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2011年12月31日 (土)

小説木幡記:近郊温泉

↓梅小路蒸気機関車館の展示ジオラマ
Sdsc_0104 今日は午前から近隣の高槻市にある摂津峡・温泉へ行った。温泉はぼこぼこと大きな泡が立ち、身体の隅々までマッサージしてくれた。昼食は個室でキジ鍋だった。時間も4時間程度ゆったりできて、一人あたりのお値段も手頃だった。自宅から自動車で1時間、山間秘湯ではないが、山間豊かな湯量やご馳走に堪能した。なんと、今城塚古墳の真横を通って温泉郷にはいった!

 帰宅したのは午後3時ころで、ベッドに横たわったら気持ちがよくて、目が覚めたら夕方の6時前だった。そろそろ年越しおろし蕎麦をいただくが、なにもかも、手頃で豊かな気分になれる。日本は山と川と海があって、そこかしこに温泉がある。そして、特別なことを望まなければ和風の美味しい料理も身近にある。湯に浸かって美味しいものをたべてよく眠る、……。たしかに太りはするが、気持ちはよい。

 お正月はしばらく歩くつもりだ。
 一日4キロ程度だが、町にでて書店やホビー屋によって、珈琲を飲む。永遠に繰り返される余の日常である。危険も冒険も贅沢もない。そういう一年を繰り返していこう。ただし、ストレスはまだまだ残りそうだ(笑)。人間多少のストレスがないと、本当にぼんやりしすぎて、脳もふやけてしまうようだ。

 あ、さっき年末宝くじが3千円程度あたったと耳にした。
 残念だが、まだまだ自分で稼げというお告げなのだろう。
 今夜は紅白歌合戦をみるともなく聞き、きくともなくながめてみよう。ガガさまが出演するとか~。
 その間、結局最後は、大晦日作家に専念しよう。それがよい、と思った。それしかない。

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2011年12月30日 (金)

小説木幡記:近況と忘却の一年

Smuimg_7027 もう12月も30日になって今年も終わりなので、深夜ふと目覚めて「まとめ記事でもかこうかな」と思ったが、忘却してOru。この何年かのことをよく思い出せないのだ。約20ヶ月前になにやら瀕死の状態で10日間入院して、奇跡的に禁煙が出来たことは未だに思い出すが、それ以外のことはよく覚えておらぬ。ましてこの一年間のなにがいつのことか、おぼろそぼろ。

 というわけでの近況。ごく最近のことならまだ覚えてOru。

1.読書

 昨夜就寝前に、二流小説家を読了した。なにがどうのといいがたい翻訳小説だが、読み応えのあるミステリだった。余にとっては特に、二流作家という売文業のあり方について学ぶことが多かった。またちかごろの反英雄手法、ただの人が充実した働きをする物語についても目がひらいた。なによりもあらゆる手法を上手に取り込んで物語を進めていく方法論にも驚いた。
 要するに、随分上等な小説なのだ。文学論、ミステリ論、ジャンル論、エログロ論、犯罪論、人生論。論と書いたが、これは主人公がいつもあれこれと悩むという程の意味だ。
 主人公の冴えない様子は、自動車も持っていないしタクシーに乗るにもあれこれ悩み、昔の恋人に誘われてもいまひとつ元気にならない。
 かといって駄目男でもなく、けっこうな美少女からは溺愛(笑)され、エロ作家・暴露作家が生業ゆえに「蔑みの目」しか見せなかった者達が、事件の進展とともに自然に彼の能力や誠意に感心していく、……。ああ、ネタバレしたな。主人公は男性だ。
 こんな翻訳読書に2千円程度でありつけるというのは、日本も成熟した文明だな。

2.工作
 少年期がよみがえったのか、この頃は息をするように工作できるようになった。余の少年期(小学生中学年以降~中学校)はカバンにいつもニッパーとドライバーを持っていた。部屋の勉強机には筆立てのかわりにハンダごてがあった。
 要するにいつも工作していた。
 で最近は、圧倒的に鉄道模型関係に比重がかかってOru。たとえば最近もホビースクエア京都で厚手のスタイロフォームを数個買った。大きさは30センチ・36センチ・10センチで、一つ千円程度。
 この分厚さが10センチもあるのが気に入ったわけだ。
 これにキルク模様のシートとか、茶色や緑や砂地のシートをかぶせて、腰のあたりに幅5センチのビニールテープを2色、3色と巻き付けて、ジオラマというかパイク・レイアウトの台座を造る。一応はボンドとか両面テープや鋏作業もあるので一つ仕上げるのに30分程度はかかるが、汚れないので気楽だ。
 この台座にぽんと乗せるものは? 
 半径15センチの16.5mmエンドレスレールを載せて、HO車両を走らせたり、……。
 あるいは同じような半径15センチ程度の9mm幅TOMIXレールで楕円を造って、その中に寺院ジオラマを載せて、さらにDCCのデコーダ付き給電で、標準ID3番の無改造旧来機関車をDP1のJMRI制御で走らせたり、……。
 こういう小手先の小技を駆使しながら、いまだに木幡からシラバスを入力したり、校務メルを返信したりと、なかなかに忙しい(笑)。
 そうそう、さすがにubuntuマシンは葛野から出さないようにしておる。あれで開発専念するほどまだ気力が充実しておらぬ。今はせいぜい汎用Pythonをwinマシンで触る程度なのだ。

3.あれこれ次の平成24年
 そうだね。ここ何年かの記憶はすっぽり無くなってしまったが、これは20ヶ月前に輸血して、余の血がいれかわったせいかな? 
 ところが、そこで、近未来のことはいろいろ考えもあって段取りする気力もあって、結構未来を楽しみにしておる。まず未来と言えば平成24年だな。

 2月には行き先不定不明の長距離JR旅行。
 3月に十年続いた葛野図書倶楽部2001の閉会をする。卒業生達も何人か来てくれるようだ。感無量の十年間だ。まあ、よかろう。はじめがあれば終わりも来るのう。
 8月には相変わらず夏期論文を記すが、今年の予定は2000年頃に4年かけた『豊饒の海/三島由紀夫』を全4巻まとめて調査する。10年前は各巻毎に論して力尽きたから、今回はまとめて一本扱い。
 9月の晩夏旅行は東北古代史。

 企画は、
 日曜作家は平日も2時間程度執筆予定、は未定にして確定にあらず。そうでもしないとシリーズ4の湖底宮が永遠に完成しない。並行してシリーズ5の嵯峨野篇と、次期シリーズの調査、……。なんだかものすごく流行作家みたいに見えるなぁ(爆笑)。
 鉄道模型は図書館列車運行のDCC知能運転システム開発篇。配線もすんだし、準備もすんだし、……。もうそろそろJython記述のプログラミング書法のまとめに入って良かろうか。そういえば最近えらい分厚いPython利用の自然言語処理図書が翻訳されておった。触手が動いたが、重い本なので、当面は書店に預けておくことにした。今度書棚を見てまだ預かったままなら、持って帰ろう。

 と、数えてみても余生企画は二つしかない。
 ああ、三つめがあった。葛野も木幡も部屋を掃除して、整理整頓しなくては。と、だれでもやっている単純なことが余のつまずきの石。かくして、平成23年の12月もくれていく。

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2011年12月29日 (木)

小説木幡記:ふりさけみれば

Sdsc_0124 ふりさけみればという言葉だけを取り出すと、振り仰いで遠くをみる、となって単純に後ろを振り返って遠方を眺めることにすぎない。しかし古歌に阿倍仲麻呂「あまのはらふりさけみれば、春日なる三笠の山に出でし月かも」を少年期から一度や二度は耳にしていると、その歌が背景にでて、望郷から追憶に心が簡単に飛んで行く。

