カテゴリー「賢者板」の15件の記事

2012年1月21日 (土)

小説木幡記:JMRIだけでなく、Appleが冴えてきた: iBooks Author

Simg_7547 昨年は電脳関係が豊かだった。今年も続き、余は日々快調な思いが胸に溢れる。

1.DCC: 鉄道模型
 これはJMRIの深さにますますのめり込んでおる。と、実は別の事情もある。国産のDCC用品でDP1という機器がある。これを国際的なJMRIと接合させるために、南福岡九州急行鉄道さんがアプリケーションを開発し、以前から公開されていて、余もこれになじみ初めて、実に満足である。
 JMRIは底深いのでいろいろな利用法があるが、余は必要な列車のスロットル(制御板表示形式)をPC画面にすべて開き、さらにポイントもすべて番号単位で開き、マウスクリックするだけで、必要な列車、必要なポイントをまとめて操作出来る状態にして使っておる。

 Python、Jythonでプログラミングする醍醐味よりも先に、画面にすべてを描きだし、ボタン操作するだけで車両がある程度自由自在に個別に扱える醍醐味を、昨年から味わっておる。
 これは想像以上に素晴らしく思えた。

2.iBooks Author
 昨夕インターネットニュースでこの、iBooks Authorなる文字をみつけ、「Author?」と引っかかり、もしかしたら電子書籍オーサリングシステムかぁ~と思い、記事を読んだらまさしくそうだった。しかし、昨夜は疲労激しく眠ってしまい、今朝確認し、夕方からダウンロードして使い出した。無料で日本語化されていた。

 今は詳細は語らぬ。
 ただ、余は電子書籍制作に関して学内の某所から研究費をいただいておって、昨日までずっと考え込んでいた。要するに、資源、データ要素はすべて集めていた(Word文書、写真、ビデオ~)のだが、一昨日までの世界では、それを自由自在に図書化するにはものすごい年季というか技術とそして資金が必要だった。
 報告書を書くのはすぐそこに来ているのに、事態は絶望的だったので、秋からはとりあえずのPDF化を始めていた。勿論、それだけでも2年間の授業や研究成果のまとめとしては意味を持つのだが。

 で。昨日から今日にかけて。
 余が求め、想像し、考えていたところの電子書籍オーサリングシステムを、アップル社は無料で世に問うた。
 なかなかに、世の中は面白い、脳。

3.それにつけても作品採点、繁忙極致
 余の葛野職場は従来からICT先行投資がされていて、成績管理や出欠管理には実績がある。だから、昔に比べると随分と気楽になったのだが~しかし、學生達の制作した作品やレポートを自動判定するほどには革命が進行していない(笑)。依然として、学生の作った色鮮やかな目録やレファレンスチャートは、余が肉眼でながめ、頁をめくり、採点しておる。(うむ、紙質にねばりがあって、良い脳~とか、ふむインク色に潤いがないな。これは廉価再生インクを使っておるな)
 いやはや採点、これさえなければ大学教員はうむふむ気楽じゃが~しかし試験採点が無くなれば、余は何をしてよいのか、立ち止まってしまうぞよ。

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2011年6月 4日 (土)

小説木幡記:ちかごろ読書考

0aimg_5298 このごろ読書するのは限られた時間と場所だけになってきた。それだけせわしなくうごいているのか、あるいはそんな環境に身を置いてしまっているのか。もっと読み浸りたいと思うのだが、俗事におぼれ、読書の根気に追いつけなくなっておる。

北森鴻の小説
 就寝前のベッドで、あたまにでっかい枕を二重に挟んで文庫本を読んでいる。数日前に読み終えたのは、触身仏/北森鴻(新潮文庫)だった。300頁に5編の民俗ミステリーがあって、ひとつひとつは60頁程度の短編である。一つの短編を二晩かけていたから、30頁も読むと毎晩眠ってしまっていたのだろう。われながらものすごく遅読になったものだなぁ。

 ただし、一気呵成によむのではなくて、北森さんの短編は、ひとつひとつが新しい発見だから、暗い天井を眺めてため息をつく時間が多くて、なかなか進まないのだろう。それほどに深い。「御蔭講(おかげこう)」でのわらしべ長者伝説の展開に接し、余はうなりこんでしまった。「講」とわらしべ長者をひっつけるなんて、余の想像を超えておった。

