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2011年11月30日 (水)

小説木幡記:貧しいながら暇がない

Muimg_6267 気がついたらもう水曜の夜で、最後にblogしたのが日曜だったのだ。と気がついたら、今日は11月の最終日で明日からは猫も走り回る師走に入るのだ。ああ、月日の経つのは早いものだなぁ。

 そういえばわずかな旅程だったが、登呂遺跡や浅間神社のことや、安来の足立美術館や、出雲大社や、石見銀山の写真がまだ一杯残っていて、それらを記事にまとめていくと一週間分の旅行MuBlogになるのだが、気持ちばかり焦って少しも書く気力や時間がない。

 毎日が、授業や会議やまとめや、ほんのちょっとの研究思考で、気がついたら夜になっていて、あっという間に眠ってしまい、また朝になり~。あえて忙しいとはいわない。ただ、昔ほどにはてきぱきと物事をかたづけられず、たとえば今日も葛野で44ピンにハンダ付けした22本以上のワイヤーを綺麗に整理整頓するだけで小一時間かかってしまった。書類を探すのにも、一件で30分かけて、それが2件あった。早朝7時すぎに葛野研に入るが、コーヒー呑んで授業準備していたら、あっという間に9時近くになる~

 ということで。
 時は大切に。
 充実したとか飽きたとか言う前に、すぐに夜になる毎日だ。貧乏暇無し。


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2011年11月27日 (日)

NHK江(46)最終回:希望

承前:NHK江(40)休載通知

 江と初と龍とネネさんと、回りの女性達が最後の週にみなみな年老いてお互いに懐かしく思う気持ちがでていました。そして最初の、本多正信の死は、なかなかよく描かれていました。

 驚いたのは。
 秀忠が二代将軍として随分過酷な粛清を行っていたことでした。秀忠の治績はこれまでドラマなどで、あまりはっきりとは描かれなかったのだと思います。身内をどんどん改易し、そして家康側近だった本多正純の懲戒は意外でした。秀忠はいつもぼんやりした2代目という印象が強かったのですが、ドラマの終盤においてそういう雰囲気が払拭されました。

 江さんは、ものすごく多産で、当時のありとあらゆる権門盛家に自分の子が嫁いでいて、そして息子は三代将軍家光ですから、想像を絶する立場にあったわけです。正妻でこれだけ多産なのはあまり例が無いように思えました。いってみれば、そのすべてに織田信長の姪の血がながれているわけですから、織田家、浅井家は徳川の世になっても江と縁が途切れなかったのだと思います。

 最近新聞で読みましたが、今日の前半にでていた保科正之(ほしなまさゆき)は会津藩藩主として異母兄の家光を補佐し、大火で危機に陥った幕府を根底で支えた有能な人だったようです。江に会った時、保科少年は震えていましたが、それだけ江さんの「秀忠隠し子事件」への怒りが回りを困らせたのだと、想像します。そこで保科少年が無事だった御蔭で、家光は本当に忠節をつくしてくれる弟を得たのですから、人生は塞翁が馬ですなぁ~。

 さて、一年を振り返って。
 三姉妹の関係は、姉や妹が居ない私にも、わかりやすかったです。
 信長の迫力が忘れられません。
 秀吉が意外に佳かったです。
 家康はもともと好ましい役者ですが、徳川家の鬼となったのが妥当とは思えませんでした。
 三代将軍までの家康、秀忠のいろいろな事件は、結局お家騒動だと割り切って、他の事情で見なかったのでよく分かりません。大坂城落城前後も、他に繁忙でみることが出来ませんでした。

 今夜の最終回、笑顔のままに終わったのが、佳いことでした。
 また、来年の大河ドラマを楽しみにしています。

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鉄道模型のPC制御:(09) 従来のアナログ車両を無改造で、DCC運転する

承前(先回):鉄道模型のPC制御:(08) JMRI→DP1cs(南福岡急行)→DP1(永末システム)→DF50(KATO)

09-00 概要
 DCCでは、デコーダを動力車に載せて、レールからの集電側と、モーター電極との間に置くことで、レールから来る信号を分析し、それに応じた直流をモータ(ないしライト、その他)に供給する。デコーダは恐竜の小脳のようなもので、狭い動力車に乗るくらいに小さく造ってある。機関車などの音を制御するために超小型のスピーカが搭載されているものもある。

 そういう単純な理屈が分かってくると、一台一台の動力車に各々高価なデコーダを搭載しなくても、レールそのものにデコードを一個設定すれば、そのレール上では、これまでのすべてのアナログ車両が走ることに気がつく。勿論スピーカーも設定し、それなりの高級デコーダを付ければ、音もでる。ただし、そういう方法は車両の一台一台を自由自在に操るDCCの最大メリットが喪われるわけだが、実際に、実験してみると方法も単純だし、従来のアナログ車両をDCCに統一していくための抜け道、バイパスとしてなかなか便利で面白いことに気がつく。

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↑DCCからの電気と信号とをレール直前のデコーダで変換し普通のアナログ電車を走らせる

09-01 デコーダ・EM13を選んで実験した
 EM13というのは、日本のKATO社がアメリカのデジトラックス社と提携して外注生産しているようだ。KATOのいわゆる「DCCフレンドリー車両」のNゲージに使われている。モーター制御機能だけなので廉価だが(実勢1500円程度)、位置表示機能もあり、私は高機能だと思っている。

 工作は、TOMIX社のNゲージ用レール・フィーダー線(小型ジオラマは半径10センチを有するTOMIXが有利)を途中で切断し、EM13 の二本足のうち、先端だけが真鍮面の側を「レール側」とする。長い真鍮面の足側をDCCブースターから供給される側として、上下にハンダが流れないように、丁寧に接続する。ショートしていない常態をテスターなどで調べ、完了なら絶縁テープを巻いて保護しておく。放熱出来なくなって壊れる可能性を避けるなら、保護テープを巻かずにそのまま適当な放熱穴あきケースなどに入れればよい。(つまりEM13 のケースに穴を空けてそこに押し込む:そこまでするのはいささか趣味の領域であろうか)

Muimg_7063
↑デコーダEM13の足の表裏に、DCCブースター側とレール供給側の配線をする(足の表裏)

09-02 運転とまとめ 
 以上のデコーダを、DCCブースターからの線に付け、レールに接続すれば完了。IDはレール全体のものとなり、私は標準の3番のままで使っている。

 実験写真は永末システムDP1を使っているが、これはデジトラックス社からのDCCブースターも当然使える。汎用性は高い。要するにEM13デコーダは特殊な「位置表示」機能を持つこと以外は、標準DCCデコーダとしてモーター回転数と前進・後進を制御できる。勿論、PCからのJythonプログラム他による自動化も計れる。

 私はこの方法で、HOやZゲージ車両をやや小型のジオラマ(というよりも実験線)で使っている。普通のアナログ車両を、ある程度までプログラマブルにできる魅力は大きい。ただし、センサーをレールに埋め込むような高度な自動化には効率の点で向かないし、またEM13 はもともとNゲージの小型車両用だから、大きなHO車両だと電気容量の面から危ない(笑)。

