」
 壹岐「だから、……、過ちを再び起こさないために」
 Mu「まだ、言い逃れするのか、貴様ぁ! 自分のやったことを、過ち、過失と思うのは勝手だが、人前でいう者は日本を正しく再生させない。日本が全員、総懺悔国民になって、貴様ぁ、それで祖国が救われると思うのか」
 壹岐「ああ、君の言いたいことが分かった。俺は、天から授かった能力を、敵味方死んだ者らに供養として差し出す。そうだ、残された俺の能力で、敵味方供養する」
 Mu「そう、それで貴様は帝國軍人を全うしたことになる。まあ、貴様は歴史の教訓だろうな」
 壹岐「そう、なるのか」
 Mu「ああ、……。それと」
 壹岐「なんだ。まだ説教するのか」
 Mu「全部、生きている間の、よしなしごとさ」

 ドラマの間中、壹岐中佐と話し合っていた。だから、よいドラマだったのだと、今思う。来週からもあるのなら、見ることにしよう。たしか、木曜日の夜の9時だったか、……。TVドラマにうつつを抜かす余生も、悪くはない脳。

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2008年1月 2日 (水)

小説木幡記:2008/01/02(水)昨夜は寝台特急・カシオペアで「相棒」を見る

 昨日の元日は、終日ぼんやりしていた。なにか読書しながら居眠りしていた。予定とか時間予約なしの正月は極楽だなぁ。人にも自分にも「スケジュールをきっちり立てろ!」と日頃叫んでいる自分がアホにみえてなぁ。馬鹿馬鹿しいロボット人生じゃなぁ。
 亡きマタリン君だって、ひながぼんやりしていた。寝てばかりいるからネコだなんて、本当なんだ。何時何分に、ご飯食べるとか、トイレに行くとか、MuBlog書くとか、葛野へ出勤だなんて彼が思っていたわけがない。

 元日の夜からミステリー・ドラマ「相棒」と、これは昨年も同じだった。ちょっと2007年の正月記録をみたら、ありましたね。「正月の二日目」
 昨夜もついふらふらとTVの前ににじりより、あとは終わるまでかぶりつき、なんかMuって本当に「することない、暇なオジキ」だと、客観視。よいよい。たのしんだのだから、と自らをなぐさめたとさ。

1.寝台特急カシオペア
 昨夜「相棒」で一番に驚いたのは、この日本に16時間もかけて、東京上野から札幌まで走る夜行列車があって、しかもその仕様が、クリスティも驚く、オリエント急行(殺人事件)よりも豪華なシティーホテルみたいな個室になっていて、王侯貴族のお召し列車と同じだなんて。
 目が点になった。
 TVとかミステリ小説って、こういう日常性を離れた場面が必要なんだ、と日曜作家は深く反省した。あまりのすごさに「一度乗ってみるベイ」と、朝からネット探索したら、サイトはあったけど、うむむ。宝クジあたったとき世界だね。

 JRえきねっと(JR東日本)寝台特急カシオペア

 お値段をみてみたら、片道で3万円強。ところが、一人取材はゆるされなくて、かならず相棒料金がいるという注記にがっくりした。つまり、必ず二人分の寝台料金、特急料金が必要。早い話、二人で行けば複雑じゃないのだが、一人だとものすご割高。いや、これはホテルの部屋料金と考えれば、それでよいのだと、一応納得したがな。

 夕食はフレンチで予約の8千円弱。う~。取材経費は日曜作家の場合、どこからも出ない。これでは無理だな、と諦めた。(しつこい性格だが、駄目とおもうと諦める潔さもあるのよ)
 上野から計算しただけでも、一人カシオペアに往復乗るだけで12万円ほどかかる。これだけあれば倶楽部の連中に毎月腹一杯回転カッパ寿司を支給できるじゃないの。そのうえ京都から新幹線のぞみに乗って上野・夕方4時過ぎのカシオペアまでたどりつくなんて、ものすご贅沢というか馬鹿っぽい行為に思える。

