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2012年4月 1日 (日)

NHK平清盛(13)祇園闘乱事件:鳥羽法皇・圧巻

承前:NHK平清盛(12)宿命の再会:まだ序盤
NHK大河ドラマ公式あらすじ

 死んだ白河法皇が生ける鳥羽法皇(三上博史)を走らせた。
 死んだ祇園舞子が生ける宗子(和久井映見)を走らせた。

 私は京都の八坂神社を無意識に「祇園さん」と呼んできた。昔は祇園社と呼ばれていたのが、祇園祭や祇園精舎(ぎおんしょうじゃ)の話とあわさり、京都ではやさしげに「祇園さん」と言うのだろう。
 その祇園さんには牛頭天王(ごずてんのう)がまつられていたが、現代の八坂神社の祭神は素戔嗚尊(すさのおのみこと)となっていて、なかなか話が難しい。二神はあわさっているようだ、……。その話はおいておいて、要するに、昔の祇園さんは神と仏がご一緒していたので、勢力あった天台宗・比叡山延暦寺(開祖・最澄さん)の影響下にあった。

 そこで。
 清盛が一統と祇園社にお参りしたときに平氏郎党と祇園社の人達とがケンカになった。それを平氏が咎められた話だが。ドラマでは、清盛の処断に躊躇する朝廷・鳥羽法皇への嫌がらせに延暦寺が強訴(ごうそ)を起こした。そこに御神輿(おみこし)がでてくる。寺がなぜ御神輿かと、ここでも疑問がでるが、強訴とは坊主たちが(というよりは、寺を守る半無頼の輩)延暦寺の滋賀県側ふもとの日吉大社・御神輿を担いで、都になだれ込んでくるわけだ。当事者である平氏の代わりに源氏がこの制圧にかり出されるが、一応、主役の清盛が御神輿に矢を射ったことになっている。

 神仏に矢を射るというのは、当時の人、いや現代人にとっても、恐れ多いことで、なかなか普通の人にはできない。また、すべきでもない。しかし宗教はそのときのそのときのリーダーによっては実に愚かしく凶暴化することがあるので、それに対応する武力装置(笑)たる者は矢でも鉄砲でも放って制圧せざるを得ない。宗教側ではこれを法難としてあつかい、制圧側は淫祠邪教を打ち払ったとするが、仏教は強大な力を持っていたから一筋縄ではいかなかった(法皇さんというのは、仏教に帰依つくした姿でもある)。
 だから、長年の間、政治権力の中枢にいた白河法皇ですら、思い通りにならぬこととして、
   賀茂川の流れ、
   双六の賽の目、
   山法師の強訴、
の三つをあげたという説がある。

 自然水害は治水をつくしても想定外の状況があり、バクチはいかさまでもしないかぎりは時の運、そして宗教教団が神仏を盾にして政治に横やりを入れてくると対応に苦慮する、……。この三つは世界史共通のことだろう。

 さてドラマの結論。
 死んだ白河法皇の落としだねといわれる清盛が神仏と諍いを起こして、その尻ぬぐいを白河の孫の鳥羽法皇がせざるを得なくなった。いつまでたっても白河法皇に踊らされている! と、鳥羽法皇は嘆き怒る。治世への至らなさを悔いているともいえる。

 また、死んだ舞子が夫・忠盛の心を未だにかき乱し、その息子の清盛を夫は大切にしすぎる。忠盛の後妻の宗子は舞子と夫・忠盛を結びつける清盛を前にして、無力感に陥る。

 いずれも今は亡き人達の影響力が現実を動かしていくことの是々非々がドラマの焦点になっておった。幻影なのか、本当の因果応報なのか。おそらく、今生きている人達の現実解釈に過ぎないと思うが、人はその幻のような解釈の如何によって生きもするし死すこともある。人の世の難しさだな。

追伸
 鳥羽法皇の三上博史さんの演技は迫力があるな。
 そして、法皇の衣装装束の着こなしは、ものすごく洗練されておる。いわゆる、かっこよい、と思った。

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