DCC/EM13-1
DCC/EM13-2
DCC/EM13-3
DCC/EM13-4
DCC/EM13-5
DCC/EM13-6
DCC/EM13-7

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小説木幡記:物語の舞台

Smuimg_6986 以前から小説や映画、あるいは歴史の舞台となった所をうろうろするのが好きだった。虚構や現実の違いはすべてが過去のことなので、虚構と変わりはない。
 昔のことは分からないものだから。
 身近な宇治橋近くだと、前にも記したことがあるが、このあたりは宇治十帖の舞台であって、源氏物語ミュージアムに行くと物語と宇治との関係に詳しい。そこで話は当時の屋形が今の宇治神社の近くだったとか~いろいろ考え込む内にはっとして「ああそうだ。源氏物語は虚構の小説だったんだ」と気付いて、苦笑いする。

 また、うろ覚えだが嵯峨野の広沢池の桜はたしか細雪の娘さん達が観桜し、それから平安神宮に行ったかどうかと真剣に考え出して、そのうち「ああ、これは谷崎潤一郎さんの小説だったんだ」と気がつく。そこからちょっと西の嵯峨野一帯だと、西村京太郎さんの作品に、このあたりに住む女将が登場していたミステリがあったなぁ、とか~。

 昔は場所、地名を忌避して、わざわざX町とか、某市とか、AとかBとか言い換えた作品があったが、今となっては風情のないことおびただしい。今度再読してそういう作品を見つけたら、片っ端から焚書しようと思った。地球上のちゃんとした国のちゃんとした場所に人間が動き回るのだから、わざわざ、イメージが固定化されるのを怖れて、AとかBとかに記号化するのは、馬鹿臭いことだよな。大沢さんの『新宿鮫』で新宿をS町なんて付け替えたら噴飯物になる。どなたかの『城の崎にて』をK市にて、としたら、あはは新名作になるだろうか。もっとも、毎朝新聞とか、東都大学とか、慶草大学とか、仮名がいろいろ出てくると、実名と仮名との間の緊張関係やお笑いやをあれこれ味わって、趣きもある。N大学というよりも、那古野大学の方がぐんと佳くなるし。

 ということで、当初は関西地方の物語の舞台をいろいろ思い出してメモしておくつもりだったが、話がずれてきたので今朝はこれで終わり。
 ああ、Mu氏だなんて、一番の噴飯blogかも~うふふ。

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2011年11月26日 (土)

小説木幡記:あれれのミステリィ晩秋

Smuimg_7008 いつも迷うのだが、新暦11月も終わりになると晩秋という言葉を使っても佳いのだろうな。つまり余は12月師走に入った途端に初冬にモード変更してしまう。
 ここであらためて余の季節考をしるしておくと。
 春は3、4、5月
 夏は6、7、8月
 秋は9、10、11月
 冬は12、1、2月
 ↑こんな風に一年を過ごしてきた。勿論古典や旧暦とは随分ずれがあるので、困ることもあるが、現代生活の季節感としてはこれで満足しておる(笑)。

 ただし実感として、春は3月末から4月の桜咲く間だけだ。5月の連休に入ると妙に暑苦しくて初夏の感がする。
 また6月は梅雨だが、実質の梅雨は7月にずれ込んで、本当の夏は8月と残暑厳しい9月だ。
 秋らしいのは近頃は10と11月しかないのだが、京都の紅葉は12月に入って真っ盛りとなるから、わかりにくい。

 まあ、よろし。
 今は晩秋。また今秋も過ぎてしまった。いろいろ公私旅行した記憶があって、それが今秋の成果だった。読書や日曜作家はそれほど進まなかったのが心残りだが、まだ冬がある。ちょっと進んだのは、鉄道図書館モデルのDCC自動運転について視野がひろまってきたことだ。どんなこともプラスに評価して、来年に続けよう。

 ただ。
 最近入手した、図書の数冊は読み応えがあるな。一挙に読み終わるのがもったいない気分だ。心はどうしてもミステリィに行く。それも異端ではなくて正統のミステリィ世界のようだ。時々、何が好きだったのか思い返してみると。
 
 横溝正史(八つ墓村などの疎開田舎もの)、松本清張(歴史物や短編)、内田康夫(初期・中期の浅見さん)、笠井潔(矢吹駿:カケル物)、島田荘司(何というても御手洗潔)、綾辻行人(うむ、館に笑う双生児)、森博嗣(西之園萌絵もの)、京極夏彦(京極堂のお祓い、御行の又一もの)、そして北森鴻(読む物すべて)。

 どの世界も瞬時に思い出せてその中を歩き回ることができる。この世には作家達が描くそれぞれの世界が現実にあるように思っている。探せばもっと別の世界があるかもしれないが、偶然接近を待とう。ところで、貴志祐介さんの新世界は、ミステリィよりもSFなのだろう。あるいは村上春樹さんの1Q84もミステリィよりもSFだと思う。総じてベテランが多いが、編集者じゃないのだから無理して新人を捜す必要もなかろう。面白くて、心に深い感銘をもたらす新人ミステリィはないかのう?

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2011年11月23日 (水)

小説木幡記:京都の佳さ

Smuimg_7006_2

 余は純粋の京の人Muではない。生国は福井市で、幼稚園に上がる前に右京区嵐山に住み(天竜寺の塔頭で)、しばらくして車折(くるまざき)に遷り、幼小中高大とそこから通い、ついでに就職も京都市左京区だった。勤めて一年目に宇治市木幡に遷り、爾来半世紀に近くここに棲んでおる。その間、勤め先は左京区、右京区が長く、外地に出たのは滋賀県が三年半、兵庫県社(やしろ)が一年間だから、ほとんど京都と宇治とが生活圏だったといえる。

 古来住めば都とはよく言われてきた。
 たしかにそうなのだが、それにしても京都や宇治は佳いところだと近頃ますます思うようになってきた。
 両者ともに観光地だから、世間一般国際的にも風光明媚で歴史の深いところという前提があるにしても、その佳さを棲んでいて実感するのはなぜなのかと、考えるにいたった。

 性、もともと歴史好きだから、京都や宇治、滋賀に奈良は日本史の宝庫故にそれだけで、好ましい。

 学校が大学を除いて13年間が右京区、勤め先が左京区20年、右京区20年と概略すれば、どこを数えても半分田舎風の所だった。幼稚園と小学校とは嵯峨嵐山だから観光地のど真ん中だが、意外に田舎田舎していた。勤め先も左京や右京は繁華街から遠くはなれているので、これも田舎田舎している。当然住まいの宇治市木幡も、これはまるで田舎だ。要するに、あんまり騒がしくない。余は静かな雰囲気を好む。通夜の深夜のような無人の田舎のような、静かさに安定する。

 食物がうまい。京都の生鮮魚を敬遠する人も多いが、大抵の食事処では普通の値段で、そこそこの味と見栄えを提供してくれる。これは和食だと醤油や味噌の洗練度が高いからだろう。特に鴨なんば蕎麦とかビフカツとかラーメンとか湯豆腐で美味い所をみつけてしまうと、他国の野蛮さが身にしみる。これだけ流通が普及しているのに、豆腐や醤油や味噌味だけで、他国を怖れ都を離れることが苦痛になる。

