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2012年12月31日 (月)

小説木幡記:まとめの大晦日

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伏見稲荷大社・神楽殿

 平成24(2012)年も暮れになった。小さな人生、小さな一年にもいろいろまとめはあった。
 列挙して、後の備忘としておこう。

・2月に岡山・後楽園、香川の丸亀城、崇徳上皇・白峯陵、徳島城跡・博物館、淡路市立図書館などを経巡った。

・3月3日に、2001年から続けてきた葛野図書倶楽部2001を解散した。40人前後の卒業生が関西と遠隔地(東北、関東、新潟、北陸、中国)より、昼部(大学大教室)と夜部(伏見港の鳥せい)に集まって、お別れ会をした。感無量であった。

・3月31日に、定年退職となった。平成5年から19年間勤めたことになる。

・4月1日からは、勤務条件は大きく変わったが慣例によって継続採用となり、また図書館長職もこの一年間受けることとなった。以前に4年間その職にあったので、合計5年間の館長であった。学生やたまにしか話さない同僚には、この間の変化は気付かれていない(笑)。

・4月から、授業支援SAとして日本文学系3名、心理学系3名の上級生と相談し、心機一転、共同演習授業を開始した。

・7月には帰京したJo翁と、古市の白鳥陵、応神天皇陵、そして聖徳太子陵、近つ飛鳥博物館などを訪れた。

・8月には横浜と鎌倉とを研究旅行した。具体的には図書館・博物館巡りである。代表的なものには、原鉄道模型博物館、金沢文庫、鎌倉文学館、神奈川県立博物館がある。
 金沢文庫は、図書館史の「武家の図書館・学校・文庫」の代表例である。鎌倉文学館は、三島由紀夫『豊饒の海』の貴族・別荘のモデルとして、感動を新たにした。

・この間、案内は関東の梅翁やJo翁の世話になった。特に梅翁の案内で鎌倉の故評論家・小林秀雄旧宅あたりを確かめたのは望外の幸せだった。Jo翁には新横浜の昭和戦後初期を再現したラーメン博物館を案内してもらった。意外にこの地がわかりにくくて見過ごすような博物館だった。
 また彼らと横浜馬車道のレストラン・喫茶店で、島田荘司の小説舞台を味わった。

・9月には、伊勢で研究会があり参加し、翌日、斎宮歴史博物館、本居宣長記念館をおとずれ、また倭媛宮、瀧原宮、能褒野陵などを参詣した。

・10月には再度帰京したJo翁と、難波宮跡、四天王寺などを訪れた。

 と、こうしてみると、授業の無い月はひたすら充電していたことになる。放電は研究や授業や日々のこと。
 人は身体を動かし体験し、人とも交わり、そして深く読書し、考え、日々食べて眠って、翌朝気持ち良く起きて、それをまた繰り返すのだろう。そういう過程をこそ楽しむべきだと、この数年間、痛感している。

追伸
 後期授業で「ジオラマ:未来の図書館」を始めた。十人十色の未来(鉄道)図書館モデルが徐々に姿を現してくるのを毎週眺めるのは、教師冥利につきた。月初めにはそれぞれ完成予定なので、楽しみである。

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2012年12月30日 (日)

小説木幡記:年末年始の楽しみ、心つもり

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清明井:清明神社

1.現代読書三昧
 ミステリやファンタジーなど、いつものことなので新味もないが、読書は一種の特技だから、その特技を大切にするつもりだ。スポーツするより(最近はラジオ体操をやりだした!)、遊びに行くよりも、文庫本を次々と読んでいるのが楽しみだし、大抵は場所や時間を選ばないのも都合がよい。

2.神社詣
 正月明けから中旬まで所用あって出かけるので、大神神社・三輪山詣や三輪素麺は一月の半ば過ぎになる。その間、ネットも使いにくいのであっさりMuBlogも休載予定。事前に書いておいて日時になったら自動開示にしてもよいが、気ままな小説木幡記にそういう絡繰は似合わぬでな。

