小説木幡記:頭の中の大覚寺・嵯峨御所
嵯峨御所・大覚寺の遅い桜↑ (2012年の4月末か)
ときどき古い写真を眺めてみる。追想にひたるわけではなくて、MuBlogらしく写っているものをさがしているわけだ。今朝は気に入ったのが見つかった。
京でときどきみられる真っ青なそれではない、花曇りというのかな、なにかぼよんとした曇り空だ。桜が葉をみせてそれでも花をのこしていた。影になった勅使門。
まさしく嵯峨御所そのものだ。
~
これが、「大覚寺」と意識したとき、余の脳内に浮かぶイメージなのだ。だからこの写真は現実の桜や唐門ではなくて、陰陽師の眼裏に浮かんだ嵯峨御所である。おそらく式を打つとか、術をほどこすとか、呪をかけるとは、こうした脳内に浮かんだ像を相手のことだろう。と、朝から日本の歴史を頭に浮かべていた。それくらいは陰陽師でなくても、鬼道を良くしなくても、現代人なら写真をながめるだけで、近寄れる。
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