 寺社仏閣が豊だな。
 京都の観光名所、滋賀県の寺院、奈良県の神社。いずれも人が居ぬころに訪れるのが最高の贅沢に思える。たとえば、桜や紅葉なら、午前7時ころ或いは夕方5時ころ。季節なら、真冬の嵐山や奥嵯峨野。よろしいで。そうそう平日の祭礼のない三輪さん、真夏の滋賀県石塔寺、桜散る三井寺~。要するに観光地で観光客が途絶えた季節や時間帯を自由に操れるのが、地元の有利といえる。

 京都御苑の広さは心が豊になるな。宝ヶ池あたりの広さも好ましい。
 鞍馬や貴船の深山幽谷ぶりにも感心する。銀閣寺や金閣寺の山裾の眺望は得難い。などと、数え上げればきりがない。
 だからこそ、これからは人気(ひとけ)の途切れた名所旧跡を、ひたひたと歩く楽しみがある。
 さらに古代史といえば、近江、奈良、飛鳥に纒向。いやはや楽しみがつきぬ。
 さて一眠りして、近所を歩いてみよう。宇治は、藤原家の墓所、そして別荘地なのだ。

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2011年11月22日 (火)

小説木幡記:現代型うつ病とはなんなのか

Smuimg_6900 今夕のNHKはクローズアップ現代で、現代型うつ病なるものをテーマにしていた。

 症状は上司や会社が悪いから出勤できないと言って、長期病欠となる。無断欠勤もあるが、大抵は届け出欠勤で、大きな会社になるとその数がばかにならない。病欠になってしばらくして訪ねていくと、本人は仲間と酒を飲みにいったり元気に遊んでいることもあるそうだ。いわゆる古来「仮病」というのだが、それを言うと本人はますます苦しみ、医師は「現代型うつ病」と名付ける。

 その世界観によれば、悪いのは上司であり、会社であり、他人なのだそうだ。会社とうまくやっていけないのも、会社が悪いからであり、自分の言い分を少しも聞いてくれない、理解してくれない、けっこう神経にこたえることを言うのが、まわりであり、他人であるそうだ。
 つまり、自分自身が、それでは他人にとってどういう存在であるかがよく見えない病気。
 こういった症状は、現代の若者に多いらしい。
 (これまでの中高年鬱は、自責し、引きこもり、自殺に走るのが多い。現代鬱病も鬱なんだから、自殺に近づくだろうが、ニュアンスが異なる。つまり、悪い上司や組織を離れ、仲間内にいると元気になる。これは明るい)

 たとえば無断欠勤が生じた。
 本人に確認すると、先週確かに伝えたとのこと。
 本当は、それは嘘なのだ。
 余は思った、嘘でもなんでもよい、そんなことよりも正しい考えは「自分が考えるようには他人は考えない。相手が理解してくれないのじゃなくて、相手を理解させるにはものすごい練習、努力、誠意が必要なのだ」つまり、「欠席」すると正しく相手に伝えるには十重二十重の作戦を練らないと上手く行かない。そういう事実が人生なのだ! 
 その努力を怠るなら、現代鬱に逃げざるを得ないでしょうな。
 よろしよろし、君は逃げて、そのうち餓死するかもしれないが、努力する辛さよりも餓死が楽でしょう。
 生きるとは、しんどいこってすな。

 と、ここらで余は笑いだした。
 答えはもうでておる。
 「そうだよ、貴様が一番悪いのだ。」
 「くそったれ!」
 「もう、顔をみせるなよ~」
 「会社、辞めたけりゃ、辞めろ」
 「病気? そんなヤツは左遷なんだよぉ、クビなんだよぉ~」
 と、本当に罵倒された経験が少ない人が多いようだ。「書類カバンを無くした? それはよくない。気を付けよう」と、これだけの注意でもパワハラ呼ばわりするのだから、相当に神経が細やかとも言える。幼少時から、まともに怒られる環境がなかったようだ。傷つきやすいらしい。傷つくのがいやだから、他罰にはしり、それがうまくいかないから現代鬱を背中に背負う。
 まさに、病気である。

 さて。
 画面では、これまでの鬱とは異なり、同じ症状の仲間で話し合って、お互いに注意したり、励ましたり、叱責するのが佳くなる一歩らしい。これまでの鬱は励ましてはならないが、鉄則だったようだが~。
 余の考えでは。
 他人が自分を理解してくれるわけがない。
 他人が悪なら、君は、他人にとって他人なのだから、君も悪かもな。
 傷つきやすい、という言葉を聞くと本当に爆笑する。余なんか全身傷だらけの人生だよ。傷は鹿の湯に入って癒すか、自分で嘗めて治すか、時の癒しを待つしかない。
 おめぇだけが傷つきやすいだなんて、正気か? 

 余の、NHK番組を見終わった時の結論は。
 若者全体、日本全体がそうなっていって、現代鬱病が蔓延し、若者が仕事をすると病気になって、五時過ぎになると元気溌剌、仕事がまるで進まず、上司達はパワハラセクハラと言われないために、会社や組織は猫なで声であふれ、なにも命令せず、若者を相手にせず、ますます若者を疎外し、いつか疎外されていることに気がついた若者はますます現代鬱が深まり、新しい抗うつ剤がはやり、製薬会社や医師はその大量投薬で一息ついて、ますます日本は子供世界に下降し、まともな大人たちはそうそうに死んでいく。なまじまともなことを言ったりしたりすると、訴訟対象にされる。
 そうだ。
 こんな新世界ではまともな軍は維持出来ないから、戦争のない本当の平和、本当の「たそがれ鬱平和」がくるだろうな。

 おお、素晴らしい新世界。
 仮病でも、鬱でも、なんでもよろしい。
 まともな旧人達ががんばり、やがてまともな人達は死んでいき、世の中は初老の「かつて若者・現代鬱者」で一杯になり、やがて、世界はそれで普通になる。そう、現代鬱が世相の普通。
 「おお、お前もようやく現代鬱になったかい。そりゃよかった。やっとシティボーイ、ギャルになれたなぁ。あの会社なぁ、爺さんと婆さんだけになった。もうつぶれるよ。ふん、まともな若者は仕事なんかせぬもんだ。」

 そうだよ、そうだよ、君は悪くない、悪いのはみんな回りの大人達なんだよ、あはは、まるで江板下痢音のシンジじゃ~。

 ついでに。
 コミュニケーション能力は、話し方や対応の仕方ではなくて、頭のなかでいろいろ考えて文章にする訓練をすれば、やがて成熟していくと思う。もちろんついでに、同じ内容であっても話し方や時期によっては、相手が激怒したり、笑ったりする違いは練習して身についていくだろう。
 鬱の苦しみは、昨年、余も禁煙鬱で苦しんだ。世界が黄昏れていたな。そのとき余は、「タバコが悪い」と、他罰で窮地を脱した。若い頃の鬱期は、三島由紀夫さんの切腹を見て「そうか、それならぼくは生きていく」と、ものすごい反動で虚空に飛び、鬱期を大きく後にした。
 現代鬱にもそういう特効薬があれば、よいのにな。

