小説木幡記:暗闇に溶けて安らぎ
休日の夕方に、なにもすることがなくて後は風呂か食事か大河ドラマか、と思うだけの逢魔の時に、考え込むのは「闇」なのだ。
何もしたくない、どこにも行きたくない、考えたくはない、人にも会いたくない、ただじっとしていたい。やがて闇にこの身を溶け込ませてしまいたい。部屋も世間も世界も真っ暗にして、ひっそりと横になっていたい。
と、この気持ちを後で思い出すと、随分退嬰的というか、生ける屍状態というか、明るさの無い薄命で薄明の人生なのだなぁ、と呟いてみる。
~、とそれは本当でもあり、また別の世界観もある。
そして。
闇に身を溶け込ませてしまいたいという、なにか、根源的な欲求だけはずっと正しくあった。気の迷いでもないし、記憶間違いでもない。ひたすらそう思って、現在にいたった。
だから、葛野の新築棟の新しいエレベータに乗ると、神経がひりひりする。おそらく医学的な実習を兼ねてばかでかいベッドごと上下できる、要するに病院のエレベータに近いものなのだ。これが、ものすごく明るい。鏡付きでビデオカメラ付きなのだ。
この中に一人で入ると、全身身ぐるみはがされるような、恐怖感に襲われる。それに、まぶしいのだ。自らの醜悪な面をすべてさらけ出されて引きずり出されて、それを監視カメラで見られているような気分になる。
~
いかん。
このように、エレベータに乗っただけで動悸がはげしくなるのは、きっと神経を病んでおるのだろう。
こまった、事じゃ脳。
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