3.ジオラマ三昧
 今年後期に学生達が造ったジオラマは、どれもこれも驚天動地のアイデア満載で、余もいたく触発された。しかしまだ9ミリ幅のレールが大きく見える。
 そこで、最近は日本のZゲージも随分進み、走行性能も他のNゲージなどに比べても見劣りしなくなった。なんと言っても、半径7センチの小さな円周を極小「1/220」縮尺のDD51が脱線もせずに高速走行するのをみると、隔世の感がある。レール幅が9ミリ(Nゲージ)→6.5ミリ(Zゲージ)に変わるだけで、世界が違って見えた。

4.古典三昧
 明治、大正、昭和の小説を読むのが古典三昧とはちと変な気もするが、たしかに余にとっても、もう島崎藤村や志賀直哉や川端康成は「古典」になってしまったのだ。もちろん大古典(記紀、芭蕉など)もよろしいが、明大昭の時代は独特の趣があって、読書しておくのも悪くは無いのう。

*.もりだくさん
 ということで、年末年始、一月中はなにもかもが盛りだくさんだが、たいていのことは例年通りなので、じっくり味わって過ごすつもりだ。映画三昧を書き忘れたが、これはまた後日に(笑)。

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2012年12月29日 (土)

小説木幡記:システム手帳というかリフィル(用紙)というか

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 琵琶湖のユリカモメ

 昨日、探しあぐねていたバイブル版のリフィル(95x170mの定型手帳用紙)をようやく近所のスーパーにある書店文具店で見つけ入手し、ほっとした。なんのことはない、昨年システム手帳を買ったお店だった(笑)。この10数年間、つまり21世紀になってからはずっと一回り小さなサイズのものを使ってきたが、気がついたらバイブルサイズのシステム手帳、リフィルを販売している店が見つからなくなった。安価でカラフルなミニサイズ版が出始めたころ、手帳一式が1000円以内で買えることに驚いて、それまでの10000円前後もしたバイブル版を棄てたわけだ。世間もそういう流れになったのか、ミニサイズは毎年どこの書店でも文具店でも入手出来たが、いつのまにかバイブル版を見かけることが無くなっていた。
 ~
 いや、単純に余の目にはミニサイズ版リフィル、小型システム手帳しか目に入らなくなっただけかもしれないが。
 そこで昨年からバイブル版に戻したのは、学生達の集まりで、1人が実に器用にバイブル版を操っているのを見かけて驚いたわけだ。本人に直接聞いたわけではないが、膨大なメモ(学業、アルバイト、司書系雑務など)を取っているのをたびたび見かけた。
 「そうか。システム手帳は、やっぱり英国軍士官がやったように、バイブルサイズをでっかいポケットに入れておかないと、役にたたないな」と、思ったわけだ。もちろんその学生はでっかいカバンにシステム手帳を常駐させていたが、……。
 ~
 余は1986年ごろに、NDKという源氏物語のデータベース化研究会に属し、そこの研究者伊藤氏に勧められてバイブル版を使い出した。当初はPCと連動させてあれこれ見よう見まねで工夫してきたが、やがて、邪魔くさがりの余には手に余ってきた。毎年リフィルが白紙のままになった。そのまま21世紀にはミニサイズにしたが、それも似たようなものとなった。あまりメモを造らない質だったわけだ。
 ~
 昨年から心をあらためてバイブル版を使いだしたのは、その卒業生のやりように密かに感心したのと、大きい方が断然書きやすく読みやすい。最近になって、その頃とりよせたバイブル版・リフィル用の穴開け器も見つかった。いろいろな印刷物に穴を開けて閉じこむことがミニよりもやりやすいと思い出した。
 昨日買ったリフィルは「iPhone対応リフィル」と書いてあり、アプリケーション「Refill Stocker」なるものも目にした。どうせすぐに飽きるとは思うが、文房具は手にすると時々気分が高揚してくるから不思議だ。iPhoneやシステム手帳を駆使してこなすプロジェクトもない暇な日々だが、ちょっとわくわくわくしたのも事実だ(笑)。