 これが、今夏に予定している「夏季論文」の対象評論集になってくると、数頁読むたびに「うむむぅ~」と、うなり込んでしまう。一般に評論文の方が、さらに遅読になるものだ。それは難解であるまえに、情報量が小説世界の中に閉じこめられたものよりも、はるかに外部に膨大なものが横たわっているからなのだ。たとえば、美術研究・評論文で「若沖」とあるならば、おそらく書き手は余が若沖の鶏や象を熟知しているものとして、そこからさらに論を深める。ましていわんや今夏対象図書において、記紀や古社寺の結構、史においておや。余は原則、小説世界はそれだけで完結しているものとみなし、それを求めておる。文芸評論はその紙背に巨大な歴史がある。

異国のJMRI
 実はもう一つの読書があって、それはiPadなのだ。
 JMRI(邪無理とでも読むのかな。なんと読んでもよかろうが、定説はある。CIAをシアと呼ぶ人は少ないだろう。FBIをフビ-とも言わないだろう。だからJMRIを「じぇーえむあーるあい」と、JRの兄弟みたいに読みかけるのは~)どうしても英語で読まざるを得ないものがあって、JMRIのような{PC+鐵}世界になると、日本でも使う人が少なくて、翻訳図書をみたことがない。だから仕方なくネット上の記事を必要に応じてiPadに取り込んで、にらみつけるわけだ。ときどき翻訳しましょうかと、ブラウザがかたりかけてくるが、不用意に翻訳を任せると、こなれていない訳文に脳が混乱し余計にややこしくなる。

 この場合は人間翻訳の方が、特殊用語は別にして、文体そのものが日本の特殊世界の文章よりも素直だから、絵や解説を読んでいるとなんとなく分かってくる(笑)。だからこそ、特殊辞書を組み込めば、自動翻訳も上等な解をだすじゃろうが、それまで待ってはいられない。

 日本は大昔から漢文や、そして幕末になるとオランダ語や英語や仏語や独語や~を読まざるを得なくて苦労が多かった。いやいや大昔の外国の人達も、ギリシャ語やラテン語を読めないと公職に就きにくかったし、あるいはもっと昔なら、くさび形文字やヒエログリフを読み書きできないと、無教養に思われたし~。だから今更高校英語「JMRI」を読んでまで、{PC+鐵}國教養人になりましょう、と余が思うのは、歴史・人類史の則にしたがったことなのじゃろう、脳。

追伸
 肝心なことを言い忘れましたな。
 なぜiPadで読むかというと、膨大な情報量、あちこちの情報源からいろいろ集めてきて、それをフォルダというかiPad 書庫にまとめていくと、情報の整理整頓が楽で、あちこち探し回らなくても、巨大な図書を一冊持っているようなものだから、ネットや異国の情報を扱うには、実に便利この上もないからだ。

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2011年5月 1日 (日)

小説木幡記:メディア変換の中での紙や電子書籍

Muimg_5730 メディア変換という言葉は、媒体変換ともいえるから、単純に考えるとたとえば粘土板に書かれている本を、紙に印刷し直すようなことが想像できる。他方、もっと大切なことは、地図を文章に変換したり、文章から写真(静止画)や、動画に変換することもある。この方が根源的で大胆なメディア変換である。
 ところで。
 最近、というか先年の春にアップル社のiPadを注文して以来、ずっと電子書籍と紙書籍の対比を考えてきた。余が考えずとも、余人が賢く考えてくれるわけだが、暇もあり手持ちぶさたもあって、ともかく考えてきた。そこで、現状での中間的な結論はというと。3つでてきた。

1.小説の電子化必然性?
 電子書籍化という必然性は、新しいメディアを生み出すことにつながる。だから紙で済ませられることは紙で済ませておいてもよい。
 つまり、ひたすら読み進んでいく小説などは、そのままのテキストならば紙の方が読みやすく扱いやすい。ディジタル化すると数千冊を持ち運び出来るから便利という話にもなるが、~人間は大抵一冊の長編小説を読み終えるのに数日かかるから、数千冊を同時に必要なのは世界旅行したり、特別な職業の人だけだろう。