 別の事件現場になったホテルもついでに検索した。洞爺湖だった。地理にうといから、洞爺湖が北海道のどこかもわからないまま探してみたら、どうやら「洞爺パークホテル天翔」らしい。ここで、最後の見せ場があった。

 馬鹿馬鹿しい世間と、自分を鎮めながらも、どうにも魅力のあるカシオペアだった。
 以前、京都から佐渡に行ったとき、一番安い寝台列車に乗って、なんか牢獄というか、拷問部屋の思いがしたが、よく眠った。だから、カシオペアに乗っても、楽しむより先に眠りそうで、これももったいない話。
 列車は自分だけじゃ走れないようで、必ず昔懐かしいゴツゴツした電気機関車が索引していたなぁ。JRの記事にもあったが、途中(青森)辺りで業務停車して、そのあたりで前と後が入れ替わるらしい。乗客には関係のないことだが、なぜ北海道行くにはそういう仕掛けが必要なのかは、今日時点ではわからなかった。(マニア世界では当然の話かもしれないが)

2.相棒
 「寝台特急カシオペア殺人事件:上野~札幌1200kmを走る豪華密室」というタイトルだった。結論を先にいうと、「よかった」。二時間半程度だったが、目が話せなかった。ずんずんと引き込まれていった。もちろん何カ所も鼻白らむ所もあったが、それはまあMu一人の勝手な好き嫌い。

 内容は、ネタバレになるんだろうな、普通に記すと、これも。
 そうそう、DVDになるはずだから、やはり日曜作家としては業界に仁義を切って、詳細は言わないでおこう(あはは)。しかし、帯情報程度はな。書いておきましょう。でないと、Muが来年になると忘れてしまう。

☆☆☆
 東京のどっか繁華街で指名手配されている若者が雑踏の中を走っていく。それを数名の怖いオジキたちが監視TVで眺めている。若者を追っていく刑事たちと、それを眺めているオジキたちとは、お互いに相手が何者かはわからない。
 追われていく若者以外にも、別の男がこそこそと逃げている。
 最初の指名手配された若者が突然壮絶な爆死をする。別の男が参考人として警察に連れて行かれる。
 杉下右京(水谷豊)警視と相棒の亀山薫(寺脇康文)刑事は、その参考人を札幌まで、カシオペアで護送するはめになる。

 ところが、カシオペア号という走る密室で殺人が起こった。乗客はみんな身分を隠した者ばかりで、有名人たちもちらほら。右京はそれを手際よく解決した。しかし、手際よく解決したことこそが、実は別の犯人の目論んだ仕掛けだった~。

 うむ。
 よい脚本やね。もちろん過去に絡む事件だから、その登場人物達の過去をどう解釈するかで意見は分かれるところだろう。しかしフレーム(枠組み)としては、実に堅牢なものだった。堅牢だが、予定調和的にドラマが進まなくて、話が大きく二段構えになっている。見ようによっては、はらはらどきどき時計のアクロバットなのだが、それががっしりと、結論に運んでくれた。
 もし、Muならば、犯人の動機をもうすこし別の風に味付けしたいね。現代の若い連中だと、その動機を聞いてもぽかんと口を開けたままになるのも、数割おるだろうから。

3.まとめ
 ところで、Muは、最初の犯人はわからなかったが、主役犯人(こんな云い方あるかな)は、すぐに分かったぞ! うむ、まだ衰えてはおらん。ただし、なぜそうなったかは、なかなか分からなかった。
 カシオペアというMuのような庶民には別世界を舞台にして、オリエント急行殺人よりも、もうすこし分かりやすく乗客達の欲望を描き、そこに目が行っている間に別の大きな事件が背景でちゃくちゃくと時限爆弾のように時計を進めていく。
 実に、正月そうそう、よいミステリを味わいました。
 もちろん、日曜作家Muには絶対に書けない世界ですね。せいぜい、京阪電車宇治線ただ乗り殺人事件、程度でしょうかぁ。

