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2010年11月30日 (火)

小説木幡記:2010/11/30(火)禁煙九ヶ月目に入るぞ

Mudsc00037 禁煙してから8ヶ月が無事すぎた。12月に入ると9ヶ月目になる。一年経過するとまず大丈夫という話も聞くが、最近葛野では3年禁煙してこの初秋に再開した業(ママ)の者もおるので、人のすることはあてにならない(eye)。

 タバコ神話は順逆を間違えているから発生する。
 タバコは順逆不二ではなくて、順逆有理じゃ。
 タバコを吸うからリラックスするのではなくて、タバコを吸うから、その一本がニコチン渇望症の引き金になるわけだ。吸うから、20分後に血中ニコチンが減少して、補給せざるを得なくなる。吸わなければ渇望症は収まる。本当だ。ただし、しばらく脳内にニコチン快楽幻想が残るから、禁煙に苦しむ。この「しばらく」は、人にもよるが、三日、一週間、一ヶ月、三ヶ月程度は継続してわき上がる。それを過ぎると平穏な日常が続く(cat)。

 禁煙鬱について。
 脳内快楽麻薬の役割をニコチンが長期にわたり代替してきたので、自分の力で快感を生産できなくなったから、禁煙しニコチンを断つと、一時的に向上心、明るい未来感、幸福感が生まれなくなったにすぎない。
 しかしよくしたもので、やがて元に戻る。人の心身機能は復元力も強いようだ。現在の余は、小説も、ドラマも映画もiPadもたのしめて近頃はなんと大相撲もおもしろくなった。そして葛野での人間関係も、仕事も、それなりに快の中で過ごせるようになった。ニコチンという薬物による刹那的な快楽感よりも、客観的に未来に快を味わえるように思える。

 禁煙肥満については、これは急激だった。
 一ヶ月で1キロ増化して、夏には見るも無惨な肥満を呈してしまった。これは友の過去事例もおしえてもらって、昼食を極力減らしたら、増化がストップして、逓減化に向かいだした。現在は最適体重+3キロていどなので、まずまず。

 禁煙したとたんに、お小遣いは減額された。
 実にクールな世界じゃ(大笑)。しかしタバコ値上がり前で、月に2万円弱、もし今も継続していたら3万円弱というタバコ経費は相当な負担じゃった脳。若い頃からの試算をすると、上等なスポーツタイプのベンツが買えた。もったいない。

 タバコの代替物。
 いまのところ、見あたらない。強いて言えば、じっくり読書するようになった。日常が軽くなった(タバコ、ライターの持参、喫煙場所の探索、喫煙が妥当かどうかの根回し~と、重い日々が続いた)ので、この世界に気持ちが正しくむくようになった。そのことで見えなかった世界が見えるようになって、喫煙時よりも快適になった。
 かえりみれば余は約40年間の長期にわたり、世界をいびつに眺めてきた。その錯誤感はニコチンが脳に特殊なフィルターを掛けてきたのだろう。この頃は、元気感も悲哀感も寂寥感も、おおくの「感」がクリアになった、脳。

追伸
 タバコを吸うと数分間で全身の血管が収縮し、血圧が10以上あがり、そして体温が下がる。毛細血管が詰まった状態になるのだから、体温も下がるわけだ。
 こんなこと、よく40年間も続けたきたのう。ふむふむ。
 だからこそ、近頃流行の無煙タバコ、かみタバコは、余にとってまるっきり意味をなさない。肺癌原因は遠のくが、血管に負担がかかることはまるっきり減少しない。
 血管を縮めて脳や全身に酸素欠乏・窒息状態・酩酊をもたらしても~、そんなことはすべて嘘世界。

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2010年11月29日 (月)

小説木幡記:2010/11/29(月)読書の晩秋から初冬へかけて

Mudsc00018 昨日の日曜日はじっと書斎にいて読書したりTVをみていたりした。ときどき手元の鉄道模型も走らせた。満鉄パシナ981増備車(マイクロエース社のNゲージ)は車体が大きく車輪も動輪も多いので、扱いに手間取りよくひっくり返った。
 さて。
 読書はいずれ感想文を書くつもりだが、明治天皇の声が聞こえる/松本健一(毎日新聞社)だった。小説とは違って一気呵成に読み切れず、三日間はかかった。だが、読後感は良かった。読んで良かったと思った、ぞ。
 TVドラマだが。
 夕方の4時15分~5時半まで、龍馬伝の最終回があった。龍馬が若いままに死んでいくのを見るのが辛かった。しかし考えてみれば、龍馬がなぜ暗殺されたのか、わからなくなった。いわゆる斬奸状があったわけではないから、龍馬を暗殺した意図が正確にはつかめない。
 ~
 夕方5時半~7時までは、坂の上の雲、第二部がはじまった。しかし感想は後日にする。
 ~
 夜の9時からは、「ライラと黄金の羅針盤」を見た。結局最後まで見てしまった。とても面白かったが、どうやら第一部だったようで、まだ二部とか三部がある。放映されるかどうかは分からない。困ったことだ。

 ということで、平和な木幡村の日曜だった。

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2010年11月28日 (日)

NHK龍馬伝(48)龍の魂:坂本龍馬の死

承前:NHK龍馬伝(47)大政奉還:タイムマシンに乗った龍馬

近江屋暗殺
 感無量のうちに日頃の2倍90分があっという間にすぎてしまいました。ドラマとして、暗殺場面が長かったわけでもないし、大政奉還のような重い仕事や事件があったわけでもないのに、すっと終わりました。

 まず言い忘れないうちに、暗殺場面はすっきりしていました。おそらく検死記録や伝聞をもとに構成したと思いますが、暗殺者たちが去った後、しばらく龍馬と慎太郎は話し、そのうち血まみれの中で龍馬はこと切れました。いろいろ書物では、中岡慎太郎はその後いくつか話終えて死んだとのこと。真っ暗な中で不意に襲われて、龍馬も慎太郎も致命傷をおびたのですから、だれに襲撃されたかも判然としないのでしょう。

 ドラマでは幕府見回組の今井信郎(市川亀治郎)らが襲撃者になっていました。市亀さんの暗殺役は似合っていました。本当にわずかな時間のことでしたが、死闘というまえに終わっていました。だから市亀さんが龍馬を付け狙った時の雰囲気が徐々に雨の中で高まっていき、最後の一瞬で引き金が引かれたという名シーンになりました。

 幕府見回組(新選組とペアで京都の治安維持についていた、幕臣を中心とした組織)がどういう理由で龍馬を暗殺したのか、あるいは別に犯人がいるのか、などこの龍馬暗殺については諸説あり、よくわかりません。ドラマとしては今井信郎が暗殺の中心に描かれています。

ドラマの総括
 さて坂本龍馬の歴史的事跡、世紀の奇跡や、暗殺の謎は諸本に詳しいのでそちらに任せましょう。私はここで平成22年の龍馬伝について総括しておきます。
 で、評価は。

 秀でした。
 つまり90点以上~100点の上等な仕上がりでした。福山さんや香川さん、それに近藤正臣さんや青木崇高さんや、真木よう子さん、……。出演の男優、女優、ほとんどの場合よい出来だと思っています。しかしNHK大河ドラマの配役は特に枠役選定に優れているので、驚く程ではないでしょう。

 一番びっくりしたのは。
 映像の美しさ、奥行き、迫真。これにつきると思いました。毎週毎週、他のドラマでは経験しない奥深い場面に何度も出くわし、感心した48週間でした。
 もちろん、単純に金持ちNHKがよい機材を使ったからこうなった、とは言いません。なにかしら、迫力があった場面が多く、それはつまり高額機材だけではなく、その使いこなしに渾身の力を注いだということでしょう。

 また龍馬が人の意表をついて斬新な工夫をし、困難な状況を切り開いていく姿にも感動しました。こういう展開は優れた脚本があったからだと想像しています。

追伸
 章変更のたびに岩崎弥太郎が若い新聞記者に回想を話していく仕組みがよかったです。
 テーマ曲は最初から最後まで気に入りました。
 で、機材の上等さと、そして時々の週にものすごく密度の高い場面もあって、これからのTVドラマは2時間に圧縮した「映画」と変わらないアート志向が普通のことになっていって、それを視聴者も味わえるようになるぞ、という楽しみを発見しました。映画やTVドラマはたしかに配役や脚本や演出で左右されますが、目と耳でみるかぎり、あたらしい映像美を生み出していく努力は必要だと思いました。龍馬伝には、そういう工夫と努力がありました。

 ではまた来年「江」で再見しましょう(笑)。

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小説木幡記:2010/11/28(日)TVドラマ「球形の荒野」の感想

承前(ドラマ)点と線/松本清張:TVで観た「新・点と線」
承前(原作)小説木幡記:2010/11/12(金)球形の荒野/松本清張.を読んだような

Mudsc00023 この金土の夜に合計4時間のドラマをみた。いくつかメモを残しておく。
 TVドラマは脚本(原作)、演出、配役などが関係してくると想定して、脚本は前後編4時間枠に収めるための工夫がある。しかし「脚本+演出」は、主役の田村正和さんを扱いかねている感がした。野上顕一郎(田村)はもう少し背景に隠した方がよかった。その分、謎が深まる。
 配役は、悪くはなかった。だれが気に入ったかというと筒井源三郎(旅館の主人)役の小日向文世さんと、村尾芳生(外交官)役の佐野史郎だろうな。

 一番残念だったのは、ミステリを意識しすぎたのか話の筋を追うことに時間をとりすぎて、肝心の奈良や京都の寺社仏閣を丁寧に画面に収めなかったことかもしれない。原作では、京都での南禅寺と都ホテルと苔寺が「日本」の昭和30年代をよく描いていたが、ドラマでは省略が多く付け足しのような感があった。そして、いろいろ各地を出歩くわけだが、それなりに理屈が分かるような流れにしてもらいたかった。どこへ行くにも、唐突だな。

 特に、参考に上げたblog作者も記していたが、奈良の薬師寺と新薬師寺、唐招提寺と元興寺の選択と、飛鳥の省略は致命的に思えた。要するに、主人公の元一等書記官野上の、日本に対する愛情は飛鳥の古寺や、薬師寺・唐招提寺の空間にあったと思う。ドラマではそれを省略した! 単にセリフで「日本の寺社が好きだ」では、ドラマになりがたい。映像で表現しないと。

