小説木幡記:論文の季節
まだ六月下旬だが、気温の上ではすでに盛夏に入ってしまった。夜もふと目覚めると熱帯夜である。今朝極早朝の部屋の温度はクーラーコントローラーで28度c、室温計では31度cだった。センサーの床からの高さによって違いがでるのか、どちらかの温度計が狂っているのか、それは分からないが、実質30度c前後の体感だった(室温計での湿度は68%)。
夏が来れば思い出すぅ~。夏季論文の季節だ。
最近の大学関係者は教育(授業)と会議に追われて、しっかり事の本質を考える「研究」に埋没することが出来ぬ。以前は「嘆かわしい時勢なり」と嘆いておったが、それを改良して牧歌的な古き良き大学生活を取り戻しても、みなみながゆとりを研究や教育に専念投資するとも思えぬ(邪笑)。それこそ、余も含めて自戒の、小人閑居して不善をなすたとえが当てはまってくる可能性も無きにしあらず。
などと。
基本的に人は所与の環境に順応する能力を求められる。世間が世知辛くなっても、自分までそうなる必要はないが、少なくとも世間が世知辛いと認識することは大切だな。
ということで、世間は大学教師に研究なんかもとめてはいないという現状認識を持っても、自分まではそうなる必要がなく、余は夏になると「ああ、そうだ、夏季論文を書かなくては」と思い出す。
今夏は『戴冠詩人の御一人者』の絵解きとあいなる。
書名評論以外にも、「大津皇子の像」とか「當麻曼荼羅」など珠玉の小篇があり、このMuBlogでも時々感想を述べたくなる。今夏、軽やかに、読み解ければそれでよし。
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