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2011年1月23日 (日)

NHK江(03)信長の秘密:築山殿事件

承前:NHK江(02)父の仇:伊勢上野は伊賀上野じゃないのです

 信長は江(三の姫)にフロイス、おね(秀吉の妻)、千宗易と3人の面白き人を会わせました。そして琵琶湖を北上し竹生島の弁財天に連れ出しました。そこからは江の亡き父の城、小谷城跡が見えたのです。

 湖上と竹生島で、信長は、徳川家康にその妻と嫡男の死を求めた事情を語りました。信長は、わけはわからなかったが家康に2人の死を命じた、とのことでした。猿(木下)に妻・おねを殺せと命じたら、猿は何が何でも許しを請い、無理なら自分が死ぬだろうと、信長は言いました。家康はそれをしなかった。つまり、妻と嫡男の死を認めたのは家康自身だった、という考えが信長の答えだったわけです。

 このことを江は千宗易に言って解説を求めました。宗易は「ひつこく答えを求め、それでわかった・わからない、とするのは己の我がもたらす傲慢だ」と、江に注意しました。


大きな地図で見る ↑安土城跡


大きな地図で見る ↑竹生島

 さて。
 今夜も難しい局面でした。
 私もよく分からないことが多かったので、明早朝にすっきりして、続きを書きましょう。

翌朝の追伸
 昨夜はつかれていたのかドラマを見終えて少し感想を書いている間に眠ってしまいました。
 あいかわらず児戯児戯したところはあるのですが、江がまだ十代中頃と想像すると、江のひょうきんぶりは活発な少女らしいものでしょう。母のお市が言ったように、江は信長に父像を求めていると考えれば、ものすごく分かりやすいです。

 ところでしきりに明智光秀がお市の前に現れますが、これは伏線じみていて楽しいような不安なような、複雑です。もともと信長の奥さん濃は、美濃の斎藤道三の娘さんで、これは明智光秀とは縁があったというか相思相愛風に描かれていたNHKドラマもありました(功名が辻でしょうか、~)。しかし、どうにもお市と光秀の縁は思い出せません。
 その光秀がフロイスとの会見が終わった後、江が見ている前で、信長に打擲されます。もちろん、江はなぜ信長がそのような乱暴狼藉を働くのか、まるで理由が分かりません。それで信長に問いただしますと、信長は瞬時に答えました。
 「あのキンカン頭は、フロイスの顔を一度も見なかった」
 「はあ?」
 「光秀は、余が異国人を安土の城に入れたことに不服なんじゃ」
 「ええ。でもそれだけで、あんなに乱暴なことを」
 「不服があれば、言えばよい」
 「それは、信長様を怖れておいでだから」
 「~己の気持ちを伝えないのは、己がないからだ。そういう人間を信用できない」

 と、ある意味で直截、また無理難題な信長の人間観ですが、これと家康妻子の死罪命令とは、少し似たところがあります。信長は頭が良すぎて、右往左往する諸人の気持ちを最後は、捉えられないのじゃなくて、理解したくない、つまり邪魔くさがりのところがあったんでしょう。
 それぞれに深い事情があったと、思えてきました。
 こういう分けで昨夜は、さすがに江は、「わからない、わからない」の連発でした。私は、どうだったんでしょう。それは~遠い昔のことですから、そして信長と話したこともないので、わかりませぬなぁ。

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受信: 2011年1月30日 (日) 20時46分

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