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2012年10月 5日 (金)

小説木幡記:馬車道にも六道辻・ところでスピルバーグは活字よりも映画が好きだった

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↑馬車道の「六道の辻」(横浜)↑

 「六道の辻」という石柱に出くわして驚いた。仏教用語が元祖らしい。人は6つの世界を生まれ変わり死に変わる。{地獄道、餓鬼道、畜生道、阿修羅道、人間道、天道}があると。実に蘊蓄のあるお話じゃ。で仏教といってもその前世史や経過史や現在史があるから、いろいろな考えが混ざっておって、一筋縄ではいかない。現代で六道の辻といえば、辻は街の中と考える。六道は単純に種々雑多な人の趣向、欲望と思えばぴったりする(謎の笑)。余の判定では、これは娯楽のセンター街と思えばよろしかろう。下世話に申せば、グルメ、風俗、SM、映画、お芝居、バクチ、のむうつかう、~任せなさい、なーんでもありまっせ、お、そこの社長! センセ!、臈たけたお女中、奥さん~となるか。もちろん歴史的反映であって、現在の姿とは言えない。余は京都の六道珍皇寺(JoBlog)なども昔はそうだったとふんでおる。

 秋になってますます紙図書読みに沈潜しておる。最近は『光圀伝』(うぶかた・とう)を一気に味わって満足した。光圀の波瀾万丈の生涯がよくわかった。特に、義とか大義とかが本当に理解できた気分だ。他にも週に文庫なら一ダース単位で読んでおる。メガネを変えたせいか、速度が倍速になった。ただし、余はとばし読みの速読術などは使ったこともないし、使う気もない。情報採取のために物語をよむわけじゃなくて、その世界をまるごと味わうために読書しておる。

 スピルバーグがディスレクシア(難読症)を公表し、若年次、随分虐められたことを告白したらしい。天才クラスに難読症が多いと聞くが、これだけ紙活字に耽溺する余は耽読症といえるから、凡才なのだと一人、深く納得した。凡才万歳。

 で、この手のことを書くときのいつもの追伸。
 世の中には、文字を読みづらい人もいるのだから、無闇に読書を勧めるのは辞めておこう。今後は読書週間も注意深く考えていくつもりだ。

参考:小説木幡記:2007/11/28(水)読書と難読症(ディスレキシア)

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コメント

 道・辻

 昔、白川静さんの本を読んだ時に、道という漢字の成り立ちを読んで怖くなりました。古代の中国では自分の領地や村落の領地から外の世界に通じる道では敵の生首を手にぶら下げて、その道を歩き領地の安全を祈願したそうだ。道という字は手で首をぶら下げて歩く姿であると聞いて驚きました。

 生首をその道に埋めるという話もあるようです。即ち、道という空間は安全な場所ではないのですね。死と直面する場所であるようです。辻という漢字の成り立ちは知りませんが、多分、十字路を表現しているんでしょうね。

 古来、辻切り、辻占い、とあの世とこの世の接点のようですね。十字路に入る直前まで、交差路の左右は見えませんね。

 ところで、六道珍皇寺は面白いので、是非、皆さん祇園で酒を飲むだけでなく、一度は訪問して欲しいです。

投稿: jo | 2012年10月 5日 (金) 20時13分

Joさん
 怖い話ですね。
 とすると、日本で「道」になった茶道、華道、剣道、~ついでに左道というような用例は背後に「怖さ」を持っている可能性がありますな。

 「道化」なんかどうなんだろう。
 道が化ける。化かす。境界が霞んでくる、笑いで規則を乗り越える、~

 さらに、辻。辻説法。四辻という姓もありますね。
 昔、八衢(やちまた)に凝りました。ヤマタノオロチみたいで面白い。四道、六道以上の八道もありそうで、辻よりも格が高そうだ(笑)。Joさん、どうなんだろうね。

投稿: Mu→JOさん | 2012年10月 6日 (土) 04時02分

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