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2008年1月 1日 (火)

小説木幡記:2008/01/01(火)石川さゆり、Gackt・ガクト、アンジェラ・アキ

 新年の挨拶は、ひとねむりしてから。
 昨夜NHK紅白を8割鑑賞して、記録しておきたかったのです。
 全体に、佳い歌がおおかったように感じました。ただし、SMAP君達は歌手としては残念でした。各人を役者としてはとても高く評価しています。近藤勇とか、金田一耕助とか~好みです。もちろん、ああやって歌う十代の雰囲気を楽しむファンの人は沢山いるのでしょうね。Muには軽佻浮薄という言葉が歌っているように思えました。もっと年齢相応に、気合いを入れないと。

A.歌そのものが肺腑をついた人達
 1位・石川さゆり→ 津軽海峡冬景色
 2位・アンジェラ・アキ→ サクラ色
 3位・Gackt・ガクト→ RETURNER~闇の終焉 ~消え逝く武士(サムライ)への鎮魂歌(レクイエム)~

B.全体の衝撃度
 1位・Gackt・ガクト→ RETURNER~闇の終焉 ~消え逝く武士(サムライ)への鎮魂歌(レクイエム)~
 2位・アンジェラ・アキ→ サクラ色 
 3位・石川さゆり→ 津軽海峡冬景色

C.総合評価
 1位・Gackt・ガクト→ RETURNER~闇の終焉 ~消え逝く武士(サムライ)への鎮魂歌(レクイエム)~
 2位・石川さゆり→ 津軽海峡冬景色
 3位・アンジェラ・アキ→ サクラ色

*.感想
 ガクトが「ぅうんは天にあり」を口にしたとき、驚きました。ぼんやりと、素人日曜演劇評家Muが想像した、そのとおりになって、唖然としました。竜みたいなマイクとか、鎧兜のベースとか、ショックでしたね。相当に緻密な演出でした。舞台効果も抜群でした。歌も演技も舞台もガクトも、渾然一体となってMuを異世界に迷い込ませてしまいました。これはDVDにして宝にします。
 石川さゆりさんは何度も聞いていますが、なんど聞いても肺腑を突く歌唱力、あくゆうさんの才能の結晶ですね。石川さんのこの歌は入魂の一曲でした。
 アンジェラさんは、こういう雰囲気がまず良いし、ピアノの前で歌うのも格好がよかったです。ジーンズとシャツと、眼鏡だけで雰囲気を出すのは才能ですね。いやそれ以上に歌がぐっと身体に入ってきました。

 というわけで、2007年末は、一年ぶりの「歌」番組でした。絶唱、シャウト、演歌(パンソリ系)、相変わらずMuの好みに変化はないのですが、それらに合致する曲も沢山ありました。世間がMuに近づいてきたのでしょうか(笑)。
 今年2008年末も楽しみです。

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2007年11月26日 (月)

点と線/松本清張:TVで観た「新・点と線」

 土曜と日曜の夜に、二晩かけて「点と線/松本清張」が放映された。
 上下で四時間以上も録画したのだから、画面から脚本や演出、俳優さん達を確認し列挙し、メモをするのもよかろうが、今回はやめておく。

 例によって、知った俳優は、鳥飼刑事(ビートたけし)と、あと数名だけだった。
 が、そこここに脇役のような味わいで、随分著名な人達が演じていた。たとえば、香椎駅の八百屋のオジサンは、昨年大河ドラマで黒田軍師だったひと。北海道の駅員の一人は、どこかで見た名優だった。相変わらず、女優たちはみんな美しく見えた。和服姿が多いが、昔はこんなだったと、自らの幼少期を思い出していた。