2.新しい別種の電子化小説?
 電子書籍化の必然性と持続性は、電子化することで圧倒的な利便性や別の世界が広がる時だろう。たとえばテキストオリエンテッドな小説が、電子化することでゲーム化したり音や映像の映画的要素が入ったとき、初めて電子化書籍の強い意味が生まれる。
 それは紙書籍媒体から別の新媒体に変化(あえて進化とは書かない)したことになり、iPadのような読書機があってこそ生まれるものだ。iPadで村上龍の歌うクジラ(ネット上での電子版解説あり)を読むというよりも眺めていると、近未来の新しい電子書籍を想像することができる。坂本龍一の音楽から雰囲気を耳できっちりとらえて、そして篠原潤のイラストが近未来世界の形を見せてくれる。
 従来のテキストオリエンテッドな芸術から、別の物が生まれる端境期だと思った。

3.メディア変換の難しさ
 コンピュータが生まれて70年近くになってきた。インターネットが日本の一般社会で解禁というか普及し始めたのは1995年前後だから20年近くになる。その間の変化は犬加算年というか、「実年x7」の勢いだった。つまり、陳腐化が早い。インターネット話は、実年は20年弱前だが、一般的な歴史に換算すると140年ほども昔のことになる。要するに明治時代のことと同じくらいに古い話である。
 その間のメディア変換の激しさからして、すでにインターネット黎明期の情報を読み返せないことが多い。情報の格納形式と、格納媒体の変化によって消えた情報も多々ある。
 たとえばβのビデオが沢山あって、再生機が生産販売されていない世界では、もうβにあるビデオ映画を見ることが出来ない。と、それはたとえ話ではなくて現実である。

 この1~3は、紙であっても電子であっても、それぞれの格納媒体が生まれた時、新旧メディアの並列同時存在時期が長く続いたと考えている。紙印刷術図書は1450年のグーテンベルグころを始点とできるから560年前だ。紙が生まれたのは諸説あるが中国で西暦紀元前後と考えるのが穏当なところであろう。2000年前だ。そして電子計算機の誕生は1945年頃、65年前のことで、7倍して455歳(笑)。紙印刷図書の年齢が560歳で、電子書籍が455歳。まだまだ共存するだろう。(昨年2010年iPadの誕生普及をもって電子書籍元年と言われ出した)

 それにしても、コンピュータのOS自体が問題だな。今時、CP/MとかMS-DOSとかOS9、Windows95とか、~Apple2対応とか~。そういうゲームやテキストを、現代のwindows7やMacXやLinuxで扱うのは至難の業だし、玄人でないと無理だろう。さらにそのころは音楽テープや紙テープ(爆)や巨大な7インチ・フロッピーディスクにデータを保存していたような気がする。5インチはその後だ。わずかに30年昔のことだ。メディア変換して現代に蘇生させるには、研究課題になるくらい苦労する。

 いろいろ来し方行く末を考えるとしんどくなってきた。数日前にiPad2 が国内発売された。そのうち、初代iPadで読めた小説は、iPad5くらいになるとフツーゥには読めなくなるような悪い予感がする。taurus

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2011年4月29日 (金)

鉄道模型のPC制御:(05)iPadで列車制御→WiThrottle

承前:鉄道模型のPC制御:(04)JMRIの設定(MacBook)

05-00 スロットル(Throttle)という言葉
1wthrot
 
 鉄道や鉄道模型の愛好家でない人が、スロットルという言葉を聞くとどう翻訳するだろうか。ガソリンエンジンに慣れている人だと、絞り弁という意味でスロットル・バルブを思い出すだろう。私は最初の内、鉄道模型世界(特にDCC)でスロットルと使われても、まるでその意味内容を受け付けなかった。よく読めば、主にスピード調整をするためのレバーとか音量を変える回転調整器のようなものとか、そういう機能を持った制御装置、コントローラ(TVなどのチャンネルを変える遠隔装置のような)だと分かってくる。
 いまだに、なぜDCCの世界でスロットルという言葉が本流なのか、まるで分からない。おそらく鉄道世界の古い歴史の中で使われてきた言葉が、模型世界に持ち込まれたのだろう。
 要するに、速度調整などのための、制御装置のことである(笑)

 ↑上記写真は、iPadから無線で鉄道模型を動かすためのアプリケーションの画面である。ソフトの名称は「WiThrottle」といい、アップルストアから1200円で購入した。無料のものもLite 版であるが、いろいろ考えて購入した。つまり、作った人への深甚な敬意からである。
 もともとはiPhoneとかiPodのためにつくられていて、iPad では画面を2倍にして表示した。一般にiPhone用のアプリケーションはiPadでも動くことが多い。調べてみるとアンドロイド用のも類似アプリがあるようだ。つまり、携帯電話のスマフォ(スマートフォーン)を、今後も鉄道模型のスロットル・無線制御装置に替える優れた発想のソフトウェアである。