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小説木幡記:そうだ、昨夜京都に帰ったのだ

Muimg_6266 今日は夕方に19リットル入りの灯油ポリ容器をがらがらと引っ張って家に入ったが、なかなか重い物だ。業者の人はこれくらい自由自在に扱うのだろうが、余には無理がかかって腰を痛める危険がある。だから、大きな車輪がついてがらがらと引っ張る容器は実にありがたい。で、それでも重い(笑)。

 昨日は旅先から帰ったのが夜の十時すぎだった。余は用心深いから、自分で計画立案する場合には、帰宅が早くて午後四時、遅くとも午後七時くらいにしてきた。だから逆に人の運転するバス旅行などは夜でも気楽だが、それでも夜の十時過ぎは、早朝四時起きが普通の余にとって、それは深夜というか午前さま帰宅であって、ストレスがかかる。で、今夕六時まえに、葛野からの帰路、名神高速京都南インターチェンジ付近を通り掛かった頃、燈火のわびしい大型バスが1号線から高速道路に入っていったのをみて、「ああ、これから長旅で帰るのだな。運転手さん、ご苦労さん」と自然に念じていた。

 ところで新幹線やトワイライトエクスプレスの運転者と、大型観光バスの運転者とでは、どちらが疲労が大きいのだろうか。事故では多分バスの方が頻繁に起きるのだろう。たまにJRや私鉄電車が事故を起こすと、規模が大きくなるが。どちらかというと、余はすぐに眠くなる質なので、新幹線の運転者の方が気楽に思える。バスは自動化されていないが、新幹線はきっとロボット化していて、運転者が居眠りしていても、事故は起きにくいと想像する。それが大いなる誤解なら、あとでJR新幹線関係者達に謝罪しよう(笑~)。

 今日、近所の食堂街をあるいていたら、とんかつ屋さんで、ソースカツというのをやっていた。事情で(つまりダイエットなどもろもろ)とんかつは食べなかったが、月に一度くらいならまあよかろう。だから今度はソースとんかつを食べてみよう。なんとなく北陸名物というイメージが先行して、おいしそうだ。しかしながら今日はあっさりと、うどんにした。

 今日は授業もなかったので、たまりにたまった宿題を葛野でしようと思っていたが、なんとなくやる気が失せて、結局研究室の大掃除に取りかかったが、それも途中で疲れてきたので、結局あれこれ授業の準備をするにとどまった。人生、万事そういうものだ。今日もまた、終わった。

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2011年11月20日 (日)

小説木幡記:建物のミニチュア・ジオコレ

Smudsc_0092 ことさらにジオラマとか鉄道模型と修飾せずに、ごく普通に「建物のミニチュア、模型」と考えたとき、TOMYTECの建物コレクションは本当によくできた商品だと思う。

 普通のプラモとは違って工作がめんどくさくない。工作の上手下手に関係なく、いかにもそれらしい建物が数分でできあがってしまう。要するに、部材と部材(たとえば、壁と天井など)を結合させる部分が精密で工夫がしてあるので、相互を組み合わてギュッと押し込むだけで建物ができあがっていく。そして塗装に工夫があって、なんとなくくすんだような雨水に打たれたような微妙な味わいを出してくれる。

 最近「酒蔵」シリーズが出て、5種類(ひとつの店頭実勢価格は大体1000~2000円)を組み合わせると、日頃眺めている京都伏見港近辺の酒造メーカーの雰囲気にそっくりのミニチュアがあっというまにできあがる。A4判サイズになるので机上や棚に飾っておきたくなる。もちろんジオラマに組み込むのも愉しいが、このごろは、単品スッピンの味わいを欲するようになった。たとえば、小さな模型機関車をただ眺めているだけの世界だな(笑)。そのうち、酒蔵を手に取ってみようと思っておる。

 直近の楽しみとしては、昨年に入手した寺院関連のさまざまな模型をくみ上げて、別売のベースに組み込んでいくことがある。寺院模型はそれまでなかなか入手しがたかった。事情は大屋根のカーブを作り出すのが、プラスティック成形の上で難しかったからのようだ。だから一年前に手にしたときも他と比較して少し高価だった。これらの五重塔や本堂や鐘楼を、一つの小型ジオラマ(寺院図書館資料館)に組み込んでよい雰囲気を出した卒業生もいるが、余は不器用なので今回手にした「ベース」にそつなく飾り込んで、完了とするつもりだ。

 というわけで、女性がドールハウスに興味を持つ事例と対比的に、男性がいろいろな模型を見て想を練るのとは似通ったところがあるのかもしれない。
 純粋の鉄道模型話にもどすと、近頃Gゲージという大型鉄道模型で、カブースと呼ばれる車掌車を手にしたが、中はまるでドールハウスだった。椅子やテーブル、洗面やストーブが組み込まれていて、ランプが点灯する。これに書架を配置すれば、本当に「図書館司書車両」模型が瞬時にできあがる。
 ところで、この車両が届いた時、さっそく二人の図書倶楽部員に見てもらったが、ランプのスイッチ操作やドアの開け閉めは、若い部員達の方が達者だった。余はどうすればランプが付いたり、ドアが開くのか分からず、ただその手元を見ているだけだった(笑)。

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2011年11月19日 (土)

小説木幡記:つぶやきblog

Muimg_6265 流行(はやり)に鈍感だが、それでも「つぶやき」は一杯あるようだ。もともとメルやつぶやきで人々の言語能力は著しく落ちてきていると推測しておるが、それは大きな視点では人類の猿化退化であって、別に善悪の対象ともならない。滅びていけばよいのだ。ただし、余は先におさらばする。

 言葉でしか物事は考えられないし、表現することも近頃はやりの「こみゅにけーしょん能力」も身体言葉だけではむりがある。つまりは言葉を脳内で整えていかないと、ますます猿化する。まあ、猿も猿猿していて佳い物だが。どうせ猿化するなら、こざかしいチンパンジーよりも、マントヒヒとかゴリラが猿の聖人に見えて佳かろう。そういえば、アメリカにはキングコングというのが居たが、あれは米流の猿化典型として特筆に値する。

 で呟くことにする。

1のつぶやき
 京都も寒いような蒸すような雨のようなくもりのような、どうにも今週末は要領の悪い秋だな。
2のつぶやき
 焼き肉を囲んでいて横を向いた途端に目当ての肉をとられて腹が立つと若者達が騒いでいたが、余なら肉にぺたぺたツバ付けると言った途端、「せんせ、そんな席でよだれたらしたら、どんびきですよぉ~」とのこと。
3のつぶやき
 そろそろめあての「鴨なんば」が出始めた。なんとなくボジョレー・ヌーヴォー解禁と同じだな。贅沢昼食とは思いながらも1300円だして一年ぶりにいただいた。う、美味い!
4のつぶやき
 KATOのEM13 デコーダが1300円で入手できる。鴨なんばと同じ値だ。これは結構汎用性があって、TOMIXの鉄コレ動力ユニット(2500円前後)にハンダ直付けすると、あっという間にDCC車両でよく走る。
5のつぶやき
 ゼミ分属の季節になったが、本当によく迷う学生が多い。あれもこれもタイプや、なにをしてよいか分からぬタイプ。この両極のあいだにいろいろおってな。相談に乗れといわれてもl~、そりゃ余にも分からぬ。あはは。
6のつぶやき
 20リットル石油を重くて運べぬと思っていたら、コーナン店で、車輪付き「がらがらタイプ」のポリタンクがあった。1300円。これは便利そうだと思って買った。
第7のつぶやき
 これでつぶやき終わりで、あとは封印。

