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2011年3月13日 (日)

小説木幡記:東北関東大震災

Muimg_4166◎ 震災の実情
 2011年03月11(金曜)の14:45頃に東北地方の太平洋側でマグニチュード9.0(日本では1000年に1回)の大地震が発生し、津波が10分程度で青森、岩手、宮城、福島、茨城の海岸沿いの町を襲った。また新潟県でも震度6の地震があった。
 津波の高さはメーターを振り切ったり、津波検針器を根こそぎ海に持って行ったせいか、7.6mまでしか検出出来なかったようだが、おそらく10mを越える波が海岸に押し寄せ、多くの町や村を壊滅させた。現状ではいろいろな情報条件から、死者や行方不明が2000人前後とTV画面にでているが、おそらくその十倍近くになるような予感がした。十六年前の淡路阪神大震災(1995)で亡くなった方は5千数百人だった。その地震の180~200倍のエネルギーが一挙に襲ってきたとのこと。

 津波が町や村単位で壊滅させ、これは様子を実況で見ていた。たしか金曜日の午後、NHKだったと記憶する。ヘリコプターからの宮城県名取市名取り川上流での実況だった。他の映像では、宮城県石巻、宮城県気仙沼、岩手県陸前高田、同・大船渡、同・宮古などが壊滅的だった。宮城県・南三陸町では1万7千人のうち、1万人の住民との連絡が付かない。

 そしてもう一種は、福島の第一原子力発電所と10km南の第二原発とがともに冷却能力を失い、爆発し、付近の人達は10km圏外に避難したが、軽微な被爆があったとのこと。ただし結果がまだ不明瞭なので、安易に軽微と言うのは誤情報になるかもしれない。原発は最大8.4マグニチュードを想定して安全対策を施していたようなので、8.8→9.0となると、事故が起こっても仕方ないとも思った。
 (追加:正確には、第一原発の方が、13~14日にかけて二つの水素爆発をし、軽微の放射能を出してしまった。第二原発は、少なくとも14日には、二つの原発が冷却停止した、とのこと)

 政府は金曜時点では自衛隊派遣を2000人くらいだったが、昨日土曜日には5万人、そして本日13(日曜)には10万人の派遣を決定した。アメリカは150人のレスキューを派遣した。韓国、中国、イギリス、フランス、ドイツ、スイスなどがすでに本国を出国した様子がTVでわかる。国連からはこの諸外国援助を調整するために7名の係官を派遣したようだ。世界の沢山の善意をうけても、言葉や風習や、日本の救助体勢と上手に調整を図るには、国連の専門家派遣は意味があると思った。

 アメリカは三陸沖に米軍の空母や上陸用舟艇の用意をしだし、日本海上自衛隊も艦船を動かしているとのこと。TVでの実況中継を見る限り、津波痕の都市痕跡は戦争と同じだと思った。すさまじいの一言に尽きる。しかも、局地的ではなく、東北の東海岸全部という広域である。激甚震災指定が行われ政治上、経済上の対策は施されたがその効果がでるのは後日のことであり、現状は生命、水、暖房、食料、通信、電気の対処が緊急に必要である。そのためにこそ、海上自衛隊、陸上自衛隊、航空自衛隊、米海軍・海兵隊の救援活動が望まれる。

 道路が通じない。戦車でないと乗り越えられない障害物だらけである。道がない。地盤沈下で町全体が沈んでいる。文明が消えた震災地に、今のところ陸に強い警察や消防の殉職がある。だからこそ、この一両日はヘリコプター、輸送機、そして海上の航空母艦が相当に重い意味を持つのだろう。……

◎ 卒業生関係、図書館
 葛野図書倶楽部2001をともにがんばった卒業生達の実家や働き場所が関東から東北にかけて数名いる。秋田、岩手、宮城、千葉、関東一円、そして新潟県。最近では宮城県石巻の出身者もいる。
 本人達も、縁者達も、無事を祈る。

 そして身内のエドルン君も江戸にいる。
 ネットや電話を関西から使うのはひかえているが、江戸からの連絡では、揺れが異常に長時間続き、これまで経験したものとは異なるとのことだった。畏友達のblogを眺めても、東京ですら「だめだ」と思わせるほどの強烈さだったのだから、津波とマグニチュード9.0付近がどんなふうだったかは、想像できる。

 各市町村には図書館が大抵ある。午後の3時前後だったから、アルバイト司書も沢山いたことだろう。無事に逃げられたかどうか、ふと思い描いた。待遇や保証の薄いアルバイト司書が事故に遭うのを想像するのが辛い。まず、利用者を先に逃す、これは当然だ。しかし同時に、アルバイト関係者達も先に逃れたことを期待する。
 ただし。
 名取り川流域を上流に向かって家や船や自動車を飲み込んだ黒いアメーバーが登る姿を実況で見た限り、津波からの逃亡はコンクリート造りの3階以上しか逃げ場がないと思った。市町村の図書館は2階建てか、役場との共同施設かもしれない、~。無事を祈る。

◎ 日本沈没
 小松左京の日本沈没を思い出した。MuBlogには記事もあった。復興支援が重要になってくる。


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