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2010年12月27日 (月)

小説木幡記:2010/12/27(月)Mu貧乏物語なり

Muimg_5728 昨日日曜日は午前に授業関係記事をまとめ、午後は葛野の屯所でNDKメンバーと落ち合った。いろいろな過去蓄積が複層的にからみあい、システムを新しい企てに調整するための打合せに終始した。なかなか難しいが、解はある。

 夕方は早めに出てタクシーに4名が乗った。忘年会は御池木屋町の豆水楼だったので、電車を乗り継いだり(乗り換え2回)、阪急の河原町から御池まで歩いたりするよりも、タクシーが得策だという一致意見からだった。一人あたり丁度500円ですんだ。電車賃と変わらない。

 話題は尽きなかった。
 I君の病後の食事。酒も飲んで良いのだが、普通の速度で食べるとものすごい腹痛に見舞われるとのこと。体重が増えぬのが悩みと聞き、差し上げたいと思った。
 O君の職場の話(そこは事件事故の多い難儀な職場(笑))や、発狂しそうな某blogの話には目点になった。要するに人の悪口罵詈雑言しか書かない、それが人気のblogが実在しているとのこと。問題はそのblogオーナーが基本的に知識階級・文筆で生計を立てている人なので、悪口を実名で書かれても口では勝てないところがあるらしい。余思うに、他人の言動を餌にし罵詈雑言で身を立てるとは~、いじましい人士が人気を博しているものよ。
 さて、真打ちのN君からはたっぷり東京豪華生活の顛末をうかがったが、人にはいろいろ考えもあることだし、もともと人格立派な人のすることだから、それなりの理屈もあるのじゃろう、と余も納得した。

 とはいうものの、O君とI君の豊かさには「どうして、同じ人類なのに、かほどの人生の違いが生じるのじゃ楼」と、余は長嘆息しつくしていた。するするとカバンからとりだした、最新鋭・極超薄型の11インチと13インチのノートPCを同時に2台も眼前にし、ワープロの起動が1秒どころか瞬時なのを知り、時代を知った。自転車一台が50万円を超えるとか、なにげの腕時計が10万円を軽く超えるとか~、単眼鏡が10万円は最低するとか~、豪邸にすんでおるとか、~なにもかもが異世界物語じゃった脳。
 余もまけじと貧乏物語を披瀝しかかったが、馬鹿馬鹿しくて止めた!

 ところで話がMuBlogに及び、余は2004年のMuBlog開催以来、最大の危機に襲われた。要するに、余が世界中でもまれなほどに読みやすいとおもってきたMuBlogデザイン(黒背景に白文字仕様)が、実は目が疲れる、読みにくい、早く白背景の黒字にしてほしい、昔のパソコン時代と同じじゃないかぁ~と惨憺たる悪評だった。これには愕然とした。
 見識豊かな3名が口をそろえて「読みにくいblog、目が疲れるblog、漢字だらけのblog~」と真顔で言った。余がどれほどの衝撃をうけたか、分かるまい。
 うむむ。

 しかし。
 昔のMac風に、白地の黒字って、ものすごく馬鹿っぽくないかな。余はその輝く白地に目がひりひりする。その白地なるものは紙じゃなくて、徹底的に電気照明光なんじゃから、疲れる。なにもない黒地にぽっと白文字がうきでてこそ、くっきりして読みやすいではないか、~と抗弁したが、「世の中は、Mu先生と真逆です」とあっさり言われた。あまつさえ、すぐにMuBlogデザインを白地・黒文字に変えぬなら、もう読まぬと3人は言った。

 余は余の不幸の始まりをここに見た。
 ときどき人々の感覚と真逆のことを、自然に選ぶようだ。
 で、結論は、「白地に黒文字のblogは、すでにしてMuBlogでは無くなる」となる。
 やんぬるかな人生。
 かくしてふたたびMu貧乏物語が始まる。

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コメント

かなりの事実誤認と誇張が見受けられますので、念のため申し上げます ^^;

投稿: 某O | 2010年12月27日 (月) 10時59分

黒地に白くに一票

 (ツール→インターネットオプション→ユーザ補助→Webページで指定された色を使用しない)でMuBlogを(白地に黒く)で見てみました。
なんじゃらホイ、になってしまいますね。

王羲之の書が好きなのですが、黒地に白の写真をよく見ます。
ウィキペデアに聴くと(模刻)という手法だそうですね。
(模刻は紙に書かれた書蹟を保存する時に行われるもので、石や木に原本の文字を精巧に模写し、これをたがねやのみによって彫りつける。この際字は鏡文字にはせず、原本そのままの向きで彫る。つまり、紙から石や木への媒体変換を行い、保存と鑑賞に供するのがこの方法である)

この(模刻)によって王羲之の書は記録され、現在まで残ったのですね。
黒地に白の王羲之の書はこの(模刻)の写真なのでしょう。
鏡文字だと紙に刷らないと見られないところでした。

この記事の白黒論議を拝読してそんな勉強もできました。
文字が白い方が疲れるのか黒い方が疲れるのか。
長年ディスプレイに付き合ってきた経験で申し上げますと、そもそも文字という細かなものに眼の焦点を当てて判読すること自体に疲労の原因があるのではないでしょうか。
白か黒か以前に原因があると考えられます。
当方などは(インターネットオプション)でフォントを大きくして老眼でも楽に読めるようにしてインターネットを見ております。

従ってあとはデザインとしての趣味の問題です。
これは理屈ではありませんのでMuせんせ~のお心のままに・・・。
当方などは今の黒地に白く、いいなあと思っております。

投稿: ふうてん | 2010年12月27日 (月) 11時11分

某Oさん。
 IもNも某Oもすべて仮想人物、嘘の世界、詐話症Muの頭のなかだけの世界です。だから仮想某Oがそんなことをおっしゃると、それこそ現実世界にひび割れが生じます。

投稿: Mu→某O | 2010年12月27日 (月) 15時48分

ふうてんさん
 MubLogデザイン白黒問題に王羲之まで出てくるととなると、これは社会問題ですね。MuBlogもMuの真筆ではなくて、模写に過ぎないという珍説もあるのかないのか。
 それで、
 IEでツール+インターネットオプション+ユーザー補助+色を使わない。これで試験的に白地に黒のMuBlogを眺めることができました。さすがにその世界に一家言あって、デザインも指揮されるふうてんさんですね。
 うむうむ。

 で、白地に黒のMuBlogはまるで栓を開けて数日経ったヱビスビールです。これがどうして読みやすいのか、どうしても理解できません。
 まるで難読症にかかった気分です。
 ~
 と、この問題は、MuBlogはこのままで行くことで、けりを付けます。
 ふうてんさんの援護射撃で命拾いをしたと、後世の史家は必ずや筆にすることでしょう。

投稿: Mu→ふうてん | 2010年12月27日 (月) 16時05分

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