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2011年11月18日 (金)

小説木幡記:幸せ一杯、論文や図書を探す

Muimg_6269 GNHという言葉が近頃とみに聞かれるようになった。最近もNHKのニュース解説でブータン国を取り上げて、熱心に語られていた。餓死者が犯罪などの例外を除いて少ない日本は幸せなはずだが、日々のニュースを見ている限り、心の闇を臆面もなく世間にまき散らす猟奇的な犯罪に満ちて居る。これは経済的に生きていける以上の収入があっても、幸せを感じない事例が溢れていて、その結果が犯罪などに現れてくるのだろう。つまりは、不幸なのだ。

 人の幸や不幸についてなら、近所の学生達や同僚達の姿から、なんとなく浮かんでくるものがおおい。一番顕著な事例は、もともとぼんやりした若者達が、まわりの思惑や非常識から、よってたかって追いまくられて焦りをむりやり意識させられて、こころの地獄に追い落とされることだな。典型は就職活動で、もうすこしゆるやかな事例では、余などが関係する授業じゃろう(すぐに落ちるから、おちおち居眠りできない授業であるぞ)。あはは(邪笑)。
 もう時代は、余の青年期のような、なんとなく授業を休んでドストエフスキーを読みひたり、「そろそろ、いくか」と夕方終了間際に教室を覗き、数分後に友人たちと「遊びにいくか!」と言っては4年間すごし、知らない間に卒業していた時代とは違って居る脳。

 現代もまた、悲劇的なんだ。

 そこで余はNHKが話していたGNH:Gross National Happinessという、国民総生産に対峙する国民総幸福が気になってきた。最初は「うん、宗教かいな?」と思ったが、そうではなさそうだ(爆)。そこで、いつもとは異なってNII(国立情報学研究所)やNDL(国立国会図書館)の権威サービスに頼ることにした。つまり「幸福」とか「不幸」を世間一般で探すと、どうしてもトンデモ本や情報にかき乱される思いがしたので、ちょっとはアカデミックな方が、まだ相対的にトンデモ度は低いと、カン働きだな。ところがNDLは原則として日本で発行された物は悉皆所蔵しているから、トンデモ本や猟奇的本も対象になるので、うむむ、と思った。で、今回はNIIに頼ることにした。

 まあ、いろいろ細かくいうとそれぞれに問題はあるのだが、WebcatPlusという使いやすいサービスがあって、この画面でGNHといれてみたら、本日は(2011年11月18日早朝)12冊の図書が出てきた。その中で『ブータンと幸福論:宗教文化と儀礼』という写真をクリックしたら、詳細な画面に移った。そこで、どこの大学図書館でもっているかな? と考えて最下欄の「この本を所蔵する大学図書館」を押したら、あはは、余の縁ある大学も含まれておった。つまり余の研究室前の図書館に、その本があるはずだ~。

 とそこで論文レベルでも探そうと、かって知ったCiNi(サイニー)を使おうとしたら、なんということか、この11月から「論文をさがすならCiNii図書館の本をさがすのもCiNii」といううたい文句で、論文も図書も一緒に探せるようになっておった。~しかし、詳細を記すと情報図書館学の教科書じみたことになるので、もう止めておこう。

 ところで。
 今日の木幡記は説教クサイものになってしまった。今後は自戒しようぞ。

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2011年11月17日 (木)

小説木幡記:静岡のこと

 11月のはじめに静岡駅の近くのホテルに泊まった。2泊3日の旅程で同じホテルにとまって2日間仕事をしていた。その間に、正確に半日の時間が空いたので、登呂遺跡と浅間神社とを大急ぎで回った。

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 時間が限られていてしかも、あまり疲れてはいかぬので、移動はタクシにした。
 静岡駅前のホテルから登呂遺跡までは、歩いて十分くらいと思っていたが、実はタクシでも十数分かかって随分海よりだと分かった(1200円也)。海に異変があると大変なことになると、運転手さんも言っていたし余もすぐにそれに気付いた。
 遺跡はよく整備されていて、小学校の頃に社会で学んだイメージのまま、眼前にあった。そして、資料館というか博物館には、図書室も併設されていて、よい味わいだった。余はミュージアムショップで、来年の遺物カレンダーを買った。たしか千円でお釣りがあった。

 登呂の遺跡から次は浅間神社(せんげん)に向かった。遺跡横にタクシーが常駐していて、運良く乗れた。さすがに距離があって、今度は1900円かかった。浅間神社は家光さんが関係して造られたようだ。異様な姿で、城郭のようだった。さっきの登呂は余の強い潜在意識によって導かれたが、この神社は同僚教授の薦めがあって参った。感想としては、「こういうのも神社なのか」だった。

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 さっき気になって川村二郎先生の『日本廻国記 一宮巡歴』で駿府の条に目を通したが、「まさに威風堂々、豪華絢爛たるものだが、その分、重たるい感じもないとはいえない」とあった。
 たしかに、神韻縹渺(しんいんひょうびょう)という雰囲気ではなかった。武家の神社とはあながち駒札を読んでのことではなく、繰り返すが、「城」そのものだった。どっか空の果てから神さんが舞い降りるのじゃなくて、立てこもると言った方があたって居るだろう。

 と、それで終えて帰路はバスが来たので飛び乗った。
 ホテル前まで180円ですんだ。そういうものだろう。
 静岡は、宇治や京都に住んでいては分からぬ味わいがあった。別の「日本国内」なのだ。あまりに、京に狎れすぎた自分を発見し、別世界に目が行ってよい気分になれた。時々は外に出ないといかぬ、と思った。


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2011年11月16日 (水)

小説木幡記:街を歩けば

Mudsc_0083 街を歩くといろいろなものが目にはいってくる。

1.ケータイは平安貴族の笏(しゃく)
 よく映画などで、奈良や平安時代の貴族がうやうやしく薄い板のようなものを眼前に両手で捧げ持って居る。そういえば昔万札の聖徳太子さまも持っていた。ネクタイのような飾りと思っていたが、通説では複雑怪奇な式次第を貼ってカンニングペーパー代わりにしたとも~。

 電車に乗ると、10~40代くらいまでの者達は、みんな一斉に目の前に細長い携帯を引き延ばしてそれに見入っている。まだまだ折りたたみの旧ケータイ様式が多く、余にはそれが現代の「笏(しゃく)」にみえて仕方なかった。スマホ形式だと画面は一枚物が多いが、これもスライドしてキーボードを弾き出す形式だとシャクに見える。

