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2011年4月10日 (日)

NHK江(13)花嫁の決意:江の最初の夫、佐治一成

承前:NHK江(11)猿の人質:三姉妹の涙

 先回は所用があって、大河ドラマ鑑賞を見送りました。事情が重なって、録画して見る気力がでなかったわけです(笑)。さて今回は江さんが尾張の従姉妹、佐治一成のもとに嫁ぎました。なぜ嫁いだかというと秀吉の命令があったわけですが、秀吉の考えでは、史的には信長の次男の織田信雄が徳川家康と組んで秀吉に対抗するのを阻止するためだったと推定できます。佐治一成は、現在の愛知県常滑市金山に(尾張)大野城を持った五万石の城持ちで織田信雄の家臣でした。しかし、お市の姉のお犬が、一成の実母なので、江と一成は従姉妹です。秀吉としては、その縁をたよりに、伊勢湾で水軍を操る佐治を織田信雄から離反させることができないか、あるいは信雄の内情を江の伝をもって得られないだろうか、と考えた上での政略結婚だったのでしょう。そこまでは史的にも理解できます。

 しかし物語としては、秀吉の内情を細かく表現する必要もあって、江が末の妹なのに、姉2人よりも先に嫁ぐ事情は、もっと秀吉の姑息な感情から出ていると描かれておりました。要するに秀吉は、恋慕したお市の方の面影を濃厚に引き継ぐ長姉のちゃちゃをなんとか毒牙にかけたいという魂胆なのでしょう(笑:それが毒牙という古典的な言葉として現代通用するかどうかは難しい所です。見ている分には、登場人物達も、観客達も、にっくき毒牙男秀吉憎し! となるわけですが~さて)。物語の謎解きは、江が嫁いだ後で、秀吉の正妻ねねがちゃちゃに、秀吉のかいた念書を見せるところにありました。つまり、江は嫁ぐ代わりに、秀吉が姉によこしまな考え(笑:なぜよこしまなのかは時代や地域によって大いに異なります)を持たないと約束させた、隠された真実があったわけです。

 おとぎ話です。
 しかし、おとぎ話であっても、秀吉の女子好みとか、旧主家織田家に対する扱いとか、あるいは戦争への苛烈な戦略・戦術とかは、背景に見え隠れしています。ドラマのなかでは、江は常に信長の名代として描かれています。江の気性が信長公にそっくりだという描き方です。秀吉にとっては、江が一番手強い御姫さまだったのでしょう。だから政略結婚と江を追い払うことができて、秀吉は見事作戦勝ちしたわけですが~そうは問屋がおろさんでぇ~と、後日に江がほくそ笑むかもしれませんな。

追伸
 さきごろ角川文庫で妖説太閤記(上下)/山田風太郎を手にして、ぼつぼつ上巻を読んでいます。山田風太郎さんの作品ですから壮絶なおもしろさですが、なにかしら今年の秀吉は、この妖説を読んでおくと理解がしやすいように思えてきました。おそらく秀吉はドラマの中で全体の50%まで準主役だと思います。それだけ江の人生や時代にとって重要な人物だったのでしょう。

再伸
 信長よりも一回りも下の弟に織田有楽齋(おだ・うらくさい)という有名な人がいまして、彼が佐治一成の後に尾張・大野城主になりました。有楽齋は千利休の高弟でもあり、後日徳川幕府下でもその子孫が小藩の大名として幕末まで続いたようです。江や初や茶々は彼の姪ですから、当時の人間関係はひっそりとした中に濃厚な血縁があったようです。


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(↑尾張の大野城:愛知県常滑市金山の城山公園)

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承前:NHK江(13)花嫁の決意:江の最初の夫、佐治一成  物語では実に慌ただしい「江」の結婚生活だったようです。つまり嫁いだ天正12年(1584)は歴史上「小牧・長久手の戦い」があって、秀吉X{織田信雄+徳川家康}が名古屋市の北にある小牧山と、東にある長久手で戦い、結果的に秀吉と信雄は和議し、家康は浜松へ帰った年でした。このとき、佐治一成は水軍の力をもって家康が帰国するのを悪天候の中で助けます。... [続きを読む]

受信: 2011年4月17日 (日) 19時24分

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