 というわけだ。
 ただし原作とドラマとを比較して感想をもらすのは、ドラマ制作者にたいして申し訳ないことだとも思った。それに清張の諸作品のなかで『球形の荒野』が最良とも思ってはいない。多少、荒さや強引さがあって、小説としては引っかかりがあった。たとえば、野上を裏切り者として付け狙う集団の描き方が弱い。戦後20年後の個人の怨念は描けても、グループとして野上一等書記官らの生命を狙う存在は、わかりにくい。野上ら、終戦工作に関係した者達が、戦後20年後の国粋主義者達の具体的な弱みを握っていたのなら、もうすこしわかりやすいが。陸軍関係者や戦後の国粋主義者の考えがわかりにくいから、「悪」が平面的になってしまっていた。
 ただ。
 ドラマで鈴木次郎警部補(江口洋介)が、最初は自らの従軍体験をもとに、野上らの終戦工作を売国奴扱いしたのはリアルだった。その上で、最後に野上らの真意を心中で丁寧に昇華した。その対立葛藤が、じつは(笑)原作を凌駕したところに、余が前後編4時間も観た所以(ゆえん)があった。

参考
 Muと似かよった感想を記した記事を上げておく。
 「テレビドラマ『球形の荒野』は「後編」に期待」

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2010年11月27日 (土)

小説木幡記:2010/11/27(土)寒くなってきた、アンドロイドはいかが

Mubdsc00025 暑さ寒さを好む余も、近頃の京都・宇治は「寒い」と言えるようになった。
 室温をみると大抵20度Cを切っている。
 寒いと布団にくるまってひたすら読書が進むのだが、それにともなってうたた寝も増えて、逆にまとまった睡眠が少なくなる。それがどうした? と思うが、自然の理(ことわり)として低温は余を冬眠に誘うようだ。

 そこで。
 ガラパゴス的な、進化に取り残された携帯電話のことだが、2007年6月に高揚した記事をかいたので、それから3年以上経過したことになる。この2010年秋の新携帯(スマートフォーン)模様は、アップル社のiPhoneと、Google社のアンドロイドに大きくわかれてきたようだ。
 今更とおもいながらも、これまで故障もせずに使ってきた携帯をそろそろ買い換える時期とか気分になってきたので、この頃は世間の動向に注意を向けている。

 条件。
 あまり厳しい条件はないので、ガラパゴス諸島を懐かしんで旧来の携帯にしてもよいのだが、少しは現代になじもうとする気分もあって、スマートフォーンと呼ばれている、携帯電話の進化形なのか、PCの携帯化なのかいまひとつ判然としない通信機器に興味がむいている。

 1.電話はほとんど使わないが、ごくまれに掛けることがある。だから多少掛けにくくても困らない。
 2.カメラはよく写すので、いつも持ち歩く携帯電話機にまともなカメラ機能があるとうれしい。
 3.携帯を財布代わりにする人がいるが、経験がないので、無くてもよい機能だ。
 4.メールはこれまで送信はほとんどなくて、「転送メル受け」として使ってきた。そういう機能があればよい。
 5.インターネット・WEB記事を読むのは、まあ、読めたらよい。文字が小さいのでほとんど読まないが。
 6.TVは見ることもないが、見ることもある(笑)。
 7.さまざまなデコレーション、細部の機能はほとんど、いや全く絶無に使わない。
 8.ただただ、メールの着信を知り概要を読む。それだけだった。

 以上から導出される結論。
 スマートフォーンでもガラパゴス携帯でも、なんでもよさそうだ。
 となると、あたらしもの好きだからスマートフォーンになりそうだが、iPhone はちょっとした事情で嫌悪感があるし、iPadが手元にあることだから、結局アンドロイド系にしておこうか。
 ドコモかauかの選択もあるが、成り行きからau。~

 と、ここから初期投資や維持費問題になるが、邪魔くさいので考えたくない。今使っている携帯でも役にたっているから、そのうちだな。(と、また数年経過しそうだ) 悩む脳。

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2010年11月26日 (金)

小説木幡記:2010/11/26(金)iPadがiOS4.2になった

↓iOS4.2で(階層)フォルダーを使って整理整頓:写真をクリックすると大きくなります
Ipad

 iPadの基本部分が少し進化して使い勝手が変わった。ただしiPhoneの利用者からすればすでに夏頃に変わっていることだし、また一般PCの利用者からすれば、相変わらずiPad もiPhoneも、携帯のPC化というか、PCの携帯化というか、基本部分では原始的なままに思える。
 蓄積情報、データを整理整頓するにはiPad はいつまで経ってもiTunesというPCソフトの助けを得ないとなにもできないし、またiTunesも外部(アップル社)資源を、つまり雲の上にある(クラウド)映画や音楽やテキストを効率よく有償ダウンロードするために特化したような生い立ちからして、一般PCの整理整頓能力からみると原始的だ。

 ということで、iPadは成熟したPCのOS視点からみると赤子に近い。
 ただし、iPadは出力や人間とのインターフェースを極端に肥大化した賢者板であって、この使い勝手とか官能性は、一般PCが及ばないところだろう。

 で、余は速攻でiOS4.2に仕様を変更(無料)し、いろいろ慣れておいた。
 楽になった、と思ったのは写真に示したように、一般PCのような階層的フォルダー整理ができるようになったことだ。しかも、最初は新しいフォルダーを作成するのではなくて、二つの似たような情報アイコンを重ね合わせると、第3の新規ホルダーができて、次からはそこに関係情報アイコンをどんどん流し込むという、従来に比較すると変則的な方法だ。

 森博嗣さんと京極夏彦さんを重ね合わせると、「ブック」という新規フォルダー(名称は自動的。ただし変更可能)ができるだなんて、さすがにアップル社の発想はすばらしいが、なにもそこまでしなくても、利用者に最初から新しいフォルダ(整理棚だね)を意識的に作らせる方法が良かろうとも思ったが~、突出した方法論は過去を棄てることによってしか生まれないという鉄則をアップル社はここでも守っておるのだろう。

 とはいうものの、疲れるなぁ。
 森さんと京極さんだから、ぎりぎり二つをミステリ・コンセプトで重ねあわせたが、ここに三島由紀夫と仙石由人と、ふたつしかなかったなら、その二つを重ねあわせるなんて、心理的にできるわけがない。だから、この手法は将来に禍根を残すかもしれない。
 sonyの幹部社員が、iPadにSONYとPANASONICと二つの情報群を持っていたとき、これを先端機器メーカーという視点から、重ねあわせるなんて、なんだか心理的自殺をさせるようで、怖いねぇ。(いや、会社併合の意図があれば別だが)

 と、一般的な用法をるるのべたが。
 他によい方法があるのかもしれない。昨夜の今朝のことだから、まだよくわからぬ。

結論
 上記に記したような変態的操作にとまどったが、なかなか便利になって、ますます賢者板iPadを手放せなくなった。

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2010年11月25日 (木)

小説木幡記:2010/11/25(木)細麺と太麺

Muimg_1067 他愛ない話だと思うのだが、……。ちょっと気になるのでメモしておこう。

(1)ラーメンの細麺と太麺の使い分け
 NHKの早朝番組で言っていたのが心に残った。一口約50グラムのラーメンをスープから引き上げると、細麺の場合、約20gのスープを絡みあげ、太麺(特にちじれ)だと15gらしい。要するに前者は束になってスープを巻き込み、後者は麺どうしがひっつかないのでスープが落ちるらしい。このことから、あっさり(醤油味)スープには細麺がよくて、こってり(とんこつ味)スープには、太麺が似合っているらしい。
 あとで気づいたが、これじゃまるで天下一ラーメンの説明のようで、自笑した。というのも、以前にこってりスープを細麺でたべて、「なんだか、ひつこい味じゃ」と思ったからだ。これはラーメン理論を外した食べ方だったのだ。

(2)政治家の失言には寛容なMu:失言とは思わないから。
 平成22年の秋の与党官房長官が、自衛隊のことを暴力装置といって、叩かれていた。余は日頃この方を貶しまくっているが、この点については「当たり前のことを言って、なぜ我が国では、叩かれるのじゃ!」と、だいぶ同情した。というのも、自衛隊はどう逆立ちしてもこれは軍隊で、有史以来軍隊は暴力装置以外のなにものでもない。自衛隊を復興支援装置とみたり、土木作業員とみるのは著しく名誉を傷つけるが、国家暴力装置と言われるのは、これは名誉なことだ。

 もう一つは、以前の宰相が、露西亜は北方領土を不法占拠した、と言ったら、世間は総出で「お露西亜さまにたいして、もうしわけない。お露西亜さまがむかっ腹をたてて我が国の外交が壊れた」と、知識人や政治家や外交専門家が、その宰相をたたきまくり、いまだに「あのとき不法占拠と言ったから、いまでもお露西亜さまは怒っておられる」などと言っている。
 これもおかしい。旧ソ連が大東亜戦争終結間際に、日ソ不可侵条約をもののみごとに破棄し、武力を持って南下し、北方領土を不法占拠したのは、まぎれもない事実ではないか。その事実を隠して、いくら仲良くしようとしても、うまく行くわけがない。

 この二つは、特に余が高校生のころから、当然のこととおもってきたから、上記の二つのことで世間が騒ぐのは心のそこから「うっそ、信じられない!」の気持ちだ。まるで、太陽が西から昇ってくると、世間が言っているように思える、ぞ。

(3)酒粕の効用
 これは昨夜のNHKためしてガッテンの内容だが、よく観ずに寝たから詳細はしらぬ。ただ、なにやら、酒粕を毎日いただくと、コレステロールが減って、身体によくて、長生きするらしい(笑)。余は酒粕でつくった甘酒とか、あるいは酒粕汁(大根千切りや、にんじんや、油揚げ)が大好きだから、これからもっといただこう。
 好きなものを食して長生きできるなんて、素晴らしいcat

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2010年11月24日 (水)

小説木幡記:2010/11/24(水)人生の愉しみ

Muimg_0069 最初はタイトルを「余生の愉しみ」と書こうとおもった。だがやめた。人生は死ぬまで生きるのだから、余生とか老後とかを使う必要もない。
 昔はやった人生時間、つまり年齢を3で割った数を一日の時間帯に直す遊び、それだと夜の10時前になったが、まだ十時前だ。人によっては徹夜する者もおるから、その夜の10時前をどう扱うかが大切だ。考え方次第なのだ。以前どこかで記したが、余は20代初期に晩年を味わっていた。ならば、夜の10時前が白夜であっても、おかしくない脳。