 ちかごろは大学教育でも「振り返り分析」があって、昔風の「総括」とか「自己批判」よりもなめらかに過去を思い出して、紆余曲折、その今に至る経緯を再現し、分析評価をすることが多々ある。

 もう少し文学的にいうと「過去を噛みしめる」とでもなろうか。

 ひとりひとりの人生だから、過去の紆余曲折に無駄はない。まるで親の意見となすびの花に千に一つのあだ(むだ)も無いのと同じことだ。過去のすべてが現在と未来の滋養になる。と、そう思うことが大切だ。過去をすべて切り捨てたなら、現在の立場も明日の未来も雲散霧消。過去を間違いだった無駄な人生だったと否定して、ならば今よりはまともな人生歩めるかというと、そんな曲芸は出来るわけがない。

 まあよろし、人の事はよいのです。
 我が身をふりさけみれば、……。

 いまさらながら、一つ一つの経験を思い出して、大切に修理したり心の博物館に展示したり、埋蔵埋め直したり、焼き尽くしたり、いろいろと過去を洗い出し丁寧に整理整頓しよう、と思う様になった。いつもいつも駆け足では息が切れて、どこへ、なんのために、なにをするために走っているのか、分からなくなってしまう。

1.たとえば職場の現在・大学教育ならば
 半期15回授業のドラマツルギーが必要だな。同じことを平板に話すよりも、なんとか劇的に再編成できぬだろうか。大河ドラマでもうまく行った年は、序盤、中盤、夏場、秋場、終焉、そして総集編と上手に出来てOru。

2.たとえば自宅の現在・余生のことならば
 麻のように乱れた、スパゲッテイ状態、てんこ盛りの研究や趣味や読書や余技を、もう少し整理整頓しなくては。これはひと言では言い尽くせない。

 日曜作家を平日作家に持って行く、つまり毎日作家する態勢の組み替えが必要だ。そうでもしないと作品が永遠に完成しない。毎朝午前3時起床で、3時半~5時半まで2時間継続すれば、脱稿が速くなるのう。

 足腰が達者で運転が安全にできる間に、組織的に旅をしておく。これは近場は自動車で、遠隔地はJRや私鉄だな。

 プログラミング言語はPython、Jythonでの鉄道模型の知能運転、未来の図書館列車運転を存命中に完成させたい。

3.精神生活
 瞑想に尽きる。これは時間をとるが、気持ちはよい。部屋を暗くして天井を眺めているだけでよい。これがあれば、振り返りも未来予測も何も要らなくなる。今を暗黒虚空に漂う。

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2011年12月28日 (水)

小説木幡記:司書達と二流小説家

Sdsc_0118 昨日は縁あって様々な図書館に勤める司書達と席を同じく出来た。考えて見れば随分多様な世界だ。大学博物館図書室、専門図書館、大学専門図書館、公共図書館、学校(高校)図書館。
 隣席になった方が小説好き(みんなそうなのだが、物には限度があって、限度を超えた人)で、余がぽつぽつ話す小説は大抵ご存じだった。

 「いま、二流小説家というの、読んでいますが、筆名が沢山あってSFやポルノやミステリやとジャンル毎に別名を持っていて、それぞれが売れない悲しい商売です。比較的好評なのがヴァンパイアー小説で、この場合は女性名で出しているわけでして。ところがどうしても顔写真が必要となって、仕方なく母親の衣装を着て、つまり母親のコスプレするわけでして、……」
 「ほお。先生も、そういう小説がお好きですか」
 「? 抱腹絶倒なのは、家庭教師している高校生のこましゃくれた少女がいて、この女子高生が主人公の二流作家を引きずり回すわけでぇ~」
 「セーラー服と機関銃、のノリかなぁ」
 「たとえば主人公が犯人扱いされると、『絶対に母親のコスプレしたって、言ってはならない』とか細かく注意したり、金持ちの令嬢だから、速攻で最高の弁護士を雇ったりとか、~」

 「ふむふむ」と、ネットで某所を検索し出した。どこを調べたのかは余にも分からなかった。
 「えっと、現在京都市の図書館では分館全部で4冊しか所蔵していません。その4冊への貸出予約が、えっと、40件を越えていますね。先生、それって人気ありますよ」
 「こんなおもろい小説が、政令指定都市なのに、4冊ですかぁ?」

 「……。ともかく、読まれたら京都市図書館に寄贈してください。その前に、私がまず読ませていただきます」
 余は宇治市民だが、京都市の司書にそこまで頼まれると断ることもならぬので、正月明けに寄贈すると、酒の上での口約束をしたのかどうか、おぼろ。

 ~
 そういえば、その夜は見かけなかったが、小学校の校長さんに頼まれて、小学校先生採用だったのにいつのまにか図書室の切り盛りを全部任されている人もいる。
 余は司書達とはなにかと縁があるようだ(笑)。
 余だけは売れない虚業「センセ稼業」をしているので、司書という実業者達と話す機会があると、背筋がぴんと伸びる。さて、来年もがんばろう。

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2011年12月27日 (火)

小説木幡記:米穀通帳と隠遁者

Sdsc_0135 君は米穀通帳を見たか、と問われれば「見たような、触ったような~」としかこたえられないほどの時がすぎた。しかしこれは20世紀の話だったはず。

 今朝、窓から景色を眺めていて、足下に吹き付ける温風に心地よさを味わい、それでも脳は遠い昔のことを想像していた。芭蕉であれ去来であれ、隠岐の島の後鳥羽院さんでも後醍醐さんでも、いやもっと古く都を離れた田舎に一人住まいをしている隠遁者達を思い出して、つらつら考えていた。

 百姓、漁師、猟師なら身体が元気な内はなにかと食べる物を作ったり取ってきたりして、生きておっただろう。道道の傀儡師なれば大道芸で小銭を手にしていたことだろう。傀儡宿があってそこに顔を出せば一宿一飯は安価にできる仕組みがあったかもしれない。都の貴族や、田舎大名と、そこに仕えるサラリーマンの生活は、いろいろな情報が残っておって、大体想像が付く。

 さて問題は、嵯峨野の奥や、山科の田舎に庵する、食べる物を生産できないインテリ崩れ、知識人崩れはどうやって糊口をしのいでいたのか。もし在世中に小金を貯め込んでいても、当時はひととひととの関わりの中で毎日が過ぎていったろうから、お金があっても山奥で珈琲や肉や米やタマゴをおいそれと調達出来るわけがない。それに自動車もないし、暖房機も石油もない。生活が大変だったろうと思う。

 現代は、たとえ勤めていても隠遁者や緘黙症の孤独な人が生きていける。人と関わらなくても給与や年金や生活保護がある限り、近所のコンビニやスーパーに行けば、なにがしかのお札やコインで、生きていくだけの食べ物や下着やオーバーコートや手袋を手にできる。だれも自分でそんなものをつくってはおらぬ。インテリゲンチャも大衆労働者も、お札を握りしめれば実に平等だな~。人間、いくら贅沢しても一時に食べる量は似たようなものだし、服も化粧もマニアックにならなければユニクロや無印良品で小ぎれいにまとめられる。時々は、小さなブランド印で気持ちを鎮めることもあるが、それはそれ、趣味の世界。寒さをしのぎ、胃を暖めるだけならば、ものすごく公平だな。

