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2011年5月31日 (火)

小説木幡記:やや専門的(おたく世界的)な話

Simg_54991.BackmannのOn30-DCCやHO-DCCのアドレス変更
 これまで図書館列車用に収集したDCC動力車はデコーダ(車両搭載中央制御装置)がすべて米国digitrax社製のものだったので、アドレス(車両番号)などを手持ちのコントローラで自在に変更できた。つまり、KATOのDCC基本セットでうまく処理できた。
 しかしBackmann社のDCC搭載済み廉価モデルは、それがうまく行かないと事前にネットで調査してわかった。だが、Backmann社のモデルは形といいい価格といい、非常に手頃なモデルだったので、一晩考えた。

 結論がでた。
 以前入手した、永末システムのDP1(赤い箱)ならどうだろう、と推測したのだ。というのも、Backmann社搭載のデコーダはドイツ・レンツ社の廉価版で、これが2進方式でしか調整できないもので、あいにくKATOの制御セットでのアドレス指示は10進方式なのだ。なれど、赤い箱・DP1は優れたDCC制御装置なので、出来るはずだと想定した。
 
 届いたBackmannの車両をDP1でアドレス変更をしたら、一瞬でできた。
 余は、痛切に、我が国の優れた技術を再認識し、感動を覚えた。

2.ubuntuでのLazarusはFPC(Free Pascla Compiler)ソースを別にインストールする必要がある
 Pascal系の統合開発環境として無料のLazarusがある。これを以前のDelphiのように軽快に扱いたくおもっていろいろ経験してきたが、そこで気付いたことをメモしておく。
 これまでLinux(ubuntu)と、Windows7に導入したのだが、特にubuntu上ではFPCのソースファイルを別途ubuntuソフトウェアセンターから無料ダウンロードした方がよい。

 というか、それで警告が消える。
 実にあっけないことで、ubuntuソフトセンタにはいったら、「FPC」というキーワードでダウンロードファイルを検索し、数点出てきた中から、「ソースファイル」を指定するわけだ。
 これですっきりした(笑)

3.「戴冠詩人の御一人者/保田與重郎」の分析は一巻として見る
 現代評論(といっても昭和)や現代小説短編集は、一定期間、一定趣旨で書かれた小作品を集めて、総合的タイトルないし、代表作品のタイトルをつけて、一本・一巻として扱う。この夏にテキスト解析する評論は、余がこれまで扱ってきた長編評論に比べると、作品の範囲が広い。これを、どう解釈しながら、接していくのかという立場を定めておく必要がある。

 その世界(笑:最近身近に、ファンがまだまだ居ると知った)では著名な「緒言」を含めて11編の評論から成立している。代表作品は日本武尊を描いた「戴冠詩人の御一人者」だが、他に「大津皇子」があり、「雲中供養佛」「更級日記」「建部綾足」と、それぞれが独立世界を構築する大テーマである。中でも3つの小編からなる「明治の精神」が難物なのだ~。

 一時期は、緒言と、余の志向がもっとも強い倭建命(日本武尊)に集中する考えも持った。なぜかというと、余の保田アクセスで一番強いルートがこの薄命の青年皇子の生涯・物語だったからだ。これは小学校ないし中学校の国語で学んだ、やまとはくにのまほろば以来のことだ。

 しかし。
 現在は、あくまで一本として扱うことに決めた。事情は実に単純で、すでに『後鳥羽院』でも幾分体験したことだが、保田が一本として上梓したことは、これを読んだ当時の人や、余にとって、『戴冠詩人の御一人者』とは、緒言以下10編の珠玉のような評論集なのである。人々は一巻として味わい、そこに作者の想いを越えた世界がすでに成立しているからなのだ。

 分析と総合とは往還するものだ。
 評論集を分断し、ひとつひとつを見ていても、そこにとどまるならば、それは萬葉集の一歌にこだわりすぎて集を見失うのと同じ危うさがある。

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2011年5月29日 (日)

NHK江(20)茶々の恋:人のこころごころ

承前:NHK江(19)初の縁談:信長の姪というブランド

 たしかにここ一ヶ月は茶々と秀吉との複雑な関係が続き、感想文も満足に書けない状態でした。幼少より私は鈍いところがあって、大体人のこころ、特に女性の心は分からないままに過ごしてきました。しかしそれは男心も時々読み違えをして失敗するのですから、要するに私はこの「こころ、こころ」が苦手なのです。

 とはいうものの、今夜茶々が「両親の仇じゃ」と泣きながら、秀吉の胸に抱かれた姿を見て、ドラマとしての一つの感慨を得ました。これまでの太閤記のすべてを見知っているわけではないのですが、茶々と秀吉とは、いささか高慢な超絶美貌の女性に対する権力欲と政治力を持ったサルの、無理強い関係としか思い浮かばなかったのですが、このたびは、二人を年の差はあるとしても、お互いに惹かれる美女と野獣の愛として描いています。ドラマ造りの上手さでしょうか、それがうまく描かれていることに感心しておりました。

 一方、主役の江はそういう姉の気持ちとか、養父秀吉の気持ちをどうしても理解出来ません。というか、最初から理解したくない、物わかりの悪い女性として描いています。側室の京極さんは江の話を聞いて(茶々が、側室と戯れる秀吉をしばきたおした)、瞬時にすべてを理解しました。男女の機微とまで言わずとも、こころこころで痛い思いや痛快な思いを経験した者には、江ほど物わかりが悪くなることは無いです。しかし、ここで茶々と江とを対照的に描き分けることで、ドラマツルギーがくっきりとしてきました。

 一番、「役者だなぁ」と思ったのは、北の政所さまの表情でした。役者はセリフや大きな所作だけでなく、ちょっとした目の動きや口元の変化で、鬱とした、二律背反する気持ちを表現できるということが、ここ数回の大竹しのぶさんの演技で明瞭にわかりましたね。考えて見れば、関ヶ原の戦いの後も、大坂の陣を横目で見ていた豊臣家最大の功労者が、江戸幕府の時代になっても、京都高台寺で秀吉の菩提を弔いながら充実した生涯を終えたというのは、やはり謎です。北の政所、家康・秀忠、江、この間にはどのような話があったのでしょうか。後日の楽しみです。

 ドラマで話題になった北野大茶会が行われた場所は、京都でも西の境界線、西大路通りに近いところです。丁度京福電鉄の終点駅があります。私が嵯峨野高校に入学したときは京都府の都合で、このあたりからの入学生も多くあって、私の住まいは嵯峨なのに、友人達は天神さんの近所の者が多かったのです。

↓地図・北野天満宮

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小説木幡記:Pascalの本や鉄道アミューズメントの本、ときどきフライシュマンのHOゲージ

↓写真は本文と無関係です。
Simg_4100 昨日の土曜日に町にふらりと出かけ紙図書二冊を入手した。

 ついでに、ドイツ製車両の中古品も見つけ7000円で購入した。フライシュマン(Fleischmann)という会社のHOゲージ。貨物と車掌室が一緒になった車両で、詳細は調べないと分からない。似た車両が欧米のネットでいろいろあったが、新品は50ドル程度なので併せて100ドル。7000円というのは中古として妥当なものだろう。
 一両は車輪が3軸と、初めて見た珍しいものだった。余はこの手の車両を、{司書室+書庫(閲覧室)}という典型的な図書館列車に改造するため、見つけると手を出す。日本では、KATOのヨ8000(HO)がお気に入りなのだ。
 ただし折角入手したヨーロッパ・ドイツのHO車掌貨車をカッターナイフで削り、ドリルで穴を開けて、原色塗りするのは気が引ける。おそらく数年後になるだろう。

 紙図書の2冊は、奥付発行年月は2011年6月とあり、今はまだ五月なので近未来的だ(笑)。要するに余は一応専門書コーナーでトレトレの紙図書に遭遇したわけだ。

1.やさしいPascal入門/土屋勝(カットシステム)
 この世界は、Delphi もPascalも世間一般からするとほとんど化石化したプログラミング言語扱いをされておる。余は心底、そういう風潮を憎む。しかしその余であっても、書店に行ってプログラミング言語棚をみた実情は、PythonとかJython(金曜日のジェイソンではなくて、ジャイソンと呼ぶらしい。しかし欧米でジェイソンという人は、日本の貞子(ホラー小説、映画)とか珠美(ホラー漫画)と一緒で、結構苦労なすっておられるだろうな、と同情)の参考書を探している間に、ふと目に入った「Pascal」なので、それを求めて行ったわけではない。内心「もう、復活しない言語かなぁ~」と諦めていた。

 内容はたしかにPascal事始めなのだが、実はFree Pascalと、それを自由自在に操る環境「Lazarus:ラザラス」を無料でダウンロードし、日本語化し、使える状態にするという便利な教科書なのだ。使用OSは一応Windows(新旧ある)だが、もちろん、LinuxでもMacOSXでも、それぞれダウンロードして、ほぼ同一の環境を無料で設定できる。

 無料にこだわった書き方をしたのは、実はDelphiの後継製品が10万円前後もするので、年金生活予備軍としては、どうにも手の届かない雲の上世界となってしまった。それに比較してシステム全体がフリー状態なのは実に心地よい。以前Linuxのubuntuに導入したが、少し引っかかりがあって眺める日々が続いていた。しかし昨日この図書を買ったおかげで、疑問が氷解した。ちょっとした楽しみは、MacOSXでも、来週葛野でやっておこう、~と快楽繁忙が重なる、のう。

 なんというか。
 実にわかりやすい解説で、ネットの種々わけのわからないオタク記事と比べると、「紙図書とはこうでなくっちゃ」と快哉を上げた。本当の意味で、情報学世界の入門者に最適だとおもった、ね。いわゆる、ケレンが無い。

追伸
 ただ。さすがにとれとれの書籍だけあって、インスツールの考え方として、独立したパスカル(free pascal)自体と、統合環境としてのlazarusとに、パスカルの仕様上ずれがあって、多少混乱した。コンパイルすると、FPCが古いと、叫ぶわけだ(笑)。この解消は、著者が解決するだろうが、一番わかりやすいのは、lazarusという統合環境だけをインストールすれば、うまく行く。いや、もちろん余の誤解かもしれないが、余は最初に入れたfree pascalを削除して、再度lazarusだけをインストールしたら、うまく行った。この世界では、余は「うまく行ったら、それでよし」という実利を重んじてきた。

2.全国鉄道アミューズメント完全ガイド(講談社)
 余は根が堅物なので(爆)、いっぱんに「アミューズメント」とかいうカタカナをみただけで、アウトオブ眼中、切り捨てる。そんなもん、この世全体がお楽しみ世界と思っておる余には、ことごとしくアミュズなんて言葉を使う連中の言うことは無視してきた~しかし。

 この図書はよくできた秀作紙図書だと思った。上述のPascal新教科書と同じくらいの重みを持った紙図書だ。要するに日本全国の巨大博物館、田舎資料館、都会の大・模型店、田舎の小商い模型店にいたるまで、特徴あるジオラマや車両や鉄道関係グッズを見せたり販売している施設を、網羅的に編纂したものなのだ。意外に、温泉旅館やホテルまで含まれていて、日本での「鐵」世界の広がりを痛感した、のう。

 さわりだけ記すと。
 日本三大鉄道ジオラマには、わが近辺の「トロッコ嵯峨駅」も含まれておった。この2階にすばらしい模型店が出店しているとまで書いてある。詳しいな。他には、さいたまの鉄道博物館(昨夏見学した)と、名古屋のリニア鉄道館(いずれ、行くぞぉ)。(で、今年から数年後にかけて、横浜市や、あるいは京都市梅小路に巨大なジオラマ世界が展開する話は未然のことだ)