 上部に731201とがある。これは制御対象車両で、それぞれ国産KATO製の車両名称を私はこのようにした。二つとも似たような形式の車両だが、DCCフレンドリータイプといって、簡単にDCC化できるので実験対象としてきた。画面では左右に速度制御(仮想的)レバーがあるので、これを上下させると、進行方向や速度を個別に同時に無線で制御できる。iPad で使っているのでいささか大げさだが、スマフォなら小じゃれた雰囲気だろう。こういうところにDCC(電子指令制御)システムのよさがある。

05-01 アドレス(Address)設定
2addressset

 ↑写真は列車を記号で登録している様子である。上部左の201(L)という数字に注目すると、その下にLongとShortがあるように、何故かは知らねどこの種類(ディジトラック社)のDCCでは車両番号を4桁か2桁かを決める場面があった。よくわからないが、私は0201とか、0731とか4桁仕様にしていたので、この登録場面ではLongを指示し自動的に(L)という表示が現れていた。具体的には、Keypadの直下で0201と入力し、右のSetを押して完了だった。画面にはすでに731(L)も登録されているのが分かる。
 なお、アドレスとはこの文脈では「車両番号」とすればよい。住所ではない。DCCでは多数の車両をこのアドレスによって識別し、個別に制御する。背番号のようなものである。

05-02 スロットル画面様式の選定
3throttype

 最初に05-00で表示したスロットルタイプ(左右双頭制御だな)はこの写真場面で選んだ。画面下部の「Setthings」によって、設定ができる。しかし私はまだ習熟していないので、スロットルタイプを選んだ事以外には、この場面の諸機能を理解していない。いずれ必要に応じて使いこなすかもしれないが、いまのところは不要である。
 
 ただし、CurrentServer下の「192.168.1.6:1340」という数字列は注目しておくとよい。つまり、今回は説明を省略するがPCはJMRIという鉄道模型制御アプリケーションを通してDCC世界を制御しているのだが、そのソフトウェアが同時に無線Lan(WiFi)を司っていて、この数字はJMRIが自動決定している数字なのである。だからJMRIを起動したとき、所定の画面からこのサーバー番号を見る必要がある。そこに現れた数字を、このiPad上のWiThrottleで設定するわけだ。
 詳細事例は、参考3の記事に詳しい。

05-03 普通の単行スロットルタイプ
4leftthrot

 一種類の列車とか単行車両を制御するにはこの普通のタイプがわかりやすい。これは列車進行方向を上部で決めて、速度は左側のレバーを上下させることで動かす。また右のボタンはDCCが持っている機能を動かすためのもので、個々車両が対応しているなら、個別に前照灯や客車の電灯を点けたり消したりできる。他に汽笛をならしたり~いろいろドアを開け閉めしたりと、ギミックに応じて操作できる。私の場合は、走らせることにしか対応していない(笑)。

 以上、まだ表面的な使い方しか経験していないが、スマートフォーンやiPadが鉄道模型世界に溶け込む様子を直に体験すると、技術の進歩に感動を覚える。私がアンドロイドを買うとすると、電話に使うよりも、スロットルとしてなのだと、自ら納得した。iPhoneは諸事情から入手しない。

参考
1.JMRI: WiFi Throttle
2.WiThrottle
3.iPhone又はiPadかiPod touchでDCCをコントロールする

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2011年3月 8日 (火)

小説木幡記:電子読書機は10年間モデルチェンジせぬがよい!

Muimg_5701 iPad2が発売されるらしい。となると昨年の梅雨時、手にしたiPad は「昔の読書機」になるわけだ。アップル社のうたい文句をみていると、iPad2 を買わないと、昔の読書人のまま捨て置かれそうな気分になる。
 良くないな。
 余はケータイも自動車も5年単位で買い換えておる。ケータイはいささか古びてくるが(昔のある時点、余のケータイを見た知人が、「何、これ? お弁当箱ですか?」と言っていた)、自動車は10年、20年と乗り継ぐ人から見ると、5年では気が早いと思えるかもしれない。PCは、葛野で2007年の夏に自製したものがまだ動いておるから、おそらく5年くらいもたせるのじゃろう。
 ~
 iPadとか電子読書機がころころと変更されると、気持ちの中で紙の図書に戻ってしまう気分だ。そんなせわしない状態で読書してもおもしろくないからな。一旦だしたら10年くらいモデルチェンジ無しの安定性がないと、読書にはむかない。紙の図書でも、20年前の文庫本はフォントが小さくて読む気にならないが、最近の文庫は随分読みやすい。だから10年単位くらいのモデルチェンジはよろしかろう。

