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2012年2月27日 (月)

NHK平清盛(08)宋銭と内大臣:悪左府

承前:NHK平清盛(07)光らない君:清盛はもてたのでしょうね
NHK大河ドラマ公式あらすじ

 龍馬が初めて長崎を訪れたとき、当時長崎の国際都市としての雰囲気が良く出ていて、それを見た龍馬が一々驚く姿も印象深く思えた。今夜の清盛が平家貞らにつれられて博多に来た時の感激ぶりも、商いが宋銭で行われているのを知って感動しているのが面白かった。平氏の荘園自体は佐賀県の現・神埼市だが、宋の商人と平氏とが密・交易をするのは博多らしい。


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↑平氏が管理を委ねられた神崎荘:なんと吉野ヶ里遺跡のすぐ隣(笑)

 ところで佐藤義清(のりきよ・西行:藤木直人)の立場がますます微妙に描かれていた。これならば後に出家遁世してもしょうがないというドラマ伏線の張り方に感心した。
 北面の武士として当時の王家のそばにいて、若き西行自身の美貌や才能がどう扱われていくか、その中での西行の複雑な気持ちがわかる描き方なので、後日に西行がなにもかも振り捨てて御所を辞去するのが理解できる。西行の男ぶりや歌才が後宮女性達だけではなく、崇徳天皇や鳥羽上皇というこれ以上ないほどに高貴な人々から愛され嫉妬される情景は、実は私のこれまでの考えの中ではなかった。北面の武士が院の警護という役職とするなら、この段階での崇徳天皇との関係がわかりにくいのだが、ドラマとしては、崇徳天皇が西行に「鳥羽上皇の為に歌を造るなど、許さぬ」と怒ったのが、自然に飲み込めた。人麻呂だけではないが、歌人とは、だれに歌を捧げるのかという点で、政治家や武人並に難しい立場に立つこともあると理解できた。

 いつものように短時間に様々なエピソードがあったが、ほぼ初出の悪左府・藤原頼長の貴族ぶり、癇症、潔癖さがあざといほどによく描かれていた。いちいち写本をまっすぐにしたり、杯中の菊花弁を細かく扇子の柄で取り除いたり、物をつかむにも袖布に手を包みきり指さえ見せぬ潔癖さ、……。いやはや、ドラマを造る人達の執念というのは、すごい、と感じ入った。もちろん、俳優自体も素晴らしいがいまはまだ新選組副長の姿を思い出してしまうので、もう一回すぎれば、悪左府世界にはまりこんでしまうような、そんな予感がした。

 いや。本当に今年の平清盛はおもろい。
 これで視聴率がわるいなら、世間はもののわからぬ耄童ばかりになったということだな。イケメンと言われる者達も、西行とはいわぬが、歌一首よむくらいの雅をみせてほしいものだ、なあ。

◇予習復習
 悪左府・藤原頼長だが、直訳すると悪い左大臣、怖い左大臣、尋常ではない左大臣と言えるか。左府は中国官制での日本の左大臣相当。おそらくなにかしら「格好良く言う」と、左大臣よりも左府の方が引き締まった雰囲気があったかもしれない(当時の者ではないので不明(笑))。和風だとヒダリノオトドとなろうから、Safuの方がインテリに思われる、だろうか。今も昔も日本はよその國の風俗言葉を大切にというか、格好つけのためによく使ってきた。
 で「悪」だが、現代でも悪名といえば、なにかしら洒落ッ気が含まれるが、当時も「悪」のニュアンスは、おそらく、悪い小父さんの意味よりも、ちょっとした伊達もあったのじゃなかろうか。悪源太は頼朝や義経の長兄にあたる源義平の異称だが、悪い人というよりも、めちゃくちゃてごわいやっちゃ~というような意味か。

 さてやっと、悪左府。藤原頼長は今夜は内大臣:内府だが、後日左大臣になる。左大臣というのは、朝廷における実質的に最高の権力者と考えて良かろう。他にいろいろ上級の官名はあるが、左右大臣の左が最高権威となる。ところで、左とか右は、天皇さんの席に座って左が左大臣、右が右大臣となる。それが悪の左大臣と呼ばれたのは何故か? 詳しくはドラマを見ればわかる。

 いや、よく分かった。悪左府が「粛清」というと、首筋・背中に氷刀を当てられた気分になった。

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2012年2月25日 (土)