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2012年12月28日 (金)

小説木幡記:新旧話

 昨夜1996年の古い鉄道模型雑誌を眺めていたら、ファミコンで模型を制御するという言葉があって、おや? と思った。気になって今朝いろいろネットで探索したが、思う様な記事に出会えなかった。十数年前にはそういう試みがあったのだろう、~。で、この件終了。
 ただし別の道が見えたので、関係新刊図書をアマゾンで発注したら、29~30日に到着予定とのこと。便利なものだ。『ナローゲージ模型入門

 昨日、冬の散歩道に琵琶湖の湖岸「なぎさ公園」を散歩していたら、水上消防署と水上警察署が隣り合わせにあって、消防船は見えたが、水上警察船は不在だった。そういえば、滋賀県警察本部がこのなぎさ公園あたりに移設したのと前後して湖城に見える「琵琶湖文化館」が長期休館した。存続がどうなるのか、他府県人としても気になる、~。で、この件終了。

 ところで今年は一月の桜井市・大神(おおみわ)神社を初めとして、瀧原や多賀や~、また市内としては下鴨神社、野宮神社、~清明神社、伏見稲荷と、たくさんの神さんにご挨拶した。どちらさんもお賽銭ていどの出費なので気安くお参りできる。神社の隠れた美点だな。で、この件継続。

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2012年12月27日 (木)

小説木幡記:年末

 年末や大晦日や新年元旦でマヤ予言のようには~世界は動かぬが、人の心はなんとなく「今年はいろいろあった。さて来年こそは」と、まとめ心と変化心が生じるものだ。

 余の一年はあわただしく過ぎ去ったが、それぞれに四季・毎月毎日、心に深く染み渡ることや体験があった。そしてまた晩秋から師走にかけては膨大な文庫小説を食べるように読みひたった。

 ところで。
 若年時と今とをふと思い比べてみたが、今の方が気楽だという思いは強い。余の場合は安定感がまして、焦りが減ってきたこの20年である。焦りが不安定感を強め、よくわからぬ辛さに縛られてきた、というのが実感だ。その焦りの多くは限られた時間の中で、あれもこれもいついつまでに達成したい~というまことに解き得ぬ無理難題をいくつも抱え込んだのが原因だった。

 今は。
 目の前にある時間を楽しもう。と、それにつきる。
 さて、今日は近くの琵琶湖を眺めてくる。近江、琵琶湖は随分昔から、好ましい風景であった。

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2012年12月26日 (水)

小説木幡記:クラッカーとウマヤドノミコ

 昨日早朝、運転席に座ってエンジンをかけると、「お早うございます。今日はクリスマスです」とスピーカーから挨拶がした。「それがどうした?」と、一瞬反問したが、「自動車に罪はない」と思って苦笑いした。

 幼児期の印象では、日本のクリスマスイブは世間全体で大騒ぎをし、おじさん達は三角形の帽子を被って、クラッカーとかいうのか、紐を引っ張って蜘蛛の糸をまき散らし、轟音を出して喜んでいた。この国にはよく分からぬ事が多い~とも思ったが、そういう脳天気な国民性が全体を平和にしているという説もあるようだ。そうかもしれない。ところで、イブの翌日クリスマス当日のことはよく覚えておらぬ。日曜教会学校へみんなと遊びにいったようなきもするが、半世紀以上も昔のことなので、~。

 そんなことをつらつら考えている間に、うまやどのみこ=聖徳太子さんの誕生日は1月1日と記憶にあるが、クリスマスも聖徳太子さんも馬小屋に縁があって、なにやら気になってきた。ただし諸説あるので、また今度のことにしよう。

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2012年12月24日 (月)

