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2013年3月25日 (月)

小説木幡記:玄米切り餅きな粉まぶしの威力

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↑ある日の、嵯峨野・落柿舎(らくししゃ)

 昨夕、NHK大河ドラマを楽しんだ。八重の桜という名称のわりには、都の会津藩の働きに目を奪われて、ちょっと気持ちがずれてしまう。しかし八重さんの会津訛りはなかなかおもしろい。ときどき口まねしょうとするが、うまく言えぬ。
 さて、大河ドラマ感想記の連載は数回休んでしまった。毎回見ているのだが、続き物を書く気力がない、相変わらずの怠けものの日曜作家であるぞ。MuBlogもこれからの年度末、年度初めはなにかと気ぜわしいので、再びの休養に入る。
 そうそう、新選組の描き方が、いかにも寄せ集めの知性もない暴力集団にみえてしまうので、いささか不満である。今後、どうなるのか、気になるな。

 ああ、本題。
 近頃減塩や一時的無塩食を経験しておる。糖尿病でもないし、重度の高血圧や動脈硬化でもないが、さる高名な医学者との話のなかで、薦められて、体質改善にいそしんでおる。その場合、乳製品絶禁、獣肉絶禁(鳥などは可)、赤身魚絶禁(青・白身やイカやたこは可)、精糖半禁、塩分半禁など、食を止めたり、低量にすることが方法論の一つとなっている。
 塩分はかねがね日本人は多く、さらに外食時代に入って、一日11gをざらにこえて、これが身体を痛めつける要因でもあるらしい。WHO勧告では、一日5g以下にすると、心身が正常に戻るらしいが、へしこや漬け物、白米に塩昆布茶漬けになれた日本人には、なかなか難しい(笑)。
 しかし。
 加齢とともに心身が弱る確率は高くなり、これまで何もなかったことが、全身にきつく帳尻あわせを迫ってくる。ころりとおさらば出来れば本人は気楽だが、そうとばかりは言っておれないので、なにかと食事修行に励みだした次第。塩は、取らないと人は死ぬが、取りすぎると緩慢な自殺に姿を変える。
 さて、そこで減塩食レシピをいろいろ書くほどの才もないが、ちかごろ、パン食(塩が多い)から、玄米切り餅きな粉まぶしに変えたので、その詳細を記す。

材料
  玄米切り餅3こ:普通の切り餅でもよい。
  きな粉
  練りごま白と黒
  高級蜂蜜(まがい物がはいっていないもの)
  高級メープルシロップ(同上)
  ついでに煎茶たっぷり

調理
  湯に切り餅三個をいれる。
  沸騰したら、そく火をとめて、3分間地熱で柔らかくする。
  皿に、きな粉大さじ1たっぷり、練りごま白黒、蜂蜜、メープルシロップ各小さじ1弱をかけまぶす。

 以上をたっぷりした煎茶とともに朝食とする。うまいぞ!
 ただし、酒飲みには無理かな(大笑)。

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2013年3月24日 (日)

小説木幡記:電車に手作り感を味わう

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 ある日の嵐電の運転室

 この写真は記憶が定かではないが、京福電気鉄道(嵐電)の四条大宮駅で撮ったようだ。写真の手前には、小型の自動改札機が見える。嵐山まで有人の駅は数えるほどしかないから、各駅に人を配置するよりも改札機を電車に丸ごと乗せてしまう発想が昔の知恵者にあったのだろう。日本の殆どの公共バスはそれが普通だが、バスや電車には必ず車掌がいた時代からみると、大きな転換があったわけだ。
 写真を詳細に眺めると「IC CARD」という文字が見える。ここにピタパとかを載せると切符を買ったような仕掛けになっているわけだ。昨日の新聞では、日本中の交通機関用ICカードが共通に使えるようになったから、今日なんかは東京や九州のカードもここに載せられて動くはずだ。それにしても、機器やソフトウェアの変更は大変だったろうな(笑:いや、それでボーナスが出る会社もあるだろうから、大変が一概に悪いわけでもない)。

 というわけで、小型自動改札機はそこまでとして、肝心の運転席を眺めてみると。
 たしかに工業製品にはみえるのだが、こういう写真はバスや自動車にくらべて、たとえようもなく手作り感を味わってしまう。バスも自動車も、手作りではなくロボットが流れ作業で完成させたという、そんな雰囲気の運転席だ。しかるに、電車に限って、ハンドルもメータもごつごつして、一品生産、一つずつ違った出来合、そんな風に見えてしかたない。
 これは京阪電車も阪急も、京福電鉄もみな同じ感じがする。この写真では確認できないが、鉄道時計というか、大きな懐中時計を運転士がいちいちメータ横の凹部に置いているところなんか、もう運転そのものがますます手作りに見える。おそらく新幹線以外の鉄道は、すべてこの嵐電の運転席のノリで走っているように思えた。

