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2011年6月20日 (月)

小説木幡記:黄昏れに還る

Mudsc00019 タイトルを書きながらとてつもなく深い懐かしさをあじわってしまったので、ふと考えをめぐらすと、これは故・光瀬龍さんの世界なんだと、思い出した。今調べたら、ハルキ文庫で「たそがれに還る」があった。

 光瀬さんは余の世界観というか、世界に対する感じかたの30~40%の影響源である。18くらいからだから遅読みだったが、結局光瀬さんの描いた世界を心の中にもったまま、成長し、やがて老いに至った。ずっと前に、いまから十年も昔に、光瀬さんは71歳ほどでなくなられていた。比較の問題だが、勝手に比較すると(笑)、最近も小松左京さんの元気なメッセージを雑誌で読んだ。光瀬さんは若く逝きすぎたなぁ。

 今日も黄昏から闇に移る微妙な時間帯に、木幡研に帰還し、パジャマに着替えてベッドに仰向けになって電気を消した。部屋の中の闇がすぅーっと余の脳に染みこんできた。余は目を閉じた。いや、閉じては居なかったのか。闇で脳がひたひたになると、目を開けているのか塞いでいるのか、それは無関係になってくる。

 その闇の中で少年時や青年時のことを断片的に思い出していた。よく、いままで生きてこられた、というのが深い深い思いとなって胸にこみ上げてきた。弱い人間だった。世界にそのまま接する時間が長くなると、皮膚が赤くなり、脳が疲労困憊するのがよく分かった。青年時、30に近くなっても、年に数回は夜中に突然起き上がり、この世の終わりのような絶叫を上げ続けていた。その絶叫に自ら覚醒した。おそらくなにかこの世界と折り合いを付けるのが、本当に苦痛のまま、幼年期、少年期、青年期と生き続け、壮年期になってやっと少し落ち着いてきたようだ。

 よく、いままで生きてこられた。
 そして。
 この世は楽しみが山のようにあって、それを味わうには身体や心が二つ、三つないと味わい尽くせない、~。
 それが今の気持ちなのだ。

 さて、起き上がって電灯を付けてご飯をいただいて、PCメルでも眺めてみよう、ぞgemini

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