小説木幡記:映画三昧、小説三昧

 昨日日曜日、突然関東の「ふ翁」から電話あって、消息確認をされた。ありがたいことだが、発端は、余が約1週間以上MuBlog不投稿になると、「あやしい」と疑うようだ。
 これに類した話は以前も録したので、やめておくが、ともかく数日間隔でも投稿した方がよいと、ひとりごちた。もともと電話やメルが少ない質なので、ほっておくと10年間くらいは音信が消えた事も多々ある、……。
 ~
 だが、写真や動画を整理して、周辺情報をまとめて、記事にするのは、なかなかに時間と根気が必要なので、現在のように「きまま志向」の年齢になると、ちょっと疲れる。きままに朝風呂、夕風呂にはいり、きままにDVDやミステリやファンタジーを眺めていると、あっというまに時が過ぎていく。わざわざ肩を痛めてまで記事を書くのがうとましい、~。と、思いはするが、こうして時々は日常をまとめておくのも、よろしかろう。

 予定では近々、夏記事のまとめとして、瀧原宮のことを書くつもりだ。
 それから、DCCやZゲージやメルクリンも順調だから、記事にしたい。
 肝心の映画や小説解説は~、うむ、まだいろいろ抵抗があるな。これらは余自身が楽しめば、それでよいとも言えるしな。

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2012年12月23日 (日)

NHK平清盛(50)遊びをせんとや生まれけむ:双六が終わった

承前:NHK平清盛(40)はかなき歌:梁塵秘抄のこころ
NHK大河ドラマ公式あらすじ

 承前記事をみていて、丁度10回ほど感想文を投稿しなかったことに気付いた。20%になるかな。
 歴代のドラマでも、好みは高い方だったが、王家とか武士の世という言葉にはいささか鼻白んだ。
 ただ、終盤を長く視聴欠席したのは、ひとえに、こういった大河ドラマによりそって記事を書くのが辛くなったからである。自分なりの独自性を出せずに、他人様の作品を褒めちぎっても、幇間芸のような芸があれば別だが、空しくなる。
 とはいうものの、40回も見続ければ、清盛世界は今年の余の人生の一部に溶け込んでいるから、今夜最終回を見終わって、「終わった。よかった」とひっそりと手を合わせることができた。

 *時子さんだけが、どれほど歳をとっても瑞々しい不思議はあるが、「それよいでしょう」とつぶやいた。
 *後白河法皇は清盛がいなくなった後、5年後か6年後に、66歳で亡くなられたとのこと。大往生だ。
 *清盛が64歳でアッチチ入道として身罷ったのは、
   それだけ高熱に浮かされて意識朦朧としただろうから、苦しみは少なかっただろう。
 *盛国が平家滅亡後、頼朝の計らいで生を得たが、餓死することで人生を定めた。よい生涯だった。
 *頼盛は平家から離れて頼朝の厚遇に生を得たが、平家滅亡後、ひっそりと死んだ。

 みどころは、西行の前に清盛の生き霊が現れ、乗り移り、都にもどり西行が清盛の遺言を清盛になって伝えた。また鎌倉では西行が頼朝の前に現れ、実は西行には清盛が憑依していた。なんだか能を見ているようで佳かった。西行はしてみると旅の僧か(あたりまえだ)。

 感想は、いまだに「清盛」の視聴率が低いと騒がれたのが腑に落ちなかった。実によくできた作品だといまでも思っておる。清盛や後白河や両名の部下、近習が冴えていた。
 それと、清盛の生涯は劇中西行のセリフにもあったが、輝いていた。こういう人生を歩める人も少なかろう。

 栄華は去る。
 一睡の夢幻。
 人生は、死ぬまで楽しむべきだ。ただし楽しむためには工夫や努力も必要だな。時々は電車の中で居眠りしたり、あったかい風呂の湯気の中で鼻歌を歌うことも必要だ。さて、今夜も熟睡しようぞ。さようなら、清盛殿。

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2012年12月15日 (土)

小説木幡記:日々のよしなしごと

 MuBlogの更新をきっちりできないと、様々なことも自動的に、きっちり出来なくなる。
 ではなぜここにいたって余の勲(いさおし)が翳り、日々が怠惰にみえてきたかというと、……。