 ああ。鉄道には他から犯されない独特の文化があるのだろう。
 なるほど。

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2013年3月23日 (土)

小説木幡記:祇園円山公園の桜さきぞめ

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↑ 祇園円山公園の桜(2013/03/21) By 寄贈・葛野図書倶楽部2001御隠居

 ここ数年、満足に桜を撮ってこなかった。気持ちよく出歩いて調子良く写せたのは、カテゴリーで「桜2009」が最後だったみたいだ。2010年春に入院し、それ以降は学科行事も重なりなかなか、おりよく出歩くのが難しくなった。
 そして今年2013年の春は、なんとも蒲柳の質が災いしてと言うか、桜狩りも出来ない状態だ。
 ああそれなのに。温暖が例年よりも早くて、京都でもそろそろと聞くと、気持ちがざわざわして、桜恋しさに、みをこがしておった次第(笑)。

 と、その矢先。
 奇特な卒業生が、数日前に祇園円山公園を訪れて、桜を写し、それをメールで送ってくれた。ありがたいことであると、合掌し、本日朝は気分もよいので、さっそく、MuBlog巻頭に掲載した。ただ、円山公園といっても、広いので、一体どこで写した桜かは、わからない。まあ、だいたいそのあたりの青空下なんでしょうと、一人うなずいてさっきから眺めておる。
 春に桜。よろしな。

追伸
 そうだ。4月になれば、身近な宇治桜や伏見港桜くらいは、撮るゆとりも出来るだろう。たのしみに。

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2013年3月21日 (木)

小説木幡記:港町のこと

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 横浜みなとみらい

 余は生国が福井市で、その後は嵯峨野や木幡にずっと住み、いわゆる海を眺める風景にはなじみがない。海浜で育った学生達や知り合いからは、ときどき矢も楯もたまらず海を見たくなるというセリフもたびたび耳にした。そういうものなのだろう。近所の大津市・琵琶湖も海に見える位置があるが、それでは満足できぬだろうな。
 と。
 この巻頭写真を眺めていると、横浜という港町は随分はでな装いをしているのだな。と思った。記憶では昨年に二日間滞在しただけのわずかな経験だが、なにかしら「良い街だ」と好印象を得た。博物館や資料館や図書館を巡るだけでも何日もかかる、もし港遊び(笑:どういうものか? たとえば船で周遊するとか~)なんぞしたり、居国風グルメさがしなんかすると、一ヶ月ほど滞在しないと深く味わえ無い能、と思った。
 しかし、今年前半は健康面や資金のことで、遠出はむりだな。と、横浜静養企画はあえなく没。
 となると~
 そうだ。
 近くに神戸市があった。新幹線を使えば、ドアtoドアで小一時間で行けるな。なにやら中華街の味が蘇ってきた。

 ……、臨床旅行探偵のひとこまでした。

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2013年3月20日 (水)

小説木幡記:卒業式・平成25年3月19日 晴

Sotugyo2013314_2 昨日火曜日は葛野で卒業式があった。余はいろいろな事情の中で、7:00~13:00まで研究室や屯所に待機し、式場参加は欠礼した。
 ともあれ、授業をなにかと手伝ってくれた数名の卒業生達が屯所にきてくれて、華やいだ中で写真を撮ったり、談笑をかわした。
 若者達の四月からの予定を確認したわけではないが、半数以上が企業に勤め、他はそれぞれの自分の道を選び、希望・光に満ちていた。それぞれの社会人としての思いはそれぞれにあり、余のごとくそれらの全てをほぼ完了したものから見ると、「未来」「不確定の楽しみ」に満ちあふれ、オーラがまぶしかった。

 もちろん芭蕉の晩年を思い浮かべながら、眼前の若さの醸し出すエーテルにひたっていたわけだが、古老達の心懐、あるいは釈迦の悟りを反芻し、なにやら心中が暖かくなった。
 帰ってから、司馬遼太郎の『この国のかたち』その1、その2をランダムに読みひたり、歴史の青春や明治の春をかみしめた。