小説木幡記:もう土曜日だ

Simg_7627 いろいろあってMuBlogも休載が続いておる。せっせと小働きばかりしてきて大局観とか全体を見通す余裕もなくただ眼前におそいかかってくる責務といえば責務、洒落と言えば洒落のようなよしなしごとをしこしこやってきた、……。と思った途端にこの一週間どころではなく、ようやく自我がしっかりしてきた時代からかぞえて半世紀、つまるところは、責務と言えば責務、洒落と言えば洒落のめしたくなるようなのが、人生じゃ脳。おさらばしてしまえば、ああもこうもいえなくなるのだから、せめて生きている間は、今様のように遊びをせんとて生まれけりの精神を大切にして、今後の余生を一年か30年か、その間の適当な時間、過ごしてみようとおもったら、とたんに今朝MuBlogが書きたくなった、ということじゃ。

 ああ、いつのことか、旅行してきた。四国だった。記しておきたいのは、讃岐の白峯陵と、淡路島の洲本図書館風景と、そして丸亀城の石垣の緻密さと、……。そういえば先年旅した石見銀山もちゃんと記録しておきたいし、最近は纒向遺跡でまた何か出たようだし、……。
 忙しいな。
 とこれはいま、現今ただいまの感想だが、あれもこれも記録したいと焦る気持ちをおしとどめてMuBlogを休載するのも人生の一種の達観季節かもしれんのう、と思うわけだ。つぎつぎと記事を流し書きする時期も必要だし、ぼんやりとその日の責務を思い浮かべて終日こなしていくのも必要なのだ。

 遊びをせんとて生まれても、遊びばかりに専念するとしんどくなって息がつまる。時々は遊びを忘れてじっくり仕事するのも、これも遊び的仕事、遊び的研究として、おもろい、……。などとかんがえながら、きまじめな人士がこんな記事を読むと血相変えたり、あるいは余を憎悪するかもしれぬ。けどな、最近精神分析や、日頃の日常的鬱や、そういう記事など見ていて思うのは、病質はちょっとおいておいて、気質的に狂っていくのは、ものの考え方ひとつで楽にナルト本気で思う様になった。病は気からと言うのは半ば以上、本当の、実に客観的科学的事実だったと気がついてきたのだ。

 だからこそ。
 遊びに誠実に熱中し、遊び的に仕事したり、遊び的にけんきゅうしたり、遊び的に商売すれば、もっと人類世界が豊かになると思ったねぇ。そのターニングポイントとなった思考は、以下のような簡単なことだ。
 人とは、
 満漢全席であれフレンチであれ、数皿食べれば栄養も気持ちもなごむ。それ以上は無駄と思えば、人生は気楽じゃね。
 (ああ、もちろん文化文明的に、余った皿は奴隷がまっておる、と言う考え方とは別種の話である)
 といいながら、明日発売されるHOタイプの古代山陰線を爆走したディーゼル某品が待ち遠しい!!
 うけけけ。これも人の世のこと。

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2012年2月20日 (月)

小説木幡記:瀬戸大橋線・瀬戸内海をまたぐ列車

瀬戸大橋線通過列車:瀬戸大橋記念公園付近(クリックしてください)
Simg_7441 海をまたぐ列車を望遠レンズで撮って、手持ちぶれも比較的押さえられているので掲載した。しかし撮影時は午後すぐだったが雨天で光量が不足したのか、色も形もぼんやりしたものになってしまった。
 で、その車両名がよく分からない。鉄橋は、瀬戸大橋だった。

 瀬戸大橋といえば、岡山県倉敷市と香川県坂出市を結ぶ、高速道路と鉄道の二階建て巨大吊り橋として有名である。正確には吊り橋だけではないが、目立つので二階建て吊り橋としておこう。
 写真でわかるように実際に列車が走っている。
 実は此の段階では電車なのか、気動車なのかもよく分からない。もともと瀬戸大橋といえば、気動車が牽引するトロッコ車両(キクハ32-502)が有名で、私もそのNゲージモデルを持っている。しかし現在(2012年2月)ではその瀬戸大橋トロッコ号は走っておらず、別の名称になっている。その詳細がネット記事にあったのでリンクしておく。(キハ185系瀬戸大橋トロッコ)

 で私が写した車両はどういう名前の列車なのか。勿論マニアだとすぐに分かるだろうが、こういう場合の列車名探しは私のような素人には難しい。
 おそらく「マリンライナー」で電車なのだろう。そして運転席の傾斜面からして、213系と呼ばれる車両のようだが、判断はできない。マイクロエース社のNゲージ鉄道模型としてより詳しい写真があった。