 そこで。
 たしかに時間帯や年齢帯や気質によって、いろいろ違いがあるのは事実だ。たとえば余の場合は起床したとたんに空腹になるが、夜間はそうでもない。つまり、人生にあって若い頃は欲しいものだらけ、試みたいことだらけ、でいつも空腹感で一杯だった。ハングリーだった。しかし、今は欲しいものや、試みたいことが少なくなってきた。要するに満腹ではないが、がつがつ食べたいとは思わない、そういう状態だ。

 だからこそ。
 人生の愉しみをなんどでも味わって充実すればよいのだ。と、このごろいや増しに思えてきた。小説も、新作ばかりを追いかける必要はない。偶然に新作で素晴らしいものに触れたなら幸運。大昔読んだ無尽蔵の「よかった小説」を、何度でも読み返せばよい。それは映画でも音楽でも、~なんでも、そうだ。友達だってそうだ。ネットで知り合いになる必要もないし、趣味の会合に出かける必要もない。出会いがあれば僥倖。なくても過去に沢山の出会いがある。

 というわけで。
 日曜作家、これは考えてみれば実におもしろい。
 写真を撮るのも楽しくてしかたない。
 ~
 このごろは、鉄道模型をながめるのもよいし、Macの新しいOSや、Linuxを愛でるのもよい。Windows7は実に快調に立ち上がる。iPadで映画を観るのは最良だね~。
 ~
 歩いて、写真を撮って、読書して、たまに仕事して(cat)、よく眠る。そういう状態を維持できるように、気を配ろう。なによりも禁煙が9ヶ月目に入ろうとしている。ご飯が美味しい。オーバーカロリーにならないように、ときどき昼食を絶食する。気分が優れなくなる人にはあわない(笑)。そういう注意深さは必要だ。生きていく知恵だね。

 そうだ。
 新しい教育。君も大学に入って、快調に生きる力を養おう!
 これだ。

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2010年11月23日 (火)

小説木幡記:2010/11/23(火)勤労感謝の日とは新嘗祭(にいなめさい)

Mudsc00077 明治時代以降、11月23日は新嘗祭だった。天皇が五穀豊穣を祝い、新米を食されたよし。大東亜戦争後は占領軍GHQの指導により国民的新嘗祭は廃止され、代わりに勤労感謝の日が設定された。ただし宮中祭祀としては現在もあり、また伊勢神宮での祭りはとり行われている。

 「嘗」という漢字の意味は、白川静さんによれば、なめる(食べ物を味見するの意味)であり、「神にお供えを薦めて祈るのに(神が)応えて、神が来るのを迎えることをいう」(常用字解)とあるから、そこに「新」がつくのだから、天皇が新しく採れた五穀、新米を神様と一緒にいただくことになる。

 さて。勤労感謝も新嘗祭も、現実のMuの生活からは遠いのだが、一つの記憶が鮮やかに残っている。
 高校生の頃だったはずだ、11月23日(日本時間)に日米衛星回線が初めて生中継されて、そこで見たのはアメリカ大統領ケネディが暗殺された場面だった。余は確かにその画面を見ていた。

 毎年勤労感謝の日がくるとJFKを思い出し、大学生の頃にはその二日後(11月25日)に三島由紀夫が市ヶ谷で自死した。この二つはTVでしっかり見たので毎年眼前に蘇るが、親しいような遠い世界のような、なにかしらリアリティが欠落し透き通ったような記憶でもある。若い頃にいろいろ味わった意味内容と最近の余の気持ちとは、異なってあたりまえだが、近頃は「ケネディも三島も、40代半ば。若かったなぁ」と、思っている。

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2010年11月22日 (月)

小説木幡記:2010/11/22(月)目玉焼き

Muimg_1945

 昔なら親子丼用に使った直径の小さなフライパンがある。11月の午前五時は外が真っ暗だ。しかし暖房は使わない。オリーブオイルを数滴フライパンにたらし、薄紙で引き延ばす。ガスを思い切り開いて強い火力で熱する。数十秒後に手頃な卵を割って入れる。ジュジュジュとよい音がする。一分も経たない間に塩をほんのひとつかみ。粒で数えられるほどの少量を卵に振りかける。コップに数CCの水をいれ、そのままフライパンの卵に流し込む。パチパチと威勢良く飛び跳ねる。
 それで終わり。
 余の考案した目玉焼きは、水を数CCかけた後、蓋などかぶせて蒸らさないところにある。蒸らすと黄身が白身で包まれて隠れてしまう。目玉焼きのまま、黄身が黄身らしく、かつそれなりに半熟よりほどよく硬く、味わいがよくなる。

 フライパンからはスプーンで目玉焼きをはがし、皿にのせてスプーンでそのままいただく。添え物かけ物は一切ない。サラダもソースもマヨネもケチャプも不要なり。卵本来の味わいがあって、一日分の気力が充実する。

注記:数滴のオリーブオイルと数CCの水の威力故か、卵はスプーンだけで簡単にはがせて、フライパンの汚れがほとんどない。

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2010年11月21日 (日)

NHK龍馬伝(47)大政奉還:タイムマシンに乗った龍馬

承前:NHK龍馬伝(46)土佐の大勝負:象二郎・容堂・龍馬

 坂本龍馬が薩長同盟の周旋に成功し(1866.1)、後藤象二郎を通して山内容堂が建白書を徳川慶喜にわたし大政奉還が成り(1867.10)、龍馬と中岡慎太郎が暗殺され(1867.11)、戊辰戦争が始まり(1868.1)、江戸城が無血開城し(1868.4)、明治維新政府が成立しました(1868.9)。こうして、あまりに事態の動きが速く、たとえ幕末明治初期に生きていても、当時の多くの人たちはなにがなにやら分からない状態だったと思います。

 源頼朝によって鎌倉に幕府が開設されたのは1192年のことでした。鎌倉幕府が滅びて後醍醐天皇を中心に建武の中興があり、すみやかに足利尊氏によって室町幕府がなったのは1336年。そのあと、複雑ですが、戦国時代をへて織田信長や豊臣秀吉が政権を握り、徳川家康が征夷大将軍となったのは1603年。この間平氏の時代もありましたが、1192~1868まで武家(幕府)政権が700年あまり続いたわけです。最後の将軍徳川慶喜はそのことに終止符を打ちました。
 そして。ドラマ龍馬伝では、時代をそのように動かした中心人物こそ、龍馬だったのです。

 ~
 実は、見ていて言葉もなかったです。
 坂本龍馬は恐ろしいほどに激しい改革の仕掛け人だったわけです。ドラマが上手に描かれたせいもありましょうが、信じられない思いがします。

 龍馬は、不倶戴天の仲だった薩摩と長州とを結び付けることで、徳川幕府軍による長州破壊を食い止めました。このときの交渉材料は、幕府の攻撃を前にして武器弾薬を切実に求めた長州に、龍馬がそれを提供します。資金提供したのは薩摩でした。薩摩に対して龍馬の話は、幕府が長州を滅ぼせば幕府の威力は増し、自由な貿易はできなくなり、今度は薩摩が幕府に狙われる、という趣旨でした。

 一旦薩長が結べば、この力は強力となり、両藩はなにがなんでも徳川を武力攻撃することに専念しだしました。これを放置すれば、内戦状態となり諸外国の付け入る隙を作ってしまいます。その上、薩長が勝利すれば単純に徳川から薩長に政権が移るだけで、おそらく土佐の上士、下士に象徴される世の中の仕組みは、なにも変わらないでしょう。

 そこで龍馬は、徳川が政権を朝廷に返上する道を見つけ、後藤象二郎を説得し土佐藩にその役割を振ります~。徳川が朝廷に政権を返せば、薩長は徳川攻撃の大義名分を喪うわけです。
 と、龍馬物語を書けば書くほど、龍馬の優れた、時代を超越した先進性がよく分かります。

 そして今夜。
 大政奉還はなりました。しかしあらゆる方面から、龍馬憎しの声が上がりました。龍馬は進み過ぎたのでしょう。突出しすぎたわけです。まるで昭和戦後の世界を見た人間がタイムマシンにのって幕末に飛んだような状態でした(笑)。
 本当は、おのおのの思惑が大政奉還によって、壊されてしまい、その後どうすればよいのか分からなくなったのでしょう。慶喜は徳川を壊したことに呆然自失。薩摩も長州も敵を見失い、……。その元凶が、坂本龍馬だ! という大合唱になってしまいました。
 この上もない悲劇です。来週は、そのとどめです。

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小説木幡記:2010/11/21(日)考える手引き

Muimg_4771

内閣官房参与:松本健一
 日曜の朝から政治談義は無粋と思いながらも、かねがね愛読してきた評論家・松本健一さんの、今回10月の内閣官房参与就任について、その理由が分かる記事をみつけたので引用しておく。

 ◇戦前の失敗、今に生かす--内閣官房参与・松本健一さん(64)  --どういう経緯で内閣官房参与を引き受けたのですか。

 ◆友人の仙谷由人官房長官に頼まれ、4年前から前原(誠司外相)グループの議員を中心に日本近代史を講義しました。日本が大東亜戦争に入っていく過ちと、この失敗の経験を生かしてアジア共同体をどう作るかを話したのです。昨年の政権交代で入閣した仙谷さんから「アジア外交で助言してもらいたい」と言われました。10月に辞令を受けた時、菅直人首相から「夏休みに軽井沢で『日本のナショナリズム』(松本氏の著書)を読ませてもらいました」と。仙谷さんが勧めたのでしょう。(毎日新聞2010/11/1 インタビュー急接近

 菅総理や仙石官房長官がいつまで在任かは知らないが、どんな場合にも人は知恵袋、参謀、相談相手が必要だし、そういう人と相談して方針を定めていくのは道を踏み外さないためにも、大切だと思う。
 実は、余は自分のもっとも苦手な近代史や政治思想について考える必要があるときは、これまで松本健一さんの著作をひそかに「参与」として読んできた(笑)。どうしてそんなことになったかというと、比較的若い頃から松本さんの著作に接し、なにかしら密かな影響を受けてきたのが、その一。次に、松本さんの文体が非常に飲み込みやすく読みやすいから。次に、松本さんは当初から普通の秀才ではなくて、いつでも命ガケという迫力があったから信用できた。
 と、いろいろ後知恵を書いてもしかたない。要するに、余の影の政治参与が松本健一著作で、その方が仙石さんの導師になったのだから、仙石さんと余とは兄弟弟子みたいなもので、なんとなく笑いがこみ上げて仕方ない、という日常の感想だ。
 注記:余は菅さんとも仙石さんとも松本健一さんとも、この30年間面識はございません(笑)

