小説木幡記:広くてあかるくて、気持ちよい後楽園
↑後楽園の茶店
岡山の後楽園は三名園の一つらしい。偕楽園は徳川御三家の水戸、金沢の兼六園は加賀の前田さん、そして岡山の後楽園は、池田さん。いずれも江戸時代の藩主がお金と知恵と感性と、そして継続力を注ぎ込んで今に至ったわけだ。
偕楽園はまだ行ったことがない。
余は弱年より庭園が好きだった。最初の印象では、嵯峨野や嵐山の寺社境内が、そのころは入園料も不要で、遊び場みたいなものだったから、遊び場とは庭だった。要するに何も知らずに遊んでいた場所が、成人してからいろいろ調べてみると大した歴史的名所旧跡だった。
そういう感覚は、今に至って名園をみても、ただ走り回ったり、隠れん坊したり、池でラジコン潜水艦を動かしたいとか、丘陵にラジコン戦車を上らせたい、〜と、まるで美学から外れた気持ちで眺めている。
美学とまでは行かなくても、ああ気持ちいい庭だとか、退屈だとか、気色悪いとか、気持ちの動きは明瞭にある。
そこで、後楽園。
毎日でも出かけたくなる。広々していて、水田があったり梅園があったり、鯉がいたり、枯れた山水があって、豊かな日本の田舎があって〜、歴代作った人たちは、施工主も庭師たちも、なかなか明るくおもしろい人がおおかったのだろう、と感心おおいにした。
これ、絶対に、よい庭だよ。
追伸
写真の後楽園は2012年の2月だと思う。この記事は今朝、新横浜で書いておる。
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