 自分で撮影した車両が電車なのか気動車なのか判別できず、しかも車両名も分からないとは不思議なことだが、日本のJRや私鉄は本当に歴史が長いから、そこを走る多様な列車名を特定するのは、鉄道会社関係者とかマニア以外には難しいと思った。私も、歴代新幹線ですら判別できない(笑)。


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瀬戸大橋記念公園のマリンドームから見上げて列車を撮影した

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2012年2月19日 (日)

NHK平清盛(07)光らない君:清盛はもてたのでしょうね

承前:NHK平清盛(06)西海の海賊王:平氏の兎丸(?)
NHK大河ドラマ公式あらすじ

 なにがと理屈を付けて言えぬが、今夜も随分気に入ってみていた。清盛というか若者達の恋愛模様は見たり聞いたりするとこそばゆくなるのだが、……。それにしてもしらぬまに笑い出していた。案の定、清盛が明子にだした歌は佐藤(後の西行)が作った歌で、それへの明子の返歌が「目が覚めたら、行き先が違う船に1人で寝ていたことに気付いた」という意味の歌で、それを明子の返事としてもらって、いちいち西行の解説をうけて清盛がぶーたれていたのが実に面白かった。また西行が「恋とはこういう駆け引きを楽しむものだ」と言ったので、おもわず大笑いした。

 佐藤(西行)が崇徳天皇に呼ばれて歌の話をする雰囲気は遠い未来の伏線として佳かった。当時の人は、というか西行ほどの人だと、歌を一度耳にしただけで、その表の意味、裏の意味、そして歌った人でさえ気付かぬ深層の意味まで味わえるようだ。実は、最近四国の崇徳上皇さんの陵を訪れて、その歌碑にあった西行の気持ちを読んだところなので、今夜の崇徳さんと若いころの西行さんのやりとりは心にしみこんだ。

 ドラマの最初では、鳥羽上皇との間に娘さんを産んだ得子(なりこ)さんが璋子さんから贈り物をうけて、徹底的に苛立つ姿があった。このあたりのことは分かるようで分からなかった。と、しかし歴史的には得子さんは相当に優れた女性となっていくのだから、若い頃の無分別な怒りとして受け取っておこう。

◇予習復習
 今週はいろいろせわしなくすぎたので、予習も復習も宿題も無しにしましょう。
 学校に行っていた時代、大学も含めて、予習復習宿題に手を付けずに出席すると、なにかしらおしりがそわそわして落ち着きませんでした。そうそう、いまでも授業する前に小一時間2科目の予習をしないと、気分が悪くなりますねぇ(笑)。来週はがんばります。

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2012年2月18日 (土)

小説木幡記:徳島城下・伊予街道の不思議な光景

↓徳島城跡近く:伊予街道・市立文化センター北から西方向
Simg_7611 この写真をみていて、というか写す前に側道からながめていて、道路が鉄道の下をくぐっているのだと、思っただけなのだが。
 おや? と思った。
 まず徳島城跡、というか博物館へ行くのにわざわざ階段を上り下りしなくても、自動車の方で地下にさがってくれている、その親切な構造に感心したのだ。いやもちろん、自動車道(伊予街道)にそって道を選ぶ人は緩やかな坂を下って、鉄道や(平坦な)跨線橋を見上げて通過するわけだが、博物館詣でや登城する者はそのまま道路にかかった橋をわたるだけだから、人には随分親切な設計なのだ。

 京都でなら、東西の新幹線、東海道線と南北道路がかち合うところで、道路によっていろいろある。しかし東西鉄道は全部高架のせいか、鉄路にそっての人や車が走る東西道路はない。だから、南北道路はほとんど線路の下を沈み込んで通っている。いや、高架だから全ての南北道路が沈み込んでいるわけではなく、平坦なトンネル状もあるはずだ。一つもないのは、踏切だろう。まさか新幹線に踏切があるとは思えない。とはいっても、普通の東海道線だと、踏切はあるはずだ~。

 おや? はこれだけではない。いや、これだけとは「登城する者には親切な道路だ」のことだ。話はそれで終わらない。次のおや? があった。

 写真を整理しているときに気付いたのだが、この線路に目障りな電線がない。つまり架線のことだ。となるとこの線路を走る列車は蒸気機関車かディーゼル機関車、気動車になる。徳島駅を見るとわかるように随分近代的なビルで、これなら新幹線が停車するだろう思ってしまうほどに迫力がある。てっきり電車が走っていると思っていたのだ。

