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2012年8月11日 (土)

小説木幡記:野趣と鳥居本

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↑野趣あふるる前菜:平野屋

 つくしとかすぎなとか、山芋の短冊と金山寺味噌とか、稚鮎の甘露煮とか、わさび漬けのような味噌とか、いろいろ名指してみたが、余のいう食材名称は一つとして正確ではない。ただ、仲居さんの話では、家族一同で採りにいくらしいから、お金であがなった物ではなく、山に自生していたものだろう。小魚も自生というかどうかは、書きながら迷っておるが。
 ビールと良く合う。
 本当に前菜だと思った。洋風のものは前菜というよりつまみ食いだが、和風のこれはいつしか自然を噛みしめている気になってくるから、不思議な力があるものだ。

 ところで。
 写真右の藍でそめた鳥居本を表した和手ぬぐいが実に気に入った。五山の送り火と言っても世間には銀閣寺うらの大文字ばかりもてはやされ、供養より放射能で良く知られてしまった大文字だが、鳥居本の鳥居形は、密やかな分だけ、地元に少しでも縁があると懐かしさが消えぬ。この手ぬぐいをいただいて莞爾として笑った「俺がいた」。

 このあたりは鳥居本と言って鳥居が先か名が先かはわからぬ。今、手元の図書をひっくり返してみたが、解はえられなかった。しかし先回の愛宕神社一の鳥居を見てみれば、この鳥居本の鳥居はきっと愛宕山への道筋をあらわし、その始発が平野屋のある鳥居本なのだろう。坂を少し下れば化野(あだしの)念仏寺だから、このあたりは念のこもったところで、それが山の上の聖地に繋がる仕組みになっておる。そうだ、ここもトポスなのだ。

 ということで、野趣あふれる前菜とビールはことのほか心身を潤してくれた。このためにこそ日頃愛車のRSをすてて、はるばる木幡からJRに乗って京都駅を越えて山陰線に乗り継ぎ、嵐山嵯峨駅までたどり着き、そこからタクシー、1メータで深山幽谷鳥居本に至った。ビールが不味かろうはずもない。

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