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2013年2月 6日 (水)

瀧原宮(3)和御魂と荒御魂

承前:瀧原宮(2)浄めと参道

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  瀧原宮(たきはらのみや)

 アマテラスオオカミさんは異称いろいろあって、堅苦しい場所では「天照坐皇大御神御魂(あまてらしますすめおおみかみのみたま)」と称えられる。この神さんが「瀧原宮」に祀られているときは、二重神格のうち、和御魂(にぎみたま)として坐(ま)します。

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  瀧原竝宮(たきはらならびのみや)

 天照坐皇大御神御魂(あまてらしますすめおおみかみのみたま)さんであることは瀧原宮と同じだが、真横の瀧原竝宮に坐しますときは、アマテラスオオカミさんの荒御魂(あらみたま)として坐される。


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  写真左・御船倉(みふなぐら)、写真右・若宮神社

 御船倉がなにかということに、私は立ち止まってしまった。帰京してからいろいろ調べてみたが、まだ正解らしきものに巡り会っていない。伊勢別宮の中でも、唯一瀧原神宮だけに御船倉があると情報は散見できるが、さて?
 御船代が中に収まっているとのこと。

 以前、磐船神社に参ったおりに、「そうか、日本の神さんは空から船にのって降臨されるのか」と思った事がある。今風に申すなら、宇宙船といえば誰にでも納得できる。もちろんその話を突き詰めていくと、トンデモ古代史になってしまうので、塩梅が必要だ。
 つまり、神々は空から来られる。その乗り物を天磐船(あまのいわふね)と呼んでいた。純粋の海洋神なら普通に船だが、山中となると磐船が飛んできたとなる。
 その旧いイメージ神話が、瀧原宮にも影を落としているのかもしれない。

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  長由介神社(ながゆけ)と川島神社:同座

 この二つの神社については、事情がよくわからないままだが、境内全体の一番東側に位置し、写真記録として外せるものではなかった。

 こうして平成24(2012)年初秋の瀧原参宮を終えた。理として調べれば、まだまだ瀧原宮の成立については深みや繁茂する枝葉の感触をえたが、このたびはひとまずおいておく。当日は日月祀もなく人影がまばらだった。原始林とみまごう巨木に覆われた参道の暗さと道の力をいまだに味わっている。確かに人が通う道だが、神さんが通る道と思った方が、納得がいく。
 
参考
  皇大神宮別宮・瀧原宮
  伊勢の神宮:ヤマトヒメノミコト御巡幸のすべて/大阪府神社庁編.和泉書院、1993
  シンポジウム伊勢神宮/上山春平編.人文書院、1993

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