カテゴリー「小説」の3件の記事

2008年11月 9日 (日)

小説:工作室/浅茅原竹毘古

 起き上がってドアに向かった。手をかけると簡単にドアが開いた。今日はオープンデイなんだろう。自由に部屋を出られる。
 久しぶりに廊下に出た。
 サングラスをポケットに探ったが、なかった。廊下の天井も床も壁も真っ白に光っていた。目を閉じてしばらく立ち止まった。うすら目を開けて光に慣らした。

 右だったか、左だったか。ぼくは分からなくなった。足が寒い。靴も靴下も着けていなかった。部屋に戻ろうとしたが、面倒なので止めた。もう一度戻ったら、今度はドアが開かない、と思った。左に進んだ。

 工作室、とぼくが呼んでいる大きな部屋はドアもなくて、廊下の突き当たりにあった。思い出した。一週間前だったはずだ。無人だった。一週間前にも無人だった。工作室を使うのはぼくだけだと、分かった。部屋の隅に決めたぼく専用のコーナーを目で追った。10mほど向こうにあった。そこだけ壁の色が濃紺で、埋め込まれたマメ電球かELが点滅していた。星のつもりで一ヶ月ほど前に作った装置だった。多分、そうなんだろう。はっきりと、思い出せない。

 「ドールハウスね」
 「ドールハウス?」
 「お人形の家とか部屋のこと」と、泉谷さんが言っていた。
 泉谷さんを工作室につれてきたことはなかった。ぼくがいつか話したとき、そう言われた。

 ぼくのコーナは作りかけだった。黒い樹木と細い道があって、森だとぼくにもわかる。それだけだった。家も部屋もなかった。なぜ、ドールハウス? ぼくは窓から森をみているだけで、外にでたことも森に入ったこともなかったはずだ。

 作りかけのコーナーは、ぼくの世界だ。けれど、なにかおかしい。欠けている。黒い森と白い道しかなかった。ぼくはコーナーに立って家や部屋を想像した。
「……」
 形がつかめなかったので、疲れた。コーナーの椅子に座った。また、夢をみた。

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2008年11月 6日 (木)

小説:なびるた/浅茅原竹毘古

 濃いめの珈琲を三口飲んで、手を止めた。そばの砂糖を0.5グラムいれて、カップをゆらした。もう一口飲んだ。
 黒い小さなフライパンにオリーブ・オイルの封をきって、小指の先だけたらし、チーズナイフでボローニアソーセージをスライスしながら、数えた。薄いソーセージが六片落ちたとき、ガスを点火した。煙があがった。換気扇をいれて、しばらくゆらした。卵を割って水を3cc注いだら、蒸発したので蓋をした。火を消した。

 椅子に座り直して、珈琲を飲んだ。
 電話が鳴った。
 ケータイのスイッチを切った。

 蓋をあけると卵の黄身が流れた。塩を親指と人差し指で挟んではらりとかけて、皿に移した。
 直通電話が鳴った。
 受話器をはずして手を離した。しばらくゆれて止まった。

 フォークと箸をだして、フォークで卵の白身をたべた。箸でソーセージの薄片を二切れだけまとめて食べた。黄身は舌で舐めた。
 ぼくは不意に喉が渇いた。
 ソーダーをマグカップに流し込んで、泡立てた。二口多めに喉に流し込んだ。喉が鳴った。聞こえないふりをした。

 窓際によって、本を広げた。126ページだった。後ろの行から読み始め先頭にきたので、ページを三枚繰って、見開き真ん中から左右に交代で読み始めた。左のページの最後に来たとき、右のページには戻らなかった。

 眠くなったので、もう一度、椅子に座り直した。
 空腹も渇きもなくなったので、目を閉じた。ぼくはすぐに夢をみた。

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2008年10月29日 (水)

小説:読書相談/浅茅原竹毘古

 毎日、毎週、毎月、毎年、なにか本を読みたくなったとき、ぼくは泉谷さんに尋ねてきた。大抵はよい結果がでて、ぼく自身の気持ちにあっていた。泉谷さんは図書館の司書ではないけど、いろいろなことを知っていて、なにか思いついたときに話してみると、「これが今の君に合っていますね」と、本を直接さしだしてくれたり、30分間ほど内容を細かく説明してくれてきた。
 泉谷さんが最近どんな本をぼくに薦めてくれたか、思い出してみた。

