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2011年5月29日 (日)

NHK江(20)茶々の恋:人のこころごころ

承前:NHK江(19)初の縁談:信長の姪というブランド

 たしかにここ一ヶ月は茶々と秀吉との複雑な関係が続き、感想文も満足に書けない状態でした。幼少より私は鈍いところがあって、大体人のこころ、特に女性の心は分からないままに過ごしてきました。しかしそれは男心も時々読み違えをして失敗するのですから、要するに私はこの「こころ、こころ」が苦手なのです。

 とはいうものの、今夜茶々が「両親の仇じゃ」と泣きながら、秀吉の胸に抱かれた姿を見て、ドラマとしての一つの感慨を得ました。これまでの太閤記のすべてを見知っているわけではないのですが、茶々と秀吉とは、いささか高慢な超絶美貌の女性に対する権力欲と政治力を持ったサルの、無理強い関係としか思い浮かばなかったのですが、このたびは、二人を年の差はあるとしても、お互いに惹かれる美女と野獣の愛として描いています。ドラマ造りの上手さでしょうか、それがうまく描かれていることに感心しておりました。

 一方、主役の江はそういう姉の気持ちとか、養父秀吉の気持ちをどうしても理解出来ません。というか、最初から理解したくない、物わかりの悪い女性として描いています。側室の京極さんは江の話を聞いて(茶々が、側室と戯れる秀吉をしばきたおした)、瞬時にすべてを理解しました。男女の機微とまで言わずとも、こころこころで痛い思いや痛快な思いを経験した者には、江ほど物わかりが悪くなることは無いです。しかし、ここで茶々と江とを対照的に描き分けることで、ドラマツルギーがくっきりとしてきました。

 一番、「役者だなぁ」と思ったのは、北の政所さまの表情でした。役者はセリフや大きな所作だけでなく、ちょっとした目の動きや口元の変化で、鬱とした、二律背反する気持ちを表現できるということが、ここ数回の大竹しのぶさんの演技で明瞭にわかりましたね。考えて見れば、関ヶ原の戦いの後も、大坂の陣を横目で見ていた豊臣家最大の功労者が、江戸幕府の時代になっても、京都高台寺で秀吉の菩提を弔いながら充実した生涯を終えたというのは、やはり謎です。北の政所、家康・秀忠、江、この間にはどのような話があったのでしょうか。後日の楽しみです。

 ドラマで話題になった北野大茶会が行われた場所は、京都でも西の境界線、西大路通りに近いところです。丁度京福電鉄の終点駅があります。私が嵯峨野高校に入学したときは京都府の都合で、このあたりからの入学生も多くあって、私の住まいは嵯峨なのに、友人達は天神さんの近所の者が多かったのです。

↓地図・北野天満宮

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承前:NHK江(20)茶々の恋:人のこころごころ  なんとも難しい内容が続きます。三姉妹は、両親とともに福井の城で自刃せずに、仇の秀吉に救われたがために、一方で絶大な身分・経済的待遇を受け、他方、考えようによっては地獄の苦しみを味わいます。  もちろん織田さまの姪御さんであるとは、むしろ織田家跡継ぎの男子たちよりも価値があったのでしょう。それが政略結婚と言えば身も蓋もないのですが、現代風に言えば、... [続きを読む]

受信: 2011年6月 5日 (日) 19時53分

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