 神奈川県湯河原の西村京太郎記念館には、ジオラマ内連続殺人事件現場もあるとのこと。ああ、行ってみたい脳。近所の奈良には、シルクロードの終着点というビュッフェ・バーが大仏さんの近所にあるらしい。静岡県から愛知県には大小さまざまな施設があって、読み応えがある。

 ともかく200ページ弱の横長カラー冊子に、47件の詳細記事があるから、一件あたり見開き4ページ平均となり、カラー写真と解説に読み応えがある。すばらしい紙図書だ、うむ。

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2011年5月28日 (土)

小説木幡記:早朝の国道

Simg_4314 自動車で葛野に行くときは、国道24号線か、国道1号線のどちらかを使って、京都を北上する。前者は大学生のころからバイクで走り回っていたので、なにかしら懐かしく、落ち着いて走れる。ただ、制限時速40のところが多くて気を抜けない。今乗っている自動車は、大衆車だが随分気に入った三代目のトヨタ・ビッツRSである。時速80ほどの感触が昔の時速40程度だから、常にメータを見ないと危ない。要するによく走る現代車での時速40制限は苦痛である。

 一方、国道1号線は、午前七時までは時速60なので、これはよく走れる。午前6時台の停滞はないが、さすがに1号線らしく、自動車が途切れることはない。純粋に走る分には高速道路なみの快適さだが、みんな走るばかりでおもしろみがない。要するに国道沿いの店舗の看板が、どう見ても蓮っ葉な感じがするのだ。もう少しシックな看板にすればよいのに、といつも思う。

 1号線にするか24号線にするかは、桃山南口の信号待ちの数秒で決まる。一般に気分が重いときは直進して桃山御陵を通り、JR奈良線をまたいで、御香宮で右折して24号線に入る。このルートはほっとするのだ。葛野まで早朝で50分。

 気分が軽いときは桃山南口で左折してずっとずっと直進し、24号線をまたいで、いつか1号線にぶつかるので右折北上する。おもしろみのない国道だが、午前6時台だと葛野まで30分と少しで、随分効率的だ。
 帰路はいつも1号線だが、大体70分かかる。往路の2倍だ。道路というのは鉄道に比較して、到達時間はまるっきり当てにならない。

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2011年5月27日 (金)

小説木幡記:物欲から遠く離れて

Aopimg_5536 このごろ物欲が薄くなってきた。その代わりに、いわゆる惰眠をむさぼる欲が強くなってきた。惰眠だけじゃなくて、美味しいもの、よい景色、面白い図書や映画~そういうことへの気持ちがとみに高まってきた。もちろん書痴やシネマ耽溺者にとってはそれらを買ったり(図書やDVD)見たりすることが物欲なのかもしれないが、余の場合には、図書は古くからもっているもの、映画は映画ライブラリーが木幡研にあるのと、近頃のBSプレミアムとかいう番組などでまかなっておる。

 若い頃はあれが欲しい、これも持っていたい、だけどお金がない~、そういうストレスが相当に強くあって辛かった。よくしたもので、年齢とともに~が欲しいという気持ちが薄れていって、楽になる。この楽な気分の脳素を抽出して、狂える若者達の脳に注射してやったら、彼ら彼女らももうすこし楽な毎日を過ごせるであろうに、脳。

 さて。しかし。
 毎日、清浄な朝の寺社仏閣を写真に撮りたいと思った写真家は、贅沢にも奈良に居を構えた。贅沢にも三輪山の朝夕を拝みたいと思う余は、纒向あたりに居を構えたいと、思うこともあるが、あそこは発掘現場なので、せいぜい京都市右京区の風致地区で清浄な大覚寺近くに庵を設けたいと、思わぬわけでもないが。いやはや、つまるところ、あの廃線をあるいてみたい、あそこに住んでみたい~してみたい、と思う心が愉しみになるのだろう。物欲は衰えても、生活を快適に美的にしておきたいという気持ちはまだまだある。

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2011年5月26日 (木)

小説木幡記:スマホが欲しい病気と買わない理由

Simg_5503 このごろ近辺の倶楽部員達や、巡回の受講生達が、熱心にスマホと戯れておる。女性は一般に機械物、マシンものが好きではなさそうなのに、スマホは別扱いだ。というよりも、コンテンツ(通信や記事内容)重視かな?

 余の知り合いのmorio君もこういう世界が好きなようだ。実は余も好きなのだが、スマホはまだ身につけていない。その理由をいろいろ考えてみた。まだスマホにしない理由だ、な。

1.長い人生の疲れ
 遅れた余でも、その時代時代の先端ものに飛びついた経験は、一度や二度ではない。しかしそのたびに新たな学習や修練が必要となり、そういうことの積み重ねがしんどくなってきた。これはここずっと新規友人というか知り合いを作らなかった(作れなかった)のと同じで、マシンも人も新規扱いはしんどい脳。それに比べて、古びた漬け物的時代遅れのシステムとか、あるいは古い人達とかとの付き合いは温泉気分だよ。

2.ちゃかちゃかと指先藝
 自ら顧みまするに、それほど不器用ではないと思っておるが、どうにも、あの例のケータイあやつる指先藝だけは見ていられないし、吐き気嘔吐感に襲われてしまう。人間がああいうちゃかちゃかした指先技に専念しすぎると、脳が萎縮して、第三の脳が指先に分散配置され、キーの配置だけを覚え、知能指化するのじゃなかろうか。それは良いのだが当然、大脳部分は欠損していくのがバランスだから、恐ろしい指先芸人世界になってしまう。ましてスマホにすると、ますますちゃかちゃか藝達者になるは必定。

3.電池が心配
 余の携帯は四年満期となったが、いまだに充電は10日に一回で済んでおる。忘れた頃に、電池表示が2/3なので、電池切れは一度しか経験していない。大昔、充電器無しで江戸東京博物館に行ったとき、2日目の博物館で写真や動画をガンガン撮っていたら、画面が薄くなってきた、そのくらいかな。しかし現代スマホは、満充電で家を出て、夕方頃には要充電と耳にする。昔のタバコじゃあるまいし、外に出るたびに「充電充電(灰皿灰皿」とキョロキョロするようで、嫌だなぁ。西部劇映画のように、電池帯(自動拳銃などの弾帯)をたすき掛けにして出歩くのは、あはは、変じゃ。

*.スマホにまだしない理由
 こんな記事書いて、明日からスマホにしたらお笑いだが~。
 要するに現代の携帯がまだ動いておるから、取り替えるのに心理的圧迫があるのじゃ。若い者らはケータイとスマホの二重生活者も見かけるが、お笑い人生に見えてしまう。余もその世界に突入する気合いを入れても良いのだが、まだまだ矜恃が邪魔をする、うふふ。落ちぶれ果てても、Muは旧人じゃ。旧人の生き方だけは知っており申す。古い男とお笑いでしょうがぁ~しばらく、ガラパゴス諸島に戯れましょうか。

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2011年5月25日 (水)

小説木幡記:月次な年次なかたぎの世界

Aopimg_3846 毎月きまった行事を月次というが、これは神社に参ればそれが書かれていて、決して「月並み」な話ではない。実は大学も毎年同じ行事があって、これも「年並み」なことではなく、毎年経験する学生は、それが初めてのことであり、指導者側(先生や職員や上級生だな)は、心をまっさらにして接する必要がある。

 ただ、月次(つきなみ)という字はあったが、年次(としなみ)という字はなかった。角川類語国語辞典で探してみたが、年中行事という類義語はあったが、これは年間通しての予定を意味し、それが毎年同じように繰り返すという意味ではなかった~

 そこで、余は困った。
 月次はあっても、日次(ひなみ)とか年次(としなみ)は無いのだろうか。文字はあっても、意味が異なる。困っておる。こういう難問は、図書館のレファレンス・カウンターで聞いて見ないと、答えは出ぬかもしれぬ。

 で、以上がまえふりなのだ。
 次が本論。

 毎年毎年、年々歳々、歳々年々、余は同じようなことを授業や活動で話し方針を示し、動いてきた。人は「それでは、進歩がない」と、安易に申すものもおるが(笑:余は進歩を唱える人達を、蔑視しておる)。原理原則をつかんだら、物事はほとんど自動的に対象自体の則(のり)で動いていく。余がうごくのではない。人や物事が動き出すという事じゃ。それは実に自然な風景である。その自然な動きを阻止して進歩させるのは、趣味としては良かろうが、公事としては博打に等しいことだな。

 昨今は、博打打ちが世間に多い。要するに、虚業だな。たとえばネットを使って株金儲けをしようだなんて、アハハッ! かたぎのもののすることじゃない。で、素人さんもそういう考えに染まっておる。これはよくない。みんなして、かたぎに戻ろうぞ。

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2011年5月24日 (火)

小説木幡記:毎日想うこと:ボンド水溶液、カタカナ。

Sagnojapanho_5360 毎日水で溶いたボンドを刷毛で丁寧に石膏面にぬり、そこに茶色や緑の色粉をさらさらとまいて、時々線路をこすって、皮膜になった飛散ボンド膜をこすり落としておる。毎日7:30~8:20、ずっとやっておる。時間とはこういう風に使うと、安定感が増す。その頃キャンパスは無人ではない。警備の人たち。テニスコートでトレーニングする中高生達。そして用務員の人達。文系の教授連は朝が遅いと言われるが、まず余は早い。他にも8時ころに出会う人もおる。何事も一概には言えぬ。

 昔から感じてきたことだし、近来ますます想うことの一つに、カタカナ・略語言葉がある。最近もよその、某講演会の中身が回覧されてきたので眺めてみたが(心身保護のために、読まない。眺めるだけだ)、中身の80%が意味不明のカタカナだった。こういう人は、自国の歴史、文化文明になんらの自信ももたず、ただ才あるだけで、軽佻浮薄な人生を送ってきたのだろう~と、想像した。自分の言葉を持たないのは奴隷だと想う。要するに、奴隷根性が蔓延しておる。むしろ、現地語(たとえば、米語とかフランス語、中国語など)で話して書いてくれた方が、自信をうかがえて安心できる。明治以来、一つの外来語(戦後ならカタカナ語)が日本語や日本の中に定着するには、なみなみならぬ努力があった。安易に未知の、不明瞭な言葉を文脈抜きで使うのはよくない。余は、カタカナ度によって人格識見を定める。40%を越える人士は、アホや。接触を持つだけで無駄無駄しく、損する。実にかんたんな、りとます試験紙であるな。しかし例外的に、電脳世界は、許しておる(笑)。いまさらMB:マザーボードやSATA3やUSBを伝統的日本語に変換するのは、難しい。余のMuBlog記事にも、時折全編カタカナ、わけのわからない記事がある。何事も一概には言えぬ。

 いつか熱心にまとめて読んでおきたい作家に、北森鴻がいる。2010年に50歳で亡くなった。時々手元の文庫を開いてみるが、蘊蓄あって、あっさりしていて、味わい深くて、上等だ。こういう作家が早く亡くなったのは残念だ。今、余のまくらべにあるのは『触身仏』(新潮文庫)だ。実によい。

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2011年5月23日 (月)