 そうそう、学生達に授業の一環として現代ケータイに関してインタビューしたところ、旧ケータイでは高速ブラインドタッチ入力が出来たが(左手の親指と人差し指使用が多い)、スマホでは画面タッチなのでスピードが上がらないらしい(笑)。しかし画面接触入力で、ブラインドタッチが出来る若者が出てきたら、怖いな。吸盤指みたいな変種! で、試験中に一斉にうやうやしく笏(しゃく)を捧げ持つ大教室の学生達を想像していた。ふむ。

2.京阪特急で肩指圧
 京阪特急で京都の出町柳駅と大阪の中之島駅間を走る車両は、二階建ての無い青い新車体で3000系と言われているらしい。時々それに乗る。で、この特急の出入り口には腰当て部分があって、混んでいるときはそこに寄りかかることができる。
 最近、そこに肩の高さでステンレスのパイプが手すりとして付いていることに気がついて、そこに肩を差しいれて下から持ち上げると、実に快適な指圧棒と化すことを発見した!

 いやはや、今後は優先座席はひ弱な若者達に譲って、余はその肩指圧パイプに身体をよせて、うっとりして「京阪特急・指圧の心」を楽しもうぞ。

3.四条河原町のチョコクロ
 いや、たいした話ではないが(笑)、京都の四条河原町の東・北の角にコトクロスというビルがあって、そこの4Fと5Fとが書店になっておる。通勤途上なので時に寄る。
 で、話は上階書店ではなくて、実は、その地下にサンマルコとかいう珈琲屋があって、そこではチョコの入ったクロワッサンが170円で売られていて、けっこう佳い味だ。余はいつまでたっても、それを「チビ黒」と呼んでしまうが、正確には「チョコクロ」らしい。
 最近寄ってみたら、「焼きたてですよ」という囃子詞につられて、つい買ってしまった。まさか珈琲店で水だけはもうしわけなく、ついでにアイス珈琲のSカップにしたら、しめて370円もした。
 席に座って、熱々のチビ黒と、純粋ブラックアイスとを飲んだら、甘さと苦さ、熱さと冷たさ、この両者がからまって、370円とはとても信じられない至福の時間をもてた。うむふむ。

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2011年11月15日 (火)

小説木幡記:読書前の楽しみ

Mudsc_0082 余は一応、自分が読む分には、図書の目利きと思っておる。大抵は自分で選んだ本は、自分で気に入って居る。もしそうでないときは、無意識に棄てたり速攻でブックオフに持ち込み、さらにそういう記憶は自然に抹消されるから、依然として余は目利きのままである。

 ということで余は最近まとめて図書を買った。未読である(笑)。未読なのに紹介するというのが、博打打ち的性分というか、邪魔くさがりというか(いずれ紹介する運命ならば、読書のようなウザイことをする前に、あっさりざっくり「この本、佳いよ」と言う)、今夜まとめて記しておく。年齢とともに人は短気、イラチになるようだ。

 北森さんのは著者の絶筆を浅野さんという方が引き継いで完成したもののようだ。なかなかに興味深い。
 笠井さんのは、これは何年ぶりになろうか~、要するにミステリィが華やかだった時代、余が耽溺したシリーズなのだ。吸血鬼とフロイドかユングかはしらぬが、心の闇をあつかうなんで、古典的でわくわくするぞ。
 アンドロイドが羊の夢をみるわけじゃなくて、スマホでゲームを造るCD本だな。どうせどうせ手が落ちて目が霞んでいるのだから、ゲームを造るのも遊ぶのも明後日のことだが、それでもちゃんと買っておく。いつか、そう、いつの日か余もゲームを造っておるじゃ労。

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2011年11月13日 (日)

小説木幡記:変化のない日々今秋だな

Mudsc_0084 今秋はいつになく沈静化した日々だな。何も書くことがないくらいに、日々変化が少ない。これが幸の極みかと思う一方、変化に対して鈍くなってきたのかな、とも思う。さすれば幸とは恒常、あるいはわずかな変化には気がつかない鈍感の内にあるとも言える。そういえばかつては、せせこましい内なる世界にこもって、あれこれ細かく悩んだ時期もあった、のう。

 ハンダ付けは見苦しい仕上がりではあるが、44本のピンに付けた細線がそれぞれショートも起こさずに、センサー機能(BDL168&RX4)を発揮しだした。もっと感動すればよいのに、「そうか、思った通り動いたなぁ」が感想となった。
 Digitrax社のトランスポンディング(列車位置通知機能)は、古典的な中に味わいがある脳。
 Jythonプログラミングはサンプルを少し変えただけで、センサー3つの往復路線を、HO/EF65機関車が笑えるくらい律儀にいったりきたりする様子を見て取れた。絶叫すればよいのに、「ああ、やっぱり。思った通り往復運転システムはすぐにできるな」で、終わってしまった。

 葛野へ行くと日々相当にややこしい校務や教務が待って居るが、これも時間をかけるといつの間にか「はい、次」となってしまう。一番の問題は、学生数が徐々に少なくなってきて居ることだが、うむ。これはなぁ。困ったことだ。まあ、そのうち盛り返すことでしょうと、にこにこ。

 楽しみと言えば、やっぱり。
 相も変わらず読書。
 それと意外にもiPad。
 それと日々の食事。
 さらに日々のちょっとした散歩。
 ときどきの車窓風景(電車やRSや)。
 人は鈍感になっても、見つけ出した楽しみを繊細に味わう能力は消えないようだ。

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2011年11月11日 (金)

小説木幡記:青火のランプ

Muimg_2152 通称、石油ファンヒータなるものを30年ぶりに買った。長い間暖房は、10年間ほどガスで過ごし、その後はずっと電気だった。なにかと神経の細い余は、石油やガスによる暖房を使う心のゆとりが無かったのだと思う。石油は石油ショックの辛さを未だに覚えているし、重いポリタンクを持ってうろうろし、油臭くなり、部屋中にいつのまにか石油のシミが付くのが嫌だった。ガスは、すぐにガス中毒を連想し、窓を開けたまま暖房するから(笑)、ガス代がかかって一向に暖かくならなかった。

 その点、夏の冷房、冬の暖房と、電気は便利だったが、実は膨大な電気代の支払いをせっせと関西電力に長年奉仕し、そのお金は幹部達の膨大な褒賞金に消えていったのだと昨今気がついて、空しくなってしまったのだ。そこで、再び石油ファンヒータにしたのだが、使うまではなかなか大変だった。

 まず、石油というか灯油はどこで買うのだろう? 家人が荒物屋さんでたずねたところ、もう扱っていないとのことだった。しかたなく余は、自動車にポリタンクを載せて近所の行きつけのガソリンスタンドへ行った。一リットル90円くらいなのか、千円セットしたら11リットル入手できた。高いのか安いのかは分からない。しかし11リットルの灯油を部屋に運ぶのは結構重かった。少々値が張っても、何年か後には業者の人に家まで運んでもらわないと、自分でスタンドへ月に数回行くのはなかなか大変だと思った。

