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2013年5月 9日 (木)

小説木幡記:雑記帳>七十の手洗い(もとい、『手習い』)

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 まだまだ(のっけ笑)間があるが、最近七十の手習いとつぶやく事が多くなった。言い間違えて、手洗いと言ったまま話を続けていたら、なぜか爆笑があった。正確には「七十の手習い」に落ち着くだろうが、なぜかしら「手洗い」も棄てきれぬ~

<気温と腰痛の因果関係はあるかな:医療篇>
 ところで夕風呂にはいって、ノズルを消防仕様に回して腰を湯で強打するとえもいえぬ快楽に満ちた。そうなのだ、余はこの3月末頃から腰痛になって、以前blogでも愚痴をこぼした。ふむ。この腰痛が40度cくらいの湯に浸かり、強打水流で打ち付けると不思議なほどに楽になる。湯がもったいないとの気持ちも頭をかするが、この痛みには替えられぬのう。

 さてそこで、今日は珍しく風呂に入る前にもすでに腰が多少楽になっておった。まさか、簡単に腰痛が治るわけもない、それでも随分楽に歩き楽に湯船にはいり、気楽に湯船を出て体中をタオルで拭けた。~この原因をしばらく考えていたが、おそらく。そうなのだcat?。今朝は京都は8度Cだった。桃山御陵の抜け道にある外気温計も余のRSの外気温計も8度だった。寒かった。

 しかるに、帰路国道一号線で外気温計をみると、な、なんとぉ~30度cだった。あわててRSの外気温計でも確認したが、やはり30度Cだった。
 腰痛が緩和したのはもしかしたら、この気温のせいかもしれない。してみると、北海道や東北は鬼門だな。やはり西南への旅のうれしさ、九州や沖縄に旅をすれば、しつこい腰痛も治るかもしれない。
 と、高齢ながら余はいつもかくのごとく推理推論能力を鍛え、医療篇70手習いをしておる。

<RPGコンストラクションシステム:ゲーム理論篇>
 不意に思い立って、ゲームビルダーというか、ゲーム創成メーカーというか、つまりはコンストラクションツールに郷愁を覚えた。もともとは30代の折に、RPGやアドベンチャーゲームを、当時のSONY-Basicとか、C言語でゼロから造っていたのが余の前半生じゃったtaurus
 さて、その詳細はまた別途おりあればまとめよう。

 それよりも、郷愁を覚えてネットをさがしたら、無料であったぞ!
 WOLF RPGエディター公式サイト
 数日前からさっそく熱中しだし、ついでにアマゾンで図書も発注したら、即日届いた。
 『WOLF RPGエディターではじめるゲーム制作:イベントコマンドとデータベースで、ゲームシステムを自由に作る/SmokinngWOLF著.工学社、2011』

 このシステムや図書に感動したのは、イベントドリブンとデータベース管理システムを上手に組み合わせて、複数大量の登場人物は当然として、イベント(遭遇するとかなんらかの事件発生)そのものの属性も実に丁寧に整理出来る所だな。
 いやいや今時のRPGコンストラクターなら当然でしょうという空耳も聞こえるが、世間はどうあれ、余はこの世界から30年以上も隔絶していた~それ故にSONYマシンで往時、全てのイベントと全ての要素項目を、すべてゼロから言語レベルで設定していったことを思いだし~ああ、感涙、号泣したわけである。
 まるで浦島太郎だな。
 しかし、70の手習いとして、「幻の古代王朝」のようなシステムをもう一度生きておる間に余生の間に作り上げたいというせつせつとした思いが、この数日余をさいなんでおる。

<純文学に目覚めたのか、無理矢理めざめかけておるのか:古典文学篇>
 つらつら思うに、この十年間余は結構「ミステリ小説」を造るのに気持ちを込めてきた。一応数作定稿ができ、今も2作ほど書いておる。しかるに、どうにも世に出ぬ(笑:leo)。いい加減にミステリにも飽きが生じてきた。これは挫折が連続すると、いわゆる「心が折れる」現象じゃね。やんぬるかな。

 そこで。
 某日、新潮、群像などの文芸雑誌をぱらぱら開けて読んでいると~、おお、「まるで、おもろない」という感想がふつふつと湧いて出た。
 ただ、筒井康隆の評論は結構活けていた。

 大昔、文学に志したのは、当時、余が本当に読みたい文学が無かったからである。もちろん、そのころは、安部公房とか、三島由紀夫とか、(限定:若き日の)大江健三郎とか、おもろい作品はいろいろあったが、どうしても細かな所で合わずに、自分用の物をつくりたくなった。
 だから書き出した~。
 と、この話も長くなるので、結論。

 余は、一週間前に純文学風の短編を書き出した。いつ出来るかわからぬが、それでも一行書き出した。
 と、これこそ余の70の手習い:古典文学篇じゃね。
 なぜ古典というかと? そもそも今の時代、もう現代文芸の言霊は消えた。だから文学するということは、古典でしかあり得ぬ。いや、なにも古事記、源氏物語の世界をさしておるのではない。現代に古典を記すつもりにならないと、文芸は成り立たなくなった! そう思ったね。

 さて、最初の問い。
 なぜに、七十の手習いが、手洗いに変わっていたのか。
 それは謎だな。
 生きている間に、解き明かそう。

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