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2012年8月26日 (日)

小説木幡記:鎌倉文学館と江ノ電

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鎌倉駅に停車中の江ノ電↑ レトロ車両の10形

 鎌倉文学館があって、どうしても見ておきたかった。今夏期論文は三島由紀夫『豊饒の海』全4巻の小説構造と決めているが、今ひとつ華がない。三島に華がないのじゃなくて、余自身のくすんだ感性が豊饒の海の夢の中になかなか入れないで居ることを七月ころに味わった。これをして、余の心中に華がなかったといえる。
 そして。
 このたび、昔の前田侯爵が使っていた別業をあらためて文学館・資料館とした鎌倉文学館にたちより、全体の雰囲気を直に味わい、三島の描いた物語の中に一歩立ち入ることができた。

 三島作品でのモデルは人物よりも自然や建物の方が面白い、というよりか、三島が綿密にスケッチしたり、言葉に変換した様子が生前から語られていて、わかりやすいわけだ。その三島のわかりやすさは、識者にあっては図式的な、あるいは欧州風の味わいを思う人もおるが、人はわかりやすさだけで小説を書くのではないから、そこだけに焦点をあてるのはよくないと、かねがね思ってきた。
 やはり。
 三島の神がかりは深奥において、わかりにくさがあるし、それが日本の風土と重なった部分は、それほど単純でもないし、わかりやすいわけでもない、……。
 などと。

 --深夜聡子(さとこ)を鎌倉に連れてきて、昧爽〔まいそう〕に東京へ連れ戻すには、馬車ではいけない。汽車でもいけない。まして人力車では叶〔かな〕わない。どうしても自動車が要るのである。  それも清顕(きよあき)の周辺の家庭の自動車ではいけない。まして聡子の周辺の自動車ではいけない。顔も知らず、事情も知らぬ運転手が、運転する車でなくてはならない。  ひろい終南別業のうちとは云いながら、聡子と王子たちと顔を合せてはならない。王子たちは、聡子の婚約の事情を御存知かどうかは知れないが、顔を見分けられれば厄介の種子〔たね〕になるに決っている。(一巻『春の雪』34章)

 馬車、汽車、人力車とあったが、綾倉聡子を江ノ電で運ぶ計画はなかった。江ノ電の歴史は100年だったから、明治には開業していたが、鎌倉西口駅は戦後の開設だった。聡子を終夜別業に呼び寄せたのは大正の初めだったから、小説として江ノ電は対象にならない。

 終南別業モデル屋敷を後にして、ほんのしばらくで江ノ電の由比ヶ浜駅に着き、乗車したら満席だったが、若いカップルが余に席を譲ってくれた。たしかに、余は炎天下の徒歩に疲れていたし、齢も気楽なものでもない(笑)ので、ありがたく着席しうつらうつらしているまに、鎌倉についた。
 乗っていた電車はレトロタイプで、一両編成しかなくて、偶然とは言え、よい電車に乗り逢えた。 

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