小説木幡記:深夜に目覚めて想うこと

Simg_5481 余の年齢というよりも、物心ついて以来、それは20前後からだが(それまでの物心(ものごころ)には世界と自分との対比が無かった)、ずっとなにかしら物思いにふけってきた。もう、習い性と言っても良かろう。そのことで良きこと悪しきこといろいろあったが、今に続いていて、それがことさら苦痛ではないということは、物思いにふけるのが余の基本性質、自然なのだろう。

1.記憶、生死
 たいしたことを考え込んでいるわけではないが、記憶、思い出や生と死。とくに生と死とはひっきりなしに考えてきたので、余は別の機会があれば宗教者になっておったのかもしれない。

2.生に伴う恐怖
 今の関心は、やがてくる「死」、残された「生」をどんな風に楽しむのか。あるいは、剥奪される人生。それは仕事をとられ収入を取られていく、そして近親知古の死によって、それまでの人生を引きはがされる恐怖だな。もちろん、生命体としての男盛り、人盛り時期を過ぎていくことによる、心身の機能低下への怖れも強い。

3.永遠の宗教
 神々の道に想念を飛ばすことによって、このような現身(うつしみ)の恐怖や悲嘆を、永遠の相の中に溶け込ませることができて、個々余の小さな悲哀が大きな何かにつつみこまれる。それが安心感をもたらす。もちろん多くの人にとって、それは教祖や先輩や教団(注:一般に社会や組織、会社官庁は教団だな)仲間との語らいによって、より強く結ばれていくのであろう。これは神道も仏者も似ているところだ。

4.ただの岩が磐座に
 余の場合は、他に教祖も教団も祭祀も必要とはしていない。それに類したものを求める時は、一人で山を拝み、一人で磐座(いわくら)に座り、一人で目を閉じて神々と語り合えばよい。逆に、なぜみなさんにそういう習慣が少ないのか、不思議に思うこともある。巨大伽藍も、多数の同行者も、それらが無くても目を閉じれば神々と交流できる。

余は無宗教者か
 ということで、無宗教無信仰と言われるだろう余の気持ちには、明瞭な神々がいて、話したくなればいつでも会える。だから、死や人生剥奪への恐怖や悲哀も、目を転じれば辛さが薄まっていき、やがて「ならば、生を愉しもう」と想うようになる。
 楽しみさえ忘れることがあるからだ。

 ぼんやりと机上で頬杖をついたり、ベッドから天井を眺めていると、その愉しみが極上のものになり、時々他の愉しみを忘れるということだ。
 酒やタバコに類した一般的強烈な楽しみはどれ一つ身近にないが、文学がある、読書がある、映画がある、ジオラマがある、創る楽しみがある。そして旅の愉しみがある。

最近開眼したこと
 木製のスッピンの小さな基板(60x30x2センチ程度)に、単純にニスを塗ったり、透明ラッカーを塗ったり、あるいは赤や緑の原色を噴霧して、シンプルな基台をつくる。
 漆のような深黒もよいな。
 そこにレールを直線で引いて、田舎風の機関車を置く。
 建物は、スッピンの駅舎だけでよかろう。
 川も山も木々も道路も、岩もなにもない。ただ黒い台に金属のレールがあり、そこをレトロな機関車が走る。
 こういうジオラマを創ってみたい。
 楽しみだ。

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2011年5月22日 (日)

NHK江(19)初の縁談:信長の姪というブランド

承前:NHK江(18)恋しくて:九州薩摩の島津・近江高島の京極

 茶々、初、江の三姉妹は確かに美貌姉妹だったのでしょうが、当時の社会通念からすると「美貌」だけでは良い縁組みを得られないのだと思います。そこに、近江の名将・浅井長政の娘であったことにあわせて、母のお市をとおして織田信長の姪であったことが、三姉妹に幻想的なまでのブランド力を持たせたのでしょう。尾張の小大名が上洛を果たし、ほぼ全国制覇を成し遂げ、精神的には新時代を呼び起こした信長とは、実に歴史上燦然と輝く名将でありました。茶々や初や江は、その織田信長と濃い血縁を持った三姉妹だったわけです。

 さて、京極家は室町時代を通して、名門近江源氏の出だったわけです。足利尊氏時代には婆娑羅・佐々木道誉(京極高氏)という超有名人がおりました。北方謙三さんの小説で『道誉なり』があって、痛快でした。~今夜、初が恋い焦がれた京極高次はその子孫にあたります。

 さて。
 超絶ブランド三姉妹は、歴史的には、長姉の茶々が秀吉の子を産み、次姉の初は名門京極家に嫁入りし、そして三の姫「江」は徳川秀忠、つまり跡取りの嫁になるわけです。豊臣家はその後徳川によって滅ぼされましたから、子孫係累は無いようです(一説では、プリンセス・トヨトミが今も大坂城近辺に住んでいるという考証もありますが、不明→万城目説。小説や映画で話題になりました)。京極家も徳川家も明治、現代に続いています。名門の条件は、ある一定時間、その係累が公的に明瞭なのだと思います。もとをたどれば皆同じ原始人ですが、数百年もきっちり系図があって、公的に認知される「家」は、名門なのです。

 今夜のドラマは、初の嫁入りと、茶々・秀吉の関係が話題でした。
 茶々が、若い側室と戯れる秀吉の頬をひっぱたいたのは、実によき演出でしたなぁ(笑)。
 しかし、このあたり数回は、どうにもMuBlogでは書きようがないです。MuBlogはイクサになると筆がさえてくるのですが、~。しばらくは休眠ですなぁ。(事例:川中島などのドラマは、よく描き込んでおりまする

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小説木幡記:鉄道ムックや単行本:絶景への旅本

Aopimg_5574 最近思いもよらない人から鉄道旅の図書をもらい受けた。

1.日本の鉄道:車窓絶景100選/今尾恵介 他著(新潮新書、268)
 4人の鉄道乗りが侃々諤々、北から南まで日本の絶景100を選ぶ過程がおもしろい。声の大きい人に遮られたり、なんかの拍子で、選外になりかけの鉄道風景が入選したりで、そのプロセス、楽屋裏が面白いな。

2.新廃線紀行/嵐山光三郎 (光文社、2009年)
 嵐山さんのことはよく知らないが、以前『悪党芭蕉』という著書を面白く読みながら、かつ罵倒していた。今度の廃線ものでは「廃線旅行は、ノスタルジアではなく、命がけの探検となる」というセリフに惹きつけられた。

3.にっぽん木造駅の旅 100選/萩原義弘(平凡社 コロナ・ブックス、2009年)
 萩原さんという方は、写真家のようだ。実に綺麗な各地の木造駅や周辺絶景が写真になっていた。美作滝尾駅(JR西、因美線)の写真からは、駅頭に探偵・金田一が降り立ち、まさに事件村に向かう瞬間~のような風情がある。

4.宮脇俊三:時刻表が生んだ鉄道紀行(文藝別冊、KAWADE夢ムック、2009年)
 宮脇さんという鉄道文学の巨人について、わかりやすく描かれていた。たぶん、余は別の人生でこんな風な仕事をして生きたかったのだろう、かな(笑)。

 最近木幡研では図書雑誌を整理している。その途中で、上記4冊をもらった。ひとつひとつが良書と言える内容なので、今後の余生の血肉となると思った。この図書内容の数パーセントであっても、自分で乗って歩いて、写真を撮りたい。
 余は、日本の風景が好きなのだ。とりわけ、鉄橋や単行列車や、錆びたレールが好きなのだ。なにか郷愁がわく。しかし、近所に愛宕山ケーブルカーの廃線があって、中学生頃にそこをたどったが、二度と行けない「危ない道」だった。嵐山さんの、命がけの廃線紀行というのは、その意味でも、遠くから眺めるだけに終わりそうだ。しかたない。
 駅については、門司港駅のよさなど、以前何も知らないままに味わったことがあるので、身体に自然になじみそうだ。中でも日光駅の風情に感動した。日本にはまだまだ、新幹線駅とは異なる別の世界が残っておるようだ。
 人生はいろいろな楽しみがあるもんだ、わい。

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2011年5月21日 (土)

小説木幡記:庶民の牛丼

Simg_4303 今更だが、このごろ庶民の食事を味わっておる(笑)。吉野家は年明け以来3度訪れて、あっさりした牛丼に感心した。近頃は、生まれて初めて「すき家」という店に入り、悩んだ末に新メニュー「白髭ねぎ牛丼」並380円を食した。白髭神社と縁があるのかな? と、ふと想像したがまるっきり無縁だろうと結論した。白髭とは畏友JoBlog説では新羅に通じるとのこと。

 そこで、丼一杯鉢表一杯に細い白いネギがまぶしてあって、その底に牛が並んでいた。あっさりした良い味で、なるほど、庶民がこの安さ、この味に引かれて入店する事情の一端を理解できた。スーツのサラリーマン、歯のなさそうな爺さま、作業服のお兄さん、夫婦もの、年齢不詳のペアもの、~いろいろな庶民が混じって無口にもぐもぐと食べておった。店の回転は速いなあ。すき家や吉野家で長時間会談するものはまれじゃ老。

 ファーストフードは身体に悪いという説もあるが、どうなんだろう。少なくとも、牛丼をたべているぶんには大丈夫邪老。ただし生卵を供しておったが、これは今後梅雨や盛夏にむかっていささか心配でもある。ユッケよりは管理が楽かな。しかし、人の食生活にケチをつけてもしかたない。ちなみに余はまれに、温ご飯に生卵といて醤油いれて鰹節まぶしていただくことがある。いや、実に美味じゃ脳。ただし、冬季限定やね。

 かくして庶民の味は大繁栄。
 ぽつねんとカウンター席にすわって、白髭牛丼の米粒を箸でさらいながら、生を味わった。茶がうまい。

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2011年5月20日 (金)

小説木幡記:少し変わったこと:ubuntu、DCC

Aopimg_5609 最近の葛野はめったやたらに疲れることが多くて、疲弊しておる。事情は簡単で、内外の変動に対応する事に尽きるのだが、具体的には未知の学生たちの前で講義したり演習することが増えたからだ。~まあ、いろいろある。
 さて。
 その間をぬって、半睡状態で、必死で「正気を保とう」とした結果、二三、新規のことを試み、うまく行っているのでメモしておこう。

1.ubuntuの新バージョン
 Linuxのubuntu話は、MuBlogではずっとMac世界記事へのアクセスが多いが、それはもう良かろう。本当は、MacはMacで使うことが多くて、実際のubuntuは春霞2010マシンで動いておる。しかし、まったく記事にしていなかったのは、この一年近くの間、ヴァージョンダウンしていたからだ。実際には半年の間はハードディスクが壊れて休止しておった。
 約一年前に、ネット経由で「ヴァージョンアップしますか?」と聞いてきたのでYesをいれたら、途中でフリーズして、結果的にハードディスクも壊れてしまった。他にすることがあったので半年すておいて、ようやく近所の中古ショップで数千円の100GB2.5インチハードディスクを購入し、昔のCDから昔のubuntuを再インストールした。~というわけだ。
 最近また「とれとれのubuntuに変更するか?」と聞いてきたので、またしても疲れた中でyesを入れたら、今度は美味く新品になった。2011年の四月ヴァージョンになった。

 ということで、現在は新新のubuntuが余の春霞マシンで動いておる。画面構成がだいぶ変化したので、最初は面食らったが、もう慣れた。WIndows7の利用者なら親近感を持つかもしれない。詳細は、雑誌を買って見ておくつもりだ。くだんのラザラス(Pascal処理系の統合システム)だが、ちゃんと動いておる。結局、この春霞はJMRI制御マシン(つまり鉄道模型を自動運転させる)にするつもりなのだが。