様々な参与:余の相談相手
Muimg_4784 余は若年より人と直接会って話すのが苦手で、また直接交友が生じると大抵はケンカ別れするので、必要な師匠は主に読書でまかなってきた。
 政治論について松本健一さんを上げたが、実は松本さんは嫋々とした叙情的な小説も書いておられる。そういうことを思い起こすと、人の才能は複雑だと思ってしまう。
 しかし余の本筋は政治論ではなく文学や古代史、情報学にかたむいていて、おそらくそういう世界が余の今後を支えてくれるはずだ。松本さんは、永遠に「革命的ロマンチシズム」の師匠として読み続けることに、決めてオルcat

 もちろん、それでは文学や映画や古代史や情報学についての、余の参与をそれなりに述べていかねばならぬのだが、~それは、日曜の朝から血反吐を吐くような辛い仕事にもなるので、やめておこう。
 そのうち、折々に、考える手助けをしてくださっている諸氏書誌についてメモを記すことになる。
 というわけで、今後も、MuBlog、こうご期待の程ねがいたてまつる。

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2010年11月20日 (土)

小説木幡記:2010/11/20(土)晩秋から初冬の端境

Mudsc00042 たしかに早朝は寒いから初冬とも言える。しかし余は京都の冬は嵐山や嵯峨野の冬枯れをみないことには始まらないとおもってきた。だから、今はまだ秋。ところが京都の秋は平地では意外に紅葉が見られない。11月下旬から12月中旬にかけてが紅葉の頃合い時期なのだ。先の冬枯れとは、嵐山や嵯峨野に人影が薄くなった時期も指す。紅葉があるかぎり嵐山は人やバスで埋まる、……。
 ~
 というわけで、春は3月末から4月にかけて桜が満開になるのでよく分かるのだが、この京都の晩秋から初冬への端境期がいまひとつ明らかでない。いつの間にか寒くなり、気がついたら師走半ばの十四日と相成る年々であった。

 今朝は、極早朝からヒットがあった。iPadを開けてこの十日間定例のように、ジャンル:図書雑誌で、キーワード「森博嗣」をチェックしてきたが、漸くダウンロードできた。800円也。紙図書はamazonで見てみると1680円だから半額になる。紙図書が先行して、iPad版はしばらく公開が遅れたのでやきもきしていた。久しぶりの森長編、じっくり読んでみよう。

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2010年11月19日 (金)

小説木幡記:2010/11/19(金)繰り返し繰り返し~黄昏とLOH

Mudsc00033 くりかえし過去への追想にふけり、頭の中で繰り返し繰り返し昔話のひとりごとし、人に語り、記事に書いたりすることがある。葛野あたりと嵐山や嵯峨野は近いので、そのあたりをクルマで走るたびに幼稚園時代や小中高大学時代を思い出す。そして日々の現実は繰り返し繰り返し授業があり会議があり学生達との行き来がある。年々歳々、歳々年々、やることなすことは同じだが、人の顔ぶれだけが変わっていく。背景の書き割りはいつも同じ風景だ。

 そこで問題がある。
 未来への繰り返し繰り返しの想念投機は気質の影響がありすぎて、いわゆる、もう10年ほどしか生きられないだろうな~という思いと、あと10年も生きられるだろう、という思いのせめぎ合いになる。そこでこれまでの、特に20代や30代の価値観とは異なる世界に直面し、なにをよすがに未来を考えるべきかを迷うことになる。若い頃なら、がんばって課長や部長や社長になって給料高くなるぞ~とか。よい研究を残して教授になって学会賞をもらって鼻高々になって世間の役に立つぞ~とか。早く結婚して子供をつくって家を建てて両親を安心させるぞ~とか。そう。若いころはなにかと「希望」を持ったとき、明るく建設的な人生を描ける。

 ところが、そこで。
 もう、これ以上は子供もいらぬ。社長も教授も、もうしんどい。家はぼろ家でよい。研究はこれ以上はもう何も出てこない。とまあ、そういう季節が人生には訪れる。だから、その地点からの人生は別の価値観がないと生きにくい。このごろになって、楽しむことと飽きることと絶望することと、夢を追い続けることと、なんやかんやがよじれたようなバランスの悪い組紐がちらちら見える。

 そんなある日のことでした。
 最近のTVでLOH症候群という言葉を初めて耳にした。その時間帯は丁度、テルマエ・ロマエ/ヤマザキマリという漫画大賞を取った評判の漫画に熱中しておったので、LOH番組を見なかったが、要するに男性の更年期症状がはっきりと世間で認知されだしたらしい~それによると、余などは心中「余の人生もたそがれじゃのう~」と詩的に思ってきたのに、なんのことはない、世間一般での50以上からの男性は、男性ホルモンが枯渇して、心身、気力の充実が衰えてくるという当然の状態らしい。

 余が認識をあやまっていたのは、どうにも、余の周辺の40~70代の男達が(風雪一家や、恩師や先輩や研究仲間や後輩や)みんな元気すぎてLOHとは縁遠い風情なので、その分詩的な「たそがれ感」とか「終末感」に「寂寞感」は余一人で受け持っている気分だったが、ちょっと認識をあらためて、余も焼き肉・ホルモン焼きやニンニク、タマネギを常食してサウナに入って、元気を取り戻した方がよいのかもしれない、……。と、思った。cat

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2010年11月18日 (木)

小説木幡記:2010/11/18(木)お奨め本棚

Mudsc00020 思うところがあって、amazonのネットサービスを積極的に使った「Muのお奨め本棚」を整理し掲載した(画面の左上)。
 今のところは、小説、映画、評論というジャンルごとに数冊だけ整理した。大体20代前後からのMuがなにかしら影響を受けた作品である。

 なんとなく肝心の情報学(コンピュータや、情報図書館学)が抜けていたり、古代日本史がまるでないのが不思議だが、Muの中では文芸物や映画と、情報学や古代史とでは別の脳が働いているようで、片方に傾いているときは片方がお休みしてしまう。マルチ人間ではない証だな。実はもう一つ、鉄道模型やジオラマに代表される工作については、第三の脳があるようで、よくわからない(笑)。

 今後の整理観点は、普遍的なMuにとっての古典作品と、新鮮で鮮烈な新しいメディア。それぞれに整理した方がよい。ジャンルは、小説を個人作家で分けたり、あるいは「漫画」を追加することも考えている。と、書斎も研究室も工作室も整理整頓できていないのに、なんとか脳内だけは先にすっきりさせておきたいと思う、このごろであった。

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2010年11月17日 (水)

小説木幡記:2010/11/17(水)それからのiPad:賢者板の威力と魅力

Koimg_6619 最近ずっとiPadを触っている。話として、カタカナや英語はすんなりと心に入らないので、賢者板としておこう。思い出せば大昔、デイヴィッド・リンチの「DUNE・デューン・砂の惑星」を見た。その後、50分を追加したリンチ監督の決定版を購入し、長く愛用してきた。で、翻訳図書となると、ハヤカワ文庫の1988年改訂版以来、全部で文庫が16冊もある大作だ。これを全部3度は通し読みしておるから、余も砂の惑星に関しては一言ある(笑)。でじゃ、映画ではたしかに高校生くらいのポール・アトレイデ・ムアディブが側近たちから帝王教育を受けるとき、たしかに賢者板の原型があった、ぞ!
 うむふむ。
 そういうわけで、デユーンという耳の響きと賢者板の手触りがとてもよくて、毎晩睡眠前に触っておる。ああ、長生きはするものだ。
 一体何に感動しているかというと。
 PCでも楽しめることが多いのだが、賢者板の手触りや重さや自由さからすると、ノートPCはいまだにコンピュータであって賢者板ではない、ふむ。だからその違いをいちいち書くような野暮はやめておこう。ただ気に入った事をメモしておく。

1.傾けても傾けても賢者板
 賢者板にはセンサーが入っていて、逆さまだろうが斜めだろうが、使う人の角度に応じて画面が逆立ちせずに読める。この理屈抜きの自由さは、ノートPCでは味わえ無い。寝転がってノートPCを触るのは違和感があるのう。

2.じゃらん京都/リクルート
 発売記念セールで230円だった。なにかしら気になって「App Store」で購入した。と言っても、プチッと「購入」ボタンを押すだけで、数分後に賢者板にいわゆる雑誌が一冊どさりと収められた。
 京都の1000円ランチ、2000円で美味しい夕食、紅葉のライトアップ、~さすがに宇治市に住んでいるので目玉の宿情報は不要だが~。理想的なガイドブックだな。地図のピンを押すとレストランや名所旧跡の写真付きガイドが瞬時に見えて、メモも残せる、地図も分かる。京都の主要な地図が格納されているようだ。(ただし経路探索などはネットに接続していないと無理無理)。

3.Office2 HD (ワープロや表計算や)
 賢者板でwordやエクセルを触るのは野暮だが、時には必要にもなる。で、まるでMS社のwordやエクセルそっくりさんが、900円で入手できた。なにかの時に役立つでしょう。

4.いろいろ電子書籍や映画レンタルや~
 iTunesでの映画は、レンタルも購入もそれなりの値段でやみつきになりそうだ。大体はレンタルが300円程度、購入が1000円だね。前者は大好きなB級SFをいくつか見て、後者は名作「ブレードランナー」を1000円で購入した。賢者板ほどの画面だと映画も楽しめるのう(10インチ弱)、それも横臥でも寝ていても手洗いでも(うっ)。


 などと肝心の電子書籍については賢者板の真骨頂を少しも披瀝せぬまにこの記事終わる(笑)。
 読書もよろしいが、なんつうか映画はほんとに賢者板だね。10インチディスプレイという大きさが絶品だ。
 続きはまたのお楽しみ。

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2010年11月16日 (火)