 ところで。
 祖母と住んでいた頃は、米穀通帳が確かにあった。祖母や母と夜になると質屋通いをしていた。米櫃の米粒を一粒ずつ集めていた祖母がいた。牛乳やタマゴやバナナは、誕生日の時だけいただいた。冬でも原則は冷たい水で洗顔し、洗い物をしていた。洗濯は井戸水か、別の所に住んでいたときは川で洗っていた。掃除機も洗濯機もクーラーも温風器も無かった。電気はあったなぁ。ガスもなかった~。

 それが余の小学校の頃だった。
 そしてその世界から電気をとったら、時々の医者を除いたら、江戸時代や室町時代や平安時代に近い世界だったなぁ(笑)。
 人とのつながりがあった。魚屋さんは爺さんが自転車にトロ箱を積んで、その中に魚をいれて、道路の端にとめて箱の蓋の上で出刃包丁を使っていた。~野菜は、キュウリ、白菜、なすび程度は全部自宅の畑で祖母が作っていた。肉類は滅多に口にしないが、徒歩20分に公設市場があって、最近そばを通ったら跡地に似たものがあった。薬屋の兄ちゃんがときどき訪ねてきた。小学生の余はその兄ちゃんにフェノールフタレンとかアルコールランプの工業アルコールを注文していた。余より十歳程度年上だったからまだ存命かもしれない。そうそう富山の薬売りも毎年祖母を訪ねてきて話し込んでいった~

 そこで。
 当時、つまり、芭蕉や後鳥羽院さんの時代。つまり江戸時代やずっと昔の鎌倉時代。ああ、この人達は当時も有名人だから事例に合わないな。無名のインテリ崩れが田舎に庵をたててそこに住んで、米やミソやタマゴや野菜は、一体どうやって入手していたのかな。近所の百姓や猟師や漁師とつきあっていたなら、やはり、人はどんな時代もどんな人も、人と相互につきあって助け合わないと、生きられなかったのだろうな、と感心した。

 現代は。
 お札やコインがあれば、誰とも話さなくても何週間も生きていける。それがよいのか、わるいのか、余にはわからない。

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2011年12月26日 (月)

小説木幡記:遊び道具

Smuimg_6976 なにもかも人生は遊びなのさ~と思い出したのは50代になってからのことなのか。マイナス思考でもないが、どんなにあくせくして、お金をためて、地位がたかまり、人々の間で権勢をふるっても~、死んでしまえばそれで終わり。プラス思考としては、働くことも稼ぐことも上昇志向を成功させることも、みんなゲームと思えば~。熱中できるゲームがなければ他に探せばよいし、なければ造ればよい。と、そんな風に思ってきた。

 そこそこ、こざかしくこまめにせこせこといきてきた。
 小金もたまらなかったが、バイクや自動車に喜びを見いだし若年時から乗り遊んでおった。
 20代後半から30代にかけて、プログラミング言語に熱中し、一ダースほどの言語を自在に操るまで習得した。
 歳とってジオラマに精魂かたむけて、下手の横好き、大抵のイメージは形にできた。
 日曜作家は20代からせっせと書いておるが、なんとか書き続けられるようになった。
 読書は幼少期から好みだった。
 最近、電子ブロックに凝り出したが、これは小学生のころからハンダ付けをしてきた御蔭。

 なにかしら全部遊び道具、おもちゃに囲まれた人生だなぁ。
 若い人達がきまじめに勉強したり、仕事したり、政治家達が大言壮語を吐いたり、警護に囲まれて悦にいった笑顔を見せたり、大学教授が新聞やTVで論争したり、芸人俳優達がかしこそうなセリフをはいていたりすると、~ハルキ猫が可愛らしい様子でにゃごにゃご泣くのと同じことに見えてしまう。

 みーんな、じじばばになってやせ衰えて死んでいく。
 秋山真之ほどの異才でも、49歳で死んでいく。
 悲しいかな。

 だからこそ、人生熱心に十分に遊ぼうではないか。それこそ生きている証。
 ただし、遊びにも練習がいる、修行がいる、お勉強が必要なのだ。
 剣道やサッカーだって、毎日練習している。
 生きるために遊ぶのじゃなくて、遊ぶために生きて、こつこつと修行しょうではないか。
 ということで、学研自慢の『大人の科学、v32:電子ブロックmini』3990円。これは素晴らしい。昨日の日曜に町で買って、夕方にひもといた。おお、愉しい。
 余は数年後に電子システムの権威になるかなぁ~(爆笑)。

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2011年12月24日 (土)

小説木幡記:年の瀬のubuntu11は鬼門なり

Smuimg_3775 今日も今日とて葛野詣でをし、一風呂あびたわけではないが熱湯で顔をひきしめ、珈琲をすすって、機械類がすべて走ったり動いたりするのを確認し、心の準備を十分にして、同僚の若い先生と朝一番の仕事をした。思った以上に良い結果だった。そのあと、また一人で延々と、夕方まで仕事した。尽きないくらいにいろいろある。

 それでも昼食は11時過ぎには鴨ナンバ蕎麦を食べに出かけた。日頃は片道20分程度かかるのだが、その時間帯は年末のせいもあってか15分だった。蕎麦屋の大将もこっそりと張り切ってくれたのか、鴨の切り身が大きくて噛みしめるとじゅわっと味がにじみ出てきて、満足、「ぜいたくしたな」と独り言して店を出た。

 その後も延々と仕事した。
 さて、ubuntuのことだが。

 実は仕事しながら時々隣のPCをマウスで指示していろいろ確かめておった。それが今日の午後にようやく上手く行ったのでほっとした。最近、小型のITXマザーボードを完全に変更し、メモリも8GBに変えて、CPUはインテルのi3にしたのは話したな。その後黙り込んでいたのは、実はここ何日も上手く行かなかったのだ。

 結論をいうと、余はubuntuの11.04DVDを持っていて、このDVDからしかインストール出来なかったわけだ。それまで以前のマザーボードでとろとろと動かしていたのは、ubuntuの11.10だったが、総入れ替えなのでネットで気安くヴァージョンアップできなかった。要するにゼロスタートになったわけだ。

 で、11.04というのは2011年の4月版で、そのDVDだけあったのでインストールしたわけだが、これがなんというか、ひっきりなしにリセット、再起動をかけよる。???と思いながらもなんとか画面がでて、上海や上海やラザラスや上海やをちょっとクリックするだけで、再起動がかかる。ほとほと参った。凹んだ。

 どうにもしようがない。
 一番に疑ったのは、ITXマザーボードやメモリーやCPUの相互無相性だったが、これは検証するのが難しくて、何度も何度もインストールし直した。つまりハードディスクえらーの疑いもあったからだ~。

 もう、最後の最後の結論にすると。
 要するに、研究室中をさがして、やっとubuntu10.10のDVDを今朝7時過ぎにみつけ、これを午後にインストールして起動したら、おやまあ、なんてこった、ubuntu10.10は新しいハードシステム上で矢のようにはしりまわるではないかぁ。
 久しぶりの上海は、上級で3分2秒もたたき出した。
 要するに、先のマザーボードでのとろくささとか、今回のこととか総合すると、なんとなくubuntu11.04や11.10はハードシステムによっては、極端にとろくなり、また再起動を繰り返す代物のようだ。
 だから、次回2012の春、12.04まで次の仕様は待つことにした。2011仕様のubuntuは鬼門だな。

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2011年12月23日 (金)

小説木幡記:まだまだ駆け足

Smuimg_7050 例年のことだが、天皇さんのお誕生日前後から、余の現世様子もいろいろ変化を来してくる。来年四月からの準備をもう始めないと間に合わなくなることが多く、たとえば授業内容は担当分を全部整理整頓して送付しなければならない。例年は昨年のを使い回しする部分が多く気が楽だが(講義内容の部分的な抜き差し、前後入れ替え、他科目との調整程度)、来年は新科目が増え、これまで通りには行かなくなったので、なかなか神経を使う。