2.HO16.5mmゲージのレール半径
 ジオラマのレールは、通になると自由折り曲げレールを使うようだ。余も試してみたが、なかなか小ぎれいな曲線を持たせるのが難しい。DCCを制御するよりも、レールの曲がりにこだわってしまう。

 そこで、実験するには固定式つまり規格レールが扱いやすいのだが、少し大きめの16.5mmレールの規格が国内製品では融通が悪く、困ってきた。(ドイツ製では良いのがあるが、高額で入手が難しい)
 そこで、思い切って最小半径43センチのものをメーカーに直接依頼して、真円を二つ分入手した。なぜメーカー依頼かというと、商品構成上はカタログにあるのだが、この半径43センチものが店頭に並ぶことはまず無い。
 なぜなのか? それは謎だ(笑)
 メーカー依頼だと、値引きがない。一般にこういう商品は八掛けなのだが、メーカーの通販では正価販売になる。ただし、商品は売れる売れないに関わらず、そろっておる。

 ということで、不思議な業界なのだが、これはこれで事情はいろいろ推察できるので諦めておる。DCCについても似たところがあって、日本での普及は遅れておるが、それでもいろいろ事情はぼんやりわかる~というのが、鉄道模型世界の不思議な現状だ。

 さてそこで。
 なぜ半径43センチにこだわるかというと、基板の大きさが90x60センチというのが標準である。それを二枚つかって、90x120にするとHOタイプの車両が綺麗に走る。もちろん通はこの基板から作り出すのだが、余の目的からすると、そういうところにこだわる必要性がない。半径43センチというのはレールの中心計りなので、実際の半径は45センチ、つまり直径90センチになって、丁度この標準基板にレールが収まる。店頭にある最小の49センチ半径だと、51センチになって、直径が1mを越えて、扱いがややこしくなる。
 ~
 と、つらつら書いた。一般論としてはこの業界は理不尽、不合理なことで一杯なのだが、江戸幕府の庄屋造りと同じで、最初にシステム全体がはっきりあって、それを演繹的に展開した世界ではないので、その時々の状況のなかで、なんとかかんとか整合性をあわせて成長した結果、ときどき「おや?」と思わせる事態に遭遇する。
 それはそれで、愉しい体験だと、最近は味わっておるぞ(aries)。

3.まだまだ
 半睡状態であれこれやったことはまだまだあるが、メモするのも疲れてきた。外が明るくなってきたので、また一睡しよう、ぞ。要するに、正気を保つにはいろいろ工夫しないと、日常にながされてしまう。流される人生なんて猿でもできるからなぁ。必死であらがうわけじゃ、わい。taurus

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2011年5月18日 (水)

小説木幡記:砂利と砂のジオラマ

Simg_5511 昨日火曜日は仕事や話合いや予習の合間をすり抜けて、隣駅の西院まで出向いた。バラスト、つまり小石ではなくて、鉄道模型レール用の砂を入手するためだった。270gが550円で、合計5袋入手したので、それだけで2750円にもなった。普通の目には砂だが、1/150の縮尺では、これを持って砂利と考えるわけだ。

 しかし。
 300g弱の見た目に砂が550円とは、この世界もぼろい儲けをしておるな。これは断然葛野のグランド砂を茶こしでこして、色噴霧したり色粉を混ぜて使うべきかもしれぬ。思い起こせば、昨夏情景モデルを制作する課題で、海浜の砂をそのように調整していた人も居た。

 ただし実はそこに、……。
 ゆとりやいろいろなことを、お金と交換する考えもあって。
 たとえば、化粧水は原理主義的に考えると(笑)、原価が数十円でも肌によいものを自製できる。少なくとも義務教育の中学までをしっかり学べば、あとは図書館で十分な識見を養い、必要な知識を消化できるので、教育費は限りなく楽になる。少なくともユニクロで頭から足先までそろえれば随分服飾費を節減できる。自動車も模型も無くても病気にはならない。新聞もTVも映画も無駄な部分が多い。つまり世間の事も他人のことも知らなくとも愉しく生きていける。
 ~
 五種類の色や粒度の異なる砂を、あるときは砂利に見立てて、白きものは神社の玉砂利あつかいし、グレーのものは線路のバラストと見、荒いものは渓流の小石に見立て、少しずつまいていく。そういうことを気持ち良く手早く進めるには、綺麗な色付きで粒のそろった砂が300グラム550円でも、それなりに快適だ。
 ~
 ただしかし、もう一度反語的に、「地面砂師と呼んでください」とまで言うような、砂の芸術が職人芸の域に達する人もこの世にはいるのだろう。そういう人だと、この情景モデルのこのレールのバラストとしては、京都市右京区嵐山の渡月橋第4橋柱下流3mにある砂を求めて濾してこそ最適、と凝りにこることがあってもよい。ここに置く玉砂利は鳥取砂丘の◎△丘の西斜面頂上から5m付近の砂とか~。模型店店頭には絶対に並ばない渾身の砂世界があってもよい。

 余のジオラマ制作は、荒っぽいと人に言われた。
 たしかに、線路脇の砂や翠粉は乱雑にまかれて、盛り上がっていたり地面が直に見えたり、まだらになっていて、良くない。昨日はせっかく砂に2800円もかけたのだから、今日からはもう少し丁寧にまいていこう。

追伸
 お昼は地下模型店の道路の向かいの寿司屋で、お造り定食にした。1027円。なかなかに味、量、よき昼食であった。帰路、激しい雷雨に見舞われた。

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2011年5月17日 (火)

小説木幡記:猫咬み

Aopimg_3860 猫を咬む話ではない。そういえば~、余は昔にマタリン君の頭をがぶりと噛んで、マタ君におびえられたこともあった~、でハルキ猫君の話だ。
 彼は要求するときは、余の足甲を甘噛みする。捨て置くと、さらに咬む。さらに邪魔くさい顔をすると、がぶりと咬み込んでくる。こりゃ、犬じゃ。そこで考えた。猫君は一般にひっかくものであって、咬むものではない。少年時代の余のおしりにがぶりと噛みついたのは、近所の犬だった。その犬を散歩させていた老婆は、町でも噂の偏屈変人だった。……。
 しかるに、余の家の次男、ハルキ猫は噛みついてくる。立ち居振る舞いもいかにも犬らしい猫君だと、明瞭に理解した。
 おわり。


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2011年5月16日 (月)

小説木幡記:お昼に丼考

Asimg_6189 今日の昼食は葛野近くの古くからある和食堂で親子丼にした。670円。お汁がご飯の底まで佳く届いていて、鶏肉もしっかりした肉厚と深い味わいで、満足した。
 最近、この食堂に一人でよく出かける。葛野に来た頃(20年近く昔)は本当に通ったものだが、その後足が遠のいていた。安いコンビニ弁当に傾斜していたわけだ。ヒトの食性も変化していくようで、近頃はコンビニ弁当が喉を通らない。かと言って学食は経済的だが、毎日だと胸焼けがする。これはたぶん油のせいだろう。

 ということで、古く伝統的な、日本の食堂。とんかつ定食があって、鯖煮付け、鰯フライ~丼にうどん蕎麦。他人丼、天丼、親子丼は関西関東同じだと想像するが。最初のが牛肉と卵という他人どうし、次がエビ天、次が鶏肉と卵という親子関係。さて、木の葉丼となると、一体どういうものかは、近頃の日本人でもわからないのじゃなかろうか。まさか狐や狸じゃあるまいし、ご飯の上に木の葉がのっているわけじゃない。
 もちろん関東人は知らない丼なのだ。
 たぶん、関東人は木の葉丼なんぞ、食したこともないだろう。
 安いのが一般的だが、このお店では他人丼、親子丼と同じ値段だ。
 この謎は? またこんど。

 昼食に大いに満足して、歩きながら考えた。ダイエットを気にして丼物を長く食べなかったのだ。しかしどこかでダイエットの秘訣を聞いた。間食をしないこと。そして、飢餓感を持たないようにすること。飢餓感があると生体はせっせと脂肪に変えて蓄積するらしい~。お昼に丼をいただくと、それだけで夜の八時ころの夕食まで、飢餓感なし、間食なしで過ごせる。これは精神衛生的に実によろし~ぃ。

 また明日、……。とは思わない。明日は明日の風が吹く。明日は久しぶりに学食二階のパン屋さん製造・弁当にしようかのう。これは380円だが、なかなか工夫があって味もよろし。ご飯、漬け物、ポテサラ、とんかつとか魚フライとかコロッケとか選択する。キャベツ。小さな味わいだが、胸焼けがしない。

 さて。
 近頃は、嵯峨野蕎麦にも、広沢オムライスも、嵐山イタリアンも、和食里も、~どこにも行っていない。ようするに授業終わって、会議終わって、それから出かける気力がない。逆にポテポテと歩いて和風丼をいただくのも乙なものだ。余は、自ら顧みて、よき近所昼食に満足しておる。

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2011年5月15日 (日)

NHK江(18)恋しくて:九州薩摩の島津・近江高島の京極

承前:NHK江(17)家康の花嫁:大嘘つきの誠

三姉妹の恋
 話の主体が三姉妹で、原作者も女性ですから、ドラマも女性の細やかで複雑な心の問題を描くようです。まず、次女の初は、京極家のあととり(日頃付き合いのある京極竜子の弟)高次に一目惚れしてしまいます。しかし女性の一目惚れというのが、これほど、瞬間藝的速攻だとは知りませんでした。これは、むしろ、嫌いだ嫌だ仇だと言っていた長女の茶々が、時間をかけてやがて秀吉に惹きつけられていく姿の方が自然に思えたのですが(笑)。中間をとって、三女の江が、口の悪い羽柴秀勝と話しているうちに、意気投合していくのが、一番無難な恋愛と判定しました。
 しかし初のこういう瞬間速攻惚れ方も、これはこれで初らしいとも思えたのが不思議でした。女性はわけもなく人を好きになり、そしてわけもなく嫌いになる。その間の事情や説明はすべて後知恵の屁理屈にすぎないのでしょうと、私は三人娘の恋をみていておもいました、よtaurus
 
 ただ茶々の描き方は。
 原作者の意地悪を想像しました。あえて、茶々・後の淀君と、正妻おねが深く深く対立せざるをえぬ形をとりましたね。つまり、秀吉と茶々との間に、一方的力ずくの強権力だけではなく、相互の気持ちの交流を交えてきているので、話が複雑になり出しました。

 さてさて。
 しかし、MuBlogは心もの、恋愛もの、はまるっきり不得手ですから、来週以降の感想記が書きにくくなりそうで、心配です。

ところで。
 九州攻めといえば、薩摩(鹿児島)の島津が豊後(大分県)の大友を鶴賀城に包囲し、大坂から秀吉が救援に駆けつけたとありました。天正13年(1585)といいますから、関ヶ原戦いの15年前のことでした。


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↑鶴賀城跡:豊肥本線竹中駅、真西2Kmあたり
(http://www.oishiimati-oita.jp/)

 またこの九州攻めで認められた京極高次が増築した城が、滋賀県高島市の大溝城でした。番組の解説では、城の池から船で直接琵琶湖に出られるとの事でしたが、地図で見ると確かに現在もその姿を想像できます。
 京極家のことは少しおきまして、高島市と言えばなんと言っても継体天皇が育った土地。私は実はこちらの話に強く惹かれますが、近所には白髭神社もあって、古代から近世、そして近代に至るまで、要衝の地だったと思います。(MuBlog:白髭神社、 継体天皇