小説木幡記:2010/11/16(火)生命維持の微妙さ

Koimg_4332 昨日の月曜日、午前には授業を調子よく二つこなして、さて昼食にカップ麺を食べたら、15分後に全身が痒くなりあっというまに発疹だらけで、胃がひっくりかえったようになって、夕方まで研究室ソファに横臥した。ようやく無事木幡に帰還したのは6時過ぎだったが、洗顔しただけで夕食は取らずに部屋を暗くしてベッドに潜り込みまどろみ、今朝起きたら大半治っていた。今朝はトースト一枚で、しばらく用心するつもりだ。
 カップ麺で全身蕁麻疹太郎になるのは珍しい。蕎麦系でブタ&ネギの具入り、液体スープが売りものだった。なんとなく「油の臭いがつんとするな」とは思ったが、この10日間ほど続いている風邪か鼻水かが原因で、よほど心身が弱くなっておったのだろう。これでまた1キロ減量したことだろう。
 ふむ。
 というわけで過去の蕁麻疹騒動は30代前半に風邪薬で発疹が出て騒いだ。20代後半には古い商店で賞味期限切れのコンビーフと練乳を買って盗み食いしたら、あっけなく数日間寝込んだcat。小学校の時にクリスマスケーキに載った白いクリームで七転八倒したのはアレルギーじゃなくて食中毒だったはず。その後、なにもなかったので油断していたら、なんとカップ麺でひっかかった! エビ、カニ、卵、ミルク、サバ~およそ蕁麻疹が出そうな食材はすべて好きで、そんなものめったに、いや皆無に引っかからないのに、カップ麺で意識朦朧絶食状態になるとは~生命を維持するのは、ものすごく微妙なことだ。

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2010年11月14日 (日)

NHK龍馬伝(46)土佐の大勝負:象二郎・容堂・龍馬

承前:NHK龍馬伝(45)龍馬の休日:現実の紆余曲折

 ここずっと、とくに最終章に入ってからは毎週こみ上げる涙が多くなりましたtaurus
 一つは、明治維新に直接関わった人たちは坂本龍馬に義理があったのではなかろうか、と思ったときでした。本当に、龍馬の暗殺は明治維新のための生け贄のように思えてくるのです。関係者の無策や嫉みや無理解や悪心や党利党略が、龍馬の死によって浄化されたり、闇に埋もれたり、死人に口なしになったりして、生者達の利となった気がするのです。
 もう一つは、龍馬がいろいろ難しい課題に直面して、関係者達を説得する場面で涙もろくなっていました。少なくとも脚本レベルでは、人を説得する龍馬に二心とか私欲があったようには思えませんでした。いつも必ず、常識を突き抜けた根源的な理由で、相手にとって役に立つ、相手の利になるという点で、敵であれ味方であれ、龍馬は相手を説得していました。

 今夜、後藤象二郎。
 後藤さんは相当に肝を据えて容堂公に龍馬の大政奉還論を進言しました。龍馬が大殿容堂に会えたかどうかは知りませんが、象二郎さんと龍馬さんとがお互いに深く信頼していなければ、容堂公はそういう考えを受け容れなかったと思います。
 おそらく薩長の武力侵攻と、山内家の徳川への忠義立てを足して割ってみると、龍馬の大政奉還論は容堂の気持ちにすっと入ったのだと思います。
 しかしそのまっとうな現実認識の次には、武士が無くなり藩が無くなり上士や下士がなくなるという、いわゆる「革命」があるわけですから、建白書を書いた容堂公も相当に腹をくくったのだと思います。
 と、ここで。
 勤王思想には、ある種の平等性も強くあります。すなわち、朝廷、すめらみことの前では、すべての民は平等で、そしてまた最下層の人たちとさえ、すめらみことは直結しているという不思議な祭政が伝統としてあって、徳川は唯一朝廷には頭を下げても面子は保たれる確信もあったわけです。大政奉還とはそこを指しているのでしょう。

 歴史か人か。
 歴史は必然と偶然の川の激流で、流れにのった人のちょっとした動きで変化するのだと、今夜確信できました。歴史とは人が作るものです。人がいなければ歴史はあり得ないわけです。
 ただし。
 流れの力を上手に使えた人が歴史を動かすのだと思います。柔道のようなものでしょうか。相手の力の方向を変えることで、自分ではなく、相手が動くという理屈です。必然と偶然とが折り重なって巨大な圧力を生じさせる歴史は、その必然と偶然の間に立って圧力の方向を、ひょいと変えるだけで動く物かもしれません。それを知っていた人が、坂本龍馬なのでしょう。

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小説木幡記:2010/11/14(日)色づいてきた京都

Muimg_4753

 写真は昨日昼食時に、京都市右京区清滝方面で得た。鴨なんば蕎麦を一年ぶりにたべて贅沢感を味わった。いやはや、生きているのは佳いもので、秋の味良し色合いよし。いまだに鼻が少しむずむずするのが気になるが~それだけのこと。
 それと後日のためにメモを残しておく。
 「さわやかな秋空」というわけではなかった。空は珍しく11月の黄砂で濁っていた。視界は10キロとか20キロと言われていた。さらに気温が低かった。昨日の朝の道路気温は5度cのところもあった。だから透明感のある秋ではなかった。肌寒く空の曇った秋だった。
 なのに秋。山々が色鮮やかになってきた。例年になく寒いので、秋の深まりが早くなるだろう。


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2010年11月13日 (土)

小説木幡記:2010/11/13(土)ゆとりある美的生活との落差

Koimg_4320 気持ちの中で想像する美的な生活を過ごすには、まだゆとりがない。

1.身の回りのこと
 研究室や部屋をかたづけて、整理整頓して、こざっぱりとした顔をして日々すごさないと。それとは逆にゴミに埋もれて追われるように次々と雑務に埋没し、余った時間は読書にのめり込んでいたのでは、美から遠い。美を求めることと、心の充実の間に、まだ少し落差がある。

2.読書のこと
 精神性の一部の話となる。新しい図書は興味がわいて未知のおもしろさがあるが、美醜の結論に難しいことが多い。心に残って後日にどんなイメージを再現するかは、よく分からない。古い図書は、なんらかの佳いイメージが残っていて、それは大抵は「美」に関わるもので、なにか記憶を刺激する過去に埋もれたものを再現する、あるいは埃のかぶった「美の原点」を磨き上げる気がする。

3.美を求めて
 旅にでたり、散歩したり、美術館を回ったり~そして、一直線に車や電車で目当ての「美」を求めたり。
 「美」はふと出会ったり、目的と計画の中で美を味わったり。
 心身に一番佳いのは普通の散歩をして、そのことがあるいはそのときの想念が「美」であるときだ。
 ただ、時々は京都や奈良や滋賀を、目的もって走り回り「美」を追うこともある。

4.美のガイド者たち
 この記事を書いたのは、数日前に読んだ松本清張の『球形の荒野』で、登場人物が明日香の古寺を訪れる場面があって、それに触発されたからである。清張の古代史への「美」には不器用なところもあるが、その逆に、わかりやすくて万人になっとくされる「美」への素直な気持ちが表現されている。苔寺の苔や薬師寺から唐招提寺への道のりや、タクシー車窓から見た飛鳥の風景は、鮮明で濁りがなくて、すっと心に入ってくる。

 気持ちの中では、別の美の系譜が蘇ってくる。
 保田與重郎の聖林寺十一面観音。
 小林秀雄の馬子の墓。
 白州正子のかくれ里。
 それぞれに深層土着的(ネイティブ)な、知的で理屈っぽい、ハイカラな美の系譜がある。

 余は、前方後円墳を眺めていると気持ちが「美」で一杯になる。美というのはとらえどころのない想念ともいえるし、眼前にいつも漂っている現実的なオーラだし、あとでなぜか気持ちが安らぐものである。そして時々は美を求める気持ちが高ぶってくる。
 やがて、心の綾が外界の美と重なったとき、充実するものだ。

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2010年11月12日 (金)

小説木幡記:2010/11/12(金)球形の荒野/松本清張.を読んだような

承前:点と線/松本清張:TVで観た「新・点と線」

Koimg_4255 書店で松本清張の文庫本が山積みしてあったので、つい手に取った。球形の荒野、とは斬新なタイトルだがじつは大昔の推理小説で余が高校か大学生のころに発表されたものだ。後日、球形とは地球を指すと耳にした。そこが荒野という話になるが、清張作品はタイトルが上手なので、あんまりこだわると中身とずれてくる。

 清張作品はいつか読み直そうと思って今にいたった。大体社会人になりたての20代の頃に反発しながら読んでいた。いつかいつかと思いながらの今日このごろ、気になった物、話題になった物を読み返せば佳いだろうと、軽い気持ちになっていた。帯を見ると、田村正和主演でドラマになると書いてあった。11月26(金)、27(土)の2夜連続と、詳しい。この両日を過ぎたら、この帯は棄てるのだろうか? と思いながら文春文庫を上下買ってしまった(笑)。最近の文庫は活字が大きくて読みやすい。まだまだiPadよりも扱いやすい脳。

 序盤で、奈良の薬師寺や唐招提寺、南の明日香へ移って橘寺や岡寺や安居院(あんご院)=飛鳥寺、の風景が描写されていて、清張作品が持つ「安堵感」を得た。もともと松本清張を社会派とか政治談義的に好んだわけではなく、古代史や明日香や酒船石の中で読んできたので、この最初の小説場面は新鮮だった。
 推理小説としては、複雑怪奇なものではなかったので実にあっさりと上下文庫を読み終えた。主人公の新聞記者(ドラマ解説では、刑事が主人公になっているようだ)が東京と京都・奈良を往復するのに、夜行急行を使っているのが、その時代の雰囲気を醸し出していた。京都蹴上げの都ホテルの味わいもよく出ていた。ああそうだ、南禅寺、苔寺と、奈良だけでなく京都も舞台になっていた。こういう推理小説は、そこへ「行ってみたい」と思わせる力があるな。

 話の要点は、外交官(一等書記官)が戦前、ヨーロッパで停戦・早期終戦処理に奔走したあげくのことだ。当時の状況では、利敵行為、スパイ、国家公務員守秘義務違反~と見なされる行為である。「そういうこともあったのかなぁ」という感慨が深くて、お約束ごとのような「だから平和は大切だ」とは、思わなかった。戦争がなければ平和もない。一番よいのは鼓腹撃壌(こふくげきじょう)、つまり為政者がまともで、統治・政治がまるで気にならない世界~戦争も平和も意識せぬ世の中なのだろう。