 若さの象徴である卒業式を遠望し、実に心地よい半日であった。
 うむふむ。
 ここで、芭蕉の辞世をいくつか思い出したが、祝祭に辞世はちょっと「ずれ」があるのでまた後日。夢は葛野を駆け巡る(笑)。

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2013年3月 3日 (日)

小説木幡記:弥生の休養と充電

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 伊予鉄道1号機関車と客車(展示は横浜ランドマークタワーの69階:鉄道博物館提供)

 この三月は半月ほど休養し充電するつもりだ。~休養といえばもう十年以上も休養しているようなもんだよ、と空耳が聞こえてくるが、人の人生は他からうかがい知れない所もあって、長い休養にみえても水鳥の水中・水かきだったかもしれないしな。ともかく、疲れたのでちょっと休養し、その間に充電しようぞ。さしずめMuBlogは休憩が長くなるかもしれないが、晴れて暖かくなればまた筆も進む。

 ちょっと確認したら、MuBlogも平成16(2004)年3月7日から初めて9年間も続いた。記事数が2734件で、総アクセスは250万(2,464,397)に近づいてきた。はるばる書いてきたもんだよ。うむ、小説木幡記やNHK大河ドラマを暫く休んでもバチは当たらぬ。相変わらず古い遡及記事アクセスが多いので、初期開設目的は果たしてきたことになる。blogと言うカレント情報を扱うツールが意外にも純粋の永続的DBMSを兼ねていることが幸した。

1.ところで写真の伊予鉄道
 現物・動態モデルを観たわけではないが、模型にであって思わず写していた。しかし伊予鉄道1号といわれるよりも「ぼっちゃん列車」と言い直せば、多くの人が膝を打つだろう。こういうSLの模型を欲しいと思ったが、なかなかに値が張るのでやめた(笑)。しかし、漱石←→ぼっちゃん列車、という見立て文藝ジオラマを造る可能性もあるので、メモしておこう。

2.見立てミステリジオラマ路線
 「見立て文藝ジオラマ」をかんがえているうちに、模型屋でTOMIXのHOゲージが目に入った。やはり値が張るが、一枚で済んだので衝動買いしてしまった。これは「琴電3000形」で、有効半径がHOなのにR215というNゲージ並の小さな円周でも走る。
 数年前にくらべて最近は大きなジオラマを造る気力や魅力がなくて、すべからく極小のパイクに転向しだした。となると最小走行半径は気になる。
 ところで見立てミステリジオラマについては、すでに昨年後期授業で、学生の一人が(Nゲージで)横溝正史さんの『犬神家の一族』をモデル化しているので、めどはついた。
 余がHOの琴電で見立てミステリジオラマするならば、さしずめ、内田康夫さんの『鐘』がモデルになるが、実はよく覚えておらぬ~。再読しなければ(笑)。

*.やっぱり
 休養はすでにしているようだ。がんばってさらに深い休養を始めよう。

参考
  坊ちゃん列車に乗ろう(伊予鉄道株式会社)
  ふるさとは遠きにありて想うもの篇(ふうてん老人日記)
  梅津寺公園の伊予鉄道1号機(編集長敬白)

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2013年3月 1日 (金)

小説木幡記:楽しみと言えば読書にDVD

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 牛馬飲水:横浜馬車道

 年齢とともに社会や人生全般との付き合い方も変わるものだ。変わらぬようで変わったものが、余の場合は読書だな。大体毎日文庫一冊程度を舐めるように味わっている。この量や質は昔からそうだが、現在は純粋に楽しむことが多い。このごろは屁理屈や批判や評価をする知恵がなくなったわけではなくて、あれこれ感想は邪魔くさい、もっと楽しもうという盬梅(あんばい)になってきた。

 2月の中頃だったか、クリスティのオリエント急行殺人を読み(早川か創元社か忘れた:大体2種類持っておる(笑))、ついでにエドルン君がDVDを借りてくれた。ものすごく古くて豪華なキャストだった。映画も小説も堪能したなぁ。

 さて、明日の土曜日は何を読もうか。と、毎日が楽しみなのだ。
 ミステリ本用の軍資金も考えて、既読本も枕元に置いてある。北森鴻の講談社文庫が7冊、新潮文庫が3冊ある。すべて以前に読み終えたが、また読みたくなった。文庫10冊だと、丁度1週間~10日はもつ。よい減塩加減じゃ。他のミステリだと大抵は盬味が濃すぎて若死にする(長野県が長生一位なのは減塩だかららしいぞ)。

 木幡は今日は雨だった。雨に烟る桃山だ。ふむ、うむ。

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