 さて、一年更新の読書機。
 余は、更新が無料でも、昨年梅雨時の初代iPadマシンを触っておるだろうな。まだ、死ぬほど、あびるほど、のめり込むほどiPadを使いこなしておらぬ。性分からすると、大抵のものは使いこなして手垢がついて、「もう、そろそろ潮時じゃね」と思えるまでは、新規ものに手を出さない方だ。だから20代のころから邪馬台国とばかり言っているし、10代末期から保田與重郎とばかり書いているし、20代中頃からコンピュータのことばかり考えているし~。
 世間の人はどうなんだろう。
 そうそうころころと変わられると、対応に苦慮するな。

 と、幻のiPad2になりそうだ。余が次に手を出すのは4年後だろうな。そのころiPad が存在するかどうかはよく分からぬ。アップル社の大将の考えが変われば、iPad 自体が消えるかもしれぬのう。(頭蓋骨埋め込みタイプがブームになるぞ、きっと)
 ということで。
 読書機もケータイみたいになるのかのう~。字が小さいから、街角でみかけた、やや大型のケータイ電話機が読書機になればよかろう。時々、10インチ近くのiPad賢者板を左耳にあてて、「もしもし」と言っている自分を想像し、笑ってしまう。

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2011年2月16日 (水)

小説木幡記:電子書籍の意外なギミック効用

Zmuimg_1728 iPad賢者板のことだが、事情もあって最近よく触っている。で、書きにくいことだが、最近はちょっとしたおもしろさ、工夫、仕掛け、要するにギミックに気持ちを向けていることに、自覚した。
 ↑なんともわかりにくい表現だ。

 つまり、iPadでページをめくるたびに、紙がくるりと巻き込むようなそういう見かけ上の仕掛けに気持ちがなごんでいるという、単純な話なのだ。
 余は、先年まではたいした使い方もしなかったので、電子書籍は主に出来合の「i文庫HD」に納められている無料の青空文庫だけを使っていた。もちろん今も使っている。その読書機能が、最初からすぐれていたせいか、件のギミックがあって実に使いやすいものだと、今更感じ入った次第。

 別の電子書籍には、そのギミックがなくて、ページをめくるうちに混乱してきたのだ。

 最初は電子書籍を読むのにまるで紙のページのようにくるくる巻き込むイメージなんか不要だ、と思っていた。せいぜいイベントで初心者の目を丸くさせるくらいが関の山~。
 ところがだ。
 その後いろいろな種類のものを読み出し、使いだし、自分でも造り出し始めてからは、この単純素朴なギミックのあるなしがとても心身によい結果を与えていることに気付きだしたわけだ。もちろん、そのギミック付きの方が格段に読みやすい。

 要するに。
 ページをめくったのかどうか~、ページが前に進んだのか、後ろ戻りしたのか~、ページを飛ばし読みしたのかどうか~。こういう基本的なことが、電子書籍になったとたんに、はなはだわかりにくくなってきたわけだ。これは紙の文庫本なんかでも、ときどきページーを重ねたままにめくって読んでいて「あれ? うまく続かない」と気付くことがあるように、相手が電子書籍だと、もっとはげしい動きをする。極端な場合、なにもしたつもりはないのに(実は指が終了ボタンを押していた!)突然画面が暗転し、元にもどってしまった~。

 こういう時に、ページがじゅわりとめくれ上がるギミックが実に快適だ。「おお、今、ページがめくられた!」と、はっきり分かるわけだな。うむふむ。

Ipad2

追伸
 ページ数というものが変化していく電子書籍世界。
 紙図書は各ページの紙一面に内容が固定印刷されるから、ページ数というものは絶対的に不動で、確かな物だった。しかし電子書籍は版面、構成が自由になるのだから、絶対的なページ数(番号)は変化する、浮動となることが、今後の問題となるだろうな(笑)。

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2010年12月28日 (火)

小説木幡記:2010/12/28(火)電子書籍は読まれるか?