追伸
 ああそうだ。ドラマは楽しみだな(笑)。それにしても2昼夜連続とは、忙しくなるのう。

参考
  球形の荒野:2夜連続松本清張スペシャル(フジテレビのドラマ公式HP)
  松本清張スペシャル『球形の荒野』(フジテレビのblog)

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2010年11月11日 (木)

小説木幡記:2010/11/11(木)一日が終わりました

Koimg_4366_2 今日も朝からいろいろあって、そろそろ21時なのでお休み時間だな。などと言っても、午前1時頃にごそごそ起き出して、また読書して、また眠る~。今夜も忙しい(笑)

 今日は午前に2科目(情報サービス:情報の関係定義、資料組織:情報の主題分析)の授業があって、それぞれ4人がレジメにそって自分達のグループ成果を発表した。それに同級生や、助勤やそして余が意見や質問をする。さらに今期は奇特な卒業生が来てくれていて、見学の上、気に入った斑に清き一票を投じた。

 おもしろいことに2科目とも、二つの発表に票が集中した(全斑がそれぞれ一票を投じる)。もちろん助勤も余もそれぞれ二つに集中したというか、分散した。関係助勤(3名)と卒業生と余とで合計5票が、学生斑の票(各科目8票)にかぶさるのだが、かぶさりのパターンや投票した理由が実に面白い。ああしかし、どうおもしろいかは、部外者にはわかりにくいので説明は避ける(笑)。
 人様々、ひとつの現象におのおのがまるで真逆の評価を下し投票する。斑票は藩内(ママ)であるていど意見集約をするが、助勤や余やご隠居は完全に独自見解で投票する~

 要するに。
 この世に確定的な、客観的な意見は存在しないという実に客観的な現実を味わう。ならば多数決的客観があるかというと、それはまるで「無い」。傾向の多少はあるが、多数決ほど曖昧模糊として無責任な決定もまた無いのだろう。

 そうこうするうちに、昼食時になった。
 ご隠居と助勤の一人が自由に動けたので、徒歩5分のラーメン屋に行った。助勤は普通のチャーシュー麺、ご隠居は普通のラーメン+焼きめし、余は醤油味チャーシュー麺にした。安くはなかったが、一杯1300円の鴨なんば蕎麦よりは廉価だった。余がオーバーカロリーを「太ると見苦しいからのう」と気にしていると、二人そろって「男は体重やない、心や」と合唱しておった(taurus)。もしかしたら、両名の相方はよほどファットなんじゃろうかのう(邪笑)。

 二人とも先に帰ったので余は研究室に戻り、明かりの点いた屯所を見た。
 まだ授業前だが一人だけ残り、他は教室に行ったようだ。精勤だね。
 余はPC相手にたまった仕事をし始めた。3時頃になって、別の助勤がノックしたので、約束通り工作室に同行して鍵をあけて、工作手順(作戦)を相談した。集中工作は夏季に終わったが、個別に工作の細部が各人残ってオル。その者は、海辺の駅図書館というロマンチックなジオラマ工作だった。駅のホームに柵を付けたり、タイトルを付けたり、海情景を再度調整したりと、数度行き来する間にどんどん進んだ。その間、余はなんどか研究室にもどり残務を整理していた。最後に工作室に行ったのは夕方6時ころだったか、……・。海表現に波しぶきが加わり、リアリティがました。暗くなったので施錠して、サイナラした。

 研究室に戻ったが、鼻がつまりぐすぐすし、頭もぼんやりしていたので「もう、帰ろう」と思い、帰り支度をした。
 
 そんな。
 おだやかな、怒号も悲鳴もなにひとつない、静かな一日だった。

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2010年11月10日 (水)

小説木幡記:2010/11/10(水)政治談義をもう少し

Koimg_6648 実は、一年前までは新聞もNHKニュースもほとんど目にしなかった。新聞は、文化欄の小説書評とか、ときどき邪馬台国記事に目を奪われる程度だったなぁ。
 急にニュースの政治的な側面に興味を持ちだしたのは、政権が変わったからである。
 ~
 一年間随分面白く悲憤慷慨しながらも笑って過ごしてきた。
 そして、この頃はまた昔の通り、政治に興味が無くなってきた。
 ~
 日本には、政治家が育たなかったのかと、思うようになった。
 考えてみれば、今の政治家は余と同年か少し上とか、あるいは一世代下とか、ある意味で親しく、別の意味ではどうしてもアラが見えすぎてしまう、愚かさも賢さも余と似たような者らに、国の行く末を握られているかとおもうと、「もう、どうでもいいや」と、つい思ってしまう。

 あの賢こぶった屁理屈、あのどうしようもない目付きの浮遊、あのたまらない高慢ちき、~などと並べ立てていくと、国難を背負った宰相とか、千万人といえども我行かんの根性とか、一身投げて民に尽くすとか~、要するに政治家という特殊な機能を発揮している人がほとんど見あたらない。あれなら、余でも今夜から替われる、なんらのカリスマも訓練も経験も知識も不要な職業だ、と思ってしまう。
 論理的整合性の無視、感情激発の許容、金銭感覚の病質ないし違法性の無視、国家反逆罪に該当する国防外交、~これだけ自由勝手に政治を動かせるなら、そりゃ、余でもつとまるよ。

 ところで勿論本当は、これは現政権だけの問題ではなくて、明治、大正、昭和前期、昭和戦後以来ずっとそこここで問題があったことの、現代は吹きだまりのような時代なのかもしれない。

 戦後で言うと、憲法を自国民で作ることができなかったという事実。
 戦後時間が経ってもまっとうな建軍をできなかった事実。
 なにもかもが砂上の楼閣、諸国民の公正に依存しすぎ、自律自立しようとしなかった、実に姑息な国家再建を行ってしまったという、痛恨の戦後史が今を形作っている。

 そのことで得た物は経済的な繁栄。
 亡くした物は建国の本義。その精神。
 そして現代は繁栄の衰退、精神性を亡くしたままの荒廃。
 結果として、戦後の再建日本は砂上の楼閣だったという事実の露呈。

 ということで。
 日本は他国の傀儡政権と歴史に残らないことを祈念する。

国是
 商売繁栄はほどほどに。
 軍備はほどほどに、ただし軍備をアウトソーシング(傭兵)することはやめよう。
 警察消防はしっかりと。
 世界で最優秀のコンピュータやロボットを作っていこう。
 日本史、世界史を高校必須科目に。
 お米を主食に、農業を大切に。
 ~

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2010年11月 9日 (火)

小説木幡記:2010/11/09(火)町の珈琲の飲み方

Muimg_6677 めずらしく写真解説の記事を書く。題して「町の珈琲の飲み方」→。
 ここしばらく写真と記事内容との関連は全くつけてこなかった。鴨なんば蕎麦の写真に政治記事を書いても、気持ちの中ではすっきりしていた。ということは、乱闘写真に花の美しさを記すこともあり、そういう気楽さが気に入っている。今後は無用の混乱(注:誰もそんなこと気にしていない)を避けるため、写真と記事とを連動させるときは、写真にタイトルをつけるか、あるいは記事の右側に写真を掲載する。

 さて。
 写真→は京都の三条大橋西詰めの北にあるスターバックスで写した。スタバに一人で入ることは滅多にない。大抵は大勢で押しかける。この写真を撮ったのは今年の2010年10月頃の記憶があるが、土曜日の午前中にぶらりと一人で入ったと思う。珈琲は普通の珈琲でキャラメルもなにも入ってはいない。量もSサイズのはず。右側のお菓子はおそらく林檎のパイ。余は白いクリームの載ったケーキを食べるとおなかを壊すが、アップルパイは知力体力胆力がみなぎる。(注:もし写真が林檎パイでなければ、一体何だったのだろう?)

 あわせていくらだったかは覚えていない。500~600円だろうか、安くはない。しかし美味しかった。珈琲にはミルクも砂糖もなにも入れなかった。パイが甘いのだから、そんな添加物は不要だ。苦み走った熱い珈琲と、ひんやりした林檎とが口中で良い調和を奏でた。余は苦い珈琲も、甘みのある林檎や焼き林檎やパイ林檎が好きなんだ。なにとはなしに、身体に佳い印象がある~。

 はて?
 京都市右京区に阪急西院駅があって、このあたりは歓楽街である。飲み屋やレストランや店がたくさんあって、余の好む蕎麦屋もある。十年以上も昔に「へぇ~、西院にスタバができたんかぁ。町やなぁ、シティやなぁ」と余はその西院スタバを使った学生をうらやましく思った。事情はそのころ余の住む木幡にはスタバはなかったし、今も将来も、未来永劫スタバは来ないだろうからだ。つまり、10年前には「スタバがあれば、シティーなんだ」と、余は判断しておった。木幡は田舎である。
 最近の学生と話していたら、「センセ、西院にスタバはないですよ」とのことだった。
 いつのまにか、西院スタバは撤退したようだ。
 すると、西院は繁華街にみえても本当は「田舎」だったのかもしれない、……。そんな気がしたcat

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2010年11月 8日 (月)

小説木幡記:2010/11/08(月)謀略の雑記帳

Muimg_6676 世間で生起する断片的な事件や事象を眺めていると、余も判断に苦しむこともあるし、判断できることもあるし、馬鹿馬鹿しく思うこともあり。時に感動する。この点で、生きていると面白きことも多々ある脳。

◎ひとつ、大罪と小罪
 尖閣諸島での隣国船の暴走激突事件ビデオの情報漏洩について、政府の人がTVで、「漏洩を肯定的に扱ったり褒めそやすのは犯罪の助長だ」、と怒っていた。
 この件について石原都知事は真っ先に「当然の内部告発でしょう」と言ったし、石垣島漁民達は日頃隣国諸国の船団による漁業妨害に腹を立てているので、国民がビデオ内容を見ることにより、諸国の横暴さや海上保安庁の勇気ある対処を知ってもらえて良かった、と新聞記事にあった。

 「徹底的に捜査する」と政府が息巻いているのは、国家公務員の守秘義務違反を刑事告発することらしい。他にDVDの窃盗(1枚100円以下だな)なども加わる。
 うむ。
 激しい公務執行妨害をし、修理費1000万円以上もする当て逃げ船長を逮捕して、そのままなんとなく無罪放免する大罪と、とってつけたような守秘義務違反を秤にかければどちらに傾くのだろうか。
 政府関係、検察関係者は、国家公務員が写した証拠物件(ビデオ)を許しもなく公開した罪を立証するために、「徹底的」に捜査するらしい。
 余などは漏れて当然、と思った。すなわち中国の故事を思いおこせば、天網恢々疎にして漏らさず、がぴったりする。「徹底的に」とは茶番にすぎない。徹底的になすべきことを冷静になすのが、マツリゴトなのだろう。

