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2011年8月28日 (日)

NHK江(33)徳川の嫁:三成という人

承前:NHK江(32)江戸の鬼:秀忠の正体

 石田三成という人は、五奉行筆頭でしたが、加賀の前田さんが亡くなった後、秀吉子飼いの者達から屋敷を囲まれました。三成は頭のよい能吏だったからでしょうか、朝鮮戦役で苦しんだ大名たちからは疎まれ、憎まれたわけです。ドラマでは秀吉の軍師だった黒田官兵衛が三成に「人の心が分からぬ人だ」と言います。

 現代でも一般に頭の良い人に見受けられます。順風満帆、幼少時から青年期をへて社会の中枢にたどり着いた人の中には顕著に見られる一種の障碍です。つまり他人の心、悲しみや苦しみが分からない人です。カニは甲羅に合わせて穴を掘るたとえからすると、秀才は秀才の目線でしか世間も人をも理解できないわけです。しかしわからなくても、能力だけで世間を動かす人がいます。

 この石田三成というひとは、昔から毀誉褒貶、落差がはげしくて、よく分からないところもあります。秀吉にとってはよき相談相手だったでしょう。イノシシ武者ではない三成は、複雑な計画をたてて執行するにはなくてならない人材だったと想像できます。

 今夜、屋敷を囲まれた三成は結局、家康の懐に飛び込みます。この事情はいろいろあるでしょうが、徳川屋敷が現代の乃木神社のあたりで、その南に三成屋敷があったというのですから、塀(さしずめ現代のJR奈良線でしょうか)を乗り越えて夜陰に紛れて逃げ込んだのかもしれませんね(笑)。でないと、屋敷を囲まれたら徳川の居所が遠ければ、そこへ行けません。

 後の関ヶ原の戦いも、西軍として東軍を越える兵力をあつめたのですから、三成がただの嫌みな能吏にすぎなかった、と思うのは早計です。関ヶ原の戦いは、結局、三成・西軍の方に勝算があったのですから、人望がないというのも、割引しないと駄目でしょう。大谷刑部吉継の助力とか、島左近という有能な部下がいたのですから、もしも三成が勝利していたなら、また評価も変わったかもしれません。

 歴史はつまるところ勝利者が記す物です。嘘とかペテンではなくて、勝利者は勝利者の目線から物事をみるということに過ぎません。破れた三成が、なぜ敗れたかは、人望がなかったから、と結論をだすのが勝利者の客観です。

 さて。
 江戸の江さんは、珠という女児を産みます。
 しかし心中は姉の豊臣と、舅の徳川が争う予感にはらはらしています。次姉の京極家では、徳川から城を修復してくださいと、膨大な金子を送られて、初の旦那が困っています。この初の旦那の姉が、故秀吉の側室だったわけです。

 ドラマは、江戸での江のエピソードが当面は秀忠の乳母との争いに終始し、事件もなさそうです。難しいところです。


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↑佐和山城跡

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