20110113(木)のお別れ助勤会2010
かれこれと遅れがちだった昨年の助勤懇親会をようやく年明けの1月にもうけることができた。私も含めそれぞれがそれぞれの世間の荒波にもまれ、やっと一息つけた懇親会:お別れ助勤会だった。奇しくもというか、その日の昼すぎ私自身のことで話があって気が楽になっていた。書記局長もまた別のところで夕方話があったようだ。局長は年末の話をしてくれていた。経理局長は4月からの大まかな予定を話してくれていた。各人各様それぞれの行き先を微妙に把握するのが毎年、厳冬の一夜だった。
御池駐車場
例年の行事とは言っても2010年次組にはそれなりの物珍しいことがあった。すべては私の視点からだが。まずそれぞれが事情あって、集合がばらばらだった。酒はまったくない毎年なので私は自動車で河原町御池地下駐車場に入り、地上に歩いて出て街の照明をぼんやりみていた。夜間照明が珍しかったのだ。駐車場はがら空きだった。街が不景気で沈んでいるのかそれとも駐車料金が高いのか、わからない。話が後先するが、3時間弱で1500円も支払った。京都市経営の駐車場はどこも経営努力が足りないのか~割高感があったな。木曜日の夕方に、巨大な駐車場ががらがらとは、~。うむ。
作家池波正太郎
夕刻の6時頃に4人が集まった。三条木屋町・小橋のあたりだった。そこで私はひとしきり、江戸の作家・池波正太郎さんが、以前、京に来るたびに立ち寄った「松鮨」がここでした、と講釈をたれた。今は牛丼屋になっている。この小橋あたりは私が気に入った箇所で良く歩く。向かいには石碑があって「佐久間象山先生遭難之碑・大村益次郎卿遭難之碑」と書いてあった。
Gacktの色紙
寒くて空腹感が強かったので4人ですぐ近くの「(博多)長浜ラーメン・みよし」に入ってチャーシュー麺をいただいた。そのとき突然、壁に掛かっている色紙・サインが話題にあがった。局長2010の話では(芸能通だ!)、ガクト、そうあのGacktが年に一度だけ、関係者取り巻きスタッフ一同を引き連れて京都のこの「みよし」に現れ、店を貸し切りにしてラーメンを食べるそうだ~。私は見たことがないから真偽のほどはわからぬが、たしかにGacktと書いた色紙だった。店が飾っているのだから、本物と信じた。私も年に1回、助勤数名を引き連れてチャーシュー麺を食べに来るのだから、色紙を書いてあげても良いと思ったが。依頼はなかった。
キルフェボンで御隠居と遭遇!
その後、例によってほんのご近所の「キルフェボン」に繰り出した。木曜日の極寒夜も7時を過ぎると、キルフェボンに人影は意外に少なかった。しかし、あろうことか、ばったりとご隠居に出会ってしまった。こういう事もアルのだろうかと、実に驚きは深かった。昔の三番隊長だった!
しかし挨拶もそこそこに、若い助勤たちはケーキというか、甘い物を注文し、食べ始めた。私も小さなのをほんの少し口に入れた。黒ザクロとか、イチジクというか、わかりにくい果物が上に乗ったお菓子だった。局長が同じ物だったな。飲み物は、当然のごとく、冷水だった。上等なケーキには、水が一番!(笑)
最後に
水ばかりでは、いかにも口元が寂しいので、キルフェボンを出て和茶を飲むことにした、~とまあそこからひとしきり楽しい話もあったが、私は邪魔になるので早々に席をはずして、帰路についた。
さても今年次、恒例の助勤会が夏と冬に無事できた。
終わりよければ、すべてよし、なり。
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