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2010年12月 6日 (月)

小説木幡記:2010/12/06(月)いま満鉄パシナがなぜ?

Muimg_3511 手元にマイクロエース社という日本の鉄道模型メーカーが作った、『満鉄パシナ981 増備車 ライトグレー』というNゲージの蒸気機関車がある。一目見て「蒸気機関車」と見破る人は、満鉄を見たり乗ったりした人か、鉄道模型に詳しいひとだろう。パシナは1935頃~、昭和10年代に活躍した。
 模型の入れ物箱には諸元がしるしてあった。馬力は別途追加記入した。

 <パシナ・データ>
 全長25675mm、全高4800mm、重量203.31t、
 軸重23.94t、引張力15.85t、動輪径2000mm、最高速度130km/h
 (馬力2400)

 このパシナ981は流線型の形状を変えて「ヘルメット型」とも言われている。ところが最近読んだ本にも、そしてグラビア誌にもこの写真が見あたらない。パシナ979とかパシナ3号の写真が一般的なようだ。もちろん専門家でないかぎり、ヘルメット型と後のパシナ3号との違いなど意味があるとも思えない。

 現代人でも、いちいち新幹線の列車編成や形式を気にする人は少ないだろう。この夏に、東京から大宮までの新幹線券と鉄道博物館観覧券とがセットになったチケットを購入したが、東京駅から大宮を通過する新幹線の名前が全部違っていて、どれがどんな新幹線かわからなかった。乗っても違いがわからなかった。これは愛称の問題だが、機番もおなじようなもので、N700とN500とか言われてもよく分からない。

 戦後の蒸気機関車の諸元だが。手元にあるものを眺めてみた(実は模型は壊れてしまった)。
 C62-3 函館本線・小樽築港機関区・改良品という長い名前のもので、1948(昭和23年)に作られて1971(昭和45年)まで北海道で活躍したとしるしてあった。ところでほぼ同型のC62-2は京都の梅小路機関車館にある。

 <C62・データ>
 全長21475mm、全高<3980mm>、重量145.17t、
 軸重16.08t、引張力<13.87t>、動輪径1750mm、最高速度110km/h
 (馬力2163)

 C62 は戦後の蒸気機関車としては最強のクラスらしい。しかしそれでも戦前に作られたパシナの方が偉容迫るものがある。写真で見ると、パシナの全高4.8mとは本当に巨大なマンモスじみたものだ。戦後国内の4mという背丈に見慣れていると、全高からくる威圧感は相当にある。

 ただしかしそんなパシナでも、満州の原野を走っているときは、心細くなるほどに小さな黒点にしか見えなかったような、予感がした。そう思った。ところで、今何故満鉄パシナなのか? 謎は深まるばかりだ。

Pasinac62
↑パシナ981:ヘルメット型、C62-3:ニセコ↑

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