 ノスタルジー。遙かな過去への郷愁。自分もそこに住んでいた、今とは異なる、別世界。
 そういうことに感動するのは、いかにも庶民的だが、庶民だからこそ、その過去の日常世界にどっぷりひたって二日観た。理屈を並べなくても、その世界に戻る気持はない。ないのだけど、クーラーも携帯電話も、新幹線もない時代に深い懐かしさを味わった。
 これだけで、このドラマは出色だ。

 東京駅の13番ホームと15番ホーム。13番ホームは、現在はたしかに新幹線が出来てから消えたはずだ(駅に行かないと実証的じゃないが)。その13番ホームから列車に妨害されずに15番線を見通すことが出来るのは、夕方の5時57分から6時1分までの4分間だけだ、という驚異的な事実が「空白の四分間」として、ドラマの核になった。
 私はミステリー好きだし、松本清張も好みなのだが、実はマニアじゃないので、こういう時刻表を実際に見たわけじゃない。当時の国鉄のダイヤ編成官に聞いたわけでもない。だから、事実なのか嘘なのか、いまだに知らない。しかし、どちらであっても、そんな風に世間を眺める視点を当時の松本清張が持ったのは、優れたことだと思った。

 全編国鉄や私鉄、つまり鉄道世界に満ちていた。電話もまともにつながらない当時、全国津々浦々にまで国鉄があったのは驚異だし、そのうえ、香椎あたりに私鉄もあって、二つの香椎駅(国鉄と西鉄)の到着時間や距離の違いが、大きな謎の土台となっていた。

 これだけのセットを造るのは、相当な資金と努力が必要だと思った。録画を精査すれば、どこまでリアルかどうかはわかるだろうが、今のところ、よくこんなに精密に違和感なく当時を再現したという思いがある。汽車や電車や自動車や、古くさいジープや、信号機や駅舎、……。

現代のJR香椎駅地図

(福岡県福岡市東区香椎駅前)

感想1:ドラマ
 TVドラマ単体で考えるとき、非常によくできた作品だと思った。
 鳥飼刑事と三原警部補との緊張や対立、融和の過程がうまく描かれていた。
 現代の風景で、宇津井健が演じる「三原」がなにかの拍子に号泣する場面があったが、これはうまく感情移入ができた。
 たけしが、捜査にのめりこんでいく姿が自然だった。とりつかれたようになり、そしてコロンボのようなひらめきをみせ、謎を解き明かしていく。最後に、博多の上司に帰還を迫られて、はっとしたような顔になって、帰りますと言ったシーンが特によかった。

感想2:解釈
 原作で一番よいと思ったのは、実は、博多東の鳥飼刑事と警視庁の三原警部補とは、今ある読後感では、二人は淡々とした間柄だった。それぞれが、それぞれに博多と東京で考えをめぐらし、手紙を往復させて、物語が進んだという印象だった(再々読すれば、別の印象があるかもしれないが)。

 その「よい」と思った部分が、最初はビートたけしの強烈な、アクのつよいキャラで消えてしまっていた。都会と田舎、秀才と兵隊あがりの叩きあげ刑事、上品さと野卑、そういう対立構造でTVドラマは進んだ。もちろん終盤でそれらの対立が融けて、気持のよい終わりを見せてくれたのだが。
 私は、ドラマはドラマとして優れた作品だと、思った。
 だが、原作の異色さを、二人の男性の距離をもった水魚の交わりに似た小説内関係性にある、と評価してきたので、そこが「別の世界だ」と思った。

感想3:まとめ
 鉄道模型もつかわれていたような気がした。東京駅の夜景はそうじゃなかろうか。ポイントが切り替わる場面が何回もあったが、よい挿入場面だった。列車の連結場面もメカニカルによく描かれていた。
 犯人の妻役の名演に感心した。最後に鳥飼刑事が訪ねたとき、徐々に汗が浮かび眼が潤み緊張していく様子が非常にリアルであった。
 被害者実家の東北の田舎の様子もよかった。
 その他、名場面で一杯だった。