Muimg_5776 「寒い」と思うようになった。昨日早朝に明治天皇陵麓の道を通り過ぎたとき、外気温(道路温?)は零度だった。夏も冬も寒暖差が激しい。例年の晦日はもう少し温かいと記憶しておるが~。
 寒さについては、京都は2月頃が一番冷える。その記憶と今が同じだから、例年になく寒いと思ってよいのだろう。

 一昨日、木屋町御池「豆水楼」のNDK忘年会では、豆腐を喉に流しながら、「電子書籍の普及もまだまだだね」「どうして? 僕は数冊購入したよ」「だってね、本を読まない人間の方が多いんだ。誰も、読まない」「民度がますます下がってきたのか?」「異様なくらいに、知的な関心がなくなってきた」「要するに、猿とかアメーバー化してきているわけか」「そうだよ」「大学進学が60%になった現代がか?」「勉強嫌いが多いのだろう。アルバイトしてる方が充実している学生ばかりだ」「出席はほどほどにある」「~、先頭切って読書模範を示す教授連が本を読む時間がなくて、ほとんどの学生は読書や勉強から逃れるためにバイトしているようなもんだ」「だれも、本なんか読まない」「人類の猿化末期症状だな」「先祖返りだ」などと、過激な。

 ところで皮肉なことにその夜、学生(2回生)からレポート草稿が送られてきた。課題内容は電子図書館やそこで働く電子司書の役割に関するものだ。よいレポートじゃった(笑)。使われていた参考記事が話題に重なるのであげておく。

(1)読書に関する調査。電子書籍を利用したことがあるのは、23.7%。2010年10月27日(iMiリサーチバンク)
(2)電子書籍利用者約25%、そのうち7割強は「今後紙の本を主に利用したい」2010年10月30日(Garbagenews.com)

 うむ。
 こういう話をするときには、そもそも参考サイトの信用性、信憑性、調査分析方法論の妥当性から論じることになるのだが、余の記事は「論文」ではないので、「世間には、こういう解釈がありますよ」程度にとどめておこう。
 すると、NDK話題ほどには、読書人口は少なくない。本を読むことがないのが、7%程度だから残りの9割はなんらかの読書をしている(漫画はのぞく)。ただしその読書内容は、調査の主目的にはないので曖昧だ。NDKの賢者達の考えでは「新興宗教からみ、自己啓発書、タレント本、馬鹿本(最近も話題の馬鹿本があったな)」がベストセラー上位で、つまり読書に値しない、脳を動かしてはいない、本を眺めているだけ~となる。

 で次にお目当ての電子書籍読書だが~。
 電子書籍を利用した経験者は25%程度で、そのうち有料電子図書を購入したのは全体の6%くらいにすぎぬ。これが2010年終盤の現状のようだ。一番の問題は、今後電子書籍を利用したいと答えたのは同じ6%ということだ。
 NDK賢者達の話では、数百円の文庫も買わぬ連中が、どうして1~2万円もするリーダーを購入する? だった。それで余が子どもっぽく、「しかし文庫一冊の大きさに、1400冊も格納できるよ」「あははあ、文庫一冊も読まない人間がどうして、1千冊も読める! 一生かけても読み切れないぞ」~うむ。しかり。そうじゃ。反論できぬ。

 む。
 むつかしい問題じゃのう。
 電子書籍、電子図書館評論家Muとしては、もう少し希望的なことを書きたいが、おそらく当面はNDK賢者達のいう冷徹な事実が主なのじゃろう。ただし、漫画本と電子書籍という伏兵が潜んでオル。これが意外なほどの変化をもたらすのかもしれない。と、それが余を入れた当夜の者達の内奥の声じゃった。
 ああ、余はiPadで映画を見るのが一番よろしい(笑)

追伸
 そもそも電子書籍化するというのは、従来の本が映画のようになってもよいわけじゃ。納得。

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2010年12月10日 (金)

小説木幡記:2010/12/10(金)iPadに楽しむ>紙書籍と電子書籍

Muimg_3574 あいかわらずiPadに執心している。かといって、それで仕事ガンガン、日曜作家ぼんぼん、リーチ麻雀ツモテンパイというわけではない。勿論、すでにしてiPadを日常の仕事(保険や金融外交)にしっかり組み込んでいる人も知っているが、余はまだよゆうである(pig)。余はiPad という新しいタイプの機器を使いこなすことに気を取られている。それで仕事をするとか、勉強するとか、役にたてるよりも、どんな風に使えるのかについて、いろいろ楽しんでおる。

iPad 用アプリケーションの楽しみ
 すべてがiPadの高機能性によって約束された意義アル新しい使い方ではない。むしろiPadの低機能が原因で、それを回避するアプリケーションを探すことに楽しみがあるともいえる。たとえば、従来OS下でのPCアプリケーションでは当たり前すぎる、ファイル管理が徹底的に機能ダウンされている。利用者に自分の作ったファイルを見せない! 自由に扱うことを許可しない! 
 というこの発想は一体どこにあるのだろう。