 大学生活は大体の予定が一年前に決定していて、行事や会議日まできちんと決められている。委員なども単年度では終わらず継続が多いので、いろいろある。勿論、授業時間割や担当は、だいたい前年の秋口には決定している。~ということで、今の時期だと、年明け早々の期末処理、採点、そして秋からずっと続いている入試関係の仕事が年明けになると絶好調に増えてくる(笑)。もちろん、年末になると担当学生(一定数の学生のゼミ担任をしている)の出欠や成果が露わになってきているので、逃亡しそうな学生や、ふさぎ込んでいそうな学生や、笑いの消えた学生達のことを、教員相互に相談し、はやめはやめに手を打っておく必要も生じてくる。

 ということで、新聞やTVや図書雑誌で華々しく登場してくる大学の先生は、言ってみれば一種のスターであって、普通のセンセ達は、なんかしらぬが、毎日毎日会議と授業に明け暮れて、ときどき研究専門図書を読む時間が見つかるとにんまり笑うくらいで、なんだかなぁ、いつもえっさほいさと駆け足しながら、採点したり会議レジメを書いたりしているような。まるで、さえないなぁ~。

 ところで。
 余は年末にはミステリ読書にサスペンスDVDや、ハンダ付けに専念予定なので、いつ研究図書を読むのかは今年も未定だ。あはは。

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2011年12月21日 (水)

小説木幡記:名刺交換会

0img_4626 なにかの都合で名刺交換会を企画し、やってみた。参加者達はそれなりに未来の自分の名刺を握りしめて、会場のだれかれと交換していた。賑わった一日だった。

 目に止まったのが数枚あって、余の手にも渡ってきた。
 同僚達の夢は~
   さくら保育園園長
   はじめの一歩学習塾 塾頭
   だんご専門店 店主(和菓子屋 ぎおん)

 わかいもんらの夢は~
   日本語教師
   光写真館
   くらら ジェリーショップ:クラゲ専門店店主
   群像新人文学賞受賞(某はるきさんと同じ賞らしい)
   バタコのぱん屋さん
   ぺっとしょっぷ:わんにゃん
   ぽせいどんらいん(旅客交通機関)広報課
   かえる医院事務
   赤十字病院事務
 ~

 などと老若男女(笑)いろいろ一杯の夢をふくらませて、平成23年もくれていく。
 そうそう、余の名刺は、

  京都・情景モデル造形委員会
  本社 最高顧問(兼会長)

  うたい文句は、
    夢のようなジオラマ世界を
    あなたと一緒に
    造りましょう

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2011年12月20日 (火)

小説木幡記:ベッドの隅に光る物

Smuimg_6786 ベッドにねっころがってiPad電読をしていたら、服をきたままうたた寝してしまった。時間を見ると30分ほど熟睡に入ったようだ。足下がなんか涼しい。靴下が片方なくなっていた。ベッドの脇や布団カバーの間を探したが、見つからなかった。

 しばらく熟考した(こういうことにも熟考するのが、インテリと言う)。
 はたと手を打って、懐中電灯を手にした。ベッドは壁面に沿っておいてあるから、隙間がある。そこを照らした。あった! そしてきらりと光る物も見えた。まっさらのピンセット(ジオラマ工作用)だった!

 と言うわけで、余の人生は、金正日が死のうが、橋下が都長になろうが、学生達がバトルを繰り広げようが、ハルキ猫がニャゴニャゴと「外へだせ」鳴動を繰り返そうが、まるで関係なく、ベッドの下の靴下やピンセット発見に、狂喜乱舞しておる。

 げに。
 人生の実相とはここにあった。喝!!!


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2011年12月19日 (月)

小説木幡記:鳥を操る埴輪・鷹匠か、アニメの源流

Muimg_7202

 一日、余は畏友横浜のJo氏と大阪府高槻市の今城塚古墳を見学した。詳細はおって博物館や遺跡カテゴリーとして記録するが、なによりも形象埴輪のレプリカ(複製品)に感動した。

 埴輪は何種類もあって、今城塚古墳の北側から出土したらしい。
 ひとまとまりの物語を形成している配置なので、おそらく{継体天皇の葬送風景、治世の様子、祭祀}のどれかだろうという説があると、Jo氏が傍らで解説してくれた。

 余はひたすらその埴輪達をみていて、「日本のアニメの源流は、埴輪にあるなぁ」と感じ入った。


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2011年12月18日 (日)

小説木幡記:古い形式の三角縁神獣鏡

Bmuimg_7224
↑三角縁神獣鏡レプリカ 直径218mm、重量1100g、推定240年:高槻市・安満宮山古墳 1号鏡

 この写真は大阪府高槻市の、名神高速道路を北に越えた所にある、高槻市の公園墓地内「安満宮山古墳(あま・みややま・こふん)」で見かけた複製品である。

 説明板には、中国・魏王から卑弥呼の使節団を通して渡された銅鏡100枚の中の一枚と書かれてあった。この地方の王は、淀川を支配する三島に君臨していたらしい。邪馬台国の卑弥呼使節団に参加していたとも推定されていた。

 ともかく、レプリカとは言っても、なかなかリアルな鏡だったので、記念に撮って記録しておく。余事については、後日にまとめる。3世紀邪馬台国時代のこのあたりから、現代の高槻市に明瞭な信号を残していたことを知り、驚いた。


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 ↑ものすごく景色の良いところだった。大阪市全域、生駒山、淀川、そして余には弁別出来なかったが大坂城、當麻の二上山まで見えるようだ。

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鉄道模型のPC制御:(10) 半径15センチのHOやDCC

承前:鉄道模型のPC制御:(09) 従来のアナログ車両を無改造で、DCC運転する

Mudsc00169
↑外線・半径15センチのエンドレスを走るHO・広島電鉄200形ハノーバー電車

10-00 概要
 先回はデコーダから直接線路に給電することで、どんな動力車(DCもDCCも)も無改造で運転できる環境を造った。DCC本来の特徴をいろいろ削ぐ方法だが、簡便にPC制御のDCC実験をするには汎用性があって良いと思っている。

 しかしそのときはまだNゲージの小型車両を実験対象にして記事にした。PC制御から見ると、GもHOもNもZも、なんの変わりもないのだが、実際に手元近くに車両を置いてPCを操作して、車両の制御実験をするには、パイクとよばれる超小型のエンドレス線路があると便利になる。それはNゲージやZゲージだと造りやすいが、HOとなると途端に難しくなる。たとえばNゲージだと市販のレールセットで半径10センチ程度の超ミニカーブも造ることができる(TOMIX社のレール)。

 DCCの制御をするのになにかと便利なHOゲージ(線路の幅が16.5mm)のエンドレス・レールだと、国産市販のもので半径43センチ(KATO)、外国製で半径36センチ(ドイツのフライシュマン)が限界と思う。それ以下のパイク的な半径を持たせるには、フレキシブルレールで加工するしかない。

 今回は、自由折り曲げレール(フレキシブルレール)を使って、極端に小さな半径(外線で半径15センチ)のエンドレス線路を実用化出来たので記録しておく。

10-01 PECO(ピーコ)のレール:メタルシルバー Code100
 ことさらレールを選択したわけではない。店頭(ボークス・ホビースクエア京都)に沢山立てかけてあったレール数本購入した。一本700円前後だった。