 TVドラマとは、丁寧な脚本と演出、そして背景(セットとか特殊撮影)、さらに俳優女優の配置。時間とお金をかけて、意気込みがあって、それぞれにプロ意識があると、上等なドラマになるものだ、と感心した。
 よき二晩でした。

参考MuBlog
  点と線/松本清張(新潮文庫)
  時間の習俗/松本清張(新潮文庫)
  北九州の旅:松本清張記念館

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2007年3月15日 (木)

邪馬台国はどこか/NHK歴史の選択

 吉野ヶ里(佐賀県)地図
 纒向(まきむく)(奈良県)地図

参考MuBlog:黒塚古墳・公園の現況写真

 邪馬台国が日本のどこにあったのかという論争を、「歴史の選択(NHK)」で放映された。視聴者が携帯電話などで投票をする方式だった。結果は、九州説が約3万5千人、大和説が約2万1千人の回答で、九州説有利と日本人が考えている様子がわかった。おもしろいことに、九州地域の回答者は95%九州説なのに、近畿地域の人は、70%が大和説だった。九州住人は熱があるように思えた。それに投票は、まるで選挙みたいだ。もちろん番組では、沖縄説、四国説も紹介され、各地説も図上に出た。出雲、長野、なんと房総の千葉説まで含まれていた。
  しかし、MuBlogご紹介・鯨統一郎さんの、トンデモなくまっとうな、正論は紹介されなかった(笑)。邪馬台国はどこですか? を紹介しないなんてねぇ。

 さらにMuBlogご紹介・大和は邪馬台国である/高城修三、こういう図書も紹介されなかった。さらに、まほろばの歌がきこえる/苅谷俊介、も。

 沖縄説は、琉球大学名誉教授木村政昭という人が画面にでてきて、沖縄県北谷(ちゃたん)町沖の海底に、邪馬台国遺跡があると紹介されていて、興味を引いた。巨大な亀形石を王墓と推測し、また長い石段や宮殿跡らしい映像もみることが出来た。

 番組進行の上で比較された所は、次の諸点だった。

 卑弥呼が住んだ所: 吉野ヶ里(九州)か、纒向(まきむく)遺跡(大和)
 卑弥呼の統治象徴: 鉄製武器(九州)か、銅鏡(大和)
 卑弥呼の統治方法: 武力(九州)か、権威(大和)か
 卑弥呼の墓: 平原(ひらばる)遺跡(九州福岡前原市)か、箸墓古墳(奈良県桜井市)

 あとは、邪馬台国の南にあったと魏志倭人伝に記された狗奴国との関係。

 松平定知さんが大和説の身代わりで、上田早苗さんが九州出身らしく邪馬台国九州説の身代わりをした。感想だが、上田さんは熱っぽかったが、松平さんは「ぼくには、関係ないよ」という態度がありありと出ていた。いつもの熱気がないのが、最初から結論が分かっているようで、笑けた。その通りの結果となった。
 私は、教員なので、以前から九州の人を何人も見てきたが、たしかに熱心というか血が沸騰するような雰囲気の人が多くて、だから、上田さんの九州説には勝てないなぁ、と瞬間思った。九州で幼少期を過ごすと、邪馬台国が九州以外のどこにあるぅ! という雰囲気なのだ。つまり九州で初等教育を受けると、お日さまが東から上がるのと同じくらいに、邪馬台国九州説は当然の、天動説のようなものだ。