 結論を急ごう。
 要するに徳島駅は非電化駅である。
 わずらわしい架線が視界を横切る電車が最良とは思っていない。むしろリチウムイオン電池などの動力車の方がすっきりしているとは思うが、大都市はすべて電化されていると思っていたのが、誤認だったと気付いた。特に関西に住んでいると、私鉄も含めて電車しか眼に入らないから、蒸気機関車やディーゼル車は村レベルのものと思ってしまっていた。事実、余が住みだした頃の宇治を通る奈良線は、当時はディーゼル車で、ドアもすべて手動だった。
 だからときどき「木幡村」と普通に考えていた。

 遠い遠い大昔、旧北陸線の大桐駅は蒸気機関車だった。長いトンネルができて、電化されたとき、大桐駅は廃止された。つまり、余の感覚では、いまや日本中、都市はすべて電化されていると思ってしまっていた。
 それが、この写真によって否定された。
 人間の思い込みとは、事実を曲げてしまうほどの怖さがあるなぁ。
 徳島は目障りな架線がなくて非電化万歳、ディーゼル気動車OK!

追伸
 ネット記事をみていると、徳島駅の非電化は歴史的にも珍しいことらしい。徹底的な非電化。詳細はもっと調べないとまとめられないが、不思議ななにかがあるのかもしれない。


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↑徳島城跡付近地図

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2012年2月12日 (日)

NHK平清盛(06)西海の海賊王:平氏の兎丸(?)

承前:NHK平清盛(05)海賊討伐:どちらが海賊なのか(笑)
NHK大河ドラマ公式あらすじ

 瀬戸内海での海賊王兎丸(加藤浩次)と清盛の絡み自体はいささか幼い気もしたが、船戦(ふないくさ)の現実感には圧倒された。平氏が乗る小舟からみると、唐船(宋船)の大きさや高さには十分圧倒された。しかしなおこれだけ狭いと当時の戦いは一種の殴り合いに近い所があるとも思った。普通ではちょっと見られない海戦にしばらく魅入ってしまった。

 都では佐藤(後の西行)さんが璋子さんの付き人堀河局(りょうさん)と仲良くなってしまっているのには唖然としたが、お互いに後世に名を残すほどの優れた歌人だったから、不自然さはなかった。そうそう世上知られているのは璋子さんと佐藤さんの恋仲なのだが、新古今和歌集に最大数の歌を採用されたほどの西行さんは、若き日~北面の武士として、男ぶりもすごかったのだろう。

 さてまた璋子(たまこ)さんと得子(なりこ)さんの寝殿廊下での行き違いは、胸がつまるほどに緊張感があった。形勢は鳥羽上皇の子をやどした得子さんにあるようだが、このお二人の縁はなかなか深いものがあって、単純に憎みあい排斥しあったわけでもなさそうだ。御所の中のことは、世間とは異なる論理や美観で動いておったのだろう。

 東国に向かう源為朝は熱田神宮の神官の娘と出会ってしまった。つまり後に頼朝が生まれるわけだ。都も名古屋でもそれぞれ若者は恋をする。ただ、清盛は来週になるようだ、ちょっとオクテなのだろうか(笑)。
 そろそろ清盛も平氏の御曹司として形を為していく予感がした。

◇予習復習
 福岡市博物館に宋船の模型があるとのこと。(1.博物館機関誌2.blog)中国の宋王朝は10世紀末に起こった。清盛時代からみると百年ほど昔のことだ。そのころ日本での外交大権は天皇の専権なので、臣下は外国貿易を出来なかった、らしい。(揺れ動く貴族社会/川尻秋生(小学館))日宋貿易についてはさまざまな情報があるが、現実の瀬戸内海に現代も関与している人達による簡単な記事があった。「瀬戸内海の歴史:瀬戸内の航路整備と日宋貿易

 しかし今夜の物語ではまだ清盛が宋や、諸外国との交易に眼を開かれたとはいえない。おそらく、海賊追討の経験から瀬戸内海の海賊や海賊もどきの有用性を知っていったのだろう。もちろん、後の信西入道(高階)は学問の人だったから、早くから唐物に憧れをもっていたと想像できる。(海国記/服部真澄)ということで、宋船に近い原寸大の帆船をドラマで見て、堪能した。

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2012年2月11日 (土)