1.蒲柳の質(ほりゅうのしつ)がきわまってきた
 右肩が凝る。温湿布やラジオ体操や、工夫をしておるが、断続的にいやな気分になるな。左肩だと、いろいろややこしい病因もあるようだが、昔から恒常的な右肩凝りは~困ったものだ。マウスも持たず、読書もせず、ぼんやり風呂に浸かっていると、まるで無痛。

 右目がジンジンと痛む。メガネは合っているはずだ。多分横臥して長時間読書するからだろうな。利き腕じゃなくて、利き目が右なんだろう。寝ていると、まるで無痛。

 長期間の咳。話し出すと、身を二つに折るほど咳き込む。ねていたり、無口だったり、読書していたり、喉アメなめてマスクしていると、まるで無咳。

 長期間の鬱。読書したり食事していると、まるで陽気。特定の地域に入ると強鬱になるので、近頃はそそくさと自宅に帰る(笑)

2.それにしては変わらず
 上記1の諸症状にもかかわらず、数えてみると、毎日7時間も熟睡しておる。
 毎日、三食をうまうまと食べられる。
 一日に2冊程度の文庫小説を完読しとる。

3.はて
 MuBlog記事の更新頻度が低下してきたのは、一体なぜなんだろう。
 しかし、個人の独り言だから、年一になってもだれも困らない。
 こころみに今朝の人気記事ランキング(右窓に表示)をみてみると、上位10アクセス(週間累積)はすべて一年以上も昔の記事だ。大体数年前のが多いな。

1位:丕緒の鳥(ひしょのとり)・十二国記/小野不由美:雪のような音
2位:Macでウブントゥ:ubuntu(Linux)、ついでにフラッシュメモリーで軽々
3位:1Q84:Book3/村上春樹 (読書感想文)牛河の魅力に圧倒された
4位:鉄道模型のPC制御:(07) 廉価なDCC組み込み車両(HO)とアドレス設定
5位:鉄道模型のPC制御:(06) DCCのスターターセット(HOとKATOのD101)
6位:伊勢参り(1)「楽」近鉄ビスタカー20000系・二階建て車両
7位:平城京、長岡京、平安京:三都の南北標高差
8位:ブラック・ラグーン(広江礼威)とヨルムンガンド(高橋慶太郎)
9位:自動往復運転の実験:サロ124形「二階建てトロッコ図書館列車・あたご2号(HOゲージ)」
10位:高齢者(老人)差別

4.もうすぐお正月だ
 年末年始、気楽にすごそう。

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2012年12月10日 (月)

小説木幡記:合掌土偶(国宝)レプリカ

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合掌土偶(レプリカ)の正面
 
 11月末に滋賀山中のミホミュージアムへ行き、縄文土偶の大集合を見学した。実物国宝が3体出ていたのだから、相当な力の入れようだった。
 もともと余は遮光器には随分入れ込んでいたが、日本全国からこれだけ沢山出土しているとは感覚的に知らなかった。
 そこで見かけた合掌土偶は、いわゆる遮光の目を持ってはいないが、「なるほどなぁ、縄文時代!」と思わせるに十分な迫力があった。
 現物は20センチ程度だったが、帰路に手にしたレプリカは随分小型だった。1000円という手頃な価格だったので、カバンに入れてにやにやしながら、部屋にもどり、眺め回した。

 一方、カタログも入手したので、雰囲気の違いを確認したところ、レプリカでは足の開き具合が少し広く見え、また鼻梁から鉢巻きのように伸びる骨丘の幅が、少し狭く見えた。

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合掌土偶(レプリカ)の背中

  カタログによる国宝「合掌土偶」のデータ。
  展示番号  193
     名称  合掌土偶
     指定  国宝
  出土遺跡  風張1(青森県八戸市)
     時期  後期後葉(BC1300年頃)  
     高さ  19.8cm
     所蔵  八戸市埋蔵文化財センター 是川縄文館 

