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2010年12月 4日 (土)

小説木幡記:2010/12/04(土)情報の獲得編成生成発信

Muimg_4410 日々MuBlogを記していて、ときどきそこに書かれる「情報」の源について思いがおよぶ。もちろん書いているのは余ひとりだが、そのうち余自身が編み出した考えや感性内容や、作り出したものの「情報」はどれほどあろうか。
 ~taurus
 あまり無い。
 大抵は本を読んだり新聞を読んだりニュースをみたり映画に感動したり、学生の話に聞き耳をたてたり、会議でぶつくさ言った人の話を思い出したり、~。と、余自身がオリジナルに発信することは実に少ない。ほとんど人様の考えや感じたことに、ほんの少し余の気持ちを込めて、つまり余のフィルターを通して、MuBlogの記事にしてきたものだ。
 ~cat
 このごろ、傾向として重い「読書感想文」がへってきた。実は、たくさん読んではいるのだ。以前はそのうち気に入ったものはMuBlogに感想文として掲載してきた。ところが、あまり書かなくなった。気に入った図書や映画は一杯ある。どうしてなぜ書かなくなったのか。それは、自分が生み出していない、発信していないという、負い目のような、恥ずかしさのような~、不思議な気持ちにとらわれだしたからだ。ひとさまのことを、ひとさまの考えや感じ方で、余が書いてもしかたないじゃないか、~。との思いがとても重くのしかかってきた。
 ~rain
 一杯の小説や映画や音楽やニュースや。どれもこれもすばらしい。だからそれを十分味わっている。ところが、それは全部知らない人たちが作ったもので、知ったひとであっても、余ではない。余は人の作ったものをただ読んで、食べて、楽しんでいるだけだ。
 ~
 余は、この世に何を生み出すことができるのだろうか、……。
 と、そんな思いが、このごろ深く静かに余の胸裏に渦巻いている。
 うむ。
 この世を、人々が作った世界を、楽しむだけでもよいのだろうか。
 いや。こんなことを言うようになったのは、このごろ、人の作ったものを心から味わえるようになったからかもしれない。わからぬaries

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