小説木幡記:パンとサーカス「日本の自殺」

Simg_7538 流行の芥川賞作品を読もうと思って、雑誌・文藝春秋 3月号(2012)を書店で手に入れた。さっき夕飯を済ませてベッドに横臥しておもむろに目次をみたら、1975年の同誌に掲載された「グループ1984」の手になる予言書(笑)の再掲だった。37年も昔の話なので指折り数えてみたら、まだ余が20代だったころの論文「日本の自殺」なんだ。

 そこで。
 さっき一気に読み通した。
 難読症の疑いある余がなぜすらすら読めたかというと、余は20代初期にAJトインビーの「歴史の研究」にのめり込んでいた。同世代学友諸君がマルクスなどに没頭している時期に、AJトインビーなのだから、余の今の物の考え方が、グループ1984に親近感を持ってもふしぎではない。さらにトインビーの時代にオーウェルの「1984」も読んでいた。要するに、この昔の予言書「日本の自殺」は余の十八番(おはこ)に極めて近い世界観なので、一気に読んでしまったわけだ。

 さらに。
 余は読書好きだが、刺激の耐性が弱く、一冊名著を読むと数年間は他をうけつけなくなるくらい影響を受けてしまうから、合計すると、めったやたらに活字は読まぬ。いや、読めぬ。それゆえに、再掲『日本の自殺』はこたえる内容だった。勿論年齢的に、刺激の耐性よりも、反応が鈍くなってはきたが、それでも単純明快な「パンとサーカス」が文明崩壊の前兆であり、おそらく國も民族もそれで滅びるのだろう。さすれば、我が国の崩壊は目前に迫っておる。
 これをせき止める方法は如何に?

 今からでもおそくはない、大学でエリート教育をすべきだと思った。結局、次世代があるとしてそれを担うのは今の若者なのだ。男であれ女であれ、國や組織や家をとりまとめていくのは、今の若者だからこそ、若い内に徹底的にしごいて強靱な精神を育て、義務と責任をうけとめ大局観を持つような、そんな若者をそだてなければならない。それがエリート教育である、……。と、そんなあたりまえのことでエリートになるほど現代は荒んでおるのか。

 ただしかし教育は古来手間暇のかかるものだ。
 なぜ、そこが駄目なのか、言って聞かせて見せてやって、自ら試ささないと駄目なんだろう。
 手と足を、身体をうごかし机上で沈思黙考し、小さく典型をテストして、きっちり実行しなければ経験が血肉にならぬ。と、教え込まねばならぬ。

 と、いろいろ読みながら別の脳であれこれ考えておった。
 しかしこれはロートルの仕事ではないな、とふと思った。
 余はのんびりと余生を過ごすのがよいのだろう。
 さて、……。

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2012年2月10日 (金)

小説木幡記:心の世界

Simg_7539 今にいたっても時々人の心に大きな感動を味わう。人はどうしてこれほどいろいろ物事を考え込む脳を持つに至ったのだろうか、という驚きと不思議さである。
 ただし。人だけではない。
 ひごろハルキ猫と同居しておるので、猫君の身体に似合わない小さな脳と、そこから発せられる日々の行動とに同じような驚きを味わっているのも事実だ。
 要するに、この頃は「心」というものに一層の関心を持つにいたったと言えば良かろうか。

 メモランダムとして。
1.ハルキ猫君は、鴉を遠くにながめて、鴉の鳴き声をまねておる。
 さらに彼は、鳩を眺めて、微妙な違いはあるにしても、鴉の鳴き声と同じような声調で鳴き声をまねておる。

2.ハルキ猫君は猫科として重い方で、体重8キロあるが顔は小さく、めったになかない。ごくまれに、何かを要求するとき、軽く小さくなく。にゃごぉ~、にゃごぉ~、と。

3.余がベッドに横臥しておると、たたたと走ってきて、ドンと胸の上に乗る。そして湿った鼻をなんどもなんども余の鼻や顔全体に押しつけてくる。何十分もそうしていて、余も疲れてくるので布団をかぶり猫君にもかぶせると、のそのそとベッドからはいだして、すたすたと部屋を出て行く。

4.余のしるハルキ猫君の日常はその程度だが、眼をつむって関わりをトレースすると、知能を持った人間の幼児とまるでかわりがない。雰囲気的には長男の幼児期を思い出させる。

5.さて、そこで、人の心。
 心理学という学は勿論あるのだが、余はそれには精通しておらぬので、自らの経験の中から人の心をあれこれ考えて見る。いや、他人の心のことはよいのだ。余自らの心の世界をとつおいつまとめておく。