 ミホミュージアムの展示は、以前の若沖にしても、今度の縄文土偶にしても、余に目眩をもたらし心に衝撃を与える。
 そしてまた、今から3300年も昔の日本、縄文時代にこういう土偶が作られていたという事実に胸が押さえつけられた。カタログを散見していると、古いものでは1万年の昔に作られたものもあった。

余談
 ところで、遺跡、芸術の目だけではなく、他の観点からもこれほど気持ちを騒がせる物はない。土偶の多くが新世紀エヴァンゲリオン「使徒」の原型に見えてくる。この土偶に限って言えば、首回りや肩パッドが、どうしても宇宙服に見えてしまう。大昔、日本列島に住んでいた縄文文化の担い手達には、世界や人がこのように見えたのだろうか。
 身につけている物の繊細さや機能性にあらためて目を見張った。

参考
  土偶・コスモス / MIHO MUSEUM編
  MIHO MUSEUM
  八戸市埋蔵文化財センター 是川縄文館
  合掌土偶について(八戸市)

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2012年12月 2日 (日)

小説木幡記:カツミとメルクリン

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カツミ「ED100-1」とメルクリン「カブース(車掌車)」の連結

 写真の左側は、カツミという会社が昭和30年代~40年代にかけて売り出したHO入門キットの電気機関車である。正確な製造年は今回調べられなかったが、すでに半世紀近く経過したものだ。京都市内模型店の中古売り場にあったので値段を見ると、4000円程度だった。こういう世界のHOタイプとしては安価なので、店員さんに言ってみたら、「はあ、お安いですが、リストアしないと、動きませんよ」と、釘を刺された。
 動かなくてもよい、と思っていそいそと自宅に持ち帰った。しばらく眺めていたが、結局レールに載せたら、うんうんとは言うが、走り出さない(笑)。「やっぱり、だめか」とあきらめた。
 翌日、ものはためしで可動部にミシン油をさしてみたら~、走り出した。なかなかのものだ。しかしいつも、10分ほど疾走すると、焦げ臭くなる。半世紀前の模型だから、しかたないな。

 ところで、
 写真の右側はメルクリン社の新品で、カブースといって車掌が泊まりこんでブレーキを操作する車両らしい。だから緩急車とかいう名称があって、単純に車掌車とは言わないようだが、……。余はこれを以前から「図書館・司書車」と考えてきた。別途1番ゲージのでっかいカブースを入手し、詳細にみたが、車掌2名が生活するだけの空間、ベッドや台所や机があって、これを司書車に改良するのは難しくはない。
 この模型はメルクリン社のHOタイプである。実は、メルクリンの通常車両は3線タイプで、車輪間に絶縁がない。だから、この車両には、別途フライシュマン社の模型車両から車軸を抜いて、入れ替えてある。

 ともあれ、カツミとメルクリンとが、上手に連結して、スムーズに走るので掲載した。成功したのは初夏だったが、いままで掲載を捨てておいた事情は別にない。この組み合わせは、45センチx45センチの基盤、つまり半径20センチ強のHOレールを器用に走りきる。まさにNゲージ並みのパイク度である。

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カツミ「ED100-1」の車軸と動力ギア

 参考のために、カツミの電気機関車の可動部分を見ておく。質実剛健、単純素朴、古武士の趣。と、余は実に気に入っている。
 とは言っても、やがて動かなくなるかもしれない。そのときは、モーター部分だけでも現代風にして、雰囲気をずっと残したいと思った。
 そこで。
 メルクリンの車両を連結させて動かすのは、実に面白い。将来の図書館列車も、なんとなくこんな風になるかな(笑)と、ひそかに思っておる。ただし、今風の新幹線にこれを連結させるのは、シュールすぎるけどな。

参考
  カツミ(KTM)
    カツミのHO鉄道模型セット
  モデルショップ・さがみ「【自由形】ED100動力更新完成!」
  HRS-メルクリン・ショップ(大阪府枚方市)

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