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2013年1月12日 (土)

小説木幡記:神社と太鼓橋の序章

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 多賀大社の太鼓橋

 神社に太鼓橋があるのは、一種のお約束ごとかと思っているが、どうなんだろう。長く神社に気持ちを沿わせてきたが、太鼓橋にまで気を向けたことはなかった。この数年お参りした太宰府の天満宮、鎌倉の鶴岡八幡宮、そして多賀大社に太鼓橋があって、鎌倉の橋は通行禁止だった。お多賀さんの橋もちょっと見るには危険な角度だった。

 お多賀さんはお伊勢さんの親にあたるという言い伝えがあって、これは御祭神がイザナギ、イザナミという国造り二柱だから、理屈の上でもそうなる。多賀大社への気持ちの向き様は若い頃に司馬遼太郎さんのなにかの著書を読んで「そうなんか、それはすごい。お参りしなくては」と、思った事があった。その内容が何だったのかはとんと思い出せないが、もともと近江の国は近江京よりもずっと昔から歴史の奥深い土地柄だから、そこにある「大社」が昨日今日に流行りだしたはずもない。

 ところで。
 近江鉄道多賀線があって、本線の高宮駅←スクリーン駅→多賀大社前駅と、通じている。スクリーンという名称は駅前に大日本スクリーン製造(株)があるから、その由来名駅と想像した。この多賀線は一時間に2本走っているから、ローカルとしては普通の利便性があると想像した。
 この多賀線は、近江鉄道を調査している学生のゼミ発表で知ったわけだが、あとで薦めようと思った図書『聖地鉄道/渋谷申博』(洋泉社新書)には、聖地鉄道として挙がっていなかった。残念。
 神社は一般に大鳥居があって、太鼓橋があって、神殿につながる。聖地鉄道がまだ俗界ならば、人が渡るのも難しい太鼓橋がこちらとあちらを結ぶ境界線なのだろう。だから、数ある日本の橋のなかでも、神社にある太鼓橋は、幾分俗物をはじき出し、とはいいながらも、それでも近寄りたい人には、近づける余地を残している。そういう結界徴なのだと思った。さて、真相は如何に。

参考
  多賀大社

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