 久しぶりに機器類の説明書を読んで、相当な苦労をしてやっと理解した。
 灯油をセットして点火したら、ほかほかしてきた。そして暖房の色が赤じゃなくて、ブルーだった。アラジンのランプはこんなだったのだろうか(笑)。さあ、これで今年の電気代は6掛けくらいにはなるだろう。浮いたお金は、さて貯金か、どっかに消えるのか~それは、分からない。


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2011年11月10日 (木)

小説木幡記:秋の深まり

Mudsc_0047 季節はめぐり、今年もようやく秋になってきた。過ごしやすい京都や宇治を味わって居る。どれがいつの秋だったかはもう絶対に思い出せぬのだが、それでも季節はめぐり、人生回り舞台、螺旋状に年月が過ぎて変わっていく、その折々のいろいろな情景は、夢の中とか白昼夢とか、あるいは歩いている最中に脳によみがえってくる。

 いろいろな後始末をしておきたいし、捨て置きたいという誘惑も感じるが、どこかで決着を付けて置いた方が次のステージに心置きなく立てるという徳用もある。秋だからこそ、そんな考えをひとしきりすることが多くなってきよった。本当は永遠の自転車やコマと同じく、常に走っているのが現実だし、走ることに楽を見いだした方がよい場合もある。走るのを止めたときは、足腰が病んで起き上がれなくなったり、なにもかにも空虚さだけを味わって、食すら採らなくなる危険もある。そうだよ、長距離ランナーの孤独だよな。

 さて。
 どんな日曜作家になっていくのか。
 どんな研究テーマが残っているのか。
 大昔の夢に手を付けないと時間切れになるかな。永遠のテキストと文脈問題だな。
 そしてまた、近頃はロボットのような列車制御を身につけだした。ハンダごてや配線も少しずつ実用的にこなせるようになってきた。新たなプログラミング言語も習得していくことになる。
 ~
 無尽蔵の図書や電子図書と、そして無尽蔵の遺跡がある。読んだり、経巡るだけで人生が埋まってしまう。
 ああ、そうだ。学生達は相変わらずおもろい。
 RSは快調に走る。ubuntuの上海は神業にちかずいてきた(笑)。
 まだまだ楽しみは尽きぬ。と、そう思った。

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2011年11月 9日 (水)

小説木幡記:京阪電車でお弁当

Mudsc_0009 駅弁は車内で食べても家で食べてもよいものだ。最近、神戸駅を根城にした「淡路屋」という店の、小さなおにぎり三つと質の高い総菜の駅弁を自宅でいただいて、よかった。揚げ物がみあたらなかったのが、コンビニ弁当や凡百駅弁とは違うところだ。

 ところで昨夕仕事帰りの京阪電車宇治線で中学生か高校生の女子がおもむろに弁当箱をあけて食べていた。うとうとしていたのに気がついたのは、ニオイがしたからだ。禁煙して2年近くになると、自分のことは一向に気にならないが(笑)、レストランや車内や人のニオイが強烈に余を刺激し出した。要するに喫煙時間の40年間に消えたと思っていた臭覚が復活したようだ。この世はニオイまみれだな。特にレストランや料亭のこびりついたニオイは、あまり性にあわぬ。それにくらべて自分のことや家や研究室はあんまり気にならぬ(爆笑だね)。というわけで、ニオイでうたた寝から目覚めて混んだ車中を見渡したら、弁当をつかっている女子生徒を見つけたわけだ。

 さて。この違和感はなんだろう。新幹線や特急車両で駅弁を食べている人を見かけても、ごく普通の風景としてまるで気にならぬ。しかし通勤電車の京阪電車の混んだ中で、だれかがお弁当をとっているだけで、ものすごい違和感に包まれた。この余自身の感性にあらためて驚いた。ふむ。余も相当に世間の常識にそまっておるのか、それともその女子生徒が、常識はずれなのか~。ついに、昨夜眠るまで、今朝起きても、解は得られなかった。ただ、弁当のおかずの強烈な酸味がいまだに鼻を刺激するばかりだ。

 で追加するなら、余はこれまでもこれからの余生も、新幹線や特急車両でお弁当を開けることはあっても、通勤の京阪電車でカップ麺や弁当を開けることは、まずあり得ないだろう。余が京阪電車車内長椅子で、コンビニ弁当を使い出したなら、それは余の人生の一大転機だと、想像。
 ~
 (うむ、実は難しいことだ。余が小学校の頃、國鐵車中はタバコの煙で霞んでいたし、床には吸い殻がころがっておったし、オジキのステテコ姿や旧い女性の下着姿で、車中をうろうろするのは常態だった。まして床に座っておにぎりを食べるなんて、日常の姿だった。世界は変わるなぁ)

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2011年11月 7日 (月)

小説木幡記:よいことやいやなことやウケケケな日々

Muimg_2933 先週はあれこれあって、結局一週間近くMuBlogを休んでしまった。しかし無理して、片意地派って、意固地になって、なにかを継続するとか義理立てするとか、約束を守るとか、そういうことは最近止めましょうとも思うようになってきた。要するに「律儀な人」「よい人」「義の人」という擬態を棄てれば、適当に生きることで、どれほど気持ちが楽になることか(笑)。ふと、これからもどんどん嘘をついて、約束を破って、好き勝手に生きましょう~と、思うと心底、体中から数十年来のオリのようなものが抜け落ちる快感を感じた。そうだ、そうしよう!
 明日からのMuBlogも気が向いたら書けばよい。
 ~
 ところで。
 ルール破りは気楽にはなるのだが、今日の帰り一号線に出る横道(比較的広い)から信号に随って右折しようとしたら、突然対向車線の左側から超特大の貨物トラックがライトも付けず強引に左から右折して真っ正面にかぶさってきた。完璧なルール違反に直面したわけで。仕方なく停止してやり過ごしたら、爆走して余が走ってきた道を逆進していった。多分、脳が大部分壊れた運転手だったんだろう。あるいは薬でらりっていたのかもしれない。
 ~それで、こんな風に、道路法規を放棄するようなことをみんながやり出すと、道路は戦場になるなぁ。

 昨日日曜日、大学で仕事を終えて出張疲れでふらふらしながら混んだ阪急電車にのって、祇園四条で京阪特急に乗り込んだら、夕方の5時くらいだったが、満員の中で20歳前後の男達3人が荷物とあわせて四席を占領し対面掛けにして、スマホを触ったり空き席においたカバンを触ったり、無駄話をしていた。一人がカバンを一瞬引き寄せたのを見て、子供が腰掛けようとした。とたんに、その前にいた男が長い足を対面席にまで伸ばして、座れないようにした。余は斜めからつくづく男達の顔を観察して不思議な気がしてきた。この文明国に、これほど無教養、恥知らず、バカな男が普通の学生スタイルで電車に乗っているのが本当に信じられなかったのだ。余が局所的手榴弾を持っていたら、だまってピンを抜いてぽいと男達の足回りに投げて、そのまま知らぬ顔して通り過ぎ、数秒後に3人の男達がのたうち回っても(死にはせぬほどの局所弾と想定)、なんの痛痒も感ぜずに「あはは」と、笑うだろう。あるいは一瞬、スマホで盗撮して全国に、全世界に、墜ちた日本人として宣伝しようと思ったが、出張帰り阪急+京阪の連続立席でふらふらして、判断力がなまっていたので、男達の盗撮を止めた次第(最近、知恵がついて、判断力が鈍ったときは行動せぬようにしだした)。もしかしたらああいう穢い男を三人も盗撮すると、スマホが壊れるかもしれない。