6.と、余の心の世界はMuBlogにまとめてきたので、それが解になるのだが。
 物語を作り、物語に身を沿わせ、その物語の通りに実人生が動き、ときどき予想外のことに出くわす。と、そういう経験がずっと続いていて、余の心の世界とは、要するにその「物語」を指すようだ。
 ようだ~というのは、それを検証する必要も感じないので、未検証のことは断定せずに、~ようだとぼかしておけばよかろうと、その程度の意味だ。

7.事例は小説のようには派手ではない。
 たとえば余の物語で、おもいもよらぬ破綻をきたしそうな大事件といえば、10日間ほど入院したり、禁煙し禁煙鬱にかかったことくらいだ。人生とはその程度のものだし、それ以上に過酷なことが生じると、余の気力の対応力からして、早死にするだろう(と、還暦すぎて早死にはないでしょう!)。
 だからこそニュースや現実で、余からみて悲惨な人生に見舞われた人をみると、涙する。

8.悲惨な物語は好きではない。
 TVや小説や、そして現実に、ものすごく悲惨なことが描かれておる。現実に現実が描かれていると表現するのは、世界を解釈するのは余の五感とそれに対応した脳の処理によるものだから、現実を現実としてみることはまずできないことで、つまりは余自身が現実をどのように解釈し、そこからどういう結論や感情の動きをえたかにつきる。
 で、番組や小説を見ていて、それが事実かどうかよりも、「どうして、あんな悲惨な心の動きをえがくのだろうか。きっと、多くの人は、人の不幸が蜜の味とわかっておるから、わざわざあんなに悲惨な描き方をしておるのじゃろう」と思うことが多い。

9.と、いろいろ思うところだが、悲惨な現実はあるのだから、実はそれをどのように描けば、余が納得できるかの問題に帰着する。つまり、世界を余がどう解釈するかであって、その解釈とは著しく異なる表現は、今後も余は排除するつもりだ。

10.短い人生。人の悲惨な解釈に身を沿わせるのは止めるのが一番。
 ああ、この世は、人生は、バラ色だね。

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2012年2月 8日 (水)

小説木幡記:不良読書人

Simg_7540 京都も宇治も今日は雪だった。けれど雪国の雪ではなくて、ひらひらと宙をおどるような小雪なのだ。風が冷たく強くて、その風にあおられてなかなか地上に届かない、と油断していると、キャンパスの建物から建物に遷るだけでカーディガンが雪だらけになっていた。
 今日の会議はひときわ長かった、と余が話したのは数分。あとはひたすらふむふむと拝聴しておった。だが、従前記してきたほど会議嫌いでもなくなってきた。なにかしら会議の喧噪がマッサージのように身体をほぐしてくれて、心地よい(笑)。

 今日は午前中はずっと人事の方達と面談しておった。これもひたすら拝聴するだけの内容だった。ふむふむと聞いておった。なにかしら感無量だった。時代が変わり終わってまた始まる。人生やのう。そのあとひたすら部屋を整理し始めておった。また四月からゴミだらけになるのはわかっておっても、今このとき掃除して整理整頓しなくては、本当に駄目な人間になってしまうような恐怖に襲われたのだ。

 午後の会議は長かったので、心地よさとは別に会議疲れもあったので、5時前後にキャンパスを出た。
 ということで、今日の日記はお終い。

追伸
 このごろ読書しておる。それも断片的。えいやっと開いた頁を数頁とか。最終章からよむとか。数冊を段落単位で交互に読むとか、……。なんだか、読書人として不良になって、ぐれてきたようだ。
 昨夜は森博嗣さんの『喜嶋先生の静かな世界』をiPadで適当なところから読み返し引き込まれてきた。主人公のことが「ぼんやり、おっとりした、鬼太郎」と書いてあったところで、抱腹絶倒して、iPadがベッドからずり落ちたので、そのまま消灯もせずに眠ってしまった。
 そのすぐあとの今朝に、昨年大評判になった「ビブリア古書堂の事件手帖/三上延」の1を読み出して、一気に3章まで順番に読み終わった。しかし今夜は『アバラット/クライブ・バーカー』の1をおしりから読んでみる、うけけけ。
 何故こんな読書不良になったのかな、と思ったが、よく考えると一見軽くて実はずっしりと重そうな小説という点では共通点があるので、精神分析しなくても、これでよかろう。事件の支点は、この「軽そうで重い」にある、と読めた。

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2012年2月 5日 (日)

NHK平清盛(05)海賊討伐:どちらが海賊なのか(笑)