 では、Mu説。

0.Mu前提
 昔々の大昔、大和纒向に、出雲から素戔嗚尊(すさのおのみこと)眷属一党が移ってきた。そこに居住し、三輪山をあがめ、一大神帝国を営んでいた。
 そこへ、九州からも神武一党が乗り込んできて、両派は婚姻関係を結び、神武は畝傍橿原で新建国し、ヤマトと呼ばれた。諸国が乱れたのは、神武一党の東征によるものが大きい。しかし畝傍・三輪の初期ヤマト領国は三輪山と畝傍山を結んだ局地的なもので、諸国での騒乱は続いた。
 約100年の間に、畝傍橿原からは男系で歴代大王が立ち、三輪からは女系が立ち巫女として神を祀った。
 後世崇神天皇と呼ばれた時代には、疫病も猛威を振るい、全国的に収拾がつかなくなり、ついに日巫女(ヒミコ)として、ヤマト・トトビ・モモソヒメが諸国に共立され、祭政一致、戦乱をおさめた。後世、魏志倭人伝の記述により、卑弥呼として人々に知られるようになった。

1.吉野ヶ里(九州)か、纒向(まきむく)遺跡(大和)か

 女系・巫女の神聖憑依、よりつきで国がおさまったのだから、武力国家というよりも、権威国家、つまり平安京のようなものだな。吉野ヶ里は武張っている。他方、纒向は運河もあって文明が開けていた。女王の居住地としては、纒向からみた三輪山のイメージが神聖さをいやます。

2.卑弥呼の統治象徴: 鉄製武器(九州)か、銅鏡(大和)か &
  卑弥呼の統治方法: 武力(九州)か、権威(大和)か

 銅鏡を古墳に納めた様式からみて、前方後円墳もまた、墓の機能よりも、神聖な御山だったのだろう。相互に剣で攻めることに失敗したから、日巫女が立った。日巫女(ヒミコ)は外交によって魏から銅鏡をプレゼントされ、親魏倭王として、ヤマト代表と認められた。つまり、日巫女のシンボルは、剣ではなくて銅鏡だったのだから、銅鏡の多い大和説が妥当だろう。

3.平原(ひらばる)遺跡(九州福岡前原市)か、箸墓古墳(奈良県桜井市)

 九州説だと居住地が吉野ヶ里で、御山・墓が前原市になるが、はて。
 大和説だと居住地が三輪山近くの纒向(まきむく)で、その聖山三輪山の麓に日巫女の御山・箸墓があり、すべて一カ所にまとまっている。
 九州説だと現・佐賀県の神埼市近郊に住み、40キロほど遠隔の現・福岡県前原市に墓を作るのが、分かりにくい。

 狗奴国(くなこく)については、魏志倭人伝によると南にあったそうだから、九州なら熊本県、大和なら和歌山県あたりなのだろうか。ところが、魏志倭人伝の方位は、これは真に受けるのが間違いで、作者は伝聞らしいので、あてにはならない。一体、邪馬台国(ヤマト国)に叛旗をひるがえす強国狗奴国はどこなのだろう。邪馬台国大和説では、尾張とも以前耳にした。

 以上、つらつら考えるに、昨夜のNHK「邪馬台国はどこですか」視聴者の多くは、Muとは違った考えをお持ちの九州人が、大挙して携帯電話で番組を乗っ取ったのじゃなかろうかと、いささか危惧の念、これあり。公器であるTV放送を、恣意に扱う悪い風潮には、困り果てる濃。九州の住人は、本当に濃い人が多い(笑)。

 邪馬台国は、ヤマト国の中国風僻地訛り、これは卑弥呼も日巫女の中国風僻地訛り。いずれも、邪とか馬とか、卑とか、ふてぶてしいまでの悪字を他国に使う悪いクセ。
 さすれば、答えは最初からでている。
 ヤマト→大和、と。

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2006年6月 2日 (金)

千年の帝国・ビザンチン/NHK(TV)

千年の帝国 ビザンチン~砂漠の十字架に秘められた謎~
  2006年6月2日(金) 午後10時~10時49分・総合テレビ

予備知識 
 コンスタンチノープル=現イスタンブール、を中心として千年帝國ビザンチンがあった。これはオスマントルコに破壊されたが、文化の継承はあった。オスマントルコ帝国は20世紀まで生きながらえた。