 そのレールを台所にあった手頃な大きさのボールに巻き付けて、両端を結束帯で完全に縛り付けた。最初の一つは一時間後くらいに結束を外したが、まだ復元力が強く撥ね飛んだ。二回目は翌日に外したが、ほぼ思った通りの円形を保った。この方法は、しばらく結束したままの方が、作業がたやすい。

 作業の要諦は、ハンダ付けにある。あらかじめニッパーで二線の両端を合わせて切断し、外線か内線のどちらか一方に集中して、レールジョイナーでエンドレスに接合し、その外側にハンダを流し込む。これをもう片方の線にも行う。要するに、レールジョイナーだけではレールの復元力、つまり曲がりを結合させておくのが無理なので、ハンダ付けで固定してしまうのが、パイク・エンドレスの要諦である。
 ついでに適当な箇所の裏側に給電用のワイヤーをそれぞれハンダ付けした。

10-02 運転とまとめ
 給電は、DCでもDCCでも変わりはない。ただしデコーダを載せたDCCタイプ車両をDC:直流で走らせるのは何ら問題はないが(そういうデコーダが主流となっている)、DCC給電にしたとき、デコーダ無しの旧来タイプ動力車をレールに乗せるのは避けている。一応それは可能だが、制限も強く、モータの唸り音が甲高く気持ちが悪い。

 半径15センチで走る1/80、1/87、1/45の縮尺車両は、縮尺にかかわらず2軸のものだと可能だった。写真でわかるように、いわゆるOn30の大型市電も、小型に見えるレールバスも同じように周回できる。

 運用については、これくらいの小径だと基板(板やスタイロフォーム)が無くても自由に取り扱える。もちろん、板にスパイクしてレールを固定化する必要はない。ジオラマとして整形する場合も、ボンドで固定できるほどに、融通性が高い。机上のPCやノートPCのそばに置いて、たとえば永末DP1のような小型DCC給電装置に接合し、JMRIなどで自由にDCC実験ができる。

 なお先回造ったKATOのEM13 デコーダ・レール直結によるDCC運転も問題無くできた。これくらいの小さなエンドレスで、2軸の小型車両をせいぜい1~2両運転するには、1A程度対応の小型デコーダでも十分に使えると思った。勿論、他のDCC専用車両も実験可能である。

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2011年12月14日 (水)

小説木幡記:正月休みの買い物

0img_4725 余も人並みに正月休みを楽しむ男である。とはもうしても唯野ひとだから普通の楽しみしかない。たとえば年末にNHKの紅白歌合戦をぼんやりと眺めてOru。ビデオを見たり読書をしたり、電車乗って散歩したりといろいろ普通のことが多い。

 普通とは申しても遊ぶにも仕込みは必要なので、最近書店やその他店に足繁く通ってOru。

1.読電:電子書籍は成長していくな
 数日前に思い立って夢枕獏の『翁』という小説をインターネットで探してみた。新聞広告で、映画の源氏物語に合わせて、夢枕さんの作品も載っていたからだ。内容は少しも分からぬが、なにかしら「読まないと」と陰陽師に背中を押されて探したら、電子bookとしても売られていた。さっそくiPad用の電子書籍を注文したら数分でダウンロードされてiPadの画面に表示された。
 600円。
 便利だな。
 リアルタイムじゃないか!(笑) それも深夜の10時。

 文字も大きくできるし、薄暗くても読める。ただiPadは800g程度あって重いので、お腹にクッションを一つ載せてその上にiPadを置くと実に快適に寝ながら読書が出来る。
 いや、読電かな?
 これも買い物じゃ。

2.安いPC:ubuntuが重いので
 寺町のドスパラを覗いてみた。このごろubuntuシステムがどうにも重くて、いらいらするので、OSにパッチをあてるよりも、マザーボードごと今時の速いのにしようとした。電源やハードディスクや周辺(マウスやキーボード)はそのままにして、ITXタイプの小型マザーボードと、メモリーとCPUを探したのだ。

 一種オタク世界だから、公器blogでは簡単に記しておこう。
 まずCPUだがインテル社のcore i3タイプが1万円であった。コア2と書いてあるから、頭が2つある。あと1万円追加するとcore i5になるが、これは頭が4つになる。2つか4つか、どうなんだい? と若い店員さんに聞いたら、「さあ、それは好き好きですよね」とのご託宣を得たので、結局1万円に抑えた。つまり、頭2つタイプ。

 次に肝心のマザーボードだが、最初は安い4000円のに目が行ったが、なにかしらへなへな感があって(慣れてくるとボードの形状や仕様をみただけで、しゃっきりしているとか、へなへなとか、へろへろとか自然に口をついて出る)、奮発してこれも1万円のものにした。逆にだから、上記のCPUも別買いしたわけだ。廉価なものはCPUも素性の分からないのが、はじめから埋め込んである。(現状動かしているubuntuマシンがそうだった)
 余が購入したのは、ASRock社のITXタイプで、z68チップセットという比較的ほやほやの仕様のようだ。今年の夏にでたもので、記事もあった。これが1万円弱だったので、まあよかろうと満足。

 で最後はメモリ。これは4GBが2枚一組で8GB。DDR3仕様でも、なんと3000円ほどだった。メモリは毎年安価になるな。
 以上合計2万5千円ほど出したかな。高い買い物だが、まあ何年かに一度だから、年次割にすると1万円程度で、スマホよりもずっと安い。

*.あといろいろ図書
 あわてずともよろしかろう。そのうち一冊読むごとに、MuBlogに載せるから。

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2011年12月13日 (火)

足立美術館:島根県安来市

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 島根県安来市にある足立美術館は、横山大観、河井寛次郎らの収蔵品と、庭園の豪華さで知られている。日本画は見ていて気持ちがよいし、河井寛次郎の作品は京都の鍵善本店でよく見かけてきたので、違和感がない。

 庭園は、私が始終嵯峨野や京都市内、奈良の庭園をうろついて写真を撮ってきた世界だが、このたびは中を歩けない硝子張りの庭園、塵一つ無い庭園、無人の庭園という意味でこれまでにない驚きがあった。それはわかりやすさにも通じる。一種人工の極致、CG:コンピュータグラフィックス世界が現実化したような、シュールさもある。私が散歩する庭は大抵世界遺産のような寺社仏閣だが、それらは自然の中に崩れた感じ、よく言えば自然と調和し、本音をいうと自然の中でそこだけちょっと掃除してある、とそんな気安いところが多かった。足立美術館の庭は手を触れてはいけない三次元の絵画、山水画なのだと思った。
 喫茶室の「翠」から珈琲を飲みながら眺める枯山水は、これは一度は体験する値打ちものだと思った。

 日本画については有名所のものが多数あって、私はいまさらながら銀閣寺前に拠点のある橋本関雪の猫や狐が好きなんだと、自覚した。長年この二次元絵画芸術がどうにもよく分からないと思ってきたが、山水画や猫画は自分でも欲しくなった(笑)。

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参考
 足立美術館: Adachi Museum of Art

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2011年12月12日 (月)

小説木幡記:赤朽葉家の伝説/桜庭一樹、を読む

Smuimg_7354 昨日の日曜日に珍しく、『赤朽葉家の伝説/桜庭一樹(さくらば・かずき)』を読了した。珍しく、と記したのは最近の余の日常生活は何事も未完のまま終わることが多くなって、それで珍しかったのだ。

