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2011年1月 4日 (火)

小説木幡記:2011/01/04(火)此岸と彼岸、日常と彼方

Muimg_3858 ということで今日から出勤とあいなった。正月気分もきれいになくなった。

 昨日三日は街にでかけて三条木屋町近くのそば屋で昼をとった。天ぷらそばが1200円。その後Balのジュンク堂に登り各階を眺めた。電子書籍に関係する今様本がたくさんあった。また新刊文庫棚もたくさんあった。最近は文庫本を投げ捨てるように読み続けているので、新たに購入することがもったいなくて、観るだけにした。

 総じて余の感性からすると、ここずっと書店の棚には幼稚で軽い薄い、要するに子供むけの図書が満ちあふれていた。それはそれで良いのだが、世の中が白砂糖で埋め尽くされたなら、塩味や昆布ダシ、わさびや辛子に唐辛子、微妙な醤油味がなくなって、つまらぬ、と思った。子供はどうしても、あほだから、味わうことが出来ぬのだろう。いやしかし実年齢の子供はそれなりに可愛らしいけど、ええとしこいた20代、30代の兄ちゃんや姉ちゃんが、子供向けの菓子本や料理本をたべて喜ぶ姿は、げっそりする。~と、そういうものなのだろう。幾とせ幾とせ長きにわたり。

 ジュンク堂ではなにも買わなかったので、その分お茶でもしようと思い、四条木屋町まで下りてフランソワに入った。満席だった。紙図書のふがいなさに腹がたったせいか、空腹だったので、満席の中の四人がけを一人で占有して、アップルパイとブラック珈琲とを注文した。1100円。しかしさすがに気に入っているフランソワ(高校2年以来)でも、こう混んでいるとどうにもならぬ、またしても腹立たしくなった。「一体みんな、正月そうそう、何をしに街にでかけて、フランソワに入るのだぁ!」と、やり場のない怒りに胸をふるわせて、ああ、新聞もTVニュースも未来永劫こういう常套句ばかり使っておるようでは、だめじゃね、と思った。

 そこを出て、五条まで歩き疲れて、泉涌寺あたりまでタクシーを使い(970円)、お茶会というか見学会の席に着き、旧知達と歓談し、夕方まで過ごした。

 と、今日のことだが。
 明日から授業も始まるので、授業や会議や会議や会議の準備をして、俗世にもどろう。俗世がよいのか彼岸がよいのか、それは時々に応じて余の気持ちも変わる。しかしなお、俗世のまったりとして手慣れた濁った水も、またよい肌触りであって、結局そういう世間や日常あってこそ、彼岸や彼方や落日の美を深く味わう境地にもなるのじゃろう。相棒の劇場版Ⅱで、官房長殿が杉下右京に言ったように、正義の相対性話は、人生の相対性話にも通じる、わかりやすいたとえ話となっておるのう。

 さて、今日こそは日常にもどった振りをいたしましょう。

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コメント

少しご不興のようですね

 1月の4日から授業や会議。
人間相手の職業は大変やなあとご同情申し上げます。
学校というところは教育の場、人間の教育の場ですからねえ。
人間を相手にする職業なのですなあ。

 好奇心が減ったとか何ごとも邪魔くさくなることがある、とか嘆いてはりましたね。
卑弥呼に見果てぬ夢を見つつ、鉄道図書館のジオラマを作りつつ、最新のいろんな書物を読みつつ、iPadなんぞにうつつを抜かしつつ、好奇心が減ったのでありましょうか。
何ごとも邪魔くさくなったのでありましょうか。

 琵琶湖方面の隠れ宿でカモ南蛮かなんかを食して。
トヨタ・ヴィッツで雪道の滑り具合を確かめたりして。
大型猫のハルキくんをからかったりして。

 それでも人生(邪魔くさいことばかり)なのですねえ。
せんせ~ぇも欲張りなお人や思います。

投稿: ふうてん | 2011年1月 4日 (火) 23時14分

 いえいえふうてんさん、そういうことばかりではないのです。
 加齢とともに人は不機嫌になるという、そのことの反面教師役を披露しておるわけです。なにしろ人間相手の仕事ですから、人は何者にでもなれるし、なった振りして相手の気持ちを把握するという大切な知恵をつけて初めて「猿」→「人」になるわけですからね。

 ところで。
 卑弥呼探索日帰り旅行5000円、模型制作キット5000円、最新文庫800円、iPadは一度っきり購入50000円、鴨すき鍋一人8000円~これらをして一時に書けば贅沢ではありましょうが、長年打たれ続け、半泣き状態で世間を這いつくばってきた団塊世代が、戦線離脱する前後の日常としては、高い贅沢生活とは思いませぬ。

 赤貧洗うが如しと書けば嘘になりますが、わが知人達や、あるいは億単位で現金を動かす同世代の粗悪な政治屋さんと比べると、~貧にして貧。ただ口に糊するだけの余生とも言えましょうぞ。

 というわけで、不満を吐きながら日常を過ごす、そういう常民の姿をちょっとばかし真似しただけです。実情は日々これ無念無想、生きておるとすれば息をしておるし~なんの不満もございません。朝の煎茶の一服にて、絢爛たる一日を予感できるわけです(笑)

投稿: Mu→ふうてん | 2011年1月 5日 (水) 05時59分

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