承前:NHK平清盛(04)殿上の闇討ち:さみなしにあはれ
NHK大河ドラマ公式あらすじ

まず一献
 後の美福門院得子(なりこ:松雪泰子)さんが登場したが、当時は本人の実力よりも親とか兄とか権門精華とかの後ろ盾がないと、男も女も豊かな生活をおくれなかったらしい。白河院に仕えた父の藤原長実(ながざね)は院なきあと、自らも病を得、このままでは娘の得子の将来がおぼつかないと考え、鳥羽上皇の皇后・璋子(たまこ)に「崇徳天皇の后にしてほしい」と行く末を頼み込む。璋子は承知したが、成り行きで、得子に鳥羽上皇の手がついてしまう。

みどころ:西京焼きでもどうどすか
 このごろ不気味な鳥羽上皇を見るのが楽しみだ。伊東四朗さんの白河法皇も、三上博史さんの鳥羽上皇も実に巧みな不気味さをかもし出している。また璋子さんのぶっつん度も激しく、生身の男ならば発狂する。鳥羽上皇の眼には璋子が物の怪に見えた。もしも得子が出現しなければ権力維持も危うかったのではなかろうか。
 清盛の海賊退治その他は、まだ話が煮詰まらず、感想を記しにくい。

◇予習復習
 今週は事情でお休み。また来週。

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2012年2月 4日 (土)

吸血鬼と精神分析/笠井潔:ミステリもよいものだと痛感

序症
 パリを舞台に、週末ごとに起きる連続/血抜き女性屍体、とくるとぞわぞわと背筋が氷る。吸血鬼が20世紀末のパリに現れたのか、そのヴァンパイアーを精神分析した物語なのか~と、思う人が居るかもしれないが、まるで違っている。
 笠井潔の「矢吹駆(かける)」シリーズの第6作は、フランスにおける精神分析界のフロイト回帰学派・大御所(ちょっと古い言いようだ)ジャック・シャブロルを相手にルネ・モガール警視やバルベス警部、そしてルネの娘で本シリーズの中心人物・パリ大学生のナディアが大活躍する活劇小説なのか~と、それも相当に異なる。ただし別の印刷物ではシャブロルとはまたの名をジャック・ラカンという実在の思想家であるとは公開されていた。

1症:みどころ
 異なった事件の同質性と異質性とをカケルが分析しよりわけて、そのことが同時にナディアの外傷性神経症を癒していく最終過程がよかった。

2症:疲れる
 世間の名探偵が事件解決に快刀乱麻のきらめきを見せるのとは異なり、カケルの対応は理屈に理屈を重ねる手法である。つまり、一般名探偵が事件を単純化したり、おおざっぱにまとめ上げる(ご都合主義)のに比べて、気が遠くなるほどの哲学論議というか思考に思考を積み上げて、やっと一つの解を見せ、それでも残り頁数が100以上あって、「それも可能性のひとつ」となって、「しかし、こうもかんがえられる」と次の症に入る。疲れる。

3症:神と精神世界
 フィクションとして、フロイト以降の精神分析や学派の違いがよくわかる。ユング分析心理学は意外にも少ないのが私にはわかりにくかった。つまり、たとえば、フロイトはすぐに「ファルス」を持ち出してくるが、なにかしら女性にはわかりにくいことだろう。そういうところがラカン(小説中だとシャブロル)説に対するナディアの質問疑問によって「そうだ、そうだ」と肯ける。しかしユングが神話的物語をネタに学派を立てたことからすると、この小説がユングを極小扱いしているのが、かえってわかりにくい。うむ。
 ところで。
 舞台がフランスのせいか、どうしても旧約聖書世界が描かれる。そこで読みながら思った。向こうの学問が旧約聖書のような世界を文化の普遍とみなして現代人の精神や科学や社会全般まで普遍的に騙るが、それは同一人類の日本民族に当てはまるのかどうか。また、フロイトやラカンの考えが、文化伝統を相当程度異にする日本にあてはまるのかどうか~と、考えながら読んでいた。私は今になっても他国の神のことを理解出来ぬ。

4症:まとめ
 ミステリとして、『哲学者の密室』や『オイディプス症候群』に比べて後味が一番よかった。ナディアが硝子面に写った自分の姿を見るのをみて、気持ちがすっと晴れた。もちろん、その前にカケルが結末を意外な展開に引っ張っていったことが、ナディアの苦しみを溶かしたとも言える。