 「SF小説に飽きたこともあるのですが、それでも何となく好きなんです。なにかないでしょうか」
 「……、小説じゃないけど、君は星新一さんをご存じ?」
 「ええ、以前に短編を読んだことがあります。好き度は中くらいですね」
 「じゃ、これ、読んでみたら、星さんのすごさが分かるでしょう。もっと、読みたくなるかもしれないしね」
 と、差し出されたのは『星新一』という分厚い本だった。
 「これは、小説ではないですね。伝記ですか?」
 「読んでみたら、わかります」
 「はい」

 別のある日、タルトを持って部屋に来てくれたので、隣室のオジサンに一個プレゼントしてから、残りを泉谷さんとじっくり味わった。泉谷さんはカバンからお茶をだして、急須にいれてくれた。少し変わった味だった。聞いてみると、頭がよくなる薬草茶だった。

 「メールを読みました。今度は、どんなこと?」
 「はい。小説を創ることに興味がでてきました。ぼくは、読むだけではつまらないと思ったのです」
 「そうね。私が思うに、君は純文学を書いてみたらどうか、と思っているの」
 「純文学って、芥川賞とか直木賞のことですか? ぼくはミステリーとか、SFとかついた小説をよく読んできました。まとめて読んだのは、文庫本で、江戸川乱歩賞受賞作を十作ほど読んだことがあります。純文学って、それと違って、村上春樹とかバナナとかいう、ああいう作家の作品ですか?」
 「普通はね、直木賞作品は、純文学とは世間では言いません」
 「はい」
 「村上さんも、バナナさんも、君以外の人になら、何作でもおすすめします。けれど、君にはお二人とも向きません」
 「ぼくに向かない、作家なんですか?」
 「お二人とも、現代風のポップなところ、つまり、なんかね、ふわっとはじけるようなところがあるの。それは、君には味わいが、きっと分からないと思う」
 「はあ、そうですか」
 「向き不向きがあるからね。それに村上春樹さんは、ラーメンが大嫌い。でも、君はラーメンも中華料理も好きでしょう?」
 「はい、好きです。好みの問題。文学もそういうものですか?」
 「そういうものです」

 「純文学って、私小説のことですか、……。書けないなぁ」
 「私小説を知っているの? それが純文学とは言い切れないけど、君、勉強していたな」
 「いえ。高校の国語でならいました」
 「純文学って、言ってみたまでのことで、つまりね、君はまだ文章の芸もないし、人を楽しませる気持ちが強いわけでもないから、そういうジャンルを書いたら、はっきりするって、思ったわけ」
 「はあ。ぼくも書いてみないと、わからないですね」
 「それで、今君と話していて、おすすめはこれ」と、背中の書架から一冊をぬきだして、見せてくれた。
 ぼくの部屋にはあらかじめ、泉谷さんが段ボールで20箱ほどの本を置いている。ぼくの本ではないが、ときどき自分で選んで読むことがある。大抵は、泉谷さんの選んでくれた本の方が、おもしろかった。

 「『小説から遠く離れて』、これは評論ですね」
 「難しいわよ。私は、この蓮見という人の映画関係の本は、すべてすいすい頭に入ったけど、この本は、私には重かった。映画はね、蓮見さんが話題に出してくるのを、ほとんど全部見ていたから、分かりやすいわけ」
 「これ読めば、小説が書けるわけですか?」
 「そうね。君なら、そうかもしれない。楽しみ」
 「はい。難しそうですが、読んでみます」

 その日のことはよく覚えている。
 泉谷さんは一時間ほどして、帰って行った。ベッドから窓の外を眺めたら、黒い森の中を白くずっと外に続いている小道を、泉谷さんが一人で歩いているのが見えた。ずっと見続けていると、夕陽に向かって歩く姿が点になって、そのうち融けて消えた。

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