小説木幡記:桂川の桜
↑ 桂川の桜(2013/04/03) By 寄贈・葛野図書倶楽部2001・京都在住の初期御隠居
いわゆる「葛野図書倶楽部2001」御隠居たちは全国に散らばるが、ここ京都にも少なくない在住者がいる。そのお一人から、桜写真をいただいた。
さて、
タイトルの「桂川」だが、気になってネットでみると名前の変遷が激しい。公称の桂川は唯一の川をさすはずだが、実際は地域によって呼び名が異なり、もちろん歴史的にも別名が多い。一体、どこを指すのか。
そしてまた、
クドイ話だが(笑)、余は嵐山・嵯峨野近辺に、幼稚園に入る一年前から結婚するまで住んでおった。だから幼稚園から小学校時代は嵐山の直近が遊び場、通園通学区域だったので、いわゆる川も俗称で日常をすませてきた。公称があるのだから、俗称と言わざるを得ない。
そのころは、
嵐山の渡月橋よりも上流を「保津川」と呼んでいた。そこが保津川下り船遊びの終点だから。渡月橋よりも下流から松尾大社あたりまでを「大堰川:おおいがわ」と呼び、源氏物語で明石君が隠れ住んだのはその範囲と想像してきた。それより下を「桂川」、そして宇治川や鴨川と合流したあとを、「淀川」と呼んでいた。と、そうはっきり覚えている。
だから。
写真の「桂川」は、松尾大社よりも下流の地点とおもってしまうのだが~、そうとは言い切れない。写真の背景をみていると、なんとなく、阪急電車嵐山駅の近くに思えてしまう(渡月橋下流のはじまり)。
~
本当のところはよく分からぬが、ものごとはその人物の生い立ちや日常の物の考え方で受け取り方が大きく違ってくる。しかし、写真にあらわれた「桜」の佳さは、あまり違わないようにおもうが、どうなんだろう。
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