 帯には「祖母。母。わたし。だんだんの世界の女たち:鳥取の旧家に生きる三代の女たち、そして彼女たちを取り巻く製鉄一族の姿を描き上げた渾身の雄編」とあった。余の評価は5段階で4+αを出す、とても優秀な作品だった。5にしなかったのは単純で、祖母の赤朽葉万葉、母の毛毬(けまり)の二人までは5だったが、三代目の瞳子になって3~4なので、結論は4以上5以下と相成った。ただし、三代目を低くしたのは余の固有の感性なので、他の人が読めば逆転するかも、あるいは5を出すかもしれない。

 瞳子は現代、この今に直結する等身大の20代前半女性なのだが、その等身大の女性がシラケて苦しんで空をつかみ、それでも歩いて行くという、そういう純文学的手法が余には向かない、わからない世界だから点を下げたにすぎない。余は現世では唐変木というか、そういう平常の普通の心を理解できない、なにも分からぬ男なのだ。一種、分かりたくない面もあるが、だからどうしても世の中とはずれてしまう~いや、もうそんなことはどうでもよくて、余は4+αとしたのだから、それで佳かろう。

 万葉は山の女だった。捨て子だった。千里眼能力があって、財閥の大刀自に見込まれて赤朽葉の嫁になった。
 その娘が毛毬だ。ものすごい美形の女傑で、中坊のころに鳥取全部を取り仕切った族、暴やん、アイアンレディーズの頭を張った。ともかく薄いカバンには鉄板が入れてあり、ついでに背中にも鉄板。常にチェーンを持ち歩き、指の間にはカミソリを挟んでいる。その手の高校に入学したとたん、恋人が総長だったせいか、上級生がうすっと言って頭を下げて挨拶にきた、~という漫画チックなほどの姉御なのだ。いや、ものすごい世界だ。そして笑えるような仕事をし始めて、瞳子を産む。この毛毬ねえさんの暴れぶりと万葉ばあさんの千里眼ぶりとで、この作品は最初から9割方までは、巻措くあたわず、頁から離れられなくなったおもしろさだった。

 瞳子を面白くないとおもうのは、実は余の昼の世界の仕事が大学の先生で、眼前身辺をうろうろする学生たちが、大体瞳子のように「何もしたくない」とか「いやだねぇ、社会で生きていくのは」という、ちょっとアンニュイ、大いに若い人達なので、そういう世界を日常にみていると、わざわざ小説で読みたくないよなぁ~という、単純な心理。

 というわけで、出色の小説と言って良かろう。
 桜庭一樹、世の中にはいろいろ異才がおるのだな。たのしみだ。

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2011年12月11日 (日)

小説木幡記:超能力やオカルトに鈍くなった近頃

Smuimg_6800 幼児期~少年期、若い頃はこの世界が随分不思議に包まれて、怖い思いをしていた。
 こっくりさん、空飛ぶ円盤、狐や狸が化ける、猫化け、怨霊、超能力、オカルト全般、千里眼、スプーン投げ曲げ、……。ありとあらゆる事を相当に信じ込んで怖くて蒼くなっておった。

 「あれっ?」と思って段々信じなくなったのは、たとえば信じていた超能力スプーン曲げ楽屋で、机に押しつけて曲げているのをみて、がっくりした。それと、スプーンを曲げてどうするのだ? と批判的に考え出したとき、目から鱗が落ちた。なぜスプーンであって、レールを持ち上げないのか、走ってくる自動車を曲げて事故を止めないのか~と、そこに思いが至ったとき、そのばかばかしさに唖然とした。

 さて。
 信じなくなったのは、生きる経験値があがってきたからもある。京極堂風の「この世に不思議はない」というセリフもあろうが、なによりも、この人生にすこしも摩訶不思議な事や怖い幽霊に出くわさなくなった。怖いのはモンスターじみた生身の人間や、付和雷同する人間集団の行動や、人の恨み辛みであって、そこになんら超常現象も不思議もない。

 余はこれからずっと長い余生を、日本ピラミッドもUFOも宇宙人も怨霊も超能力も無い、居ない世界に生きて住むと思うと、いちめん「つまらないのう」と思い、残り反面は「落ち着いて、よろし」と納得する。
 若い内は自分の力の及ばぬ事や未決のことや、見通せない闇か霧の未来の重みに押しつぶされて、社会、世の中や日常が、一挙にひっくり返るような超常現象に活路を見いだしていたのだろう。未熟な上に、生きることが息苦しかったのだろう。

 今はまだ未熟で息苦しいが、それでも宇宙人や空中浮遊に助けを求めるほどの未熟さもない。前者は「もし大挙してきたら、また外国語をおぼえなあかん、じゃまくさい」と、後者は「汽車賃が浮いてよいが、瞑想が条件なら、見えぬから行き先間違えてぶつかるなぁ」と、その程度に現実的になった。要するに、つまらん!

 さて、これからは謎も不思議もない普通の余生を送るとしよう。

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2011年12月10日 (土)

小説木幡記:上方の文化は破壊される

Mudsc_0074 大阪市は今後、文化事業に関して、補助金をどんどんカットしていくらしい。
 かくして上方文化は消滅し、大阪は文明文化果つる遺跡になり、荒廃した「北斗の拳」的世界に、博打・カジノのネオンだけが輝き、ついには大阪都警が公務員最大勢力となる(治安維持と秘密警察創設のため、警察官採用数が右肩上がり)。さらに大坂城が別の機能を果たし出す(これはナイショ。このアイデアは本気で真似されそうだ)

 ファシズムとは、こういう政治状況をさすことを、大阪の人はこの夏頃までご存じ無かったのだろう。
 ファシズムは戦前の日本にもなかった。
 今世紀、大阪都によって初めて日本人はそれを知る。
 いまさらながら、ビッグブラザーの様相を見せてきた。

 非常に沢山の生活保護を受ける人がいるから、大阪の新都首領様は無為徒食者には図書館も美術館も動物園も古典音楽も古典芸能も不要で、そういう有閑芸事には金はだせん、という考えらしい。
 
 一つの大きな実験だろう。
 民主党の実験は無残な結果をもたらした。
 さて、では新しい維新はどうなるのか。
 余は、大阪市民、大阪府民でなくてよかった、と心から安堵しておる。
 これが対岸の火事という安堵感なのかと、初めて実感する。
 選んだのは大阪のおっちゃんやおばちゃんや、若者達だ。
 尻ぬぐいは自分達ですればよい。

 それにしても図書館が廃館されて、図書が古書店にながれ、あるいは焚書の憂き目にあい、きまじめな大阪司書たちは路頭に迷う。校舎教室には新都首領様のご真影が飾られる。ああ、悲しむべし。

追伸
 そのうち、桂川あたりの橋が無くなり、阪急電車も京阪電車も桂川や淀川で途切れ、そこが都境になるだろう。なんとなく、二十世紀少年じみてくる。

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2011年12月 9日 (金)

小説木幡記:現実世界の再現性

0img_4697 以前、光よりも早いものがあるという可能性が発表されていろいろ話題になった。その事実から、あり得ないと考えられてきたタイムマシンのことも、理論の上では将来あり得ると聞き、記憶に残ってしまった。

 そこで光速よりも早いものの存在をどんな風にして観測発見したのかは、難しいので避ける。ただ、科学上での証とか信憑性は、理屈の通る仮説とそれを証明する経緯や結論が、繰り返し、再現できることにあるようだ。Aという研究者がある仮説を立て、そこに仮説を立証するための方法論があるとき、それをBもCもDもが、同じように実験して同じように結論が出たとき、その仮説が事実として受け容れられる。
 それが科学というものらしい。

