« 小説木幡記:パンとサーカス「日本の自殺」 | トップページ | 小説木幡記:徳島城下・伊予街道の不思議な光景 »

2012年2月12日 (日)

NHK平清盛(06)西海の海賊王:平氏の兎丸(?)

承前:NHK平清盛(05)海賊討伐:どちらが海賊なのか(笑)
NHK大河ドラマ公式あらすじ

 瀬戸内海での海賊王兎丸(加藤浩次)と清盛の絡み自体はいささか幼い気もしたが、船戦(ふないくさ)の現実感には圧倒された。平氏が乗る小舟からみると、唐船(宋船)の大きさや高さには十分圧倒された。しかしなおこれだけ狭いと当時の戦いは一種の殴り合いに近い所があるとも思った。普通ではちょっと見られない海戦にしばらく魅入ってしまった。

 都では佐藤(後の西行)さんが璋子さんの付き人堀河局(りょうさん)と仲良くなってしまっているのには唖然としたが、お互いに後世に名を残すほどの優れた歌人だったから、不自然さはなかった。そうそう世上知られているのは璋子さんと佐藤さんの恋仲なのだが、新古今和歌集に最大数の歌を採用されたほどの西行さんは、若き日~北面の武士として、男ぶりもすごかったのだろう。

 さてまた璋子(たまこ)さんと得子(なりこ)さんの寝殿廊下での行き違いは、胸がつまるほどに緊張感があった。形勢は鳥羽上皇の子をやどした得子さんにあるようだが、このお二人の縁はなかなか深いものがあって、単純に憎みあい排斥しあったわけでもなさそうだ。御所の中のことは、世間とは異なる論理や美観で動いておったのだろう。

 東国に向かう源為朝は熱田神宮の神官の娘と出会ってしまった。つまり後に頼朝が生まれるわけだ。都も名古屋でもそれぞれ若者は恋をする。ただ、清盛は来週になるようだ、ちょっとオクテなのだろうか(笑)。
 そろそろ清盛も平氏の御曹司として形を為していく予感がした。

◇予習復習
 福岡市博物館に宋船の模型があるとのこと。(1.博物館機関誌2.blog)中国の宋王朝は10世紀末に起こった。清盛時代からみると百年ほど昔のことだ。そのころ日本での外交大権は天皇の専権なので、臣下は外国貿易を出来なかった、らしい。(揺れ動く貴族社会/川尻秋生(小学館))日宋貿易についてはさまざまな情報があるが、現実の瀬戸内海に現代も関与している人達による簡単な記事があった。「瀬戸内海の歴史:瀬戸内の航路整備と日宋貿易

 しかし今夜の物語ではまだ清盛が宋や、諸外国との交易に眼を開かれたとはいえない。おそらく、海賊追討の経験から瀬戸内海の海賊や海賊もどきの有用性を知っていったのだろう。もちろん、後の信西入道(高階)は学問の人だったから、早くから唐物に憧れをもっていたと想像できる。(海国記/服部真澄)ということで、宋船に近い原寸大の帆船をドラマで見て、堪能した。

|

« 小説木幡記:パンとサーカス「日本の自殺」 | トップページ | 小説木幡記:徳島城下・伊予街道の不思議な光景 »

NHK平清盛」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/22035/53961627

この記事へのトラックバック一覧です: NHK平清盛(06)西海の海賊王:平氏の兎丸(?):

» NHK平清盛(07)光らない君:清盛はもてたのでしょうね [MuBlog]
承前:NHK平清盛(06)西海の海賊王:平氏の兎丸(?) NHK大河ドラマ公式あらすじ  なにがと理屈を付けて言えぬが、今夜も随分気に入ってみていた。清盛というか若者達の恋愛模様は見たり聞いたりするとこそばゆくなるのだが、……。それにしてもしらぬまに笑い出していた。案の定、清盛が明子にだした歌は佐藤(後の西行)が作った歌で、それへの明子の返歌が「目が覚めたら、行き先が違う船に1人で寝ていたことに気... [続きを読む]

受信: 2012年2月19日 (日) 19時51分

« 小説木幡記:パンとサーカス「日本の自殺」 | トップページ | 小説木幡記:徳島城下・伊予街道の不思議な光景 »