小説木幡記:2011/01/06(木)京都の建物は夏向け
昨夜はまたしても冷気が宇治を襲った。もちろん気のせいかもしれないが、寒い! と呟くほどに凍えた。ところが今朝の外気温を眺めると7度Cで、熱帯国とはいわないが、これをして寒帯国とは言えぬ。
暖冷は楽しむものと思ってきたが先夏の猛暑や、大晦日の京の吹雪を思い出すと、そうとばかりは言っておられない。詩仙堂など行けばすぐに分かるが京の建築は夏向けに作られている。昔の冬は炭や布団で暖を取れたが、猛暑をしのぐのは、家全体を風通し良くするしか無かったのだろう。
詩仙堂は家の隅に極細の柱があるだけで、全室が庭と風の中にある。そういえば嵯峨御所大覚寺は真横に巨大な池があるから、夏の、そこからの気化熱による気温の低下は十分確かなことだろう。(写真 ↓詩仙堂↓)
京都の猛暑がそうさせたのか。他の地域ではどうなのか、いずれ落ち着いたら聞いて見たい。たとえば雪国の民家や寺はどうなのだろう。猛暑とはことなる温暖な地方での建物はどうなのだろう。
以前、なにか週刊誌の写真でみたが、沖縄の公的建造物(県庁とか、市庁とか)で、建物に風の道を明瞭に設定することで、クーラー無しで過ごせる設計をした、という記憶がある。京都の猛暑は湿度が関係するからな。そして愛宕降ろしの冬の寒さはまた格別だ。
余が住まいするのは比較的穏和な、藤原氏の別荘地・宇治だから、夏も冬も少しはしのげる。
(写真 ↓大覚寺大沢池↓)
かくかくしかじかと、真冬の季節に京の夏をしのぶのはいささか天の邪鬼と感じながらも、この寒暖の妙は独特だ。秋や春ばかりだと、人間は早々にぼけてしまう。夏や冬ばかりだと、性格が歪になる。四季あってこそ、穏やかな人格が育つ。
と、寒い中で、ひとしきり布団の中で考えておった。むろん、こういう考えは寒中のことなので、多少歪さは含んでおる。
それがついには、服屋さんとか着物屋さんは四季があった方が腕がふるえるだろう、という想像だ。夏物、冬物、春物、秋物と洋服やアクセサリーを整えていく人が多くなると、商品企画にも多様性が生まれる。人もそれを楽しめる。いつも冬ばかりだと、分厚いコートや長靴(ちょうか)ばっかりで、サンダルや薄着の妙が無くなる。
さて。今朝も分厚いマフラーが首筋を温めてくれる。冬のよさだな。
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