 歴史の概略では、現在のトルコのイスタンブール(旧都ビザンチン帝国首都コンスタンチノープル)を中心にして次の様な変遷がある。

  ビザンチン帝国(4世紀にローマ帝国がコンスタンチノープルに遷都)→
  オスマン帝国(15世紀にメフメト2世がコンスタンチノープルを陥落させて、建国)→
  トルコ共和国(20世紀)

 日本に生まれ育っていると世界の歴史をとりちがえてしまうことがある。
 その一つが、東欧への無知である。
 ローマ帝国の後継者でもあるビザンチン帝国がコンスタンチノープルを首都として栄えた千年キリスト教帝国であり、そこを滅ぼしたイスラム教徒が同じ場所をイスタンブールと改名して20世紀まで栄えた。現代のトルコである。
 こういう東欧の歴史は、現代のパクス・アメリカーナ(アメリカの平和)の目から、こぼれ落ちてしまう。ヨーロッパ史や中国史までは、なにかと身近だが、ビザンチン帝国が千年続き、そしてオスマントルコがどれほどのイスラム文化を成熟させたかとなると、抜け落ちてしまっている。

 かくいう私は知識が浅い。
 以前「ビザンツ・幻影の世界帝国/根津由喜夫(講談社選書メチエ154)」を一読し、ビザンツの華やかさに目をうばわれ、最近はヒストリアンで、聖ソフィア大聖堂の華麗さや、メフメト2世とワラキア公ドラキュラ(ルーマニア)の関係を知った、程度である。

 今夜NHKで、その栄光のビザンチン千年帝国が現代に蘇る。楽しみだ。

鑑賞感想
 幾つかの点で、理解が深まった。

1.ビザンチン帝国での、モザイク絵画、金細工、そして聖堂作り。
 私は、このあたりの場面をみていて、小説や映画になった『砂の惑星』を思い出していた。モデルはビザンチン帝国だったのかもしれない。

2.エジプト、シナイ半島にある、聖エカテリニ修道院。
 イスラムのモスク併設の正教が、現実にあったことに驚いた。
 正教修道院で、ヴェドウィンがイスラムの礼拝を行っていた。
 砂漠の民ヴェドウィンと、キリスト教修道士とが、毎週金曜日に同じテーブルでパンをこねていた。そのパンには十字の型をつけ、イスラム教徒が焼いていた。
 修道院には、ムハンマドを歓待した際、修道師を保護し尊重する盟約書をムハンマドが書いたという伝承があった。

 他にもいろいろあったが、この二つには特に感銘を受けた。
 手元にある『ビザンツ・幻影の世界帝国』には、第三章「コンスタンチノープルという名の快楽」第一節「世界の首都、異邦人の楽園」があり、ビザンチン帝国が融和世界であると思いだした。今風にいえば、なんでもありの世界だったのだ。モンゴル、元の大都もそうだった。

 現代のローマカトリックと、ギリシャ正教と、イスラム教の違いなど、私にはそれら異教徒のことは分かるはずもないが、同じキリスト教でも性格が随分異なると知った。小説「ヒストリアン」では、15世紀メフメト2世がコンスタンチノープルを墜とし、イスタンブールと改名し、オスマントルコ世界が飛躍した前後が詳細に描かれていた。そこで、スルタンはコンスタンチノープルを破壊したが、数年後にキリスト教を許可したと記してあった。宥和政策であろうか。~とはもうしても、フィクションの中での話だが(笑)。

 なお、エカテリニの修道士が、十字軍を苦々しく、批判したのはこれまでの知識からよく理解できた。つまり「十字軍は、聖地奪回どころか、破壊と混乱を生じさせただけである」と。ビザンチン帝国は、1204年、十字軍に襲われ破壊されて、多数の宝物を略奪された。なんとも、歴史の皮肉を味わった。