 さて、もしも余がルールをやぶって一人で満席の四人がけに寝転んで笑っていたら、回りの紳士淑女達はどんな目で逆に余を眺めることだろう。判断力の鈍った者なら、そんなルール破りの余を写真で世界に公開したり、あるいは暴力を使って余を排除する者がおるやもしれぬ。
 さすれば、不用意なルール破りは命取りになるな~。

 ところで佳い話もあった。
 新幹線の3人掛け席の通路側を指定したら、まんまと窓際の男がすぐに下車し、余はその三人掛け席を一人で一時間以上使った。あきらかに一人指定席の権限を越えて、二人席まで無断で使ったのだから、後日にJRから請求書がくるかもしれない。
 しかし、あはは、幸せだなぁ。

 今日は葛野図書倶楽部の4回生達4人が、熱心に受講生達の提出した長大な発表レジメを丁寧にチェックしていた。倶楽部伝統世界だね。就活や卒論やもろもろで疲弊しているにもかかわらず、毎年、難儀な受講生達のレジメを、倶楽部助勤達が余の数倍の精度で精査してきた。今年もそれが始まった。
 よきかな、よきかな。

 ここでまとめの教訓は。
 あんまり派手に嘘ついたり、約束やぶったり、ルールを無視すると、きっと反作用もあるはずだ。くわばらくわばら。やはり、明日もこれまでとおり、善人の振りをして生きよう。ときどき息抜きに、大嘘をついてガス抜きすればよい。
 うけけけの人生なんだよ。

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2011年11月 1日 (火)

小説木幡記:日々雑記

Mudsc_0056 日々のたりのたりとすぎていくのだが、細かな仕事は一難去ってまた一難。考えて見るに、人は本当に仕事をわざわざ作り出して、それに狂奔することでひとときの苦悩や恐怖、おびえから目をそらすようだ。年を取るとそれがくっきりすっきり分かってくる。たとえばどこかの大学の教授が国からの多額の研究費を横領したようだが、随分こまめに部下を脅しつけ、二重帳簿を作って、まめまめしくお金を流用していたようだ。

 余おもうに、そんなことをする暇があるなら、読書でもすればよいのに。あるいはハンダごてでも握れば、そういう細々しい、どうでもよい、百万や二百万の金を集めて私物化して四苦八苦する馬鹿げた人生なんぞに手を染めぬものよ。と、おもへらく、その方はまわりの人には「忙し、忙しい」と連呼しておったのかな。本人を知らぬから、事実は想像だがな。

 さてもそういう余の人生は? といえば。読書する暇やハンダごてを握る時間をよってたかってむしり取られるような日々で、いささか呆然としておる。あはあは、図書館の先生が本も読めずにどうなのよぉ~。未来の鉄道図書館列車モデルを構築する先生が、ハンダごても握る暇がないと、思った通りに列車が動かぬではないか。そういう時間を捻出するのにどれほどの苦労を重ねて居るか~

 と、人の苦労話などおもしろくもない。公器(笑)MuBlogで私人としての苦悩などるるしるしても、誰も読まぬ。と、そこで余は木幡で一丁、考えた。やはり、おもしろきことか、役にたつことか、そういうことを書いてこそ、あっぱれblogの意味もわいてでてくる。

1.ゲーム専用機がどうなる
 スマホなんかの相互通信機能を上手につかって、多数の人が参加するゲームが主流を占めていきそうだとの、話。多数で宝探しなんかすると愉しくなるな。その点で、任天堂DSなど日本が世界に誇るゲーム専用機が苦境に立って居るらしい。

2.あるIT社長が退任した
 面識はほとんどないが、それでも大昔、食事をしたり話したり、相談をした若い社長が数日前にA社を退いた。ドコモなんかの携帯電話のブラウザをグローバルに造っていた、素晴らしい会社だった。創業者のうち、年長の初代社長は以前、癌で若くして亡くなった。起業家肌の人だったようだ。それまで研究開発に責任を持っていた副社長のKさんが社長になって引き継いだが、世の中の急激な流れに今期大きな赤字を出したとのこと、新聞報道で知った。
 iPhoneやアンドロイドの隆盛は、その会社にとって新態勢が整わないままに世界が一変したので、痛手となったようだ。
 しかしご本人は、意外にさらっとした気持ちで新世界を歩むのかもしれない。想像以上に学者だし、文化への香りにも惹きつけられる質なので、また別の世界が開けるのだろう。
 余の中では、一つの時代が終わったという感慨にひたった。

3.読書話
 このごろやけに電子機器の図書や雑誌を買い込んで読んでおるが、難しい点が多々ある。この世界も初等算数や数学と同じく、積み重ね世界なので、途中から割り込んで「佳いとこ取り」をするのが難しい。
 電子書籍については、いささか責務があるので、本格的に済ませていく必要があるが、なにしろ読書やハンダごてをさわる時間が食いつぶされる日々なので、辛いのう。
 郷土資料の一つの要素として、地域天皇陵や墓について、地図へのマッピングなど、面白い手法もあるが、これも『天皇陵への招待/森浩一』を二度目に読みながらやきもきし出した。非常に読みやすい図書なので、何度でも読み返せる。特に関西の天皇陵や参考陵墓は豊だ。各地の図書館にいろいろ篤志家のデータが埋もれているかもしれない。

4.ハンダごて始末記
 当初はいろいろ疑念も持っていたのだが、近頃漸く、HOゲージレール上に、16カ所のセンサーと、4カ所の自動ポイントを設置し、それをJMRI画面上でモニターする環境が出来てきた。
 わずかに16カ所のセンサー設定だが、BDL168 とかRX4という部材がとてつもなく原始的な形態というか、スッピン物なので、そこに線を全部ハンダ付けし、もやもやになった線を取り回す必要があって、動くかどうかも分からないままに電源を入れた経緯がある。

 ともかく位置情報を発信できる状態にした機関車をレールにのせて、JMRIのモニターでみていると、列車がゾーンやセクションを通過するたびに、次々とHi、Loの表示をし、さらに列車IDを画面におりおりに見せてくれた。
 当初の感想(一体、どういうシステム難や!)がふっとんで、素晴らしい、独特の快感を味わいつつある日々である。
 これをJythonで制御するだなんて、そんな美味しい仕事は、まず他にはあんまりなかろうな(爆)。

*.ということで
 今日も余の貴重な余生の読書研究時間、ハンダごて時間を剥奪される日々が続く脳。まあ、果敢に戦おう。まだ、剱も矢も食料もRSもある。

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