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↑滋賀県高島市の大溝城跡

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小説木幡記:近江(江)から清盛(都)

Aopimg_56141.長浜城
 滋賀県の長浜城が、NHK大河ドラマ「江」の関係で賑わっていると報道であった。2009年の夏に倶楽部関係者たちと行った記憶がある。そのときは、直江兼実や石田三成の縁で賑わっていた。そのずっと前には、「功名が辻」で山内一豊や千代で有名になった。戦国時代から織豊時代にかけて、近江の長浜城は幾たびもドラマに登場してきた~
 残念ながら対岸南の、明智光秀が住んでいた坂本城は再建されていないので、跡形もない。そういえば、安土の安土城も山城跡の結構はよく分かるが、再建されてはいない。余の近所の伏見桃山城は以前遊園地・資料館施設として再建されたが、その後空城になってしまった。破城するにも、耐震構造にするにも資金が足りず、天守閣内部は放置されているようだ。ただし直下の運動公園から眺めることはできる。
 城は現代も地域住民の心のよりどころ、シンボルだと想像する。県庁所在地には必ず城山と城と県庁と博物館と図書館と公園があって、なにかしら文化的なたたずまいを見せている。よいことだ。

2.来年は平家物語
 来年のNHK大河ドラマは平清盛のはずだ。お知らせを見ていると、若い頃の海賊退治から描くので瀬戸内海や、そして後日の厳島神社もたっぷり描かれるだろうが、なんにせよ、都=京都が平家物語の主要舞台である(勿論神戸の福原に遷都もした)。これまで、ずっと隣県の滋賀県の後塵を拝してきたが(笑)、やっと都に春がもどってきたなぁ。

 清盛存命中が中心となろうから、残念ながら大原はあまり出ないだろう。いや、回想シーンの中で建礼門院が大原でムカシガタリする可能性はあるな。
 祇王や仏御前という、清盛の愛妾は中年以降壮年時のことだろうから、あまり出てこないだろう。となると、嵯峨野の祇王寺も出番が少ない。
 ~
 さて、見どころ場所は。
 一つは六波羅密寺(地図)で、これは平家一門の邸宅が寺境内にずらりと並んだという歴史的な事実による。ここは平家滅亡のあと、鎌倉幕府の出張所「六波羅探題」が置かれた場所でもある。
 一つは、西八条邸(御所)と言われる屋形で、現在の地図でいうと大宮七条~西大路八条を結ぶ対角線によってえられる広大な領域の中にあったのだろう。西大路八条と言えば、少し北に巨大な鉄道模型コーナーのあるボークス本社がある(笑)。その巨大ビルに上がって(未踏地)、東側を見下ろしたあたりが清盛の最盛期の屋敷というか、政務処・西八条第だったと想像できる。

地図:西八条邸 (現・八条坊門あたりか)
 西八条邸は、おそらく地図での梅小路公園付近。一説に地図の西(左)、西大路八条角の「若一神社」あたりとも言う。さて?


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 わが住む宇治も、宇治川の戦いだけではなくて、藤原家別荘地・墓所、平等院や宇治天皇の話で、もりあがらないものかと夢想しておる。源氏物語宇治十条は歴史小説ではないので、NHK大河ドラマにはなりにくい。いやはや。

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2011年5月14日 (土)

六角堂:京都のへそ:私の京都

承前:銀閣寺の初夏雨:私の京都

<六角堂の羅漢さん>
Muimg_6241
↑京都・六角堂御幸桜(みゆきさくら)の下におられる十六羅漢さん達

 京都のへそにあたる六角堂は、親鸞聖人の参籠や、時代小説で京都の往時が描かれるとよく顔を出すお寺です。正式名称は、紫雲山・頂法寺で、聖徳太子さまの創建との由来がありますから、6~7世紀の話です。さらに、後述へそ石の由来は平安遷都の桓武天皇さんですから、8世紀です。ともかく古い古い時代のことです。とは言っても、この北側には華道池坊の現代的な関係施設があります。見た目には寺境内(古拙)と池坊(現代)とが一体化していて、違和感はなかったです。

 さて、この羅漢さんの表情が気に入りました。
 御幸桜という、これも伝来が花山院さんの行幸時ですから10~11世紀の、今から千年も昔のことです。この桜が京都の観桜家には評判の華麗さなのです。一度はその満開時に訪れたいと思っているのですが、まだカメラを向けたことはありません。早咲きで3月下旬が見頃と聞きますが、色がピンクから徐々に変化していくようですから、咲き始めから終わりまで長く愉しめそうです。
 十六羅漢さんはこの桜の下の岩場にたたずんでおられます。水と岩と羅漢が重なってこれだけでも興の深いものですが、さらに枝垂れ桜が満開になると、それはすばらしいものと想像できます。

<六角堂へそ石中心考>
Muimg_6237
↑京都のへそ石、つまり中心らしいです。由来は桓武天皇時代!

 理屈の上で考えると、桓武さんの平安京時代なら京都の中心は大極殿と羅城門を結んだ朱雀大路の真ん中あたりと思えるのですが、この六角堂は烏丸六角あたりですから、朱雀大路に該当する南北の千本通とは、だいぶ東にずれています。ところが、感覚的には現代の京都市の真ん中、へそといっておかしくはないのです。だから、調べないと分かりませんが、京都市の中心「へそ」という伝承は、比較的新しいものだと想像できます。ちなみに、秀吉の定めた洛中洛外の境界「お土居」で、洛中とは東西が西大路通~鴨川ですから、この「お土居」から見ても、中心ではないでしょう。秀吉時代なら、堀川通が南北の中心線になります。

 ま、よろしい。私は、幼児期からここのへそ石の話は聞いていたので、やはり京都の中心は六角堂だと思っております。現代人が京都を地図で眺めると、大抵は北の京都御苑と、南の京都駅を南北の中心線におもいますから、その烏丸通を目で追うと、真ん中あたりに六角堂があって、めでたく「京都の中心、へそ石」となるわけです(でしょうね?)。

まとめ
 この日の万歩計は、9375歩で、三時間にしては歩いた方です。
 「京阪特急二階」四条京阪<西向>→ジュンク堂書店→大丸六階鉄道模型→<北上>六角堂→<東向き>紀伊國屋書店→三条京阪「京阪特急一階」
 四条京阪をおりてすぐ、四条小橋のおどろおどろしい看板(巨◎専科?)横のラーメン屋で、チャーシュー麺900円、大丸下西のイノダでアイス珈琲500円。
 ジュンク堂では、いろいろ買った。
   村田エフェンディ滞土録/梨木香歩.角川文庫 500円
   京都「地理・地名・地図」の謎/森谷剋久.実業之日本社 800円
   ヤマト古代祭祀の謎/小川光三.学生社、2008年 2520円
 買い忘れて、紀伊國屋で追加。
   追憶のカシュガル/島田荘司.新潮社、2011年 1575円

 合計すると、飲食に1400円、図書に5395円、電車往復に600円。総合計は7395円。男子が一旦外に出ると、万歩の間に7000円消費することになる。図書費を余剰とすると、2000円かかる。いやしかしそのときはきっとNゲージ機関車を6000円くらい買っておるでしょう。生とはなかなか大変ですが、満足度は極めて高い。六角堂の桜の下の地蔵さんがことのほか気に入りました。桜季節に、こんどこそ行ってみましょう。そうそう、近所の魚専科店もなかなか、よろしいようでぇ。

六角堂_6231
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六角堂_6235 へそ石由来
六角堂_6237 へそ石
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六角堂_6241
六角堂_6249 あんじ


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参考
 紫雲山頂法寺六角堂:聖徳太子創建、いけばな発祥の地
 居酒屋 あんじ 烏丸六角店
  (注:六角堂とは無関係と思いますが(笑)、近所に魚のおいしそうな看板と店があったのでメモしておきます)

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2011年5月13日 (金)

小説木幡記:未知の木次線・スイッチバック

↓本文とこの写真はまるで無関係です(笑)
Muimg_3932 MuBlogの最初の(2004年頃)意図は、「地図の蠱惑:未踏地」というカテゴリーに現れていた。まだ見ぬ土地への憧れを描くつもりだったのだ。しかしいつの間にかそのカテゴリーは消えてしまった。つまり、現実のせわしない記事になっていったということだ。

 2006年の夏だったか、書店で魅力的なMookに出会った。宇宙から見た日本の鉄道 絶景の名所・難所20選 (宝島MOOK)、と。いかにも余の好きそうな書名だった。宇宙から見た、が気に入った。当時のGoogle地図では、まだ写真があったのか無かったのか、あっても田舎の鮮明度は低かった。税込みで3000円弱だから高額ムックだったが、買っていそいそと自宅にもどった印象は覚えておる。

 この「いそいそ」と帰路につく。この風情がよい。余の場合は、好ましい図書や、最近ではレアで風変わりな鉄道模型を買った時、家路につく電車の中が妙に心地よい。考えて見れば、「いそいそ」は、図書か模型かPCパーツくらいしかないな。実に貧弱な人生だぁ、と思いつつも、「人に迷惑はかけない。人からひがまれもしない」と、安心している。これが「豪邸を建てた」とか「2千万円のイタ車を買った」とか、数百万円の時計を買った~だと、なんかかんか問題がでそうだ(笑)。 

 このムックを気になって読み直した折り、余でもすぐに行けそうなところを探してみた。さすがに宗谷本線から利尻富士を見たり、釜石線にのって銀河鉄道の夜をイメージするのは、遠すぎて旅費もたっぷりかかりそうで、国内でもまだまだ無理だな。しかし東は東京まで、西は北九州くらいまでなら気楽だ。特に西日本、山口、広島、島根や鳥取なら、近くて行けそうだ。
 あった、ありました。
 島根県松江市~広島県庄原市を結ぶ、木次線が本文16番目の「絶景:名所・難所」に数え上げられていた。

 「オロチ伝説の大段差に挑む、陰陽連絡線のハイライト」 木次線の三井野原-出雲坂根付近間。「ループ状トンネルとスイッチバックを重ねて駅間標高差162mを克服した木次線の全通は昭和12年のこと」と、わくわくしそうな惹句が目に飛び込んできた。深山の中腹をちっこい単行車が走っている写真もあって、たまらなく旅情にひたってしまった。あっ! そうなんだ。木次線と言えば、松本清張『砂の器』。カメダ? 東北弁と出雲弁の世界。
 ~
 余は見果てぬ木次線を朝からとろとろ走り抜ける夢にどっぷりひたったのであった。
 (行くぞ、足腰丈夫なうちに、絶対に行ってみせる)


大きな地図で見る
↑木次線 奥出雲おろちループ

注記:スイッチバック
 鉄道路線で使われるときは、急坂を登るために、前進後進を繰り返しながら登坂する線路様式とか、そういう登坂方法を指して言う。当然だが、おりるときも前進後進を繰り返し、おりていく。いつかモデルを実際に動画で見せる用意もある。

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2011年5月12日 (木)

小説木幡記:疲弊の中でDD51北斗星のDCC工作、そして蘇生

Aopimg_3858 加齢による疲労とか体調不良とは思っていない。実によく眠り、体調もよく食も進む。だがしかし、日々の狂乱状態(内容については職務上の秘密なので、はばかり多く、記すあたはず)にはいささか疲れる。木幡研に戻り休憩や食事が終わるとぐったりする。
 そういう中で昨夜、一台のNゲージ動力車両をDCC化し、科学精密模型世界の進展に快哉をあげた。勿論不満も多々あるが、すばらしい世界だと余はあらためて納得した。