追伸
 現代ミステリは痩せ細ってはいない。笠井潔の『吸血鬼と精神分析』は、20~21世紀にわたるわれらの時代の一つの課題を解き明かした。と、思った。それは人が何故理不尽な行為をするのかというナディアの疑問に答えた作品だからである。薬では治らない心の治療法を現代人は喪ってしまっていた(宗教、呪術、道徳の喪失)。現実の精神療法が持っていないものを取り返したかどうかは知らぬが、すくなくともこのミステリを完読したとき、すっとした。それが快癒というものだろう。

参考までに>精神分析や解離性自己同一障害

メルクマニュアル家庭版 心理療法、
 精神疾患の治療の一つとして心理療法があり、それには{精神分析、力動的心理療法、認知療法、行動療法、対人関係療法}の5つがあると記してあった。

 精神分析は、心理療法の中で最も古い方法で、20世紀初頭にジークムント・フロイトが創始したものです。患者は週に4〜5回、心理療法士のオフィスに置かれた寝いすに横たわり、
~略~
 力動的心理療法は精神分析と同様に、現在の思考、感情、行動における無意識のパターンを認識することに重点をおいています。ただし、患者は寝いすに横たわるのではなく、通常はいすに座り、通院も週に1〜3回です。
~略~

Mu注:上記引用で、精神分析は患者が寝椅子に横たわり、力動的心理療法は椅子に座る、とこの違いが大きいらしい。が、何故かの詳細は知らぬ。知っていると専門家のようだ。
 このような心理療法が行える専門家には精神科医の他に、臨床心理士、カウンセラーなどがある。このうち精神科医は薬を処方し、入院許可が行える。他の専門家には出来ない。

 解離性自己同一障害についてもいろいろな情報はあるが、ここでは二重人格、多重人格としておく。私は「分身:もう一人の自分を見る」も多重人格の一つとして解釈しておいた。このミステリは少し単純化しないと読み解けない重さがある。学術世界では、対象(症例)を厳密厳格に分類することで学がなりたっているふしもあるが、心の世界では解釈する学派の違いが大きくて、門外漢からみるとまるで昔の蘭学と漢方医学のようにかみ合わないところが目立つ。つまりフロイトとかラカンとか言う人達は、お医者様であるよりも思想家だったのだろう。

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2012年2月 2日 (木)

小説木幡記:時節がらの暖房談義

Simg_7544 余が昼間滞在しておる葛野は京都の北ほどではないがここ数日の冷え込みは空気が身を切るように感じられる。
 血がほとばしり出るような痛みさえ思う。
 で、その研究室は時節柄暖房機が22度cに固定されており、いわゆる「とろけるようなぬくもり」はない。いくら温度を上げようとしても、液晶パネルはぷすとも言わぬ。なんらかの操作によって、制御機が全室固定温度になっておるようだ。昨年までは28度cを設定出来たが、今年は、くどいようだが「22度c」である。
 がしかし、これも30分ほど部屋でじっとしておると、しらぬまにほかほかしてくるから不思議じゃ。保温性が高いのかもしれぬのう。

 一方余のRSは天井知らずの暖房だ。30分も走るとサウナになってくる。外は数度だというのに贅沢三昧だな。今夕葛野を出る時は明らかにフロントグラス上に氷の粒がいくつも出来ておった。マイナス気温かもしれぬ。ワイパーを動かしたらガリガリと煽いでおった。しかしものの10分ほどで、室温が25度cになり、やがて熱帯に近づいていった。ありがたい暖かさじゃ。
 帰路、ガソリンスタンドにはいり、かねがね積んでいたポリタンクに20リットルの石油を積めた。しめて1860円也。高いのか安いのかは分からぬが、一週間に二度ほど通う。綺麗なブルーの光を出す石油ファンヒーターは今年のヒットじゃった。故あって何十年も電気暖房だけで過ごしてきたが、石油のブルーを見ていると、それだけで暖かく思えてくるこの冬である。

 じゃがしかし、別の書斎ではガスファンヒーターを新たに考えておる。石油を運ぶのが結構手間かかる~な。週に2回が限度じゃね。

 ところでMuBlogを月火水と休んでしまった。別に他意はないが時々かくことも尽きるからな。今日とて、暖房がどうのとメモっても意味はない(そうかな、今日の京都や宇治は何年ぶりかの最低気温のようだ)。しかし、旧知たちにはかねがね、「MuBlogの掲載が止まったときこそ、余のサヨナラだ」と言ってあるから、皆の衆が無用の気働きをせぬように、時々はこうして記すなり。
 たとえ、単なる「京都は寒い」記事でもな。

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