 となると、光速を越えるものの存在話は、実験が難しくまだまだ完全無欠の再現性のあることとは言えないようだ。今後、どうなっていくのか楽しみだ。

 で、ここから漸く本題に入る。
 余にとっては昔の話だが、複雑なプログラミングシステムになると、たしかに再現性をともなわない不思議なエラーに直面することがあった。これは大抵はプログラミングした余の中の論理性におかしなところがあって、それに気付かないためのものがほとんどだった。まれに、ごくまれにそういう特定プログラミング言語の仕様におかしなところがあったり、あるいは機器(PCとか周辺装置)が経年変化で間違ったふるまいをする事例もあった。
 現実的には要するに、「間違い」が余の脳思考に最初から含まれていて、その間違いに気付かないことによる、再現性のない時々のまれの、不思議なエラーにつながるわけだ。

 で、それは論理的エラーだから、直せば治る。簡単といえば簡単なのだが、勿論そういう組み合わせが数万行、数十万行の実社会的システムだと、モグラ叩きゲームのようなエラー発見・排除が生じてきて、システムが廃棄になるまで関係者は日夜修復に励む(笑)。となると、まともなシステムなど最初から「無い」わけだ。それでも動くのが、逆にいうと、「現実世界」のおおらかさ、許容量の深さでもあろう。余はそう考えて居る。
 (ああ、人間システムこそ、日夜修復に励まざるを得ぬ矛盾、間違いだらけの現実システム典型かもしれぬ)

 で、やっと結論話。
 DCCというか、鉄道模型をPCで制御する話だが。
 実に面白い。 
 なぜかというと、プログラミングシステム上では完全な、エラー無しの、すっきりした状態なのだが、これが再現性の全くない、常に変化するエラーに悩まされる。
 つまり、正確な運行の再現が不可能なのだ。

◆ この対処方として、「時を待つ」命令を要所要所に入れると、治る事例はある。
 PC上で発行された命令が上手にレール上の機関車に伝わらなくなるのが原因なのだ。いろいろな命令、指示がレール上に信号として流れるので、特定機関車上で情報の取りこぼしが生じる。だから、ある命令を出した後、十分の一秒とか、1秒とか、相手が信号を受け取るまで「待つ」わけだ。これによって、PC上のプログラム言語で書かれた「アルゴリズム:ああして、こうして、こうなった~」を現実の模型列車が果たす。
 軽症といえば軽症だが、気がつくまでは汗が出た。
 一番よい方法は、
 プログラム:「この命令、わかったか?」
 機関車:「わかりやした、ここで反転し後進に入るよ」
 ~と、対話形式が佳いのだが、ちょっと大げさだな。

◆ 情報の取りこぼしというはっきりした理由ではなくて、ありとあらゆる現実世界の条件変化によって、アルゴリズムが失敗する事例が多い。システム上では、1秒前進して、1秒後進する繰り返しプログラムなら、機関車は必ず元の位置に戻るはずなのだが、模型とはいえ現実の小さなレールに乗った1/80とか、1/150の縮尺列車は、絶対に出発点に戻りはしない。時に行きすぎ、時に途中で止まる。

 まるで蝶蝶が羽ばたきしただけで、地球の裏側で嵐が起こったり、誰かがタバコをすっただけで、近所の生命体数体が若死にするくらい~それくらいに因果関係が不確かな、それでも何か分けのわからない結果をもたらす。

 レールの汚れによる摩擦係数の変化か、集電力による電圧の変化なのか、家庭用電気の不安定さなのか、気温や湿度の微妙な変化なのか~、本当に因果関係が分からない。
 (たとえ小さなシステムでもPCのOSは巨大複雑だから、それによって時間配分や実行のずれはある)
 何かの原因で、いや神仏のお考えかもしれぬが、小さな機関車は絶対に出発点に戻らない。わずかに30センチほどの水平直線レール上であっても、現実模型は、システム上のアルゴリズムを拒絶する。
 それは、システムにエラーがあるからでは断じてない。
 
 現実とは、本当に再現性の難しい、複雑な環境であることよ。
 この歳になって、再認識した。

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2011年12月 7日 (水)

小説木幡記:人生舞台

Smuimg_7005 タイトルを「人生劇場」としたのだが、これほど著名な言葉もないので、それを避けて「人生舞台」にしたが、脳の片隅にはふと「夢芝居」と、なにかの歌の一節が流れていった。

 さてMuBlogの充実と日々生活の充実について、メモひとつ残しおかん。
 このごろMuBlogの記事が減少し、それにともなってアクセスも急激降下となってきた。記事数や記事内容が外界からわかるMuの血圧や血液検査に等しい生命兆候=生命メータとしてしまうと、これが間違いであるとひと言メモしておきたかったのだ。

 たとえば500首近い歌のある大伴家持は因幡の国守をした40代前半を最後にして萬葉集に歌が残って居らず、多賀城の司令官として亡くなった60代後半までの20数年間、「表現」が無くなった。余はこの家持の後半生、晩年を暗い時代と思っておったし、政治世相上は藤原家による名家殺戮の時代だから、武門・大伴氏を率いる家持は本当に辛かったのだろうと思ってきた。
 ただ。
 今となって余の日常と照合させると、そんな風に言ってしまうとつじつまは合うが、意外な落とし穴にはまってしまう危険も味わった。要するに、人の気持ちはなかなか外から窺いしれぬものであって、う、とか、きゃ、とか言わずとも心は地獄のこともあるし、逆の充実感を味わっているかもしれないという、当たり前のことを再度考え出したのだ。

 このごろずっと、MuBlogも書けぬくらいに諸事万端追いまくられて居る。
 時と場合、人や年齢によってはそれが不眠症、鬱、胃潰瘍、と心身を壊すくらいにストレス高く、つまらなく、ばかばかしいことが多い。
 そういう事例多く、また余も巻き込まれてきりきり舞いする。

 その嘆きを記事にする前に、そんな中でも就寝の直前に五分、十分と、好きな小説を読み継いだり、iPad で世間の様子を覗いたり、早朝のトースト・ゆで玉子時間に珈琲を味わい旧式の紙新聞を読むひととき~、そこにたとえようもない充実感、人生の開放感、そういったプラスの気持ちを日々味わって居るわけだ。
 そしてまた現在午前三時過ぎ、PCを前に勝手きままに好きな事を書くひとときの快楽に身を任せて居る。ふむ、うむ。かくして人生舞台は回っていく。

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2011年12月 4日 (日)

小説木幡記:読書の精算:乱読

0img_4711 ぼんやりしていても時がすぎて師走にはいってなんらかの決算、精算をする時期となった。昨日MuBlogは、この一年いろいろあったのだから年末くらいは楽しようという記事だったが、人の心は多様で、様々な視点のどこに焦点が合わさるかで千変万化するものだ。

 近頃は読書力、その気力も衰えてきた、いや体力の問題よりもいろいろなことに好奇心が湧いてきて、読書していても他の読書を想像したり、他の食事(たとえば、鴨南蛮蕎麦とかビフカツとか~)を想像したり、突然ハンダ付けをしたくなったり、あっというまにPCメモリの選択問題(DDR3が主流のようだが、これは昔から効率が悪かったと刷り込みが強くて、どうしても手にできない)に直面したりで、なかなか一事に専念出来なくなった。だから、読書していてその世界に没頭しても、手洗いにたったり、メルが来たり、食事になったり、風呂に入ったりすると、すぐに次のイベントにはまってしまって、元の読書に戻れるのは数週間先で、大抵はわすれてしまって、1頁目から読み直し、また別のイベントがあって、ドラマがあって、年末になって~。そうそう、大津市の幻住庵も雪が降らぬ間に行っておきたいし、義仲寺は雪の影響は受けぬだろう。


大きな地図で見る
↑芭蕉が住んでいた幻住庵

 ということで読書三昧。
 虚無回廊/小松左京.徳間書店、2011.11
  →未完作品でも、普通の日本語文章で虚無を描く大業を小松さんは成し遂げたと思っている。
 赤朽葉家の伝説(あかくちばけ)/桜庭一樹(さくらばかずき).東京創元社、2006.12
  →女流の才能、これほど風変わりな作風も珍しい。毎夜、少しずつ読んでは夢に墜ちる。
 Pythonゲームプログラミング入門/Will McGugan.ASCII、2011.6
  →余は誤解しておった。Pythonはゲーム主流でかつ関数型にもなり得る。ああ世界は進んで居る。

 などと数頁読んでは別の読書やハンダ付けに走るから、いつになったら読み終えるか不明不定。
 しかしこの冬は血液型A世界から、ヤクザなB世界に遷る機縁となって、心は豊かになってきた。
 (注:血液型神話によると、人はきまじめなAさんとか、なにをするかまるでわからない不定人生のBさんに大別される。余はAAAの人生だったので、ちかごろ息苦しい。そろそろBBB世界に引っ越そう。読書乱読、乱旅、乱食、乱DCC?)