 指導教科書は、DCCで楽しむ鉄道模型/松本典久.オーム社、2009
 機関車は、DD51後期耐寒形 北斗星 (KATO Nゲージ)
 DCCのデコーダ(車両に積むCPU)は、DN163K1dといって上記DD51の専用に近いもの。

 車両とDCCのデコーダだけで1万円もする高額商品だが、それだけの値打ちはある。まず、自分では作ることができない。車両を自作する人は伝統的に多いらしいが(真鍮や紙や木やプラスティックで)、手間暇がかかりすぎる。デコーダというものの構造はよく分からないが、車両を一台一台独立したものとして制御出来るようになる。これも電子工作の得意な人なら、作る人もおるだろうが、ものすごいノウハウが必要だと想像できる。教科書も、比較的短期間で対象世界の全貌を理解できる図書は、相当な経験をつまないと、概説+詳細までをコンパクトにまとめることはできない。

 以上、自分にはできないことに、1万円を使うのはそれほど高額とは思えない。ちなみに散髪屋さんとか美容院に行けば1万円くらいかかるようだが、余は20年来、自分の髪は自分のハサミでちょくちょきしてきた。禁煙も毎月2万円もかけることを辞めて、1年以上になる。小説も、世の中のものが面白くなくなれば自分で書く(笑)。自分でまかなえるものはまかなう主義だが、どうにもDCC鉄道模型を1人で作ることが出来ないので、教科書や諸々をお金で買って組み立てて使う。

 DCCとはディジタル指令制御とでも直訳できる。ようするに、車両を一台一台個々に独立させて、走らせたり止めたり、電気を付けたり消したり、あるいはPCで自動運行ができるようにできるシステム全体を指す。ヨーロッパやアメリカでは盛んなようだが、日本では不人気である。ほぼKATOという一社がアメリカのデジトラックス社と提携している。なぜ不人気なのかは、実はよく分からない。DCCを組み込んだ廉価な普及品車両が、原則として日本の会社では販売されていないせいもある。

 アナログ鉄道模型の歴史が日本でも長く、それぞれの世界でのベテランが、DCCの意義を理解したくないか、あるいはそういうベテランにとっては、ロボット列車のようなディジタル制御を好きになれないのか、あるいはメーカー内部でうまく調整がとれないのか、……。

 日常の疲労困憊の中で、昨夜約30分、教科書に従ってディーゼル機関車北斗星をDCC化した。あっけなく成功し、あっけなく動き出した。すばらしい!

 近未来の地域全体に、図書館がある、博物館がある、資料館がある、名所旧跡がある、自然景観がある。その間をトロッコ列車や二階建て図書館列車が走り抜け、それぞれの生涯学習施設をリンク(結合)させていく、……。こういうモデルを作るには、列車自体をスクリプトに従って、つまり物語の中で動かさないと効果がでない。DCCはそれをかなえられそうだ。

 と、夢は枯れ野を駆け巡る(涙)。

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2011年5月11日 (水)

小説木幡記:雨が降ると遺蹟が水浸し

↓京都市伏見港の運河で、本文とは無関係。
Aopimg_38421.東京都知事と日本國首相との関係
 件の卑弥呼さんは、邪馬台(やまと)国に住んでいて邪馬台国で人望を集めたが、邪馬台国の女王ではなくて、連合国に推されて倭国女王になられた。当時の倭国の首都が現在の奈良県桜井市纒向(まきむく)だった。
 と考えるといろいろ納得いくことも多いのう(笑)。

2.運河と船と橋(そして、洪水)
 せんだって連休中、三輪明神にお参りした帰りに箸墓を遠望しつつ帰路についた。箸墓は全長280mの巨大な前方後円墳だが、以前2008年の発掘調査では、回りを60m以上の幅で周壕(しゅうごう:とりまく池)が取り巻いていて、それもいれると箸墓の全貌は450mを越す墓域結界の異空間だったことになる。

 その後の発掘をみていると、纒向全体が水の都(運河の都)だったことが納得出来てきた。
 しかし運河と言えば船と橋が関係し、時には増水による決壊、洪水の心配もあったことだろう。どんな様子だったかはその後の発掘調査、そして研究者や関係者の発表まで待たないと、想像に過ぎなくなってしまうのだが~。

 問題は。
 いまだに数パーセント(5%)程度の発掘しかできていないこと。中心をJR巻向駅とすると、東西2kmで、南北1.5kmの楕円になる。大都会のような人家密集地帯ではないが、家々とJRと国道がある。発掘調査が難しい。
 もう一つは、宮殿跡らしい遺蹟は、JR巻向駅の北側のホームが尽きる頃が現場であって、調査はすでにJR桜井線をどうにかしないと、とどめを刺せない部分が残る。
 もう一つは、卑弥呼さんが眠るかどうかはさておいて、箸墓の調査と纒向遺跡の調査とは不即不離の関係だが、これが宮内庁書陵部の管轄地で、どうにもならないことが多い。

 3世紀頃、ここをどんな船が行き交い、橋はどんな風にかけられていたのか。古代にも昇開橋(筑後川昇開橋公式ホームページ)があったなら、興味深いのだが。船底の浅い平船なら、橋の高さは数メートルで良かったのかもしれない。
 洪水については、纒向は平地なので、一旦水が溢れると高台は山辺の道に登るしかないということだ。つまり宮殿や箸墓が水浸しになる危険性があったはずだ。

 卑弥呼の墓(008) 箸墓古墳の大規模周濠確認 (MuBlog 2008.08.28)
 卑弥呼の墓(014) 水の都・水上宮殿:纒向遺跡の全貌 (MuBlog 2009.11.22)


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↑JR巻向駅を中心とした、古代纒向遺跡

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2011年5月10日 (火)

小説木幡記:行き着く果ては、紙の本

Aopimg_5570映画の話
 シャッター・アイランドのことでは時々夢魔に襲われる。恐ろしい話だった。原作が誰かしらないが、よくできた構成だ。実は最初からそういう結末を知っていた。もちろん完全な余の推理ではなくて、どこかで断片的な一行、一言の評価をみてのカン働きなのだろう。「自分自身が、実は」という一言で、ネタバレになってしまう。難しい問題だ(笑)。

 恥ずかしながら英語の用法を理解した。「run」と書いてあれば、余など「走れ、とな?」と思うところだが、字幕翻訳では「逃げろ!」と、あった。runawayとまでくどく書いてあればなんとか理解するだろうが、runだけでは真意が分からなかった、ということだ。

録画の話
 地上ディジタルやBSディジタルの録画規制問題は、いくら言っても日本の業界が頑迷頑固だから、もう話さないつもりだ。ともかく人類史の上での愚挙の一つに数えられること、間違いなし。
 さてとは言いながら、録画する安心感は相変わらず行使しておる。そしてめったに見ない。ドラマはその放映時間でないと、見る気力が湧かないようだ。
 以下にリストするのは、余の性向、好みが分かって面白い。

 浅見光彦シリーズ、棄霊島、これを2日分
 十津川警部シリーズ、特急ソニック殺人事件
 新日本風土記スペシャル(城)、これを2日分
 相棒、season9 最終回
 松本清張スペシャル、ゼロの焦点
 浅見光彦シリーズ、菊
 ~
 これだけの~殺人事件をもしも、まとめてみると、余もそういう犯人に染まっていくような悪い予感もするが、逆に名探偵に染まる確率も50%あって、わくわくする。ところで、長い連休でも見なかったこれらの録画、一体いつになったら見るのだろう。

読書の話
 エドルン君を、連休の最後の朝に京都駅まで送ったとき、「村田エフェンディ滞土録」梨木香歩、を奨められた。梨木さんについては以前「家守綺譚」を同じく奨められて一読驚嘆した経験があったので、書店で探したが見つからなかった。
 集英社の文庫らしい。まるっきり無かった。

 で、今朝何の気梨にネットでみていたら、なんと「角川文庫」となっていた。
 では、今日からは角川文庫の梨木さんを探すことにしよう。
 そこで。
 「iPad で読めたらよいのに」などとは絶対に言わない。
 苦労してたどり着いた紙の本にこそ、オーラがあって、読み応えがいや増す。
 いやはや、読書人とは、頑迷牢固なものよ、脳。

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2011年5月 9日 (月)

小説木幡記:2011、5月連休の想いで

↓嵯峨野・トロッコ嵯峨駅のジオラマ(小さいNゲージ)
Saganojapann_5372 休みのありがたさを実感しながら、あっというまに2011年の5月、長期連休は終わってしまった。その間、2(月曜)は通常授業があり、7(土曜)は別の授業のうち時間を振り替えた外部講演があった。後者は新入生合同なのに出席率がよく、私語がなく、いささか驚いた。

 連休中、なにをいつ楽しんだかは、日付や前後関係はもう忘れている。ただしエドルン君の希望があって、一日は三輪山・大神神社と森正素麺をいただいた。また、一夜はシャッター・アイランドをDVDで見て感動した。ロボトミーが実際に行われていたのは事実なのだ。プリンセス・トヨトミを読了し、『破壊する創造者:ウィルスがヒトを進化させて』をほぼ終わり近くまで読み終えた。6月講演のパワポファイルを51ページ創った。大半はiPadの画面複製でまかなった(例:自家製の電子図書のページ写真など)。HOゲージ簡易レイアウト上の広島電鉄をDCC・DP1によって操作した(レイアウト写真は以前投稿した)。プログラミングJyThonをまた練習しだした。大学授業の細かな往信を日々続けた。~忙しいというか、為すべきことが山積みというか、愉しみが一杯あって困るというか。どれもこれも充実したが、実は、夏季論文も日曜作家も進展が無かった。それは贅沢というものだろう~。

 次に連休があったなら(来年までないのだが~、何かの都合であったなら(笑))、夏季論文と日曜作家を第一にし、いいかげんにJyThonをマスターしてJMRIシステムを駆使しよう、と想いは空をかけるよ。そして廃線写真を撮りに行ったり、青春18切符で秘境を鉄道旅したいのう。いやはや、なすべきこと、愉しみが山崩れしそうに沢山あって~。ただし、授業準備は、そろそろあごが出てきた。

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2011年5月 8日 (日)

NHK江(17)家康の花嫁:大嘘つきの誠

承前:NHK江(16)関白秀吉:足利義昭の気持ち

 確かに秀吉のやりようは度はずれたことが多いです。青年期から壮年期まではそれが良い方向にありましたが、関白になった頃から、旭姫や母親の徳川への人質、あるいは今後は甥の関白秀次やその眷属への残酷さ、あるいは朝鮮半島渡海など、おかしくなっていきました。単純に老いの兆候とだけでは済まされない、精神的、人格の崩壊を感じます、~。

 ただし。秀吉を描くのに、今夜のドラマでは、戦争、イクサを打ち止めにするために、徳川家康との和睦、つまり家康の臣従を画策し、肉親を政略の道具にしたことになっていました。政治は結果良ければすべて良しとも言えますから、秀吉の圧政問題とは別に、日本を二分するような血を見る戦争が抑止されたのですから、この実姉や実母の、浜松・家康への人質作戦は成功したわけです。

 秀吉自身が家康や、他から人質を要求されたわけではないのですが、姉はすでに結婚した40前後の女性ですから、離縁して家康のもとに輿入れしたことになり、異常と言えば異常です。

