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2012年7月 1日 (日)

NHK平清盛(26)平治の乱:清盛はまだか

承前:NHK平清盛(25)見果てぬ夢:なかなかの信西
NHK大河ドラマ公式あらすじ

感想
 よいドラマであるな。感動を新たにした。
 復習の意味で、
 清盛が若いころからの信西との付き合いを回想した場面があった。政治家、棟梁の立場からすれば、俊才息子・重盛が言うように、信西がいる限り、武士も平氏もトップには立てない。だから、信西を助けなくても良いと。この発言は、京都に残った一門(頼盛ら)も言っていた。
 ただ清盛の回想にあるように、清盛と信西は莫逆の友、回想通りに、清盛がこれまでへたれにならずに伸びてきたのは信西の助けが多々あった。

 武士というのは、義朝が言うように、「力」あってこそのものという一面があるから、信西のような政治改革だけでは人がついてこない、「力」を見せる必要がある~。そこに清盛が友情などを絡めるのは非現実的だ、となるだろう。
 源義朝は、ドラマでは、「武士とは国家の暴力装置(笑)」と言い切っていた。
 しかし、逆に友を見捨てるような武人は棟梁になれず、また信用されないという、清盛的な発想もありうる。
 ~
 しかしここで、現在北方さんの『楊令伝』に熱中しているが、宋國禁軍大元帥・童貫は、国家無くしては軍も軍人もなりたたない、という話になってきた(笑)。義朝の考えは後の清盛が武力を背景にしながらも政治を進め、そして次世代は、幕府を開府した頼朝まで待つ必要があった。先の長い話だったのに、短気を起こして有能な改革家信西を死に追いやったせいで、一時的に源氏は滅亡寸前にまで行った。
 歴史の不思議だなぁ。

クーデターなのか
 この場合、後白河上皇と二条天皇とを内裏に閉じこめたのだから、争乱事には何が起きてもおかしくない。信西に対向する藤原信頼も、信西と同じく後白河上皇の側近だから話がややこしい。一般にトップが殺害されるクーデターとか宮廷革命とかいろいろ政治用語があるが、動いた軍の数も1000に満たないだろうから、なんとなく身内の権力争いの暴力沙汰という感じもする。

 大昔なら、蘇我入鹿が聖徳太子の息子・山背一家をとりまいて自死に追い込んだ話とか、結果は天下争乱になったが、明智光秀が小数の信長を本能寺に押し込み殺害したような~、平治の乱では特に、清盛が不在をねらっての暴挙なので、今の日本でも起こりそうな話である。ああ、そういえば戦前の日本でも、軍の一部による暴発がいろいろあった。 

 ああ、書いていてわかりにくくなった。
 要するに、やはり、源平の私闘だったような、そんな雰囲気が濃厚だな。おまけに信西と信頼は対立していたが、清盛と信頼が憎み合っていたという事実はしらない。

ドラマ
 熊野詣の途中で異変を知った清盛一行の中で「爺や(平家貞・中村梅雀)」がおもむろに鎧兜や武器を披露し、武門はいついかなる時にも準備を怠ってはならないと、先代遺勲をつぶやくところが、よかったな。
 信西(阿部サダヲ)が清盛の助けを幻視する場面がよかった。
 清盛と義朝とが、お互いに浅からぬ因縁の中で、戦わざるを得なくなった、そういう必然性がよく表れていた。

 ともかく、手に汗握る一夜だった。
 ドラマは、良い脳ぉ~

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受信: 2012年7月 8日 (日) 19時31分

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