 おそらく外部にあるアップル御製iTunesシステムにより、独占的にアプリケーション、情報、データ供給を一元化するための方策だと、まず言える。次に、設計者等による、ファイルハンドリング(操作)を過去の遺物として葬り去る強い意志がある。そして三つ目に、とろくさいiOSでは汎用的なファイル操作をするだけの余力がない、ということに尽きると考える。
 こういう中で、なにがなんでもその古典的なファイルハンドリングをiPadで気楽にしましょうというアプリケーションを探し、そしていくつもいくつも見つかる。それを試してみる。「うん、なるほど」と思わせるものに出くわす。それらが無料とか、数百円だったりする。

 いささか変則的だが、そこにこそ、そうそこに、今このときのiPadオーナーの快がある!flair
 これはたぶん、iPhoneのオーナや、PC黎明期のマニア達が楽しんだ快でもあろう。強烈に惹きつけられる蜜月をすぎたころ、そのままなら欠陥と言っていいような、何とも言いようのない使い勝手の悪さに気がつき、それを何とかしようとして、わけもなく、単純にダウンロードするだけでなんとか出来る快感。

電子書籍の本家情報を紙図書で探す
 そしてまた余はこの2010年、後世「電子書籍元年」と言われる今ここで、iPadの紙図書・ガイドブックを楽しんでいる。ディジタル機器のガイドブックを電子書籍で読まず、紙図書で楽読(造語:楽しみながら読む)するとはこれ如何に? 今朝のお題はそういうことの分析となる。

 まず書店で『iPad Apps』という紙図書に出くわした。現実書店で偶然にみつけたという従来読書人の快感がある。目次が6ページ分みっしりとあって、そこに230本のアプリケーションを9章、全35節(細分類)に分類整理されている。圧巻だった。

 1.iPad を最強のビジネスツールに
 2.クラウド・ファイル共有・時間管理
 3.ブラウザ・RSSリーダー・Twitter
 4.iPadをもっと便利に使おう
 5.書籍・雑誌と情報収集
 6.イベント・写真・ビデオ
 7.趣味・実用に役立つアプリ
 8.楽器の演奏とサウンド作成アプリ
 9.iPadでゲーム三昧

 たとえば「4.iPadをもっと便利に使おう」これが、どのように便利なのかは章だけではわからない。その4章はさらに細分類されている。
 oneiPadをPCと接続して活用する:例「Macの他、様々なOSで画面共有を可能に→ iTap VNC」
 twoiPadをもっと便利にするアプリ:例「あなどれない音声認識→ 音声認識メールST」
 three便利で楽しいアイデアアプリ:例「艦長日誌、私的記録を再現→ Captain's Blog」

 これらの下にキャッチコピー付きで、それぞれ数点のアプリケーションがあり、各ページに説明、使い方が詳細に記されている。これは、便利だ。アプリケーション事典だな。

紙図書の有利な点
 ともかく一覧性が高い。所定のページをほぼ一瞬で、次々とめくったり、とばし読みできる。このブラウジング(ぶらぶら眺め)機能が紙図書は依然として高機能である。iPadやPCで全体を包括的に、瞬時にパターン認識するのは、なかなか難しい。
 紙図書は、それができる。
 だから余は、iPad のアプリケーションを知るために、わざわざ紙図書ガイドブックを購入した。
 実に愉快なり。
 今朝は、と、いうことだ。

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2010年12月 5日 (日)

小説木幡記:2010/12/05(日)試みたいこと{車窓 スイス}とか~

Muimg_3472 ときどき何をして良いのか分からなくなり、自然にまぶたがふさがってきて、惰眠の快楽に落ち込むことがある。それはそれでよいことだが、やはり、やりたいことがあってそれを体験するのは、日常とは違った楽しみとなる。