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2011年12月 3日 (土)

小説木幡記:いろいろな楽しみネタ

Smuimg_6799 そろそろ師走だから、一年間の精進落としというか、そこそこがんばった今年のお礼奉公じゃなかった、「お礼楽しみ」をあじわうつもりだ。(などと、いつも気楽に生きておるではないか、と外野席より)

 さてな、希望期待と現実とは異なるものだが、リストだけでもして楽しもう。

古代史遊行
 近つ飛鳥博物館
 なかなか建築物や全体景観や中身が優れているところらしい。関東は横浜の蝦夷男をさそって行ってみる

 今城塚古代歴史館
 今城塚古墳は以前行ってから整備も大部進んだことだろうし、また2011年4月からは歴史館もできたので、こっそりとお忍びで。

撮影行
 古代史関係はその時々にゆずるとして、京都市内をしっかりみておきたい。町屋、寺社仏閣、風景など。
 嵐山・嵯峨野は、幻の第五作のためにしっかり撮しておきたい。自分が育った地域にしても、知らないことや未見のことが多い。それに純粋に育った時期は半世紀前だからな(笑)。
 現代の水無瀬神宮も撮影しておきたい。
 他にいろいろと、カメラを持つと世界が変わる。

旅行
 関西の某所温泉地で昼食会を予定。これまでは滋賀県北部だったが、今年は大阪府になった。湯につかって美味いものを食べるなんて贅沢の極致だが意外に町で外食するのと変わらない経費で可能なところもある。田舎の佳さかな。
 JRの割引きパスポート(なんとか、ジパング)を入手したので、いろいろ行ってみたいが、金と時間とに事欠くのでなかなかうまくいかぬ。
 中国地方の「日本のピラミッド」は行っておきたいな。しかし年末は時間切れ、来年のお楽しみ。

読書
 膨大なミステリとSF、新作+旧作。よくしたもので、相当な名作でも内容をおぼえていぬものが多く、何度も読み直すことがある。そう考えると、読むべきもの、読みたい物が無尽蔵にある。
 科学物としては、宇宙考古学というか地球古代史というか、いささかトンデモ風のもので、なおしっかり描かれた解説本を読みたいが。ようするに、疑似科学の良質なものだ。トンデモも疑似科学も信じ込むと病気になるが、楽しむには素晴らし虚実皮膜の虚構小説と同じだな。

PC制作
 超小型(MicroITX)で高速の自作マシンに手を付けたい。メモリはDDR3タイプで、インテルCPUのLGA1155ソケットが主流のようだ。 要するにマザーボード、メモリ、CPUと三種の神器をそろえると、うむふむ3万円は軽く超える。それに高速グラフィックボードなどを付けると、天井知らずの青天井・モンスターマシンになる。困ったことだ。

DCC自動列車制御
 先月(2011年晩秋)におおよその山場を越えた。後は当面の記録記事一本を書けば心が楽になる。
 しかし、PC制御がタイトルにもかかわらず、細かなピンへの多数のワイヤーのハンダ付けと、その結線の束をレールにまでどうやって引き延ばし接続するかという、そのワイヤー問題で記事が一つ出来てしまう。
 次に、Jythonプログラムの手本と、自己流のアルゴリズムとを合体させて、その解説コメントをいろいろ記し、列車が自動的に運行する単純な事例を描く。最後にその動く様子をビデオにとって記録する。
 と言うわけで、していることの経緯があとでも分かるように情報を整理整頓し記録するのに時間がかかる。

*楽しみが多くて溺れる
 一杯楽しみがあると、なにからどうすればよいかわからなくなり、結局ひがなベッドにねそべり部屋を暗くして「ああでもない、こうでもない」と考えにふけり、そのうちのそりと起き上がり、電灯を消した暗い風呂場でシャワを使うか白濁湯に浸かる。と、そのうち眠くなって朝になる。そういうサイクルこそが、一番の楽しみだな。

追伸
 日曜作家だが、これは今第四作の最終期なので、楽しみよりも苦痛邪ね(笑)。

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2011年12月 1日 (木)

小説木幡記:ubuntu専用PC

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 以前「春霞2010」という小型(ITX)マシンを自作し、そこにubuntuを載せてあれこれ実験してきた。実験のネタはいくつかあって、一つはLazarusという統合環境があって、ここで無料Pascalを動かすことで、往年のよき時代のDelphi感覚を無料で味わうことだった。Delphiはたしか名前が次々とかわって、いまや普通の人には手の届かない高額システムになってしまったので、余は余生のプログラミングツールを、このLazarusに託した。

 また一つは、JMRIのLinux版の実験。そしてまた上海での脳活性化トレーニング。と、ubuntuは結構余の人生に染みこんできていた。あとUMLや様々なロボット制御もubuntuマシンで今の内に動かそうとしている。この事情は人生の余生として、実をとって、手軽に廉価に自分好みの世界を構築しておきたいという密かな希望があるからだ。いずれ、これまでのような組織の援助は頼めなくなる(たとえば、Windows7の一番大きなフルシステムを、教員はキャンパス全体の契約によって、自由に使える)。人は一人で生まれ、一人で死んでいくものだから、いろいろなことは自律、自活する訓練を積んでおかないと、喪ったときの衝撃は大きい。

 さて、そのubuntuマシンだが、2009年末にあってもいささか廉価版だったので性能的に弱く思えた。今回2011年の11月上旬に、ubuntuを2011.11.10エディションに変更したとたん、その弱さが極端にでてきた。要するに、画面の再描画に数秒かかるわけだ。上海の一枚の牌を指定するのに2秒以上経過する。コンパイル時間が大昔のZ80でのcコンパイラ並に、それこそ一式終了までに、風呂入って食事とるくらいのスピードになってしまった。

 いくらなんでもとろすぎるので、なんらかの別の原因があるかとも思うが、気持ちの上では、貴重な時間をあれこれとって推理してパッチあてて速度向上につとめるよりも、あっさりと新しいマザーボードを入手して、神速マシンに変えようかと思っておる。しかし最近は、どういうCPUとメモリとがうまくいくのかさえ気にしていなかった。だから、パーツ屋の店頭で売れ筋マザーボードを買って、それに合うメモリーを4GB程度搭載してみようと思っておる。メモリー規格が以前ので通るなら、それでもよい。

 電源とDVDとは流用するから、全部で3万円までで高速マシンに変わるだろう。いいかげんにキーボードも新調しよう。
 ああ、そうそう、これも貧乏暇無しだな。

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