« 小説木幡記:建物のミニチュア・ジオコレ | トップページ | 小説木幡記:現代型うつ病とはなんなのか »

2011年11月22日 (火)

小説木幡記:そうだ、昨夜京都に帰ったのだ

Muimg_6266 今日は夕方に19リットル入りの灯油ポリ容器をがらがらと引っ張って家に入ったが、なかなか重い物だ。業者の人はこれくらい自由自在に扱うのだろうが、余には無理がかかって腰を痛める危険がある。だから、大きな車輪がついてがらがらと引っ張る容器は実にありがたい。で、それでも重い(笑)。

 昨日は旅先から帰ったのが夜の十時すぎだった。余は用心深いから、自分で計画立案する場合には、帰宅が早くて午後四時、遅くとも午後七時くらいにしてきた。だから逆に人の運転するバス旅行などは夜でも気楽だが、それでも夜の十時過ぎは、早朝四時起きが普通の余にとって、それは深夜というか午前さま帰宅であって、ストレスがかかる。で、今夕六時まえに、葛野からの帰路、名神高速京都南インターチェンジ付近を通り掛かった頃、燈火のわびしい大型バスが1号線から高速道路に入っていったのをみて、「ああ、これから長旅で帰るのだな。運転手さん、ご苦労さん」と自然に念じていた。

 ところで新幹線やトワイライトエクスプレスの運転者と、大型観光バスの運転者とでは、どちらが疲労が大きいのだろうか。事故では多分バスの方が頻繁に起きるのだろう。たまにJRや私鉄電車が事故を起こすと、規模が大きくなるが。どちらかというと、余はすぐに眠くなる質なので、新幹線の運転者の方が気楽に思える。バスは自動化されていないが、新幹線はきっとロボット化していて、運転者が居眠りしていても、事故は起きにくいと想像する。それが大いなる誤解なら、あとでJR新幹線関係者達に謝罪しよう(笑~)。

 今日、近所の食堂街をあるいていたら、とんかつ屋さんで、ソースカツというのをやっていた。事情で(つまりダイエットなどもろもろ)とんかつは食べなかったが、月に一度くらいならまあよかろう。だから今度はソースとんかつを食べてみよう。なんとなく北陸名物というイメージが先行して、おいしそうだ。しかしながら今日はあっさりと、うどんにした。

 今日は授業もなかったので、たまりにたまった宿題を葛野でしようと思っていたが、なんとなくやる気が失せて、結局研究室の大掃除に取りかかったが、それも途中で疲れてきたので、結局あれこれ授業の準備をするにとどまった。人生、万事そういうものだ。今日もまた、終わった。

|

« 小説木幡記:建物のミニチュア・ジオコレ | トップページ | 小説木幡記:現代型うつ病とはなんなのか »

小説木幡記」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/22035/53231390

この記事へのトラックバック一覧です: 小説木幡記:そうだ、昨夜京都に帰ったのだ:

« 小説木幡記:建物のミニチュア・ジオコレ | トップページ | 小説木幡記:現代型うつ病とはなんなのか »