 というわけで、聖エカテリニ修道院が現在もあり、毎朝四時から3時間のお勤めをし、そして金曜日には異教徒イスラム・ヴェドウィンの住民たちとパンを焼いて歓談するという姿に、人間世界の、軽やかな未来を味わった。

 すると、葬式を仏式でおこない、結婚式はチャペルへ行き、年始には仏教寺院、神社、交互にお参りに行くわれわれ大多数の日本人は、まことによいスジをもっていると、感心した。ただ、これを無宗教と考えるのは良くない。強いて申せば、アニミズムなんだろう。この世の森羅万象すべてに神が宿っているのだから、磐座も、モスクも教会も寺も神社も、すべて大切にしているわけだ。

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2005年3月29日 (火)

0503291・たたら製鉄:千年の秘技

 プロジェクトXというNHKの番組は以前から気になっていた。一度、模型ヘリコプターを見ただけだったが、感動した。で、今朝新聞をみると、「千年の秘技」という文字が目に入り、あわてて予約録画をした。

 さきほど、放映を観た。
 驚きが先にあった。つまり、弥生時代以来のたたら製鉄が、戦後全く途絶えて、30年間空白だったという事実にである。
 空白は埋まったのだろうか。

 20年前にいろんな事情で、たたら製鉄を復活しようとした島根の小工場が、どうしても製法が解けず、出雲の山中で炭焼きをしている70数歳の安部由蔵さんを連れてきて、拝み倒し、その後も数々の試練をへて、ようやくやっと、燦然と銀色に輝く純度99%の玉鋼(たまはがね)を造った。Muは、秘技の断絶寸前の恐怖に我を忘れた。
 今では、北九州の方でもたたら製鉄を若い技術者達が伝承しようと、実験しがんばっているが、20年前には誰も出来なかったようだ。

 安部由蔵さんという方はその時、最後の「村下(むらげ)」といって、タタラ製鉄をする際のチーフであり、一子相伝の秘技を持っていた。それは現在、たたら製鉄を復活させる中心となった当時の技師木原明さんが9年間弟子入りして、最後に安部さんから「君は村下です」といわれ、からくも伝わった。

 それにしても。
 古代の玉鋼製法が、近代製鉄では復元できなかったというのが驚きだった。
 技術は深い。

 プロジェクトXとは言っても秘伝の総てをしることはできなかったが、いくつかメモをしておく。

1.炉は特定地の粘土製で、2メートル70センチの長さを持つ長方形。蓋のない大型石棺に見えた。底は玉鋼が貯まるように丸くくぼんでいた。
2.三日三晩、炭と砂鉄とを燃やす。風はふぃごで送るが、じわじわとした酸素供給がよい。温度は1500度c。
3.赤い炎を15時間程度、その後山吹色になったなら、半ば成功。
4.砂鉄は、出雲の某山のものを1千回にわけて炉にまんべんなく入れる。紫色の炎は砂鉄の偏りをしめす。
*.某山は国有地のため、最適の砂鉄がえられなかったので、水をかけ酸化を事前に促した。

 まだ録画を観ていないので、これくらいのメモしか頭に残らなかったが、たたら製鉄をしようとすると、おそらく安部村下に9年間弟子入りしなければ、会得できない様々なことがあるのだろう。事実、仕上がり前に炉の下部にある「のぞき穴」をあけて、音を聞いていた。風の音の合間に、砂鉄から純鉄が生まれる鳴き声がちりちりと聞こえるそうだ。
 また、実際の製法をみていると、金屋子神(かなやごがみ)に祈るという点から、三日三晩寝ずに炉に付き合うのは、単なる肉体の壮健だけではなく、精神力が相当にないとできないことに思えた。

 この記事はメモに終わったが、Muは以前JoBlogで話題になった「たたら」について、蒙を啓かれた思いがした。日本古来の鉄、その純度、その日本刀への応用。技術とは、人の心の産物であると、今夜あらためて感じ入った。

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