◎ひとつ、謀略
 このところ警視庁公安の外事資料が漏れたり、政府虎の子(笑)の尖閣ビデオが漏れたりで、世相は悲嘆や喝采や疑惑で悩ましい。
 尖閣ビデオは数時間の撮影のうち40分程度が漏れたらしい。もしこれが謀略なれば、いかなるミステリになるのか? 
 一つは、漏れていない部分に肝心かなめの映像があって、これだけは日中双方とも国民に秘匿しておきたい内容だった。これを国民に悟らせないために、あえて40分を漏洩(リーク)した。本質、核(コア)を隠し視点をそらせる手法だな。一般には逮捕状況場面と耳にするが、それ以外の可能性もある。もしそれが許し難い欺瞞なら、困ったことになる、脳。
 
 公安重要資料(特に関係者の詳細なデータ)の大量流失は、これこそ謀略ゲームの最たる物で、CIAやKGB関連ミステリでは多数の事例がある。データベースが公開されるとは、秘密捜査員や関係者を丸裸にして放り出したようなものである。
 極めて、ゆゆしい事件である。
 余もふと気付いたのだが、これは政府内部の国家破壊の前哨戦ではなかろうか。最近読んだ江戸川乱歩賞受賞作『沈底魚』は首相候補がスパイというテーマである。現在の世相が小説よりも奇なることにならないように、祈ろう。

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2010年11月 7日 (日)

NHK龍馬伝(45)龍馬の休日:現実の紆余曲折

承前:NHK龍馬伝(44)雨の逃亡者:本日休講

 現実の世界は偶然と必然とミスと確信とがおり混ざって、絵に描いたような直線や曲線を描かないことが多いです。それを後から眺めて後知恵で良いの悪いのとあげつらうのも益になることや胸のすくよな快感もありますが、龍馬伝では前半に武市半平太・土佐勤王党の詳細を描き、そして暗殺前の後半は、薩長同盟なったあとの土佐や幕府や朝廷や薩長の複雑怪奇な政治闘争を描こうとしています。いずれも直線ではなく行きつ戻りつ描かれていました。
 後半で出会ったお龍は、その間、なかなか龍馬の世界にじっくりぴったりと入り込めず、ともに過ごしともに話すことも、最小限の時間しかなかったようです。

 今夜の見どころは、お龍が長州の三吉慎蔵の世話で一軒家に住んでいましたが、龍馬は長崎から土佐に行く途中で、桂に挨拶するために寄ります。当然、お龍のもとに泊まるわけです。
 翌朝、龍馬はお龍を残して土佐に旅立ちます。そして、この時、龍馬を見送ったのがお龍と龍馬との最後の別れ、語らいだったわけです。二人はそれを知りません。

 どんなことでも、始まりがあり終わりが来ます。
 大河ドラマは始まりと中と終わりとを時間にそって丁寧に描きます。時間芸術であると、ひしひしと味わうところです。今夜のお龍はよかったです。本当に、よい女優さんを選んだものよと、別れを見ながら感心しました。真木よう子さんは声が少し低いというのでしょうか、気に入っています(笑)。
 ともかく、出会った限りは、いつかこうして別れがくるわけです。合掌。

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小説木幡記:2010/11/07(日)悠々自適の日曜日

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 悠々自適とか晴耕雨読とか毎日が日曜日とかいう古(いにしえ)からの言葉が耳にやさしく語りかける日々である。しかしそれはまた心身枯渇し、収入が途絶え、頼るもの無く朽ち果てていく様とも裏表であるぞ。
 いつの時代にも。
 老いとか若さとか、加齢とか希望絶望というのはいささか相対的なものであって、余の記憶にはうっすらと20代のころにも上述のような実感を味わっていたことを思い出す。そのころ、20代初期の余は、今からでも「本心だった」と確認した上で、「長く生きた。もう若くはない。後は滅びを待つだけだな」とうそぶいておった。いや、ほんま!

 そういう感性を、最近亡くなったドイツ文学系の文芸評論家が、「老いてもいぬのに、若年寄じみたというか、晩年などと自嘲するのは、本当に老いた人に対して申し訳ないではないか」と、叱責していたので、はっとして襟を正した。おそらく太宰治に関する文芸評論だったと思う。

 三食たべて好きな読書してうたたねしながら「貧しい。赤貧あらうがごとし」とか言ったり、まだ旅行したり散歩できるのに「心身衰えたるかな、嗚呼、我が生終わりぬか」などというのは、本当に飢餓状態の人とか、病気で長期入院している人から見たら、嫌みでしかないし「ふざけるな!」と座布団や急須を投げつけられる。

 心しよう。
 と、反省するのは猿でもできる。
 で、日曜日を悠々自適と言うには、blogを通して世界に向けて記録を残したり、好きな小説を紙の文庫やiPadで読んだり、近所の伏見港で安いラーメン食べてお茶したり、京阪特急2階建てに乗ったり、部屋をかたづけたり、……。自慢のEH500をDCC制御の超微速でじわじわと走らせたり、~。NHK大河ドラマを見る前に夕べの風呂にじゅわりとつかったり、美味いご飯をいただいて猫ハルキの髭に触ったりして、一日を終える。それが余の晴耕雨読、自適生活なんじゃろう。良しとしよう。

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2010年11月 6日 (土)

孤鷹の天/澤田瞳子 (読書感想文)儒教と仏教の狭間に若い日本がいた

 一気呵成に息を詰めて633ページもある長編を読み切って、ふぅーっと吐息をもらし西空見れば、涙が流れてやまなかった。青春小説と帯にあった、そうなんだ。半ばを過ぎてから涙無しには読み続けられなくなった。なぜこんなに泣けるのだろうかと、自分自身いぶかりながら「すばらしい」という結論とともに巻をおいた。
 内容は読めばよくわかるのだが(笑)、最近は読書感想文を書いていないので、搦め手から紹介しておく。紹介する義理は無いのだが、作者の澤田さんという方は、小説としてはこれが最初らしい。たぶん女性で、巻末作者紹介では1977年うまれだから、2010年・当年33歳のお若い作家だ。

 搦め手からの感想文だからあの手この手を繰り出してみよう。
 まず感動が似た作家としては、北方謙三さんの三国志や水滸伝や、古くは懐良親王・武王の門、北畠顕家・破軍の星……。最近では、浅田次郎さんの蒼穹の昴。もう少し堅めにいうと、八木荘司さんの青雲の大和が似ておった。この方達の作品は大抵読み終わって深いため息をもらし、途中では何度も目頭を押さえた。読者の落としどころ、痒い所に手が届く、涙腺のツボを心得た作家達の作品と、『孤鷹の天』は同じ効果をもたらした。

 次に似ていない読書過程や読後感としては、1Q84/村上春樹さんとか、実は併読していた(笑)KATANA/服部真澄さんだろうね。その中間にあるのは、レディ・ジョーカー/髙村薫さんだ。髙村さんのは現代物だが、一部ちょっと同質性を味わった。要するに髙村さんも「泣かせ上手」なんだ。おもしろさとの同質性では、荻原規子さんの空色勾玉など、勾玉三部作

 『孤鷹の天』をドラマ化するなら、NHK大河ドラマがよいな(aries)。青春群像だから、むいている。それと時代が古いから皇室や貴族をもろに表現しても、いろいろ問題は起こらないだろう。藤原家なんて昭和史でも暗躍するから、描きにくいが、奈良時代ならよかろう。配役は男優や女優の名前を覚えていないので、省略したいが。特に、長屋王のひ孫かな?磯部王とか、後の桓武天皇になる山部王のキャラクターが実にすばらしいので、適役を得られれば人気がでるだろう。

 背景となる古代史だが、孝謙女帝(阿部内親王)、恵美押勝(藤原仲麻呂)、淳仁天皇(大炊王=淡路廃帝)、称徳女帝(孝謙重祚)、弓削道鏡、山部王子(長岡、平安遷都の桓武天皇)。内政が麻のごとく乱れた奈良時代後半。西暦でいうと8世紀後半。

 見どころ読みどころは。
 これは私の少年時からの性向があるが、高校一年から漢文を習い始めてとても気に入った。後日、それが日本独特の読み方であると知ったが、論語やその他古典の一節、屈原の楚辞や史記の一節、孔明の出師表などをえらく気に入って遅まきの素読というか、受験勉強よりも漢文の有名文を暗記することに快感をあじわっていたので、~。物語は大学寮という、奈良時代にいまでいうと官吏養成の東大法学部みたいなところで、論語やその他古典を使って勉強するのだが、ときどきふと私が少年時に気に入った文章が出てきて、物語の奥行きを見せるところに、快感があったな。屈原の漁夫辞が終盤で使われているが、ここでも泣いた(笑)。

結論
 よい感想文では無かったが、心に深く染みこんだ。良い秋の読書日であった脳。
 なおネットでさがしていたら、適切な紹介文があったのでメモしておく。
 http://nami-usagi.cocolog-nifty.com/nu/2010/10/post-54f1.html

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小説木幡記:2010/11/06(土)尖閣諸島での中国船暴走激突→日本国巡視船ビデオの鑑賞感想

Muimg_6672 さきごろ日本国領海上で中国船が日本国巡視船に体当たりする事件があった。日本側の言い分は、日本の領海で不法に漁をしている中国船(注:あえて漁船とは書かない。従来、隣国諸国は軍の工作船を漁船にみたたて他国に侵犯する事犯が多かった)がいたので、中止させようとすると逃走および反撃し衝突してきたので船長以下船員を確保した、となる。中国側の言い分は、中国の領海である釣島近辺で中国漁船が漁をしていたら、大型船にのった日本の官憲がそれを邪魔し挑発し、衝突事件がおこるように仕向け、船長以下漁船員を不当に逮捕した、~。となる。

