浄瑠璃寺の立春:浄土式庭園
「この春、僕はまえから一種の憧れをもっていた馬酔木(あしび)の花を大和路のいたるところで見ることができた。過日訪れた浄瑠璃寺は、たたきかはんちくのように見える細い道の向こうに今でも小さな門があって、道の傍らには馬酔木や山茱萸(さんしゅゆ)の黄花が咲いていた。新暦節分や立春の季節はまだまだ寒いはずだが、その日にかぎって「春」が山道に訪れていた。
そのなかでも一番印象ぶかかったのは、奈良へ著(つ)いたすぐそのあくる朝、~(略)~二時間あまりも歩きつづけたのち、漸(や)っとたどりついた浄瑠璃寺の小さな門のかたわらに、丁度いまをさかりと咲いていた一本の馬酔木をふと見いだしたときだった。」(浄瑠璃寺の春/堀辰雄)
浄瑠璃寺は小さな結構の山寺なのに、庭園が国指定名勝で、国宝と重要文化財が山のようにあって、しかも庭園拝観だけなら自由にお参りできる奇特なお寺だ。私は仏像よりも庭が好きなので、すっと入れたので極楽浄土の想いがした。西方極楽浄土に阿弥陀堂があってその中に九体の阿弥陀さまがおられる。そして池を挟んで東方浄瑠璃浄土の三重塔には薬師如来さまがおられる。これは東西に浄土のあるお寺さんだから、身近な宇治平等院よりも贅沢な造りと言える。
紅葉も桜もない季節だが、阿弥陀堂の前にたって猫を撮し、池を挟んで東方の三重塔を眺めたとき、一瞬「浄土」とつぶやいた。平安時代の人々の浄土信仰は、机上の理屈とか宗教教義を飛び抜けて、実感として肌で感じた世界なのだろう。
青年期は、この浄瑠璃寺は奈良県のお寺と思ってきた。事実、近くの「柳生の里」は奈良県で、浄瑠璃寺も柳生新影流も、奈良市の近鉄駅前からバスで行くのが通常ルートである。ところが実は、浄瑠璃寺は京都府木津川市加茂町となっていて、JR加茂駅(大和路線)からバスに乗る方法もある。私の場合は宇治木幡から自動車を使い丁度70分で着いた。
自宅にもどって翌朝iPadで小説集(i文庫HD)を眺めたら、堀辰雄『大和路・信濃路』があって、そこに「浄瑠璃寺の春」が収められていた。少し時が経ったこの時代の文学は文庫も少なく、iPadがとても便利に思えたが、今後も旅先に持っていくことはないだろう。せめて旅先くらいは頭をぼんやりさせて青空や古社の千木や寺の甍を眺めていたい。
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