 で。
 茶々は、家康の大坂城挨拶が無事終わったとき、秀吉から茶に招かれます。秀吉は家康とのことが終わるまでは、茶断ちし、そしてまた茶々断ち(面会をしなかった)ことが、自身の説明や利休の解説によって、茶々の心を動かしました。要するに、考えようによっては茶と茶々とは同じレベルだとも言えますし、別の考えでは、茶の湯だけが荒む秀吉の心を沈静化し、安定化していたという事実から、秀吉はもっとも大切なものを自ら断ってまで、家康との平和を願ったとなり、それが茶々に、「秀吉の誠」と写ったようです。

 ところで。
 ここしばらく、江さんに強烈なスポットは当たりません。秀吉と茶々との関係がテーマのようです。しかしこれこそが遠い伏線になるのでしょう。江は姉の茶々をずっと見つめ、心の動きを察知し、姉を手本として成長していきました。その関係が、ずっと後年、江の徳川秀忠との縁組み、大阪の陣と続くわけですから、ものすごいドラマツルギーがあります。仲の良い姉妹は、究極の利害関係に立ち、そこに姉妹愛、仲介の(京極)初さんが絡み、楽しみな世界になっていくわけです(笑)。

 浜松城。
 私は、昔元気な頃(今も元気ですが)、東京と京都を自動車で往復する体力気力がありました。そのとき、丁度浜名湖、浜松あたりが中間地点で、必ず一休みしたものです。徳川家康は後年、関東に移封されるわけですが、このドラマ時代にはまだ「浜松が江戸と京との中間地点だ」とは、考えていなかったことでしょう。


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秀吉が関白の頃、家康が固めた浜松城

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2011年5月 7日 (土)

小説木幡記:食の戒め、食は毒にもなるから~

Aopimg_6368 そろそろ連休も終わりだ。今日の土曜日は仕事日になっておる。仕事はなれたものだから辛いとは思わぬが、「連休が滅びていくぅ」という感慨だけは、胸一杯わいてきた。

 畏友のJoBlogを読んでいて、生肉を食文化とするのは珍しいということを知った。イヌイットが植物からのビタミン摂取を生肉に替えていることと、タルタルステーキというユッケの源流のような食べ物と、あとは刺身や寿司の魚文化に生食が目立つくらいらしい。

 むかし職場懇親会のことだった。京都の四条川端天壇の上階で、生レバーをごま油でまぶしたのをいただいたが、甘味があって美味しかった。四条河原町のミュンヘンというビアホールで、牛肉のたたきをいただいて、美味しかった。新鮮な牡蠣だと塩水で洗いながらついちょっと口に入れてしまうほど、生物(なまもの)への抵抗感はないが、……。ユッケを口にした記憶がほとんど無い。遠い昔に、一度くらいは食べて居るはずだが、美味という記憶が無い。なぜかしらねど、昔から韓国料理をいただくと体調悪化するので、唐辛子とかニンニクとか生肉が余の心身に適合していないのだと思っておる。スッピンの、韓国風焼き肉は大好物だ。

 肉食動物は、捕獲した獲物の肉を生で食べる。だから、生食は異常な食性ではない。むしろ自然なのだろう。しかし寄生虫や猛毒細菌類の繁殖によっては、人間の場合、今回のように死に至る。広域流通によって、食材が全国津々浦々まで出回るということは、生肉が長時間細菌の繁殖下にあると言うことだ。それを管理不行き届きな調理によって、食卓に出すから問題が露見した。

 さて結論。
 道学者風に申すわけではないが~
 不特定多数の人達の口にいれる物の(主に食物、食堂~)サービスに関わる人は、心して欲しい。つまり、人間はちょっとした毒素で簡単に死亡する。だから、衛生概念をきっちりもって、食材や調理の管理、そして関係者の清潔さを保って欲しい。これは薬品並に厳格にすべき事例もあるだろう。

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2011年5月 6日 (金)

小説木幡記:読書も仕事も食事のような嗜好品

Aopimg_5618 プリンセス・トヨトミを読んだ。読書感想文を書こうと思ったが、少し躊躇し始めた。
 万城目学(まきめ まなぶ)という作家をよく知らないので、もう2冊ほど読んでから感想を書くのがよいと思ったのだ。登場人物達の個性や見栄えがとんでもなく異様で、肥大化しているのは、ここ数十年の傾向だろうし、今の余には興味も薄い。しかし作品の根本的な創造衝動がすけてみえて、唖然とした。ようするに、手ではつかめない「人々の想い」に作品を託す。こういう作家魂がまだあったんだ、と驚いたわけだ。もしかしたら余はこの世に万城目金鉱を発見したのかもしれない。

 連休中のDCC(ディジタルな鉄道模型制御)は、一方でD101基本セット+PR3(USBインタフェース)+JMRI(制御アプリケーション)+Jython、による自動運転志向と、他方ではDP1でのHO制御に時間をとって試してみた。この隠語列の解釈は、ようするに二つの手法を用いて、鉄道模型を自由自在に動かす実験をかさねているということだ。ある機関車がある条件のもとで、「次に到着するのは村営資料館行きです。足下の黄色い線の内側でお待ちください」とでも、アナウンスするようなシステムも面白いだろうが、根気と資金が必要だな。

 寺社仏閣。お寺さんは500円~1000円と、高額入園料(笑)を取るところが多いが、神社は宝物館などを除いて境内に入るのに関銭を取るのはまれだな。平安神宮がお庭に入るときには別途入園料をとっておった。お寺さんは囲いが高い塀になっていて、領地をはっきり示しておる。昔はお寺さんが城郭化していた面もあるようだ。他方、神社の結界は目立たないのが多い。橋とか土と玉砂利とで区別しているからかな。もちろん祈祷料というか玉串代を払わないと、神殿の中には入れない。まとめてみると、お寺は施設入場料をとる。神社は入場料がまれ。この違いはどこかに理由があるのかもしれない。いずれも尊い布施、玉串代となり、われら庶民になりかわって神仏に斎(いつ)き祈ってくださる、ありがたいことである。

 さて、昨日は講演用の原稿をパワーポイントで50枚制作した。あとはビデオを数分間挿入するだけとなった。次は夏季論文の読み込みと準備に二日間ほどあてる。連休とはありがたいものだ。合掌。

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2011年5月 5日 (木)

小説木幡記:連休真っ盛りの子供の日は子供になって

Aopimg_3834 一般的なサラリーマンの楽しみはボーナスと連休と、耳にしたことがある。ボーナスはさておいて、連休については町も列車も高速道路も人で混んでいる。ということは、連休を支えてくれている人達が沢山いるわけだ。新幹線の運転をする人や、管制室に居る人が、「わし、連休やし、休むわ」とみんな言い出すと、止まってしまう。パトカーに電話して、「連休中なので、5月9日月曜まで、事件の処理や犯人逮捕はお休みします」と言われたら、呆然とするなぁ。

 しかしながら、人は自分自身の環境や条件において、心ゆくまで愉しむ必要がある。自粛自粛が、怯懦に近い印象を与えるのは、まともな大人なら分かっているはずだ。もちろん孔子さまの時代なら、喪に服するとは、1年~3年間、風呂にも入らず、ジサイ(注:古代の船に乗る、生け贄のような役割の人)のような様子で暮らすらしい。江戸時代でも、ことあるごとに、たとえば贅沢もふくめて、歌舞音曲が禁止される時期もあった~。今はそういう時代ではない。だから、連休に遊べる人は精一杯美味しいものを食べて、遊んで、世の中を潤うようにした方がよい、と思った。経済、金の流れは、人でいうと血液の流れ。詰まったり血管が細くなると、脳梗塞や心筋梗塞で一命をおとす。社会もニコチンで血管を収縮させるような自粛が進み過ぎると、詰まる。さあ、町にでてお金を使おう!

 勿論、余などはひたすら家に閉じこもって瞑想しておるが、これは世間の働いている人や、不幸に見舞われた人に対する自粛ではなくて、それこそが最高の贅沢だからだ。いろいろ紆余曲折があって、連休中は休暇を取れる状態にあるのだから、それを神仏の思し召しと考えて、堪能させてもらっておる。

 さて、と。前振りはそこまで。
 実は、DVDなど見ておる。読書もしておる。瞑想ばかりしておると、修行不足のせいか、妄想にかたむきがちなので、他人が作った映画や図書の力をかりるわけだ。余はそういうものを愉しめることを快適に思い返しておる。人と一緒にする楽しみばかりだと、調整が難しい。一人でうまれ一人で死んでいくのだから、中間くらいはいろいろな人とともに過ごす時間があっても悪くはないが、いちいちGWに集会を繰り返すのは面倒だろう。だからこそ、一人でTVをみたり散歩したり写真を撮ったりして、充実することが良いとおもっておるのだ。それが結論。

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2011年5月 4日 (水)

小説木幡記:このごろ立ち寄るお店(イオンモールKyoto)

Muimg_5761 散歩外出したときに立ち寄る店がいくつかあって、電車に乗る直前までには決めている。つい思い立ってふらりと入るほど心の余裕がなくて、せいぜい電車が到着して立ち上がった時に、「やっぱり、今日はここに替えよう」と思うくらいだ。そのアクセスがいろいろ変化する(笑)。

 JR京都駅には奈良線一本でいくか、京阪(丹波橋乗り換え)近鉄線か、迷う所だ。後者だと迷ったあげく終点の出町柳まで行ってしまい、京都駅とは無縁になる。近鉄に乗り換えても、竹田でそのまま直進し、京都御苑あたりまで行ってしまう。唯一奈良線だと、京都駅に着くので、行き先変更は極めてまれだ。

 JR京都駅の南西、近鉄京都からすると真南にイオンモールKyotoがあって、昨年開店した。当初はハウスシックなんとかみたいな臭いに悩まされたが(禁煙して極端に臭いに鋭敏になっていたからか)、現在は安定している。専門店が多いので、月に一度は行って散歩して、広い店内で万歩計の数を稼いでいる。

 nana's green teaという茶処に良く入る。入った動機は、小鉢丼ものがメニューにあって、「おっつ!」と驚いたからだ。それを食べたことはないが「奇妙な店だ」と思って、財布を開けていた。いただく物は定番で「白玉ぜんざい(笑)」500円。大抵通路側のベンチに座り、他人と対面しないように座っておる。喧噪の中で、アルコール抜きの白玉がぶちぶちして美味しいぞ。フロアは1階(地図で104番)で、知らないと見つけにくい店なのに、結構混んでオル。

 イオンモールKyoto自体が大好物なのではない。全体がアメリカ風で潤いもないな。それに子どもが多くてうるさい。レストランはどこも一杯で、埃やばい菌と一緒に食事するような悪寒もする。要するに余は人混みを嫌っておる。無人がうれしい。早朝5時過ぎの電車に乗ると、少なくとも一列車に余1人のことが時にある。実に良い。それに比べればイオンモールは喧噪~。じゃなぜ、月に一度そこへ行く。

 書店(大垣屋)と模型(ポポンデッタ)(411)とPC(ソフマップ)(322)と讃岐うどん(丸亀)(424)が一カ所にあるからだ。そこで買い物をすると駐車場が無料になるので、快適だ。ついでに映画館もあるが、これは時間調整が必要なのでめんどくさい。

