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2011年5月28日 (土)

小説木幡記:早朝の国道

Simg_4314 自動車で葛野に行くときは、国道24号線か、国道1号線のどちらかを使って、京都を北上する。前者は大学生のころからバイクで走り回っていたので、なにかしら懐かしく、落ち着いて走れる。ただ、制限時速40のところが多くて気を抜けない。今乗っている自動車は、大衆車だが随分気に入った三代目のトヨタ・ビッツRSである。時速80ほどの感触が昔の時速40程度だから、常にメータを見ないと危ない。要するによく走る現代車での時速40制限は苦痛である。

 一方、国道1号線は、午前七時までは時速60なので、これはよく走れる。午前6時台の停滞はないが、さすがに1号線らしく、自動車が途切れることはない。純粋に走る分には高速道路なみの快適さだが、みんな走るばかりでおもしろみがない。要するに国道沿いの店舗の看板が、どう見ても蓮っ葉な感じがするのだ。もう少しシックな看板にすればよいのに、といつも思う。

 1号線にするか24号線にするかは、桃山南口の信号待ちの数秒で決まる。一般に気分が重いときは直進して桃山御陵を通り、JR奈良線をまたいで、御香宮で右折して24号線に入る。このルートはほっとするのだ。葛野まで早朝で50分。

 気分が軽いときは桃山南口で左折してずっとずっと直進し、24号線をまたいで、いつか1号線にぶつかるので右折北上する。おもしろみのない国道だが、午前6時台だと葛野まで30分と少しで、随分効率的だ。
 帰路はいつも1号線だが、大体70分かかる。往路の2倍だ。道路というのは鉄道に比較して、到達時間はまるっきり当てにならない。

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コメント

懐かしいですね

 1号線と24号線。
まことに懐かしい言葉の響きです。
それらを使って毎日のように木幡から葛野の往復をされておられるようで。

 記事を拝見して、さて記事のルートはどうだったっけとグーグル・マップに聴きました。
懐かしくて楽しい時を過ごすことが出来ました。
京都にいたときの1号線は京都東から五条通りになり堀川通りを南下して九条通りまでで記憶から消えます。
九条通りから西へ向かうとき171号線になるのですなあ。

 24号線は京都から南へ、奈良とか和歌山とかへの道でした。
あと日本海側へ抜けるときは五条通りを西へ葛野を通り過ぎてずっと行くと9号線になりますよね。

 1号線、24、171、9号線、この4つの言葉は自動車部時代、毎日のように聴いていたような気がします。

投稿: ふうてん | 2011年5月28日 (土) 13時36分

ご同輩
 1号線、24号線、171号線、9号線(五条通り)、それぞれが今も走っていて、懐かしい国道達です。
 我らが青春時のまだ昔に、TVで「ルートなんとか」とかいうアメリカドラマがあって、それをよく見ていました。「ルート」とかいうカタカナ用法はそのドラマで覚えました。

 Muはそのころ嵯峨に住んでいましたから、171号線経由で万博へ行ったことも覚えています。あと、大山崎、高槻、茨木くらいまではよく走りました。しかしこの道路は複雑に思えて間違えやすく、その先は気がついたら神戸の2号線ということがよくありました。

 逆に、日本海側は9号線よりも、滋賀県琵琶湖に出て、西の通りを北上するか、あるいは東側の8号線で鶴賀に出たこともあります。

 ええ、そのころはオートバイでした。アラビアのロレンスを真似していたのでしょう(爆笑)。青春ってーのは、まことに、実に、危うくて馬鹿馬鹿しい一面がありますな。これらの道路を、ただガソリンをまき散らして疾走しておったわけです。なんの目的もなかった、あはは。

投稿: Mu→ふうてんさん | 2011年5月28日 (土) 18時16分

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