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2011年9月15日 (木)

九州2011夏:小倉篇:松本清張記念館と文学館

承前:九州2011夏:番外篇:JR九州特急「かもめ」や電気機関車EF81

 旅行日三日目の午前中だった。県立佐賀図書館も一通り見て、利用案内などの資料も集められたので、最終日をどうするかで考えた。佐賀図書館に同行した某Jo氏はご自分の調査が残っているので、そのまま武雄の方へ向かい、私は博多経由で小倉まで行くことにした。

 JR佐賀駅から特急かもめを使い、博多から小倉までは新幹線だったので、佐賀駅から一時間ほどで小倉駅頭に立った。目的地は、松本清張記念館と、同館近くの文学館だった。ともに北九州市立施設だが、再訪したり、見ておく値打ちのある生涯学習施設だと考えている。

1.北九州市立・松本清張記念館
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 松本清張記念館(公式ページ)

 この記念館を訪れたのは2006年の8月だった。「北九州の旅:松本清張記念館」に詳細を掲載した。だから今回は全般的なことには触れない。何度も通いたくなる博物館として再掲したわけだ。

 下記の写真で分かるが松本清張さんは相当な資料を収集されていた。中でも書籍・文献以外の古物、遺物に対しても、長い手が届いていたことがよく分かる。清張さんが骨董趣味かどうかは知らないが、骨董店が小説に出てくる作品はあった。『火の路』では奈良の町の骨董店が鮮明に浮かんでくる。先回は気付かなかったが、受付の右側にはご自宅の庭にあった東大寺の古い礎石が見えた。

 ところで、記念館の主客が松本清張という作家である故に、文献資料の扱いは丁寧だと思った。読書室があり、その横の「情報ライブラリィ」では、

  清張全仕事: 全作品、全著作のデータベース・リスト表示・詳細情報・タイトル検索。
  収蔵品一覧: 原稿・地図・書簡・写真・書画・美術品・家具調度品・愛用品。
  清張の書庫: 書庫に収蔵されている全書物のタイトルが一覧できるデータベース。
           書庫、書架別にリスト表示。
  昭和事件簿:『日本の黒い霧』『昭和史発掘』の中でとりあげた事件についての解説。

 ~などがPC端末を使って利用者の手によって扱える。
 また、再現書庫は、先回も今回も穴があくほどながめていた。もちろん一々の書籍、古典籍がどうなのかよりも、書架と書架の間を普段着の清張さんが歩く姿を想像しながら眺めていた。それがご本人だけなのか、書生さんか、秘書さんか、だれかは分からない。しかし、たしかにその書庫の間や書斎を清張さんが歩く姿を見ていた、……。と、博物館の佳さはそういうリアルな再現力にあると思った次第である。

 帰りがけに、館報に該当する気に入った刊行物を数冊買ってほっとした。普段入手しにくいものを手に取ると緊張がとれる。
 私が思ったのは、これからはきっちりと記念館の特別展を把握し、折あれば再訪したいということだ。特に古代史関連の催しには興味が湧く。京都からは離れていても、そこでしか見られないものが確かにあるはずだから。
 記念館を出て、後ろを振り返ると、小倉城の石垣と記念館の石垣とが上手に溶け合っていた。この記念館を見る限り、松本清張という作家は、故郷を喪っていなかった人だと独りごちた。

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2.北九州市立・文学館
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 北九州市立文学館(公式ページ)

 文学館は松本清張記念館からは道を挟んで数分のところにあった。というよりも、(北九州市立)中央図書館とは入り口が背中合わせになっていた。目当ての文学館は巨大なドーム状の建物なので、普通に見える図書館やその他施設とはつながっていて、いわゆる複合施設館なのだろう。
 もとより図書館の方が入りやすかったので、先に図書館を覗いてみた。施設の創建年が佐賀県立図書館よりは新しいと思えた(笑)。しかし閲覧室で読書するつもりはなくて、ざっと見回して簡易レストランを見つけ、さっそく中に入り、熱中症予防の茶水を補給した。中ではお弁当を食べている人や、勉強をしている人、ジュースを飲んでいる人、みんなくつろいでいた。

 文学館は博物館だから入場料が必要だったが、松本清張記念館に入館したときに共通券を購入しておいた。入ってみると、来客はほとんど無かった。写真でわかるようにただただ広大な空間が広がっていた。私はこういう空間こそ、建物としての博物館や図書館にとって、今後重要な意味を持つと考えているが、地元の人達や来館者がどう思うかは知らない。「仕分け人」が見れば、無駄と思うだろうか? 私はそうは思わないが、今の世間の考えで、これを無駄と思う人がでてきても致し方なかろう。本当は、無駄と言えば高級とりの国会議員の数や、TVの無駄番組や、無駄無駄恣意事の多さ、世間は無駄の集合で成り立っている。大好きな新幹線も、10分おきに走っていなくても大丈夫なのだが~と、話がそれてきた。

 要するに、文学館は人が少なくて快適だった。
 私は、こういう施設を持った北九州市の懐の深さを味わった。特に館内の「自分史ギャラリー」などに、現代と近未来の高齢化社会における生涯学習館の可能性を味わった。講演会・講座・イベントもあって、それ用の空間も館内にあった。

 結局私には、北九州市がほこる近代文学者のことはよく分からないが、地元に関係ある旧い文化人のために、このような殿堂をもうけ、市民が参加できる仕組みを作ったのは、良いことだと思っている。鴎外がいて、松本清張が、火野葦平が、林芙美子が~。小倉はそういう土地柄なのだろう。

 寺社仏閣、特に旧い神社や鎮守の森、そして現代の公共施設、お城、県立・市立中央図書館、博物館、公園、……。こういう確かな建物、空間の確保整備こそ、今後の我々の生きるよすがとなる。人は、仮想世界だけでは生きられない。~と思って小倉駅までタクシーを奮発し、よく冷えた「のぞみ」の窓際に席をとり、隣席を京都駅まで一人占めにして、夕方には無事帰還した。
 (のぞみ号は比較的込んでいたから、ずっと一人席は幸運だった。しかし広島、岡山駅に到着するたびに、誰か座るかな? と不安におののいていた。夏は二人がけが暑苦しい)

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受信: 2011年9月18日 (日) 07時50分

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