 この件については、中国は黒ネズミでも役にたつなら白ネズミと見なす国柄だし、先の国主は十年以上にわたって激烈な反日教育をしてきたのだから、上記のような言いがかりがいまだに中国国民の喝采をあびている実情はよくわかるので、もう、あれこれいうても無駄無駄しい。
 相手が個人の振る舞いなら、そういう人とは、一生音信を断つのが正しい方法であるが、国同士なら大使を召還したり、相手国大使を追い出すのは、いささか大人げないので国交断然するまでには行かぬのが戦後の日本の方法だった。
 とくに最近は、中国との商売に人生をかける人たちが日本にも沢山いて、商売というのはほとんどの場合目先のはした金に目がくらむものだから、先のことを商売視点以外からは考えないものだ。だから、中国にたてつくことは商売の邪魔をすることになり、この日本国内でも商売人や政商、商売政治屋から足を引っ張られる可能性がある。ゆゆしいことだな。
 歴史的には亡国の2文字がちらついてくる。

 (注:この記事書きながら、脳内には次々と、7世紀頃の白村江の戦い前後のイメージがよぎる。国内にも、新羅派、百済派、高句麗派、唐派~国粋派といろいろおった。こまったことだ)

 その事件の時に、海上保安庁関係者は数時間に及ぶ動画を撮影していた。ところが日本政府が中国船の船長を解放(注: 政府の話では、船長を処分保留で解放したのは那覇地方検察庁の判断というておるが、笑止千万、子供だましもいい加減にしてほしい。しかし余もこの一年間、この流儀の政治にはほとんど麻痺しているので、もう感想も無い。崩壊を待つだけだ)し、中国側が不当逮捕だと言いつのり逆に慰謝料を求めてきても、ビデオを公開しなかった。

 それが昨日YouTubeに流れた。
 余はじっくり鑑賞した。
 すばらしい迫力のある映像だった。特に日本人(海上保安庁隊員?)がドスのきいた中国語で停船を怒号する声が耳にこびりついた。ああいうときは日本語や英語よりも、中国五千年の伝統ある中国語の方が、よいなぁ(笑)。
 そうして一番気に入ったのは、巡視船「よなくに」「みずき」「はてるま」の三船三カメラの視点で衝突を繰り返す中国船を写したことだ。もし一視点ならば、ビデオ解説や編集で、また別の疑惑が生まれる可能性もある。映像動画が従来どれほどプロパガンダに大きな力をふるってきたかは、メディアの歴史をひもとけば周知の事実。白も黒になるのがカメラと編集の恐ろしさだ。
 NHKも、ときどき右に左に視点がぶれる~。

(注:メディ操作の上手さは、80年前のナチスだろう。戦後ではソ連とアメリカは競っていた。ソ連もアメリカも他国民からは天国に思われたよし。最近では湾岸戦争でのアメリカの映像操作は白眉といえる。世界が欺された! 北は、大げさすぎて、他国民の目から馬鹿馬鹿しく見える。中国はお金と人海戦術で他国の言論操作に力を入れておるのう。我が国は、「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」のでメディアを操作駆使したり、他国民に自らの理非を伝える努力や能力に欠けてしまった。やんぬるかな)

 しかし三視点からの撮影内容を虚偽ということはまずできない。
 もう、言うのも空しいが。
 この間、中国政府が日本と世界に言ってきた「責任はすべて日本にある」という政治的恫喝は、100%の嘘だったと分かる、現実的な動画内容だった。

結論
 政府、政治家、識者の反応は様々であった。
 時の政府が見せない、情報公開しないと言った動画が漏れたのだから、まず第一に賢い人たちは国家公務員の守秘義務違反と言い、その漏れたルートを徹底的に調査するというてはりました。

 余は常識人だし民間人だから、感想もまるで平凡だ。
 たかがちっこい船がぶつかってきたくらいの動画を、見せない! とか。それを漏らした奴はゆるせない! とか。後世の日本人とか、あるいは現代の他国の人たちは、日本政府と中国政府のやりとりをみて、失笑しているだろう。お互いに、そんなビデオ一本で瓦解するほど脆弱な国家でしたんか? あははは。

 もしその海で、世界の慣習にしたがって、日本の官憲がロシアや隣国のように、機関砲をぶっ放して威嚇し、本当に中国船員が流れ弾にあたって亡くなったなら、国同士の防衛線を無断で突っ切ると殺されるよという国際常識をかざす前に、そういう映像は残酷だから見せませんという、政府見解に賛成するのだが~。(やはり戦無世代人だから、流血は見たく無いのう。)

 すばらしく迫力ある動画だった。
 だが。
 暴走族が突っ込んできたような動画を、かくまで隠し続け、中国との対応がまずくならないように配慮したいと言った現在の政府は、ほとんど全員左翼小児病にかかった旧人に見えますよ。
 まず、右であれ左であれ、わが祖国。
 この気持ちを棄てて、狭隘なナショナリズムと言いつのる60代の政治家達のこの数ヶ月を思い出すと、以前なら悲憤慷慨したものだが、いまや麻痺して「また、週刊現代が儲けるなぁ。講談社や新潮社や文藝春秋社は週刊誌だけで、ボーナス倍増だ。関係者はたまらなくほくそえんでおるじゃろう」と、つい笑ってしまう。

 さて、次の週刊誌が楽しみだ。
 そしてまた、それを読んで苦虫つぶす国選の政治家達の表情が楽しい。
 政治は、いったんはまるとやめられないのじゃろう。まさしく、依存性の最たる物なり。

注:ところで、公安資料の流失は、これはうむ、判断がまだできない。諸国の謀略か。身内争いか。政府転覆か。いろいろ後日、公安小説の名作が生まれるじゃ楼。たのしみだ。

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2010年11月 5日 (金)

小説木幡記:2010/11/05(金)死と過食

Amush010127 墓の中には何も持って行けない、という感慨はこの春に味わった。図書もカメラもPCも模型もiPadも、保田與重郎全集や三島由紀夫全集も持っては行けない。身一つでサイナラするわけだ。とすると、昔よく読んだ稲垣足穂さん(『少年愛の美学』とか『一千一秒物語』などなど)は、常日頃浴衣と広辞苑しか身辺におかなかったとの話は、今にして思えば貧乏を売り物にするよりも先に「死」という事象を把握されておったのじゃなかろうかと、思ったね。

 きっとそうなんだろう。
 死と食欲とは実に公平だ。万人、世界中の人間は出身門閥や預金残高や美醜や年齢に関わりなく、一日に楽しんで食べられる量なんてきまっている(過食症とか粗食症とかの病気の人は除く)。これは公平だ。どんなに贅沢しても、一日に3度のフレンチを10度にできても、ちっともうらやましくないし、馬鹿馬鹿しく思われるのがおちだ。

 そして、さらに当然の「死」。
 犬死にだろうが不慮の死だろうが、名誉の死だろうが、ともかく前提としてみんな死ぬ。お迎えが来る。早い遅いはあるが、確実に死す。これほど公平なことはないだろう。その公平さに輪をかけて、棺桶や墓に宝物を持って行っても本人にはまったく意味がない。生者の気持ちをなだめるために式を盛大にあげて、もがりを丁寧にして、地下に水銀の河をながし~

 この世のあらゆる憎しみや悲しみやそねみや恨みに幸せや不幸を静かに包みこむのが万人の「死」である。そして生者の文学は死を生者のためにことほぐことにある。死は死者に何物も求めない。これほどの公平さは、この世にはないだろうな。

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2010年11月 4日 (木)

小説木幡記:2010/11/04(木)雨中再会のNDK

Muimg_6668 このまえの日曜日、随分久しぶりにNDKの全メンバーが集まった。諸説あるが、全員集合は6年ぶりとか言うた先生もいた。毎回似た記録になるが、25歳だった二人の青年が48になっていたという長い付き合いだ。23年にもなるのか? そのうち十数年間は毎月会っていた。大阪の豊中の阪大の文学部の一室で論議し作業していた。そもそもは源氏物語別本の異同と索引を作ることだった。余の主な仕事は、5つほどの源氏物語系列の長文を比較しながら並記するシステム構築だった。その5つの本文は、句読点も段落もなく、永遠に文字がならんでいるというやっかいなしろものだった。今だと残念ながら、ゼロからプログラミングすることはできないだろう。修正はできても、そういうものをゼロから作るには気力が必要なのだ、……。

 ああそうだ。今ある源氏物語の原本はすべて写本で、いわゆる作者と言われている紫式部さんの直筆はないようだ。その写本が幾つあるのかは余も知らぬが、印刷術が発達していなかった時代の物語だから、写した数だけ源氏物語が存在する。その全てが微妙に異なる。光源氏が女性だったというような内容の異本は耳にしていないが、あってもおかしくないほど写本間の違いが目立つものもある。

 ~
 この日曜の昼食会は四条大橋のたもとだった。4階なので見晴らしがとてもよい。鴨川を挟んで南座の南東方向には五重塔が二つ見えた。清水あたりだ。
 この店は以前、教授会忘年会があったところだが、余はその夜欠席したので、初めての店だった。普通の和食レストランと思っていたが、ウナギが特徴らしい。ところが大先生が、にょろりとしたウナギをお嫌いと知って、幹事も、紹介した余もいささか「しまった!」と凹んだ、なぁ。まあしかし別の先生の病気快癒祝いでもあったので、それぞれ品目を変えて、その場は収まった(笑)。余は錦糸鰻丼にしたが、意外にも細きりではなくて厚揚げ風のでっかい卵焼きがウナギの上に載っていて、美味しかった。他の方は懐石膳だったと記憶しておる。

 食後に皆で阪急電車に乗って、余の研究室に寄ってもらった。というよりもそこが当日の会議場だった。いろいろ先生方にはお見せできぬ機材もあるので、余の研究室は施錠したままで、近くの屯所で夕方まで論議した。議事録や今後のNDKのプロジェクト推進についてはその夜のうちに幹事N氏がまとめてくれて、メールで添付された。今回も、なかなかに大きな企画になりそうだ。うむ、ふむ。

追伸
 そうそう、若いお二人(と、言ってももうすぐ50~!!!)とも、MacBookAir(MBA)を購入されたよし。N氏は会議に持参して、見せびらかしておった。余は安物のiPadしかなかったので、知らぬふりをしておった。今回のMBAは1kgもあってiPadよりは重い。そんな重いものをカバンに入れて新幹線を月に何回も往復するだなんて、ふふふ。
 ~昔変わらぬ、NDK情景の一コマであった。人は変わらぬところもあるものよ脳。

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