 要するに余は邪魔臭がりなんだろう。一カ所でさっさと必要な物を入手したいわけだ。
 ただし、ここの大垣屋書店は京都では「鉄道模型」「鉄道」図書雑誌が比較的豊富な品揃えだな。模型のポポンデッタは中古車両が特徴(図書館列車へ改造するために)なのと、独特のミニジオラマキットがあって、よろし。ソフマップは以前別の処にあった頃から、よく通っていた。ビデオボードなんかを寺町筋よりも、ソフマップで選んでおった。讃岐うどんは付録。良くはやっておるな。
 そういうわけで、年金生活者の日帰り愉しみは将来も担保されておる。

追伸
 そうそう話が中途だが、ubuntuが無料だなんて、すばらしい現代なのだ。(まるっきり、別記事話)

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2011年5月 3日 (火)

小説木幡記:ぼよんとした連続休暇GWとQuickTimeの影

Muimg_3917 都合で5月2日に授業をしたので、今日が連休始発となった。四月下旬は繁忙で休んだ気がしない。連休とは言ってもどこかへ出かけるわけでもないし、計画を練るわけでもない。素直に記録するなら、なにごとも計画を立てず、時計を見ず、眠りたくなれば眠り、食べたくなれば食べ、出かけたくなればでかけ、一駅乗っただけでもかえりたくなれば帰る。これが余の最高、黄金に等しい休暇だな。

 とは言う物の習い性というか、することなすことはどうしても日頃と変わらない。これまたいろいろ事情があって、iPadやair Macや自作Winマシンを極端に使う必要があって、結局今朝はairMacでMpeg2動画をMSのパワーポイントに入れて駆動し、音が出ないのでしかたなく、mpeg2ファイルを洋物の変換ソフト(フリーだね:Miro Video Converter)でmpeg4に直して、それをWinマシンに転送して(USB:ファイル量が1GBを越えたので)、それから一々確かめて、WinではMpeg2 が一番なめらかに動くと確認したが。~またiTunes を使ってiPadに転送して、iPadではmpeg4のiPad版変換が最良(Mpeg2 はKeyNoteが勝手に転送をカットしよったし、mpeg4はちょっと重かった)~

 いやはや、そういう技術的な蘊蓄を傾けているのでは決してない。やっているうちに、アップル社に対して憎悪に似た感情を持ちだしたのだ。なんだかあの会社はときどき潔癖症というか偏執的というか勝手というか世間にもみてしながら世間を馬鹿にしている~そんな気がしてきた。いや、それくらい異様な神経を社風としてもたないと、iPadのような卓越したひとつの「文化」を世界に発信できないのだろうという、いわば一種の諦めもあるが脳。これからアップルを表層的に持ち上げるマニアとかファンにであったら、「けっ、あほか。お前が作ったマシンでもなかろうに」と、毒づいてやるつもりだ。ふむふむ。

 さて。
 iPadもairMacも実によいマシンだね。デザイン、手触り、レスポンス、価格~よろし。ただし、QuickTimeだけは棄ててくれた方が精神の安定には良い脳。もう、詳細は省くが、mpeg2ファイルのことはな、双頭のG5マシン時代にもさんざん苦労して読ませて音をだして、心から馬鹿馬鹿しくなって、それ以来動画関係はアップルから撤退していた。あれから、6~7年たった昨今、もう大丈夫だろうとおもったのに、~。AppleStoreが2300円でmpeg2を見せるところまでは我慢した。しかし、まだ音がでない~。

 要するに、QuickTimeは自分の好きな動画しか、見なくて良い! と世間を矯正するつもりなんだ。

 というわけで、そのまま愉しい読書をして、ゆったり風呂に入り、美味い物をたべて休暇を愉しもうぞ。そうそう、ブックオフに出かけたら、鉄道関係の10年前の美麗な雑誌が105円だったので、3冊買って「得した!」と喜ぶ自分がおった。手軽に喜べるのも、才能だよな。cancer
 そしてまた。
 10年前の雑誌が新しく見えて読める世界も珍しい。鉄道模型世界(つまり鉄道世界)は、時の進みがゆったりしているに違いない。

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2011年5月 1日 (日)

NHK江(16)関白秀吉:足利義昭の気持ち

承前:NHK江(15)猿の正体:それ仁か、誠か

 室町幕府最後の将軍、十五代足利義昭は昔から不思議な人に思えていました。六十過ぎまで元気で、長生きでした。豊臣秀吉と年齢が同じで、死は義昭が一年早かったわけです。将軍さまと不世出のドン百姓とが同じ時代に生きて同じ世界を渡り歩いて、最後に義昭は秀吉から一万石の待遇を受けて、四方山話の相手をしていたのです。それに秀吉の後の悲惨な豊家運命も見なくて済んだのですから、幸せな将軍さまだったと思います。

 義昭が鞆の浦で逼塞していたころに、秀吉が足利氏の猶子(ゆうし)にして欲しい、つまり足利将軍職を引き継ぎたいと言ったのかどうか、その史実は知りませんが、内々あってもおかしくはないです。ただし、今夜のドラマは上手に扱っていましたが、征夷大将軍と関白職とは、どう考えてもつながりが見えず、秀吉が勤王だったことを併せて考えると、征夷大将軍という武官職を望んだのかどうかは、当時の秀吉に直にうかがわないと、わかりません。武官は昔から日本でも中国でも低位に見られてきましたから、武張った印象が薄い秀吉なら、最初から藤原家、つまりは近衛家に接近していたのでしょうか。そういえば、篤姫も、最初は島津から近衛家の猶子になりました。猶子は家督相続を前提としない名義貸しのような制度です。特にあらゆる面で窮乏きわまっていた公家社会では、伝家の宝刀的収入源だったかもしれません。

 足利家は鎌倉幕府が滅びる頃、都から見ると最果ての足利という地方に住んでいた武家だったわけです。名門源氏の流とは言いますが、日本人のほとんどは元をたどれば藤原家や名のある人達につながっていきますから、北条に乗っ取られて尾羽うちからした源家がどうのといっても、笑止なことだったわけです。それは私が、◎◎皇子七世の孫というようなもので、~。しかし当時義昭さんが将軍職であったのは事実ですから、親・先祖の遺産を手にした特殊な人だったわけで、たとえドラマの中でも憎々しげに「触れるでない」と秀吉の弟に怒鳴ったのも、しかたないです。当時は、ドン百姓は人間扱いされていなかったようで、そういうカーストの秀吉が位人臣を極めかけているのですから、義昭さんの世界観は壊れかけだったのでしょう。

 ただ。足利義昭のことで不思議だったのは、信長や秀吉に反抗的、いや叛乱(義昭からすれば、信長や秀吉が叛乱者だったようで)し続けたにもかかわらず、ついに生きながらえて、秀吉の話し相手として生涯を閉じたという人生です。なにかしら人徳か、独特のキャラがあったのかもしれません。

 忘れ書きしそうになりましたが、今夜の三姉妹、京極さん、たまさん。それに秀吉親族、おねさん。女性陣は相変わらず強靱です。女優冥利というのでしょうか、茶々さんは匂い立つような色気が出てきましたし、初さんと江さんはそれぞれが実に面白い性格をきっちり出してきています。
 うむ。たしかに、どこと指摘はしにくいのですが、面白いドラマだと思っております。
 あっと、石田三成はなかなかよいです。もちろん、本多忠勝、さらによろしいな。


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(鞆の浦)

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小説木幡記:メディア変換の中での紙や電子書籍

Muimg_5730 メディア変換という言葉は、媒体変換ともいえるから、単純に考えるとたとえば粘土板に書かれている本を、紙に印刷し直すようなことが想像できる。他方、もっと大切なことは、地図を文章に変換したり、文章から写真(静止画)や、動画に変換することもある。この方が根源的で大胆なメディア変換である。
 ところで。
 最近、というか先年の春にアップル社のiPadを注文して以来、ずっと電子書籍と紙書籍の対比を考えてきた。余が考えずとも、余人が賢く考えてくれるわけだが、暇もあり手持ちぶさたもあって、ともかく考えてきた。そこで、現状での中間的な結論はというと。3つでてきた。

1.小説の電子化必然性?
 電子書籍化という必然性は、新しいメディアを生み出すことにつながる。だから紙で済ませられることは紙で済ませておいてもよい。
 つまり、ひたすら読み進んでいく小説などは、そのままのテキストならば紙の方が読みやすく扱いやすい。ディジタル化すると数千冊を持ち運び出来るから便利という話にもなるが、~人間は大抵一冊の長編小説を読み終えるのに数日かかるから、数千冊を同時に必要なのは世界旅行したり、特別な職業の人だけだろう。

2.新しい別種の電子化小説?
 電子書籍化の必然性と持続性は、電子化することで圧倒的な利便性や別の世界が広がる時だろう。たとえばテキストオリエンテッドな小説が、電子化することでゲーム化したり音や映像の映画的要素が入ったとき、初めて電子化書籍の強い意味が生まれる。
 それは紙書籍媒体から別の新媒体に変化(あえて進化とは書かない)したことになり、iPadのような読書機があってこそ生まれるものだ。iPadで村上龍の歌うクジラ(ネット上での電子版解説あり)を読むというよりも眺めていると、近未来の新しい電子書籍を想像することができる。坂本龍一の音楽から雰囲気を耳できっちりとらえて、そして篠原潤のイラストが近未来世界の形を見せてくれる。
 従来のテキストオリエンテッドな芸術から、別の物が生まれる端境期だと思った。

3.メディア変換の難しさ
 コンピュータが生まれて70年近くになってきた。インターネットが日本の一般社会で解禁というか普及し始めたのは1995年前後だから20年近くになる。その間の変化は犬加算年というか、「実年x7」の勢いだった。つまり、陳腐化が早い。インターネット話は、実年は20年弱前だが、一般的な歴史に換算すると140年ほども昔のことになる。要するに明治時代のことと同じくらいに古い話である。
 その間のメディア変換の激しさからして、すでにインターネット黎明期の情報を読み返せないことが多い。情報の格納形式と、格納媒体の変化によって消えた情報も多々ある。
 たとえばβのビデオが沢山あって、再生機が生産販売されていない世界では、もうβにあるビデオ映画を見ることが出来ない。と、それはたとえ話ではなくて現実である。

 この1~3は、紙であっても電子であっても、それぞれの格納媒体が生まれた時、新旧メディアの並列同時存在時期が長く続いたと考えている。紙印刷術図書は1450年のグーテンベルグころを始点とできるから560年前だ。紙が生まれたのは諸説あるが中国で西暦紀元前後と考えるのが穏当なところであろう。2000年前だ。そして電子計算機の誕生は1945年頃、65年前のことで、7倍して455歳(笑)。紙印刷図書の年齢が560歳で、電子書籍が455歳。まだまだ共存するだろう。(昨年2010年iPadの誕生普及をもって電子書籍元年と言われ出した)

 それにしても、コンピュータのOS自体が問題だな。今時、CP/MとかMS-DOSとかOS9、Windows95とか、~Apple2対応とか~。そういうゲームやテキストを、現代のwindows7やMacXやLinuxで扱うのは至難の業だし、玄人でないと無理だろう。さらにそのころは音楽テープや紙テープ(爆)や巨大な7インチ・フロッピーディスクにデータを保存していたような気がする。5インチはその後だ。わずかに30年昔のことだ。メディア変換して現代に蘇生させるには、研究課題になるくらい苦労する。

 いろいろ来し方行く末を考えるとしんどくなってきた。数日前にiPad2 が国内発売された。そのうち、初代iPadで読めた小説は、iPad5くらいになるとフツーゥには読めなくなるような悪い予感がする。taurus

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