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2011年7月11日 (月)

小説木幡記:夜間室温31度とは

0aimg_5772 午前4時ころに室温をみたら、31度cだったので、慌ててクーラーをいれて窓を閉めた。熱帯夜は、余はまだ耐えられるが(高齢者の脱水症状が怖いがのう)、ハルキ猫君が寒いノルウェー原産やから、ここ数週間かわいそうでならない。ノルウェーの森なんてきっと夏がなくていつも氷点下世界なんじゃろう。そんな中で女王さまの橇を引っ張っていたというハルキ猫君のご先祖は、耐寒性は高度でも、耐熱性はないと想像しておる。

 とは言ってもここは日本。少しは慣れてもらわないと困るわけやが、それにしても深夜極早朝に30度cを越えるとは、難儀な日本になってしもうた。宇治川が近所なので、その気化熱からしても、もう少し低くてよかろうが、ほとんどの家が深夜にクーラーを稼動させておると、その熱は相当なものとなり、およそ人の住まいするところ近辺は、温度が数度高いのかな。

 ただし。
 余は比較的汗もかかず、暑さも寒さも、口でいうほどこたえてはいない。それが近頃は世間で、体温調整鈍さの証として、危ないといわれておるが、幼少期から冷暖房の洗礼を受けていぬから、四季とはそういうものだ、と身体に刷り込まれているかもしれない。そして、比較的身繕いには無頓着で、夏も冬も不自然な服装は無意識に避けていた。たとえば小泉首相が政界に生まれる前から、夏のネクタイなんて、想像を絶するバカ話だったし、冬はジャンバーを着たまま机にかじりついておった。

 よく、服装で人を鑑定する人が多いが、それは正しい。ただし、余はまるで逆の判定する。真夏のスーツ姿をみると、瞬時に「このバカ」と感じ、次に「そこまでクーラーをガンガンにして身繕いしないと、世間で生きられぬか、ふん、弱い男よ」と、顔には出さず目で語りかけてきた(爆)。
 ただし、例外もある。
 福田恆存(ふくだ つねあり)という文藝評論家が、真夏でも黒っぽいスーツを着ていた姿は、実際にも三輪山で見かけたが、この先生の生き方からすると、それでよし、とうなずいた事例もある。こういう事例は世間に合わせてじゃなくて、ご自身に合わせてとなるから、どうであっても自然よのう。

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