 今、目の前にあるのは、件のiPadで、ちょっと贅沢な使い方をしている。つまり、Windows7で仕事をしたり、blogを書きながら、そばにiPad を横置きにして、YouTubeでどなたかが撮影した日本の車窓を眺めている。昨日は東北、今日は九州だ。九州の在来線つばめが増結するところは、なかなか刺激的だった。いまでも駅関係者が翠と赤の手旗を使って、丁寧に運転手に「もうちょっと」とか「止めれ!」とか知らせているようだ。

 おお、そろそろ列車が熊本駅に入ってきた。
 「まもなく、熊本に着きます。熊本をでますと、次は大牟田にとまります」
 うむ、いちいち標準語で車内アナウンスがされている。門司弁や熊本弁や薩摩弁で、「JR九州でございます」、と言えば楽しいだろうに~。

 iPadを贅沢に使うというのは、これが縦横どっちでも見られて、ちょっと膝上とか、机の片隅とかにおいて、本務(笑)とは無関係な使い方を実に気楽にできるから~、これまで長年ぎちぎちの生活をしてきた老残心身には、快適温泉気分だね。今後、気が向いたら、スイスやトルコや、世界中の車窓を眺めてみよう。たしかYouTubeは世界版のはずだから、世界の車窓がみられるはずだ。

ヒント。
 検索方法は、{車窓 九州}とか{車窓 スイス}だ。たとえばスイスの車窓だと、聞こえてくるのはドイツ語なまりみたいな言葉だった。はて、スイス語ってぇのうは聞いたこともないから、これはドイツ語じゃろう。あはは。

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2010年11月26日 (金)

小説木幡記:2010/11/26(金)iPadがiOS4.2になった

↓iOS4.2で(階層)フォルダーを使って整理整頓:写真をクリックすると大きくなります
Ipad

 iPadの基本部分が少し進化して使い勝手が変わった。ただしiPhoneの利用者からすればすでに夏頃に変わっていることだし、また一般PCの利用者からすれば、相変わらずiPad もiPhoneも、携帯のPC化というか、PCの携帯化というか、基本部分では原始的なままに思える。
 蓄積情報、データを整理整頓するにはiPad はいつまで経ってもiTunesというPCソフトの助けを得ないとなにもできないし、またiTunesも外部(アップル社)資源を、つまり雲の上にある(クラウド)映画や音楽やテキストを効率よく有償ダウンロードするために特化したような生い立ちからして、一般PCの整理整頓能力からみると原始的だ。

 ということで、iPadは成熟したPCのOS視点からみると赤子に近い。
 ただし、iPadは出力や人間とのインターフェースを極端に肥大化した賢者板であって、この使い勝手とか官能性は、一般PCが及ばないところだろう。

 で、余は速攻でiOS4.2に仕様を変更(無料)し、いろいろ慣れておいた。
 楽になった、と思ったのは写真に示したように、一般PCのような階層的フォルダー整理ができるようになったことだ。しかも、最初は新しいフォルダーを作成するのではなくて、二つの似たような情報アイコンを重ね合わせると、第3の新規ホルダーができて、次からはそこに関係情報アイコンをどんどん流し込むという、従来に比較すると変則的な方法だ。

 森博嗣さんと京極夏彦さんを重ね合わせると、「ブック」という新規フォルダー(名称は自動的。ただし変更可能)ができるだなんて、さすがにアップル社の発想はすばらしいが、なにもそこまでしなくても、利用者に最初から新しいフォルダ(整理棚だね)を意識的に作らせる方法が良かろうとも思ったが~、突出した方法論は過去を棄てることによってしか生まれないという鉄則をアップル社はここでも守っておるのだろう。

 とはいうものの、疲れるなぁ。
 森さんと京極さんだから、ぎりぎり二つをミステリ・コンセプトで重ねあわせたが、ここに三島由紀夫と仙石由人と、ふたつしかなかったなら、その二つを重ねあわせるなんて、心理的にできるわけがない。だから、この手法は将来に禍根を残すかもしれない。
 sonyの幹部社員が、iPadにSONYとPANASONICと二つの情報群を持っていたとき、これを先端機器メーカーという視点から、重ねあわせるなんて、なんだか心理的自殺をさせるようで、怖いねぇ。(いや、会社併合の意図があれば別だが)

 と、一般的な用法をるるのべたが。
 他によい方法があるのかもしれない。昨夜の今朝のことだから、まだよくわからぬ。

結論
 上記に記したような変態的操作にとまどったが、なかなか便利になって、ますます賢者板iPadを手放せなくなった。

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